204話 紅炎〈プロミネンス〉
―― Prominence ――
三十年前。
ユニムが生まれる前。
ハヤタカが腕を失う前。
そして、マダム・ウィッチが校長になる前のことだ。
ある夜、ハヤタカはユニムに昔話を聞かせていた。
まだ義手が存在する以前。
ハヤタカは四王国の外側で、炎の魔導士として恐れられていた。
同時に、彼は幾度となくマダム・ウィッチへ挑戦している。
その話は、当時を生きた者なら誰もが知る有名な逸話だった。
マダム・ウィッチ。
本名は決して明かされない。
家柄も不明。
深く被った帽子に顔を隠し、その正体を誰にも見せない魔女。
ただ一つの異名だけが、四王国に轟いていた。
そんな彼女は、西方のとある国。
人里離れた小さな小屋に住んでいると言われていた。
ある日、その小屋へ一通の手紙が届く。
——いや。
「届いた」というより、“持ち込まれた”と言うべきだろう。
扉が、トントン、と二度叩かれた。
マダム・ウィッチが扉を開けると、そこには恰幅のいい青年が立っていた。
「あら、どなたかしら?」
青年は堂々と名乗る。
「俺の名は、ハヤタカだ。
魔導演武を申し込む」
マダム・ウィッチはくすりと笑った。
「私に挑むなんて、いい度胸ね。
うふふ……ところで」
帽子の影から視線が覗く。
「あなた、階級は?」
ハヤタカは迷いなく答えた。
「変加護だ。
全力でいく」
---
ここで、話を聞いていたユニムが割って入った。
「何をしているのだ」
呆れたように言う。
「あの至高の魔術師——
マジック・セレストリアに最も近いと言われる校長に挑んだのか。
ハヤタカは無鉄砲なのだ」
(どっちがだよ)
ハヤタカは心の中で呟いた。
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当時のハヤタカは胸を高鳴らせていた。
本来であれば——
いや、常識で考えれば。
マダム・ウィッチは魔導演武を嫌う。
四王国には、昇格の方法が二つある。
一つは階級試験。
もう一つが魔導演武だ。
しかし魔導演武には、ある問題があった。
デメリットがほとんど存在しないのだ。
下手をすれば、苦労することなく階級を上げることも可能になる。
天王子では分からないが、
界十戒の中にも実力に伴わない者がいるかもしれない。
悪知恵の働く者は、弱者を狩る。
わざと弱い相手を選び、階級を上げる。
だが、それは王法でも違反にできない。
勇者プロメテウスが制定した階級制度。
それは百年以上続く常識だった。
その常識を覆そうとする者は、皆「異端」と呼ばれる。
常識は偏見。
実力は偽物。
そんな言葉が、ハヤタカの頭をよぎる。
そんな時だった。
彼は、四王国に存在しないはずの存在を知る。
帝国の心〈インペリアルハーツ〉の海内女王。
最初は、連れ戻すつもりだった。
だが。
四王国を飛び出し、危険な海を越え、
辿り着いた辺境の地。
そこにあったのは、荒れ果てた野原だった。
腐った作物。
崩れた畑。
そして、名も知らぬいくつかの「権物」。
それを見た瞬間。
ハヤタカの目の色が変わった。
連れ戻す?
何を言っている。
違う。
実力を試したい。
その一心だった。
気づけば、彼は扉を叩いていた。
自分でも愚かな行動だと思った。
だが——
たまには身勝手に、
我儘に生きるのも悪くない。
そう思い、準備もしていない言葉を口にしたのだ。
---
そして現在。
紅蓮の魔導天使と手合わせできる。
これ以上の幸運があるだろうか。
「それでは、始めましょうかしら」
マダム・ウィッチが静かに言った。
ハヤタカは両の掌から炎を放つ。
高温の火炎が噴き出し、
その勢いのまま飛び蹴りを叩き込む。
——はずだった。
しかし。
そこに彼女はいない。
「どこを見ているの?」
声が落ちてきた。
「私はここ」
頭上。
マダム・ウィッチは宙に浮いていた。
彼女は拳を握る。
そして——
爆発。
煙が舞い上がる。
ハヤタカの渾身の一撃。
だが。
マダム・ウィッチは一度も攻撃してこない。
ただそこに立っている。
「俺は本気だ」
ハヤタカが言う。
「へぇ。それで?」
返す言葉がなかった。
ハヤタカは膝を落とす。
——いや。
待て。
どこまで強いんだ。
試してみようじゃないか。
彼の好奇心が、勝手に歩き出す。
「プロミネンス」
日輪の剣士メープルシロップ。
緋色の剣士ネカァ。
彼らも扱うと言われる太陽の炎。
プロミネンス。
最大火力。
そして最大の隙。
放てば、動けない。
ハヤタカは放った。
轟く炎。
やったか——。
その瞬間。
マダム・ウィッチの素顔が見えた。
ハヤタカは息を呑む。
噂では、老婆のはずだった。
だが違う。
誰が見ても美しいと言うだろう。
その顔に、一瞬見惚れてしまった。
そして。
マダム・ウィッチは炎を反転させる。
「嘘だろ……ありえねぇ」
目の前に現れたのは。
黒い太陽。
プロミネンスを超える魔術。
「ブラックサン」
凄まじい熱量。
ハヤタカは後退る。
衣服が焼け、焦げ落ちていく。
「熱い……」
降参と言いかけた。
だが。
ハヤタカという男は、諦めが悪い。
「黒炎」
その瞬間。
彼の身体を水色の羽衣が包んだ。
氷の魔術。
使えなかったはずの力。
「……あれ?」
何が起きている。
実は——マダム・ウィッチが密かに支えていた。
プロミネンスの反動で倒れるはずだったハヤタカを、
彼女は魔術で守っていたのだ。
それでも彼は立っていた。
その根性を認められ。
ハヤタカは寛大陸の勲章を授かる。
そして二日寝込んだ後。
彼はマダム・ウィッチに弟子入りした。
それが——
今から二十五年前の出来事である。
---
「なあ、ユニム。知りたいだろう?」
ハヤタカはぽつりと呟いた。
「わたしは氷が得意なのだ」
少し間を置いて。
「プロミネンスは、まだ早いか」
だがその言葉は、ユニムには届かなかった。
虫の声に紛れ。
その呟きは、インペリアルハーツの森へ静かに溶けていった。
みなさん、こんばんは!
VIKASHです!
実はこの「紅炎〈プロミネンス〉」という技なんですが、もっと早く出す構想を練っていました。
序盤の「27話 交剣知愛か臥薪嘗胆か」で出す予定だったんですが、あまりに強い技のため。
技の火力のインフレが起きてしまうので、また最初からゼルド君が強過ぎてしまうと、ゼルド君の成長を描けず、どうやって強くなったんだろう。という疑問を払拭しきれないまま、物語が進行してしまい、お約束なので。ということになりかねないので、敢えて秘めておりました。
そのため、その回でもどんな技をメープルシロップが用いたのか。という描写がされず、いきなりゼルド君がやられている。
そして、それを見ていたユニムちゃんが喚いている。という誘導になっていたかと思います。
読者は何が起きたんだ。メープルシロップはふざけた名前をしているが、そんなに強いのか。と、憶測できるわけなんですね。
そこを狙って当時は書いていたと思います。
というわけで、ここまでお読みいただきありがとうございました!
次回もお楽しみに! 同じく一週間後です!
※更新は予告なく変更されることがあります。ご了承ください。
◀次回タイトル「炎纏〈エンテン〉」




