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87 ギバティ国王はパッパルート国王代理と会った




 ジンネル大陸において一番に名が挙がるギバティ王国。

 聖神殿があったことから、聖なる国としても名高い。

 弟王子であるラルースがパッパルート国へ行くというのであれば、援護射撃は必要であろうと、早速、ギバティ国王は周辺の国に働きかけてパッパルート王国への圧力をかけてもらうことにした。

 そういうのは、国同士の駆け引きでもある。

 パッパルート王国の第二王子がルートフェンの第一王女を自分の妃になる身だと主張するのであれば、その父王であるパッパルート国王に圧力をかければいい。

 そう考えたのだ。

 そこで判明したのは、既にパッパルート王国では国王が代替わりしていたという事実だった。


「なんと。既にパッパルートの第一王子が国王になっていたというのか」

「さようでございます。国王は退位し、ディッパ王子が国王となったとの(よし)。崩御なされたわけではなく譲位とありまして、静かに即位なされたそうでございます」


 普通、国王即位とあれば大々的にやるものなのだが、さすがはパッパルート王国というべきだろうか。

 呆れながらも、ギバティ国王は安堵する気持ちを抑えられなかった。

 まだ即位したばかりの若き国王。ならば赤子の手をひねるが如き簡単な交渉ですむに違いない。


「様々な周辺諸国に頼まずとも、我が国だけで十分脅せたやもしれぬな」


 居並ぶ高官達も苦笑しつつ、同意した。


「さようでございますな」

「やれ。大山鳴動してネズミ一匹とは、まさにこのこと。兄が王になったからというので調子に乗った第二王子が先走りすぎたのでありましょう」

「まだ若い二十代の国王と王弟。同じ国王でも陛下とは経験が違いまする」


 しかし、とっくに周辺諸国にはその辺りの協力を頼んだ後だ。

 その為に今年の関税なども色々と配慮することとしたのだが、何とも高くついたものだ。

 たかが若僧の為に・・・。

 誰もがそう思っていた。

 ギバティ王国だけではなく、今回、ギバティ王国に協力した国々も、その程度でこれだけの関税が配慮されるのであれば、悪くない作業だと判断していた。だから乗った話だ。

 しかし、そうは問屋がおろさなかった。




 このギバティ王国が決めた縁組に横槍を入れたらどうなるかを教えてやろうとばかりに、ギバティ王国もまた新パッパルート国王ディッパへの使者を出していた。

 しかし、その使者が追い返されてきたのだ。

 そればかりか、その使者では役に立たなかったというので、わざわざ外務大臣がパッパルート王国まで出向いたにも拘わらず、彼はすごすごと尻尾を巻いて戻ってきてしまった。

 また、時を同じくして、今回の協力を頼んだ国からも断りの文書が次々と届いた。


「こ、これは何としたことだ。大臣よ、何があった」

「申し訳ございません。私が出向けばどうにかなるものと思いましたが・・・。陛下、申し訳ございません」


 外務大臣は、ギバティ国王の前で深々と頭を下げた。


「現在、パッパルート王国のディッパ国王は外遊中とのことでございまして、全ての政務はディッパ国王のご婚約者であるユーリ姫がお()りになられているとのこと。その為、外交問題はディッパ国王が戻ってきてから聞くということで、追い返されました。

 しかし、事は今。そして何よりパッパルート王弟が関与することでございます。

 全ての政務を執っているのならば、それなりの権限はある筈と思い、その上で会談を申し込んだのでございますが・・・」


 外務大臣は、そこで小さく首を横に振った。


「頭から長いヴェールをかぶってその容姿を隠しておいででしたが、まだ若い姫君でした。ちらりと見えた黒髪は、生粋のパッパルート王国人ではありますまい。ですが問題はそこではございません、陛下」

「何が問題だというのだ」


 戸惑いながらギバティ国王が尋ねれば、外務大臣が下を向く。


「どこの姫君かは存じませんが、すぐにあの素性をお調べになるべきです。あれは、蝶よ花よと大事にされてきた温室の花ではございません。全ての約束事をなぎ倒し、自分のしたい事しか認めぬ災厄の姫君でございます。それこそ、あのユーリ姫とやらがパッパルート王国を手中にせんと、ディッパ国王を亡き者にしたと聞いても私は驚きませぬ」


 誰もが、そこで息を呑む。


「な、何を言っておるのだ。大臣よ、そなたらしくもない。いつだって頼りになってきたそなたではないか」

「いいえ、陛下。あれだけの情報収集能力は一介の娘が持てるものではございません。どうか、お調べを。ディッパ国王代理のユーリ姫、あれはどこぞの国のとんでもない背景を持つ娘でありましょう」

「何があったのだ。そなたがそんなことを言い出すとは、余程のことがあったのであろう?」

「どうかご容赦くださいませ、陛下。あのユーリ姫の恐ろしさは向き合わねば分かりませぬ。私が申し上げられるのは、あの国王代理ユーリ姫とやらは、禍々(まがまが)しい存在であるということだけでございます」


