72 ドレイクは決断し、優理はパッパルート王宮へ行った
パッパルート王国に出かけようとする優理に、レイスとカイネをつけて送り出したドレイクは、なかなかに寂しい。
それでもすべきことは山積みだと、主な人間を集めていた。
その大広間には四十人程の人間がいただろうか。座っている男もいれば立っている男もいる。壁際に凭れ、高みの見物としゃれこんでいる男もいた。
「ドレイク。あの娘っ子が役立つのは分かるが、いくらレイスの女にしてもいきなりのこれはねえだろう。あまりにも特別扱いがすぎねえか?」
「全くだ。俺達の流儀を何も分かっていやしねえ小娘にのめりこむなんざ、あんたらしくねえ。どうしちまったんだよ」
「別に可愛がるなら可愛がるでいいさ。だけどそっちとこっちは分けてくれんと困る。あんな何も分かってない小娘が出張ってきた日にゃ誰だっていい気はしねえ」
「いや、俺はいいと思うぜ。たまにゃいいだろ。見てる分には可愛いし。口出しされんのはごめんだがな」
「結局そういうこった。誰だってあんな小娘に嘴を容れられんのはごめんだってのさ」
一番奥の真ん中にある椅子に陣取ったドレイクは、それらの意見を楽しそうに聞いていた。
「他に言い足りん奴はおるか?」
だが、それらが一通り言い終わったとみると、どこか凄みのある笑顔で問う。
いくら色合いが似ていても、今のドレイクと優理に血縁関係があると思う人間はいないだろう。
それ程に、狂気がにじんでいるかのような笑みだった。
ざわっと何人かが後ずさりする。
「ド、ドレイク・・・」
「ああ、すまんな。レイスもおらんし、つい出てもた」
一転して、ドレイクはやや穏やかな表情を取り戻した。
ガタッと音を立てて椅子から立ち上がる。
「そん反発は覚悟の上や。俺かて何も考えんと突っ走っとらんわ。当たり前やろ。俺らがなしてこんな商売始めた思とんねん。俺らが食ってく為や。そやろ? 違ゃう言う奴は前出ぇ。思い出させたるわ」
一人一人の顔を見渡しながらドレイクは続けた。
「こん国に落ち着いて、やけど俺らが何しにギバティ行っとった思とんねん。増えすぎた俺らをここで賄いきれんからや。最初ん俺らだけなら普通に食ってけっわ。やけどな、俺らのそれ知って集まってきた奴らまで食っていかそ思たら、何が何でも広げてくしかないやろっ。そんなんも分からんのかっ!」
誰もが黙りこむ。
実際、ドレイクは自らレイスと共にギバティ王国へと出向いていたからだ。
流れ始めた動きを堰き止めない為に、自分達の生活を維持できるだけの商売をと、ドレイクは先頭に立って動いていた。
「努力もせんと口だけ動かす阿呆はいらん。文句あんなら出てき。最後ん情けで報復はせずにいたるわ。これからそんな暇もなくなるやろしな」
そこで、ロドゲスが口を開いた。
「ドレイク。つまり新しいやり方を考えているってことか? あのお嬢さんはその為の布石だと?」
ロドゲスはキースヘルムが優理に執心していることを知っている。その上でドレイクとレイス、そしてカイネが特別扱いしていることに色々と考えるものもあった。
あの小娘の何がそれだけの男を引きつけるのかと。
「せや。そら、まだ上手ういくかどうかも分からん話や。そんでもやる価値あると思うてレイスも動いとる。俺ぁな、野垂れ死にする人生なんざご免や。けどな、最後まで一緒におるんは苦労を分かち合える仲間だけでええ思とる」
クッと、フォルナーが笑う。
フォルナーはザンガをドレイクが留守にする時、代行を任されている男だ。
「大きく出たな、ドレイク。その苦労とやらを一緒に乗り越えたなら儲け話もあるかもしれんが、保証はできないと?」
「まぁな」
その艶のない茶色の髪をガシガシと掻きながら、フォルナーは緑の瞳を細めた。
「俺ぁ、あんたと一蓮托生だと思ってるぜ。どうせ俺らは汚え人間さ。だが、今じゃそれでも『まだよそよりマシだ』って言える程度になっちゃあいる。それもこれも、汚物に塗れながらも俺らが目指すものがあったからだ」
「ああ」
「目指したのは単純なことだ」
「せや。飢えんでええ生活、明日に希望が持てる今日。そんなもんや」
ドレイクとファルナーの瞳が交差する。
「とっくに俺らはどこぞの路地裏で野垂れ死にする運命だった。それを、今や俺らは好きな女ぐらいは囲える程度になった。食いもんにも困らねえ。・・・だから、俺はあんたについていく。あんた以外のトップはいらねえ」
ニッと、ドレイクは笑う。
「そういうんは二人きりん場所で言うてんか。照れてまうやろ」
「そんな純情な男か、お前が」
立ち上がってドレイクへと近寄ってきたファルナーの腕が大きく横にスイングし、バシッと大きな音を立てて二人の手と手が打ちつけられる。
そのまま握られた手を動かさずに二人は歩み寄った。
互いの顔と顔が近づけば、ドレイクはその瞳に自信を覗かせて囁く。
