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85 パッパルートとギバティの王、そして遥佳は玉座に座った



 ミザンガ王国からキマリー国へと出発したパッパルート国王ディッパ達と、エミリールだが、彼らの旅路は何ということもなく終わった。

 案内に立つキマリー国・ミンザイル伯爵家長男のエミリールにしても、自分によく似た弟ロルファンを領地で病気療養中ということにして、自分の影武者として働かせているような度胸の据わった青年だ。

 貴族令嬢を装っていた道中と違い、その気になればまさに腕に覚えのある騎士として動ける。街道を案内することぐらい、大した仕事でもなかった。

 そんな身勝手で無責任な兄を持つロルファンは、諦めの境地で底上げ靴(シークレットブーツ)を使ってまで背の高さをごまかし、エミリールになりきっている。


(ディッパ様方に対し、きちんとしたおもてなしとお世話をするならばやはりミンザイル邸だな。ロルファンにとっても、外国王族に対する礼儀の実地研修としていい勉強になるだろう。だが、今はまず大叔父の(ディッダス)邸に行き、状況を把握した方がいいか)


 弟の人間的な成長の為ならば、どこまでも崖の上から我が子を落とす獅子のようなスパルタ教育をほどこそうとするエミリールだった。

 だが、今のキマリー国の状況を思えば王太子妃ラヴィニアの実家であるミンザイル邸は騒がしいだけかもしれないと、弟の教育よりも客人に対しての配慮を優先する。

 それならば偏屈老人《ディッダス》の邸の方が静かであろうと、まずはそっちに向かうことにした。


「これはこれは。エミリール様。ようこそおいでくださいました」

「大叔父上に取り次ぎを頼む。あと、こちらの方々は我がミンザイル家にとって大切なお客様だ。失礼のないように」

「かしこまりました。ご案内いたします。どうぞお入りくださいませ」


 社交界に背を向けて暮らしているディッダス子爵だが、その邸の門番達もエミリールの顔を見たら即座に通す。

 皆が知っている髪の色ではなくなっていても、彼らがエミリールを見間違う筈がない。

 十人程の連れがいるというので、まずは応接室に通されたエミリール達だが、その知らせを受けてやってきたディッダス子爵家当主のユベールは、怪訝(けげん)そうな顔になった。

 

「どうした、エミリール。随分とまた・・・。ん? そちらの方々、古き国の面影をお持ちのようだが、どんなお客人かな?」


 ベージュ色の髪、黄土色の瞳の組み合わせは、古くから続くパッパルート王国ならではの色彩だ。

 勿論、パッパルート王国で暮らしていても他国人と結婚したりするわけだから、違う色合いを持つ人間はいるし、またパッパルート王国人でなくてもその色彩を持つ人間はいる。

 キマリー国でもそんな色合いの人間は沢山いるが、しかし十人が十人、その色合いともなれば、違った印象が生まれるものだ。

 ディッダス子爵ユベールも偶然、十人ともに同じ組み合わせの色合いだったというよりも、その国の人間ではないかと、そちらをすぐに感じ取ったらしい。


「いきなりではございますが、大叔父上、実はこの方々、我がミンザイル家の賓客(ひんきゃく)でいらっしゃいます。ですが私、外国から戻ったばかりで、今の状況を存じません。本来は我が邸にてきちんとおもてなしさせていただくべきところではございますが、かえって騒がしい中にご案内してしまうことがあっては申し訳ないことになると案じられまして、まずはこちらに参りました」


 そこまで言えば、ユベールも状況を理解したらしい。

 次のミンザイル伯爵であり、王太子妃の弟でもあるエミリールが、ただの客ではなく賓客とまで言いきったならば、そのありふれた服装のままの一般庶民ではないということだ。

 少なくとも他国の高位貴族、もしくはキマリー国において重要な関係にあたる相手であろうと。


「たしかに。ロルファンも、かなり来客で参っていたようだ。毎日のように騒がしい客が多いそうだが」

「そうでしたか。やはり・・・」


 ユベールが改めてちらりと見れば、何があろうと対応できる位置をキープしているニッカスの瞳は、いざとなったら相手を切り捨てても主人を守る覚悟を決めている護衛そのものではないか。

 だからディッパ達に対し、ユベールはにこやかに最上級の礼をとる。


「ようこそおいでくださいました。私、ユベール・フォン・ディッダスと申します。長旅でお疲れのことでございましょう。すぐに客室へとご案内申し上げます。ごゆるりとお休みになってくださいませ」

「ご丁寧にいたみいる」


 堂々とした様子でその礼を受け取る様子は、さすが古き国の王族たるディッパだ。

 自分の祖父のような年の男に礼をとられても卑屈にならず、それでいて礼儀知らずといったわけでもないその様子は、そういった礼をとられることに慣れている立場であることをうかがわせ、名乗らずともどういう立場の人間かを物語る。


「大叔父上。ご身分が明らかになれば王宮にておもてなししなくてはなりません。ですが、今回は王宮に知らせず、ただの観光客としてお過ごしになります。どうぞディー様とお呼びください」


