89 遥佳は地下牢へ連れていかれた
ミザンガ王国の首都、ザンガ。なぜかそこのレイスの家で、イスマルクと共に居候している遥佳だ。
優理として。
ドレイク、レイス、カイネの三人は、遥佳を優理ではないと確実に分かった上で、ユーリと呼んでいる。
「おはよう。せっかくだ。今日は海沿いの市場を案内しよう。イスマルク、ユーリちゃん。欲しい物とか見たいものとかはあるかい?」
「え。ありがとうございます、カイネさん。だけどわざわざ・・・」
「かまわへん、ユーリ。遠慮せんとカイネに案内してもらい。変な奴らにも声かけられんですむやろしな」
「あ、はい。ありがとうございます、ドレイクさん」
カイネはこの家に泊まっていくこともあるが、自宅は別にあるようで、ここで暮らしてはいない。3階の部屋をドレイクが、そして2階にある遥佳とイスマルクの向かいの部屋をレイスが使っている。
今日も朝になってやってきたカイネが二人に向かって朗らかな声をかけてきた。
昨日も一番近くにある、優理もよく出かけていた市場を案内してもらっていた為、遥佳は申し訳なくなってしまう。
(だけど優理、あなた、どうしてあちこちにお気に入りのお店とか作ってるわけ? しかも、どれも食べ物屋さんって何なの? 私、恥ずかしいだけなんだけど)
昨日もカイネは色々と案内してくれた。
『ああ、ここがユーリちゃんお気に入りの店な。ここのクリームが美味いって、出来立てを狙って昼過ぎに買いに行って、そこの噴水の所で立ち食いしてた。出来立てにこだわらないなら食べてみるかい?』
そんな説明をされた日には、イスマルクとてバレていることには確実に気づく。
それでも三人は、遥佳の名前を尋ねようとはしなかった。
「海辺の市場には船で届いた外国の物も多く売られている。ユーリ、頭に何かかぶっておきたいなら、そこで緑か青の物を買っておくといい」
「え?」
「他の国はそうでもないが、ミザンガでは顔が隠れるような白いヴェールをつけるのは、花嫁もしくは高貴な女性か、はたまた売春婦と決まっている。婚礼衣装を着ているわけでもない庶民が顔を隠すヴェールを白や生成り色でつけるのは厄介なことになる。
だが、緑のヴェールなら学問に生きる、つまり学徒の意味になるし、青いヴェールなら貴人に仕えているということを示す。見知らぬ男に腕を引っ張られて路地裏に連れ込まれたくないなら、青か緑のものを選ぶといい」
「はい。ありがとうございます、レイスさん」
「いや。買ってきてやろうかとは思ったんだが、好みもあるだろうからな」
そこで今まで黙って茶を飲んでいたレイスが口出ししてきたのは、出かける時はつい、いつもの癖で白もしくは生成りのフードをかぶってしまう遥佳の為だったのだろう。上着のフードだが、その周囲には可愛らしい花模様のレースがついている。
(フードだから間違えられないとは思うけど、絡んでくる人はどこにでもいるもの)
遥佳は慌ててそのフードをしまい直した。変な誤解はされたくない。
「せやけど、いつもんユーリみたいに全身を黒のそれで覆うっちゅーなら、怪しげな占い師ってことで問題あらへんで。悪目立ちはするやろけどな」
「・・・緑のフード、探してきます」
そんな恰好をしたいとは全く思わない遥佳だ。
(大体、目立ちたくないなら普通の恰好してた方がよほどいいと思うのに、なんで自分から怪しげな方向に持っていくのかしら)
身元を隠すならやっぱりミステリアスな占い師よねと、そんな様式美から入る優理の思考。それは遥佳にとって理解不可能な領域にある。
「そうしとき。旅人ん恰好なら誰しも誤解せえへんが、普通に暮らしとる服んなるとそうもいかへん。けどイスマルクはやめといた方がええで」
「俺は別に・・・」
マントのフードをかぶることはあっても日よけ程度のイスマルクだ。遥佳と違って、人と目を合わせたくないからといった理由はない。
するとソファにだらしない格好で座っていたドレイクはそこでにやにやと笑う。
「あんなぁ、イスマルク。男で学問やっとる奴なんて銭も無うてぴーぴーなんや。やけん、男が緑の布を頭に巻いとったら、パトロンのご夫人探してますン意味になんやで。女で学問しとる奴は家が裕福やて決まっとるけど」
「・・・乱れすぎてる」
「お堅いこと言うなや。先立つもん無うては何もでけへんてこっちゃ」
誰もがリラックスして思い思いに過ごしているようでも、二人の全てをチェックしているのだろう。
(悪意はないんだが、口が悪すぎる。まあ、いい人達なんだが)
そうイスマルクは理解せずにはいられない。
世間話に紛らせて、彼らは自分達が知らないことを教えてくる。
「だが、そちらもすべきことはあるだろう。案内してくれるのは助かるが、あまりこちらに手を割かせるのも・・・」
「ああ、それはかまわねぇんだ、イスマルク。ってか、面倒なことにしたくねえから俺がついてくってだけでな。何と言っても、ユーリちゃんの知り合いのヴィゴラスって奴が、一気に百人以上、殺しちまっただろ。その汚名をうちのドレイクがかぶっちまったのは仕方ねえんだが、それもこれもドレイクがユーリちゃんを愛するあまりにブチ切れてやりやがった、なーんて話になってるもんだから、そうなるとな。まあ、恨み辛みもあちこちであるってこった。俺がいりゃ、まだ襲ってはこんだろう。そんなわけで受け入れてくれや」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
イスマルクと遥佳は、このまま自分達も失踪したいと願ってしまった。
やはり小鳥の不始末は、飼い主の責任になるのだろうか。それとも指導教育係の責任なのか。
「まあ、なんや。魚心あれば水心っちゅうてな。あん物騒な男ン素性、教えてくれはるならこっちも好意的になれるっちゅうもんや。なあ、ユーリちゃん? お前はんなら知っとるやろ?」
「え? 知りません」
反射的に否定してしまった自分は悪くない。遥佳はそう思う。
人間、自分の手に余る事態というのはあるのだからして。
「ほうなん? やけどユーリちゃんの親父っさんの関係者なんやろ? あん人を人とも思わん男は遠慮したいんやが、他にもええのがおるんなら引き抜きたいとこでなぁ」
「そんな、父のことなんて私に分かる筈が・・・。私、ヴィゴラスだなんて人、知りませんし」
ごめんなさい、ヴィゴラス。
心の中で遥佳はそう謝った。
誰よりも自分こそが知っているグリフォン。けれども今はそれを認められない。
「ふぅん。ほぉ。へー、・・・まあ、ほなら仕方ないわなぁ。あん男んしてくれはったことで色々と話しときたいこともあるんやが」
あははと、引き攣った笑顔になってしまう遥佳だ。
