64 真琴はマジュネルに戻った
ゲヨネル大陸の妖精達は、まずゲヨネル大陸から出ない。
いくら風の妖精とて、行ったことのないマジュネル大陸である。しかも大陸間を繋ぐ船の航路など気にしたこともない。
真琴が書いた手紙を運ぶ為、海を越えていく時にも、こっちでいいのか、あっちでいいのかと、ジグザグ走行状態だった。
ヴィゴラスとてゲヨネル大陸からジンネル大陸へ聖神殿の欠片を求めて飛んでいった時、行き倒れそうになったのはそこがある。
一度、経験しておけば飛行経路も分かるが、初めて目指す場所などどちらに向かえばいいかなど分かる筈もない。
それでも風の妖精だ。
手紙を受け取ってから、玄武のいる湖へは6日程で到着していた。
――― お手紙、持ってきたのよ。
――― 姫様のお手紙なのよ。
――― 良かった。ご無事だったか。
――― シルバータイガーに渡す手紙なんだ。
――― どうしよう。シルバータイガー、いないんだよ。
――― 白い大亀ならいるよ。
――― だけど姫様、白い大きな亀って言ってた。
――― なら、いいかな?
――― いいかも?
――― シルバータイガー、見つからないしね。
――― しょうがないかな。
――― しょうがないよね。
カイトに半手甲を渡す為に捜していたのに見つからなかったというので、ひとまず風の妖精達も半手甲は玄武の所へ持ち帰っている。
今はカイト探索にだけあたっている風の妖精達からも、見つかったという連絡は届いていない。
だから風の妖精は、その手紙を玄武に届けてみた。湖面を見ていた玄武だが、目の前で五回転した手紙に気づき、視線を向ける。
「ふぅむ? なんぞいのぅ」
手紙とみて、玄武は人の姿になり、地面に置かれたそれの封を開けて読み始めた。
「ゲヨネル大陸か。木の洞とな。ならば青のかのぅ」
ゲヨネル大陸とて何ヶ所か出入り口がある。とはいえ、使用できるのは現在一ヶ所だ。
「じゃが、カイト殿は未だに行方不明。困ったことじゃ。マーコットのお知り合いがあちらにいらしたのは僥倖じゃったが、これでは・・・。シルフ達よ、すまんがカイト殿を頑張って見つけておくれのぅ」
合流したシルフ達も、カイトの特徴を聞いて協力し始める。
そうして連絡役、捜索役、後から来るであろうシルフ達の案内役、そういったものに分かれて彼らは上空へと舞い上がった。
ゲヨネル大陸を飛びたった真琴は、箱舟からあちこちを眺めていた。
空を飛ぶ舟だなんてワクワクしてしまう。今まで空を飛んだのは、ペガサスになって遥佳を運んだ時、ヴィゴラスに乗せてもらった時で、地球での飛行機みたいな隔絶された空間でもない乗り物でのそれは、初めてだ。
「うわぁ、綺麗。あ、あんな所にピラミッドみたいな建物だ。ゲヨネルの人って面白い家に住んでるんだね」
真琴が楽しそうに幻獣や妖精が暮らしている光景をよく見ようとしているものだから、幻獣や風の妖精達も満足げな笑いを浮かべた。
マジュネル大陸に帰りたがっていたことに寂しい気持ちは抱いたものの、嫌われていないのはやはり嬉しい。
飛んでいたドラゴンとペガサスの内、そこで赤い瞳のペガサスが一頭、鎖を外して舟へと乗りこむ。そうして用意されていた布を纏ったかと思うと人の姿になった。
「へっ?」
「姫様。よろしければ交代で我々がお話し相手も務めさせていただきますわ。さすがにお一人ではつまりませんでしょう?」
「ペガサスって、人の姿にもなれるんだ?」
目を丸くした真琴に、白い髪に赤い瞳をした女性はふふっと笑ってみせる。年の頃は22,3才前後だろうか。けれども年に見合わぬ落ち着きが感じられた。
「ええ。私のことはガーネットとお呼びくださいませ」
「私のこともマーコットでいいんだけど。様を使われても、正直・・・」
