75 優理はディッパを持ち帰り、遥佳はヴィゴラスの才能を考えた
ミザンガ王国の首都ザンガ。
そこにある家はレイスのものだ。その筈だ。
その家にディッパ達を連れて戻ってきた優理を見て、ドレイクはうんざりした顔になった。
「ユーリ、お前はんなぁ。なして次から次へと男ばっかし連れてきとんのや。レイス一人じゃ満足でけへんの?」
その言い草もムカつくが、ちょっと不在にしていた間に荒れ果てたような気がする室内に、優理はげんなりした顔になる。
(何よ、この空き瓶は)
この男は酒だけ飲んでいたのではなかろうか。だが、健康的な食事についての説教は後だ。
「失礼なこと言わないでちょうだい。ドレイク、ちゃんと自分のおうちあるでしょ。そっちに帰ってよ。お客さんなんだから」
優理の後ろにいたディッパ達もしっかり目の中に入れていたが、そこでドレイクはレイスやカイネと素早く視線を交わし合う。
そしてニッと笑った。
「ほな、うちん家貸したろか? ここよか広いで」
「えっ、ほんと?」
「ほんまや。ちょうど貸しとった家が空いてな。あそこなら部屋も10以上はあるやろ」
「どんな家なのよ。何、その豪華さ」
「外国から来とる豪商に貸しとったんや。ほなけど親が死んだ言うて帰国してな。慌てて帰ったもんやからほとんどの家具は置いたまんまや。やけどちょうどええやろ」
そこでハッと優理は気づく。
「ちょっと待って。それ、家賃、・・・いくら?」
ドレイクの目が眇められた。
「どあほう。そんな家賃よりレイスん貸し出しがよっぽど高うつくわ。別に払わんくてええ。今はまだ借り手を探す段階やないしな。その合間にちょい使われたところで価値は落ちぃへん」
「ありがとう」
ドレイクはいい男だと優理は感動する。
無料、なんていい響きなのだろう。
「そう思うんならもっと胸膨らまし。せめてあん麺をぎょうさん届けてくれはった青い目ん姉ちゃんぐらいにな」
「え?」
ドレイクが顎で指し示す方を優理が見れば、キッチンには乾燥麺が積み上げられていた。
「金髪に青い目ぇした姉ちゃんが置いてったんや。なんや、お前が気に入ったから言うとったで」
「そうなんだ。ありがとう」
それはきっと真琴といたペガサスの方だろう。
一緒に置かれていたメモには、作り方のコツがちゃんと書かれていた。
それを見て優理は小さく唇の端を上げる。
(いい幻獣達ね、真琴。本当に)
ああ、真琴は大丈夫だ。何があっても彼女達は真琴を守り通してくれる。
そう思えば安心できた。
誰よりも信頼し合える姉妹達は、同時にお互いが弱点になり得るけれど。
(だから心配なんてしないわ、真琴。カイトさんの真意がどうであっても。そしてあなたが自然の力を使いこなせていなくても)
けれどもそこで、ふと優理は思ってしまった。
自分達は男にもなれるのだ。
もしかして真琴はペガサスとかドラゴンとかの奥さんをもらってしまうのではないだろうか。
(それって、何? もしかしてハーレム状態?)