 結局、(らち)()かぬと、外務大臣を下がらせた国王は、他の高官達と(はか)り、自らがそのパッパルート国王代理のユーリ姫との会談を申し込んだ。


『現在、パッパルート国王は外遊中でございます。大切なお話は国王の帰還後にお聞きすることになろうかと存じます』


 しかし、そんな断りが返される。

 それでもあえてと、ユーリ姫に対して会談を申し込めば、互いの国境にある街を指定された。

 それはギバティ王国側の領地だった。パッパルート王国側の領地であれば、その村には何もないので仕方ないところだったかもしれない。

 だが、そこに現れたパッパルート国王代理ユーリ姫は、あまりにも礼儀知らずだった。

 というのも、会談の場を設定したのはギバティ王国だったが、その場に現れるなり、帰ろうとしたからだ。

 会談の為に用意された部屋に一歩入るなり、頭から腰まで届く二重のヴェールを垂らしたユーリ姫はくるりと背を向けた。


「あ、あの・・・っ。どちらへっ?」

「パッパルートに帰るのよ。当たり前でしょう?」

「そ、それは・・・っ。一体どういうことでありましょうかっ」


 声をかけるギバティ国王の近侍に向かい、ユーリ姫は馬鹿にした口調を隠さなかった。


「代理とはいえ、今の私はパッパルート国王。我が国の古さは言うに及ばず、侮られる理由はない。招いておいて我が国を下座とはどういうことか。上座ならばともかく、せめて対等な位置におくのが道理。礼儀知らずに時間を割く価値はない」


 そうして、ユーリ姫は同行してきたパッパルート王国の高官や護衛騎士達を振り返る。


「こんな無駄なことまで私に確認させないで、あなた達で会談中止と判断しなさい。先に下見ぐらいしておいてちょうだい。そうすれば私がここまで出向く必要もなかったのよ」


 高慢に命じる姿は、女王そのものだった。


「申し訳ございません」

「二度としないでね」

「はいっ」

「では帰ります。出立の準備を早急に。そしてギバティ王国との会談は二度と受けないということで処理しなさい。分かりましたね?」

「かしこまりました」


 それはもう決定事項である。

 そうしてそのまま外に出ていこうとしたものだから、ギバティ王国側も焦るしかなかった。

 自分達のせいで、国王の会談が台無しになったとなれば、どんな責任問題となることか。


「お待ちくださいっ。今すぐ席をきちんと作り直しますからっ」

「どうぞお待ちくださいませっ」


 その騒ぎは、他の部屋で待機していたギバティ国王ブラージュの耳にも届く。

 何故ならブラージュは、そのユーリ姫とやらの出方を見ようとしていたからだ。


「なんとまあ。下座で待たせた挙句、遅れて姿を現してやろうと思ったらこれか。たしかに気の強い娘らしい」


 階下の様子を窓越しに見ながら呟いたギバティ国王だったが、厄介だなとも感じていた。

 それはパッパルート王国の高官達、騎士達の振る舞いが、かなりユーリ姫に心酔している様子だったことにある。


(国王代理の婚約者など、形ばかりの筈だ。なのにどうして彼らはあんなにもあの娘の口先一つ、指先一つに反応し、従うのか)


 だが、ユーリ姫は引き留める近侍達に一瞥をくれるとそのまま帰ろうとする。


「どうせそちらの国王もまだ来ていないんでしょう? なら意味はないわね。私、時間の無駄使いは嫌いなの。待たされるような時間配分しかできない無能な人間に付き合う暇はないわ」


 そうして馬車に乗りこもうとしたものだから、さすがにこれはもう慌てるしかないギバティ王国側である。

 平謝りし、ギバティ国王と同時に室内に入る為の待ち部屋へと案内するということで、どうにか思いとどまってもらう羽目になった。

 そうして会談が始まれば、ゆったりとした長袖から見えている指先からも、年若いことが見て取れる。


「ギバティ国王、ブラージュだ」

「パッパルート国王代理、ユーリですわ」


 声もまだ若い。それこそ十代だろう。


「失礼だが、ユーリ様はお幾つかな? そしてどちらの方であろう? まさかパッパルートの国王に、こんな可愛らしいご婚約者がいるとはついぞ知らなかったものでな」

「年は、申し上げると若すぎると馬鹿にされそうですので、控えさせていただきます。家門についても、後程、正式に婚姻が決まりましたら発表させていただきますわ。あくまで、ただのユーリとしてご記憶くださいませ。ですが、私がパッパルート王国の全権を持っていることもお忘れなく」


 楽しげな口調でギバティ国王は指摘した。


「家門を明らかにできぬとあれば、王室の姫ではないのだろうが、それではパッパルート国王に恥をかかせるだけだと忠告させてもらおう、ユーリ姫。パッパルート国王の全権を代理としてでも使える人間が、身元を明らかにせずにそれを行使したとあっては、パッパルート王国こそが物笑いの種になる」

「なりませんわ。では、お尋ねしますが、ブラージュ様は、ギバティ国王の肩書きを取ったら何がおできになりますの?」

「は?」

「あなたは私に家門を問いました。それは私の背中にある力を見る為ですわね。実家の力なくして、私が何も持たないと思うからでしょう。ですが私はそれに頼る必要がない実力を有しております」

「ほう?」

「父親に泣きつかなくては何もできないお姫様扱いされるのは心外です。(ひるがえ)って、あなた様はどうですの? 国王という肩書きがなければ何もできませんの? ならば、お話になりません」

「国を背負える力を有してこその国王。それを軽んじられるか、ユーリ姫」

「軽んじているのはあなたですわ。私は、パッパルート国王代理としてこの場にいると申し上げました。つまりパッパルート国の女王としてこの場にいるのです。それを家門だなどと馬鹿馬鹿しい。それがこの会談の何に影響しますの? 私はパッパルート王国を背負っておりますのに」