 そこでエミリールが付け加える。

 それにより相手の素性を悟り、軽く目を瞠ったユベールは、静かに頷いた。

 既にエミリールが客室の用意をさせていたこともある。


「かしこまりました。ではディー様。どうぞこちらへ。まずは落ち着いてお休みになれますよう、お部屋に軽食を運ばせましょう。我が家では毒見用に子犬を飼っております。ご遠慮なくお使いくださいませ」

「いや、別に毒見など・・・」


 さすがにディッパも面食らった。

 エミリールが案内してくれた邸の主人に対し、そこまで信用していないなどと失礼な真似、どうしてできようか。

 勿論、これが公的な場であれば話は別だ。だが、あくまで今のディッパはお忍びで身分を明らかにしていないのである。

 しかし、ユベールは首を横に振った。


「客室のある階には、生き物専用の部屋もございます。後ほど、そこの部屋に犬や子豚、魚の水槽を置いておきますので、どうぞお使いくださいませ。お付きの方々にも、大切なお方はそこまでしてお守りくださいますようお願い申し上げます」


 エミリールも、どこか複雑そうな顔でディッパ達に対して微笑む。

 王太子ケイファストが毒を盛られていたなど、他国には説明できない話だった。


「我がミンザイル伯爵家でも、それは徹底しております。それをされたからと言って、不快に思うことはございません。こうして身の証を立てることこそ我らが誠意として、どうぞお受け取りくださいませ」

「・・・分かった。なんとも潔い話だ」


 邸の主人自らが最上級の客室へと案内したことから、使用人達もエミリールが連れてきた客人がそれなりに礼を失してはならぬ相手だと察する。

 招かれざる客の時には粗末な客室へと案内させて追い払う偏屈老人ユベールだからこそ、今回のお客人は不意の客ながらも疎(おろそ)かにはできぬ方々なのだと、使用人達にも緊張が走った。


「湯を用意せよ。それから茶と軽食もだ。まずはゆっくりお休みになれるよう、ワインと果物もそれぞれのお部屋へ運ぶようにな」

「かしこまりました。旦那様」


 今までキマリー国に来たことがないわけではないが、さすがに毒見用の生き物まで提供されたのは初めてのディッパだ。

 それがもてなしとして当然とは、いつの間にキマリー国ではそんな文化が生まれたのだろうと、部屋に落ち着いてからニッカスと顔を見合わせた。

 まさかミンザイル伯爵家独自のやり方とまで気づく筈もない。

 それは、たまにこっそり泊まりにくる王太子ケイファストの為に、自分達の出す食べ物に疾(やま)しいものはないのだと、それを分かりやすく示そうとしてミンザイル伯爵邸で始めたことだった。

 それにディッダス子爵邸も倣(なら)っただけである。


(毒見用でわざわざ子爵レベルの貴族が、日常的に小動物を飼って使っているとは。どこまで危険な国なんだ)


 自分の知っていた世界はたしかに狭かったのだなと、ディッパは新しい世界を知った。






 ジンネル大陸でも聖なる国として名高いギバティ王国。

 ギバティ王城に届いた使者の口上に、ギバティ国王はふぅむと考えこんだ。

 というのも、一度はルートフェン国王からはきっぱり断られたものの、まだ若いルートフェン王女の言葉尻を捕まえるような形でまとめた縁談に対し、パッパルート王国から丁重な断り状が届いたからだ。

 末弟ラルースの婚姻に関することである。

 早速、ギバティ国王は弟王子のラルースだけではなく、大臣や腹心の部下達を集めた。

 

「さて、どうしたものかな。ルートフェン王女は、自分は女王になるのだと言ったという。だが、パッパルート王子は、王女は自分の妻となり王妃となる身だと主張している。慣例に従うのであればパッパルートが道理。

 とはいえ、わざわざラルースに二流とされる国との縁組を取り計らったのは、今後を考えてのこと。少なくともパッパルート王子とルートフェン王女の間には、お互いの信頼も何もないように見受けられる」


 そこで王弟ラルースが口を開く。

 やや疲れた表情になっていたのは、まさかルートフェン王女の婿、しかも満足な支度金なども用意されずといった婚姻に対し、母である王太后ミネルタの不満が大きかった為だ。

 ラルースは母の機嫌取りに忙殺(ぼうさつ)されていた。


「ですが兄上。まさかここまで皆が不満を抱くとは思いもしませんでした。王子が二人もいて王女に鰐退治をさせるような、そんな情けないパッパルート王子もいかがと思いますし、そんな王子に対してルートフェン王女が見切りをつけるのもいたしかたないことでしょうに。私としては女王になる王女の婿というのも面白い縁組と思っておりますが、ここまで反発が大きいとは・・・」


 婚姻など、国の事情がありきだ。

 だからどこの誰とであっても受け入れる気だったラルースだが、自分の感情など二の次三の次で皆の不満を聞かされ、いい加減、この話題に対して飽いていたりもする。


「何故、あんなにも皆は文句を言い続けられるのか。自分が結婚するわけでもあるまいに」


 肝心の当事者ラルースの意見や気持ちを置き去りにして、ギバティ王城は不満の嵐だ。


「それだけ我が国の自尊心は大きくなりすぎていたということなのでございます、殿下」

「その通りでございます。通常、こう申しては失礼ながら王族の方々の婚姻というものは国の事情を鑑みて行われるものでございます。今回のそれもまた然り、でございました。にも拘(かか)わらず、そんな事情を斟酌(しんしゃく)することもなく不満を言い立てることが許されると思っている、その我が国の自意識こそが異常なのでございます」


