94 ミザンガ王子は兄に怒られ、キマリー王子は兄に甘やかされた
ミザンガ王国の王子達は、それぞれに違う分野の仕事をしている。
クソ小生意気な娘とその保護者達を所在地確認の為、兵士に送って行かせた後、ミザンガ王国第三王子ゲオナルドは他の取り調べをも行い、疲れきって城へと戻ってきていた。
(ああ。どうしてどいつもこいつも当たりがねえんだろう。やってらんねぇ)
尋問してしまえば連行されてきた他の男共にしても、密輸なんてしていないのはすぐに分かった。誰もが身元も何もかも偽る必要のない一般人ばかりとあっては。
だが、無駄だと分かっていても、大事なのは「朝から晩まで走り回っています」ポーズなのだ。
意味なしと判断して城に帰って一休みしていようものなら、嫌味だけではなく説教や叱責が飛んでくる。だから走り回るしかない。
(そんな人の苦労も理解できねえお子サマに、どうしてあそこまで言われにゃならんのだ、全く)
そのわけの分からんお子サマは、密輸と聞いて、何故か城の絵が盗まれたに違いないと、アホな迷推理を地下牢で披露してくれていたわけだが。
(あんなジジイ共の絵なんぞ、盗まれたら気分爽快だろうがよ)
それこそ、是非盗んでもらいたい。きっとすっきりすることだろう
城には代々の王族の絵姿などが飾られていた。はっきり言って食傷気味だ。
自分が描かれているならば立ち止まって見たりもするのが肖像画だろうが、とっくの昔に墓に入った人間の絵なぞ眺めて何になるというのか。
しかも修正が凄すぎる。
ゲオナルドは子供の頃のことを思い出した。
『これがあなたの叔母様の、お若い時に描かれた肖像画なのよ』
『この美少女が、あの陰険ババアに? 叔母上は事故にでも遭ってお顔が破壊されたのですか?』
素朴な疑問を口にしただけなのに、しこたま怒られたものだ。
(身元だけなら、ここんトコ稀にみる程のヒットで怪しさナンバーワンだったが、ボケボケ度もナンバーワンだった)
戻ってきた兵士達の報告によると、かなりいい屋敷に暮らしていたそうだ。
どうやらあのカイネという用心棒をこのザンガで雇い、しかも宿屋ではなく、立派な屋敷に滞在しているらしい。
(宿屋に泊まらず、どっかの邸に滞在だぁ? となると愛人でもしてんのか? まさかと思うが身元確認はパッパルート王宮へって、王子達の相手を務めたってことか? しかし、お供に第5等神官ねえ。まさか、第1等神官の愛人でもあるとか?)
考えてみれば、愛人を共有するというのも男同士の結束として無いわけではない。
しかも、かなりの豪邸だったという。
(パッパルート国王兄弟。そしてギバティ王国の高位神官。そんな娘がミザンガにやってきた・・・。これは、もしかして何らかの癒着が?)
自分が聞かされていないだけで、あの小娘を使った何らかの盟約が為されているのだろうか。
そこで第三王子ゲオナルドは、ハッと気づいた。
(まさかあの娘っ、・・・父上か兄上の手もついているとかっ? あんな貧相な、女としての魅力などゼロな体でっ?)