そう考えてしまう自分は悪くない程の溺愛ぶりではなかっただろうか、あれは。
(まあ、それはそれで幸せそうだし、いいわよね。だってあの人達、面倒見よかったし)
自分の姉妹の為ならかなり身勝手に考える傾向のある優理は、しばし悩んだが、それで終わらせる。
どうせ真琴はなんだかんだ言って、面倒見が良くて優しい人ばかりに囲まれて生きるタイプなのだ。
その点、自分なんて・・・。自分、なんて・・・。
(ううんっ、私にはまだエミリールっていうマトモな男の人もいるものっ。エミリール、私の為なら護衛も毒見も寝ずの番だって手を抜かずにしてくれる人だものっ)
なんだか姉妹の中で一番男運がないような気がしてきた優理だが、そこで前向きに考えて拳をぎゅっと握った。
そのエミリールが女装して自分を騙していた過去は故意に忘れることにして。
「どっちにしても、まずはちょっと休憩した方がいいだろう。どうせあの屋敷も近い。それにすぐ使える筈だ。ドレイク、こちらは代表のディーさんだ。パッパルートで、こちらのお宅にもかなり世話になった。なんでもユーリのあの街道案、本当に実現できるなら口利きしてくれるそうだ」
パッパルート王宮に泊めてもらった優理達だ。レイスがそう言えば、ドレイクもソファから立ち上がる。
そうしてディッパに手を差し出した。
「ドレイク言います。よろしゅうに。レイス達が世話んなったなら、客人や。歓迎しますよって」
「ディーだ。こっちがニッカス。そして後ろにいるのがリビーム、エンセ、カッティム、ジュウカだ。よろしく頼む」
ディッパはいささか複雑な気分でドレイクの手を握り返した。
いや、いささかではない。気分はとても複雑だ。
というのも、さすがのディッパも今までこんなことはしたことないからである。
(まさかこの俺が、身分を偽って他国に入る日がくるとは)
一国の王が他国に出向くのに、それをその国に知らせずに行くことなどあってはならない。
だが人間、「やる気になった、それが実行する瞬間」ということがある。
ディッパとて、かなり今回の件ではムカついていたのだ。
だから、「もう知ったことか」と、王宮からニッカス達を連れてディッパは衝動的に逃亡したのである。
書き置きを残して。
優理達と共に。
(許せ、我が弟よ。お前に全てを押しつける兄を)
きっと今頃は、残された弟王子デューレが皆に責められていることだろう。
何も知らないというのに。
そんな罪悪感に、ディッパは蓋をした。
やはり祖父母と両親が実行した国外脱出というのがちょっと羨ましかったからだなんて、それは絶対に言えない秘密である。
ひとときの国王の休暇。
得体は知れなかったが、優理に対して違う意味での信用はできるようになっていたディッパだ。
(怪しいことには変わりないが、ここまできたら今更だ。どうせちょっと出かけてくると、書き置いてもきたしな)
各部門の若手も連れてきている。
さあ、見せてもらおう。真実の国の姿というものを。
他国の王族に見せられる、美しく相手が取り繕った形だけの視察など意味がない。
エミリールからも、
「キマリー国にあるミンザイル伯爵邸では目立ちすぎるとお思いでしたら、ディッダス子爵邸がございます。どうぞお越しくださいませ」
と、言われている。
(ドレイクがレイス達の仲間か。粗野だが、どこまで信用できるのか。そして俺は何を決断するのか)
それでも投げ出せない自国がある。
若き国王は、その瞳に力強い光を宿してドレイクに笑ってみせた
いくら貧乏国でも、ディッパとてそれなりの宿泊費他の資金は持ってきている。
しかし普通の家も見てみたいということで、優理達が暮らす家まで出向いただけだ。