 胡散臭(うさんくさ)い娘だと、ギバティ国王は思った。

 それはこの場にいる誰もが感じていることだろう。


「だが、ユーリ姫。パッパルート国王が外遊中と言いながら、行き先を明らかにしない上、いつ戻るかも明らかにせず、あなたの素性も不明ときたら、それこそパッパルート国王に何かが起きて隠蔽しているだけではないかと疑わずにはいられないことも理解してもらいたいものだ」

「そのような妄想を理解する必要性を私は認めません。私が国王代理の女王として玉座にあるのは、王弟デューレ殿下も納得のこと。また、私は全ての大臣の信任を得ております。我がパッパルート王宮でそのような戯言を申す者はおらず、そしてまた、ディッパ様が帰還なされば、そんな他国の勘ぐりも笑い話と化すことでしょう」


 そこでユーリ姫は、背後に控えていたパッパルート王国の高官達を振り返る。


「そうよね?」

「その通りでございます。ユーリ様は、我らが国王陛下がその優秀な資質ゆえにお選びになったご婚約者。此度(こたび)の縁談も我ら一同心より祝福申し上げております」

「ユーリ様は、ディッパ様自らが王宮へとお連れになりましたご婚約者様でいらっしゃいます。それに不服を申し立てる臣など一人たりともおりません」

「我らが忠誠は、国王陛下とユーリ様に」


 さすがにそうなると、ギバティ国王も何も言えなくなる。


「では、始めましょうか。今回の会談の申し込みですが、我が国との関税を引き下げる代わりに、デューレ王子とルートフェン王女との婚姻について考え直してもらいたいということでしたけれど」

「その通りだ。悪い話ではないだろう?」

「その件ですが、お断りいたします」


 ユーリ姫は、あっさりと却下した。


「その場合の、我が国の利益となる試算金額はたしかに魅力的ですが、私も我が国の王子がすることを後押しこそすれ、背中を射るような真似はできかねます。それに、そちらも無駄なことはやめてはいかがでしょうかと、申し上げさせていただきましょう」

「それは、・・・どういうことかな?」

「無駄に自国の財源をここで減少させても得るものはないのでは? ということですわ」


 ひらりと、ユーリ姫はそれらの文書をめくった。

 あんなにも重なったヴェールの向こうからその文字が見えるのだろうかと、ギバティ国王だけではなく、他の高官達も思う程に流れるような動きである。


「聖なるギバティ王国。その名はとても重いものですわね。同時にとても愚かしいこと。すべきことは、徹底的なギバティ国内の見直しであって、我が国にここで引くよう圧力をかけることではない筈。武力に訴えなかったのはご立派でいらっしゃいますが」

「・・・何ならその手に出てもいいのだが?」

「やめておくようにと忠告させていただきましょう」

「それは何故?」

「大敗したら取り返しのつかない汚名を後世まで残すことになるからです、ブラージュ様。たとえ神子姫様探索に失敗しても、他の政策で名君たれば一つの失態など何程のことでもありません。ですが失態を重ねてしまえば取り返しのつかぬこととなりましょう」

「それは、・・・パッパルート王国が勝つという意味かね?」

「やってみないと分かりませんわね」


 ぱらぱらとそれらをめくるユーリ姫だが、ふとギバティ国王は、彼女はそれらを見ていないのではないかと、そんな気になった。


「そうですわね。・・・そこのあなた、記録を取りなさい」

「え? 私、ですか」

「そうよ、早くしなさい。ギバティの役人は愚図(ぐず)だと言われたいのかしら? 我がパッパルート王国の役人ならもっと早く用意するわよ。そこまで反応も遅くて役人だなんて恥ずかしいこと」

「いえっ」


 いきなり声をかけられたギバティ王国側の役人が焦って紙を用意する。


「まず、宝物殿の文書ばかりが収められた部屋を調べること。かつての建国に関しての記述が見つかる筈よ。今、ギバティ王国はかなり派手にやっているけれども、本来はどういったものかを知れば、あそこまで無駄なお金をばらまくものではなく厳粛な式典へと転換できる筈。本分に立ち返りなさい。それにより、支出は四分の一に抑えられるでしょう。一回目はそれなりに出ていくけれども、二回目からはそれを使いまわせるもの」


 言われた通りに書きだした役人だったが、そこで高官達に問いかけるような目になった。

 このまま自分はパッパルート国王代理に命じられるまま動いていいのだろうかと。


「ぼやぼやしないで手を動かしなさい。次は、大神殿に行き、かつての女神の祝祭についての記述を調べてもらうこと。箔をつける為に無駄に増やされた内容が多すぎるの。それについては、第3神殿で一番古い神官に尋ねればいいわ。彼が知っている筈だから。先に第3神殿で依頼しておけば話も早く進むでしょう」

「ユーリ姫。あなたは・・・」

「黙っててください、ブラージュ様。私、貴重な時間をあなた方に割いているのです。二度の会談をする気はないと言ったでしょう。それに虚飾を削ぎ落としておかないと、あなたの息子の代には身売りするしかなくなりますわよ」


 真剣な目をして問いかけようとしたギバティ国王を、ユーリ姫は容赦なく切り捨てた。


「次に王太后の取り巻きの一人であるレスティエ公爵夫人をしばらく謹慎させること。彼女が言い募るから誰もが賛同しないわけにいかなくなるの。うるさく喚くしかできない馬鹿は黙らせなさい」