あんなとぼけた小娘に・・・。いや、人間、たまには粗食が恋しくなることもあるではないか。
色気たっぷりの美女だって、いつものことなら飽きがきたりもするだろう。
自分だってたまに日雇い労働者に混じって立ち食いする内臓煮込みは嫌いじゃない。あんな下品な物を食べていると知られたら何を言われるか分からないから、絶対にそれは言わないが。
「ゲオナルド。今日は城にいたのか」
そこで声をかけられたゲオナルドは振り向いた。
すると兄、つまり第二王子アルマンが立っている。
同じ金髪でも明るい青色の瞳をしているゲオナルドと違い、アルマンは黒っぽい青色の瞳をしていた。ゲオナルドがどこかいい加減な雰囲気を漂わせているなら、アルマンは常に身なりをきっちりと整え、厳格そのものだ。
「兄上。今、帰りました。ええ、今日も空振りですがね」
本日もアルマンは襟汚れ一つない格好である。人前で衣服を緩める時などないだろうと、そう思わせる第二王子だ。
(うわ、口うるさい奴に見つかっちまった)
そう思いながらも、ゲオナルドは兄に向って肩を竦めながら両方の掌を上に向け、まさにお手上げで困っているというポーズをしてみせた。
「ふん。どうせお前などその程度のものだ。大体、身なりの乱れは心の乱れだと常に言っているだろう。どうしてお前はそうだらしない格好しかできんのだ。常に我が国の王子として恥ずかしくない格好をしておれと言っているのに」
「申し訳ございません、兄上。ですが庶民に混じって動く時には、かえってこういう格好の方が目立ちにくいのです」
「庶民に埋没して、王族が務まるか」
「・・・ご尤もで」
アルマンの意見は正しい。
誰もが、「この人にならば」と、そう感じ入らずにはいられない存在感がなければ、人を率いることもままならないのだ。
だが、このままでは兄の命令を受けた衣装担当係が寄越されてしまうかもしれないと、かつての恐怖を思い出したゲオナルドは、そこで何か違う話題にしようと、高速回転の勢いで脳内を探った。
(話題、話題、えーっと、何か違う話題はっと)
そこで、きらりーんとゲオナルドの脳裏に煌めく一つの光。
「そ、そうです。そういえば、兄上。たしかギバティかどこかの要請を受けて、大きな仕事を任されていたのでは?」
「む。・・・あ、ああ。・・・まぁ、な」
慌てて話題を探り当てたゲオナルドは、兄のその噛みきれないぐにゃぐにゃしたものを噛もうとしているかのような口調には気づかなかった。
「いや、それで外務に際しまして、兄上のお力をお借りしたく・・・」
「何だ? 言ってみるがいい」
弟の頼みとは滅多にないので、アルマンも自分の懐の広さを見せつけようと、鷹揚にかまえてみせる。
どこに出しても恥ずかしくないアルマンは、外国関係の部署が自分達では決めかねるが国王決済という程ではない時に、よく協力を頼みこまれる第二王子だ。
だから外交関係の役人達とは繋がりも深い。
「実は、パッパルート王国へちょっと・・・」
「パッパルート王国?」
そこでアルマンがとても嫌そうに片眉を上げた。
(まあ、あんな国、貧乏すぎてやってられないよな)
ゲオナルドはそんなことを思う。
だが、そんな貧乏国相手だからこそ容易い仕事というのはあるもので、これなら兄にとっても口先一つの指示ですむ気軽な話に違いない。
「ええ。実はパッパルート王宮に問い合わせを出したいのです。まあ、馬鹿馬鹿しいことですが」
「パッパルート王宮・・・」
アルマンの表情がどんどん嫌そうなものになっていった。
「ええ。実はユーリという小娘のことを、ディッパ王子かデューレ王子にお尋ねしたいと思いまして・・・」
「・・・ユーリ姫っ!」
ざっと一歩後退るアルマンだ。
やっとそれに気づき、ゲオナルドはやや不審そうな顔になる。
「兄上? どうなさいましたか?」
すると、その紛れもなく兄を心配する弟王子に向かって、アルマンは弟の愛を全く受け取る気のない返事をぶつけてきた。
「どうせお前はそういう奴だ! なんという厭味ったらしいことを言い出すのだっ。お前なぞもう知らんっ!!」
「・・・へ?」
怒りに青筋を立てたアルマンは、弟を睨みつける。
「油断させておいてそういうことをやるような奴だからお前は下品だと言うのだっ! しばらく私の前に姿を見せるなっ!」
アルマンはゲオナルドを怒鳴りつけ、違う方向へと足早に去っていった。
反射的に追い縋ろうとしたゲオナルドの手が伸ばされ、そうして捕まえる人を捕まえられぬままに取り残される。
「へ?」
何故、自分は兄の機嫌を取り結ぼうと簡単なおねだりをして話を逸らしてみるつもりが、反対に怒らせているのだろう?
