71 優理は真琴と再会した
砂漠の朝は美しい。地平線の向こうに現れる太陽の姿はいっそ神々しいと言ってもいいだろう。
だが、その清々しい朝を堪能する暇は誰にもなかった。
というのも朝っぱらから思いがけない騒動が起きたからだ。
それの原因である優理が起きたのは、もう少しで太陽が昇るといった、まだ薄暗い時刻だった。
「起きろ、ユーリ。朝だ」
「んー。まだねむぅい」
「そういうわけにもいかんだろ。今日は早く出立して砂漠を抜けないとまずい」
「んー」
一緒に寝ていたレイスに起こされた優理は大きな欠伸をしてから、ぐぅいーんと大きな伸びをした。
「ほら、顔を洗って来い」
「ふぁい」
目を擦りながら優理は泉の方へと歩きだす。
そうして泉に顔を近づけてパシャッと掬った水を顔にあてた所で、どすんと何かに横から激突された。
「何っ? 何っ、何なのっ?」
寝ぼけていた頭も、いきなり覚醒する。
「優理のばかぁっ!」
「・・・ふぇっ?」
思いっきり尻餅をついた優理は目をぱちくりさせた。
自分に抱きついているのは、輝く黄金の髪の持ち主だ。だけどその口調も、何もかも・・・。
「ま、こと?」
「優理が全部悪いんだからっ」
もしかしてこれは自分の姉妹ではないのかと思った優理が周囲を見渡せば、そこには青みを帯びた黒髪の女性がいた。
優理と違って後ろよりも前の方にくると長めになるボブスタイルをしていて、どこか妖艶な雰囲気がある。
「お初にお目にかかります、ユーリ様。私はラーナと申します。マーコットをお連れしました。他の者はお邪魔になってはならぬだろうと、離れた場所に待機しております」
「あ、どうもご丁寧に。えーと、呼び捨てで構わないので、ユーリと呼んでください」
ラーナは持っていたハンカチで、優理のびしょびしょの顔などをそっと拭った。
「かしこまりました。これから朝食でしょうか? 用意は私がいたしますので、どうぞお二方で」
そう言うと、ラーナは立ち上がって天幕がある方へと歩き去っていく。
優理の胸に顔を埋めている姉妹は自分よりも背が高くなっているが、やっぱりこの甘え方は真琴だと、優理は砂の上に座りこんだままその体を抱きしめた。
「真琴。・・・会いたかった」
「・・・捨ててったくせに」
「あなたと遥佳に、あんなことさせたくなかったのよ」
いきなり現れた黒髪の美女が、天幕で作業し始めたのだ。
さすがに、起きてきた男達も驚くしかない。
「え? 昨日は誰もいなかったよな? えーっと、いきなりどっから現れたんだ? というか、ユーリちゃんといる金髪の人は?」
カイネが皆を代表して訊いてみる。
「久しぶりに会った姉妹を二人きりにさせてあげようと思わない坊や、ここにはいませんわよね?」
だが、ラーナはその一言で全員を黙らせた。
迫力のある美人は得だ。男に反論を許さないのだから。
すぐにオレンジジュースとミルクティー、サンドウィッチ、果物をちりばめたゼリーをトレイに載せて、ラーナは二人の所に運んでくる。
「お口に合うといいのですが」
「どうして砂漠でこんなまともな朝食が出てくるのかが疑問なんだけど」
ひしっと自分に抱きついている真琴の背中を抱きしめ返しつつ、優理も言わずにはいられなかった。
ローストビーフや生ハムにチーズ、フレッシュレタスやトマト、キュウリなどが挟まれているのだ。こんなサンドウィッチ、それこそ砂漠で出てきていい食事ではない。
「早朝に作ってから空を飛んできましたから。私はドラゴンですので」
くすっと小さく笑い、優理の耳元でラーナは囁く。
「あー、あなたが送ってってくれた五人の一人。すみません。マーコットがお世話になりました。というか、引き続きお世話になってます」
「まあ、そんな。私共がしたくてしておりますのに」
彼女が真琴をゲヨネル大陸からマジュネル大陸へ送っていったというドラゴンの一人かと、優理は納得した。
そうしてラーナは男達の所へ戻ると、バスケットに詰めてきたらしい残りのサンドウィッチを出したようだ。
「どうして砂漠でいきなりこんな材料が・・・」
エミリールの戸惑った声が、優理のところまで聞こえてくる。
「文句があるなら食べなくてもいいんですよ、坊や」
「俺は有り難くいただこう。ユーリが信頼しているなら信頼できる」
「お前、一人で抜け駆けすんなよ、レイス。じゃあ、俺も有り難くいただこう。ありがとうな、綺麗なお嬢さん」
「よく事情は分からんが、昨日から壮大な夢か手品を見せられてる気分だな。俺はディー。お名前をお伺いしても?」
「名乗る理由など何一つ見出せません。私はユーリ様の代わりに朝食作りをしただけです。お茶はいかがです?」
「そのお茶はディーより先に俺がいただこう。ところで、ユーリ様と呼んでいるということは、あの方はそれなりのご身分をお持ちなのか?」
「愚かな質問です。身分でどうこう考えるとは、卑しい思考ですね」
その会話に、何とも言えない気分になりながら優理はそのオレンジジュースを一口飲んだ。
(ヴィゴラスもそうだったけど、幻獣って極端なのかしら。本当に人間が嫌いなのね)
冷たいジュースが美味しい。サンドウィッチもなかなかいける。
「真琴。ほら、美味しいわよ。お腹空いてるでしょ」
「・・・優理は私よりもご飯の方がいいんだ」
優理は黙ってサンドウィッチを小さくちぎると真琴の口に押しこんだ。そうなると真琴はもぐもぐ食べ始める。
「なんか悔しいかも。真琴の方が先に大人になるなんて」
「なったって意味なんかないもん」
けれども二人でいれば心が落ち着いていった。
二人で寄り添っているだけで、失われた何かを取り戻した気分になっていく。
「美味しかった。ミルクティー、真琴の好きな味だったわね」
