第6話 怒れる大蛇
ルークたちは意気揚々と袋を担ぎ直した。
「これで邪魔ものも居なくなった。さっさと先に行くぞ」
背後には崩落した洞窟の入り口へ続く道がある。ヴァルツを置き去りにした場所だ。
レベッカが少しだけ振り返った。
「本当に戻らなくていいの?」
「まだそんなことを言っているのか。あの爺さんはもう死んだんだ。今さら戻ったところで何も変わらねぇよ」
「そうよね。あの崩れ方で生きているわけが無い。生きていたとしたら相当な手練れよ」
「それに、ここから先が本番だ。あのジジイでも採取できる場所なんて、勇者の俺たちには物足りないだろう?」
勇者は不敵に笑った。
「あのジジイはここまでしか行く予定が無かったようだが、まだ俺たちには足りねぇ。先に行ってしまおう。この先にもっと高価な素材があるはずだ」
レベッカは返事をしなかった。しても無駄だと知っているからだ。そもそも既に見捨ててしまった以上同じ穴の狢、どうせなら儲かる方に賭けたかった。
洞窟の奥地に行く度外からの届く音が静かになる。
「ひんやりして心地いい場所だ。夏場はここで過ごすのもいいかもな」
「馬鹿ねアゴラス。人が太陽の光を浴びないでいるとどんな影響が出るか」
「おい喋ってないですぐに進むぞ。俺の勘だとそろそろデカい場所につくはずだ」
暗くなるたびに周囲の薬草が少なくなっていった。。
「光が届かない場所だからか流石に草は無いか。代わりに鉱石がいくつかあるぞ。流石にこんな奥には来なかったらしい。こっちの方が単価が高いし俺たちで独占してしまおうぜ」
ルークは高らかに笑い、アゴラスも同調する。
しかしレベッカは違和感に気づいていた。
「魔物が少ない……入った時から雑魚の魔物にすら会ったことが無い。完全に人間側が制圧してしまった?」
歩いていると何かに躓く。
「っつ何よ」
足下を見てみるとそこにあったのは……頭蓋骨だった。
「いやぁっ!」
「どうしたレベッカ」
つい叫んでしまい、アゴラスが振り返る。
「ほ、骨が……人の骨が!」
「人の骨だと?マジじゃねぇか。ここに先客でもいたのか。まさかヴァルツとかいう爺さんの骨じゃないだろうな」
そう思案している間すぐに今度はルークの叫び声が聞こえる。
「うわぁ!」
ズンと足元が、わずかに揺れた。
二人が立ち止まる。はっきりと分かった。何かが向かって来ている。しかもこの大きさは人のそれではない。
「な、何だよ……?」
戦士の声が震えた。
洞窟の奥から、低い唸り声が響き、暗闇の中で、二つの眼が開く。黄金色の瞳だった。
「シャーッ!」
「だ、大蛇?!だがデカい生き物本国でも見たことが無いわ」
レベッカは後ろに下がる。
大蛇の身体は洞窟の奥が見えないほど巨大で、鱗が不気味に発光している。
そう邪の洞窟はこの蛇の巣穴だったのだ。
彼らが本当に五体満足で帰りたかったならば先ほどヴァルツを生き埋めにした地点で引き返すべきだったのだ。その奥は未知の領域、地元の上級の冒険者でさえ踏み込むのを躊躇する魔境だった。
それは薬草を餌にし、巣穴で休む生活をしていた。つまり薬草が十分にあれば全く地上に姿を現さなかったのだ。
かつての勇者はむやみに生物を殺したがらなかった。魔物や魔族でさえ敵対しなければ見逃しており、その精神はヴァルツを通じてかつての教え子たちに受け継がれている。その為できるだけ大蛇を刺激しないようにほんの少し薬草を摘んでいた。
しかし彼らはそれを理解しなかった。山のように薬草を取り続け、餌を減らしてしまう。
先ほどの洞窟の崩落で大きな音を立てたのも良くなかった。熟睡していた大蛇は眠りを妨げられ、大きな怒りにあふれていた。見える範囲にいなければ助かったのかもしれないが目の前に餌をたんまり持っている状態を確認された場合助かることは困難である。
「う、嘘だろ……!」
ルークが後ずさる。
「おい! 何とかしろ!」
「お、おう!」
アゴラスが剣を構え、レベッカが杖を掲げる。
だが、遅かった。大蛇の巨体が一気に動いた。
「うわああああっ!」
離れていたレベッカの目の前にはルークとアゴラスだったものしか残らなかった。
勇者ルークの死に様は身内から見てもこの上なく惨めだった。
「止めろ。俺は勇者なんだぞ!お前みたいな怪物なんてこの剣でな!」
そう言って腰に付けていた剣を抜き放ち切り裂く。しかしその渾身の一撃も鱗にわずかに傷をつけるだけで終わった。
大蛇はルークを食わなかった。食う価値も無いと思ったのだろう。その身体でルークに巻き付くと万力のような力で圧殺する。
「ガハッ……」
そこにあったのは全身の骨がひしゃげた勇者の姿。当然生きている訳などない。
アゴラスはレベッカを置いて逃げ出そうとしたが、その足では向かってくる巨体からは逃げきれなかった。
アゴラスを下に敷いた大蛇はレベッカにその顔を向ける。遂に丸呑みされてしまうのかレベッカは動くことも出来なかった。ただその場に崩れ落ち、全身からありとあらゆる体液を出し尽くすだけ。
断頭台の前で処刑を待つだけの罪人はきっとこんな気持ちなのだろうと思った。
首を切られるわけではなく飲み込まれるだけなのだが……
「いや……いや……嫌だァァァッ!」
そのとき。
「……やれやれ」
背後から、聞き覚えのある声がした。