 そんな外務大臣達の言葉に、ラルースは首を傾げた。


「いや、それは仕方のないことだろう。我が国は常に他国から懇願されて王子や王女を出してきた。今回のことは兄上の深慮あってのことと思うが、さすがに安売りが過ぎると皆が思うのは仕方ないのではないか?」


 すると会議室に居並ぶ大臣や高官達が、困ったような顔になって互いに目を見交わす。


「すまないな。私は何かおかしいことを言ったか? この縁談、私自身に不満はないが、皆からそう言われ続けていたのだが」


 ラルースが戸惑って自分の言葉を振り返りながら問えば、兄である国王ブラージュが重たげな口ぶりで説明し始めた。


「ラルース。何故、我が国が他国へ王子や王女を出す際に高い支度金を用意させていたか分かるか?」

「え? それは、・・・当然でありましょう。我が国は聖なる王国。我が国の王女を娶ることができるのであれば、その程度は仕方ありますまい」

「そうだな。だが、何故それが必要だったか分かっておるか?」

「それは、・・・慣例によるものかと」

「そうだ、慣例が全ての始まりだった」


 国王は、大きく息を吐いた。


「聖なる国として、我が国が行っている儀式がどれくらい多く、そしてそれがどれ程の費用を必要とすることか。王女を嫁がせることと引き換えにそれだけのものを出してもらわねば、我が国の支出は賄えぬ」

「え・・・?」

「他国であればせいぜい一日の祭り程度ですむものが、我が国であれば他国よりも盛大に数日間かけて行われる。そしてまた、その度に新調される物がどれ程の予算を食うことか。だが、今までの王族及び大神殿は、後世の負担を考えることなく決めてしまったのだ。それらは今、我が国の多大な負担となって圧(の)し掛(か)かってきておる」

「で、では、・・・少しずつ削減していけばいいのではないでしょうか、兄上」


 ラルースは、兄の陰鬱な表情に気圧(けお)されながらもそう言った。


「少しずつでは間に合わんのだ。しかも神子姫様は我が国ではなくディリライトの令息令嬢と交友を深められ、更にはキマリー国の王子とも交流を持たれたとのこと。つまり、我が国の王女についていた女神様の威光は、既にもう消え去っているということだ。・・・ラルースよ、その時点で、我が国の王女に、毎年の貢ぎ物を出してまで娶ろうという国があると思うか?」

「そ、それは・・・」

「だが、我が国の肥大した権利意識は、今までと同じ厚遇がいつまでもあるものと思っておる。だからラルース、そなたをルートフェンに出すことにしたのだ。恐らく今まで王女達を嫁がせてきた国からも、毎年の資金を今後も出すことについては渋る意見がいずれ届こう。・・・少しずつでは間に合わん。大幅な改革が必要なのだ」

「大幅な改革ですか」

「そうだ。今、変わらねば我が国は崩壊する。王族から変わらねばならん。ラルース、そなたを先駆けとして」

「兄上・・・」


 神子姫探索に関しては悪手(あくしゅ)を打った国王も、為政者としては無能ではない。


「ラルース、できればそなたはこの国から出したくなかった。そなたの価値を高める為、ラグトアの次男を使いはしたが、それだけいい国の王女をお前に娶らせてやりたかったのだ。だが、こうなってはもう仕方がない。ラグトアの息子がそなたの身代わりとして他国で披露してきたそれらを今度はそなたに要求されたならば、すぐに鍍金(めっき)もはがれよう。そうなればどれ程の笑いものとなることか」

「申し訳ございません」

「いいや。そもそも、聖なる国の王子ならば神官と同じことができて当然とされたことが間違いだったのだ。そなたは十分に王子として優秀なのだぞ」


 紛れもない弟王子に対する愛情が、ギバティ国王の瞳に宿る。


「二流とされる国ならば、我が国の王子にそこまで要求しようなどとは考えまい。そんな愚かしい披露の場も作らぬであろう。だからそなたが行ったことのない国から選ぶしかなかった。

 ラルースよ。もしもルートフェンが無理であれば、それこそどこか格落ちの王室を、・・・そうだな、ディリライトも一つの選択肢ではあったが、今、あそこは一流国の王女に引けを取らぬ価値となっておろう。こればかりは難しいことだが、・・・そなたには幸せになってもらいたいのだ」


 幸せになってほしいという兄王の言葉に嘘がないことなど、ラルースに分からぬ筈がない。

 その瞳に浮かんだ涙を見られぬように、ラルースは下を向いた。

 自分にとってはただ面倒なことをキニエスにさせていただけのつもりだったが、自分が思う以上にこの国はかなりの敵を作っていたのかもしれない。


(気づかなかった。誰もが笑顔と賛辞しか寄越(よこ)さなかったから)