「うん」
朝食を食べ終えても、二人は一緒に泉を見ていた。
話したいことは沢山あるが、人の耳がありすぎる。
そこへ、近寄ってくる足音がした。
「ユーリ。この女性が、お前は後で送っていくから先に帰れと言うんだが、・・・お前の姉だというのなら一緒に来てもらえばいいだろう。離れて暮らしている理由もあるだろうが、わざわざ会いに来てくれたなら、その方がいいんじゃないか? ちゃんと宿では広い部屋を取るし、その方が気兼ねなく一緒に過ごせる筈だ」
「レイス・・・」
振り返った優理につられて、真琴も振り返る。
そこには五人の男と、少し離れた所にラーナが立っていた。
「えーっと、そうなんだけど、それはちょっとできないの。というより、私、いも・・・姉と、色々と積もる話があるのよ。後で追いつくから先に帰っててくれない?」
「だが、ユーリちゃん。女の子だけは危険だ。昨日みたいなこともあるかもしれん。こっちの人がそれなりにできるのは見りゃ分かるが、それでも二人を守り通せるかとなったら別だろう。なら、まだここに俺達は一泊するから、君達は少し離れた場所で語り明かした方がいい。こっちのお偉いさんには帰ってもらうにしても」
カイネが親切でそう言ってくれるのは分かるが、この自然界で自分達に対する危険など何もない。
優理がどうしたものかと眉間に皺を寄せて考えれば、真琴の方が反応は早かった。
潤んだままのセピア色の瞳でカイネを見つめる。
「ありがとう。優理にはずっとずっと会いたかったの。いい人なんだね、お兄さん」
にっこり笑う真琴は、基本的におねだり上手だ。
「カイネだ。こっちがレイス。そっちがエミリール。顔立ちもよく似てるが、行動力があるのもよく似てるんだな。よくここが分かったね。砂漠まで来るのは大変だっただろう」
色合いは全く似ていないが、やはり共通する顔のつくりがある。
優理の姉にしては性格は子供っぽい感じだなと、そんなことを思いながらカイネは話しかけた。
「私はマーコット。えっとね、優理のいる場所は友達に捜してもらったの。で、ラーナが連れてきてくれたの」
「ああ、そっちの美人さん」
「うん。ラーナは綺麗だし強くて頼りになるの」
嬉しそうに笑う真琴を見れば、ラーナが好きだとよく分かる。
だが、
(そうか。ラーナという名前なのか)
と、その名を知った五人は、それでもその名を呼ぶ気にはなれなかった。
何となくだが、優理や真琴には優しくても自分達には容赦しないという雰囲気がラーナにはあるのだ。
「そうだな。だけどそれが一番だ。自分の一番身近にいる人は頼りにできる人がいい」
「そう、・・・だね」
なぜか真琴の顔が陰りを帯びたので、カイネは自分の言葉の何かが悪かったのだろうかと、少し焦る。だが、何が悪かったのか分からない。
「ごめんな。俺はよく気が利かないタイプだって言われるんだが、悪いことを言っちまったかい?」
「ううん。そんなことない。ごめんなさい。気を遣わせちゃって。ラーナを褒めてくれたのは分かるから、ありがとう、カイネさん」
大人びた姿になった真琴だが、子供の頃からかなりの人に有効だった甘えっ子気質が基本にある。
無理をして笑ったと分かるそれすら、いじらしさがあり、その威力は、カイネではなくディッパの心を誤爆させた。
(美人なのに可愛いなんて。うわぁ、どうしよう。この純粋そうなところも可愛すぎる)
それはラーナの冷たさもあって余計に可愛らしく思えたというのもあったかもしれない。
王族で生まれ育ったディッパは、ラーナのように冷淡な対応をされたのは初めてだった。
『あのー、なんで俺らまで?』
『いいじゃないか。あのユーリという娘の話は興味深い。外国にもこういった形で行く方がいい結果を生むかもしれないし、前向きに検討すべきだ』
『いや、あの、ちょっと待ってください。大体、昨日、あの二人は兄妹という話だったんですよ? なのに、今朝になってどうして兄が知らない「妹の姉」が出てくるんです? おかしいでしょう』
『気にするな、ニッカス』
『気にしてください』
だが、ニッカスにしてもあまり大声で主張できない。
というのも、ラーナは強い。
ディッパ以外の四人は、その事実に気づいていた。動きに無駄がなく、汲んだ水すら零さずに軽々と運んでいたのだから。
女性で護衛ができるとなったら、かなりの特殊訓練を受けていることになる。しかもこれだけの美女となったら、それこそ王侯貴族もしくは高位神官が主人となるだろう。もしくは軍隊関係者か。
だが、ラーナは優理の姉である娘の護衛だと言った。
しかしディッパとエミリールがこそこそと、そんな名と外見に該当する王女や姫君がいたかと囁き合っても思いつかない。
「え? ちょっと待って。真琴、白い亀に玄武だなんて名前つけちゃったの?」
「うん。だって、青龍、朱雀、白虎、玄武ってあるよね?」
「あのね、真琴。玄武って黒を意味するのよ。青龍は青、朱雀は朱だから赤、白虎は白、玄武の玄って黒の意味なの」
「・・・え?」
「だから、真っ白な犬にクロって名前をつけたようなものよ、それ」
「うそぉ」
泉の反対側に一つの天幕を設置し、そこで優理と真琴は一日中お喋りしていた。
その会話が風に乗って聞こえることもなかったのは、風の妖精がいたからだと分からぬままに、男達五人は、食事時以外は二人の気がすむまで待つしかなかった。
元々、ディッパとニッカスは、このオアシスの確認に出向いたのである。
荷物を失ったのは痛かったが、こうして天幕と食事が提供されているなら、あとはポケットに入れてある物などでしのげた。
優理と真琴は泉の向こう側にある木陰に天幕を張って、その中でお喋りしている。