だけどそう呼ばれてしまうのは、何だかしょうがないのかなと思っていた真琴だ。ガーネットは優しく赤い目を細めた。
「イスマルクはマーコット様を呼び捨てていましたわね。ですが、それはなかなか恐れ多いものなのですわ。世界に愛されたお方」
「・・・呼び捨てって、だけどマーコットって本当の名前じゃないよ。本当は真琴だもん」
「そうでしたか。では、私共もマーコットとお呼びいたしましょう。マーコット、何かお聞きになりたいことがあったら遠慮なく訊いてくださいましね。空を飛びたくなったら私の背にお乗せしますわ」
「ありがとう。ねっ、だけどペガサスって人間になれるの? 他の姿にもなれるの? 人間に翼を生やした姿とかにもなれるのっ?」
もしかしたら天使みたいに背中に翼を生やせるのではないかと、真琴が目を輝かせて問いかけてくるものだから、ガーネットは嬉しくなって笑いながら答える。
「さすがにペガサスと人との合体した姿は無理ですわ。私共はペガサスの体が当たり前ですから。人の姿にはなれても、他の種族の姿にはなれません。他の幻獣も、人の姿になれます」
人間は一番弱い種族だからと教えられ、何とも言えない顔になった真琴だ。
それだけ人間が特別なのではなく、単に弱者に対する哀れみ的フォローとして、決まっているらしい。
「そっかぁ。天使の姿にはなれないかぁ。だけどペガサスってそれだけで綺麗だもんね。ゲヨネル大陸に来ないと見られないのが残念だけど」
「ありがとうございます。マーコットはペガサス、お気に召してくださいました?」
「うんっ。あ、だからね、私がこっちの世界に戻ってきた時も、最初に変身したのはペガサスなんだ。空を飛ぶって一番に思いついたのがペガサスだったの」
「まあっ、本当ですの? 嬉しゅうございます」
かなり嬉しいガーネットだ。
他に人を乗せて飛ぶことができる生き物を真琴が全く思いつかなかっただけだとは分からない。
「だけどその後で、ヴィゴラス見て、グリフォンもカッコいいなって思ったの。だってバリバリ強そうだよねっ。それに今日初めてドラゴン見たの。そうしたらドラゴンもクールでカッコいいんだけど、どれが一番可愛いと思う?」
さすがにガーネットも答えに詰まる。
「可愛い、ですか」
何故なら幻獣は幻獣であって、その種族だから可愛い可愛くないというものではないからだ。考えたこともない。
「うん。カイトね、私のこと、人間と何かの混血だと思ってるんだけど、やっぱり見て可愛い生き物がいいかなーって思って、どの生き物にしようか迷ってるの。マジュネル大陸にはね、全身が色つきガラスみたいに透き通った魔物がいたの。それってとても綺麗だからそれにしようかなって思ったら、カイト、自分はそういうの、あまり好きじゃないって言ったの。だからやっぱり毛がふさふさしてる方がいいのかなぁって思ったんだけど、ピンクウサギの獣人の村に行って私がそこの子達と遊んでてもカイト、にこにこして見てるだけだったし、特にウサギだからってものでもなさそうだったんだよね。羊さんもモコモコして可愛いんだけど、ニワトリ獣人見ても、カイト、子供は可愛いなってそんな感じだったんだよ。だからどれがいいかなーって。そしたら今日はドラゴンの深みのある光ってる鱗もカッコいいしなぁって思うし、迷うんだよね」
「ほほほ、移り気でいらっしゃいますこと。マジュネルには全身が透明な魔物なんていますのね」
どんな生き物と人間との間に産まれたことにしても、これだけ自然が包みこむ空気を見れば神子だと分かってしまうから意味はない。
自然と共に生きる幻獣や妖精にしてみればそういうものなのだが、やはりマジュネル大陸の生き物は違うのだろう。