 とはいえ、ルートフェンの第一王女はまだ20才と年頃だが、キニエスと共に訪問したことのない国の王女となると10才や8才などといった幼さの筈だ。

 だから、ラルースは顔を上げて言った。


「分かりました、兄上。此度(こたび)の縁談、そういうことであれば私、自らがルートフェンに参りましょう。パッパルート王国は確かに古くから続く国であり、慣例はないがしろにはできませぬ。されどルートフェンにて直接私が話をまとめ、そうしてパッパルート王国にはそれなりの手切れ金を払えばあちらも引き下がるのではないでしょうか」


 パッパルート王国が貧乏なことはどの国も知っている。

 今回はルートフェン王女を譲ってもらう礼として、水面下でそういった取引をすればいいだけのことだ。

 ラルースの瞼の裏に、まだ幼い姪王女エステルの姿が浮かぶ。


「いずれ年頃になった我が国の王女が辛い婚姻関係を結ばぬ為にも、まずは私が。ルートフェン国に出向き、この縁談をまとめてみせます」

「おお、ラルースよ」


 ギバティ国王が、我知らず立ち上がる。その目にも光るものが浮かんでいた。


「その苦悩、私にも分かち合わせてくださいませ、兄上。パッパルート王子に虐げられてきたルートフェンの王女を救い、その王女を女王に押し上げるなど、我が聖なるギバティ王国の王子として良い役回りではございませんか」


 茶目っ気をみせて微笑む王弟ラルースに、高官達もまた涙ぐむ。


「なんとご立派なことか。ラルース様」

「さすがは皆様に愛された王子でいらっしゃる」

「ルートフェン王女も、真に優れた王子というものを知ることになりましょう」


 様々な期待を背負い、ラルースは立ち上がった。


(とはいうものの、皆の反発は大きかろうな。側近すら今回の縁談は良い顔をしておらぬ。母上もこの縁談を壊そうとしていた筈だ)


 それでもやるしかないのだ。

 たとえ孤独な戦いとなろうとも。

 我が祖国の未来の為に。

 握り締めた指先が白くなる程に、ラルースは決意を固めていた。






 ルート砂漠を擁するパッパルート王国。

 ゲヨネル大陸にある青い鳥が守る聖地から、ルート砂漠にある黒い龍が守る聖地を通り、やってきたのがイスマルクと遥佳だ。

 二人は、家出した幻獣を迎えに行く為、パッパルート王国を通過するだけのつもりだった。


(なのにどうして、私は優理のやらかした後始末というよりも、とばっちりを受けているの? そもそも私、パッパルートに来たの、初めてなんだけど)


 それというのも、全ては街の人々に頼まれて涸れた井戸を復活させたのが原因だった。

 思い起こせば、嘆願に負けて涸れた井戸の復活をさせたのが全ての始まりだったと、遥佳の目が泳ぐ。


「おおおっ! 三ヶ所もの井戸がっ!!」

「ああ、なんて有り難いこと。これで暮らしていけるわ」

「なんということでしょう。さすがはディッパ様がお連れになった姫君様」


 街の大きさから考えて、二つよりは三つ水源があった方がいいだろうと、遥佳は考えたのだ。

 水脈を見る為だと言って、その街と周辺を見せてもらい、便利な場所はどこかを考える。


「ちょっと、こことあっちを掘ってほしいの。大変だと思うけど、皆で協力してちょうだい」


 適当なことを言って二箇所を掘らせ、そこに水を噴き出させた。そうして同時に涸れた井戸も復活させる。

 そうすれば誰もが助かると思ったのだ。


「おおっ。涸れていた井戸までっ」

「この掘った場所が刺激になったのかっ」

「なんてことだ。三ヶ所も井戸が出来たとはっ」


 すると、街の人々は狂喜して遥佳を褒め称える。

 勿論、遥佳は否定した。


「運が良かっただけですわ。あくまで運よく水脈を当てられただけですの。きっとこれも女神シアラスティネル様のお導きでございましょう。それでは私、そういうことで失礼いたしますわね」


 優理を真似て、どこかプライドも高そうな演技もしてみた遥佳だが、そこで皆から取り囲まれてしまう。


「是非っ、お礼を受け取っていただきたいのですっ」

「・・・お礼だなんて。お水が出たと言っても、掘った場所はこれから井戸として使えるように屋根や汲む為の工事も必要でしょう? お金はそっちに使ってちょうだい」


 今、遥佳は優理だった。

 なんといっても生まれた時から一緒の三人。互いの真似など簡単にできる。

 優理ならこう言うだろうなと、遥佳は精一杯演技してみせた。


「そんなわけにはいきませんっ」

「だから・・・。えっと、それなら、・・・私へのお礼の気持ちがあるなら、もしこれから誰か旅人がやってきても、その人達にお水を分けてあげる優しさを持ち続けてあげてほしいの。だってお水がなくちゃ、人は生きていけないもの」


