第3話 火を継ぐもの
サトルの脳内に、映像が流れ込んでくる。それは父の姿だった。
(父さん……! 本当に父さんなの?)
3年ぶりの父の姿に、サトルは涙があふれそうになった。
『サトル、その杖を持って、父さんの代わりに使命を果たすんだ』
父は淡々と語る。
(使命って?)
サトルの周りの景色が変わった。
──氷河と、広がる草原の中に、人とも猿ともつかぬ生き物が、白い杖を天に掲げているのが映った。
荒涼とした大地で、杖は神々しい輝きを放っている。
『これは、100万年前の人類だ』
その映像が消えると、今度は別の人物が歩み出た。
──古代ギリシアのキトンに身を包み、ウエーブのかかった長い髪と髭を持ち、その瞳はすべてを見通すかのようだ。
『我が子孫よ。汝が使命を告ぐ』
(あなたは?)
『我は、「プロメテウス」。4000年前にその杖を携え、天から叡智を賜った」
時間と言語を越えて、サトルの脳内に声が響く。
『サトル、それから1000年ごとに、人間は宇宙から知識を得たんだ。そして、前回から1000年目が、まさに、今なんだ』
『さよう。我は、然る後、ミケーネ(のちの古代ギリシア)で天から火を盗んだと伝えられている。かくして、人はその火で闇を払い……人の行く末を照らした』
『父さんやお前が予知の能力を持っているのも、プロメテウスの「先を見通す力」の血の影響なんだ』
(その……、宇宙から知識を得たって、どういうこと?)
『人類の知識は、もともと宇宙にあるものなんだ。人間が作りだしたものじゃない。その一部を見ているにすぎないんだ』
(でも、どうやって……)
『これ以上はお前の脳に負担がかかる。あとは古戸から聞くといい』
(知ってるの? 古戸さんを)
『彼は味方だ。それと、マキちゃんを守ってやれ』
『我が子孫よ、使命は汝に託したぞ』
『最後だ、サトル。お前に会わせておきたい……』
──別の人影が、父のそばから現れた。
『サトル……』
『……母さん……!』
それまでこらえていた涙が、サトルの目からあふれ出た。
『どうしたの? 小さい子みたいに』
(う……ううん。なんでもないよ)
『ふふ。変な子ね。ねえ、サトル。帰りに何か食べる?』
(母さん、まさか……)
『サトル。母さんに事故の記憶はない。あっという間の事だったからな。それがせめてもの救いだ……』
(母さん……)
『なあに? サトル』
(家に帰ってさ、母さんの作るご飯がいいな、俺)
『そう? じゃあ、帰ったらすぐに作るわね』
『サトル、ここまでだ。これ以上はもたない』
両親と、プロメテウスと、他の人々が、闇に消えていく。
(父さん! ……母さん!)
────
「うう……」
視界が戻ると頭がクラッとし、サトルはこめかみを押さえてよろめいた。
「大丈夫? サトルくん」
肩に手を置くと、マキはサトルが涙を流していることに気づいた。
「だ、大丈夫だよ、マキちゃん。どのくらい時間が経ったんだ?」
「え? 時間なんか経ってないわよ。サトルくん」
「……え?」
「これでわかっただろう、サトルくん。君の使命が」
「……ああ、なんとなくね」
「さあ、その杖を持って。すぐにここを離れるんだ。じきに追手が来るはずだ。君もだ、知多野くん。いっしょに来るんだ」
「え!? なんであたしが。それにその杖、御神体なんだから持ってっちゃダメよ!」
「説明してる暇はない。やつらは君も狙う」
「ホントだよ。マキちゃん。俺もさっき襲われたんだ」
「えー!? やだやだ。あたし、学校に行かなきゃ。サトルくん、サボる気なの?」
「しょうがない子だ」
古戸は、マキを肩にひょいと担いだ。
「あーっ。チカンー! 人さらいー!」
マキは、古戸の背中をポカポカと殴ったが、古戸は気にも留めない。サトルに後部座席のドアを開けさせるとマキを押し込んだ。