しかしドレイクが空き家の提供を言い出したものだから、宿泊予定だった宿を引き払って、そちらに移動した。
勿論、自分達だけの宿泊だけなら何を仕掛けられるかも怪しいものだと思って誰も頷かなかっただろう。だが、優理やエミリール達も共にそちらの家を使うというので、ならば寝ている間に襲われるということもあるまいと、そう考えたのである。
最初に案内された小さな家と違い、隣の通りにあった屋敷は馬小屋や納屋もあり、3階建てでかなり広かった。
1階には厨房と食事室、大広間、トイレ付きの浴室が5つ、そして客室が10部屋ある。
2階は家族や親しい客用なのだろう、1階よりももっと広い部屋が8部屋と物置部屋があった。ただし8部屋といっても、その1部屋が二部屋や三部屋の内部ドアで続く形になっていたりするので、それらを個別にカウントしたなら18部屋ということになるのかもしれない。
3階は使用人が使う為にあったらしく、かなり質素な家具が備えつけられた部屋や掃除用具を入れる部屋、ガラクタ置き場などが並んでいた。
「うわぁ。だけど本当に家具とか置いていったのね。リネンとかも置きっぱなしじゃない。ありがたいけど。買いにいかなくてもすむもの。厨房にも調味料や調理器具が残ってるし」
ドレイクに案内され、1階と2階をレイスやカイネ、エミリール、そしてディッパ達一行と順々に見ていった優理は感心せずにはいられなかった。
ただし、その豪商家族が使っていたと思しき部屋は服などもまだ残っていて、それはそれで使いにくそうでもある。
それでも1階の食堂に戻ってきて食器の数を確かめながら、これなら大丈夫だと感じていた。
「まあな。やけど俺らん分だけならともかく、客が10人ってのはきっついわ。世話する奴は手配したる。そいつに任し、ユーリ」
ディッパとニッカス以外に、8人の人間がついてきたのだ。ちょっと多すぎる。さすがのドレイクも、家政婦を数人、調達すべきだと判断していた。
だが、ディッパにしてみればかなり絞ったつもりだ。土木関係、緑化関係、治安関係、医療関係をそれぞれ2名ずつ。
しかも自分に協力して内密に抜け出してくれるだけの実行力を兼ね備えていること、といった人選だったのだから。
「それは言えるかも。じゃあ、お洗濯とお掃除はそっちに任そうかしら」
広すぎると手が回らないのは自明の理である。これはかなり厳しいと、優理も判断せずにはいられなかった。
「別に掃除と洗濯、調理ぐらい自分達でやるさ。その程度もできん奴は生きていけぬ」
だが、ディッパがそこで口を挟む。
「見せてもらったが、掃除道具もかなりあるし、俺達は洗濯など入浴時にしてしまう。世話してもらわんと生活できん奴など連れてきてはおらん。調理はさすがにこの国の料理は勝手が掴めんのだが、まあ、言われたら手伝うこともできるだろう。ユーリ殿にそこまで負担をかけるつもりもない」
そう言われてみれば、誰もが手際が良かったなと思う優理だ。国王だというのに、ディッパは途中の宿屋でもほとんどのことを自分ですませていた。
護衛のニッカスもそれが当然とばかりに手伝う様子もみせなかったぐらいだ。
「そうですよ、ユーリさん。ディーにしても俺らにしても、わざわざ人を雇ってもらう必要はありません。料理も厨房を貸していただければ自分達で作ります」
ニッカスもにこやかに言葉をかぶせてくる。
「そう? じゃあ、その方がいいのかしら」
だから優理はあやふやな感じで頷いた。ニッカス達の料理の腕など知らないからだ。
「じゃあ、お部屋を決めていきましょ。ディーさんはどこにする? あ、ドレイクとレイス達は?」
「俺は2階の余った部屋でええ。1階は落ち着かんよって。あ、ユーリはレイスと同じ続き部屋にしとき」
