199話 異質な天使
―― Xeno−Angel ――
生まれたときから、俺は一人だった。
正確には、一人でいることを許されていた。
近づく者はいなかったし、近づけることもできなかった。
背中にあるそれのせいだ。
黒い翼。
羽毛は硬く、触れれば刃のように皮膚を裂く。畳もうとしても、完全には収まらない。重さがあり、地上では常に背骨を下へ引きずる。
飛べない。
滑空もしない。
動かすたびに、痛みだけが残る。
それでも翼は消えない。
切り落とそうとした者がいた。
刃は根元で止まり、次の瞬間、切ったはずの部分から羽が再生した。
――呪いだ、と理解したのは、そのときだった。
「貴様は天使だ」
そう告げたのはミカエルだった。
天空上界で、俺に命令権を持つ存在。
「役目を果たせ。地上界へ降りろ」
拒否はできない。
翼がある限り、俺は従属している。
堕ちる、という表現が正しいのかもしれない。
天空上界から地上界へ移動する際、翼は一切役に立たなかった。
空気は俺を拒み、ただ重力だけが身体を引き裂こうとした。
地に叩きつけられ、息が止まる。
背中の翼が地面を削り、石片が跳ねる。
――飛べない翼など、ただの足枷だ。
地上界の人間たちは、翼を見て目を見開く。
恐怖か、崇拝か、そのどちらかだ。
魔力は弱い。
寿命は短い。
それでも、彼らは自由だ。
翼がない。
それだけで、俺よりも。
明鏡石を通して、一人の少年を見たことがある。
鎖をつけられ、地を這うように生きていた。
なぜか、目を逸らせなかった。
『おい、ゼルエル。何をしている』
『ああ、面白いものを見ている』
『地上の奴隷か』
違う。
そう言いかけて、口を閉じた。
俺の任務は、その少年ではない。
だが、胸の奥で、翼が疼いた。
――なぜ、あいつは立てる。
――なぜ、あいつは歩ける。
ミカエルの声が、意識に割り込む。
『地上界に異変がある。緋色が消えた』
緋色。
獄界にいるはずの剣士。
『探せ。必要なら排除しろ』
命令だった。
俺は、背中の翼を引きずりながら立ち上がる。
逃げることはできない。
隠すこともできない。
この翼がある限り、俺は天使で、兵器で、呪われた存在だ。
それでも――
少年の姿が、頭から離れなかった。
自由を持たない者と、
自由を奪われた俺。
どちらが、より囚われているのか。
答えを知る前に、
俺は歩き出していた。
呪いを背負ったまま、地上界の中へ。