レイスとカイネとエミリールは、泉の手前側にある天幕の中で休める時に休むとしている。
それでもディッパとニッカスは、天幕の中で休むよりもこのオアシスの現状をチェックしておきたいと考え、せっせと調べていた。
単発的に発生する植物かどうか。どれだけの深さの根を張っているのか。
その泉の噴出水量はどれくらいで、涸れる様子があるのかないのか。
というわけで、二人はレイス達にもらった筆記用具にあれこれと書きつけては簡易的な測量も行っている。
けれどもディッパは、小さく息を吐いた。
「なあ、ニッカス」
「何でしょうか、我が王」
「ここって俺の国だよな」
「ええ、あなたが逃げない限り」
先代国王夫妻と先々代国王夫妻は、自国を見捨てて他国で隠居生活を送っている。
「なんで国王が、自分の国の調査をするのを外国人に遠慮しなけりゃならないんだ?」
「レディーファースト精神だからではないでしょうか」
優理と真琴がおしゃべりをしている天幕があるのは、このオアシス周辺の中でも一番緑が豊かなエリアだった。
正直、その場所こそを調べたいディッパ達だが、・・・優理と真琴はともかく、ラーナが怖すぎる。
そのラーナは、優理達の天幕に程近い木陰で何やら作業をしていた。
(あんな所に、大きな布を広げて何をやるつもりだ。簡易的な休憩所か? だが、本当に身が軽いな。ニッカスに言われて気づいたが、たしかにあの高さまで跳躍できるというのは凄い)
まだレイスとカイネはラーナと友好的にやっているが、それは徹底的に二人がラーナに遠慮しているからだろう。
ラーナの目に入っているのは優理と真琴だけだ。
(あんな冷淡な女が存在するとは。愛想があるとかないとかじゃなく、あまりにもひどくないか? なんでレイス達は平気なんだ。エミリールとかいう奴ですら、顔が引き攣ってたぞ)
ヴィゴラスという前例がある為、レイス達は優理の周辺に現れる強そうな人間に対しては敵意を持たずに全てを受け入れることで譲ってもらえることもあると学習している。
そんな事情など分かる筈もなく、ディッパは泉の向こう側にある木々に目をやった。
「どう思う、ニッカス? 本当にこの砂漠化を縮小できると思うか?」
「分かりません。せめてあの姉妹の正体が分かればいいのですが。もしかしたら高名な学者の身内かもしれませんし」
「そうだな。実際、かなり面白い政策だ」
時間はたっぷりある。休憩がてら優理に渡されたそれらを改めて読み直せば、たしかに面白かった。
その大前提がどうにかなるならトライする価値もあるかもしれない。
しかもエミリールに、どうしてミザンガ王国の破落戸と一緒にいるのかと、こっそり尋ねたら、
「はっきり言えば、彼女が面白かったからですよ。あんな貴族令嬢、まずいませんしね」
と、そんな答えが返ってきた。
どうせ身代わりはキマリー国に置いてきてあるから大丈夫なのだと。
『だが、なんて無責任なことを。立場を考えれば火遊びも過ぎよう』
『そうでしょうか。だけど実際、面白いコでしょう? まさかこんな所であなた様にお会いする機会を得るとは思いませんでしたし、一緒にいると楽しいのです。殿下ではなく陛下におなりだったとは、知らなかったとは申せ、本当に失礼をいたしました』
『いい。言わなかったのはこちらだ』
『ですが、不思議なお嬢さんですよね。ディッパ様が即位したことは国内の者しか知らぬこと。何故、それを知っていらしたのか』
そこで三人は押し黙ってしまった。
エミリールが記憶を辿りながら言う。
『私が3週間ほど前に在ミザンガのキマリー大使の所に出向いた折には、まだそんな知らせはきていませんでした』
『そうだな。どこにも知らせておらん。即位したのは4ヶ月程前のことだ』
しかし、ディッパがここの国王であることはレイスとカイネに知られてしまった。あまりよろしくない事態だ。
貧乏国でも国王、身代金目的で誘拐されても困るのである。
今の所はそういった動きもないが、本来はさっさと逃げ出すべきところだった。
だが、真琴といった存在が現れ、ラーナのような護衛がついていることがディッパ達の余裕にも繋がっている。
それもこれも、誘拐するなら真琴の方が誰だっていいからだ。ましてやラーナまで生け捕りにできたならどれ程の値がつくことか。普通の破落戸なら、まずそちらを考える筈だ。
だからこそ、いざとなればラーナ達と共闘もできるだろう。そうすれば真琴の感謝も得られるかもしれない。それにエミリールも土壇場ではこちらに味方するだろう。
第三の勢力、万歳。
せこくもそんなことを考えていたディッパだ。
しかし、そんなエミリールもこういった調査の役には立たないので、今は天幕内で休憩中である。
「本当に不思議ですね。いつの間にか泉が出現していたのはともかく、砂が土になっていて、これだけの涼しさも確保できている。この水源を使いすぎれば涸れてしまうにせよ、希望が持てます」
「そうだな。偶然できていた泉をまるで自分の手柄のようにして売り込んでくるのは詐欺の手口だ。だが・・・・・・」
ディッパは優理と真琴がいる天幕に視線を移す。
「その砂漠化の減少を実現しなくては、彼女の言う商売とやらはできん。こちらにとって懐が痛む話ではない」
「ですがもし、それを実現できるだけの頭脳と人間を彼女が動員できるとして、履行しなければどんな災難がもたらされることか。我が国を乗っ取られるのは困ります」
ニッカスが心配な顔になるのも無理はない。
砂漠化の減少を彼女は食いとめて街道ができる程に土壌改良をしてみせると言った。
その為に必要とされる専門家と労働力を考えれば莫大な費用がかかる。その分を彼女に商売を独占させることによりリターンさせるとしても、彼女が要求してきた内容は国家としての事業だ。