「はぁい」
さすがに男14人の中に自分1人という意味が分かっているのか、優理も素直に返事する。
「あ、悪いけどユーリちゃん。俺もここに泊まるからよ。俺は1階の一番手前の黒い扉の部屋でいいし。あそこ、客が来たらすぐに出てける部屋なのさ」
「そうなの? じゃ、ドレイクは2階でカイネさんは1階の一番手前ね。エミリールは?」
「俺はユーリちゃんの隣の部屋で。同じ部屋でもいいけど。やっぱり何かあったら大変だからね」
「じゃあエミリールは2階ね」
そして優理はディッパ達を振り返った。
「皆さんはどこがいいかしら? 一階の客室、用途が用途だから使いやすいと思うんだけど、まずは見に行ってみましょ」
話しかけながら、優理はもう一度個室を見に行った。
残ったドレイク、レイス、カイネ、エミリールは、食堂の広いテーブルに設置された椅子に座る。
「お偉いさんの割にゃ自分で全部でけるってか。ま、ええこっちゃ」
「ドレイク。あの方達に滅多なことは・・・」
「心配いらへん、エミー。あのディーさん言うんがこんな場所に来る筈ないお人でも何も言わへんし、せえへんわ。ま、それもこれもユーリのそれが実現可能ならやけどな」
そこでレイスがふぅっと息を吐き出した。
「やるだろ、あいつなら。全く、見境なしに喧嘩を売りまくってくれる」
「それは言えるな。正直、パッパルートを出るまで気が抜けんかった。毒殺関係はエミリールで助かったが、お仕置き代わりに毒見済みの不味い食事で辛い目に遭えば反省するだろうと思ってレイスと俺だけ外食してたってのに」
カイネもぼやかずにはいられない。
「毒殺たぁ穏やかやないな。ほんでどしたんや」
「見ての通り、自棄になって国王を唆して一緒に国を出てきたって奴だ。本当にユーリちゃん、反省しない子だからな」
「なんや。かなりのお偉いさん釣り上げてきたらしぃ思たら、とんでもない大物やんけ。ほならもっとええ宿、用意すべきやったな。せやけど、あんまりやりすぎると他所に勘づかれてまうしの。迷うとこや」
ドレイクもカイネの嘆息に、その苦労を思った。
「別にいいんじゃないか。どうせあちらも変な薬を食事に混ぜられたり夜這いをかけられたりしたんじゃたまらないと思ってるだろう。世話をする人間を断ったのも、そんなとこだろうさ」
レイスがそこでエミリールに顎をしゃくる。
「ユーリについていった方がいい。ほとんどは1階の客室を使うだろうが、国王は護衛と2階の続き部屋を使うだろう。だが、あの一行にユーリに対して好意的じゃない奴もいるかもしれん。そいつは2階の部屋を主張する筈だ。適当なことを言ってユーリには三部屋続きの部屋を押さえさせろ。気は強いが、一番弱いのはユーリだ」
がたっとエミリールが立ち上がり、皆の後を追った。
「そんなん混じってんか?」
「分からん。だが、ユーリは全ての要だ。あいつだから国王も乗ったし、俺達も乗ってる。そしてエミリールもいざとなったらキマリー国に働きかけるだろう。だが、あいつを失ったら全ては終わりだ」
「安心しろ、レイス。変な動きがあったらすぐに知らせるさ」
1階の一番手前の部屋は一番狭く、客を案内する時でも全てが埋まった時しか使われない粗末さだ。元々が、夜にも対応する家令の部屋なのである。
そしてその部屋にある隠し扉を開けると金属管が現れ、他の1階の部屋の会話を筒抜けで聞くことができる仕組みとなっていた。
「けどなあ。問題はギバティールだ。キースヘルムの旦那、今頃はカッカきてんじゃねえか?」
「知ったことか」
「せやな。うちにも問い合わせきとったで。知らん答えてんけど」
