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96 カイトは真琴を見つけた


 カイトとヴィゴラスが、宰相の持ち物である建物を次々とその屋根だけ壊していく。それを、ガーネットは離れた場所から見ていた。

 ヴィゴラスはガーネットとリリアンが自分の見張りだと思っていたが、とっくにガーネットはリリアンをサフィルスの方へと行かせてある。

 単にカイトとヴィゴラスの二人だけだとヴィゴラスはサボるに違いないという、そのグリフォンの身勝手さを知ればこその脅しだった。


(風の妖精(シルフ)達は明日、雨が降るように雨雲を連れてくるということだったけれど。こんな手ぬるいやり方で本当にいいのかしら)


 優理が決めたことだから逆らわないだけで、ドラゴン、ペガサス、グリフォンはもっと手厳しく対応すべきだと思っている。

 カイトは、屋根を壊すだけという地味な仕返しについて、

「なかなかいいのではないでしょうか。後から修理部位があちこちで出てくるのはかなり厄介ですし、疲労もするでしょう」という反応だったが、そういうものだろうか。


(あら。二人、別の道に行っちゃったわ)


 どうやらカイトとヴィゴラスは、お互いに手分けしてやっていくことに決めたらしい。

 やがて、次々に離れた場所にある建物の屋根が吹き飛んだ様子だ。


(飴と鞭って言うけど、ヴィゴラスっておだてた方がよく動くのかしら。思ったよりカイトさんとうまくやってるような気がするわ)


 その原因はヴィゴラスに対していささか手厳しい自分達にあるとは思わず、ガーネットは、

(ま、いいでしょう)と、合流場所へ向かう。

 どうせカイト達に割り振った仕事はオマケでしかない。

 お買い物に、男は必要ないのだ。






 優理は、リリアン、サフィルスと一緒に鍛冶屋を訪れていた。

 宰相はラーナを脅す為に出鱈目を言っていただけである。優理はラーナを見送った後、ちゃっかり別邸を抜け出していた。

 何故ならドモロール王国は軍事大国なのだ。

 つまり、いい鍛冶工房があり、刃物があるということだ。


「よく言われることが、プロは錆びやすい包丁を使うということよ。だけど私に言わせれば冗談じゃないの。毎日、眠い目を擦りながら包丁を研ぎ続けるだなんてナンセンス。そう、私は別にダマスカス包丁が欲しいなんて言ってるわけじゃないわ。けれども手入れが簡単でよく切れる包丁が欲しいの」

「よく分からないけれど、買い物はイライラ発散にぴったりってことよね」


 サフィルスが小難しい理屈を無視してまとめてしまう。


(欲しい理由を並べ立てたところで意味ないわ。欲しいものは欲しい。欲しくないものは欲しくない、それだけよ)


 子供っぽいとよく言われるサフィルスだが、ズバッと終わらせてしまうところが気持ちのいいペガサスだった。

 資金源はカイトからもらった宰相からの報酬だ。

 カイトが四、優理が六の割合で分けたそれだが、優理は自分の取り分を、ラーナ、リリアン、ルーシー、ガーネット、サフィルスと自分の六人で分けていた。

 何故そこに真琴が入っていないかというと、どうせ真琴には皆がお金を使うと分かっているからだ。

 真琴に持たせておくと、幻獣達は気を遣ってそれを使わない。ならば最初から幻獣達に渡しておく。それだけである。

 そしてヴィゴラスが入っていない理由は、ヴィゴラスに必要な物があれば優理が購入するからだ。

 ヴィゴラスに金銭を渡したところで遥佳の為の何かを買いに行くか、宝石を買いに走るかだ。ならば優理の主導でやった方がいい。

 宰相に手配させた自分用の衣服を遥佳への土産に組みこむあたり、そこらもちゃっかりしている優理だった。


「ですが屋敷から持ち出してきた物も売っておしまいになりましたわね。いいんですの?」

「いーのいーの。迷惑料よ。売った先なんて質屋なんだから、その気になったら後で買い戻せるわ」


 リリアンに片手をひらひらと振る優理は、全く悪いと思っていない。勿論、それもまた優理のお小遣いだ。

 ヴィゴラスだけでなくドラゴンとペガサスという存在がいるとなれば、どんなに重い荷物も問題ない。

 さあ、何を買おう。


「あ。これ、いーかも。真琴がカイトさんに買ってもらってたコーヒーの抽出器」

「あら。変わった形ですのね。どう使いますの?」


 ポットが上下にドッキングした形のそれを見て、リリアンが興味深そうな顔になる。


「ここにコーヒーの粉を入れるでしょ。そしてこっちに水を入れるの。そうして全てを組み合わせてから火にかけて、沸騰したらひっくり返すの。そうしたらこっちのポットに出来上がったコーヒーが溜まるわけ」