もしもそれをディッパが行わなかったりしたら、どんな行動に出るのか。本当は、彼女の背後にとんでもない黒幕がいるのではないか。
「どうだろうな。彼女の出してきたその政策、失敗すると思うか?」
「分かりません。国内の反発もありましょう。ですが街道ができて、そうして一気に国のありようが変わるのならば、あるいは・・・」
「そうだな。だが、どちらにしても我が国の場合、彼女の言う商売とやらにしても、医師にしても、また違うからな。彼女の家とやらに行くのは論外にしても、気になるところだ」
パッパルート王国において風俗店はない。医師にしても、誰もがその真似事をするのだ。そうでないと砂漠で何かあったとして、医者を呼んでくる余裕はないからである。
つまり、国民の誰もが簡単な看護における最低限の技能は身につけている。
「ですが、まずはこの砂漠化なんですよ」
「そうだな」
そんな主従が夢物語よりも現実が先だと結論づけ、くるりと背後に向き直って歩きだそうとしたら、そこには今までなかった大きな天幕が作られていた。
「い、いつの間に・・・。知ってたか、ニッカス?」
「え? いえ、だって、さっきまでは誰も・・・」
といっても、自分達が休んでいるような、地面に突き刺した棒を組み合わせた上から布を垂らしたテント状のものではなく、あくまで日差しを遮る天井部分しか布がないそれである。
地面に突き刺した棒が芯になるのは同じだが、日よけの天井部分だけ布があって、四方八方から入っていける。だが、地面には布が敷かれ、そこには大きな皿に盛られた果物などが置かれていた。
音も立てずに動いているのは、黒髪の女性二人だ。
「もう俺は夢を見てる気になってきたぞ」
「俺もです。この美女続きって何なんでしょう」
ディッパ達の顔が面白かったのか、肩より少し長い程度の黒髪を一つに括った女性が、軽く笑ってから話しかけてくる。
「皆さんのお食事はこちらに用意させていただきます。ユーリとマーコットには、あちらにお食事をお運びしますので」
そうして横に置いてあった大きな箱の中から、出来上がっている料理を取り出した。
広げた敷布の上に置いていくそれらは砂漠で出てくるとは思えない料理ばかりだ。
「足りないことはないと思うのですけど。足りなかったら遠慮なく言ってくださいね」
腰まである黒い巻き毛の女性も、そう言ってにっこり笑いかけてきた。
その会話に気づいたのか、天幕からレイス達が出てくる。
更にあちらの天幕から優理達も出てきた。天幕の外にいたラーナがこちらを指差して何かを言ったらしい。
そうして優理と真琴が、ラーナと共にてくてくと歩いてやってきた。
「大丈夫よ。そこまで気を遣ってくれなくても。ご飯の用意をさせてしまっただけで申し訳ないぐらいだもの。食べに来るぐらい当たり前だわ」
「この程度など。私はルーシー、彼女がリリアンと申します。こういう場ですので・・・」
「分かってるわ。いつもマーコットを助けてくれてありがとう」
同行者の手前、あまり仰々しくやるのはよろしくないだろうと判断したルーシーは、優理に対して簡単な自己紹介に留めた。
真琴は、優理に対して軽く微笑んだリリアンに向かって甘えるような声だ。
「リリアン、ガーネット達は? もしかして来ないの? 優理に紹介したかったのに」
「特徴的な外見ですから。それでご迷惑になる方が辛いのですよ、マーコット」
さすがに白い髪は目立つだろうと髪を金髪に染めているガーネットとサフィルスだが、ガーネットの赤い瞳はかなり特徴的だ。ジンネル大陸だと一部の地域に限られていた。
優理の置かれている状況が分からない以上、出て行かない方がいいだろうとガーネットは判断し、サフィルスもそれに付き合ったのである。
「どうぞ。マーコットがお好きなお菓子もお持ちしましたから、後で出しましょうね。朝はあっさりとしていましたから、昼は少しこってりとした方がいいでしょう?」
「ありがとう、ルーシー。ひどいんだよ、優理ったら私を放っておいて、朝ご飯美味しいって食べてたんだもん」
そう言って頬を膨らませる真琴だ。
「あらまあ。・・・ですが会えてようございましたね」
微笑むルーシーの眼差しはとても優しかった。甲斐甲斐しく、ミンチ肉のスパイス炒めを切り分けて優理と真琴に勧めている。
「皆さんもどうぞお好きなだけ取り分けて食べてくださいましね。お口に合うといいのですけど。・・・あ、ラーナ。これ、お菓子だから後で出してさしあげてね。それからお茶も追加で持ってきたから」
「ええ。ありがとう、リリアン」
優理と真琴、そして五人の男に食事を勧めてくる黒髪の美女三人だが、それでも彼女達の優先順位は露骨だった。
「あのね、優理。この焼きそば、とっても美味しいの。ルーシーが作るの、具だくさんでパリッとしてるんだよ」
「あ、ほんと。何これ、どこの麺? 豚肉の旨味が絡みついてる」
「気に入っていただけたなら、後でお住まいまでお届けいたしましょう。コツも書いておきますね」
「ありがとう、ルーシーさん」
自分達も一緒に食べはするが、何かと真琴達の世話を焼いているのが分かる三人だ。
別に美女の給仕など期待していないレイスとカイネは遠慮なく食べていたが、この砂漠の真ん中にどうやって運んできたのかと、男達五人は尋ねたくても尋ねられないものを感じていた。
特にエミリールは、こうなると真琴をじっくりと観察せずにはいられない。
少なくとも今の会話からして、真琴には四人以上の世話する女性がついてきているということなのだから。