「失望はさせへん。約束すっわ」
「一度もしたこたねえよ。これからもないようにな」
二人は、その手に再び力をこめた。
砂漠で、三人の男性と一人の不思議な少女に助けられたパッパルート国王ディッパだ。
ニッカスの努力も空しく、ディッパの正体は彼らに知られている。
そうなると、やはり助けられてしまった以上、優理達を王宮へ連れて帰っておもてなしするのが正しい人の道だ。
(知られてなければ、どこぞの食堂で食事でもふるまえばすんだものを。その方が後腐れもなく安上がりだったよなぁ)
そんなことを思ってしまうディッパだったが、本当に分からない一行だと思う。
砂漠を抜ける間は天気も曇りで、地面にも湿度が浸みこんでいるかのように歩きやすかった。
普段なら砂が風に舞うので会話もあまりできないのだが、そんなこともない。
だからディッパは横を歩くレイスに尋ねた。
「いくら少女といえども重くないのか? 大丈夫か?」
「特に」
「・・・そうか」
会話はそこで終了した。
(会話というのはお互いに投げ合わないといけないってことを分かってないんだな、レイス)
ディッパの心を、ひゅーっと諦めの風が吹いていく。
元々、この中で足腰が一番弱いのは優理だ。ディッパとニッカスは砂漠を歩き慣れていたし、レイスとカイネ、そしてエミリールも足腰はかなり強い。
というわけで、レイスが優理を背負って歩いている。最初は自分で歩くと主張していた優理だが、そのまま寝入ってしまったらしい。
レイスの背中で、くぴくぴと安らかな寝息を立てていた。
成人を背負えるように幅広の布でつくられたおんぶ紐を見ながら、今度はカイネにディッパは尋ねてみる。
「わざわざこういう物を持ってきていたということは、最初からそのつもりだったのか? そこまでして女の子を砂漠に連れてきたのか?」
「ああ、いや、そうじゃありませんよ」
愛想よくカイネは手を軽く横に振った。
「元々、俺らは何かあって誰かが身動きとれなくなることも考えて持ち歩いてんですよ。あれなら背負った状態で両手が使えますからね。だけどユーリちゃんは体が弱い。寝込んだ後だし、そういうことならって思ったんでしょう。別に女の子一人背負ってる程度で、レイスもへばったりしませんからご心配なく。それより、陛下も大丈夫ですか? まだもう一つあるから、きつくなったら言ってくださいよ。俺が背負いますから」
「大丈夫だ、ありがとう」
国王に向かっての言葉づかいではないが、気がいいのは分かる。だからディッパも素直に礼を言った。
「エミリール殿も大丈夫ですか? 砂地ってのは足がとられやすいんです。もしも挫いたりした時にはちゃんと仰ってください」
「ありがとうございます、ニッカス殿。たしかに通常の地面とは違うなと感じておりました。足腰が鍛えられそうですね。ですが陛下までここまで健脚でいらっしゃるとは。さすがと感じ入りました」
「はは、どうなんでしょう」
「歩き方を見れば分かります。椅子に座ってばかりの方ならああはいきません」
「ありがとうございます」
遠まわしにディッパの生き方を褒められ、ニッカスは頬を緩める。
その会話が聞こえていたからだろう。
「たしかになぁ。つい、当たり前のように歩いてらっしゃるからそんな感じでいちまった。もっと低い位の奴らですらふんぞり返って、少し歩いただけで疲れただのだるいだの言い出すってのに。ここの王様は凄えや」
カイネが人好きのする笑顔で、ディッパに話しかけた。
「ま、貧乏な国だしな。自分のことぐらいは自分でするさ」
「そりゃ謙遜ってもんですよ。普通の貧乏人でも無駄にプライドだけ高い鼻持ちならねえ奴ってのはどこにでもいる。なのに立派な王様じゃないですかい」
二名を除き、残りの四人は友好的に会話を続けさせる。
そうして場合によっては砂漠の中での一泊も覚悟していたが、その日の夕方には抜けることができた為、ディッパは王宮へと皆を案内してきたのだ。
「お帰りなさいませ、ディッパ様」
「客人だ。ちょうど砂嵐に巻き込まれてな、そこで助けられた。外国の方だそうだ。そうだな、ティーファの宮を用意せよ」
「かしこまりました」
ティーファの宮は、周囲の建物からよく見える位置にあり、監視対象の客を滞在させる際に使われる。
しかし建物としては美しいものだ。通されたレイス達もさすがに感心せずにはいられない。
「綺麗ね。とっても素敵」
「ここまで豪勢なとこじゃなくて良かったんだが」
「何言ってんだ、レイス。見事なもんじゃないか。なあ、カイネ」
「いやあ、気後れしちまいそうだ」
面倒だなという気配が濃厚なレイスだったが、エミリールは興奮に頬を赤く染めていた。
小さな色石を組み合わせた壁に手を当てれば、そのモチーフとなった物語を思い起こさずにはいられない。
「やはり歴史あるパッパルート王国。本当に、なんて細かい細工の壁なんだ。今、これ程の細工ができる職人も少ないだろうに」