 パーコレーターともマキネッタ(直火式エスプレッソメーカー)とも違うそれだが、ドリップのようにネルや紙フィルターによる濾過を必要としない。

 やはりここは真琴が気に入った物を持たせてやりたかった。


(これ、カイトさんに野宿で飲ませてもらって以来、真琴がはまっちゃったのよね)


 それら全てを真琴の為に置いてきたカイトの気持ちは、確実に本人へ届いていないだろう。真琴はストレートな分、回りくどいことには鈍い。


「ここは軍備に力を入れているから、こういう焚き火で作れるものが売られてるのね。真琴、かなり気に入ってたみたいなの。予備に持たせてあげましょ」

「あら。じゃあ、私の分で買うわよ。だって私達、そこまで欲しい物ないもの」


 サフィルスがそれを手に取る。


「じゃあ真琴の分はサフィルスに任せて、・・・私も買っておこうかしら。こういうコーヒーの油まで浮くそれっていうのも独特の風味があるのよね」


 何人分用のが便利だろうとか、厚みがどうとか、そんなことを話し合いながら選べば、三人それぞれに違う大きさのものを選ぶのだから、それも楽しい。

 フライパンは、少し縁が高いものなども売られていた。


「これだと焙煎もできるかしら」

「そこまでやる? 野宿する時ってお茶の方が多くない? まあ、湿気たお茶を焙煎して風味を変えちゃうならいいけど」

「どうかしら。マーコットは何でも喜んで飲みますわよね」


 どうせならコーヒー豆を焙煎できるものがいいか、それとも焙煎用は別がいいかなどと、三人は額を突き合わせて相談し合う。


「だけど金属のカップは口当たりがどうしてもアレなのよね。金属臭さが鼻につくというか・・・」

「それは言えるわぁ。木のカップの方がマシよ」

「きちんと包んでおけば陶磁器のカップだって割れませんわ」


 野営が基本な軍隊だ。軍事力を前面に出しているドモロール王国は、丈夫で持ち運びに特化した物が多い。


(うん。ミザンガやギバティより安いわ。かなりお得よね)


 優理はドレイク達の土産に買ってあげようと思いながら、色々と見比べる。


「あ。この革砥も安い。カイネさん、喜ぶかも」

「そうなんですの? こういう所の価格はよく分かりませんわね」

「詳しいわよね、ユーリ。そういうのって」

「一応はね。ドレイクの所で購入価格とか帳簿も見てたし」


 まさに荷物がはちきれんばかりになりながら、そうして三人はガーネットと合流した。


「あらま。三人共凄い荷物ですわね。沢山お買いになりましたこと」

「えへへへ。も、とっても楽しかったわぁ。やっぱりお買い物は女の子同士に限るわよねっ」


 優理はとてもご機嫌だ。

 ああ、これなのだ。自分が求めていたのは。

 あれがいいわよね、これもいいわとお喋りしながら迷うのがいい。

 そこで無粋な男達に、

「さっさと決めたもんだけ買えばいいだろ。なんで無駄に悩むんだ?」などと言われることもなく、楽しめる時間。

 これだと予算オーバーだわ、だけど長い目で見たら安上がりかもと、そう言いながら決断を悩むのがいいというのに、

「欲しいなら買ってやる」で終了、などとならない流れ。

 勿論、男に買わせる楽しみというのはあるだろう。しかし、自分は男に買ってもらいたいわけではない。

 じーんと、優理は感動していた。


(私の求めていたものは、こんなところにあった・・・!)


 勿論、そんな買い物の合間にも、どこかで何らかの騒ぎは起きていた。


『どこかの屋根がいきなり崩れたそうだぞ』

『なんだか凄い音がしなかったか?』


 人々が見物に駆け出していくのには気づいていたが、三人は気にしない。

 それこそ自分も見に行きたそうな店主を横目に商品を選び、

「ね、小父(おじ)さん。あとちょーっと、ここで安くならない? できれば銅貨8枚ぐらいに」

「ああっ。もういいよっ、それでっ」

と、何が起きたのか確認したがっている店主の焦りにつけこむような形で安くまけさせることすらできてしまったのだ。

 なんて素晴らしいのだろう、値引きという言葉。


「だけどけっこう騒ぎになってたみたいね。ちゃんとヴィゴラス、働いたの? 実はカイトさんに任せて居眠りしてたんじゃない?」

「ちゃんと協力していたようですわ。何かと張り合うところがあったからどうかしらと心配していたんですけれど、うまくやっていたようですわね。恐らくカイトさんが、ハールカ様とマーコットの影響でグリフォンを頼りになると思いこんでるからだと思うのですけど」


 優理の言葉に自分もヴィゴラスの働きを疑っていたことをちりばめながら、さりげなく優理の荷物を受け取ったガーネットが、そこで歩きだす。

 リリアンも小さく首を傾げた。


「頼りになるのかしら。そりゃ護衛としては役立ちますけど、それ以外はどうなのかしら。グリフォンですもの」

「別にいいのよ、護衛として役立ちさえすれば。だって遥佳にしても私にしても、自分を抑えないと、その気になればどこまでも過激になれてしまうってことでしょ。自分の良心以外に抑止力を持たないってことは危険だわ」