(金持ちに嫁いだ人妻というところか? あまり人妻といった感じはしないが、これだけの女性をつけられる財力となったら、妻の仕事など彼女に求めていないのかもしれん。父親の財力だとしたら、ユーリちゃんにそれらが全くついていないのはおかしすぎる。それとも腹違いなのか)
やがて皆が食事を終えてしまうと、真琴が少し眠そうな顔になった。
「マーコット。少し眠った方がいいですわ。・・・ずっとあまり寝ていらっしゃらなかったんですの。きっとお会いできてほっとしたのでしょう」
リリアンが優理に向かってそう説明すれば、優理が辛そうな顔になる。
本来はディッパに対して命を救ってあげた恩人路線で攻めるつもりだったが、真琴が現れたことにより、優理の中ではディッパはどうでもいい存在になっていた。
ましてやカイトが真琴を置いていなくなったと聞いた今、どうして傷心の真琴よりも優先すべき事態があるだろう。
「いいわ。私も一緒に寝るから。あっちの天幕に行きましょ。あ、片付けなんだけど・・・」
「心得ております。どうぞお任せください」
「大丈夫ですわ、マーコット。安心してお休みになってくださいな。ユーリ様も傍にいてくださいますからね」
ルーシーがそう答えれば、リリアンが真琴の体を横抱きにして連れて行く。
さすがに男達五人の目が丸くなった。女性三人の内、一番非力そうなリリアンですら、軽々と成人女性を抱き上げて連れて行ったのだから。
ラーナとルーシーが食べ終えた皿を全て箱に仕舞い直していく。
「夜にはまた運んでくるわね。何かリクエストはある、ラーナ?」
「そうね。少し食欲も戻ってきてらっしゃるようだけど。そうなるとお米の方がいいかしら。果物と一緒に炒めたものか、煮たものがいいかもしれないわ。お肉はさっぱりとしたものにしておいてくれる?」
「分かったわ」
自分達にも料理は運んでくれるが、あくまで真琴を中心にしか考えてないと分かるやりとりだ。
そこへ残っていた優理が声を掛ける。
「あのね、私の分はいらないわ。多分、私、夜になっても起きないから」
「ユーリ? お体の具合でも?」
ラーナが驚いたように優理の顔色を覗きこむ。
そこでレイスが口を挟んだ。
「ユーリは体が弱い。たまにそういったことになる。もしも手に入れられるならクルンの実を手に入れてきてほしい。そういう時にはクルンの実をすり潰して飲ませてるんだが、そうすればいずれ起き上がれるようになる。一応、3つ程の手持ちはあるから、入手できないようならこれを使ってくれ」
レイスがラーナにクルンの実を渡せば、優理がレイスを見上げるようにして向き直る。
「別に一食ぐらい抜いても大丈夫よ。明日までには目を覚ますわ」
「いいから飲ませてもらっておけ。どっちにしてもあの姉がいるなら、俺はお前の天幕には近づけん」
「なんで?」
「普通、男が女性の天幕に近づくもんじゃないからな」
カイネとエミリールは、
(はぁっ!? この中で一番そんなことを気にしない男だろ、お前はっ)
と、胡乱気な瞳になった。
「そうですわね。当然の配慮ですわ」
しかし、ラーナにとっては高評価だったらしい。ルーシーに見本としてそれを一つ渡してから、レイスに話しかけた。
「これをすり潰すとして濾せばいいのかしら?」
「いいや。そのまますり潰して飲ませればいい。刻んでもいい。要は飲みこむことが大事であって、起きていたら齧らせればいい。それ一つだけで1食分どころじゃない栄養がつく」
「そう」
「いつ起きるか分からない時は枕元に置いておけば、勝手に目覚めた時に齧るから大丈夫だ」
「分かったわ」
「それから同じ姿勢で寝続けると、下になった部分に血が滞りやすい。できれば右向きや左向きと、たまに寝返りを打たせてやってほしい」
「ええ」
そういったやり取りを見ていると、ディッパ達も、彼らの関係が分からなくなる。
どうしてレイスは優理をそこまで特別扱いしているのか。クルンの実といえば、決して安くはない滋養強壮効果の高い実だ。
「じゃあ、私はここで。それでは夜に」
にこやかに空になった皿を箱に入れると、ルーシーが立ち去ろうとする。
「あ。ルーシーさん、クルン、そうそう扱ってないと思うの。高いのよ。だから手に入れなくてもいいから。あ、そうだ。お金なら・・・」
「必要ありませんよ。この程度の資金も持たずに出てきてはおりません。ラーナがいれば大丈夫でしょうが、男共に囲まれて寝込みを襲われてはと、ご不安でしょう。リリアンも置いていきますから」
「ありがとう。だけど、そういう人達じゃないと・・・」
「こんな可愛らしい方々を前にして惑わぬ男はいないのですよ。お願いですから聞きわけてくださいな」
ルーシーの少し冷たい指が優理の頬を撫でていく。
(駄目だわ。真琴だけじゃなく私まで庇護する存在扱いされちゃってる)
そう思った優理は、反論してドツボにはまるより受け入れた方がマシだと思って、黙りこんだ。
沈黙を守っているレイスの赤茶けた瞳は、
「お前みたいなのを襲う男がいるのか? というより、その三人の方がよほど女としては魅力的だぞ」
と、雄弁に語りかけてきている(気がする)。
そうしてルーシーは視線でラーナと何かを合図すると、すたすたと立ち去ってしまった。すぐに砂丘の向こうへと姿が見えなくなる。
「なあ。普通、砂漠を歩いて抜けて、買い物して戻ってくるのはかなり時間がかかると思うんだが」
ディッパの言葉は皆に無視された。
何故ならどんな場所に置いても食料補給は大事だからである。
どう見ても口出し無用・邪魔する奴はなぎ倒すと言わんばかりの迫力美女達だ。触らぬ神にたたりなしで、このまま真琴のついでであろう食事をご馳走になった方がいい。
「じゃ、そーゆーことでっ」
優理は突っ込まれては困るとばかりに、真琴の寝ている天幕へとさくっと移動し、ラーナもそれについていった。