 ギバティ王国側の高官が、そこで厳しい顔になって遮る。


「待っていただきたいっ。あなたはパッパルート国王代理であろう。我が国の何に対して干渉しようというのですかっ」

「あなた達が私に干渉してきている事実を直視したらどうなのっ。わーわー喚いて仕事をした気にならないでちょうだいっ」


 それ以上に激しい声で切り返したユーリ姫だ。


「私はねっ、とても忙しいのよっ。パッパルート女王としての仕事が、ただぼけーっと座ってるだけだなんて思わないでちょうだいっ。なのにこんなくだらないことで呼びつけられて迷惑してるのっ。二度と私を煩わせるなっていう意味で、根本的な解決方法を示してあげてるのよっ。

 土下座して有り難くお礼でも言ってみたらどうっ。それもこれも役人のあなた達が能無しだからじゃないっ。

 愛人が産んだ子供を嫡出子(ちゃくしゅつし)扱いする為に奥さんを毎晩のようにいびっている暇があったら、ちゃんと仕事しなさいよっ! 私に教えてもらう前にねっ」


 その場はしーんと静まり返った。


「たかが役人如きが、他国の王に対して伺いも立てずに口を挟むとはどこまで我が国を侮るつもりなのかしら。本当に礼儀知らずだこと。

 さすがは毎晩、愛人は自分の聖剣を優しく扱えるのだと、偉そうに貞淑な奥さんへ言ってるだけのことはあるわね。その愛人にそんなテクニックを教えこんだのは、窃盗で捕まったことなんか十回どころじゃすまないケチなコソ泥だっていうのに、それを有り難がっているのだからおめでたいこと。

 まあ、コソ泥の情婦を最愛の人とか呼んで手玉に取られているような人間なら、礼儀知らずも仕方がないことかしら。・・・ねえ、そう思わない?」


 後ろに控えるパッパルート国の役人達を振り返ったユーリ姫だが、さすがに彼らも内容が内容だ。

 しかもたかが役人とユーリ姫は言ったが、その高官は貴族でもある。


(あー。可哀想に。明日からこっそりみんなに裏で「聖剣くん」とか言われるんだな)


 ちょっと同情してしまったので、パッパルート王国人は穏やかにとりなしてみせた。


「ユーリ様。お腹立ちは御尤(ごもっと)もでございますが、きっとそちらの方も貞淑な奥方への愛を取り戻されたことでございましょう。我が国の陛下は、姫様こそを大切に考えておいででございます」

「それもそうね。ディッパ様とはそもそも比較にもならないわ。人間としての包容力も男性としての魅力も全てがね」


 馬鹿にされた高官は顔を赤くしたり青くしたりと、口をぱくぱくさせて何も言えない状態だったが、ギバティ王国の他の役人達はかなりムカッときたようだ。

 何人かの役人がさりげなく部屋を出ていった。


(本当に愚かなことだわ。今までの特権意識が、何をやってもいいという考え方に発展して、ちょっと国王が頑張ったところで制御しきれなくなっているのね)


 思いっきりプライベートなことを暴露して彼を黙らせたユーリ姫は、こほんと咳払いして何事もなかったかのような穏やかな口調に戻る。


「では、次。口では改革と言いながらも全く思っていないのが、レイモン侯爵、ティシリ伯爵、デンアル伯爵、モサペーチ男爵、ゲイツ男爵。そして彼らに同調する人々に対し、きっちりとお灸をすえること。それだけでもかなり違ってくる筈よ」

「待っていただきたいっ。ユーリ姫、あなたは何者ですか。どうして我が国のことに対し、あなたはそこまで知っているというのですかっ」


 まさかそこで貴族の名前までがずらずら並べられるとは思わなかったようだ。

 親しい仲でもあったらしい高官の一人が、割って入る。


「私への質問は許しません。今の私はパッパルート国王。それを、どこまで無礼がすぎるのですか、ギバティ王国人は。

 だからあなた、愛人にも浮気されるのよ。あなた、自分の子だと思っている子供達が本当にそうなのか、ちゃんと分かっているの? 両親に子供達の顔を見せて外堀から埋めているのはいいけど、後で托卵(たくらん)だと分かったら楽しいことになりそうね?」

「なっ、何を・・・っ」

「可愛いわよね、自分に懐いてくれる子供達。子供もあなたが父親だと信じている。・・・ところで子供とよく似た顔をした男の人がどこに住んでいるか、ご存じ? そんな間抜けな男が、何を私と対等に話せると思っているのかしら。無様(ぶざま)ね」

「・・・なっ」


 ユーリ姫はギバティ国王へと、顔を向けた。さらさらとヴェールが涼やかな音を立てる。


「先程からパッパルート国王に対し、そちらの役人はどこまで無礼がすぎるのでしょう? あまりにも躾がなってなさすぎではありません? 人間としての質も頭もかなり悪そうですけど。

 それとも私、そちらが教えてもらわない方がいいことを申し上げましたかしら? 私、ギバティ王国にとって一番急いで取りかからなくてはならないことを教えて差し上げたつもりですのよ?」


 ギバティ国王は、乾いた唇を舐めた。そうして相手に呑まれていた己を取り戻す。


「いや。有り難い限りだ。我が国の者達の無礼を謝罪しよう」

「謝罪は受けました。では、これで水に流しましょう」


 だが、内政干渉も(はなは)だしい無礼を行ったのはユーリ姫の方である。

 けれども誰もそこを指摘できないのは、これ以上ユーリ姫に喋られたら恥ではすまないことになりそうだからだ。


――― この娘、どれ程の情報を握っているのか。もしやこの場にいる全てのギバティ側の情報を調べ上げているのではないか。


 まさかこのギバティ王国側の人選も全て何者かによってユーリ姫に流されていたのかと、皆の背筋が震えた。

 静かにユーリ姫は立ち上がる。


「では、私はパッパルートへ帰ります。いくら国が絡むとはいえ、婚姻は本人同士で決めることですわ。私は口出しいたしません」

「それは、・・・ラルースがルートフェン王女の心を射止めてもかまわないということかな?」

「そうですわね。()(てい)に言わせていただけるなら、他人の恋路に興味はないということでしょうか」


 さすがにギバティ国王も面食らう。


恋路(こいじ)ときたか」

「国を背負うとか言って、本人が悲壮感にまみれるのは結構ですが、嫌いな相手と結婚して不幸になってそれで誰が褒めてくれますの?