けれども目を輝かせて迷う様子が可愛らしいので、少しからかうような感じになってしまったガーネットだ。周囲を飛んでいるドラゴンやペガサスも、全身が透明な魔物とはどんな感じなのだろうかと考える。
自分達もゲヨネル大陸から出たことはないからだ。
「うん。とても綺麗だったよ。お人形さんみたいなの。ウンディーネがピンクとかオレンジになった感じ。だけど綺麗なのに、・・・うん、なんていうか、その見かけに騙されたら女の子は逃げられなくなるんだねっていうのが魔物なんだ」
「つまり、その魔物は男性でしたのね」
水の妖精は女性しかいないので、想像するしかない。周囲を飛ぶドラゴン達もカラフルなウンディーネが男性になった姿を思い浮かべた。
「そう。見かけが女の子っぽいからお友達って感じでおうちに行ったら、もう逃げられなくなるんだよ。鶏のお姉さん、女友達気分で行っただけなのに逃げられなくなって、目がうつろになってた。魔物は愛情が粘着質なんだって。獣人は何回でもいろんな人に本気で運命の恋をすることができるんだけど、魔物の人はこの人と決めたら逃がさないの」
「あらまぁ。それは大変」
「そうなんだよ。だからガーネットも誘われても気をつけなきゃいけないんだよ」
「ふふ、気をつけますわ」
そうして海に浮かぶ小さな無人島などに降りたりすれば、休憩していてもお喋りに花が咲く。
どうやら幻獣は5人共、女性だったらしい。
「サフィルスってガーネットと双子なんだ? だけど顔も瞳も違うんだね」
「そうなの。私達は双子だけど父親が違うから。こうして人の姿になると顔も違うでしょう? ガーネットは大人っぽいと言われることが多いんですけど、私は子供っぽいってよく言われます」
「うん。だけどペガサスの時は目の色以外そっくり」
「ペガサスの目から見れば、実は全く違うんですけどね。ふふ、マーコットもペガサスと人間の混血っていうことにしてしまえば、きっと見分けもつくようになるんじゃないかしら。ねえ、ガーネット?」
「ペガサスは白馬だから無理があるでしょ、サフィルス。マーコットは金髪じゃないの」
呆れた声で指摘するガーネットに、ドラゴン達も肩を竦める。
ドラゴンは、皆が青紫色を帯びた黒髪に黒い瞳をしていた。こちらは姉妹ではないらしい。
「ラーナですわ」
「リリアンと申します」
「ルーシーでございます」
ドラゴンというから猛々しいかと思いきや、3人ともそういった感じはない。
「だけどみんな女性だったんだ。ごめんね。大変でしょ? てっきり男の人だと思ってたのに、重労働だよね」
「あら、そんなことはございませんわ。私達は空を飛びますので、急ぎの時など、よく色々な人や荷物を運んでほしいと頼まれますの。今回、黙って見学していたら栄えあるお仕事があちらからやってきましたけど」
ほほほと、ラーナが笑うのだが、ドラゴンは3人共にどこか気品が漂っていた。
種族的な特徴なのだろうか。緑の大蛇だったリリアは薄幸そうな美女だったが、ドラゴンは健康的な雰囲気がある。
けれど、どちらも爬虫類系だからだろう。どこか妖しい魅力を醸し出すという共通点があった。
ラーナの黒髪は肩に届くかどうか程度のボブカットなのだが、後ろよりも前に来るほど少し長めになるという前下がりボブスタイルだ。
「見学?」
「ええ。実はぜひお運びしたいと皆が争っていたのですが、おかげでほとんどの腕に覚えがある男女が全滅状態になりまして・・・。私達だけが無傷で残っていたのです。そうなったら私達も誰か一人を選ぶより協力すればいいだけではないかと、それで3人で参加させていただきましたの」
背中の半分まで届く巻き毛をしたリリアンが、にこやかに説明する。
(無傷で残ってたって、・・・他のドラゴン、どんなんだったんだろう)