「思ったより砂漠の日差しもきつくないんだな。だが、無理はすべきじゃない。どうする、レイス? この分じゃ、明日も出発できるか分からんぞ」
カイネはぽりぽりと頭を掻き、ルーシーの立ち去った方向を見ながらぼやく。
「かまわんだろう。食事はあちらが運んできてくれる。しかもなかなか美味い。どうせ小娘共が昼寝してるなら、今の内に水浴びしておけばいいさ」
「そうだな。やっぱり女の子の前では入りにくい」
「ちょっと待ってくれ、レイス、カイネ。飲み水にも使う泉で水浴びするのかっ?」
エミリールが慌てたような声になった。
「大丈夫だ。さっき、あの黒髪美女が布を木の間に張っていたから、何故かと尋ねたら何でもあそこに小さな湧き水ができたらしい。だからそこを二人の水浴び場所にしようとしていたようだ。だから、それならそこは小さいから飲み水用にして、こっちの広い泉を水浴び用にすればいいと言っておいた。その時は、俺達は天幕に入って見ないようにするから、と。俺達も今の間に洗濯しておけばいい」
最後の方はディッパ達にも向けて言われたが、たしかにあんな美女がいるところで汗臭いのは自分としても歓迎したくない事態だ。
ディッパとニッカスも、ならば自分達も水浴びするかと、頷き合う。
けれども、更に新しく水が湧き出たとは・・・。
ここはそれだけ質のいい水源なのか。
水浴びするなら潜ってその湧き出ている水量も確かめたいところだ。
そうしてその日の夕食は、優理と真琴の分は天幕に運ばれ、二人は起きてこなかった。
2日目も食事は天幕の方へ運ばれたが、優理も夕方過ぎには起きていたらしい。
ラーナ、リリアン、ルーシーの三人も揃って、結局、五人で何かを話し合っていたようだ。
そうして3日目の朝、パシャパシャと泉で顔を洗いながらディッパはぼやいた。
「なんだかなぁ。男が五人いて女が五人いて、どうしてこうなんだろう。外国人ってのはもっと男女が親しく交流するもんじゃなかったのか」
「諦めてください。どう見ても深窓のご令嬢もしくはご内室ですよ。あれだけの付き人を用意できるんですから。一国の王女と言われても納得します。どう考えても砂丘の向こう側に使用人達がぞろぞろいるでしょうね」
食事の用意はしてくれたが、カイネが、
「できた料理を運んできてくれるだけで十分ありがたいよ。あとはこっちでやるから、ユーリちゃん達についてやっててくれないか」
と、そう言った為、2日目の食事は全て男だけだったのだ。
潤いがなさすぎる。まさに砂漠のように。
だが、そうなるとディッパ達も色々と話すことはあるわけで、訊けばレイス達は風俗店の経営などもしているのだとか。
そういったものを認めていないパッパルート王国としては眉をひそめてしまう話だ。
だが、そういう店があるからこそ犯罪行為が減るのだと言われたら、そうかもしれないとも思うから複雑だった。ここは性犯罪の件数についても帰ってから調べるべきか。
「うちの国の貧民街とかにも視察に行くべきなんだろうな」
「ありましたっけ? そもそも、うち自体が貧しいですからね。貧民街はないですよ、我が王」
「そうなのか」
「ええ。そっちにも力を入れているから余計に予算を食ってるんです」
「だったかもな」
ニッカスも顔を洗い、大きく伸びをした。
3日目だが、どんどんここの緑は広がっているかのように思える。
「さぁて。今日の朝ご飯は何かな。考えてみりゃ楽しいよな。砂漠でこういう食事ができるのって」
「普段は水も節約しなくちゃいけませんからね」
泉の向こう側にあった優理と真琴の天幕は片付けられていた。ということは、今日、出発するということだろうか。
できれば移動の際に、真琴とも話してみたいなと思っているディッパだ。
機嫌よく食事用の天幕に行けば、そこには優理がエミリールといた。二人で皆の分を皿によそっていたようだ。
「あ、座って座って。今朝はね、ココナッツミルクカレーと鶏のスパイス焼き、デザートはミルクゼリー入りのフルーツポンチだから」
木々の向こうで、レイスとカイネは自分達が使っていた天幕を片付けている。そうなるともう帰るということか。
「えーっと、君のお姉さん達は?」
「ああ、帰ったわ」
「え?」
「用事ができたから帰ったの。朝食だけは運んできてくれたけど。だからこれ食べて出発しましょ」
「・・・そうなのか」
どうせ自分達も借りていた天幕ぐらいすぐに片付けられる。
そう思って敷物に座れば、レイスとカイネもやってくる。
「けどなぁ、いつ帰ったか気づかなかったよ。で、ユーリちゃん。体はもう大丈夫なのか?」
「うん、平気。心配かけてごめんね、カイネさん。あ、レイス。これ、クルンの実、返しとくね。お礼にって少し足してくれたみたい」
優理がレイスにクルンの実を8個程渡す。
きっとあのルーシーが多めに買ってきて渡していったのだろうと、ニッカスは思った。
「ふん、じゃあ、一人1個ずつ持っておけばいいだろう。いざとなったら遭難しても少しは体力が持つ」
レイスが皆に1個ずつ配っていく。
「あ、私は大丈夫よ、レイス。ルーシーさん、私には10個くれたから」
「そうか。なら安心だな。この後も齧っとけ」
「うん、そうする」
「だけど凄いね、ユーリちゃん。クルンの実、それだけ一気に買ってくるだなんてさ。マーコットさんって余程のおうちに嫁いだの?」
エミリールがさりげなく真琴の素性に探りを入れた。
「んー。結婚、したのかな。してないのかな。よく分からないけど、まこ・・・マーコットはそういう感じなのよね、いつも。誰にでも可愛がられるタイプだから、周囲にも面倒見のいい人が多いの。本人は分かってないけど」
