第4話 神々の末裔
「……君の両親を殺したのは、オリュンポスなんだ」
古戸は、しばしのためらいの後、静かに言った。
サトルとマキは絶句した。やがて、サトルが口を開いた。
「と、父さんと母さんを殺したのが、オリュンポスだって言うのか?」
「……あの時、私は『オリュンポス』社の諜報員をしていた。君の父、神田 聡を監視していたんだ」
「何のために?」
「オオウイキョウの在りかを探るためさ。神田はいずれ予知によって杖の場所を知るからだ」
「予知で? どういうこと?」
「神田自身も杖の在りかは知らない。だが、『自分が杖を手にする未来』の予知から、その場所を知ることが出来るのさ」
オリュンポスは、神田を監視し、その行動から杖の在りかを推理し、可能性のある場所を特定していた。
そして杖の場所が分かった以上、社長は杖を取らぬよう、神田を殺そうとした。
しかし、それは出来なかった。神田は、危険を事前に予知できるからだ。
だから社長は考えた。狡猾で残忍な方法を。
「サトルくん。あの事故のことを覚えていないかい?」
「覚えてないよ。突然のことだったし」
──3年前、サトルが両親と出かけた時だった。
突然、車が3人に飛び込んできた。サトルは軽傷だったが、両親はその事故で犠牲になった。
2人とも、ほとんど即死だった。
警察は、ハンドル操作を誤ったのが事故の原因としたが、運転手はハンドルとアクセルが勝手に動いたと主張していた。
「社長は君に目を付けたんだ、サトルくん。君を殺そうとすれば、神田が君をかばうと読んでね」
「お……思いだした。そうだ、確かあのとき、とつぜん父さんが俺を突き飛ばしたんだ。車が飛び込むのを知ってたのか」
「……そうだ。君の母は巻き添えになったんだ」
「そんな、ひどい! じゃあ、おじさんとおばさんが死んだのは……!? なんてことを」
マキが叫ぶと、泣きそうな顔をしてサトルの手をぎゅっと握った。サトルは無言だった。
(……父さん。俺のために?)
「その後は……」
古戸は当時の話を続けた。
──その後、社長の目論見どおりに事は進んだかに見えた。
だが、然るべき場所に杖はなかった。
神田はオリュンポスの監視を逆手に取り、別の場所を正解だと思いこませていたのだ。
社長は、まんまと神田に裏をかかれたのだった。
古戸は社長を問い詰めた。なぜ神田を殺したのかと。そして知った。なぜ彼が『杖』を欲しがったのか、その目的を。
もともと、古戸は重役ではあったが、社長との不仲は知られていた。目的のためにはささやかな家族の幸せすら奪う社長に、古戸は決別を決意した。
後日、古戸のもとに神田からの手紙が届いた。神田は、生前すでに手紙を出していたのだ。内容は、杖の在りかを示すものだった。
神田は知っていた。古戸がオリュンポスを裏切ることも、自分の運命も……。
神田は、古戸に託したのだ。息子と、人類の運命を。
──古戸の話が終ると、車内は静まり返った。風切り音とロードノイズだけが響く。
突然、車外からのスピーカーの声が、静寂を破った。
≪そこのセダン、停まってください≫
古戸の車の後ろに、もう1台のセダンが、赤色灯を点灯させて追走している。
「古戸さん、あれって覆面パトカーってやつじゃない?」
「そのようだな」
そう言いつつも、古戸は車を走らせ続ける。
≪速度を落として、路肩に寄せてください≫
覆面パトカーが速度を上げて古戸の車の横に並走する。
「停まらなくていいの?」
「……あれも偽物だ」
「え?」
一瞬の躊躇すらなく、古戸がハンドルを切ると、車のフロントがパトカーのリアにヒットした。
「わ、ちょっと」
車内が揺れ、マキはサトルの腕にしがみついた。
スピンするパトカーをかわして、何事もなかったように車は走り続ける。
サトルたちが振り向くと、パトカーは壁に激突し、白煙を上げていた。
「ふ、古戸さん、どうして覆面パトカーが偽物って分かったの?」
「ピーンとくるさ。オリュンポスのやりそうなことだ。もっとも……」
古戸はわずかに鼻を鳴らした。
「本物でもああするつもりだったがな」
車は、高速道路を降りて、N県の国道に入った。
「まとめよう。まず、場所は、これから行く『高笠巣山』だ。必要なのはサトルくん、君と杖。これが揃って、宇宙にアクセスする権利が生まれる。そして、それを拡散するのが、真紀愛くん、君だ」
「あ、あたしが?」
マキは、自分を指さした。
「そうだ。君は知識を拡散して、人類全員と共有するための装置なんだ」
「装置って、女性を装置なんていうと、今の時代、炎上しますよ」
「コンプライアンスに配慮する余裕はない」
古戸は続けた。
「『オリュンポス』は、それらの条件を、なんとか技術で代用できないかと、ずっと研究してきた。彼らが医療、IT、など各方面の技術を開発しているのは、それが目的なんだ」
「代用できたの? ……いや、できてないから、俺たちを狙うのか」
「サトルくん、人類は、宇宙からの知識を得て文明を築き、進歩してきた。もし、たった1人の人間が、この知識をすべて手に入れたら、どうなると思う?」
「どうって言われても……」
サトルは、さっき杖に触れたときのことを思いだした。脳内に情報が流れ込んできたことを。
「人類は、100万年前に『火の知識』を手に入れた。そして新たな種に進化したんだ。だからもし、その知識のすべてを、1人の人間が持つことができたら……?」
「それがオリュンポスの社長の狙い?」
「そうだ。彼は、『知識』を独占することで、新たな生命体に進化するつもりだ」
「まさか。ほんとにそんなことが……」
「我われは、皆、古代の神々の末裔なんだ。だが、普通より、ちょっぴり宇宙知識の恩恵を受けているにすぎない。しかし社長は、それで満足せず、本物の神になることを望んでいる」
「神になるだって? 人間が?」
「知識のすべてを1人だけにダウンロードする装置を開発したんだ」
「ちょ、ちょっと待って。頭が混乱してるよ」
サトルは黙り込んだ。両親の死の真相、自分の運命、巨大企業の目的。さまざまな感情が重なって、混乱していた。
「サトルくん……」
マキが、サトルの手を握った。サトルも握り返した。
──長い沈黙があった。やがて、サトルは、何かを決意したように顔を上げた。
「父さんは……、古戸さんを信じてすべてを託したんだね」
古戸は無言でハンドルを握る。
「古戸さん、あんたを信じるよ。俺、『使命』を果たす。見える気がする、やるべきことが……」
「そうか……」
「あの……古戸さん」
マキがおずおずと告げる
「さっき高速を降りてから、トラックが付いてくるような気がするんですけど」
古戸はバックミラーに目を向けた。
「そうだな。やつらの追跡かもしれん。そこでやり過ごそう」
古戸は、車を道路脇にある駐車スペースに入れ、停車した。トラックが停まるには狭いスペースだ。
他に車はない。トラックはそのまま通りすぎて行った。
──トラックが視界から消えるのを確認してから、古戸は車を発進させた。
しばらく車を走らせていると、路肩に停車しているトラックが3人の目に入った。その脇を、古戸の車が猛スピードで通過する。
「ねえ、古戸さん。あのトラックって、さっきのやつじゃない?」
サトルが後ろを振り返った。
「……そうだな」
トラックのエンジンが唸り、排気音が咆哮をあげた。猛獣が目覚めたように。
発進すると、スピードを上げて古戸の車を追跡し始めた。