 褒めてくれる人がいたとしたら、それは王子や王女を好きではない人だけですわ。本人が不幸になってもどうでもいい、自分達の手駒にすぎないとか思っているから口先だけで褒めてみせる、それだけのことでしょう。

 ルートフェン王女が誰と結婚しようが、私の口出しするところではございません」

「それはラルースと結婚してもいいという意味かね?」

「そうですわね。勿論、デューレ王子とでも」


 ユーリ姫は気が()いている様子だ。

 ポーズではなく、窓から見える太陽の位置で時刻を確認していた。


「本当に急いでおいでのようだな」

「ええ。私、ディッパ様の代わりにしなくてはならないことが沢山あるのです。今日の遅れを取り戻す為、明日は忙しくなりますわ」


 たとえば緑化だとか、たとえば水の出ない村や町の視察だとか。

 ここからの帰りがけに、パッパルート王国の街道沿いの村や町の井戸を見に行ったりだとか。


「会食の用意もしてあるのだが・・・」

「それは、ディッパ様が戻られましてからの機会にお誘いくださいませ。陛下もお喜びになりましょう。私はあくまで代理でございますので遠慮させていただきます。我が国のデューレ王子の婚姻と関税の件はお断りしますが、その代わり、十分な手土産を差し上げましたでしょう? では、ごきげんよう」


 軽く会釈して去ろうとするユーリ姫に、ギバティ国王ブラージュは問いかける。


「もしも、あなたを無理に引き留めようとしたらどうなるのかな?」

「あなたが国王でいられなくなるような暴露話が炸裂するだけですわね」

「・・・・・・」

「試してごらんになります?」


 はったりだと、ブラージュは思った。

 何故なら自分が国王でいられなくなるような醜聞などないからだ。

 だが、このユーリ姫は・・・。


(我が国の宝物殿、そして神殿についての情報をも手中にしている小娘。・・・我が国にどこまで食いこんでいるかも分からぬ情報収集能力を持つということか)


 その背景が分からぬ内に、手出しはできない。


「いや、やめておこう。無理を言って会談に持ちこんだのはこちらだからな」


 だから冷静になれという己の声に耳を傾け、ギバティ国王はそう返した。


「そちらのご一行の中で陛下だけがご賢明ですわね。私の足を止めた人間は、誰もが後悔する羽目になりましたの」


 ヴェールの向こうで微笑んでいるらしいその顔を見てみたいものだとも思うが、恐らくそれをしたならとんでもないことになるような気もした。

 ジンネル大陸で一番と言われるギバティ国王を前にして、対等だと言ってのけるこの小娘は、かなりプライドが高い。

 どこまで甘やかされて育った世間知らずなのか。しかし、世間知らずな小娘と侮るには、あまりにも幅広く深い情報を手にしているときたものだ。


(これだけの我が国の情報網を持つということは・・・、大神殿、それこそ第1等か2等神官の身内か? それならば頷ける。貴族ならば貴族を相手に喧嘩は売るまい)


 戻り次第、ユーリという名前にこだわらずに探索を始めなくては。

 そうギバティ国王ブラージュは決意する。


「ああ、そうですわ。それから早馬を出して、我が国のレット山にいる20名、そしてファーグ村に旅人を装って滞在させている5名を回収してください。このまま私を襲わせるというのであれば、・・・どうなるかお分かりですね?」


 その場の空気が凍った。

 ギバティ国王ブラージュが、さっと高官達の顔を振り返る。

 何故ならブラージュは知らなかったからだ。


「な、何を・・・」


 ヴェールに覆われた顔を向けられた一人の高官が、焦ったような声になった。


「現在のパッパルート王国の全権は私にあると言った筈です。パッパルート王国内で女王を害しようとして、『ちょっと脅かすつもりだった』は通じませんよ。勿論、分かっているとは思いますけど」

「そんなことは・・・」

「していないというのならばそれでも結構。居場所は既にこちらも把握しているもの。兵士を差し向け、彼らを拷問にかけてでも全てを吐かせて、更に個人的に復讐することになってもいいのね? ここまで情報が洩れていて、それでいてごまかせると思うのは結構だけど、それだけの敵意を向けられた私が泣き寝入りするとでも思っているのかしら?」


 その高官が、顔を強張らせる。


「ねえ。あなたはちょっと怖い目に遭わせようとしただけよね? 矢を崖の上から射れば、お仕置きになるだろうって思っただけよね?

 それをあなたの産まれたばかりのお孫さんに返してさしあげましょうか?

