第3話 神々の末裔
「……君の父を殺したのは、この私だからな」
古戸は、しばしのためらいの後、静かに言った。
サトルとマキは、絶句した。
──やがて、サトルが口を開いた。
「と、父さんを殺したのが、古戸さん、あんたなのか?」
「おじさんを!? いったいどうして?」
「……あの時、私は『オリュンポス』社の諜報員をしていた。君たちを監視していたんだ。……あれは3年前。覚えてるだろう、サトルくん」
──3年前。
サトルと両親は、休日に、近所の低山にハイキングに来ていた。だが、そこにも、『オリュンポス』のエージェントが遠巻きに監視していた。
「お父さん、どこ行くの?」
「母さん。ちょっと花を摘みに行ってくるんだ」
「それを言うなら、雉を撃ちにじゃない?」
サトルが言うと、母親も笑った。
「今は、ジェンダーフリーの時代なんだよ。早くしないと漏れちゃうよ」
──父親は、少し離れた林の中に入った。
「それにしても」
父親は、少し離れた木に向かって言った。
「お前らも忙しいな。こんなところにまで付いてくるとは」
「神田。相変わらず、勘がいいな。それとも、予知かな?」
木の影から現れたのは、古戸だった。
「何か用か?」
「ご挨拶だな。わかってるだろう。例の物だ。『大茴香の杖』だよ」
「それなら答えは『ノー』だ。そう言ったはずだ」
「まあ聞け。今日はいい話を持ってきた。杖のありかを教えれば、礼金をはずもう」
古戸は、2、3歩近づいた。
「お前たち3人が、遊んで暮らせるほどの金額だ。悪くないだろう? ただ杖を渡すだけだぞ」
「知らんのか? 古戸。杖だけではどうにもならないことを」
「知ってるさ。だが『社長』の命令なんだ。何か考えがおありだ」
「とにかく、断る。社長とやらに伝えろ」
「神田。俺も子供の使いじゃないんだ。手ぶらで帰れんよ。どうしても貴様が嫌というなら、息子に聞いてみるか」
「サトルは、まだ何も知らん!」
「そうかもしれんが、試してみるさ」
「貴様!」
サトルの父は、古戸に掴みかかった。
「お、おい。よせ、神田……!」
────
「その後は」
古戸が続けた。
「我々はもみ合いになり、近くの崖に落ちた。私はその程度は平気だが、君のお父さんはそうじゃない。警察は事故として扱った」
サトルもマキも、無言だった。
(……父さん。俺のために?)
「私自身が手を下したわけではないが、彼を死なせたことで、社長から責任を問われた。そして知った。なぜ社長が『杖』を欲しがったのか、その目的を。それが、私が『オリュンポス』と袂を分かった理由だ」
「そ……、その」
サトルがあえいだ。
「『目的』ってなんなの?」
車は、高速道路を降りて、N県の国道に入った。
「まとめよう。まず、場所は、これから行くN県の、『高笠巣山』だ。必要なのはサトルくん、君の血筋、つまりDNAだ。それと、杖。これが揃って、『宇宙の知識に』アクセスする権利が生まれる。そして、それを拡散する役目が、真紀奈くん、君だ」
「あ、あたしが?」
マキは、自分を指さした。
「そうだ。君は知識を拡散して、人類全員と共有するための装置なんだ」
「装置って、女性を装置なんていうと、今の時代、炎上しますよ」
「コンプライアンスに配慮する余裕はない」
古戸は続けた。
「『オリュンポス』は、それらの条件を、なんとか技術で代用できないかと、ずっと研究してきた。彼らが医療、IT、など各方面の技術を開発しているのは、それが目的なんだ」
「代用できたの? ……いや、できてないから、俺たちを狙うのか」
「サトルくん、人類は、宇宙からの知識をダウンロードして文明を築き、進歩してきた。もし、たった1人の人間が、この知識をすべて持つことが出来たら、その人間は何を見ると思う?」
「何を……見る?」
サトルは、さっき杖に触れたときのことを思いだした。
「人類は、100万年前に『火』、つまり『知識』を手に入れた。火を使うことで食事が変わると、脳も大きくなった。肉体も変わり、新たな種に進化したんだ。だからもし、アップデートで得る知識のすべてを、1人の人間が持つことができたら……」
「それが『オリュンポス』の社長の狙い?」
