春の章 第2話 桜並木の土手
河川敷の桜は、耕平の言った通り七分咲きといったところだった。
それでも、淡いピンク色の小さく可憐な花をいっぱいにつけた枝が、長く伸びて土手の上の道を覆い、川沿いを遠くまで連なっている様は、夢のように美しかった。
「あぁ……やっぱり……とてもきれいですね」
さくらはうっとりと息を吐いて言った。
(記憶にあるよりも、もっと……。満開だった去年よりも……)
そんなふうに思ってしまうのは、今の自分が去年とは少し変わったせいかもしれない、とさくらは思った。
あの時は――青い空と満開の桜、そして隣に耕平がいて――確かにとても美しかったけれど、自分はここに『きれいな景色を見に来た人』だった。
けれど今は、耕平と二人で一緒に見たいと願っていた場所に帰ってきた。
単なる景色ではなくて、二人で同じ時間を過ごす場所だから――こんなに、懐かしくて、愛おしい気持ちになるのだろう。
「確かに……とても、きれいだ」
耕平も、呟くように言った。
去年の春、彼は、さくらにこの桜並木を見せたいと思い、彼女をここに連れてきたのだった。
そして、予想通り、美しさに感嘆する彼女を見て満足していた。
しかし今は、彼もまた、目の前の景色に心を動かされていた。
――「俺も、見たいんです。あなたと一緒に。いろんな景色を。これからも……」
あの夜、彼が言葉にした願いが、ひとつ叶った。
子どもの頃から見慣れた景色でも、大切な人と一緒に見ることで、違う意味を持つことをおしえてくれたのはさくらだった。
二人はしばらくの間、黙ったまま、桜のトンネルの下を歩いた。
小柄なさくらと背の高い耕平。さくらの歩幅に、耕平はさりげなく合わせている。
並んで歩く二人の間に、ほんの少しだけ風の通る隙間。
桜並木が終わりに近づいたあたりで、耕平が口を開いた。
「少し、座る?」
「はい」
さくらが答えると、二人は少し土手を下り、やわらかそうな草の上に並んで座った。
風は少し冷たいが、土と緑と、微かに甘い花の匂いが混じっている。
目を閉じて、気持ちよさそうに風を受けているさくらの横顔を見て、耕平はふっと小さく笑い声を漏らした。
さくらが怪訝な顔で振り返る。耕平の悪戯っぽい目と合った。
「ごめん……ちょっと思い出して。去年、さくらさん、ここで寝ちゃってたな、って」
「……う」
さくらの頬がぱっと赤くなる。
「そんなこと、思い出さないでください」
「そういうのって、かえって忘れられないんだ」
くすくす笑って言いながら、彼は、あの春の昼下がり、隣で眠っていたさくらの穏やかな寝顔を思い出していた。