「ユーリ? そこまで考えなくてもいいと思うけど」


 実際に過激なぐらいでちょうどいいと思っているサフィルスだ。

 けれども優理は首を横に振った。


「遥佳は全てに怯えているぐらいでいいの。その遥佳を守ってくれる人がいるならって条件はつくけど。あの子が先頭に立つ時には自分を壊しながら周囲に対して無差別攻撃するしかないんだもの」


 だから遥佳はゲヨネル大陸で暮らせばいいのだ。

 あそこならば、全てが彼女を優しく包み込むだろう。

 人の心の影響を受けやすい遥佳は、優しさと愛情だけを感じて生きていてほしい。


(だけど真琴はそうやって自然に頼む前に自分で動いちゃうからお話にならないのよね)


 そうして見上げる小高い山の中腹が、次の合流地点だ。

 いずれカイトとヴィゴラスもそこに来るだろう。






 リリアン、ガーネット、サフィルスと共に優理がその山に現れた時、カイトとヴィゴラスはとっくにその場所にいて、何やら話しこんでいた。


「おっまたせー。はい、カイトさん、ヴィー。焼き立てよ。美味しいと思うの」


 ホットドッグに似た、パンの中に野菜やチーズやウィンナーを入れて軽く焼いたものを、優理は買ってきていた。


「ちょっと待ってくださいね。すぐにお茶の用意をしますわ」

「手伝いますよ、リリアン殿。もしかしたら必要かと思い、木の枝は組んでおいたんです」

「ありがとうございます、カイトさん」


 見れば、そこにはちゃんと小さいけれども竈が組まれている。そして水の入った容器もセットされていたので、あとは火をつけるだけだ。


「ちゃんと仲良くできてたのね、ヴィー。カイトさんと何話してたの?」


 どちらが年下なのか分からない優理の発言だが、ヴィゴラスは気にしない。


「隠れた名所とやらだ。何でも邪魔が入らず、とてもいいらしい」

「邪魔されないと言っても、何があるかも分からないような一軒家じゃなく、私有地の中にある貸し別荘ですから安全なんですよ。秘密の恋人同士や、お忍びで使う人が多いですね」

「うむ。しかも掃除や料理の使用人達を見なくても世話をしてもらえるのだ」

「顔を見られたくない人や、ちょっと人には言えない趣味の人が使いますからね。別荘の中が二分されていて、片方側を使っている内にもう片方側で掃除や食事の用意をし、そしてそちらに移ってもらったらまたもう片方側を掃除するんです。完全に邪魔されない二人の世界を堪能できるんですよ。ヴィゴラス殿は、恋人をかなり大切にしていらっしゃるようだ」