一昨日から昨日にかけてカイトの行方を調べていた優理だ。
風の妖精に捜させるにしても、カイトの顔を知らない風の妖精も多く、それなら優理を見つけてまずは真琴を落ち着かせた方がいいと、ラーナ達は判断したらしい。
そうして神子姫の気配で風の妖精が見つけ出した優理の所へと、真琴を連れてきたのだとか。
『だけどカイトさんにいなくなられたのって、私、悪くないと思うのよ、真琴』
『優理が悪いんだもんっ。最初にお父さん達と優理が私を置いてったから、だからみんなが私を置いてくようになったんだもんっ』
『ちょっと待ってよ。言っておくけど、それ、ただの言いがかりだからっ』
そしてカイトの行方を調べたら、今、彼はドモロール王国に雇われて神子姫誘拐の任務に就いているときたものだ。
しかし、行き先はディリライト諸島。
『姫様の誘拐を請け負うなんて、ホント、絵に描いたような転落人生ですわね』
ほぅっと、呆れたように溜め息をついたのがラーナだった。
『ラーナ、なんてことを。マーコット、それは何かの間違い、・・・いえ、ユーリがお調べになった以上は間違いじゃないでしょうが、何かわけがある筈ですわ』
『大丈夫だよ、リリアン。カイトが私達を誘拐だなんて、・・・そりゃちょっとショックだけど』
焦ったようにリリアンが真琴を慰めようとすれば、真琴も元気に見せかけようとしてしょんぼりしてしまう。
けれどもルーシーはこれで光明が見えたといった明るい表情になった。
『真意を確かめた方がいいことは確かですね。本当にありがとうございました。あまりにも範囲が広すぎてシルフ達にもかなりきつい状況だったのですが、これで簡単に捜し出せます』
『そうなんだけど、・・・カイトさんが誘拐ってあまりピンとこないのよね。だって、カイトさん、真琴がいなくなった後、ずっと湖を見つめて待ってたのよ。しかも真琴が一生暮らせるだけのお金を置いてって自分の方はカツカツ、しかも大陸を渡る船の中じゃ酒浸りだったもの。どっちかっていうと真琴なんてどうでもよくて、気の毒なのはカイトさんよ』
『ええっ!? 優理、私の味方じゃないのっ?』
まさかの姉妹の裏切り発言に、真琴がショックを受ける。
『悪いけど、あの荒んだ様子を知ってしまったらカイトさんに同情するわ、私。しかもなぁに?カイトさんより10倍以上の値段の服を買わせてたなんて、どこまでお金かけてもらってたのよ、真琴。しかもあなたの長い髪を傷めないようにって、カイトさんの5倍以上のシャンプーだのリンスだのって何なの。ドモロールにでも売られて、少しはカイトさんの収入になってきたらどう? 短期間であなたに使ったお金、金貨100枚どころじゃないじゃない』
『そっ、そんなの知らないもんっ。勝手にカイトが買ってくれたんだもんっ』
『信じらんない。真琴ってばいつもそうよね。相手の負担ぐらい考えなさいよ』
そこで優理はぴしっと、真琴に正座させた。
『いーい、真琴? あなた、怪我してる所をカイトさんに助けられてるわよね? あの時、カイトさん、あなたを男の子だと信じて、それで一人でも生きていけるようにって運び屋の見習いプレート作ってくれたけど、あれ、あなたが行く前に先に受付であなたの保証金、払ってたのよ。そしてあなたの仕事の連帯責任保証も負担してたの。それも自分と同じ獣人だと思ったからって理由で。そこで金貨5枚使ってるのよ。だから簡単にあなた、プレート作れたんじゃない』
『そ、そんなの聞いてないもんっ。それに、使ったお金は働いて返せばいいって・・・』
『いつ働いたのっ。・・・でもってあなたの旅行費用も全部出してくれて、生活費も負担してくれて、しかも女の子って分かって、今度は魔物の村であなたがお仕事覚えようとした時も協力してくれたわよね? なのに、なんであなたは布一つ織りもせずに、全部カイトさんにやらせてんのっ』
『だ、だって、・・・眠かったんだもんっ。カイトだって子供は食べて寝て遊ぶのがお仕事だって言ったもんっ』
『大人になっても食べて寝て遊ぶことしかしてなかったでしょっ。そんな穀潰し、どう考えても独り立ちなんて無理だから奥さんにしてくれたんでしょうがっ。しかもそれで家事するならともかく、家の中の掃除洗濯料理までカイトさんにしてもらってるって何なのっ。更にその合間にカイトさん、畑仕事も家畜の世話も全部してたじゃないっ。あなた遊んでただけでしょっ』
『そんなことないもんっ。ちゃんとお手伝いしたもんっ』
『味見はお手伝いじゃないっ。どうせ脱出ぐらいすぐできるんだから、ドモロールに売られて世間の厳しさを思い知ってらっしゃいっ』
どうしてここまで甘ったれた根性なのかと、優理は色々と思わずにはいられない。
『でもって外食の際はカイトさんの背中に乗っていって食べるだけっ。その時もあなたがしたのは、どこそこに何を食べに行きたいとか言うだけじゃないのっ。あなたを運んで往復するカイトさんの負担ぐらい考えなさいっ』
『カイト、それぐらい軽いって言ってたもんっ』
『背中で居眠りするあなたを落とさないようにどれだけ気を遣ってたと思ってんのっ。しかもカイトさん、あなたをただのできそこない獣人だと思ってたのよっ? お母さんの子供だから大事にしてくれたんじゃなくて、そんな無能で役立たずでも大事にしてくれてたのよっ? 今からでもカイトさんの所に出頭して、自分を売って今までのお金を取り戻してくださいって、土下座してきなさいっ。どこまで貢がせてんのっ』
『ひどいっ。だ、大体っ、そんなことないもんっ。私、優理みたいにお高く留まって、貢がれて当然なんてことしてないもんっ』
『そんなこと、私がいつしたってのよっ』