言えない。ヴィゴラスは優理でも父でもなく、自分の関係者だなんて絶対に言えない。
「ええわ。そういうことにしといたる。さ、そろそろ出かけんと。朝ん市場はかなり活気づいとる。楽しんでき」
「はい」
「んでな、イスマルク。そんなこんなで今、ユーリん情報は少しも流しとうないんや。その嬢ちゃん、ユーリ以外の名で呼ばんとき」
「・・・分かった」
ああ、なんて目端の利く人達なのだろうと、遥佳は溜め息をつきたくなる。
心を読む力などなくても、自分達の小さな反応から彼らは様々なことを読み取ってしまうのだ。
「行ってきます」
「じゃあ行ってくる」
「カイネからは離れるんやないで」
「人の多い所はかなり荒っぽい奴も多い。二人から離れないようにな、ユーリ」
「はい」
ドレイクとレイスに見送られて家を出て、カイネの案内で海辺への市場に向かって歩きだしたイスマルクと遥佳は、情けなさそうな顔になってしまった。
一体どこまでヴィゴラスはやらかしたのかと。
そんな二人に、カイネが全て分かってるんだと言わんばかりの顔で片目を瞑ってくる。
「気にすんな。ドレイクも本気で言ってるわけじゃねえ。な、ユーリちゃん」
「はあ」
「知ってるくせに知らないなんて言うから、ちょっと苛めちまっただけだ。どうせもう忘れてるさ。ドレイクはそういうことを引き摺らん」
「う。・・・はい」
「そういう変な鎌をかけないでもらおうか、カイネ。このユーリが何を知ってると?」
イスマルクがそこで割って入れば、ごく軽い調子でカイネが指摘する。
「そりゃな。見境なく人を殺しまくった男と一緒にいると聞かされたら、普通、誰しも心配するもんさ。なのに全く心配してねえ。しかもお前さんらは全く情のねえ性格でもない。今、いない方のユーリちゃんに対してかなり思い入れもあるのに、全く心配してねえなら、あの男が決してユーリちゃんを傷つけないと確信している。そうだろ?」
「そ、それは・・・」
イスマルクもそういう意味ではヴィゴラスを信じていた。何千人を殺そうとも、優理には傷一つつけないだろうと。
焦る筈がなかったのだが、たしかに普通ではありえない反応である。
「それで、そいつを知らねえって誰が信じるよ」
「・・・あのっ。それは・・・っ」
黙っていられず、遥佳は何かを言おうとした。
「ああ、いいんだ。別に、本気で聞き出したいわけじゃない。元々、俺らだってあっちのユーリちゃんに何も聞いてないしな」
カイネの左手が、遥佳の頬に軽く触れる。
「まさかユーリちゃん以外にも、とはな。だけどいいんだ。俺には・・・」
「私は、・・・私達は、そんな存在じゃないです」
というより、確実に違う。
「いいさ、それでも」
まるで眩しいものを見つめるように、そうして穏やかにカイネが笑うから。
(お父さん。世界には色々な戦う人達がいるんですね・・・。だけど私には理解できない)
自分には分からない感覚を、遥佳はあやふやな顔で受け入れるしかなかった。
そんな朝から始まった昼過ぎ。遥佳達は地下牢にいた。
(初恋が実らないのは、そして初陣で失敗するのは、誰もが気負いすぎて心が先走ってしまうからだって、ディリライトの塔で叔父さん達が話してた。誰しも初めては失敗してしまうものだって。それは仕方のないことだって慰め合ってもいた。そうして人は、二回目からは落ち着いて学び、上手になっていくのね)
初恋と初陣を一緒くたにしていたディリライト人達もどうかと思うが、今の遥佳はもう昔の遥佳ではない。
遥佳は思う。
地下牢に入るのも二度目なら、自分だって少しは上手に過ごせる筈だと。
「だから私達、頑張れると思うの。そうよね、イスマルク?」
「どうなんだろう。俺の初めての地下牢で培ったスキルは、微かな人の足音と共にばっと体勢を整えるということだったが、二度目の地下牢でそれが役に立つのかどうか怪しいとしか言いようがない」
「どういう体勢になるの? 寝たふりするの?」
「いいや。祈りを捧げるポーズだ」
見本にと、さっとワンアクションでそのポーズをとるイスマルクだ。
その牢の外、つまり通路側に松明が燃えているものだから、牢の中は暗いとはいえ、その灯りがイスマルクの姿に陰影をつけて、まさに殉教の聖者といった雰囲気を醸し出す。
ぱちぱちと、遥佳は手を叩いた。
「そうしてると、とっても禁欲的で格好いいわ、イスマルク。それに、それも凄い才能だと思うの。だって私、そんなことしようと思わないもの」
「俺もここではやろうと思わないな」
同じ地下牢にいたカイネは、何なんだかなぁとぼやきながらそんな二人に声をかける。
「普通、地下牢に入れられて怯えて泣くなら分かるんだが、真面目な顔して二人とも経験者ってどういうことよと、言ってもいいかな?」
三人は同じ牢に入れられていた。
周囲の牢にも何人かがおしこめられているようだ。
「えっと、それは無実だったのよ、私達。そうよね、イスマルク?」
「勿論だとも。世界の誰が罪人であっても、うちのユーリだけはあり得ない」
「それは言いすぎだと思うの。だけどイスマルクだって地下牢に入れられたの、ただのとばっちりだったものね。本当にごめんなさい」
「とんでもない。あれ程に環境のいい場所はなかった」
「なあ、イスマルク。地下牢の環境がいいって思えるって、お前さん、どんな人生歩んできたんだよ」
カイネは、この緊張感のない連れ達に、ぽりぽりと背中を掻いてしまった。
さて、どうしたものか。
自分達は無実だ。それは間違いない。
(だが、それを認めてくれるかどうかだな。一体、何事なのやら。とりあえずドレイクかレイスに連絡をとらにゃあ助けてももらえん)
厄介なことになったと、カイネは思う。
だが、どうしてなのか。
この地下牢には色々な人間が収容されている。こんな能天気な会話をするような新入り、怒鳴りつけられて当然だというのに、他の牢から罵声が飛んでこない。
(普通、牢に入れられた奴ってのは精神的にも追い詰められる。うるさいと、鉄格子を蹴りつけるぐらいはするもんだが)
まさか遥佳によって空気の振動が途中で止められ、視界はともかく会話は完全に遮断されていようとは分かる筈もないカイネだ。
一度、地下牢に入れられてしまった遥佳は、優理によって、「地下牢での快適な過ごし方」をしっかり伝授されていた。
おかげで遥佳達のいる牢は綺麗に清掃されており、塵一つ、虫一ついないときたものだ。床に座りこんでも全く冷たくないし、寝床を兼ねた板の上に座っても、実は微妙な弾力と深さのある大気低反発クッションにより痛くないときたものである。
(おかしいな。地下牢っつーと、もっと悪臭がしてたり、埃やゴミで汚えもんだが、全くそれがねえ。板にも全くささくれがねえたぁ、いつの間にこんな改善がされたんだ?)