 勿論、かまわないわよね? だってあなた、パッパルート国の女王にそれを仕掛けようとしたんだもの。たかが一国の役人の孫なんて、一国の王に比べたら大した命じゃないわ。可哀想にね。この私の恨みをかったばかりに。

 ああ、だけど赤ん坊が同じように20人の男達からいきなり矢を向けられて生きていられるかしら。そうね、数年ぐらいは待ってあげてもいいわ。私には常に護衛もいるけど、あなたのお孫さんにそれだけの護衛をつけて生活させ続けるのも大変ね?」

「何を、馬鹿な・・・」


 かつて自分の前で矢を一斉に向けられた真琴を思い出せば、怒りだけが募った。

 だからユーリ姫は怒りを隠さぬ言葉を投げつける。


「大丈夫よ。私、これでも優しい人間なつもりなの。だから、20本の矢で我慢してあげる。だけどあなたと同じ金額で雇うわ。あの20人は一人当たり金貨10枚ってところかしら。そのお金を支払われる男達が一本の矢を外すかどうか、とても興味深い話だわ。彼らはどこを狙うのかしら。脅かすだけだから致命傷にはならない筈よ」

「ま、まさか・・・」


 生き物を傷つける為、武器はあるのだ。

 同じ武器でも、ディリライトの島民達を踏みにじられない為に戦った父と、ただ脅かす為に使おうとしたこの男達と、それはどれ程に違うことか。

 武器を人に向けるのであれば、それが自分に返されることも覚悟すべきだ。

 ユーリ姫の中で、父や叔父達、そして代々の塔の持ち主達の魂が蘇る。


「20本の矢傷のある女の子。・・・生きていくのも大変ね。お孫さんが生きていく毎日、その傷は祖父がよその国王を狙った罪によるものだと皆に(あざけ)られるんだわ。私の情報収集能力は分かっているわよね? 名前を変えさせて、そしてよそに預けたところで意味はないわよ。あなたの異母弟ならば名前が違うから分からないだろうし、そこに預ければいいとか思っているのかしら? だけど商人の家なんて人の出入りは激しいものよ。いつの間にか誘拐されていそうね」

「やめてくれっ」

「だって、私に矢傷が残ったらどうするつもりだったの? あなたの名前は出ないから構わないわけ? 家門も明らかにしていない娘なら傷ついたところでどうでもいいって、あなたは判断したのよね? 自分よりも身分低い娘が、大きな態度に出たことを後悔すればいいって」

「そ、そんなことは・・・」


 国王を持たないディリライト諸島。

 だからこそ馬鹿にされてきたことも多かった。それでも彼らは誇りをもって戦い、自分達の権利を守り続けてきたのだ。

 その誇りを思い返す。

 大丈夫。自分は一人ではない。塔の中で父が語りかけてくれた思いが、今もその身を包んでくれている。

 だからこれぐらい平気だと、己を鼓舞した。


「ちょっとこうして身分低い娘なんですってやればホイホイ釣れるのだから、愚かな人間ばかりで笑えてくるわ。あなたを敵に回したところで、親に泣きつかなくても私は自分でどうにかしてしまえるのよ。そもそも資産が違うのだもの。私の指輪一つで200人の刺客も雇えてしまうけど、あなたの邸に向かって同じようにやってもいいかしら?」


 長い袖で隠れていたユーリ姫の指輪が、ちらりとギバティ王国側へと見せられる。


「それは・・・」

「これ、グリーンダイヤモンドですの。ダイヤモンドでもこんなにも色鮮やかで大きいものは珍しいって誰でもご存じですわよね? 金貨2000枚でも買えませんわ。何かあった時にと、母から持たせられたものですけど」


 一人の高官が熱に浮かされたように呟く。


「それは、フィッタル技法・・・?」

「あら、よくご存じですわね」

「400年も前のもので、今や市場でどれだけの価値があると・・・!」

「さあ? それよりまだ私に対して害意を向けるおつもりかしら? 国を動かすまでもなく、私のお小遣いで、十分に足のつかない無頼の輩は雇えてしまいますのよ」


 ヴェールに隠れて分からないものの、ユーリ姫は微笑んだ様子だった。


「し、・・・失礼を、お詫びいたします」

「ならば、命令の撤回を即座に伝えなさい。

 それとも脅しとして、同じ思いをあなたの奥さんと娘さんにもさせてあげましょうか? 私より年上なんですもの。それぐらい平気よね? ちょっと(おど)かしてやれと命じられた20人の男達に襲われても、あなたの奥さんも娘さんも、私よりも年上のしっかりした女性ですもの。笑ってすませてくれるわよ。ちゃんとあなたのせいだって伝えさせてあげる。同じように足のつかない、金で何でも請け負う男達を雇ってあげるわ」

「即座に撤回させていただきますっ」


 がくっと膝をつき、その高官は背後に控えていた部下に顔を向ける。

 その部下は焦ったように頷くと、慌てて退出していった。


「本当に若い娘だと思ったらこういう態度に出るから情けないこと。ああ、そうだわ。ブラージュ様、私、眠り薬入りの会食は遠慮させていただきますけど、ディッパ様にはそういうものはお出ししないでくださいね?」

「・・・え?」

「ちゃんと目は配っておいた方がよろしいですわよ。先程、出ていった役人が会食の食事に薬を入れるように指示したことは既に私の手の者が確認しておりますの。眠くなるぐらいなら問題なかろうと思ったのでしょうけど、うちの毒見係にそんなものを食べさせなくてはならないなんて可哀想でしょう?」