「そうなのか? やはりエミリールはそういうのも詳しいんだな」
カイネが問いかければ、エミリールは熱に浮かされたように答える。
「ああ。まさに絵画とも見紛う緻密さ。使われている微妙な色合いの違いすら、きっと世界的にも一流の名工のものに違いない。なんて素晴らしい」
「言われてみれば凄いな。これだけの壁一面に物語のワンシーンを描き出したのか。・・・勿体ないな、俺らしか見ないってのは」
案内してきた女官長とニッカスも、男達の反応に満足そうな顔になった。
そこで優理が口を開く。
「この宮は、250年位前の王様が王女ティーファ様の為に建てたのよ。体が弱くてお外にあまり出られない王女様の心を慰める為に」
四人がこの宮に落ち着いたのを確認したら自分も一度自室に戻って着替えてこようと思っていたニッカスは、そこで驚いたように優理を振り返った。
「だけどその名前だけが残って、最初の理由を忘れられてしまったのね。今や、来客用の建物となっているけど、この宮で一番美しいのは北向きの一番大きな部屋なの。太陽の光を反射で室内に取りこむようにしてあるから。だから私、北向きの部屋がいいわ」
そこで女官長が不思議そうな顔になる。
「北向きのお部屋はかまいませんが、そんな光をとりこむようなことにはなっておりません」
女官長は、客人には東南の位置にある部屋を四つ、それぞれ案内しようとしていたのだが、優理は首を横に振った。
「それは塞いでいるからよ。上にある扉を開ければ、ちゃんと反射光がガラス窓を通して差しこむようになってるの。そうしたら途中の色ガラスとかを通してとても幻想的な光が溢れるのよ。眩しすぎないようにっていう父王の心尽くしだったの。せっかくだもの。王女様が使っていたその部屋で泊まりたいわ」
客は客だが、砂漠を抜けてきたばかりとなると疲れているだろう。
そういうことで、その夜の食事は部屋まで運んできてくれた。
けれども一人でその王女の使っていた部屋を堪能する予定だった優理は、なぜか男達と寝る羽目になる。
「なんでみんな、この部屋で寝るっていうの?」
「広いからかまわんだろう。今更じゃないか」
「そういう問題じゃないと思うの、レイス」
どうやら小さな子供達のいる家族が一緒の部屋で寝る時に使われていたらしく、その部屋には寝台が5つ入っていた。
北向きだが広いので、騒いでもあまり他の部屋に影響しないといった感じで捉えられていたらしい。
「砂漠じゃもっと密着してたわけだしな。それにユーリちゃんの言う幻想的な光ってのも見てみたいもんだ」
「あの、カイネさん。別にそれ、朝になってから見に来てくれてもいいと思うんだけど」
だが、さっさとカイネは一番扉に近い寝台を確保してしまう。窓際の寝台はレイスがとった。
「そうだよ。大丈夫、ユーリちゃん。何か変なことをされたりしそうになったら悲鳴をあげるんだ。ちゃんと助けるからね」
「ありがとう、エミリール。だけど何かが違うと思うわ」
優理は、女官達に自分がどう見られるであろうかを思い、眩暈を覚えずにはいられない。
(女の子が男達と四人で一緒の部屋に寝るだなんて。私、明日から、いえ、今日からすっごい・・・・・・、考えたくない、本気で考えたくない)
それでもせっかくの男手だ。
椅子などを踏み台にして長い棒を使って光を取り入れるスライド式の扉を開けてもらうことにした優理は、基本的にいる人間は遠慮なく使うタイプだった。
「そこの桟に隠れている窪みを右に押してちょうだい。そうしたら開くから」
「お。あ、たしかにガタガタ動く感じだな。だがよ、ユーリちゃん。ここ、長く開けられてなかったっぽいぞ。ちょっと固まっちまってる」
「そこを頑張って、カイネさんっ。斜めから押すようにすればいいわ」
尚、優理のその報告を女官長とニッカスから受けたディッパは、
「え? あそこ、そんな部屋ってホントかよ。まあ、本当か嘘かは明日になったら分かるだろう」
と、首を傾げる。
「ですがディッパ様。あのお嬢様は一体・・・。我が国の建築物についての内容が外国に流出したのでしょうか」
「さあな。何にせよ、面白い娘だろう。女を見抜くのは女という。女官長、よく観察しておいてくれ」
「かしこまりました」
そしてディッパは呼んであった警備担当者に向かって、小さく肩を竦めてみせた。
「同じ部屋で休むとはな。こっちがあっちを信用してないように、あっちもご同様のようだ」
「陛下を助けてくださったのはありがたいことですが、油断はできません。どういたしましょうか?」
「いいさ。宮から出て行かぬように見張りだけつけておけ」
「かしこまりました」
相手を疑って警戒しているのはお互い様らしい。
ディッパは何となく楽しい気分で目を閉じた。
さあ、明日は各担当者と彼女とを引き合わせてみよう。ちょっと面白そうじゃないか?