真琴はたらりと背中に流れる冷や汗を感じた。
もしかして軽い気持ちで連れて帰ってもらうのをお願いしたそれは、実は熾烈なものだったのだろうか。
要は3人共、それに参加していなかったから選ばれた、ということらしい。
「負けると分かっていたので私達は参加しなかっただけなんですけど、結果的に良うございました。ドラゴンもペガサスも男共は全滅してしまいましたから、かえって女同士で気楽に行けますもの。これで一人でも男が混じっていたら、いいところを見せようとどれ程に張りきって無茶してくれたことか」
ルーシーが肩を竦めながら、苦笑する。
こちらは軽い癖のついた黒髪が肩よりも長いところまでで切り揃えられている。そして人の姿になるや否や、後ろで一つに括っていた。
「うちもそんな感じなのよね。実はガーネットと私、用事があって出かけてたんだけど、帰ってきたらいきなり里長に、
『お前らなら飛べるなっ。よしっ、行けっ!』
『えっ!? 何っ? 何があったの? どこに行くのっ!?』
で、決まったのよ。ねー、ガーネット?」
「そうね。おかげで棚ボタでしたわ。やっぱりこういう時は後から参加する方がお得ですのね。どうも全員、後ろ脚で蹴りまくっていたようで、誰もが打ち身だらけでしたもの」
「・・・そう、なんだ」
なんだかとても悪いことをしてしまった気になる真琴だ。
(うーん。イスマルクに湿布の差し入れを頼んでおけばよかった。まさかそんなことになっていたとは。だけどいい人ばかりな感じだし、これはこれで良かったかも)
男の目がない分、気楽でもある。そういう意味でも、これで良かった気がする。
周囲を飛んでいるシルフ達も楽しそうだし、カイトだってドラゴンやペガサスなんて見たことないだろう。
彼女達を見た時の反応で、やっぱりどの種族の子になるかを決めよう。
(あ。だけどみんな美人さんだし、カイト、浮気しちゃわないかな。でもカイト、リリアさんにもびくついてたし、大丈夫だよね)
そんなことを思って、それでも真琴はカイトが誰を一番大切に思っているか知っている。
いつでも、誰といても、カイトは真琴を優先してくれていたから。
何と言っても、カイトはたとえ自分がスカンクの子でも愛していると言ったのだ。
(カイト、もう手紙読んでるかな。玄武さん、お手紙寝ぼけて食べてないかな)
黒ヤギさんからの手紙を食べてしまった白ヤギさんのように、寝ぼけた白カメが手紙をもしゃもしゃ食べてしまっていたらどうしようと、そんなことを考えながら、真琴は地面にお願いする。
「もう一回お水をちょっぴり湧かせてくれる? さっきのも冷たくて美味しかった」
すると少しずつ水が湧きだしてくる。リリアンが水差しに水を汲み、そして真琴にウィンクしてきた。
「ふふ。マーコットがいれば飲み水に困りませんわね」
「うーん。だけど海の上で休憩する時はどうなのかなぁ。一応、舟の中にも水は積んでくれてるけど、温存しておいた方がいいよね」
「大丈夫ですわ。マーコットの為なら風も雨雲を連れてきてくれますから」
ラーナが微笑んで教えてくる。
「そうなんだ。すごぉい」
目を丸くして感心する真琴に、5人は優しく微笑んだ。
まだ、この世界を手さぐりで知り始めたばかりの神子なのだ。何もかもが目新しくて楽しいのだろう。
マジュネル大陸に帰りたがっていても、こうして幻獣が嫌いじゃないと、それが分かるから安心できる。
「だけどペガサスとドラゴンは人になれるのにねー。ヴィゴラスはグリフォンのままだったんだよ。やっぱり男の子だと駄目なのかなぁ」
そこで赤い瞳のガーネットが小首を傾げる。
「単に横着していただけではありませんの? グリフォンだって人の姿になれますわ」