 そこにヴィゴラスが誰を連れていく気なのか、分からなかったのはカイトだけだろう。


「それ、相手の意見を聞いてからよ? 勝手に連れてっちゃいけないの。そして仲間外れしちゃ駄目なんだから。行くならちゃんと保護者同伴でね」


 サフィルスが疲れたような声で釘を刺す。


「お茶、入りましたわ。パンはまだ温かいから温め直す必要はありませんわね」


 リリアンが皆のカップに茶を注いでいった。

 そうして皆が茶を飲み、軽食を食べていたところで、カイトが不思議そうな声になる。


「ところでマーコットはどうしました? てっきりそちらが預かってくださっているものと・・・。あの家でお留守番ですか?」

「それなんですけれど・・・」


 問われたガーネットがどうしたものかと、うまい言い訳を探しあぐねれば、優理が言われるだろうなと覚悟していたそれに、頬を掻く。


「ああ、マーコットね。えーっと、ラーナが心配だったらしくてついてっちゃったのよ」


 カイトが、表情を止めた。


「ラーナ殿は、たしか城の屋根を破壊するという話だったのでは・・・」

「そうなんだけど」


 カイトは、ばっと後方を振り返った。

 様々な家の煙突から出ている煙がある。だが、その中の幾筋かは宰相の所有する屋敷から出たものだ。まだ王城の方はラーナ達も取りかかっていないのか、何の変化もない。

 カイトは、何も言わなかった。

 優理に対して、自分が何かを言っていい立場だとは思わないからだろう。

 けれどもすっと立ち上がると、音も立てずに走り出す。


「あ。行ってしまいましたわね」

「殴られるかなぁって覚悟はしていたんだけどね」


 リリアンの指摘に、優理は眉根を寄せるような弱り顔でコメントした。

 無言ではあったが、あの顔は完全にガーネットと自分とを非難するものだった。


「いくら何でも猫を理由に姫様を殴る筈がありませんわ。けれども猫相手にあんなに必死になるだなんて。分からなくても分かるものなのかしら」


 ガーネットが苦笑しながら、とっくに見えなくなったカイトの背中を追うかのような視線を投げる。

 カイトが食べなかった最後のグリル野菜を、ヴィゴラスは自分の口に放りこんだ。


「ドラゴンが二人もいて、マコトに何かあるとも思えんのだが」

「そうね。だけど二人の強さは何となく肌で感じてても、所詮は彼も獣人なのよ。信頼できるのは自分の爪と牙だけなんだわ」


 人懐っこい子供として大人に可愛がられていた真琴だが、異性の女の子として好意を持たれるのはやはり遥佳の方だった。

 それが真琴を忸怩(じくじ)たるものにさせるのか。


(馬鹿ね、真琴。ちゃんと愛されてるじゃない。本当の猫になら、カイトさん、あそこまで動かないわよ)


 そうして休憩を終えた優理は空を見上げる。


「じゃ、行きましょうか。悪いけど私に付き合ってね。荷物を運んでから、真琴達にまた合流してくれる?」


 くすっとリリアンが笑う。


「いいんですの? マーコットに何も言わなくて。ぷんすかぷんすか怒りますわよ、きっと」

「いーのいーの。だって、しんみりしたお別れって嫌じゃない。それに、・・・ラーナとルーシーがいるなら、仮にカイトさんとうまくいかなくても大丈夫よ」


 まさかカイトも、ここで自分達がさっさといなくなるとは思ってもいないだろう。

 けれどもいいのだ。

 ここで最後まで見届けるだなんて、己の美学に反する。こういう時はさっと姿を消しておくのがスマートなやり方というものだ。


「じゃあ行きましょ。ヴィゴラスは遥佳へのお土産を持ってちょうだいね。私はサフィルス達に交代で乗せてもらうから」

「土産? それを渡したらハルカは機嫌がよくなるのか?」

「・・・それはどうかしら。途中にも色々と寄って行きたい場所はあるのよ。お店で聞いたんだけど、少し離れた所の鍛冶職人が、とても安くて高品質らしいの。今回は軍資金も多いしね。あ、遥佳の好きそうな精油もキマリーで買っていきましょ」


 ヴィゴラスだけだと、どうしても目的地直行だが、今回はリリアンとガーネットとサフィルスがいる。

 途中の買い物もきっと楽しいことだろう。

 その間の荷物の見張り番はヴィゴラスに任せておけばいい。


(さよなら、真琴。また会いましょう)


 そうして優理は幻獣達と共に飛び去った。






 カイトが凄い速さで道を走り抜けていると、その途中にある神殿から女性の悲しげな訴えが響いてきた。


――― 私のお仕えする神子姫様が、ディリライト島からこの国に攫われたのですっ。私達をも連れてきて、姫様に『侍女達に危害を加えられたくなければ言いなりになれ』と・・・っ。ああ、姫様っ。私達を庇われたばかりにっ。今頃、どんな心細い思いをなさっていることでしょうっ


 カイトは立ち止まった。その声に聞き覚えがあったからだ。

 いや、自分はこの声の主をきっと知っている。


――― 姫様は、王城に閉じ込められておりますっ。私達を助ける為に、姫様はお残りになられてっ。私は隙を見て逃げ出してきたものの、このままでは・・・。どうか、どうか姫様を・・・。


 カイトの迷いはすぐに消えた。

 勿論、ここは合流するのが一番賢い手段なのだろう。

 ディリライト島に残った筈の彼女がもうここにいて、しかもどう見ても事情を分かった上でやっているとしか思えない小芝居。

 肝心のその姫様とやらは、丘の上でのんびり休憩タイムだったが、それを教える気にもなれない。

 誰だって苦手な存在というのはある。


(見つからない内に逃げよう)


 カイトは城に向かってそのまま走った。

 するといきなり、城の屋根が聞き慣れた音と共に煙を噴き出す。


(あれがラーナ殿の居場所かっ)


 城の中といっても、外向きと内向きの区画は完全に遮断されている。だが、今はこの混乱がカイトの怪しい動きを助けるだろう。

 どうやら一般人が入れる区画でも騒ぎがあったらしく、とてもそこはざわついていた。


(ならば塀の上も、見張りが見張りになっていない可能性が高い)


 カイトは木々をよじ登り、高い塀の上へと移動する。

 どうやら貴族しか立ち入れないような場所ですら、何か騒ぎが起きたらしく、右往左往しているという有り様だった。

 今のカイトは髪を黒く染め、そうして侍従をも装える程度の身なりだ。入りこんでしまえば怪しまれない。


(あの煙がある方向、いや、その後で違う建物に移動して同じことを繰り返す筈だ。ならばまだ騒ぎが起きていない方にラーナ殿が、そして猫もいる)


 全く、あんなか弱い小猫を連れていくとはなんて考えなしな女なのだろう。

 きっと怯えているに違いない。

 そうして王城の内部に入りこんだカイトだが、そこで空気に混じるそれに気づく。


(マコト・・・?)