そんな原理は分からぬものの、久しぶりの地下牢は思ったよりも快適だなと、そんなことを思いつつ、カイネはどうやったら逃げ出せるかを考え続けていた。
それは海辺への市場へと、三人が買い物に行った時のことだった。
遥佳が緑色のヴェールをどれがいいかと悩んで買ったのだが、そこで遥佳は小さな黒いガラスが縫いつけられた黒のヴェールを見つけてしまった。
「あ。見てちょうだい、イスマルク。ね、これなら優理も占い師の格好する時に良さそうじゃない?」
「黒かぁ。なんか、まさにそういう占い師って感じじゃないか?」
「だからいいんじゃないの? よく分からないけど」
それを店員に断ってかぶらせてもらいながら、遥佳は優理の真似をしてみせる。
「ほら、見て。こうして、失せものは東の方角にあります・・・みたいなこと言われたら、何だか信じたくならない?」
「なくした物なら普通に捜せばいいと思うんだがな」
イスマルクは、そんな占いに頼るという思考を持たない人間だった。彼はあくまで地道な努力を重んじる。
「もうっ、イスマルクったら。・・・やっぱり似合わない? 大人っぽすぎる?」
「そんなことはない。そうだな、どうしても俺は君には白とかピンクとか水色とか、そういった明るい色を纏っていてほしいと思うから黒はまず考えもしないんだが、・・・そうしていると、何だか知らない人みたいで戸惑ってしまうんだ。だが、あっちのユーリならきっと似合うだろう」
「同じ顔なのに?」
「同じ顔でも全然違うさ。そりゃ黙って立っていられたら分からないが」
後ろで聞いていたカイネは思った。
(同じ顔でも体型が違うだろ。本当のユーリちゃんはまさにストンだろうが。ま、そりゃ大差はないが、それでもこっちにはちゃんとあるだろ。お前、それでも本当に男か?)
しかし、明るい色を着ておけという意見には大賛成だ。
子供が背伸びして黒い服装をしてもしょうがないだろうと、それは思う。
けれども、あのよく分からないヒヨコ色だの草色だのオレンジ色だのに天井や壁を塗りまくり、キラキラ光るビーズだのガラス細工だのがぶら下げられ、レースだのフリルだので飾りつけられたハート形のクッションというインテリアは遠慮したいのも事実だ。
「ユーリちゃんなら、黒は黒でも飾り気のない黒のものばかり着てたしな。たまにゃそういうのもいいんじゃないか。きっと喜ぶ」
「え? 本当に?」
「ああ。ユーリちゃんは無料で実用品をもらうのが一番嬉しい子だからな」
カイネが力強く頷くと、遥佳はまるでミミズがのたくったような目と唇になった。
きっと、色々と思うことがあるのだろう。
「いいわ。じゃあ、すみません。これもくださいな。あ、同じデザインのその濃紺のも」
「はいよ。ありがとうね、お嬢さん」
濃紺なら黒に近いし、それならと思ったのだろう。色違いで二つを買う遥佳だ。
「じゃあ、そこらで適当な軽食を買って、港の公園で食うか。公園でも売ってるんだが、大道芸とかもやってるんだ。ユーリちゃんはそういうの嫌いか?」
「ううん。見てみたいです」
「そうか」
そう言って遥佳の頭をくしゃっと撫でてくるカイネは、つい優理と遥佳を間違えてしまうのだろう。
(あ。こっちは違う方だった)
撫でた後で、そんなことを考えているのが伝わってくる。
「ここでは何が美味しいのかしら。私ね、初めて食べる物ばかりで楽しい」
「ユーリちゃんもそう言ってたな。どこに行っても初めて見る物を食べてはちょくちょく失敗して、だけどまずいなら残せって言っても、ここで残したら負けになるとか言って食うんだ。何の勝負をしてるんだろうな、あれは」
カイネに問われても遥佳だって分かりたくない。
「すみません」
なんて恥ずかしい姉妹なのか。
「いや? 見てる方は笑えたからいいさ。それに味なんて食わねえと分からねえよ。ユーリちゃんも気になるもんがあったら食べてみるといい」
「あ。じゃあ、あれ、食べてみたいです」
「ああ。あれはここらじゃポピュラーな食いもんだな」
「へぇ。やはり海が近いと魚なんだな」
パンみたいな物に野菜やオイル漬けの魚を挟んだものを買い、三人は公園のベンチに座って食べる。
「海って本当に広くて心が開放されていく感じがするわ」
遥佳が吹きつけてくる風に髪を乱されながら空を仰げば、白いカモメが飛んでいく。
空の青さに白い鳥が眩しいと、そう思った時、遥佳は敵意を感じてガタッと立ち上がった。
「殺しに来るっ」
その遥佳の短く小さな声に、カイネとイスマルクがガタッと反応して立ち上がり、周囲へと構えた。
しかし、誰もいないものだから二人が少し鼻白む。
「えっと・・・? ユーリちゃん?」
「ユーリ? どこに?」
「油断しないでっ」
そこへ公園に続く道から、一人の女と数人の男達が現れた。
どこか物騒な気配に、カイネとイスマルクの目が細められる。
その女は遥佳を見て、叫んだ。
「どうしてあんたが生きてるのよっ! お綺麗な顔して、苦労なんて何も知らないって顔して、・・・どうしてあんたが生きてて、デリーさんが死んだのよっ! あんたさえ死ねばっ、私は足を洗える筈だったのにぃっ」
その言葉に反応したのは、カイネよりもいち早く事情を読み取った遥佳だった。
「ふざけないでっ。世の中には苦界に沈んだことのない人なんて腐るほどいるわよっ。私だってその一人だったってだけじゃないっ。だけど私はちゃんとあなた達の待遇改善にも励んでいた筈よっ! 治療所で面倒をみてもらっておいて、それで私を憎んで殺す為にそのデリーって男に取り入ったってどういうことよっ!」
その女から読み取った情報には、治療所でせっせと働く優理の姿があった。
勿論、この女も最初は感謝していた。それは確かだ。
けれども、治療を終えて再びその世界に身を沈める時、女は優理を妬んでしまわずにはいられなかったのだ。
ただの雑用仕事に追われる看護人ではなく、それなりに手広く商売をしているドレイクに気に入られ、可愛がられている素人の娘だと知ってしまったから。
「あんたなんかっ。あんたなんかのどこがいいって言うのよっ。あんただって私みたいに客を取らされたら同じじゃないのっ。女なんてみんな一緒よっ。なのに一人だけお綺麗ですって顔してっ、今だってそうやって男達に守られててっ」
「ふざけないでよっ。だからって私を殺すことを唆すってどういうことっ! そんなあなたの口車に乗って殺されたデリーさんだっていい面の皮じゃないっ」
イスマルクが、遥佳の腕を掴んで自分の背後に隠す。
このままではエスカレートするだけだと踏んだのだ。
『そこらの船か店にでも逃げこめ。数が多い。俺が片付けるまで出てくるな』
『分かった』
カイネとイスマルクが小声で打ち合わせる。
「行くぞっ」
イスマルクが遥佳の腕を引っ張って逃げ出す。
慌てて一緒に走りだせば、追いかけようとした男達をカイネが一人で引き受けているのが目の端に映った。
(だけど私がいる方が足手まといなんだわ)
だから二人は慌てて、タラップが出しっぱなしになっていた船の一つに逃げ込んだ。