「そうだ。彼は、『知識』を独占することで、新たな生命体に進化することを目論んでいる」
「そんなことって……」
「我われは、皆、古代でいう神々の末裔なんだ。だが、普通より、ちょっぴり宇宙知識の恩恵を受けているにすぎない。しかし社長は、それで満足せず、本物の神になることを望んでいるんだ」
「神になる? 人間が?」
「おそらく、知識を拡散させず、1人の人間だけにダウンロードする装置を開発したのだろう」
「ちょ、ちょっと待って。情報量が多くて、渋滞してるよ」
サトルもマキも沈黙した。父の死の真相、自分の運命、巨大企業の目的。さまざまな感情が重なって、混乱していた。
マキは、サトルの腕にそっと触れた。
しばし3人とも無言だった。サトルは、今の話を頭の中で反芻していた。やがて、古戸がぽつりと言った。
「サトルくん、私を恨んでもいいよ。だが、今は『使命』のことだけ考えて欲しい」
恨むという言葉に、サトルはハッとした。目の前の男が原因で、父は死んだ。しかし今、人類のために、サトルたちを導いている。
それは、罪滅ぼしのためではない。
サトルは、父の言葉を思い出した。
「サトルくん……」
マキが、サトルの手を握った。サトルも握り返した。
──長い沈黙があった。やがて、サトルは、何かを決意したように顔を上げた。
「古戸さん、あんたを信じるよ。俺、『使命』を果たす。見えるんだ、やるべきことが。まだぼんやりとだけど……」
「サトルくん……」
再び、3人は無言になり、ロードノイズだけが車内に響いた。
「あの……古戸さん」
沈黙を破ったのは、マキだった。
「さっき高速を降りてから、トラックが付いてくるような気がするんですけど」
古戸は、顔を動かさずに、バックミラーに目をやった。
「そのようだ。だが、偶然かもしれない。じゃあ、あの店にちょっと寄ろう」
古戸は、ウィンカーを出して減速し、道路脇の喫茶店の駐車場に停車した。
田舎によくあるタイプの店だった。駐車場に他の車はない。
「まだ時間がある。ここで小休止すれば、あのトラックも行くだろう」
わりと広い駐車場だが、古戸は車を店のそばに停めた。3人は入り口の近くの、窓から外が見やすいテーブル席に着いた。
────
「お客さん、どこから来たの?」
3人分のコーヒーを運ぶと、小太りの店主が古戸に聞いた。
「S市からです」
「S市? そういえば、さっきニュースで言ってたけど、発砲事件があったってね。それに高校生が誘拐されたとか」
「そうらしいですね。早く犯人が捕まって欲しいですね」
古戸が話している間、サトルとマキは、無言でコーヒーをすすっている。店主はカウンターの向こうに戻った後も、コップを拭きながら、ちらちらと3人を見ていた。
「ねえ古戸さん、もう行きましょうよ」
マキが言うと、古戸はうなずいた。
────
店を出ると、古戸が、車の前で立ち止まった。
「どうしたの? 古戸さん」
サトルが言うと、古戸は口の前で人差し指を立てた。しゃがんで車の下をまさぐっている。立ち上がると、手の中に小さな機械があった。
古戸は顔をしかめて機械を握りしめ、振りかぶって地面に叩きつけようとした。が、手を途中で止め、店の入り口のスロープの金属製の手すりに、その装置をくっつけた。
────
「古戸さん、さっきの機械なんだったの?」
車中で、サトルが聞いた。
「発信機と盗聴器を兼ねた装置だ。さっきのガソリンスタンドで付けられた」
「でも、盗聴器をなんで車の外に?」
「本当は室内に付けたかったのさ。それで店員がしつこく点検を勧めたんだ」
「えー、でも、なんで俺たちがあのスタンドに行くのがわかったの?」
「さあな。だが、そこらじゅうに『オリュンポス』のスパイがいる。さっきの喫茶店の主人。あれも、わからんぞ」
路肩に停車しているトラックが3人の目に入った。その脇を、古戸の車が猛スピードで通過する。
「ねえ、古戸さん。あのトラックって、さっきのやつじゃない?」
サトルが後ろを振り返った。
「……そうだな」
トラックのエンジンが、うなりを上げて発進する。スピードを上げて古戸の車を追跡し始めた。