 そんな筈がなかった。

 けれどもずっと傍にいた彼女の体臭は自分にもなじみ深いものだ。


(まさか、・・・そんな筈がない)


 様々な人間の体臭、書類やインクのにおい、香水や化粧の甘ったるさ、酒のにおい、食べ物の少し焦げた香ばしさ、酢漬けにしたそれに混じり、緊張しきった人間が出す特有の汗のにおい。

 その中に、慣れ親しんだそれが混じっている。


(彼女と似た体臭の人間がいるだけだろう)


 そうは思っても、気になる。


「まさかな。・・・シルフ、いるのか?」


 半信半疑で空中に向かって呟けば、ひらりと風に混じって煌めく姿がある。

 カイトに反応する風の妖精(シルフ)がいるとしたら、それは真琴と共にいたシルフだけだ。

 誇り高いゲヨネル大陸のシルフが、神子姫以外に応える筈がないのだから。


「まさか、こんな場所にマコトが? ・・・シルフ、案内してくれっ」


 小猫を捜しに行こうと思っていたカイトが慌てて叫べば、風がカイトを導く。


(間違いないっ。ここにマコトがいるっ)


 カイトは、こんな場所で廊下を走る無礼者を呼び止めようとした人々が声をかける隙もない速さで、駆け出した。






 一方。

 ドモロール国王や王太子、そして四人の将軍とその副官達の前に現れた真琴は、かなり見事な動きを見せて動いていた。

 真琴の顔と髪を隠しているのは、カイトが使っていたから自分もお揃いのが欲しくて、ガーネットに頼んで縫ってもらったマスクである。

 その気になったら数メートルジャンプもできる今の自分は、大人になってかなりの能力が備わったのだと、改めて実感していた。

 普段は使わない能力は、使うことで進化するのだと分かる。

 今までの真琴なら力負けしていたであろう打ち合いも、まさに大人となった肢体が持つしなやかさと強靭さがそれをさせない。

 もしかしたらできるかもと思ってやってみたら、天井を手と足の指の力だけでも歩けてしまった。

 真琴も自分でびっくりだ。


「なんと・・・。見事なものだ」


 王太子アクネトスは、本来は始末しなくてはならない侵入者に対し、心からの感嘆を抱く。

 この石造りの建物で、天井や壁すら自分が跳ね返る為の道具として、その侵入者は既に6人を相手に果敢に動いていた。

 さすがにここまでくると、とっくに負けた第三将軍と第四将軍も感心せざるを得ない。

 自分達は負けたが、命を奪うつもりはなかったのか、剣を全て弾き飛ばされ、肩を切られた程度だったからだ。大事な筋も切れてはいない。


「それが息子の言う言葉かっ」


 国王フェネアテンが怒鳴りつけたが、彼は腹に傷を負っていた。それを酌女達が布を引き裂いて巻くことで手当てしている。


「どうして剣を投げつけようなどとなさったのです、父上。あの娘は攻撃をしなければ何もしないと言っていたではありませんか」


 王太子アクネトスは座りこんでいる父王を見下ろした。この様子ならば命に支障はない筈だ。

 どうして国王の身でありながら短慮な真似をするのか。


「若い娘の身でありながらあれだけの手練(てだ)れとは。それこそ我が国に迎えたい逸材です」


 なんと見事なものだろう。

 相手が多くなればなる程、冴えを見せていくではないか。

 既に負け、床に座りこんでいる四人の将軍と副将軍達も、かえって貴重な試合を見せてもらっているような感慨を抱いていた。

 第二将軍が複雑そうな顔で呟く。


「全ては実力も見抜けず小娘と侮ったこちらの不徳というものでしょうな。だが、何という見事なものだ」


 勿論、何度も響いてくる外からの音は気になる。

 しかしここで、この娘に背を向けようものならどんな攻撃がされることか。

 恐らくこの娘は足止めなのだ。それが分かっていても離れられない程に、圧倒的な力の差がある。

 だが、いつまでもこうしてはいられまい。


(今の彼女は遊んでいるだけだ。既に騎士達(かれら)も気力で立っているだけなのだから)


 彼らが立ち上がれなくなった時、彼女が実行するのは自分達の虐殺か。

 それとも人質にとるのか。

 まさか、このドモロールは新しい国王を迎えるというのか。

 そう覚悟し始めていたアクネトスだが、そこでバァンッと大きな音を立てて、扉が開いた。


(え? 開いた・・・?)