だが、どこにも裏切り者はいるものだ。
こちらがキースヘルム一家の中にそういった人間を飼っているように、キースヘルムも同じような存在を確保していることだろう。
自分達の間に信頼なんてものはない。
「良くも悪くもあの一行がユーリの護衛も担うわけだ。どうにでもなるさ」
どうせ今のキースヘルムは優理を害せない。
レイスはそう踏んでいた。だから脅威ではないのだ。
「そんなことより、造反者はどれくらい出た?」
気になるのはそっちの方だ。ドレイクを選ぶ人間と、離れる人間と。
レイスがドレイクの傍にいなかったなら、そこで自分の心を偽らずにすむと、皆が自分の感情に従って動いたことだろう。
それこそが大事だった。必要なのは数ではない、その質だ。どこまでも手を取り合って協力し合える絆の持ち主だけが、新しい明日を見る権利を有する。
選んだのは、ドレイクの手下だけではなかった。
「それは後や。けど、予想通りや、言うとったる」
カイネはそれを聞いて、はっと鼻を鳴らす。
「馬鹿な奴らだ」
カイネは、吐き捨てた。
ゲヨネル大陸での日々は、穏やかで平和そのものだ。
遥佳にとって、幻獣や妖精達に囲まれて暮らす毎日は、安心して暮らすことができる楽園でもある。
(だけど、それならもう全部引き取ってきたくなっちゃうのよね)
こうしてある程度の生活も落ち着いてくると、やはり第7神殿に置いてきた雑貨が遥佳も欲しくなった。勿論、必要なものは全部揃っている。
だが、こうしてイスマルクやヴィゴラスの服を作ったりするなら、第7神殿に置いてある裁縫道具が使えるだろうと、そう思い返したりもするのだ。
「うーん、やっぱり革製品とか持ってきたいわね。それにやっぱり細かい道具とかも取ってきたいわ。そうしたら、同じものをサイクロプスさん達が作ってくれるだろうし」
色々と考えて書き出せば、さすがにヴィゴラス一人に運ばせるのはきついだろうと思ってしまう。
だが、他の空を飛べる幻獣に頼もうものならヴィゴラスが拗ねそうだ。いや、拗ねる。しつこく拗ねるに決まっている。
(そうだ、イスマルクに相談しよう)
というわけで、ハルクはイスマルクの部屋に行ってみた。
「どうした、ハールカ。まあ、座るといい」
イスマルクは自室で様々な物をひっくり返して何やら荷物の整理をしていたようだが、遥佳が来たものだから、机の前にある椅子を勧めてくる。
何やら疲れた顔だ。
「凄い有り様ね、イスマルク。夜逃げでもするの?」
「今晩までにはどうにかするさ。でないと俺、うたた寝するスペースもない」
「大丈夫なの? 何なら私、出直すけど」
「気にしないでくれ。どうせすぐに片付けられる」
けれども遥佳の相談を聞いて、イスマルクはにっこりと笑った。
「そうだな。なら最初からヴィゴラスを置いていけばいいんじゃないか? 一緒に行こうと思えば男の幻獣が一緒だと拗ねるかもしれないと考えてしまうが、一緒に行かなければ拗ねるも何もないさ。数人の空飛ぶ幻獣達に同行してもらえば、彼らや彼女らとて第7神殿に行けるんだ。喜んでついていくさ」
「な、なるほどね。だけど帰ってきた時に・・・」
とても爽やかな笑顔で言ってくれたものだから、遥佳もアハハと、頬を引き攣らせる。
「大丈夫だ。ハールカが戻ってくる頃までには素直で物わかりがよくなるように躾けておくから」
「・・・・・・そ、そう。躾けちゃうのね」
イスマルクは優しい人だ。
どんな時でも皆の幸せを祈る彼は、たとえ口では文句を言っていても、決して人を見捨てるようなことは・・・。
決してヴィゴラスを見捨てるようなことは・・・・・・。
(ううん、駄目よ、私。イスマルクを信じなくちゃ。信じ・・・て、いいの?)