「ええーっ!? だってずっとヴィゴラス、グリフォンだったよぉ?」
「あら。それ、おかしくない? だってそのグリフォン、マーコット達の傍にいたわけでしょ? 人の姿にならないと会話ができないと思うんだけど」
サフィルスの指摘に、真琴はハッと気づいた。
「あ。だけど遥佳がいたもん。遥佳、人の思ってること分かるから、ヴィゴラスのこと、全部、通訳してくれてた。だから会話に困らなかったんだ」
「あらまぁ。困ったグリフォンですこと。姫様に通訳させていたなんて」
ルーシーが苦笑する。
「ふふ。そのグリフォン、男なんでしょう? それこそ心の中まで見てくださいって感じだったんじゃないかしらね?」
リリアンは訳知り顔で解いてみせた。
しかしラーナは、どうかしらねぇと懐疑的だ。
「だけどあの無神経グリフォンよ? そんなひたむきな純情さなんてあるかしら。姫様の髪をツヤ出ししようとして擦りすぎてないといいんだけど」
すると他の4人も、あー、それは言えると、疲れたような顔で頷いた。
大体、匠の小人達に、神子姫が暮らす建物を建てさせようとした時にも、ちゃんと説明すればよかったのだ。
それをいきなり襲撃して力技に持ち込む時点で、幻獣同士の会話のいろはを分かっていなさすぎる。
「所詮はグリフォンだものね。期待はできないけど、いらしてくださったらどうにかなるでしょ」
思慮深そうなガーネットまで肩を竦める始末。
真琴は、うーんと思った。
(グリフォンってカッコよくて強くてお役立ちなのに、なんか皆からダメ人間判定されてるよねぇ)
やはり宝石オタクなのが悪いのか。
オタクとは全ての美点を台無しにするものなのか。
自分だってヴィゴラスの前脚の間に抱え込まれるのに閉口して遥佳を置き去りにして逃げていたくせに、真琴は、
(困ったもんだ・・・)
と、胸中でごちながら目を閉じずにはいられなかった。
ドラゴンとペガサスと風の妖精がついてくれているとはいえ、やはり方向もあまり分からぬままの旅路である。
海を横断するだけで8日間かかってしまっていた。勿論、通常は船の旅なのだからかなり早い。
それでもどうにかマジュネル大陸にまで到着すれば、誰もが安堵する。
――― 姫様、いらした。
――― 迎えに来たのよ。
――― 迎えに来てくれた。
――― こっちよ、こっち。
――― あっちだよ。ドラゴンとペガサスの向きを変えてあげなきゃ。
先に辿りついていた風の妖精達が迎えに来た為、真琴にくっついてきた風の妖精達は舟の向きを変えて、あちらだよと、ドラゴンとペガサスに示す。
「あっちみたいね。良かったわ、風の妖精が案内してくれるようよ」
今日は舟で真琴とお喋りする番だったサフィルスが、青い瞳を煌めかせた。
「良かったぁ。やっぱり空を行くのって早いね。あのね、うちの山、けっこう色々な果物が生ってるんだよ。とても美味しいの」
「うふふ、期待しておきまぁす」
眼下に広がるマジュネル大陸を指差しながら、真琴はサフィルスに説明してみる。
「あのね、マジュネルの人って、
『港町だから、ミナトでいっか』
って、あそこをミナトって名前にしたんだよ。だから、マジュネル大陸にあるほとんどの大陸間を渡る船が発着する港町はミナトって言うんだって。だけどそれ、どこのミナトか分からなくなるよね?」
「そうですわねぇ。だけどやっぱりマジュネルってゲヨネルとは違う活気がありますわ。シルフ達もマーコットが戻ってきて嬉しそう」
なるほどと頷きながらも、ならばゲヨネル大陸の地名はどうなのかといえば、知らないサフィルスだ。何故なら自分達は空を飛ぶので港町なんて関係ない。
そうして、ドラゴンとペガサスが曳いていく舟は、白い大亀が守る山へと到着した。