「まさかっ、・・・お前達っ」

「ええ。そちらの方の部下ですわね。私を眠らせたら、ご褒美も出たのかしら?」


 ユーリ姫に向き直られた高官が、半歩後ろへと下がった。


「もうお食事は用意されているから、処分される前にそれをその者に食べさせれば本当かどうかはすぐ分かりますわよ、ブラージュ様」

「・・・なるほど」


 ギバティ国王ブラージュの自尊心はずたずたである。


(このような小娘に、ここまで馬鹿にされる日が来るとは。いや、その前にどうして誰もがそこまで変な男達だの薬だのを用意していたというのだ。まさかと思うが、今までも・・・)


 けれどもパッパルート王国の高官や騎士達は平然としていた。

 まるでこれが、よくあることのように。


「いつも気に入らない外交相手にはそれをやっていたから、今回もあなたの部下はやったのよ。本当に恥ずかしいこと。・・・あなた達。あの男とその部下達の顔は覚えているわね?」


 後半はパッパルート王国の役人に対してのものだ。


「はいっ、ユーリ様」

「よろしい。ディッパ様との会談の際に、ギバティ王国側にあの顔を見たなら何も召し上がらないようにお伝えしてちょうだい。大切な我が国の陛下に薬を盛られたのではたまらないわ」

「かしこまりました」


 パッパルート王国の高官達が揃って拝命する。


「大体、意趣返しにわざと古いお茶を出そうとしたことといい、ギバティ王国の民とはあまりにも腐ったような性根の役人ばかりだこと。私が茶の香りも嗅ぎ分けられないと思っているのかしら。・・・さすがに私、これだけ話して咽喉が渇いたの。普通に新しいお茶を、馬車の中で飲みたいわ」

「はい、ユーリ様。用意しております」


 軽やかな足取りで出ていくユーリ姫を、もう引き留める者はいなかった。


――― あれは、蝶よ花よと大事にされてきた温室の花ではございません。全ての約束事をなぎ倒し、自分のしたい事しか認めぬ災厄の姫君でございます。


 外務大臣の言葉が、ギバティ国王ブラージュの脳裏に蘇る。


(香りだけで茶の新鮮さまで嗅ぎ分けるだけの能力。あのような娘をどこから・・・。侮れん、パッパルート国王ディッパ!)


 パッパルート王国の人々を付き従えたユーリ姫が馬車に乗りこみ、そうして帰国する姿を、ギバティ王国の面々は黙って見ているしかできなかった。

 何故ならば早急にしなくてはならぬことがある。


(誰が情報を洩らしたっ! そして様々な人間を買収できるだけの資本力と人脈、何よりそれを成し遂げられるだけの背景を持つとは、彼女の素性は一体・・・!)


 これはもう、神官だけ、貴族だけ、そういった中に生まれおちた素性ではあるまい。全ての縁組を調べて、見つけ出す必要がある。

 

「陛下。あれは・・・、恐らく貴族にも縁を持ち、神殿にも縁深き者ではないかと。かえって王族ではあのようなことはなさらないでしょう」

「ですな。嫡出子ではないのかもしれませぬが、かなり自由にさせてもらえるだけの待遇で育ってきたとしか思えませぬ」

「見た目だけの護衛数でもなかったのでしょう。恐らくどこかに、かなりの手勢を潜ませていたのではないかと」


 疲れた顔で、口々に高官達も言い募る。


「ディッパ王子、いや、今はディッパ国王か。ありふれた青年に見せかけて、何という隠し玉を持っていたものよ」


 羨ましいと言うことは許されぬ立場ながらも・・・。

 ギバティ国王は唇を歪めて己を(わら)った。


「なんにせよ、ディッパ国王が戻るまでパッパルート王国に手を出すべきではなかろう。あのユーリ姫は手強(てごわ)すぎる。国王代理より、国王の方が余程マシというものだ」

「そうでございますな」


 皆が同じ結論に至るのは、ユーリ姫がこの場にいないどれ程の人間のことを知っていることかと考えれば、恐ろしくなるだけだからだ。


「たしかにあれは、災厄の姫だ」

「さすがは陛下。言いえて妙でございます」

「全くでございます。あれでは姫どころか、(いびつ)な抜き身の剣でしかありますまい」


 そんなことを言われても気にしない本人は、あくまで怒りと焦りだけで動いていた。


(やってみると、優理のモノマネってストレス解消にはなるわね。相手の話なんて聞かなくてすむし、相手に合わせて騙されてあげる必要もないし、傲慢で我が儘に振る舞えばいいだけなんだもの。しかもプライバシーは完全無視して読み取るだけだから、調節しなくていいし)


 家出した自分のグリフォンを迎えに行く為にもさっさと全てを片付けたい遥佳は、どこまでもユーリ姫、(すなわ)ち、優理の悪評を量産中である。

 けれども優理のフリをしていたからここまでやれたというのは実感していた。


(私自身なら、ここまでできなかったかも。ううん、できないわ。優理のマネだからできたのよ。まあ、おかげで優理もパッパルートに戻ったら大変になっちゃうだろうけど、そこは仕方ないわよね)


 どうしても周囲の人を失い続けてきた遥佳は、その分、自分の周りにいる人には並々ならぬ思い入れがある。

 優理がやらかしてくれたおかげでこうなったのだというやけっぱちな気持ちもあったが、実は自分のグリフォンを持っていかれたのが、その怒りの半分以上を占めていた。






 そういった兄であるギバティ国王の暗躍を知ることもないラルース王子だったが、彼は彼でルートフェン国に訪問の許可をもらえないかと、問い合わせを出していた。

 しかし。


「まさか、・・・断られるとは」


 あまりにもびっくりな返事だった。

 しかし、相手の言い分も妥当なものではあった。


『ラルース殿下。この度は我が国に興味をお持ちくださいましたこと、光栄と存じます。

 是非においでくださいと、我が国の王もお返事申し上げたいのは山々ではございますが、我が国は歴史も浅く、それゆえにギバティ王国の直系王子たるお方をお迎えした前例がございません。