「ちょっと事情を話して匿ってもらおう」
「そうね。・・・だけどイスマルク、この船、誰も乗っていないわ」
「え? そうなのか? なら助かるな」
船員が戻ってきたら事情を話せばいい。
そう思って二人はその船に身を隠した。
「待っててね、イスマルク。カイネさんの様子を探るから」
「無理はするなよ」
「うん」
場所は分かっている。それにあの喧嘩というよりも殺し合うそれの気配は独特で、簡単な読み取りなら苦労はしない。
「あ。カイネさん、かなり強い感じがするわ。殺してはないのかしら? なんか痛がってる人達がいるっぽい。だけど手とか足の痛みだから、戦意を失わせている感じがするの」
「そうか」
「多分、このまま勝つような感じがするわ。相手もかなり怯んでるし」
「なら良かった」
が、しかし。
そちらに気を取られていた遥佳は、自分達の周囲に対して無防備になっていた。
だから気づくのが遅れたのだ。
その船にばたばたと大勢の兵士達が乗り込んでくる気配に。
「神妙にしろっ! この船が密輸船ということは分かっているっ!!」
「・・・へ?」
「え? あら?」
たちまち兵士達に囲まれたイスマルクと遥佳だ。
「ひっ捕らえろっ!」
「待ってくださいっ。私達、変な人に追いかけられてそれでここに逃げ込んだだけなんです」
「そうです。俺達は密輸なんてしてませんっ。そもそもこんな船もどんな船も持ってませんっ」
「うるさいっ。話は取り調べの時に聞いてやるっ!」
聞く耳を持たない兵士達は、船の中へもだだだだっと入りこみ、全ての船室を調べたらしい。
「駄目ですっ、ボナパン隊長っ! 何も残ってませんっ」
「チッ。やはり情報が洩れていたかっ。いいっ、その二人を連れて行けっ!」
だから違うんだと、そう主張する二人の意見など誰も聞いてくれない。
そうして両脇を掴まれて連行される二人を、そこへ捜しに来ていたカイネが見つけて驚く。
「イスマルクっ? ユーリちゃんっ? どうして、・・・何があったんだっ!」
「ええいっ、貴様も仲間かっ! こいつも連れて行けっ!」
「違いますっ。彼は無関係なんですっ」
遥佳が慌ててカイネだけでも助けようと叫ぶが、このまま手ぶらでは帰れないと思っている隊長、ボナパンの決定を覆すには至らない。
そうして・・・。
三人は地下牢へと連行されたのだった。
密輸を行っている犯罪者として。
二度目の地下牢は、潮の香りがしていた。
ふざけたような会話をしていたのは、遥佳達は事態をあまり心配していなかったからだ。
「だって本当に密輸なんてしていないんだから大丈夫よね?」
「そうだよな。大体、密輸なんてやり方も知らんし、船員にもなったことすらない」
けれどもイスマルクや遥佳と違い、カイネは楽観視していなかった。
「どうだろうな。そりゃ話をきちんと聞いてくれりゃいいんだが、相手次第だ。時に仕事なんて適当にしときゃいいって奴らは、冤罪だろうが無理があろうが平気で無実の人間を罪人に仕立て上げる」
「え?」
焦げ茶色の瞳を、遥佳が見開く。慌てて、カイネは取り繕った。
「すまん。脅かすつもりはなかったんだ。勿論、ちゃんと話を聞いてくれる役人なら問題はない。実際、密輸なんてしてないんだからな」
ただ、いささか厄介だなと思うカイネだ。
遥佳が自分達と同じ牢に入れられたことを案じずにはいられない。勿論、今の時点ではその方がいい。だが、男女を分けずに牢に放りこむ時点で、もしも他の男達も放りこまれてしまったらどうなるというのか。飢えた男達の前に、可愛らしい少女が一人。
どんなことになるか、火を見るより明らかである。
(まだ俺達が一緒にいればどうにでもなるだろうが、問題は引き離されて、この子だけ違う男達の牢に入れられてしまった時だ)
だが、脱獄というのも成功しないのであれば意味がない。
身につけている武器だけで、どこまでできるか。また、いつまでもこの牢に留められるのであればともかく、よそに移される可能性もある。
まだ身体検査はされていないから丸腰ではないが、どうするのが最善なのか。
「あ、あのね・・・。カイネさん、多分、大丈夫だと思うわ」
そこで遥佳がおずおずと口を開いた。
「えっとね、あの兵士さん達も、私達、連れてはきたけど、密輸なんてできそうにもないなって内心では思ってたみたいだもの。私もそうだけど、イスマルクも毎日船でロープとか扱ってるような体つきじゃないでしょ? だから多分、本当の密輸している人を捜しに、また出かけた筈なの。ここに連れてきた人達自身が、私達は違うだろうなって思ってるぐらいだから大丈夫よ」
「そりゃ、お前さん達じゃ密輸品の入った箱を持った途端にひっくり返るだろうが」
だが、どうしてそれが分かるのか。
カイネのくすんだ青色の瞳にその疑問が浮かぶ。
「あのボナパンって呼ばれてた隊長さん、今回、この密輸の摘発、この国の偉い人が出てきたものだから慌てて犯人を捕まえなくちゃいけなくなって焦ってるだけなの。だから、・・・多分、大丈夫よ」
「ユーリちゃん。どうして・・・」
まさかここで心を読んだとは言えないので、遥佳は適当に話を作り上げた。
「だって、あの隊長さん、ブツブツ小さく呟いていたもの。
『ああ、犯人に仕立て上げるにしても、こんな奴らじゃ無理だ。せめてもっと日焼けしてたくましくねえと・・・』
って」
そこでイスマルクが嫌そうな顔になる。
「それって、冤罪でいいから犯人を作らなきゃいけないって意味か? 俺達じゃ犯人役には無理があるから違う犯人役を探しに行ったってことか? 世も末だな」
「そうなんだけど、だけどその冤罪をかけるにも私達じゃ価値無しって思われたわけだし、なら大丈夫じゃないの?」
同じ日焼けした肌でも、陸の男と海の男は違うのだ。
カイネのたくましさとて、やはり船を操る人間とは筋肉のつき方が違う。
彼らは遥佳達を連行しながら、そんなことを思っていた。だから三人一緒に身体検査もされずに同じ牢へと放りこまれたのだ。
(だけど私も、二回目ともなるととっても手慣れたものよね。私、とってもたくましくなった気がするわ。もしかして私、優理や真琴よりもたくましいんじゃないかしら)
こういった地下牢は清掃もされていない。
だからそこに入れられると分かった途端、慌てて大気に頼んで強力ジェット噴射で綺麗にしてもらってから、その石造りの床には圧迫した大気の層を絨毯のように敷いてもらった。おかげで座りこんでも寝転んでも平気だ。
悪臭が漂ってこないように、周囲とは空気の移動も遮断し、地上からこの牢にだけ新鮮な空気を出し入れしてもらう通り道も作ってある。
(他の牢も綺麗にしてあげたいけど、いきなり変化が起きたら騒がれそう)
お昼ご飯は食べたばかりだし、お腹は空いていない。けれども早く取り調べてもらいたい。
そうすれば無実なのはすぐ分かるだろう。だって自分達は密輸しようにも船の動かし方すら知らないのだから。
(いざとなったら牢を壊して脱獄すればいいわ。優理だってそのやり方を教えてくれたし)