そんなことを考えながら。
ディッパは、仕事というのは各専門部署こそが責任を持って向かい合うものだと考えている。
そうでなければ専門家という言葉はいらないし、その職能を考える必要性だってなくなってしまうではないか。
王宮に戻った次の日から、それこそ緑化に携わっているそれぞれの部署、犯罪取り締まりを行っている部署、土木関係を行っている部署、また医師や薬師達をも管轄する部署とも、優理達を引き合わせてみた。
そしてそのやりとりを大臣達に立ち合わせたのである。
『砂漠で命を救われた以上、恩もあるのでな。だが、あの娘、大言壮語も甚だしい。その馬脚を現してみせよ』
『かしこまりました、ディッパ様』
たかが小娘の浅知恵、大したものでもあるまい。たまには外国人と接触するのも悪くないがと、そう思った大臣達は、高をくくっていた。
けれども大臣達こそが。優理との時間を持ったことにより彼女へ傾倒してしまったと言えるだろう。
「だが、王の客人であるなら、身元ぐらいは答えるものであろう、ユーリとやら」
「ごめんなさいね。親の名前は教えられないの。迷惑がかかるから。だけど小娘一人、何ができるものでもないわ。それに私は自分の素性ではなく、自分の語る内容で評価してもらいたいの。大事なのはそんなどうでもいいことに囚われる小さな視野じゃないわ。そうでしょう?」
どちらにしても素性の分からぬ人間なぞ信用できないのだから身元を明かすように大臣達が迫っても、優理は頑として口を割らなかった。
だから身分卑しい出であろうと思っていた大臣達である。
しかし大臣達も女官達も、優理はかなり高い教育を受け、それこそ良い家の出であると、ディッパに対して保証することになる。
『有象無象の輩とはとんでもないことでございますぞ、王よ。あれは恐らく、どこぞの宰相もしくは高名な学者の娘か弟子ではありませぬか? 他国の者はまず知らぬ我が国の古典にも明るいとは』
先々代国王の時から仕えてくれている大臣の一人は、そこに感じ入ったらしい。
優理は、パッパルート王国のそれは他国より秀でた文化なのだから、きちんと学校で学ばせるべきだと、主張したそうだ。
しかも部分的に紛失している文化内容まで、どういう意味があって行われていたのか、そして欠損した部分はどういうものだったのか、かなり詳細に語ったらしい。
『たしかに街道とは夢物語ながら、夢とは言いきれぬ程にかなり我が国の水脈にも明るい様子。実際にあの娘、この近郊の涸れた井戸の代わりを見つけてみせましたぞ』
優理は連れていかれたその涸れた井戸を見て、しばらくはその辺りを歩き回り、周囲の地形も見ていたそうだ。それから違う場所を掘るように指示してきたのだが、誰もが信じぬままにそこを掘っていたら、いきなり水が噴き出したらしい。
そして、掘った場所が水を噴き出した途端、涸れていた筈の井戸が復活したとか。
『身分卑しき娘ということはありませんでしょう、ディッパ様。外国人ということでございましたが、昔の記録をお調べになった方がよろしゅうございます。今は形骸化していた王宮のしきたりを、あのお嬢様はその成り立ちをも私達に説明してくださったのです。しかもそれを調べたら、たしかに数代前の記録からそれが発見されております』
意味が分からぬままにしきたりとして続けていたそれらの行事を、女官長に対して優理は全て事細かく説明してきたのだとか。
最初は、何を偉そうにと思っていた女官長だが、あまりの事細かさに、もしや自分の方が無知ではないかと思って聞き返したなら、優理は自分が語るそれらを全て書き留めさせ、ちゃんと調べるようにと言ったらしい。
そして、そのしきたりが発生した時代の王にまで言及したのである。
それこそ過去の有能な女官長の指導を直接受けたとしか思えぬ程に、それらは全く瑕疵のないものだった。
(なんだかなぁ。外国に移住したパッパルート人の身内なんだろうって、言ってたが。だが王宮関係者で、そこまでの知識があるとなったら大臣クラスか女官長クラス。それでいて外国に移住ねぇ)
それこそ自分が産まれてくる前の時代だ。分かるわけがないだろう。
(てか、それなら大臣や女官長じゃなくて王族じゃねえのか。うちのご先祖様がどっかで作った子孫とか?)
ディッパは、優理が素直に白状すればいいだけじゃないかと、思わずにはいられない。
(以前はギバティ王国にいたと言っていたし、ギバティ人なのだろうが、あのマーコットという姉はかなりの資産家に嫁いだ様子だった。それこそ貴族か領主、高位神官か豪商、そんなところだろう。だが、そうなると妹に何の供もついてないのはおかしすぎる。まさかと思うが、あの下町で風俗店を経営しているというレイスとカイネが供の者か? そうなると暗黒街のボスの身内ということか? 外国に移住したものの食っていけずに、そっちに囲われて産まれた娘とか?)