『知られてないと思ってるの、優理だけなんだからっ。お姉さまとか呼ばれて、お揃いのピンとかアクセサリーとか色々プレゼントされてたじゃないっ』
同じ屋根の下に暮らしていた姉妹の厄介な点は、互いのことを把握していることにあった。
『あっ、あれは友情の証でしょっ』
『つまりお友達にも貢がせてたってことじゃないっ。私、カイトだけだもんっ。カイトだって私だけが世界で一番大事だって言ってたもんっ』
『にもって何よ、にもってのはっ』
『お父さんの株、大儲けした時にご褒美って高いパソコン買ってもらってたの、私達が気づいてないと思ってたのっ?』
『あ、あれは・・・っ。だけど遥佳と真琴だって、遊園地のフリーパス券買ってもらってたじゃないっ』
『優理だってそれはもらってたでしょっ』
不毛な姉妹喧嘩に、三人のドラゴンも肩を竦めてしまう。
けれどもカイトの行き先が分かったというので、夜明け前に三人のドラゴンと真琴は出ていった。
『ですがユーリ。やはりお一人では危険です。一人でも残ってお身の回りを・・・』
『ううん、いいの。そうしたら今度は私達、幻獣だけを信用するってことになってしまうもの。人間は一番弱いから、だけど弱いからこそ自分達でどうにかしていかなきゃいけないの。今、私達はそれぞれの大陸に分かれて存在することになっている。全ての生き物を愛していた母の為にも、私はここで踏ん張らないといけないのよ』
ラーナは、そうですかと、寂しそうに笑って、
「ならば私達もマーコットのお傍にいるのはよくないのでしょうか」
と、尋ねてきた。
『ジンネル大陸の人は気にしそうだけど、マジュネル大陸の人って、あまりそういうこと気にしなさそうよね?』
そんな答え方をした優理だ。
真琴を含め、
「あー。うん、言える言える。マジュネルって全てにおいて愛があれば何でも許されるって感じ」
「そうですわね。あちこちで運命の愛とかやっていましたわ」
「愛の考え方がおかしいと思うのですけど」
と、納得したように頷いていたから、やっぱりそんなものなのだろう。
(どこに行こうと何をしていようと愛してるわ、真琴。だけどあなたってほんっきで甘えん坊よね)
大体、何がショックだというのか。
本当に自分達を捕らえるつもりだと思うのなら、カイトのことなど忘れて違う場所で生きていけばいいだけだろうに。
そして本気で自分達を捕まえる気なら、カイトだってディリライトではなくマジュネル大陸に行けばいいだけだ。
どんなに「嫌われちゃったんだもん」と、涙ぐんでいても、その根底でそんなことがないと分かっているから、ああも真琴はうじうじ悩めるのだ。
(なんで私が子供のままで、それでも真琴だけが大人になってるのかしら。やっぱり私の周囲って、男の数は多くても質が悪いの?)
なんだか遥佳の方も女性化していたようだし、こうなると自分一人だけおいてけぼりなのではないか。
そう考えると、優理も当初の目的を思い出すのだ。
どうしてディッパをここに来させて、更にあんな乗り物無しのジェットコースター体験をさせたのか、ということに。
(九死に一生を拾い、そこで出会った可愛い女の子っ。これはもう、特別扱いまっしぐらよねっ)
優理は、自分が持ち出した提案が原因で、既にディッパは優理を可愛い女の子ではなく、とんでもないことを言い出した警戒対象として見ていることを分かっていなかった。
だから甲斐甲斐しく食事の用意をして健気に見せかけてみたのだが、エミリールばかりかディッパまで、真琴に興味を持っているらしく、そこで尋ねてくる。
「結婚したかどうか、妹が知らぬということはないだろうに。だが、まだ世間知らずな子供のような言動だったし、人妻ということはないんじゃないか?」
できれば独身であってほしいディッパだ。やはり夢は見ていたい。
「どうなのかしら。結婚を約束した人はいるから、後は秒読み・・・なのかしらね? よく分からないのよ。家を建てさせて、生活費も全て出させて、しかもマーコットの我が儘は全部聞いてくれる人だから、ああなるともう結婚してることになるのかもしれないけど。本当にもう困っちゃうわ。なんであそこまで大事にされてて、まだかまってもらえないとか、我が儘言うのかしら」
何かあった時は頼りになる真琴だが、甘えっ子モードに入ったらどうしようもないのだ。
どうせ遥佳が傍にいないものだから、なら誰かを守らなくちゃいけないわけじゃないしと、ゴロゴロモードなのだろう。
あれで必要とあれば、父に仕込まれた真琴だ。
護衛などいなくても身が軽い上、いざとなったら戦う術すら身につけている。本来、あんなに守られていなくても平気なのだ。
(大体ねえ、真琴。あなた、変身できるでしょう。どうしてドラゴンとかペガサスに乗せてもらってるのよ)
ああいう甘えっ子はどこかで放り出さないといつまでも甘えるだけなのだからと、別れてから考え始める優理だ。
いや、もう手遅れだった。
「かまってもらえないって、それはその・・・旦那さんにか?」
「そんな感じかしら。ちょっと遠くへ出かけてるものだから、拗ねてこっちに来たみたいなの」
ディッパの心を、大きな荒波が襲う。
(そ、そうなのか。やっぱりもう結婚しているのか。そうだよな、あんな可愛い感じのコ、誰だって目をつけるよな)
儚い2日間の幻だった。
特にこの国では砂が多く、男女共に頭から布をかぶっている為、顔立ちがよく見えないことも多い。そういった砂除けのヴェールもつけず、男性に向かって素直に笑う顔だなんて、子供でなければそうそう見られないというのに。
(人妻でもいいからもう少しお喋りしたかったな。まっすぐ大きな目をくるりんとさせて話すコだったし)
だけど真琴はもう出立した後だ。ディッパはちょっと泣きたかった。