元はといえば、優理への逆恨みで襲ってきた人達から逃げる羽目になったのが原因だ。そこで、自分達を庇って一人で引き受けてくれたカイネはいい人だ。今だって遥佳を辛い目に遭わせない手段を考え続けてくれている。
だから頑張ろう。
(そうよ。いざとなったら牢ごと壊せばいいだけだもの)
今の遥佳は、牢の中でしくしく泣き続けていた遥佳ではないのだ。
グリフォンにヤクザの根城を破壊させて気分スッキリするような姉妹を持ちながら、どうして自分だけが泣き暮らせるだろう。
(頑張らなくっちゃ。そうよ、私だって守られてばかりの人間じゃないんだから)
優理と真琴がその決意を聞いたら、おそらくそれはたくましくなったのではなく、ブラック遥佳の降臨だと言っただろう。
遥佳は、このジンネル大陸に戻ってきてから怒りと不満の連続だった。だから気も短くなっている。
(そうよ。見てらっしゃい、ヴィゴラスッ)
誰に対しての怒りが原因なのか分からぬままに、遥佳はぎゅっと唇を引き結ぶ。
きっとその決意を肝心のグリフォンが聞いたら、
「そうか。どこにいてもハルカは俺に見ていてもらいたいんだな。俺もハルカをずっと眺めていたい。俺とハルカは両思いだ」
と、全く違う解釈をしたことだろう。
(しょうがねえ。いざとなったら神官ですって言うか。第5等のメダルならどうにかなるだろ。なんかこの二人に任せておくと、派手なことをやらかしそうな気がしてならないんだよなぁ)
ともあれ、仲間達に連絡をとっての脱獄を考えているカイネ、そしていざとなれば脅迫による解放や破壊による脱獄といったことを考えている遥佳を見ながら、イスマルクは一人だけ犯罪行為に頼らない正攻法を考えていた。
そこで神子姫が助かる為ならどんな犯罪も良しとする彼は、身分詐称が犯罪行為であることは全く考えないのである。
暗くなっていても仕方がないので、遥佳はカイネとイスマルクを前に明るい話題を提供しようとしていた。
三人がいる牢には、やがて他にも次々とたくましそうな男達が入れられてきたのだが、どうやら自分達と同じく言いがかりに近い状態で連行されてきたらしい。
「まあ、大変ね。私達もそんな感じだったけど。話も聞いてくれなかったの」
そう言いながらも知らない人なので、つい、優理の為に買った黒いヴェールをかぶって話す遥佳だ。
自分用に緑色のヴェールも買ってはいたけれども、何となく黒の方が自分の顔が余計に見えなくなるだろうと、そっちを使ってしまう。
薄暗い地下牢で、だから遥佳はまさに真っ黒な塊にしか見えなかった。
「全くだ。ひでえもんだろ。お嬢ちゃんもこんな所に入れられて可哀想に。俺っちも、公園で怪我した奴らが転がってたから助けてやってたんだぜ? それを勝手に俺らが悪人て決めつけやがってよぉ、そうしてこんなとこに連れてこられちまったんだ」
「ふざけてやがる。こっちは寄港してさっさと休みたかったってのに」
その怪我人に対して心当たりのある三人は、無言になった。
まさか目の前にいるカイネがその怪我人を作ったのだと気づく筈もなく、連れてこられた二人組は憤懣やるかたない様子で、その怒りはなかなか静まらない。
人助けをしようとして悪人に仕立て上げられたら、誰だって怒るだろうが。
「あ。だけど、その怪我していた人達が証言してくれれば、・・・そうしたら誤解って、分かるんじゃないかしら。だって助けてあげてたんだもの」
証言されても困るのだが、遥佳はそう言ってみる。
暗くて分かりにくいが、どうやら男達は首を横に振ったようだった。
「それが、・・・どいつもこいつも逃げちまったんだ」
「逃げたなら、そいつらこそが怪しい存在ってことだろう。どうして助けてあげた君達がこんな場所に?」
そこが解せないと、イスマルクが尋ねる。
「知るか」
男は吐き捨てた。
「あいつらが逃げたもんだから、『あいつらは怪しい奴らだ。そうしてそれを助けていたお前らもその仲間だ』だとよ。いきなりそんなことを言い出したんだぜ? でもって、『逃げ遅れたのが運の尽きだったな』って兵士らに言われて、そうして放りこまれちまったのさ」
なんだかもうここまでくると遥佳も呆れてしまう。
「思うんだけど、ミザンガってば、有罪か無罪かの分かれ目は逃げ足に尽きるんじゃないかしら」
「なんだか俺もそんな気がしてきたよ」
イスマルクも、無理矢理ここは悪人を作ってないかと、出来の悪い喜劇を見てる気分になった。
「分かったわ。私、ここを出たら走る練習することにする」
「走る練習をしても、相手より遅かったら意味がないんだぞ。転んだら危ないから、散歩にしておいた方がいい」
「二人とも、本当に地下牢に入れられた割には動じんな」
マイペースな二人に、カイネがいささか疲れたような声になる。
「お嬢ちゃん達とお前さん達がそれってんなら、俺らもとばっちりってことか?」
そこへ、三人組で放りこまれてきた男の一人が口を開く。
「そうじゃないかしら。あなたはどうだったの? それとも本物の密輸してた人?」
「密輸? とんでもねえ」
どうやら首を横に振ったらしい男だ。
「出港が三日後ってんで戻ってきたらいきなり捕まってよ。何が何だかわけ分からん。密輸って何だよ。俺たちゃ普通の船員だぜ」
「よく分からないけど、密輸していた人達を捜してるみたいなの。私達、変な人に追いかけられて適当な船に乗って身を隠したら、それが密輸に使われてた船だったらしくて、いきなり取り囲まれて連れてこられたのよ」
「密輸ぅ? 何の品だよ」
「さあ。密輸って言ったら、・・・普通、何を運ぶの? 人とか? あら、それだと密航よね? 船員さんなら知ってる?」
「いや。俺に訊かれても、俺らも船を動かすのが仕事でよ。まあ、密輸って言ったらご禁制の品って決まってるだろ」
遥佳に問い返され、その男はあやふやな感じで答えた。
密輸と言っても、その対象品は多岐に渡る。だから一体、何が密輸されていたのかと、それを尋ねたら、この少女は密輸そのものがよく分かっていなかったらしい。
「禁制の品・・・。イスマルク、禁制品って何なのかしら。国外に持ち出したらまずいものよね? じゃあ、たとえば鶏とか?」
やはり鳥インフルエンザとかを運び出したらまずいから、そういうものが規制されるのだろうか。
そう思って遥佳は、頼りになる元神官に尋ねた。
「いや。鶏が禁制ってことはないだろ。普通に売られてそうだし、普通に積んでるだろ。・・・まあ、国外に持ち出したらまずいような貴重品といえば、やはり神殿の女神様のご神体だろう」
真面目に答えたイスマルクである。彼にとって価値のある、そして国外持ち出し禁止の品など他にある筈がなかった。
――― 駄目だ、話にならん。この子もこいつも、どっちも何も分かってねえ。
周囲の面々に、しらーっとした空気が流れていく。
「え? 神殿のご神体って、あの変なマークよね? あんなの、誰も持ち出さないんじゃない?」
真琴と同じく、遥佳もまたあの女神の象徴として設置されていたそれを見て無言になったクチだった。