ゲオナルドは茫然自失してしまった。
(どうして俺、もう知らんなんて言われてるんだ? しょうがねえ。自分で大臣の所へ行くか。本当はもうどうでもいいっつー相手だったんだが、仕方ねえ)
あの神官についてもギバティ王国に問い合わせねばならんのだろうか。
(必要か? あのメダルは本物で、しかもどう見ても説教臭さぷんぷんのあれに問い合わせなんざ意味あるか?)
パッパルート王国ならばせいぜい問い合わせの使者の往復交通費と宿泊費用と特別手当て程度ですむだろうが、ギバティ王国は何かと金がかかる。
(てか、パッパルートにだって、あんな小娘如きにそこまでの金をかけるのもなぁ。たとえ出鱈目な身元だったとしても、あんなボケボケ娘だしなぁ)
しかし、気になることは気になるのだしと、ゲオナルドは外務を管轄する大臣の所へと行った。
「おお、ゲオナルド様。お珍しい。何かありましたかな」
にこにことしながら迎えてくれたのは大臣自身だ。
「ああ。実はちょっとな・・・。えっとな、ついででかまわないんだが、パッパルートに一人の身元確認を頼みたくてきたんだ」
「パッパルート?」
そこで大臣がいささか表情を止める。
「ああ。まあ、何かのついででかまわないんだ。たしかパッパルート絡みで何かやってただろ? えっとな、パッパルート王宮に所縁があるらしい小娘のユーリっていう身元確認を、ディッパ王子かデューレ王子にできるならってことで。・・・まあ出鱈目だろうし、非公式な時でかまわないんだ」
ディッパはもう国王になってるらしいが、大した違いではあるまい。
ゲオナルドがぽりぽりと金の髪を掻きながらそう言えば、大臣は真面目な顔になって、がしっと両手でゲオナルドの腕を掴んできた。
「パッパルートのユーリ姫っ。・・・何をやったのですっ、ゲオナルド様っ」
「へっ?」
「あのユーリ姫を敵にしたのですかっ!? 正直に言うのですっ!」
「い、いや、してない」
その欺瞞は許さないと言わんばかりの気迫に、ゲオナルドも何故か自分が叱られているような気になる。
「ではっ、あの傍迷惑なユーリ姫の名をどこでお知りになったのですっ」
「え? ちょっと待て待て。パッパルート王宮にそんな王女、いねえだろ? なんで知ってんだ?」
いくら何でも主要な国の王子と王女の名前は頭に入っているゲオナルドだ。パッパルート王宮に王女はいない。その筈だ。
しかしユーリ姫とは、何がどうしてアレが姫だと・・・?
ゲオナルドは、自分が何かを騙されているような気がしてきた。
「ディッパ国王様の婚約者ユーリ姫っ。身元確認とはどういうことでございますっ! あの令嬢の素性を殿下はご存じなのですかっ!」
「へっ?」
誰が誰の婚約者だと・・・?
しかもあのユーリと名乗った小娘は、ギバティールで占い師をしていると言っていなかったか?
あれでもパッパルート王国は古き王国だ。市井のそんな卑しい素性の娘を妃にする筈もない。
(となると、・・・担がれたか、俺?)
