2.5
保存用の鍋はイメージ陶器の鍋でつるりとしているが、異世界技術なのか土からできているらしい。
薬草は基本土から離れると劣化の進みが早くなるから注意しなさいという教えを受けた。
保存場所としては出来れば地下で、土の上に置くことが最適。
なるべく早く調合をした方が品質は良くなるが、土の上で保管してあれば、あんまり心配はいらないとのこと。
「ただ、鍋を土の上に置かない場合は、とんでもない悪臭を放つようになるから気を付けて。間違いなく、その建物は使い物にならなくなる上、周辺住民からも苦情が来るよ。私もそれで若い頃家をポシャって旦那と喧嘩したわ。オホホホホ。それもいい思い出だけど」
いい思い出って・・・。旦那は幸せ者だね。
そしてその鍋に秘伝の天然酵母を入れる。
これは果物由来の奴だと言われたが、詳しくは教えてもらえなかった。
「ここだけは私のレシピよりも、辺境伯秘伝のレシピがあると思うから、そっちを習った方が良い」
そしてそれを光を当てずに空気と触れさせながらかき混ぜていく。
これを大体決まった時間に毎日かき混ぜていき、綺麗なピンク色になれば完成。
気温によるが一~二週間で出来上がりとのこと。
出来たらあんまり変化はしないらしいが、黒ずんでしまうと効果が薄くなるらしい。
その間大体、20年から30年。かなり日持ちがするらしい。
「これは傷薬ですよね。毒とか風邪とかは別のモノを作るんですか」
「いや、家のは万能さ。大体治る」
大体ってところがなんか怪しい。
「死病以外なら大丈夫。死病は考え方にもよるけどね。要は死因になる病気や原因ってことだから、同じ症状に見えても、死病になる人もいれば、回復する人もいる。薬はその人を少しだけ手助けするだけだ。それで助からないのならば、諦めなさいというのが神のお告げなのさね。だから万能とは言ったが、私たちは何でも必ず治せるわけではないのさ。それが私たちの限界ってことさね」
元の世界でも、医者が必ず治すとは言えなかった。
病気も症状も人それぞれだ。
いつでも完璧に治せる、なんてことはあり得ない。
当たり前だけど、治す側になるとそれは覚悟がいる仕事だと教えてもらった気がする。
「私も旦那が死んだとき、自分の無力感を感じたさ。姫様が今からそんな暗い顔して作らなくていいんだよ」
なんだか顔に出てたようだ。
今回はいただいた酵母を入れて、鍋をかき混ぜていく。
ボコボコ言いながら少し暖かくなり、化学反応しているのかガスが出てきた。
面白い。
「この時コツがあるんだ。それはね、人が治ることをイメージしながら混ぜることだ。そういう思いが通じて良いものができるんだよ。だから愛情をこめて混ぜてごらん」
人が治ることをイメージ?
この薬で人が何か治るとしたら、・・・免疫細胞の活性化?かな。
切り傷や擦り傷も結局治すのは、その人に備わっている物が働いて治癒するんだから、免疫細胞たちが活発に動き回るイメージをしながらでいいのかな。
「満遍なく、均一になるようにかき混ぜたら、今日はおしまい。今の時期なら一週間くらいで出来るんじゃないかな。ちなみに今回できたものは家で売らせていただくことになっているから。私が教えるのこれができるまでだから、後は夫人に教えてもらいな」
え?こんなに早く終わるの?時間がかかるって聞いたけど。
「そしてこれからは家の息子が教えるから」
「おーい」と大声で呼ぶとこの領では珍しく線の細い眼鏡の男性が出てきた。
肩のところで長髪を結び、グレーの髪で、全体的に色彩が薄い人だ。
「どうも姫様。私がカミーラの息子でシェルと言います。よろしくお願いします」
私も頷き「よろしく」と親指を立てる。
「姫様が今まで習ったのは、所謂『令嬢がやる花嫁修業』です。ここからはこのバーンベルク領が誇る特別な伝統的薬学になります。3万年の歴史を受け継ぐのは至難の業なのですが、私は趣味でそれをまとめております。誰よりも分かりやすく、的確にお教えすることができると自負しております。私はあのエミリヤ様にも教えていたのです。ですから姫様も安心して私に付いてきてください。体は細いですが、そこら辺の騎士よりは根性があると自負しております。まずは春の季節の植物をざっと覚えたのち、立地ごとの草を覚え、実物も見に行きましょう!春はもう終わりになりますが、そこから夏の草がどれくらいのスピードで伸びるのか実際に見てみれば、その速さに圧倒されるでしょう!これから出てくる夏の草たちはとっても力強いものが多いのです!春は冷たい冬からの芽吹き、緑が柔らかいですが、夏は濃く強いのです!日光の強さに負けないその生命力は・・・」
「もういいよ」
と言ってカミーラがツッコミを入れ止めてくれた。
これはあれだ。植物オタクだ。・・・でもエミリヤを教えているのなら大丈夫なはず。
「姫様も、毒に体を慣らしていく必要があるし、食べ合わせや健康についての知識も含めてこの植物馬鹿が教えてくれるわよ」
「はい、お任せください。そしてこちらの本も持っていってください」
渡されたのは分厚い百科事典のようなものだ
今まで見た中で間違いなくナンバーワンの厚さ。
「これが春の分です。季節ごとにありますから期待してください!姫様は読書がお好きだと伺います。私たち気が合うんじゃないかと楽しみだったのです」
流石の私も巨大な壁の出現を感じ気後れするが、避けられないならば、ぶつかるしかあるまい。
エミリヤにできて私にできないことがあるだろうか。いや、無い!