しかし、ギバティ王国に優理の身元を問い合わせようにも、あれでギバティ王国は様々な王女や傍系の姫君達を諸外国へと嫁がせている。
優理が王族などでないことは確かだが、へたなことを言えば藪蛇になりかねない。
なんといっても、ディッパは独身国王なのだ。
あのえげつないやり口で高く姫君達を売りつけると有名なギバティ王国に、どうして接触などできようか。パッパルート王国は貧乏なのである。
そして繰り返すが、ディッパは独身国王である。
(うーむ。何故、俺がこんなにも怒られるのだ)
彼女の素性をさっさと聞き出してくださいと、なぜか臣下達にそろって責められる自分がこの国の最高権力者というのは本当なのだろうかと、ディッパは疑わずにはいられなかった。
だが、ギバティ王国に問い合わせなんて出したくない。
(どいつもこいつも、俺を苛めるのが仕事だと思ってんじゃねえか。ざけんな、クソが)
けれども、かなり心が沸き立つのだ。そう、今までどこか諦めをみせていた彼らの瞳に希望の光が輝いている。
そう、もしかしたら何かが変わるかもしれないという、そんな希望の光が、様々な人の目に浮かんでいた。
「だが、誰もが歓迎というわけでもなかったか。ま、それはどんな事でも一緒だしな」
「そうですね、我が王。しかし、面白い台風の目ですよ」
実際、幾つかの部署の人間は、優理みたいな小娘と引き合わされたことを快く思わなかったらしい。
それでも優理が、
「ちょっと来なさいよ」
と、二人でこそこそと別室で話した途端、態度が変わったことを、ニッカスも確認している。
「ですが、本当に凄いです。あのユーリさん。まあ、聞いてくださいよ、我が王」
「おう、聞くぞ」
それは優理が治安部隊長を連れて別室に入った時のことである。
ニッカスばかりか女官長、そして他の治安部隊員は扉の所まで行って、さりげなく女官長が渡したグラスを耳に充てて部屋の会話内容を聞こうとした。
だが、そこは女官長に仕込まれた侍女だ。
部屋の扉の開け閉めをしたフリをして、扉を閉める時にわざとポケットに入れておいた薄い板を差し入れ、きちんと閉まらないようにしてあったのである。どこの間諜だ。
『よくやりましたね』
『女官長の教えの賜物でございます』
おかげで部屋の会話内容は、廊下で鈴生りとなった者達に丸聞こえだった。
そうして皆が聞き耳を立てていると聞こえてきたのは・・・。
『何も知らぬ小娘が、若い王だと思って取り入るとは』
何事も先手必勝。別室に入った途端に、治安部隊長は優理を恫喝した。
しかし怯える筈の小娘は強気である。
『あなた程じゃないわよ。あなた、郊外の家に21才の愛人を住まわせてるわよね。子供もいるくせに。しかもあなた、自分は独身で貧乏な王宮勤めとかいって騙したのよね。かーわいそう。まさか自分が愛人とその子供だったなんて知ったらどう思うのかしら。あなた、婿養子なのにね。愛人に子供産ませてたって知ったら、奥さんもショックよねぇ』
『なっ・・・』
優理は、そこで攻撃を止める娘ではなかった。
だが、それを聞いていた治安部隊員の動きが凍りつく。恐らく治安部隊長の妻の父親を思い浮かべたのだろう。
『私は協力してなんてお願いしてないわ。命令してるのよ。立場を弁えてちょうだい。できないならその首、挿げ替えるわよ。あなたの奥さん、本当にあなたの浮気に気づいてないと思ってるの? 私が言えば一発で、あなたの奥さんのお父さん、あなたを放り出すわよ。だって奥さんが耐えているから知らないだけで、それを外国人の小娘に指摘されたら恥もいいところだもの。どんな顔するかしらねぇ?』
『・・・・・・』
『そういえばあなたの実家のお兄さん、清廉潔白な顔してるけど、実は使い込みしてるの知ってた? さっさと穴埋めしとかないと、私、上司に密告するわよ。最近、お兄さん、高そうな骨董品とか買い漁ってるでしょ。あれ、本当に安い掘り出し物だったと信じてる? あ、だけどその穴埋めするには、お兄さんばかりじゃなくあなた達兄弟の持ち金、全部出さないと到底足りないわ。そこで離婚されたら本当に兄弟そろって路頭に迷うわよねー。あら、大変』
『こ、この小娘が・・・』
聞き耳を立てていた侍女は、かなり険しい顔つきになっていた。
「許せないわ。まさか・・・」
そう呟いていたところをみると、関係者の誰かが身内か知人なのかもしれない。
『誰が小娘よ。ちゃんとユーリさんとかユーリ様って言いなさいよ。何なら今すぐ皆に教えたげてもいいのよ? あなたのお兄さん、実はこういう使いこみしてますってね。そんな男の弟だってばれるの、まずいんじゃない? あなた治安部隊長なんでしょう? それとも奥さんのお父さんに泣きついて、補填してもらう? だけど娘を裏切って愛人作ってる男の為に出してくれるかしらねぇ?』
『・・・兄の件は確認しよう』
『そうした方がいいわ。あ、私を殺して口封じってのは無駄だって教えといたげる。これだけの情報を握ってる私が、それらを調べるのに人を使ってないわけないでしょ? 秘密はもう秘密じゃないの。さっさと今から巻き返すのね』
そこで話はついたと判断したニッカスや女官長達はささっと元の部屋に戻って、まるで雑談していたかのように装ったのである。
それから間もなく戻ってきた治安部隊長と優理との会話は、優理が主導となっていた。
そんなことをディッパに話したニッカスは、今更ながらに振り返る。
「本当に恐ろしい娘さんですよ。あんな体格差のある部隊長を反対に脅しかえすんですから」
その怖いもの知らずな態度は、あまりにも危険すぎるようにしか思えないのだ。
だが、ディッパは違うことが気になって仕方ない。
「あの部隊長が・・・。若くても頼りになる奴って思ってたのに」
「いや、あなたの方が若いですから。我が王」
治安部隊長は32才である。
そして日頃、年寄りのお偉方に囲まれている25才の国王は、気分は既に50代だった。
「しかも妻ばかりか、21才の愛人。俺なんて、俺なんて・・・」
立場上、愛人を囲うだなんて夢のまた夢の国王である。