にへらっと、ゲオナルドは笑ってごまかすことにした。
「あ、すまん。いや、実は俺、今、神子姫を攫ったかもしれんとかいうんで、密輸関係の摘発に勤しんでんだが、そこでパッパルート王室にユーリという小娘が関係するとかしないとか、そんな話が出てきてな。まあ、関係ないだろうけどと、そうは思ったが、一応、小さなことでも尋ねておくかと思ってやってきたんだ。・・・なんだ、ディッパ王子がもう国王になったって本当の話だったのか? 嘘だろと思ってたんだが」
「はあ、そのようでございます。我らも今回初めて知りましたが、どうやらひっそりと譲位なされてディッパ王子が国王におなりあそばされたとか」
やや、手の力を緩めてはくれたが、大臣の顔は全く笑っていない。
「ゲオナルド様。いいですか。何にしてもあのユーリ姫は厄介な呪われた姫君ですからな。弱みを握られるようなことはくれぐれもなさいますな」
「いや、ちょっと待て。よその王族の結婚がどうして俺の弱みって話になるんだ」
弱みなら自分の周囲にてんこ盛りのゲオナルドだ。
たとえば口うるさい第二王子だろうか。あのしつこさには本当に辟易する。
「何をとぼけたことをおっしゃいますのか。あのユーリ姫はとんでもない傍若無人、礼儀知らずでありながら相手に攻撃を許さぬという火山の如き烈火な姫。決して近づいてはなりませぬっ」
自分の弱みをぺらぺら喋られてはたまらないのだ。
大臣はユーリ姫に脅された内容が周囲にばれようものなら失職ものだと分かっている。
だから絶対に近づくなと、ゲオナルドに強く言い聞かせた。
「そんな縁談、ディッパ王子はなんでまた・・・?」
「存じませぬ。いや、我らには呪われた姫君でも、ディッパ王子にはこれ以上なく頼もしきご婚約者様ではいらっしゃいますでしょう。我が国とて手にできていたなら・・・」
はあぁっと、大臣は溜め息をつく。
「で? そのユーリ姫ってどんな素性なんだ? 美人か?」
ゲオナルドはそう尋ねた。
自分が取り調べたあのユーリという娘は、その婚約者の名前を騙っただけだろう。何とも怪しい娘だ、やはり。
しかし怪しさ満点なのに、同時にあんなにも密偵として役立たずすぎる娘がいていいだろうかと、そんなことも思う。
「さあ。顔など分かりませぬ。黒か焦げ茶かといったブルネットの髪をお持ちでしたが、まだ十代ではないかと。勿論、ディッパ王子もまだ25才。問題なきお年回りではあるのでしょうが、ユーリ姫は家名も出身も明らかにしておられません。いずれ正式なご結婚の際には披露されましょうが」
「そっか。すまなかった。まあ、船乗りたちの話ってのは、あちこち途切れっ放しでわけ分かんないことが多くてな」
どこか疲れた気配を漂わせる大臣に、ゲオナルドはぽんぽんとその肩を叩いた。
そこで大臣は話を切りかえる。
「そういえばゲオナルド様。再婚の話を幾つか頂戴しております。それらをお届けにあがろうかと思っていたのですが」
「あっ。俺っ、まだ予定があるんだ。なんといっても、神子姫を見つけ出す為にどこもてんやわんやだからな。じゃ、そういうことでっ」
王族の婚姻は仕事の一環だ。それを初っ端から失敗したゲオナルドに対し、周囲の見る目はとても冷たかった。特に冷たいのは両親と兄達だ。
(二度も失敗しようもんなら、俺、城から放逐されかねねえ)
一度の離婚はまだ慰めてもらえるかもしれないが、二度も離婚したら確実に非難の嵐が自分に向けて吹き荒れることだろう。
離婚の原因は自分にあると、ゲオナルドも自覚していた。
どうせ自分に女の気持ちは分からない。ああ、分からないとも。
「大丈夫でございます。今度はそのだらしない性格にも我慢してくださるような姫君でございますからっ」
ゲオナルドの頬がひくひくと動く。
「ちょっと待てっ。ってことは、あっちにそれだけ何かがあるってことだろうがっ」
たとえば不細工すぎて縁談がまとまらないとか、修正しようのない欠陥があるとか、ゲオナルドの欠点すら理解できない状態だとか。