遥佳はそっと視線を違う方向へ向ける。
どうしてなのだろう。イスマルクとヴィゴラス、仲はいい筈なのに、たまに分からなくなるのは。
(だけど、それも一理あるわね)
その先を考えないようにした遥佳は、ヴィゴラスを置いて他の幻獣とお出かけするというのもいいのかなと、そんなことを考える。
「そうね。いつも私にばかり付き合わせてたら、ヴィゴラスだって可哀想だもの。たまにはヴィゴラスも・・・」
ふと、そこで考える。
「ねえ、イスマルク。ヴィゴラス、私がいない時には何をしているのかしら。たまには何かをしていたいとか、そういうの、あるのかしら」
「宝石磨きとかじゃないか?」
基本的にヴィゴラスは遥佳の後をくっついていくか、宝石で遊んでいるか、そんなものである。
「最近はイスマルクが磨いてくれたのが完璧だって、それで満足してなかった?」
「じゃあ、ハールカにそれをつけて眺めることだろ?」
「そういうんじゃなくて」
たまには羽を伸ばして自由に・・・と、言いたいのだが、考えてみればヴィゴラスの行動は謎だ。
喜ぶことが分かりやすすぎて、だからこそ今までヴィゴラスが何を好むのか、何をしたいと思っているのか、それを把握していなかったことに遥佳は気づいてしまった。
「考えてみれば、ヴィゴラスの趣味って何なのかしら。宝石磨きとかは置いといて。そりゃ豚の丸焼きは気に入っていたみたいだけど、あれは趣味って言わないわよね?」
「どうなんだろな。全てごっちゃになってそうだが」
このゲヨネル大陸に来てから、女性としての変化は停滞し続けている遥佳だ。
だけどヴィゴラスは、今も自分にべったりである。遥佳が作った服を嬉しそうに着ているものだから、まだまだ自分の裁縫の腕はヘタクソなのにと、かえって悪い気がしてしまう程に。
「普通のグリフォンは宝を磨いていればその一生で悔いなしって感じらしいけど、ヴィゴラスはそういったグリフォンと違って、幅広い視野を持った特別なグリフォンだもの。やっぱり私に囚われず、その才能を伸ばしてあげた方がいいと思うのよ」
「才能?」
「ええ、そうよ。だってヴィゴラス、とても賢いじゃない。普通のグリフォンとは違う才能に満ち溢れてると思うの」
どの幻獣や妖精に尋ねても、グリフォンとは他の種族と仲良くなることもない、一人で違う方向へ突っ走っている幻獣だと言われた。けれどもヴィゴラスは違うのだ。
宝石以外の美しさも理解するし、今では人と挨拶もできるし、他の集落へのおつかいすらできるようになっている。
ドワーフ族達の里に行けば、顔を見ただけで歓迎される程に馴染んでいるのだが、そんなグリフォンは史上初ではないかとまで、ケンタウロス族の長老からは言われた。
「あのトリ犬に才能があるとしたら、人に仕事を押し付ける手際の良さと、そのふてぶてしい神経を恥じずにいられる厚かましさぐらいだろう。無い物ねだりはやめておいた方がいいんじゃないか、ハールカ?」
イスマルクは人を変えようと努力するより諦めた方が早いということを知る、元神官である。
成分は純粋な親切心100%なアドバイスを、そこで述べた。
「もうっ、イスマルクったら。だけどヴィゴラスってばちゃんとお外を一緒に歩いていても、自然に感動する感性の豊かさがあるし、最近はちゃんとみんなに挨拶できるようになったのよ。試しに一緒に絵を描いてみたら、とっても素敵な絵を描いたの。その才能って伸ばしてあげたいと思わない?」
「・・・いや、あいつにそんな才能はない」
どうせ遥佳が喜ぶからしているだけだ。本当はそんなもの、かったるいとしか思ってないだろう。絵画の才能というが、人よりも優れた視力あってこそのそれだ。
そう言いながらもイスマルクには分かっていた。
遥佳が止まらないことを。
なぜなら遥佳にとってヴィゴラスは特別なグリフォンだからである。
(やれやれ。やっぱり人間の姿でいたことで、ハールカも色々とあいつの未来を考えてしまうようになったのかな。だが、ヴィゴラスにとっては的外れなものでしかないだろうに)
どんなに人の姿をとれたとしても、ヴィゴラスの本質は幻獣だ。
遥佳にとっては自分と同じ、一つの命にしか思えないのであっても。
(心が分かってしまうからこそ、普通の人間なら気づくこの違いが分からないのか。人にとっては異質にしか思えなくても、彼女だけが見ることのできる魂の在り方としては違いがないということなのか)
