春の章 第3話 幼なじみ
「耕平じゃないか」
突然後ろから声をかけられて、耕平とさくらは驚いてほとんど同時に振り返った。
見ると、土手の上から二人を見下ろしている家族連れがいた。
赤ん坊を抱いた青年と、二歳くらいの女の子の手を引いた若い女性だった。
「大地!茜さんも……?何してるんだ?」
耕平が、悪戯がばれた子どものような気まずそうな顔をして、幼なじみの友人にたずねた。
茜と呼ばれた女性は、にこにこして会釈した。
「こんにちは、耕平くん」
「見ればわかるだろ。家族で花見だよ。陽斗もやっと外に出せるようになったからな。おまえこそ何やって……あ、その子は……」
大地はさくらに目をやって、記憶を手繰るように目を泳がせた。
(大地さん……)
さくらの方が、先に思い出していた。
冬にここへ来た時、山荘の綾子と一緒に寄ったガソリンスタンド。そこで対応してくれたスタッフが、大地だった。あの時、大地を見て耕平と錯覚してしまったのは、作業着のせいだけでなく、その雰囲気が少し似ていたからだろう。
「ああ!思い出した!綾子さんと一緒にいた子じゃないか?確か、山荘の常連……?」
という言葉だけでは足りない雰囲気の耕平とさくらを見比べて、大地は腑に落ちた顔でうなずいた。
「あぁ、そういう……?」
「大地」
何か言おうとする大地を遮るように、耕平が強く言った。
そして彼は、観念したようにため息をつくと立ち上がり、
「付き合ってる。俺の……彼女」
照れ隠しにぶっきらぼうな口調で言った。
さくらは慌てて耕平の隣に立つと、丁寧に頭を下げた。
「立花さくらです。よろしくお願いします」
お辞儀が少し深くて少し長すぎたのは、『彼女』と呼ばれて熱くなった顔を上げられなかったからだった。
耕平と大地はいくらか言葉を交わしたあと、大地が「今度飲みに行こう」と耕平に言って、早々に別れた。さくらが振り返ると、大地が茜に小突かれている。
赤ん坊を置いて自分だけ飲みに行くなんて――そんなところだろうか。
さくらと耕平が再び並木道を歩いていると、さくらがふふと思い出し笑いをしたので、耕平は何事かと眉を上げた。
「さくらさん?」
「耕平さんも、あんな顔するんですね」
さくらは耕平が大地と話していた時の、少し不機嫌そうな顔やぶっきらぼうな口調を思い出していた。今まで知らなかった彼の顔を見られたのが、嬉しかった。
「子どもの頃からの腐れ縁です」
耕平は仏頂面で言ったが、口調にはどこか温かさがあった。
言葉遣いは乱暴でも、気心が知れていてお互いに気を許しているのが、短い時間でもよくわかった。
そういう関係が、さくらには少し羨ましくもあった。
「赤ちゃん、可愛かったです。美咲ちゃんも」
さくらが大地の幼い子どもたちを思い浮かべたのか、優しい表情になって言った。
そんなさくらを耕平は、優しい眼差しで見下ろしていた。
「……はあっ」
車まで戻ってくるとおもむろに、耕平は大きくため息をついてハンドルに顔を伏せた。
「あーあ、これでもう、町中に知れ渡ること確定だな」
「……?」
さくらの怪訝そうな表情を横目で見て、耕平は諦め顔で微笑んだ。
「俺とさくらさんのことです。この町でプライバシーとか個人情報なんて言葉は死語ですからね。明日には、町のほとんどの人間が知ってるんじゃないかな。この町の情報網は高速通信並みだから」
「それは……大変ですね」
「いや、全然、隠すつもりなんかないよ? 知られるのは別にかまわないけど。けど……話のネタにされたり、他人にとやかく言われるのは……恥ずかしい……というか……気まずいな、と」
耕平が少し困ったような顔をした。
「……さくらさん、すみません」
町で何か言われて、さくらが居心地の悪い思いをするのではないかと心配しているのだった。
さくらは、夏祭りのときの町の女性たちの噂話の様子を思い出して、納得した。
「大丈夫です。……たぶん」
さくらは微笑んだ。
確かに、町の人たちは噂話が好きみたいだが、それはお互い親戚のように思っているからで、皆とてもいい人たちだったことも思い出したからだった。