 先程まで、全く押しても引いても開かなくなっていた扉が開いたことに、皆が驚く。

 彼女が現れた途端、ここの広間に続く扉や窓は全て開かなくなっていたのだ。まるで広間と扉の間に、何か見えない壁ができているかのように。

 だから誰もがそちらを見る。

 そこに立っていたのは、ありふれた黒髪の男だった。身なりを見れば、貴族の侍従だろうか。


「なんてことをっ」


 その場を一瞥した男は、その有り様を見て悔しげに言い捨てる。

 そうして大音声で娘と相対している騎士達を罵った。


「大の男が数人がかりで寄ってたかって、この恥知らず共がっ!!」


 その場に、静寂が満ちた。

 言うまでもないが、数人がかりのそれを言い出したのは娘の方だ。

 しかも連勝し続けているばかりか、周囲から攻撃しようとした人間に遠慮なく短剣を投げつけてくる容赦のなさだった。


――― 状況も知らず、一瞥で決めつけるとはっ。


 国王や将軍達にもムカッとする気持ちが湧くが、扉が開いたのは助かる。

 すると、顔を隠した娘も男に対して視線をまっすぐ向けたようだった。

 そして扉の方へ向かって走り出す。


「避けろっ。その娘は・・・っ!」


 新しい攻撃対象を見出したのか。

 そう思った第三将軍がその男に向かって叫ぶ。


「すぐに兵士達を呼んで来いっ。何百人でもかまわんっ!」


 第四将軍も男に向かって叫ぶように命じた。

 娘は抜き身の剣を手に持ったまま、一直線に男へと向かっていく。

 駄目だっ、この男はここで殺されるっ。


「うわぁんっ。カイトぉ、怖かったよぉっ」

「・・・っ!!」


 ひしっと、その男は強く駆け寄ってきた娘を抱きしめた。


「え・・・?」

「へ?」

「はっ?」

「あ?」


 あまりにも理解不可能な流れに、ドモロール王国の面々は言葉を失う。


「こんな・・・っ、こんなことにっ。怪我はないかっ。なんてことだっ」

「・・・うん、平気」


 娘の体に傷などないかと、抱きしめながらも確認しようとする男だ。娘も男の首に両手をまわして抱きついている。

 知らずに見たなら、男はそのまま娘が手に持った剣で背後から首を刎ねられる状態だろう。


「こんな危ない物を持たされて。なんて奴らだっ」

「怖かった・・・」


 カラーンと、娘が手に持った剣を床に投げ捨てる。

 どうせそこらの部屋から拝借したものだ。ここの武器庫は色々な物があった。だからせっせとラーナの為に外壁にも埋めておいたのだ。


「こんな恥知らずな奴らに捕まってたとはっ」


 ドモロール王国人達は疲弊しきった体で、更に困惑する事態を迎えていた。

 ぎゅっと娘を抱きしめている男には、現実が見えていないのだろうか。

 言っておくが、そんな危ない物を持って乗りこんできたのはその娘の方だ。捕まえられるものなら捕まえたい、切実に。

 誰もがそう思わずにはいられない。


「待ってろ。こいつら全員始末するから」


 娘を抱きしめていた男が、鋭い視線を国王と将軍達に向ける。

 その時になって、男がアイスブルーの瞳を持っていることに将軍達も気づいた。この国では珍しい。

 だが、その噴き出るような殺気は本物だ。

 まだ手加減していたらしい娘と違い、そこには冷徹に命を奪おうとする決意がある。


「危ないから。別にいい」

「お前に剣を向けたんだぞっ。こんな奴らに生きる権利などあるかっ」


 甘えたような声で男の袖を引っ張るそれは、さっきまでのあれは一体なんだったのかと言わんばかりの仕草だ。

 やってきた男も娘には優しい声をかけているが、こんな奴ら呼ばわりされている自分達はこの国で誰もが頭を下げる存在である。

 この男に、王冠は見えていないのだろうか。

 さすがに第一将軍が立ち上がる。


「我が王に剣を向けるか。ならばやるしかあるまい」

「たかが国王如きが彼女に剣を向けて許されると思ってるのかっ!」


 恐れ入るかと思ったが、男の殺意は揺るがない。


「カイトぉ。怖い。もう帰りたい」

「国王ばかりかそいつら全員、止めもしなかったんだろう? 大丈夫、全員殺して責任を取らせればいい。それから安全な所に帰ろう」


 殺意は揺るがないが、娘には甘いらしい。


「どうでもいいよ、こんな小父(おじ)さん達。それよりお腹すいた」


 ねだるようなそれに、男は迷ったようだった。


「だが・・・。腹、減ってるのか?」

「うん。こんなとこ、もうやだ。怪我してないし、もういいの。ご飯食べたい」


 自分のやっていたことをカイトに知られたくない真琴は、自分がそう言えばカイトが譲ることを知っている。

 何か彼らに言われてしまう前に、さっさとこの場を離れよう。

 いつだってカイトに守られていたい真琴は、おねだり名人だ。

 男の勘違いに色々と言いたいものは沢山あったドモロール王国人も、今は自分達の命がこの娘の言葉にかかっているとなると、無言を貫くしかない。


「しょうがない子だな。何が食べたい?」

「うーんと、・・・甘いのっ」

「そうか」


 柔らかく笑ったかと思うと、娘を片手で抱え直した男が身を翻す。

 その扉の向こうへ消えた二人に、第一将軍は国王を見た。