 しかし、所詮は遥佳だ。付け焼刃の演技は続かない。

 つい地が出てしまった。


「なんと優しいお嬢様なんでしょう」

「そこまで考えてくれるだなんて」


 特に家庭で水仕事をする女性達が涙ぐむ。

 それならばせめてご馳走を食べていってほしいと頼まれてしまったのは、仕方ないことだった。

 これだけの恩恵を受けて、「はい、さようなら」とは、さすがに誰もやらかさない。

 けれども遥佳は、困った人達を見捨てられなかっただけなのである。


「そんな。別にそんなつもりじゃ・・・」

「お願いです、ユーリ様っ。そりゃあ、王宮のお食事に比べたら粗末なもんでしょうけど・・・」

「毎日、お水をやって育てたんです。どうか食べていってくださいませんか」


 同時に遥佳は、そういう話に弱かった。

 向けられてくる素直な感謝。自分達にできる範囲でこの恩に報いたいと考える純粋さ。

 どうしてそこで、背を向けて立ち去ることができるだろうか。


「えっと、じゃあ、少しだけご馳走になろうかしら。嬉しいわ、お腹が空いてたの。ね、イスマルク」

「ああ。すみません。ご馳走になります」


 尚、遥佳が示した場所を皆が掘っている間、イスマルクは集まってきた子供達に、女神様の話などをしていた。

 

「どうぞどうぞ。お兄様の神官様も」

「今日は本当にいい日だ」

「ああ。井戸が三つも出来た」


 そうして勧められる様々な食事を、イスマルクと二人で有り難くご馳走になっていた遥佳だが、そこへ知らせを受けてやってきたのがパッパルート王宮からの使者だ。


「国王ディッパ様を誑(たぶら)かし、共に失踪したユーリ殿だなっ。王宮へ来ていただきたいっ。これは王弟デューレ殿下のご命令であるっ」

「え? あ、いえ、あの・・・」

「待ってくれ。その失踪というのは・・・?」


 言うまでもないが、イスマルクと遥佳にしてみれば濡れ衣もいいところだ。

 人違いだと言いたかった。


「ええいっ。デューレ殿下はお急ぎなのだっ。早くしろっ。おいっ。さっさと馬車へっ」

「ははっ」


 というわけで、まだ手に焼きトウモロコシを握っていたイスマルクと遥佳は、馬車に放りこまれる。

 当然、連れていかれたのはパッパルート王宮だ。

 そこでパッパルート国王ディッパの弟王子だというデューレと対面する羽目になったのである。

 

「とりあえずそのトウモロコシの芯はこちらにいただきましょう。誰か、手を拭くための濡れた布をお二人に」


 デューレは、とても気のつく王族だった。

 濡れた布で口や手を二人が拭いた後、人払いをして三人だけになる。


「王宮の冷えた食事が嫌だ嫌だとはおっしゃっていらしたが、だからといって焼き立てのトウモロコシを持ってお戻りとは。さすが見事なものだと、その神経の太さには感嘆するしかありません。ユーリ殿。本当にあなたは度(ど)し難(がた)い方だ」

「・・・・・・違うんです」


 優理と違って、遥佳はそこまで食べ物の恨みを引き摺らない人間である。

 だから色々と反論したいことはあった。


(ひどいわ。私はただ、心のこもったトウモロコシを食べていただけだったのに)


 しかし王弟のプライバシーを無視して情報を読み取っていけば、優理のやらかしたことに、何から訂正すればいいのか分からなくなる。


「ところで、そちらの男性は?」

「兄よ」

「そうですか。沢山、兄上をお持ちなのですね」


 全く信じていない声で、デューレはそう頷いた。

 尚、優理はパッパルート王国に入る時点では、エミリールと兄妹設定で届け出ていた。そして砂漠で国王ディッパと会った時には、レイスと兄妹だと説明している。

 優理を王宮に連れ帰った時に、ディッパは入国の記録を取り寄せた。そしてどう見てもレイスとエミリールは、優理と兄妹ではないと判断する。ゆえに兄とやらはどちらも嘘だとディッパもデューレも分かっていたが、そこは不問に処したのだ。


(連れてる男、連れてる男を、全部兄だと言えばいいと思っているのか、この娘は)


 だが、今のデューレにとって大事なのはそんなことではない。

 現在、ミザンガ王国から手紙をよこした兄王は遠く離れている。そしてデューレは国王代理としてこの王宮を離れられない。

 だが、今、ここに現れたのだ。


(なんという天の助けであろうか)


 そう、今、ここに現れたのだ。

 古くから連綿と続いてきたパッパルート王宮の秘儀に詳しく、そしてまた水脈にも明るく、容赦なき人事改革をやらかしてくれた娘が。

 だからデューレはにっこりと笑ってみせた。


「ユーリ殿。そりゃ毒見した後の食事が冷めてまずかったというのは嫌なことだったでしょう。ですが、あれでも兄はパッパルートの国王。ふらりと庶民が散歩に行くような気軽さで国を空けられては困る存在なのです」

「そ、それは・・・」


 私がやったことではありません。

 そう、遥佳は言いたかった。

 けれども言えなかった。

 何故なら自分達は不法入国者。入国記録などある筈がない。調べられたら面倒なことになる。

 そして自分達の素性は明かせない。


「ユーリ殿。あなたの素性をとやかく尋ねはいたしません。実際、この国では結果が全て。二度も初見の街における水脈を言い当てるという結果を出したあなたは、とても貴重な方だ。そしてあなたはとても可愛らしい。兄王が気に入って、わざわざ王宮へ連れて戻ったのも無理からぬこと」