「だが、あれ程に価値のあるものはないだろう?」
「そうかしら。何の役にも立たなさそうだけど」
所詮は密輸などと無関係に生きてきた二人に、それは全く想像もつかない世界だ。
「あのなぁ、二人とも。誰が鶏だのご神体だのを密輸するんだよ。基本的に密輸ったら外国にはねえ貴重なもん、それこそその国でしか産出できないもんだろ。もしくは盗品とか」
カイネが呆れてヒントを与える。
「ああ、そうなのね。じゃあ、私が思うに、お城の絵が盗まれたんじゃないかしら。だってあの隊長さん、無理にでも犯人を作らなきゃって感じだったもの。それだけ偉い人が出てきてるってことは、お城の何かが盗まれたのよ、きっと。だけど宝物とかなら厳重な鍵がついた所に仕舞われていそうだから、きっとどこかの部屋に飾られていた絵が盗まれたんじゃないかしら」
「何を思い浮かべてそういう推理をしたのかは分かるが、俺の心に痛いからやめてくれ。頼む、本気で頼む」
イスマルクが、かつて王宮の絵を盗んだことで包囲された少年らしき少女を思い浮かべて、あいたたたと、胃を押さえる。
「いやいや。盗まれた絵なら船で運びはせんだろ、お嬢ちゃん。船を使うってこたぁ、陸路を運べない程の大きさや重さがあったり、もしくは追跡されん為さ。俺は、・・・そうだな。どこぞの裕福な家を襲った盗賊がそれを船で外国に持ち出そうとしてんじゃないかって思うね。後は、なかなかでかい岩とか」
しかし、二人組で捕まったという男の一人はチッチッと唇を鳴らしてみせた。
「え? 重さが必要なの? だけど岩なんて運んでどうするの? どこの国にもあるんじゃない?」
盗品はともかく、岩なんてどこの国でも河原に行けばあるだろう。
そう思う遥佳だ。
わざわざ外国から運ぶ意味があるのだろうか。
「岩にも色々あるのさ。色合いや模様が美しい岩ってのは外国になかったりもするからな。高く取引もされたりする」
「そうなのね。あ、だから私やイスマルクだったら密輸の箱が運べないって言ったのね、カイネさん。たしかに私、小石の入った小袋ならともかく、岩が入った箱なんて運べないわ」
「分かってくれて嬉しいよ」
井戸端会議の様相を呈してきた地下牢に呆れつつ、カイネは首を横に振りながらそう答えた。
そういう意味ではなかったのだが、もう、そういう意味でいい。
(だが、この子のおかげで地下牢に入れられた奴らが落ち着いているのも確かだ。普通なら喚いたり暴れたりと、騒ぎが起こるもんなんだが)
それでも今、この牢の中には11人。いつまでこの平和が維持されるだろう。
遥佳の安全を案じていたカイネだったが、そこで一人の男が立ち上がる。それに合わせて、牢の中にいた男達の何人かも続いて立ち上がった。
「ま、冤罪かどうかは調べれば分かるだろう。それぞれ取り調べに入ろうか。・・・おい、この牢を開けて、皆を部屋へ」
最初に立ち上がったその男が、牢の外へ向かって命じる。
どうやら取り調べの前段階として自分達の観察が行われていたらしいと、そこでカイネは気づいた。
カイネとイスマルクと遥佳は、同じ部屋で取り調べられた。というのも、イスマルクと遥佳だけでは話が脱線しそうだと、あちらが判断した為だ。
まだカイネが一緒の方がスムーズに話も終わると判断したらしい。
(あんな会話を聞かされてちゃ、それも仕方ねえことか)
カイネはそう思ったが、しかし簡単に放免してくれそうもないのも事実だった。
無実だと分かっていても取り調べずにはいられない何かがあるらしい。
「では、三人共どこの誰だか言ってもらおうか」
「俺ぁカイネと申しまして、ザンガの人間です。用心棒とか、そういう仕事をしとります」
ふむと、地下牢で皆の話を黙って聞いていた男はカイトの体つきを眺めながら頷く。
金髪に不精髭を生やした男だが、髪も撫でつけてないので瞳の色は分からない。しかし、同じ部屋にいる他の取り調べにあたる人間が全く座っていないところを見ると、偉い人なのだろう。
カイネとイスマルク、遥佳は座らされていたが、それは単に立っていると取り調べにくいというだけの理由らしかった。
「次」
「えーっと、私はイスマルクと申します。ギバティ王国の人間です」
「職業は?」
イスマルクは逡巡した。
できることならば神官だと名乗りたくはない。しかも自分の神官としての籍は抹消されているのではないか。しかし、遥佳の為ならば・・・。
「ギバティ王国第25神殿の神殿長を務めております。こちらが神官のメダルになります」
さすがにそこで、取り調べに当たっていた男のみならず部屋にいた男達も鋭い目つきになり、そのメダルを確認する。
「本物のようです。第5等とあります」
「そうか」
イスマルクにしてみれば、賭けだ。第25神殿はとても鄙びた田舎にある。問い合わせの使者を出しても往復でどれ程にかかることか。
その間、拘束され続けることはないだろう。第5等ともなれば、それなりに悪くない位である。
「そういえば、密輸品に女神様のご神体だなどと言ってたぐらいだ。あんなとぼけたことを言い出すのは神官以外に存在しないか」
「とぼけたとは失礼なことを。世界広しといえど、尊きものは変わらぬ。やはり女神様にまつわるものにこそ価値の基準は置かれるべきであろう。その価値も分からぬとは嘆かわしい」
イスマルクは女神とその神子姫達を至高と戴く元神官だ。反射的に言い返した。
――― あ。こいつ、本物の神官だ・・・。
その場に、しらーっとした空気が流れる。その説教くさいところが「まさに神官」だ。
「現実問題として、密輸してまで運び出す利益があるのかどうかを考えていただきたい、神官殿。何事にも経費は存在するのです」
無精髭を生やした金髪の男も、取り調べの被疑者としてではなく、神官に対するような口調となった。
口の中で小さく、「これだから神官って奴ぁ常識知らずでヤなんだよ」と、ぼやいたのを聞いてしまったものだから、何か神官絡みでこの男も苦労しているのかもしれないなと、カイネは思った。
「で、最後のお嬢ちゃんは?」
「えーっと、私はユーリと言います。占い師をしています」
「占い師ぃ? 何だ、春でも売ってるのか?」
その言葉に、そりゃ無理だろというニュアンスを含ませてくる。
「いいえ。普通に占いですけど?」
遥佳は黒いヴェールをかぶったまま、小さく首を傾げてみせた。
「ザンガで商売してんのか?」
「いいえ。ギバティ王国のギバティールです」
指先で机をトントンと叩くと、その男は遥佳に向かって問いかけてきた。
「ギバティ王国の人間か?」
「いえ・・・」
正確に言えば、優理を始めとして自分達三人に国籍はない。もしも調べられたら、そんなユーリという名の人間が記録されていないのはすぐ分かってしまうだろう。
遥佳はそこで遠慮なくその国を使った。
「国籍は、パッパルート王国です」
「パッパルートぉ? だが、その外見は・・・」
黒いヴェールといっても、レース仕立てだ。遥佳の黒髪はすぐ分かる。