「この場合は追わせるべきでしょうが、・・・遊んでいた娘と違い、男の方は殺しにかかってくるとなったら逃げてもらった方がいいやもしれませぬ」


 ドモロール国王も、それは思ったことだった。

 第四将軍が、酌女達に命じる。


「侍医殿を呼んでくるのだ。陛下のお手当てを」


 そしてまた、先程の大きな音の確認をしなくてはなるまい。

 近衛関係を管轄する第一将軍は、国王が傷に障るような動きをしないようにと押し留めながらも、問いかけた。


「ところで陛下。ここまでのことが起きていて、我が国が何もしていないとはとても思えぬのですが。お話を聞かせていただきましょうか」

「何もしておらんと言うのにっ」

「父上。私もお話を伺いたく存じます。我が国の王を前にしてあそこまで言える存在となると、他国の王族どころではない尊き御方絡みにしか思えぬのですが? 国王だからこそ命で責任をとれと言えるような女性はとても限られます」


 王太子の視線も冷たい。

 

「何もしておらんと言ってるだろうっ」


 いたたたと、腹を庇いながら国王が怒鳴る。

 しかし傷ついた国王に向けられる全ての視線は、とても無情なものだった。






 入ってくるのは難しいが、出ていくのは簡単なのが城というものだ。

 ラーナと小猫が気にならないわけではなかったが、カイトにとって優先すべき存在は一つしかない。


「とりあえず、そのマスクは外しておいた方がいいな。目立つから尋問されるぞ」

「うん」


 適当な部屋から大きくて綺麗な布を拝借し、頭からかぶればまさに令嬢のお忍び姿だ。真琴の金髪はこの国では目立つので、それを深くかぶった。

 そうして二人が城の門から出ていくと、ぱったりとそこでルーシーに会う。


「げっ、ルース殿っ」

「げって何ですの、カイトさん? 良かったですわ、マーコット。カイトさんと合流していらっしゃいましたのね。ラーナはどうしました?」

「あ。そうだった。ラーナはね、私と別行動だったの」


 すると、すたっと木々の上から着地する姿がある。

 濃紺のドレスに身を包んだ姿は、どこか禁欲的でそれが余計に色気を感じさせるものだった。


「私ならここよ。こんな所に長居は無用ですわ、マーコット。さ、行きましょうか」

「あのね、ラーナ。カイトが甘いの食べに連れてってくれるって」

「そうですの? なら、いいお店がありますわ。ですが、ちゃんとご飯は食べないといけませんよ、マーコット。まずはお昼ご飯を食べてからそっちに行きましょう。ルーシーもそれでいい?」

「ええ。さすがに到着したばかりで城下町には不案内なんですもの。カイトさんもそれでいいでしょう?」

「・・・・・・えーっと」


 さすがにここまでくると、カイトも気づくものがある。


「ちょっと待て。マコト、まさかお前・・・」


 自分の腕にしがみついているその存在は、すると甘えたように見上げてくる。


「お腹、すいた」

「・・・いや、お前な」


 真琴は、カイトに言うことを聞いてもらおうと思ったら、自分を持ち出すのが一番だと知っている。

 ましてやカイトは、食べることと眠ることは命の基本と考える獣人だ。


「ラーナもルーシーも、お昼、まだ食べてない」

「・・・分かった」


 カイトは無条件降伏するしかなかった。

 どうせこの瞳に自分は弱い。ああ、そうだとも。

 顔を見てしまえば、もうどうしようもないのだ。

 ましてやこの存在に、どうしてひもじい思いをさせられるだろう。


「昼飯ならいい店があるから、そっちに行ってからラーナ殿の店に行けばいいだろう」


 宰相の別宅で食事は出されていたので、美味しいお菓子を売っている店だけ優理と真琴の為にチェックしていたラーナだ。

 だから食事は、カイトが案内した店に行った。


「ドモロール名物の店だ。外国人にも食べやすい味付けになってる」


 美女三人を連れているものだから、食事をしていても周囲からやっかまれるような視線がバシバシ向けられるのは仕方なかったことだろう。

 だが、代わってもらえるなら代わってほしかったカイトだ。


「このお肉、羊さんなの? タレが美味しい」

「そうですわね。このタレに漬けこんで柔らかくしたのかしら。・・・カイトさん、食が進みませんの? あまり食べてらっしゃいませんけど」

「気にしないでください、ラーナ殿。ユウリ様の差し入れを食べた後なんです」


 食欲も失せるというものだ。

 何なのだろう、この状況。

 大皿で注文したそれを皆で取り分けながら、カイトは心の底から逃げ出したいと願わずにはいられない。


「えー。優理ってば先に食べてたんだ。ずるぅい、ラーナとルーシーと私にばかり働かせてぇ。だけどルーシーもそういう格好、とっても似合う」

「嬉しいですわ。ふふ、兵士の格好は似合いませんでした? マーコット、このペーストも美味しいですわ。クラッカーはこっちの塩味のが合いますわね」


 ルーシーにペーストを塗ったクラッカーを差し出され、真琴はパクリと食べている。

 どう見ても慣れ親しんでいる。

 そう、昨日今日知り合った仲ではない。どう考えても。


(そうだった。俺がマコトを獣人との混血だと思ったのは、手足が獣の姿だったからで・・・)


