213話 錆びる氷
―― Rusting Ice ――
「いい? そもそも氷というものは……」
そう言って、エレナは静かに言葉を紡ぎ始める。
エレナが言うには――
水分子が規則正しく並んだ結晶であり、
スカスカな構造を持つことで水よりも軽く、
凍ると膨張するという珍しい性質を持つ。
さらに、多様な結晶形を取り、
その表面は特殊で滑りやすい――
とのことだった。
エレナは続ける。
「私も、同じ“氷”に凍らされた。
でもそれは、氷のように見えて――分子の結合が、まったく異なっていたの」
大気。
このセレスティアルに満ちる空気の大半は、我々の世界――地球とほとんど変わらない。
主成分は酸素と窒素、そして二酸化炭素。
その他の微量成分については、ここでは割愛する。
だが、エレナの言葉によれば――
その“氷”は、結晶構造から分子レベルに至るまで、すべてが異質だったという。
ユニムがハヤタカに見せた氷鎖〈フロストチェイン〉。
そして、エレナ自身が凍らされた時に用いられた氷。
それらは、同じ「氷」と呼ばれながら、性質がまるで異なる。
本来、H₂Oは水素と酸素が結合して水となり、
零度以下で液体から固体へ――すなわち氷へと相転移する。
しかし、ユニムの場合も、エレナを凍らせた天使の場合も、
その条件は明らかに常識から逸脱していた。
もしこの現象がこちらの世界で確認されれば、
それは間違いなく世紀の大発見となるだろう。
――なぜなら。
通常、酸素で構成されるはずの部分が、
鉄に近い性質――すなわち鋼、鉄、銅、金といった、金属や合金に類する元素で置き換えられていたからだ。
ハヤタカが採取したサンプルを解析した結果、
それは既存の理論では説明不可能な代物だった。
見たことも、聞いたこともない――魔法。
四元力。
炎、氷、雷、自然。
それら四つの力に加え、
まったく異なる“新たな元力”――
「機」
その存在が示唆された。
魔法議会は即座に動いた。
賢者たちを招集し、長き歴史の中に“機”の記録が存在するかを問いただす。
だが――誰一人として、それを知る者はいなかった。
やむなく、氷帝セレストが転移魔法により強制召喚される。
そして彼は、驚くべき事実を口にした。
――機人の存在を、公にしたのだ。
かつて名が挙がった二人の人物、
ユニト、そして世界皇帝・蘭丸。
彼らは機人である可能性が高いという。
セレストは、どこか呆れたように肩をすくめると、
その場で“機の魔法”を披露した。
元素や原子を意図的に操作し、
己の肉体を鋼へと変質させる。
「義理ではあったが……息子の頼みじゃ」
そう言い残し、彼は機の魔法について語り始めた。
ユニトの言葉によれば、
ユニムが一段階の覚醒に至った時、機の魔法は公表される運命にあったという。
その時を、今か今かと待ち望んでいたのだ。
四元力とともに語られてきた“四元英雄”の概念すら、
この新たな力によって塗り替えられるかもしれない。
そんな予感――いや、危機感を胸に抱きながら、
ユニムは、エレナの話を静かに聞き終えた。