「我が儘言えるお立場ですかっ!」
「・・・やっぱりかよっ。絶対に断るからなっ」
思いっきり藪蛇だった。
ミザンガ王国第三王子は、這う這うの体で逃げ出した。
取り調べの後、遥佳達も無罪放免とまではいかなかった。
「本当に我が国で滞在しているのか、滞在先まで確認しなくてはならんのでな」
「そうっすか。いや、どうもお疲れさんです」
所在地確認も兼ねて送っていくという兵士達が同行した為、カイネはイスマルクと遥佳を、先日までディッパ達一行と使っていた方の屋敷に案内してみる。
元々は外国の豪商に貸していた屋敷だ。もしも何かあったとしても、その豪商の身内で残務整理をしていたと言えば、他国のことでもあるし、追跡は難しい。
「ほう。ここに滞在しておられると」
「俺は用心棒なんで、出入り口の部屋ですけどね」
さすがに兵士達もその屋敷を見て、やはりイスマルクが第5等神官なのは本当だったのだなと、そう思ったようだった。
どうせディッパ達一行が戻ってきたら泊まるのは分かっているわけで、そこはすぐに使える状態のままだ。
「まあ、兵士さん達もどうかお茶でも。わざわざ送ってきてくれて助かりましたしね。俺一人よか、やっぱり兵士さん達もいてくれた方が安全ってもんだ」
「あ。じゃあ、私が淹れるわ、カイネさん。それ、パッパルートのお茶だもの」
だから兵士達にも送ってきてくれたお礼にと茶を出し、その日、市場で買ってきていた菓子を出してもてなしてみた。
「へえ。なかなか変わった茶だな」
「本当だ。普通の茶とは違うな」
兵士達は興味深くそれらを味わい、「ありがとな」と、機嫌良く帰っていった。
優理が買ってきていたパッパルート王国ならではの茶だが、味よりも物珍しさが先に立ったのかもしれない。
「さて、どうするかな。兵士達はこの屋敷を報告するだろうから、こっちに寝泊まりしていた方がいいのか。それともこのまま行方を晦ました方がいいのか」
「えーっと、何ならカイネさん。私達、こっちで過ごすけど? そうしたら迷惑にもならないと思うの」
どうせ居候させてもらってるレイスの家は、一つ隣の通り沿いで、かなり近い。
自分達はいずれ去るが、この国で暮らしているカイネに何か迷惑をかけては申し訳ないと、遥佳はそう言い出した。
「迷惑なんてこた、全くないが、・・・そうだな。こっちの方が広すぎて使いにくいかと思わんでもないが、箔付けにはいいかもしれん。あの兵士共もこの屋敷を見て態度が変わったし」
「だが、別にもうあんなことはないだろうに」
イスマルクにしてみれば、今回は不幸な事故だったという気分である。
「ちょっとドレイク達に相談してくる。ああ、だけどユーリちゃんが使ってた部屋は二階の三部屋続きの真ん中で、赤いチューリップがつけられている扉だかんな」
カイネがそう言って出ていくのを見送り、イスマルクと遥佳は顔を見合わせた。
「ねえ、イスマルク。優理達、何やってんのかしら。誘拐されただなんて」
「さあ。ひどい目に遭わされておいででなければいいんだが」
そこが案じられてならないイスマルクだ。神子姫といっても、普通に怪我をするし、体力だってそこまであるわけではない。
「たしかに油断していた所を襲われたならそれもあるでしょうけど、意識さえ取り戻してしまえば優理はどうにでもできるのよ。だって、・・・私にそういうの教えてきたの、優理だもの」
「それでもユーリ様は、ハールカと同じ小さな女の子にすぎないんだ。どこのどいつがそんな真似を・・・」
イスマルクの中では、自分達はほとんど実年齢マイナス5才だ。それを知っている遥佳は、聞き流すしかない。
本当は駆けつけたいのだろうと、遥佳は思った。
イスマルクにとって、自分達を傷つけたり利用したりしようとする存在そのものが許せないのだろう。
「だけどヴィゴラスもいる筈でしょ。なのにグリフォンが飛び回ってるだなんて噂は全くついてなかったわ」