 従いまして、不行き届きがあってはならぬと思えば、なかなかにこれも難しく・・・。

 他国とのすり合わせも行いまして、準備万端相整えてからでございましたならばお迎えもできましょうが、今の状態ではそれも難しく・・・。

 どうぞ諸事情をお汲み取りいただきますようお願い申し上げます』


 そう、使者が返事をよこしたとあっては。

 つまり、ギバティ王族を迎えられる調度や何からが揃っていないので無理だと、断られたわけである。

 今までそんな理由で断られたことのないラルースは、初めての経験にまず言葉を失った。


「そうであったか。いきなり不躾な申し出をしてしまい、申し訳なかった。そうお伝えしてくれ」


 戸惑いながらも、どうにかそう収める。その後は一人で呆然としてしまった。


(そこまで貧乏なのか、ルートフェン国。というより、それで大丈夫なのか、ルートフェン国)


 机上では、それなりに財政がどうとか経済がどうとか言ったところで、所詮は金に困ったことのないギバティ王国の王子である。

 来客に対して怖じるようなこともないどころか、常にギバティ王宮はどんな客にも対応できるだけの部屋がスタンバイされ、調度は埃一つかぶっていないし、銀器だって常にぴかぴかだ。

 使用人達も、様々な国の文化に対応できるだけの教育がされている。


(だが、そうしたらどうすればいいのだ)


 あまりにも自分の知っている世界とは違いすぎる現実に直面し、ラルースはルートフェン国というものが、とてつもなく偉大に思われて、眩暈を覚えた。


(まさか、そんなくだらない理由でストップをかけてくれるとは・・・。しかも、論破のしようがない)


 王子を迎えるだけの調度が揃えられないと言われたら、たしかに無い袖は振れない。


(とりあえず、爺やに相談しよう)


 王弟ラルースはクラリとする頭によろめきながら、これは自分では太刀打ちできない難問だと理解するしかなかった。

 そうだ、自分の手には余る。

 爺やであれば、いい方法を思いついてくれるに違いない。

 ラルースは、人の意見もちゃんと取り入れることができる王子だった。




 そうして、ラルース王子の悩みを聞かされた爺や、つまり国王の側近くで仕えるブルッカー伯爵は、簡単に答えを出した。


「そういう場合はですな、別に宿をとればいいだけでございます」

「別に宿を?」

「そうでございます。つまり王城に滞在するとなれば、あちらも王城として失礼にならぬもてなしをしなくてはなりませんが、殿下が王城近くの宿、もしくは我が国の大使の邸に滞在して、その上で王城に出かける分にはそれは問題ありますまい」

「なんと、そんなことが許されるのか」


 他国の王族との交流に出かけた際は、道中ならばいざ知らず、目的地の城以外に泊まったことなどないラルース王子だ。

 信じられないといった顔になるラルースに、ブルッカー伯爵は呆れたような響きを包んだ声で語りかける。


「いいですかな、殿下。その場所その場所によって様々な事情と状況がございます。それらを幅広く胸中に収めた上でより良い選択ができなくば、為政者とはなれませぬ。勿論、永遠に我が国の王子として生きていくだけであれば知らずともいいことでございましょう。ですがあえて他国へも飛び出るというのであれば、己のやり方に拘泥するのは愚行にございます」

「そうか。為になった」

「殿下の美点は、きちんと自らの非をお認めになり、努力することにございます。その資質をお知りになれば、ルートフェン王女も殿下をお気に召してくださいましょう。何と言っても、我が国が誇る殿下でいらっしゃいます」

「それは、・・・どうなんだろうな」


 子供の頃から守り役として仕えてくれた伯爵だ。だからラルースは気弱なそれを吐露した。


「なあ、(じい)。本当は俺だってルートフェン王女なんて興味ない。だってそうだろう? いくら属国かもしれんが、パッパルート王子達に仕えていたという王女だ。つまりパッパルート王子達の慰み者だった王女だということだろ。なんでそんな王女を有り難がらねばならんのだって思わない・・・わけじゃないんだ」


 思慮深げな面持ちで、ブルッカー伯爵は頷いた。


「それは当然でございましょう」

「だが、兄上にだけ全てを押し付けて被害者面するような男にもなりたくない」

「同じように、陛下も殿下を案じておられますとも」


 その言葉に、ラルースも勇気を取り戻す。


「そうだな。弱気になって悪かった。ならばその線で行こう。ルートフェン国にある大使の邸に滞在することとする。ありがとうな、爺」


 そうして用意をさせねばと、慌てて立ち上がって出ていく王子を見送り、ブルッカー伯爵は小さく溜め息をついた。


(殿下もまた、神子姫様との接触で失敗したことを悔いておられるのだろう。まさか地下牢に押しこめることになっていようとは)


 そういう出会いでなければ、ラルースは明るく頼もしいタイプの王子だ。神子姫にも気に入っていただけただろうに。


(そう、せめて聖神殿が崩れた時に、神子姫様方をきちんとお迎えできていれば・・・)


 悔いてもどうしようもできないことはある。

 それでも悔やまずにはいられないと、ブルッカー伯爵は思った。



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