人と同じように様々な選択肢を教えてやり、そうしてヴィゴラスの才能を育んであげようと思いついた遥佳は、同調してくれないイスマルクに見切りをつけたようだ。
「んもうっ。イスマルクったら。いいわ、見ててちょうだい」
そう言って出て行ってしまった。
その扉が閉まってから、イスマルクはベッドの上に山積みになった服や小物、毛布やクッションの塊に声をかける。
「で? どうするんだ? お前の才能を開花させてくれるらしいぞ」
自分の為にそこまで荷物をひっくり返させていても、意趣返しにその体の上にチェックした荷物を積みあげられても、そこで手伝いもせずに寝そべり続けた横着グリフォンは、荷物の下から答えを返す。
「その意味が分からん。才能というのは何なのだ」
「人は色々なことに生まれてきた意味を見出すということだ。ハールカは、お前にそれを与えてやりたいと思ったんだろう」
そこで「お前を大事に思っているから」という言葉を言う前に飲みこんで、イスマルクはその閉められた扉を眺めた。
こんなトリ犬を喜ばせてどうする、である。
「言うならば、匠の小人達の、ハールカの住まいづくりみたいなもんだな。お前が本当は子供じゃなくても、ハールカにはお前に色々なものを与えたいと思ってしまうんだろう。生まれてきて良かったと、そう感じてもらいたいから」
「どうしてあんな鳥の近くに家を建てねばならんのだ」
自分の尻尾より大きな青い尾羽を持ち、しかも遥佳を当然とばかりに可愛がってくれたムカつく存在を思い出して、ヴィゴラスが不機嫌な声になった。
だけど不満を言えはしない。言おうものなら、あの地に足を踏み入れさせてもらえなくなる。
そしてそれをイスマルクに愚痴っても、彼はとても現実的だ。
『あんな長い尻尾を持ってたら、お前の尻尾、誰かに踏まれるか、箒代わりになるだけだぞ。意味がないだろ』
そう片付けられてしまった。
どうして誰も自分の気持ちを分かってくれないのだろう。
「しょうがないだろ。何でも守り人がいる地は、皆様が一緒に集っていても大丈夫だというじゃないか。そりゃハールカだって自分の姉妹とゆっくり過ごしたいって思うさ」
この家から少し離れた、青い鳥が守る聖なる土地。
そこに建てる家の相談を遥佳から受けた匠の小人達は、自分達の技術の全てを向ける気満々だ。
なぜなら神子姫達三人がその家に集い、一緒に使ってくれるかもしれないのだから。
どの部屋にも気は抜けない。いや、客室だからこそ手は抜けない。
『このおうち、可愛らしい上、とても使い勝手がよくできていたから。だからお願いしたいんだけど・・・。あ、ここまで豪華じゃなくていいのよ? 普段はこのおうちで暮らすもの。気に入っているから。だけどね、ちょっとそういう時にみんなで過ごせるちょっと大きめな山小屋が欲しいの』
『お任せくだされ、姫様っ。我らがドワーフ、たしかに承りましたぞっ』
だから彼らは燃えていた。今、この時代に生きていて良かったと。
『ああ、なんだ。それならいいぞ。特別に出来上がるまでは幻獣達も受け入れよう』
そういう理由であればと、青い大きな鳥も彼らをその地に引き入れる。
(それこそ体育館みたいな広いスペースにキッチンとお風呂とトイレをつけてもらえばいいわよね。みんなで雑魚寝すればいいだけだもの。だけど鳥さん用に大きな梁を渡しておいてもらわなきゃ)
遥佳は山小屋みたいなものを簡単なイラストにして渡していたのだが、全長が10メートル近い鳥すら入ってこられるような大きな扉やスペースを設けた、遥佳のイラストよりも段違いで立派な邸宅が建設中だ。
守り人である大きな青い鳥も、満足そうに監督しているらしい。
『姫様はとても謙虚なお人柄。途中でご覧になられて、ここまでしなくていいと言われたら、我らも従わんわけにはいかんからの』
だから、それが出来上がるまで遥佳を近づかせないよう、イスマルクは頼まれていた。
そしてイスマルクは神子姫達が楽しく過ごせる為とあれば、まあいいかと、それに協力する元神官だった。
それまでのイスマルクならば止めていただろうが、このゲヨネル大陸での暮らしに慣れたこともある。
このゲヨネル大陸にやってきてくれた神子姫の為、自分達に出来る何かをしてあげたいのだという幻獣達の気持ちを、イスマルクもさすがに理解していた。