側室を迎えるとなったら年間予算も考えなくてはならないし、その予算があればどれ程の苗が買えることか。
「いや、泣かないでくださいよ」
「泣いてないもん」
「いや、もんじゃなくて」
単に涙が滲んだだけだ。泣いてなんかいない。
そんな国王の私情など知ったことかと、ニッカスは違うことも考え始めた。
「ただですねえ、部隊長の兄上って、たしか裁判関係の仕事じゃ・・・」
何かで顔を合わせたことがあった筈だと、ニッカスは記憶を手繰り寄せる。
「我が国の司法に携わる人間が使いこみか」
「先に調べ上げる必要がありますね」
「俺、人間不信になりそう」
「たしかに。そんなことしそうに見えなかったのに」
これから見る目が変わってしまいそうだ。いや、確実に変わった。
「人って、思いがけない一面を持ってるものなんですね。我が王」
「冤罪ならとんでもないことになる。慎重にやらせろ」
「はい」
言うまでもないが、命を助けた恩人である可愛い娘さんと国王との出会いといった優理の目論見は、この時点で完全に潰えている。
ディッパの中では、優理はとっくに不気味な情報通の魔女だ。
「とはいえ、その考えなしっぷりは困ったもんだな。恨みをかう恐ろしさってのが分かってなさすぎる。ユーリ殿の警護はきちんと手配しておけよ、ニッカス。あのレイス殿とカイネ殿、そしてエミリール殿がついているにしてもだ」
「はい。常にエミリール殿がユーリさんと一緒に行動しております。やはり他国の貴族となれば、誰もが丁寧に対応しなくてはならないからでしょう。少し離れた場所からレイス殿とカイネ殿が見守っておられますが」
「毒物の混入にも注意しろ」
「かしこまりました」
それでもディッパとニッカスは考えずにいられなかった。
どうして外国人の優理が、そこまで様々な情報を握っていたのかと。
だが、やがてディッパも優理の動きを観察しているだけの余裕はなくなった。
というのも、皆にいきなり押し掛けられたからだ。
なぜなら優理は誰が見ても十代後半の娘である。誰もが侮っていたのだ。
そして、優理は自分を侮る人間を許すタイプではなかった。
有言実行、まさにそれをやらかしたわけである。
「王よっ、これはどういうことですかっ」
「あのユーリという小娘、陛下の差し向けた諜報ですかっ」
「我らに諮らず、いきなりこういったことをなさるとはっ」
一気に様々な部署の男達に押し掛けられ、返答を迫られたディッパは目を白黒させた。
「なんのことだ。落ち着いて話をしてみろ」
そうして聞き出したなら、優理は様々な家や部署に押し掛けてそれらを全て密告していったとか。
「こんにちは。私、お宅のご主人の愛人についてお知らせに参りました」
とか、
「おはようございます。私、こちらの息子さんの密通の件でご報告に参りました」
とか、
「ごきげんよう。私、お宅の部下の使いこみについてお知らせに参りましたの」
とか。
今や、どの家でも紛争状態となり、様々な部署でも本人の資質不適格どころか足の引っ張り合いが起こり、てんやわんやしている有り様である。
「ほう」
ディッパは冷たい目つきとなった。
そこへ皆が畳みかける。
「どう責任をおとりになるおつもりですかっ。この混乱をっ」
さすがにキレた。さすがのディッパもキレた。
国王である自分が、休日にも金のかからぬ昼寝で過ごしているというのに、こいつらは何なのかと。
(許せなさすぎる・・・!)
その原動力は、妬みだったかもしれない。
背後に控えていたニッカスは、ディッパの額にある青筋がブチッと切れる音を聞いたような気がした。
「その小娘如きに指摘されるような資質の無能人間を重用していたそなたらの目は節穴かっ! ぐだぐだ言わずにさっさと綱紀粛正に励めっ。そうでなくば、その小娘とやらをそなたらの地位に就けるぞっ!! その密告された人間とやらの名前を全て報告せよっ! 人事能力の有無としても、そなたら責任者の査定に反映させてやるっ」
勿論、売り言葉に買い言葉である。
だが、それは実現可能にも思えるものだった。誰もが黙りこむ。
というのも優理は様々な部署で、いい加減な話を全て指摘し、ごまかしなど全く受け付けなかったからだ。
「そ、そんなことが実現可能だと・・・」
「それだけ様々なことを指摘するだけの有能さを10代の小娘に見せつけられて、できるのはいい年をした男達が幼児のように国王に泣きつくことだけかっ! それでも男かっ、女々しい奴めらがっ!! 何の為の責任者だっ!」
「お、王・・・」
「あの娘、本当にそなたらの代わりができぬとでも思っておるのではあるまいなっ!」
王宮に、嵐が吹いた。
日頃、黙々と地道に励む人間が怒ったらこんなにも恐ろしいものなのかと、誰もが黙らずにはいられなかった程の、国王の怒りの嵐が。
どうして優理が周囲に喧嘩を売ってまで自分の才覚を見せつけたかといえば、こういうことには流れがあるからだ。
自分達はただの短期滞在の客人にすぎない。それなのに彼らの中へ踏み込もうとしたら、圧倒的な違いを見せつけるしかないのである。
それは、ある意味では成功していた。今や、優理の正体は、かつて政権闘争で敗れた王族か大臣の末裔ではないかとまで言われている。
国王ディッパからその地位を簒奪しようと戻ってきた、悲運の姫君だ。
(私はねえっ、私の優秀さを認めて平伏して従えってなもんなのよっ。そんな身の上話なんていらないのよっ)
柔らかな砂のような色合いの髪が多いこの国で、優理の黒髪など場違いもいいところだろう。
どうしてそんな話が出てきたのか。
(全く何なのよ、それっ。肝心の国王なんてウケまくって大笑いした挙句、言うに事欠いて、それもいいとか言い出してるじゃないっ。
「ナイスアイディアだ。俺が出かける時は代わりに玉座に座っておいてくれ。うちの弟なんぞ、そんなことしようものなら俺が戻ってこなくなると言って、絶対に代行しようとせんのだ」って。
提案したんじゃないっ、その話を止めろって言ってるのよっ。どうして誰も私に同情してくれないのっ!?)