──車中。古戸が運転し、後部座席のサトルは、マキをなだめていた。
「あらためて説明しよう」
古戸が口を開いた。
「向かっているのは、N県の高笠巣山だ。時刻は、およそ7時間後。必要なものはその杖と、君たち2人だ」
「なぜ俺たちが……?」
「杖から聞いたんじゃないのか?」
「途中までね。あとは古戸さんが知ってるって」
「ちょっと、どういうこと? あたしだけのけ者にしないで、教えてよ」
サトルは、さっき見たものを2人に話した。
──
「そんなことが……」
マキは悲しそうにサトルを見た。
「あれ、古戸さん。工事中かな?」
前方が通行止めになっている。警備員が誘導灯を振ってから前に突き出した。止まれ、という合図だ。
「ここを通らないと、高速に入れないんだ」
古戸はアクセルを踏んだ。
「え? ちょっと」
車が加速すると、警備員が慌てて飛びのき、バリケードを突破する。カラーコーンがボウリングのピンのように跳ね飛ばされた。
「あ~あ……」
サトルたちが後ろを振り向いた。
「見ろ、サトルくん。どこにも工事なんぞしていないだろう?」
「ほんとだ。じゃあ、あれは……?」
「やつらの罠だ」
そのまま進み、車は高速道路に入った。
「それで……」
高速を疾走しながら、古戸は話を続けた。
「1000年ごとに受け取るというのは、例えるなら、PCやスマホの、『アップデート』みたいなもんだ。そして前回から1000年経過するのが、今からおよそ7時間後なんだ」
「アップデートしなければ、どうなるの?」
「スマホと違って、人間の知識は、アップデートしなけりゃ『消滅』してしまうんだ」
「消滅……すると、どうなるの?」
「人類の『知識』が消えるんだ。だから、文明は崩壊してしまう。石器時代にまで後退してしまうだろう」
「え……、嘘だろ……。そんなこと、マジで起こるの?」
「……マジだよ」
古戸は、にこりともせずに言った。
「……補給が必要だ」
減速してサービスエリアに入り、ガソリンスタンドに停車すると、店員が勢いよく走り寄る。
「ハイオク満タンだ」
給油が終るのを待っていると、スタンド内のスピーカーからラジオが聞こえてきた。
『……ここでニュースです。さきほどS市で発砲事件がありました』
3人は思わず耳を傾けた。
『犯人と思われる男は、高校生2人を誘拐して車で逃走中です。警察によると、犯人は身長180㎝くらい。黒っぽいスーツにワイシャツ姿です。車の特徴は……』
「ねえ、古戸さん。このニュース……」
「……おい君、タイヤのチェックはしなくていいぞ」
古戸が、空気圧を見ようとしゃがみ込んだ店員に向けて言った。
「ああ、これもやつらだ。『高校生2人』と知っているのはやつらだけだからな」
マキは不安そうにサトルの袖をつかんだ。異常な事態になっていることを実感しつつあった。
────
3人を乗せた車は、ふたたび高速道路に出た。
「サトルくん、君の家系は……」
古戸が話を再開した。
「君の先祖は、1000年ごとのアップデートの役目を担ってきたんだ。そしてその役は君の父だったんだ」
「でも、父さんは、3年前……」
「そうだ。亡くなっている。だから、君が使命を受け継ぐんだ。君の父が亡くなって、その『杖』の在りかだけがわからなかった。しかし、やつらが、ついに突き止めたんだ」
「あいつらの狙いはなんなの?」
「君と、その杖だ。やつらは、君たちをずっと監視していたんだ。やつらは手段をえらばないぞ。……実はね。君の父は殺されたんだ」
「なんだって!? 父さんが死んだのは事故だよ。警察も調査したって」
「事故に見せかけたのさ。やつらなら、それくらいわけないさ」
「え、それじゃあ……父さんを殺したのは……」
「そうだ。君の父を、いや両親を殺したのはオリュンポスなんだ」