「たしかにパッパルート人らしくありませんけど、それでもパッパルートの人間なんです」
遥佳はそう自信たっぷりに言ってのけた。
あの国ならば国籍ぐらい、どうにでもしてくれるだろう。なんといってもユーリ姫は国王の婚約者である。
「なるほどな。パッパルートのどこ出身だ?」
「えっと・・・」
「まさか言い逃れじゃないだろうな」
「違いますっ。あの、・・・問い合わせとか、されるんでしょうか?」
思いっきり言い逃れているだけの遥佳は、小さな声で尋ねた。すると、にやりと笑ってその男が頷いてくる。
「勿論だ。密輸なんて疑いをかけられておいて調べが入らない筈なかろう? さっさと正直に吐くんだな」
「・・・・・・はあ」
ああ、仕方がない。
遥佳は諦めたような溜め息をつく。
「では、私の身元はパッパルート王宮にお願いします。えっと現在、国王陛下は外遊中でいらっしゃいますので、身元確認はデューレ王弟殿下にお願いできますでしょうか」
「・・・・・・は?」
その場がしーんと静まり返った。
普通、占い師といえば、春をひさぐ代名詞だったりもするものだ。それがよりによって自分の身元は一国の国王もしくは王弟に問い合わせろときたものである。
あまりにも大胆な要求だった。
「あのなぁ、お嬢ちゃん。相手が王宮ならできねえと思って舐めた真似すんじゃねえよ。そんなの簡単に・・・、ん? デューレ王子が王弟?」
そこで小さく首を傾げる男は、デューレ王子といえば第二王子だろうと、そんなことを思い返す。
「あ。えっと国王陛下は譲位なさったので、今、第一王子だったディッパ様が国王陛下なんです」
「へ? そうなのか。知らんかったわ」
「数ヶ月前の話ですから・・・。だけど他の国にはお知らせしていないので、知らなくても無理はないですよ」
「そうか。ありがとな、お嬢ちゃん」
何だ、自分だけが知らなかったってオチじゃないらしいと、そう一度は男も安堵した。
「いやいや、そうじゃねえだろ」
が、そこで遥佳の親切は親切として話を元に戻す。
「パッパルート王室にあんたみてえな王女はいないって分かってんだ。それでいて、どうしてそんなアホな問い合わせできると思ってんだ? 舐めてんのか、オラ」
「そういうわけじゃ・・・。だけど問い合わせさえしてくれればちゃんとあちらが対応してくれますから」
ああ、こんなことならディリライトにすべきだっただろうか。
だけどディリライトは自分のせいで有名になってしまった後だ。
そう思うと、やはりパッパルートでいいような気がする。だって後始末をするのは優理だから。
「まあ、いいよ。じゃあ、本当に問い合わせすっかんな。嘘だったらひでえんだぞ」
「大丈夫です。デューレ殿下がいらっしゃらなくても、大臣や女官長が対応してくれますから」
「・・・なんでディッパ王子とデューレ王子がいねえって前提なんだ」
つい、今までのクセで、ディッパは王子だとしてしまう男だ。
「あ。今、デューレ様、ルートフェンにいらしてるんです。もしもお急ぎでしたら、ルートフェンにも並行して使者を出してください。もう戻ってきてらっしゃるか、まだなのか、私には分からないので」
「そうか。そりゃ知らんかったわ・・・って、詳しいな、あんた」
「まだ私、パッパルートからミザンガに来たばかりなので」
まじまじと男は遥佳を見た。騙りにしては、あまりにも内情に詳しすぎる。
「ユーリって言ったか。そこの二人との関係は?」
「えっと、・・・イスマルクとは親の知り合いの関係で、カイネさんはこちらで私達の案内をしてくださっている親切な方なんです」
「親の知り合い?」
「ええ。母とイスマルクは交流があったものですから。だからつい、頼りにしてしまうんです。今回も私を心配して、ついてきてくれて・・・」
暗い蒼の瞳が、じぃーんとした感激に見開かれる。
(なんということだろう。この自分が、女神様と・・・。女神様と・・・・・・。しかも、頼りにしているとまで言ってもらえてしまった)
この信頼に応えなくてはと、改めて決意を固める元神官だ。
(お母さんの神官だったんだから、そういうことでいいのよね?)
嘘は言ってない。うん、自分は何も嘘は言っていない。
だけど全てはパッパルートに押しつけてしまおう。
(だって私、優理じゃないのに無料であれだけ働いてきたんだもの。これぐらい利用したっていいと思うの。だって国王陛下の代理って、それなりのバイト代が出てもいいお仕事よね?)
机の向こうに座る男は、カイネに焦点を当てた。
「カイネと言ったか。用心棒って、こんな神官サマとわけの分からん嬢ちゃんをか?」
「ええ。これでも色々と世話になってますんで護衛を兼ねて案内人を申し出たんですよ。まあ、用心棒なんざ、日雇いで色々な人に雇われまさぁ」
カイネは朴訥そうな笑顔を見せながら応対する。そこで取り調べに当たっていた男は、壁際にいた一人の男に目配せした。
すると、いきなりその男がカイネに向かって鞘に入ったままの剣を叩き下ろしてくる。
ガキィーンッ!
そんな鈍くも嫌な金属音を立てて、カイネが持っていた鞘でそれが防がれた。
まさに見切っていたと言わんばかりの余裕を見せて、カイネがやや口角を上げてみせる。
「そういう試しはやめておくんなせぇよ。俺ぁ、あくまでこういう立派な兵士さんじゃなく、普通の少しばかり腕が立つって程度のケチな用心棒ですぜ、旦那」
「ふぅむ。なるほどな。たしかに水夫の動きじゃねえや。海賊なら話は別だが」
「生憎、船は酔うんで苦手でさぁ」
その音に怯えた遥佳をイスマルクが素早く庇う様子を、男は冷静に見ていた。
(この若さで第5等っつったらエリートだよな。なのに、占い師だなんて胡散臭い小娘をどうしてそこまで守るってんだ? しかも神殿長なんつう仕事を放りだしてってか)
カイネに攻撃が加えられたと分かった途端、イスマルクは遥佳を自分の体で庇おうとしたのだ。次に自分が襲われたとしても遥佳にだけは怪我させないようにと。
「カイネさん・・・」
「ああ、大丈夫だ。怖がらせちまったな、ユーリちゃん。別にあっちの旦那も抜いてねえだろ。単なる冗談さ、冗談」
カイネは大らかに笑ってくるけれど、遥佳は戦う気配そのものが苦手だ。
だからイスマルクの腕の中から、キッと攻撃を命じた男を睨みつけた。
「ひどいですっ。当たってたら大怪我してたんですよっ。なんてことするんですかっ」
「いや、思いっきり防いでただろ。完璧に見切ってただろ。怪我なんてしねえよ」
いきなり怒鳴りつけられ、取り調べに当たっていた男が面食らいながらも反論する。
「信じられない。なんて乱暴なことをするの」
必要もないのに、この男は試す為だけにカイネへ攻撃させたのだ。場合によっては骨折していただろう。
そんな遥佳を、イスマルクが背に庇うと、男に対して言った。
「何にせよ、私共は密輸とは無関係です。即時の解放を求めます。それとも神殿を敵にまわされますか?」
「・・・第5等とは出世コースなんだろうが、世の中にゃまだまだ上の位もあるんだぜ? たかが占い師の小娘如きに、どうして神殿全部がこっちと敵対するって言うんだ」