「え。それは、・・・ないと思います」


 けれどもデューレは、異論など最初から認めない笑顔で断定してきた。


「兄王は、あなたを、とても気に入っているのです。いいですね? ユーリ殿。いえ、ユーリ姫。ですから心配は何一ついりません」


 笑顔を浮かべてはいるが、デューレの瞳は笑っていない。

 しかも、いきなり姫扱いである。

 そこには身分詐称など全く気にしない王子がいた。


「そ、それは、・・・あのぅ、決定事項なんでしょうか」


 遥佳はできることなら言いたかった。

「庶民の娘をいきなり姫君に仕立て上げるのなんて良くないと思います」と。


 遥佳の気持ちを察しているくせに、ベージュ色の髪を持つ王子は取り合う気などないらしい。


「その通りです。真実なんてどうでもいいのです。そう決まったのです」

「それは、いつからなんでしょう・・・?」

「たった今です」

「・・・・・・清々(すがすが)しく言いきられましても」


 大人しく物静かなデューレは、大切な王女(カディミア)の為ならば白を黒と言い、無茶を通して恥じない王子だった。

 そしてパンパンと手を叩いて、女官達を呼ぶ。


「お呼びでしょうか、デューレ様」

「こちらのユーリ姫とその兄君に、お部屋の用意を。ユーリ姫は、兄・ディッパ王の婚約者としてこれから政務をお執(と)りになる。未来の王妃として相応しい部屋を用意し、そして大臣達にも連絡せよ。国王代理が見つかったと」

「かしこまりました」


 呆気にとられたのはイスマルクと遥佳だ。


「ちょっ。ちょっと待ってちょうだいっ。私っ、ここの王様となんて結婚しないからっ」

「分かりました。では兄王が戻ってきてから、その話はなかったことにしましょう。それまで仮の未来の王妃として政務を執っていただければ結構ですよ。あなたならできます」


 活動的な兄王とは裏腹に、物静かで知られる王弟。

 その正体は兄王の婚約者を適当にでっち上げ、そして程よい時に解除すればいいと割り切る身勝手な青年だった。


「いや、ちょっと待っていただきたい。ハー、・・・いや、このユーリに政務など執れる筈がないでしょう。無茶を仰(おっしゃ)られても困ります」

「ユーリ殿の兄上でしたね。大丈夫、できます。彼女はここで古くから伝わる王宮の儀式を全て細かい部分まで補足して説明し、更には役人達の不祥事やら女性関係やら何やらを暴露して様々な家庭を破壊し、失職させていった人物ですから。そして苦情を言い立てた役人達に向かって、それならば自分より優秀だったら話を聞いてやると喧嘩を売り、勝利してみせた逸材です」

「そ、それは、私じゃ・・・」

「なんてことをして・・・」


 イスマルクと遥佳は、立ちくらみを起こしそうになった。

 そんな二人の反応など、デューレは全く興味がなかったようだ。

 決定事項として、女官達に指示を下す。


「一応、私からも大臣達には伝えておこう。それから私は今からルートフェンに向かう。その用意もしておくように」

「かしこまりました」

「では、ユーリ殿。後はよろしくお願いします」


 もう遥佳のことなどどうでもよかったらしい。

 一顧だにせず、デューレはその部屋を出ていった。

 あまりの流れにどう反応していいか分からないイスマルクと遥佳に、女官長は微笑みかけた。


「お帰りをお待ちしておりました、ユーリ様。大丈夫ですわ、女官は皆、あなた様のお味方です」

「それなら、逃がしてほしいんですけど・・・」


 様々な家庭の愛人問題を暴露した優理は、夫の浮気に涙する女性の守護者だ。

 薄々気づいてはいても決定的な証拠がなかった浮気について、優理は見事に切りこんでくれた。


「それは難しいかと。陛下の代理がいらっしゃらなくては政務が滞ってしまいます。デューレ様はお優しいお方ですから、すぐにこの王宮を出ていかれることでございましょう。さ、こちらへ。お部屋にご案内申し上げます」

「ちょっと待っていただきたい。優しい人が、どうして王族でもない人間に国王の仕事を押しつけて出ていくのでしょうか、女官長殿? しかもハー、・・・いえ、ユーリの婚姻予定も勝手に決めて、更に国王が戻ったら自動消滅って、何かおかしくありませんか?」