「そう言われてみればそうだな」
イスマルクも、そこでヴィゴラスが騒がないのはおかしいと気づいたらしい。
「あのね、イスマルク」
遥佳は重々しい声になった。
「私、優理、わざと攫われたんじゃないかって思ってるんだけど」
「いや、まさか。いくら何でもそんなこと・・・」
ハハと、イスマルクが笑う。だが、そこに力はない。
すぐに一転して真面目な顔になると、イスマルクは遥佳に顔を寄せて尋ねた。
「やっぱりそう思うか?」
「ええ。だって優理、自分のおうちを荒らされたらその人の所へヴィゴラスを突っ込ませて建物まるごと壊させたわけじゃない。イスマルクを助けだす時だって、わざわざ派手にヴィゴラス使ったし。今度はそのやった人の本拠地をヴィゴラスに破壊させる為についていったとしても、私、驚かないわ」
「・・・んなピクニック行くんじゃないんだから」
イスマルクはしばし考えた。
「とりあえず傷ついたりなさっているようなら大気も怒りを見せて荒れるだろう。ちょっと今晩は俺、庭ででも瞑想してみよう」
「お願いね。あの人達がいないなら私も優理のことを探れると思うんだけど」
イスマルクだけならば深い眠りについても大丈夫だ。
そう思っていた遥佳だが、すぐにカイネが引き返してくる。
「ほい、イスマルク、ユーリちゃん。お前さん達の荷物な。今日から俺達もこっちで暮らすから。あいつらも後でやってくる」
「あ、はい」
カイネ達はいい人だ。
遥佳をちゃんと守ろうとしてくれている。
色々と皆で検討した結果、こちらの屋敷で暮らす方がいいと判断したのだろう。
(しょうがないわ。イスマルクに任せましょ)
遥佳はそう思って諦めた。
まだ明るい空を見上げる。いつも自分に向かって、大きな翼を広げて近づいてきていた姿はないけれど。
(無事でいて、優理。真琴だけじゃなくあなたが傷つけられても、私はきっと狂ってしまう)
それでも優理は無事だろうと、実は信じている遥佳だ。あの優理がむざむざと後れを取るとは思えない。しかもヴィゴラスはかなり賢い。
優理の身を安全に保つ為、ここで殺戮を繰り広げたヴィゴラスだ。優理の拉致に際して手も足も出ない筈がなかった。
だが、しかし。
(全くもうっ。帰ってきたらお説教ねっ)
これだけ心配させた以上、叱られるのは覚悟しておいてもらわなくては。
心配が昂じて怒りにすり替わってしまう遥佳だった。
キマリー国には三人の王子が存在する。
いくら社交界では鄙びた言動で馬鹿にされていても、ウルティードは兄王子を支えられるようにと、かなりきっちりと学ばされてきた王子だ。
かつては、領地に戻ってきたシンクエンが、
「一緒に出掛けようか、ウルティード」などと誘っては、
「うんっ。俺ねっ、シンクエンが戻ってくんのずっと待ってたんだよっ」と、喜ぶ第二王子を連れ出して、国内でも大事な土地をきちんと見せて学ばせていた。
一緒に遊べると思っていたら、収穫の手伝いをさせられたり、役人がどうやって税を納めさせるかを見学させられたりしていたのだから、ウルティードのわくわくは時に失望と共にあったりもした。
けれども今、長じてその有り難味が分かる。
「分かるからって素直に感謝できるかと言うと、それもそれなんだけどな」
「まあな。だが、道理でティードは王太子レベルで話が通じると思った。通常は『難しいことは分からない』って王子も多いもんだが」
「へへっ。そーお? なら感謝しよっかな。ディーも王様のわりにゃ気さくだよな。普通、王様ってもっとツンって感じでじろって感じじゃねえ?」
「あー、いるいる。そういうの。まあ、どこも国王なんざ人を信じないのがお仕事だもんよ。仕方ないんじゃねえの。俺だって人前じゃそんな感じだぜ?」
パッパルート王国の国王ディッパと、キマリー国第二王子ウルティードは、結構仲良くやっていた。