男はせせら笑った。
むっとするイスマルクのシャツを、後ろからちょいちょいと遥佳が引っ張る。
「この人、王子様なのよ、イスマルク。この国の第三王子なの。だから態度も大きいし、礼儀知らずなのよ。国によって、本当に王子様でも礼儀正しい人とそうじゃない人がいるのね。大抵の一番目の王子様はおっとりしてるし、二番目はそれなりに賢く支援につくってのに、三番目ってどうしてこう考えなしなのかしら」
同じ王子様でも違いがあるものだと、遥佳は溜め息をついた。
(キマリー国の王子様の方がよほど素直だったわ)
ざわっとその部屋の空気が揺れる。
「へぇ。言ってくれるじゃねえか」
男が目を覆う感じだった前髪を手で後ろに撫で上げると、青い瞳が現れる。
それを見て、カイネもまた遠くからではあるが確かに見たことのあるこの国のゲオナルド第三王子だと気づいた。
ばさばさ髪と不精髭が、その素性をあまりにも覆い隠していたのだ。
「何だ。俺の顔を知ってたのか。だが、面と向かって礼儀知らずと言われたのは初めてだ。無礼はお互い様じゃないのか、お嬢ちゃん?」
まさに睨みつけてくるような顔つきは、一つの脅しなのだろう。
小娘が生意気言ってんじゃねえぞ、と。
けれども遥佳は、自分にとって大事な人を傷つけられることにトラウマを抱いていた。
だからこそ、怯えながらも勇気を振り絞って叫ぶ。
「嘘よ、そんなのっ。だからあなた、奥様に捨てられたくせにっ。ちゃんと髭は毎日剃りなさいよっ。だらしなく座るから嫌われるのよっ。あなたが礼儀正しいの、公式な場での外面だけじゃないっ」
それは、かつて離婚した妃から何度も伝えられていた苦情である。
「・・・・・・へえ?」
その場はいきなり静まり返った。
尚、第三王子が離婚した理由は明らかになっていない。
遥佳によって正体をばらされた男は、周囲の騎士や兵士に向かって言った。
「なあ。この生意気な小娘、連れ帰ってもいいと思うか?」
その口調は穏やかだったと言ってもいいだろう。内心は不明だ。
「やめてください。さすがにこうなりますと、占い師という話の方が怪しいことになります。外交問題に発展してからでは遅いのです、ゲオナルド様」
どう考えても庶民らしくない情報を握っている小娘。ましてや第5等神官が、その娘を守る姿勢とあれば尚のことである。
さすがにそれは分かっていたのだろう。
第三王子ゲオナルドは、遥佳に向かって言った。
「何しにうちの国に来てるか知らんが、まあ、そういうことなら見逃してやってもいい。・・・ただし、一つ、こちらの要望を叶えてみせたらな」
「・・・要望?」
イスマルクの腕にしがみつき、その背中からヴェール越しの顔を覗かせる遥佳だ。
ゲオナルド王子は格好つけてるつもりなのだろうが、その不精髭がどうしても三枚目になってしまっている。
カイネに攻撃を命じてくれた仕返しに、あの髭をつるつるに剃ってやりたいと思うのは自分だけだろうか。
「ああ。占い師というのなら一つ占ってみせろ。それをやり遂げたら解放してやる」
「・・・明日の天気でいい?」
「アホか。明日の天気なんざ、明日になったら誰でも分かる」
一蹴した第三王子は、遥佳に向かって言った。
「今、ディリライト島からやんごとなき姫君を船で攫ってくれた奴らを捜している。それの行き先を占ってみせろ」
「ディリライト?」
「え。ディリライトでやんごとなき姫君って、・・・ケイトが? あ、ケイト姫が?」
イスマルクは後ろを振り返り、遥佳と二人で小首を傾げてしまった。
「アホか。なんでケイト姫なんだよ。って、マジで詳しいな、お前さん。そうじゃねえ。ディリライトに滞在していたやんごとなき姫君だよ。ハールカって名前の姫様な」
「・・・へ?」
「・・・あら?」
イスマルクと遥佳は、何とも言えない思いで見つめ合ってしまった。
多分、それは占う前に答えられる自信がある二人だ。捜す必要すらない。
今、ここにそのハールカ姫様、いますけど?
「えーっと、それは・・・、グリフォンに乗って飛び去ったのでは?」
愛想笑いを浮かべつつ、遥佳がそう問えば、ミザンガ王国第三王子はだるそうに片手を振った。
「その後だ。またディリライト島で滞在していた姫君が攫われたんだよ」
そう言い捨てる。
「え? それ、本当に・・・本物、だったんですか? 詐欺師とかじゃなくて?」
まさかと思うが、自分の偽者が出たのだろうか。
遥佳は再確認した。
「当たり前だろ。ディリライト首長もそう認めてんだから」
ゲオナルドはつまらなそうに言う。
もう、うんざりなのだ。空振りばかりのそれに。
一体、どこの誰が神子姫を攫ったというのか。
そう思うゲオナルドは、占いに全てを押しつけたいぐらいにやけっぱち気分だ。
(私はここにいる。そして、あのおじさまが私だと認めた偽者)
そんなことができる存在は二人しかいない。そうして一人は、今の自分と違う容姿の筈だ。
となれば、残る一人。
(優理。あなたって人は、あなたって人は・・・)
遥佳は、自分の姉妹とヴィゴラスがどこに行ったのか、知ってしまった。
なんということだろう。勝手に人の名前を使って・・・。
(え? だけど優理が攫われた? ヴィゴラスがいて? しかも、あの優理が?)
自分に地下牢に入れられた時の脱獄方法をレクチャーしてきた姉妹が攫われた。
「ねえ、イスマルク。ハールカ姫様が攫われたんですって」
「うわあ、それは大変だ」
イスマルクも棒読みだ。
これは心配していいことなのだろうか。すること自体が馬鹿馬鹿しいことなのだろうか。
(勿論、怪我させられたりしているのなら話は別なんだけど。だけどヴィゴラスも一緒にいたのよね?)
あのヴィゴラスがいて、むざむざと連れ攫われることがあるだろうか。ましてやディリライト島。
タイキとカシマ、ケイトが、優理から目を離すことはあり得ない。
(それって、まさか・・・)
遥佳はとても大きな、そう、あまりにも大きな溜め息をついた。
「どこに連れ攫われたか、それは分かりかねますが、連れ攫われた場所の目印でしたら占えます」
へぇと、ゲオナルド王子が面白そうに笑う。
「言ってみろ」
「占う為の水晶玉ぐらい貸してください。別に集中できればいいだけですからガラスでも人形でもいいですけど」
「ほらよっ」
自分の上着の下につけていた宝石のブローチを放り投げてくるゲオナルドだ。
ヴィゴラスが喜びそうだと思いながら、受け止めた遥佳はその赤い石を見ながら、目を閉じる。
そうして重々しく告げた。
「その連れ去った人達がいる場所に、女神さまのお怒りに満ちた破壊の剣が振り下ろされることでしょう。全てに情報網を張り巡らせておくことです。いずれ神子姫様のおわす建物は、一気に崩れ去ります」
遥佳は、とてもやる気のない占いをしてみせた。
けれども自信がある。この占いが命中することに。
(だって優理とヴィゴラスの組み合わせなんだもの)
遥佳は、まだそれに真琴も合流していることを知らなかった。