 イスマルクは、そこを問いたい。


「まあ。そんな意地悪を仰(おっしゃ)るものではありませんわ、ユーリ様のお兄様。さあ、こちらへどうぞ」


 なのに誰も彼もがデューレの味方らしく、イスマルクと遥佳の意見に耳など傾けてくれないときたものだ。


「本当に。やはりデューレ様は我が国が誇る王子ですわ。なんてご立派なこと」

「ええ。日頃はディッパ様に譲っておいででも、砂漠の男ですもの」


 当たり前である。

 このジンネル大陸で一番の大国として名高いギバティ王国の王子を相手に、自国の王子がルートフェン国の王女を守る為に立ち上がろうというのだ。

 いくら時折の縁組を行ってきたとはいえ、血縁など遠いものでしかないというのに、なんと義勇に溢れ、清々しいまでに立派な王子であることだろう。


――― さすがはデューレ様。我が国の王子はなんと素晴らしいことか。

――― 小さな頃には王女様方を妹のように可愛がり、こうして成人しても、助けを求められれば駆けつけるだなんて、まさに物語の主人公ですわ。


 それで応援しない人間がいるだろうか。

 砂漠の地に生きる人々は、焼けた砂のように熱い心を持っていた。

 そしてデューレから話を聞いた大臣達も、そういうことならばと了解する。


「ディッパ様の動向を知るユーリ殿が戻ってきてくれたなら、どうにか対応もできるであろう」

「そうですな。やはりディッパ様の手紙だけでは・・・」

「まあ、暫定(ざんてい)で国王代理の王妃代理というものを迎えてみるのも面白そうですな」

「はっはっは。我が国はなかなかに応用力が高くて困ってしまいますぞ」


 所詮(しょせん)、大臣は椅子に座って報告を聞くのが仕事だ。だからそんなのんびりとした意見で終わらせてしまう。

 そうして遥佳の災難は、実務に携わる役人達などとのやりとりから始まった。


「デューレ様も若くて何もお分かりではないということだ。ユーリ殿。いくらあなたがディッパ様のお気に入りであったとしても、どこの馬の骨とも分からぬ卑しい存在が、我が国の玉座に座ることなど許されるものではないっ」


 それは玉座に座らされ、国王代理の王妃予定者として紹介されてしまった遥佳の素性が知れなかったことが原因である。

 さすがに玉座は国王の象徴。

 高官や役人達とて得体のしれぬ外国人に座られたくはないということだ。

 そこで運が良ければ王宮の外に放り出されただろうし、そうすればイスマルクと遥佳も、

「やれやれ。ひどい目に遭った」

「本当にね」

とでもぼやきながら出ていけただろう。

 だが、スパイラルは悪い方へ悪い方へと動くものである。


「なんてことを! この方々に、失礼な真似をしてはなりませんっ」


 真っ先に遥佳達を庇ったのは、王宮の女官長だった。

 本来、そんな政務の場に女官がいていいものではなかったが、彼女は遥佳が心配でこっそりとその様子を物陰から窺(うかが)っていたのである。

 そうして遥佳を罵倒しようとした役人の前に立ち、反論してみせた。

 プライバシーというものを無視するのは遥佳だけではなかったということだ。


「所詮はその威厳すら感じ取れないのでは、お話になりませんっ。あのお方っ、ユーリ様の兄君は、第5等神官でいらっしゃいますっ。この若さで第5等神官になれる程の兄君がいて、何が馬の骨っ、下賤の者というのですかっ」


 勝手に持ち物を入浴中に見られていたイスマルクだ。

 そして第5等といえば最低でも一つの神殿を任されているか、もしくは大神殿に所属する高位神官と決まっている。

 このパッパルート王国にある神殿の神殿長すら第6等である。

 さすがに皆が目を見開いて、少し離れた場所から遥佳を見守っていたイスマルクを注視した。


(俺に威厳なんてあるわけねーだろぉーっ)


 そういったイスマルクの気持ちなど、全ては蚊帳(かや)の外だ。

 高官や役人達が怯んだ様子にふふんと鼻でせせら笑ってみせた女官長は、次に遥佳を示しながら高らかに宣言してみせる。


「そして私は、女官としての経験、女官長としての誇りをもって保証いたしましょう。たとえその素性を明らかにせずとも、このユーリ様は尊いご身分のお方であるとっ」


 そして遥佳も入浴中に持ち物を見られていたわけである。

 遥佳はお金だけではなく、いざという時に換金できる装身具も身につけて出てきていた。

 それらは比較的安い装身具ではあったが、第7神殿にあった物としては安いというだけで、世間一般的にはどれもこれも見事な宝石ばかりを使っている。

 遥佳が服の下に隠して身につけていた首飾りや腕輪等は、それこそどこかの王女、もしくは高位貴族か高位神官の令嬢の持ち物としか思えぬものであった。

 尚、それらは遥佳の入浴中に、女官長に呼ばれた王宮お抱えの細工師が鑑定済みだ。


『なんと。どれもこれも古典の技法によって作られた物ばかりではございませんか。こういった物ばかりをお持ちとは、さぞ歴史ある家門にお生まれになったのでございましょう。百年や二百年程度の浅いものではございません。格が違います』