 そして自分に普通の猫が寄ってくる筈がなかったのだ。

 また、自分はあんなにも確信していたではないか。

 あの通路を出た真琴がどこに辿り着こうと、その場所で周囲の人々に愛されぬ筈がないと。


(その相手が男じゃなかった。それだけのことだ)


 カイトは、優理も知っていたんだろうなと、虚しく窓の外を見る。


「あれも悪くはないけど。やっぱりルーシー、美人だからもっとキラキラしてる方がいいなっ。騎士の格好の方が良かった気がする。兵士だとなんか飾りが少ないよね」

「まあ」


 黒髪の美女二人が甲斐甲斐しいのは、唯一の男である自分ではなく金髪の娘相手ときたものだ。

 別にこの二人に世話を焼いてほしいなどとは、絶対に思わないが。

 

「ところで、ラーナ殿とルース殿はどちらのご出身なんでしょう?」


 あの通路はどこに繋がっていたのか。

 そう思ってカイトが尋ねれば、ふふと妖しげにラーナが微笑む。


「ああ。ルースというのは、人間如きに名前を呼ばれるのが嫌だから少し変えていただけですの。ヴィゴラスもそうですが、私達は女神様に一番愛されているだとか、そんなことを豪語する人間という種族が大嫌いなのですわ」

「はい・・・?」

「ああ、カイトさんにはルーシーと呼んでいただいてかまいませんから」

「はあ」


 カイトはしばし考えた。


「あのヴィー、いや、ヴィゴラス殿は・・・」

「ヴィゴラスはグリフォンだよ、カイト。本当は遥佳と一緒だったんだけど、今、家出中なんだって。ルーシー達はドラゴンなの。ガーネット達はペガサス。どっちもとっても綺麗なの」

「・・・そうか」

 

 色々と言いたいことはある。家出ってあの年でか? とか。家出するなら遥佳の方では? とか。


(なんでこのまま何もなかったことになってんだ?)


 ああ、どうして自分は真琴相手だと全てはなし崩しにされてしまうのだろう。

 そこで、当たり前のように言われても。

 幻獣が人間の姿になれるとは聞いたこともない。そりゃ獣人だって人間の姿をとれはするが、それは有名な事実だ。


(大体、いつから俺の状態は把握されていたんだ)


 けれども向かいに座るその顔を見てしまえば、もうどうしようもないのだ。

 不安そうに揺れる瞳を安心させる為なら、自分は何だってするだろう。

 今だって天真爛漫そうに見せかけて、カイトの様子をびくびくと窺っている。


「愛してるよ、マコト。一緒に帰ろう」

「うんっ」


 ああ、そうだ。

 その他のことなんてどうでもよくなる。

 カイトはそう思った。

 その嬉しそうな顔を見てしまったならば。




 やがて真琴が満足するだけ菓子を食べさせてから落ちあい場所に行けば、どうやら真琴の為に買われていたらしい品物だけがそこに置かれていた。

 メモも一緒に。

 それを眺めてラーナが肩を竦めてみせる。


「私達、置いていかれたようですわね。リリアンとガーネット達がいるならヴィゴラスもあまり勝手なことをしないとは思うのですけど。どうする、ルーシー?」

「何それ。優理ってばいっつもそうっ。いつも勝手に決めて、人を置いてってぇっ」

「そうですわね。サフィルス達との合流はどうにでもなるでしょうけど。カイトさんはまだこのジンネル大陸にご用事はありますの?」

「・・・いえ」


 カイトは、心の底からこの小姑達から逃げ出したいと思った。


「あのねっ。ディリライト諸島の中に、あの通路もあるんだって。赤い虎さんが守ってるらしいの」

「そうか・・・」


 だが、この腕を絡ませてくる愛しい存在をどうして手放せるだろう。

 ディリライト諸島の中の一つの島なら、どうにでもなる。


「ディリライト諸島の中に・・・。なら船か。いや、そうなると・・・」


 いつものように真琴の頭を撫でながら、カイトが移動手段について考え始めれば、ルーシーが微笑んでくる。


「何でしたら私共がお運びしましょうか? 背中に乗せて飛べばいいだけですもの」

「すみませんが、いくら正体がドラゴンだと聞かされても、女性にそんなことをさせられません」


 命に係わる事態となったら話は別だが、男として耐えられないものがあるのだ。

 だからカイトはそれを断る。



 季節外れの雷を伴った台風は、着々とドモロール王国に近づいてきていた。



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