パスティス公爵家から逃走してきてしまったことになるウルティードだが、大事な所はきっちりシメておいたから、後はミファレーンだけでもどうにかなるだろう。
(ミファレーンって負けず嫌いっぽいしな。俺がいなくなってからこそが、自分の真価を見せつける時って感じで、無駄に張りきってそうだ)
シンクエンは、他国の国王と親しく交流するのはウルティードにとっていい刺激になるだろうと思ったらしく、ディッダス子爵邸に護衛や使用人達を手配してきた。
だからお忍びで王太子ケイファストも訪れたのだが、ディッパとウルティードが仲良くやっているのを見て安心したらしい。
ディッダス子爵にも穏やかに話しかける。
「すまないね。必要経費はこちらに請求してもらいたい」
「恐れ多いことでございます。色々と行き届かぬところもあろうかと存じますが・・・」
本当は王宮に招待し直そうかと思っていたらしいケイファストだが、かえってそれは迷惑と知って引っこめたらしい。
「兄上。俺もギバティについてっていい? シンクエン、いいって言ったし」
「構わないけれど、ちゃんとエミリール殿の言うことをよく聞くんだよ、ウルティード。いざとなったらどこの国でも庇護を求めなさい。そうすればどうにかするから」
ウルティードに甘いケイファストは、弟が望んだなら最大限に配慮してしまうところがあった。
「はい、兄上。あ、今日はディーと一緒に河川を見に行くんだ。兄上も行く?」
「いや、遠慮しておこう。ディッパ様は足腰が強く、かなり腕も立つことでも有名でいらっしゃる。私が行けば足手まといになるだけだからね。だが、お前はちゃんと学ばせてもらいなさい。ディッパ様はとても頼りになるお方だよ」
少し離れたところで座っていたディッパが苦笑する。
「過分なお言葉だ。だが、兄弟仲がいいのは羨ましい」
「おや。ディッパ様もデューレ様と仲がよろしくていらしたではありませんか」
そこでディッパは視線を彷徨わせる。
おやおやと、ケイファストは苦笑した。
公的な場であればディッパもにっこりと笑って首肯するのだろうが、こうしてくだけた間柄となると、正直に反応してしまうのだろう。
「仲がいいというか、うちの弟は兄を兄と思っていないというか・・・。まあ、うちはあれで色々と儀式も多いものですから、そっちは弟に任せているんですが、その分とても口うるさいのですよ。素直な弟君をお持ちのケイファスト様が羨ましいぐらいだ」
ケイファストはデューレを思い浮かべた。
物静かでとても優雅な王子だったと覚えている。
「どちらかというと、ああいう思慮深い弟をお持ちのディッパ様が羨ましいというのが本音です。うちの弟は次は何をやりだすかと、心配でなりませんから」
「へ? 俺?」
へらりとウルティードは自分の鼻先を自分で指差した。
「そうだよ、ウルティード。パッパルート王国にもお邪魔させてもらうならデューレ王子の落ち着きも学んでくるといい。ディッパ様が動ならデューレ様は静だ」
「へー。うちは静なら兄上とミファレーンがいるし。俺が動でちょうどいいよなっ」
そう笑うウルティードは、自分に何かあれば王太子になるという事実を分かっていなさすぎると、ケイファストは思った。
(だが、それでいいのだろう。できるだけ広い世界を見てくるがいい、ウルティード)
公的な場で顔を合わせるのと違い、こうしてプライベートで話せばディッパの為人もよく分かったケイファストだ。
(シンクエンは父上と母上の反対を押し切って今回のことを推し進めた。彼がウルティードの為にそこまで強引なことをしたなら、それなりの理由もあるだろう。いつだってシンクエンはウルティードの味方だ)
何より同行するのが妃ラヴィニアの弟であるエミリールならば、信頼できる。
「信じてるよ、エミリール殿」
「・・・かしこまりました」
最近、自分の為に胃痛に効く薬草を煎じはじめたエミリールは、それ以外の言葉を見つけられずに拝命するしかなかった。