 細工師は女官長に対して、これらは成金では持てぬ物だと断言してみせた。

 基本的に、歴史とは三百年が最低のボーダーだ。

 その報告を受けた大臣達は、したり顔で頷いた。


『悪い縁組ではありませんな』

『デューレ様もそこは見抜いておられたのではありませんかな』

『さよう。あの若さで第5等とは。高位神官が身内にいるからこその出世にせよ、つまりはかなり裕福な家の出でありましょう』

『しかも、質素にみせかけてかなり上質な衣類だったとか』

『その身につけていた装身具も一つだけで、かなりの財産になるそうですぞ』


 パッパルート国王ディッパは独身である。できればお金持ちな実家を持つ王妃を迎えたいところだと、大臣達は考えていた。

 女官長や細工師からその話を聞くのは、やはりパッパルート王国の未来を憂いている士ばかりなわけで、そうなると結論は一つだ。


『たとえ王族や貴族でなかったにせよ、そういうものはどうにでもなりますしな』

『しかり。財力(カネ)なくして国は語れませぬ』


 そういった出来事を踏まえた状態で、顔を引き攣らせたイスマルクと優理に何が言えただろう。

 さすがに役人達も、そこまで女官長が断言すれば躊躇(ためら)いも生まれる。何故なら女官長は貴族出身であり、その彼女がここまで断言するとなれば庶民ではないからだ。


「言っておきますが、ユーリ様は質素な旅装束に身をやつしておいででも、あなた方の十年分の給料よりも高い資産をお持ちでいらっしゃいました。財産が全てではありませんが、我が王宮の専門家方もユーリ様が身分卑しからぬことは断言しております。

 まあ、その程度もあなたには見抜けないでしょうが、我が国の王妃となるに相応しい姫君であることはもう判明しているのですっ」


 どうだとばかりに胸を張る女官長は、その場にいてはいけない人なのに、何故か一番輝いていた。

 皆の目が、胸を張る女官長だけに向けられている。彼女はまさにヒロインの輝きを背負っていた。

 遥佳はもう、気を失いたい。


『お願いっ。助けて、イスマルク』


 目線だけで助けを求めてくる遥佳に、イスマルクも苦悩せずにはいられない。


(無理だ・・・。俺のことは醜聞として大神殿から名前はまず流れていないだろうが、流れていたとしてそれを明らかにしてしまえば、必然、もっと逃げられなくなる)


 さすがにこんなパッパルート王国にまでイスマルクの詳細は流れてきていないだろうが、問い合わせなどされてはもっと身動きが取れないことになる以上、目立つ真似はできないイスマルクだった。


(俺と神子姫とヴィゴラスが一緒に逃げ出したのは皆が見ていた。俺が見つかった時点で数百人規模の神官がハールカを迎えにやってくる。いや、数千人かもしれん)


 かくして・・・。

 遥佳は様々な思惑の渦に巻き込まれ、当事者同士は全く合意のないまま、国王の仮婚約者として決定されたのだった。

 パッパルート王宮に所縁(ゆかり)ある、水脈発見の天性を持つ謎多きユーリ姫として。

 様々な不正を暴き、使いこみを密告し、女関係のそれをすっぱ抜いて色々な家庭を破壊していった砂嵐の如き迷惑な小娘として。






 皆が居並ぶ位置よりも数段高い場所に設置された玉座から、遥佳は今日も自分の前に居並ぶ人達を見渡した。

 そう、玉座から。

 なぜか、玉座から。

 パッパルート国王の座る筈の玉座に、今日も遥佳は座っていた。いや、座らされていた。


(何故、私がこんな目に遭うの。元はといえば、優理が冷えたご飯程度に恨みを募らせて国王と意気投合なんてするから。しかも私に逃げられないようにって、大臣達ってば私を無理矢理いつも玉座に座らせるの。・・・優理が、あまりにもこの国にとって便利すぎるからって)


 そうでなければこんなことにはならなかったと思う遥佳は、現在、晴れてパッパルート国王代理だ。未来の王妃として。

 つい、窓の外に広がる青空を遥佳は見てしまう。



 ねえ、ヴィゴラス。なんで私、こんなことになっちゃったのかしら?

 私、家出したあなたを迎えに来たのよ。

 私が見つけて、ご飯をあげて、名前をつけて、ずっと一緒にいた私だけのグリフォン。

 迎えに行って、一緒に帰りましょうって抱きしめて、そうしてお互いの誤解を解くの。

 そうしていつまでもみんな仲良く・・・、仲良く・・・・・・、仲良く・・・・・・・・・。



 遥佳は下を向き、うふふふふと静かに頬を引き攣(つ)らせた。

 こうなれば数で勝利しようと、役人達は大勢で押し寄せたのである。


「これはどういうことですかなっ。ユーリ殿っ、いきなりのこれはひどすぎるでありましょうっ」

「そうですともっ。いくら陛下のご婚約者といえども越権行為が甚(はなは)だし過ぎましょうっ。人事にまで口を出されるとはどういうことでありましょうかっ」

「いくら王宮の先例に詳しくとも、そして水脈に明るくとも、我らの仕事など分かっておらぬくせに口出しされるのは無用に願いたいっ」

「・・・・・・・・・好きでやってるんじゃないのよ」


 ぼそっと遥佳は呟いた。

 勿論、それらは国王代理として遥佳が命じたことばかりである。

 仕事内容を考えれば仕方のないことだった。


(ゆ、優理の・・・、優理の、優理のバカバカバカぁーっ!)


 今となっては、もう正体が明るみに出ようがどうなろうが優理ではないと言うべきだったと、遥佳はとっくに手遅れな後悔を大量生産中だ。

 けれどもここまできたら、今更、優理ではないだなんて言えない。

 言ったところで信じてくれるのはイスマルクだけだ。


(ヴィゴラスまで盗(と)っていくしっ。私にはこんなの押しつけるしっ。信じらんないっ)


 本人の知らぬところで、一つ恨みをかった優理だった。

 


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