そこで往生際が悪い優理は、全てにおいて自分が悪いのではないかという思考からは目を逸らす。
何故なら自分のやることにミスなどある筈がないからである。あってはならない。そうではないか?
だから自分にミスはない以上、パッパルート王国の人々が悪い。そうに違いない。
そういう結論に達するのである。
かくして。
「本当に人生は不条理なことだらけだわ」
アンニュイな雰囲気を漂わせて、優理はそう呟いてみた。
「どちらかというとあなたが原因で不条理な目に遭っているのは私なのですがね。兄王の客人として歓迎はいたしますが、まさか王子の私がそのもてなし役につけられるとは思いませんでしたよ」
「客人扱いされた覚えはないわね」
自分は無料で働かされているのだ。客人以前の問題である。
だから優理は誇り高く却下してみせた。
「いやホント、ここまでくると感心するしかない神経ですね。これだけの恨みを集めておいてそう言ってのけられるとは、いっそ尊敬しますよ」
呆れた顔になるデューレは、国王ディッパの弟王子、22才だ。
兄と同じくベージュ色の髪に黄土色の瞳をしていたが、顔立ちは優しげで雰囲気も穏やかである。
だが、言うことはなかなか手厳しい。
この場には自分を含めて五人しかいないとあって、デューレも普段は周囲に見せている穏やかさなど見せる必要はないと、そんな割り切りがあったのもその理由の一つだろう。
実際、デューレにとって迷惑な話である。
それは、こうなってはいつ誰が優理に何をやらかすか分からないというので、王族が傍にいれば滅多なことも起きないだろうという、ディッパの苦肉の策だった。
そんなデューレに、可愛い子犬達を腕に抱いたエミリールがすまなさそうな顔になる。
「申し訳ございません、殿下。私の力が至らぬばかりに、まさか殿下にまでこんなご迷惑を・・・」
「いや、エミリール殿が謝る筋でもないだろう。それぐらいなら、このお嬢さんの素性を教えてくれれば一番簡単に物事が片付くと思うのだがね」
「さあ、それは」
苦笑するエミリールは、優理がそれに関しては頑なに口を噤む為、聞き出すことは諦めていた。
けれどもパッパルート王国に深い縁があるのだろうとは、感じている。そうでなければ、どうしてあんなにもこの王宮内のことに明るいというのか。
ディッパやデューレが困った顔になりながらも優理の身を守っているのは、それがあった。
王族にも恐れ入る様子がなく、更に儀式などについて細かく説明してくる優理は、夜になると王宮の人間を集めて講義をしている。
それは今まで続いてきた式典の成り立ちや意味合いについてだ。
その矛盾がない内容に驚いたディッパは、優理の発言は全て記録させていた。そしてそれらの裏付けをとるように命じている為、誰もが慌ただしく埃が積もっていた過去の資料や遺品などを漁りまくっている。
特に式典を司る部署は、優理を見るだけで目を輝かせる有り様だ。
けれどもそれは、王宮内部の話である。
言うまでもないが、優理の暴露話により人生が急転換した人々にとっては、目障りどころではない。
まさに、「お前を道連れに死んでやる」である。
そう、「貴様だけは共に破滅させねば気がすまない」というものだ。
「だけどユーリちゃんも少しは反省しないとね。いくら俺だって、武装してくれているならともかく、どんな格好でやってくるかもしれない暗殺者なんて、対応できるものじゃないんだよ? しかも恨んでいる本人ならまだ顔に見覚えがあるにせよ、人を雇われたら分からない」
そう言いながらも、エミリールとて軍事大国ドモロール王国出身の母を持つ身である。
そこらの貴族子弟と違い、毎日の鍛錬を欠かさぬ為、護衛程度は十分にこなせる腕前の持ち主だった。
実際、街で優理を狙ってきたそれらを既に五人は排除しただろうか。
「う。だけど、その人達だって清く正しく美しく生きていればなんてことなかったと思うわ。所詮、それで逆恨みして私を殺そうだなんて思うような人間が、それなりの地位に就いていたことが間違いだったと思うの」
「それはその通りなんだけどね。だが、その汚さすら受け入れなくては何も成し遂げられないのが人を使う立場ってものさ。それはどこの国でも変わらない」
王太子にすら毒を盛られてしまったキマリー国である。
その解毒に、姉と共に努力していたエミリールは僅かにその睫毛を伏せた。
(君は人がどんなに悪辣になれるかを知らない)
それこそ、運ばれてくる食事にしても、厨房の人間もしくは女官を一人抱きこんでしまえば、毒なんてすぐに混入できる。