と気合を入れ直した。
そしてその頃アントニオも大きな壁にぶつかっていた。
『俺は本当に人を殺せるのか?』
それは騎士になるならば、必ず越えねばならぬ壁であり、難所の一つ。
多くの騎士は己の大切な物を定め、それを守ることを絶対の一番に据える。
そのことにより、それを守る為であれば、どれほどの苦難も全てわが身で受ける覚悟ができる。
多くの者はその絶対の一番に主を置く。
また国や地域、家族、妻などである場合もあるが、それまでの長い経験を持ったアントニオには一つに絞るという事をそこまで意識してこなかったがために苦戦していた。
気に食わないから殺すのは、殺人鬼と変わらない。
正当防衛と言い張れる何かを受けないと、動けないのであれば、殺られるかもしれない。
「お爺様が言っていた覚悟を持てとは、何だろうか。独立自尊とはどういう事だろうか」
分かりそうで分からない、掴もうとすると逃げる。
そんな感覚が常に付きまとっていた。
そこにアレクサがやってきた。
「アントニオ様!やりますよ!今日から私が相手です!」
普段よりも少し力が入っているけど、なんかあったかな?
アントニオは前世で剣道と居合を10歳前後からずっと続けていた。
そしてもうすでに訓練では周囲の騎士と試合をしても引けを取らない程度だった。
だから先程のように考え事をしながらも、訓練ができてしまう。
それを見て周囲は凄いだとか、天才だとかというが、ただ単に長くやっているからでしかないと思っているアントニオにとっては、己の足りない部分ばかりに目が行っていた。
「行きますよ!」
一発目の木刀を受けたときに、あまりの衝撃に我に返った。
荒れている。
そう思った時には、体がそれに合わせるように動く。
ひらりひらりと躱し、剣を合わせることなく、よけ続け、大振りに合わせて間を詰める。
それで簡単に一本取ってしまった。
「流石です。もうここまでできますか」
「いや、こんなことができても、きっと役に立たない。私は実戦では動けなくなるんじゃないかと心配なんです」
「あはははははは、そうですか、そんなことで悩んでいるのですか」
「・・・結構真剣なんです」
「いや、失礼でしたね。すいません。ですが、それでいいんです。そこから始まると言っていいのですから」
「え?」
「昔から学び、そしてそれを破り、そして超えていく。まあ、超えると言いますがそんな大層なものではないかもしれませんが、自分なりの境地に至ると言われています。だから大丈夫です」
「境地とはどんなところですか?」
「簡単に言えば、自由ですかね。ですがこれは言葉では上手く伝えられないのです。昔から、それこそ3万年の間、誰一人表現できませんでした。だから言葉を求めるのは傲慢でしょう」
悟りの境地、宮本武蔵が「空に至る」と言っていたあれだろうか。
「悩み模索するのは良いのですが、過ぎれば毒となります。自然を手本にするといいですよ」
「自然?」
「そうです。あるがまま、頑張らない姿がそこにはあります。それが悩みの答えに近いと思いますよ」
まだ分からないが、実戦を想定している自分は、あるがままを見ていないと言われた気がした。
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本当にありがとうございます。
これから少しアントニオ編になります。
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