春の章 第1話 再会の駅
ガダガダガダガダ……。
すでに聞き慣れたディーゼル機関車のエンジン音が、耳の奥で心地よく震えている。
さくらは窓際の席に座り、車窓を眺めていた。
東京の都心では桜の花はとうに散って葉桜になり、日によっては汗ばむ陽気となって、ワイシャツの袖をまくって歩く人も見かけるようになった。
しかし今、窓の外に広がる景色は、時間を一カ月巻き戻したようだった。
列車は山々に囲まれた渓谷沿いの線路を走っている。
煙ったような薄水色の空。針葉樹の緑灰色。そして枯れ木の間にところどころ見える山桜の淡いピンク色――そんなパステル画のような世界だった。
一年前に見た景色と、ほとんど同じだったが、彼女の目には、まったく別の美しさで映っていた。
この線路の先に、彼女を待っている人がいるから――
はやる気持ちを抱えたさくらを乗せて、ようやく春を迎えた山間を、列車は進んでいった。
*****
一日五往復のローカル線の終着駅の一つ手前の無人駅。
小さな駅舎と殺風景なホーム。単線の線路のすぐ際にまで、深い森が迫っている。
四月の終わり。晴れた日の午後。
春の気配はあるが、時折強く吹き降りてくる風は、まだひんやりと冷たい。
ホームに一人の青年が佇んでいる。
歳は二十代半ばくらい。
肩幅が広く、背が高い。
紺色の作業着のようなジャンパーとワークパンツ姿。
人待ち顔で、線路の向こうに目をやっている。
ホームには、彼の他に人影はなかった。
やがて列車がゆっくりとホームに入ってくると、耕平は素早く客車に視線を走らせた。
窓越しに小柄な女性の姿を見つけると、耕平は彼女のいるドアの前まで小走りで向かった。
列車が停車してドアが開くと同時に――
さくらと耕平は、一カ月半ぶりに再び向き合った。
彼女の他に、降りる客の姿はなかった。
ドアが閉まり列車が走り去ると、ホームにはさくらと耕平の二人だけが残された。
「おかえり」
耕平が言った。
彼女だけに見せる、包み込むような優しい笑顔で、さくらを見下ろしている。
「ただいま」
彼を見上げるさくらの顔に、綻ぶように笑顔が広がった。
二人が駅舎を出ると、トクヤマ電器店と書かれたバンが停められていた。
耕平は一歩前に出てさくらのために助手席のドアを開けると、車の後ろに回って彼女の荷物を積み込んだ。
そして運転席につき、慣れた仕草でシートベルトを締め、エンジンをかける。
さくらがシートベルトを締めたのを確認すると、車を発進させた。
「河川敷、行ってみる?このところ寒かったから、満開まではまだ少しかかりそうなんだけど」
運転しながら、さくらをちらと見て耕平が言った。
「はい、行きたいです。……耕平さんがよければ……」
さくらが、ややぎこちなく答える。
素直に嬉しいのと、なんとなく遠慮して緊張してしまうのと。どんな態度をとっていいのか戸惑っている様子だ。
この一カ月半、LINEや電話でのやり取りはしていたが、直接会うのは、告白の翌朝に駅で別れて以来だった。
一方耕平は、彼女に会えた喜びを率直に表していた。彼女に会ってからずっと、目元が緩んでいる。
「今日はもう仕事ないから、このまま行こう。いい?」
耕平の気安い声かけに、さくらはくすぐったそうな顔でうなずいた。