そんなわけで子犬を手に入れてきたエミリールは、毒見役にそれを使用中だ。子犬に異常が出なかった物しか食べさせてもらえない優理は、最近、冷えたご飯しか食べていない。
おかげで汁物は冷め、浮いた脂も切ない。のびてしまった麺をすするのも悲しくなってくる。
反対に冷えていた筈の果物は常温になっているのだ。
美味しく咽喉を潤してくれる筈の果物ジュースは時間が経ってどす黒くなっていたりもする。
軍部に所属していたエミリールは文句を言わずに食べているが、優理はかなり不満を募らせていた。
「仕方あるまい。ユーリは考えなしだからな」
そういうレイスは、優理とエミリールが誰かに囲まれて何かをしている時に、ちゃっかりカイネと交代で外に食べに行っている。
恨みをかっているのは優理だけなので、彼らが個別に動くとなったら狙われることはない上、人を殺すことにかけては彼らの方が熟練者だ。
「その前になんでレイス達だけ、ご飯お外で食べてきてるの。私だって行きたい」
「それは諦めんとなぁ。狙われてる場合、食堂とかで一定時間の滞在をしてしまうのは危険なんだ、ユーリちゃん。その間に周囲のテーブルや帰り道を押さえられたら手も足も出なくなる。な? ちゃんと美味しいお菓子買ってきたげるから我慢しときな」
カイネが困った顔でそうとりなすが、この場にいるデューレに遠慮して優しい言い方になっているだけだ。
三人の瞳は確実に、「自業自得だ」と、そう語っている(気がする)。
優理は、唇を尖らさずにはいられなかった。
「お外、お散歩行ってくるっ」
「ここの窓から見える範囲までな。ちゃんとそれは守るんだぞ、ユーリちゃん」
「はぁい」
だからムカムカしながらティーファの宮の前にある花壇の所までどかどかと歩いていった優理は、そこでやはり優理の苦情を聞かされ、ブチ切れて外に出てきたディッパと出会った。
「なんだ、ユーリ殿か」
「陛下も散歩?」
二人は視線だけで、
(どうした、しけたツラじゃねえか)
(そっちこそ不景気な顔してんのね)
と、語り合う。
「まあな。世の中は不条理なことが多すぎる」
「分かるわ。真面目な人間だけが馬鹿を見るのよ。やってらんないわよね」
優理が言えばディッパも同意した。
「全くだ」
この王宮においてその元凶とみなされている二人は、そこで同時に、ふぅーっと大きな溜め息をつく。
「私が思うに、この世は不公平がすぎるのよ。努力もしてない人間ばっかりいい目を見たりね」
どうしてあんな甘えっ子な真琴ばかりが、カイトに大事にされ、彼がいなくなったら次は五人の幻獣に囲まれて大切にされているのか。
ご飯だって真琴の好みや体調を考えた美味しいものばかりだ。
努力し続ける優理など、これだけの男に囲まれていても、皆に怒られるか注意されているばかりだというのに。
しかも真琴の為なら全てを捨てたカイトに比べ、優理なんて問答無用で拉致されるか騙されるかだ。
ご飯だって彼らは優理を連れていってはくれない。
この差は何なのだろう。
「それは言えるな。努力する人間の努力は当たり前に受け取られ、そして努力していない人間ばかりがやっているかのように言い募るときたものだ」
今までの自分の努力は何だったのだろうと、ディッパは虚しくなっている。
彼らもまた国王と同様、国の為を思い、手を抜かずにやっていると信じていたのに。
「それ、給料泥棒って言うのよ」
「なるほどな。今度、そう言ってやるか」
二人の心が通じ合った瞬間だった。
その共通する感情は、「やってられるか」だったかもしれない。
(なんで私ばっかり怒られなきゃならないのっ)
食べ物の恨みは恐ろしいものと決まっている。
(なんで俺ばっかり責められねばならんのだっ)
男にとって、色恋関係の不満は大きいものだ。
「「どいつもこいつもふざけすぎてる」」
そうして・・・。
二人の視線が交差する。
「私達、同志ねっ」
「我が心の友よっ」
がしっと手を組む二人の会話は開けっ放しの窓まで筒抜けだ。
その為、窓枠に腰掛けていつでも飛び出せる姿勢になっていたレイスとカイネ、子犬の世話をしながら視線だけはちゃんと優理に向けていたエミリールにも聞こえていた。
全くそんな会話に興味のない王弟デューレは本を読み続けている。
(なんかこの流れだとユーリちゃん、そろそろやらかしそうだよなぁ。何かは分かんないけど何かを)
さすがに優理を理解し始めていたエミリールだ。
優理は不満を我慢し続けることなどしない。
三人はやれやれと思いながら、デューレに分からぬように小さな吐息を洩らした。