今日は風の妖精がよく騒ぐと思い、空を見上げていたら、ドラゴンとペガサスに曳かれた舟が空を飛んできたものだから、玄武は頷いた。
「何ともよろしゅうござったのぅ。マーコットをきちんと保護してくださったようじゃ」
ゲヨネル大陸で出会ったのは人間ということだったが、周囲の幻獣も協力してくれたのだろう。
だから、自分達は希望を持てる。
この世界が神子達にとって、残したいと思うものであるのだと。
その銀色に輝く小さな箱舟は、湖と家との間にある空き地に着陸した。
すると、その箱舟から飛び降りてきたのは待ち望んでいた神子だ。
「うわぁーん、玄武さんっ。会いたかったよーっ」
「やれ、ご無事でようございましたなぁ、マーコット。いきなり通路を通っていなくなってしまわれましたから、皆で心配しておりましたのじゃ」
「気づいたら知らない場所にいたんだもんっ」
白い大亀の前脚にひしっとしがみつく真琴を見ながら、ドラゴンとペガサスも微笑む。確かに大きな亀だ。
現時点で人の姿をとっているサフィルスが、玄武の方へと一歩進んで挨拶した。
「お初にお目にかかります、ゲンブ様。私はペガサス族のサフィルスと申します。この度は皆を代表いたしまして、私共ドラゴンとペガサスが姫様をお送りするお役目を言いつかりました」
「おうおう、ご丁寧にすまんのぅ。そちらの守り人が目を覚ましておったなら、すぐにマーコットにも帰る手順をお教えしたと思うのじゃが、迷惑をかけてしもうた」
「守り人?」
そこで真琴が首を傾げる。
「そうですじゃ。マーコットが行ってしもうた場所の近くで、恐らく青い鳥か何かがおった筈なんですがのぅ。今度、似たようなことがありましたら、それぞれの守り人を見つけてもろうたらどうにかなりますでなぁ」
「あ。いたいた。そう言えば青い大きな鳥が、こうやってお腹を空に向けて木の上で寝てた。そっかぁ、起こせば良かったんだ」
両手両足を広げて教える真琴に、ドラゴン達も苦笑する。
だけどそれで帰られてしまったら、自分達とは会えなかったわけで、寝ていてくれて良かったというのが本音だ。
「あ。すぐにお茶淹れるね。休んでもらわなきゃ。カイト、どこかな」
「あ、マーコット。それがのぅ、・・・」
くるりと体を反転させると、真琴は家の方へと駆けていった。
「カイトぉ、あのねっ、お客様なんだよっ」
「マーコット、いかんっ、ちょっと待つのじゃ」
慌てて止めようにも、真琴は風のように家の扉を開けて入っていく。
「カイトーっ、ただいまっ」
玄武は、人の姿をとっていたサフィルスに向かって言った。
「すまんがのう、マーコットの所へ行ってやってくれんかのぅ。カイト殿は、今回のことでマーコットが女神様の神子であることを知り、身を引いてしまわれたのじゃ。もう、あの家にはおらん」
「えっ」
サフィルスがその青い瞳を大きく見開く。そしておろおろとしながらガーネットを振り返った。
「ど、どうしよう、ガーネット」
あんなにも楽しそうに真琴はカイトのことを語っていたのに。
帰ったら、みんなにも紹介するね、今は何してるのかなぁと呟きながら、幸せそうな顔をしていたのに。
ガーネットもドラゴン達と顔を見合わせ、そうして皆、人の姿をとった。
手早く衣類を纏うと、我先にとその家の中へ真琴を追っていく。
いきなり他人の家に踏み込むというのはいかがなものかといったものだったが、放置はできなかった。
「勝手に申し訳ありません」
「失礼しますっ」
「おじゃまします」
「マーコット、待ってっ」
「すみませんっ」
口々に5人がその小さな家へと入れば、真琴はテーブルの上に置かれた手紙を見ていた。
その顔からは、表情が抜け落ちている。
どんな声をかければいいのか分からずに、5人も立ちすくんだまま、ただ時間だけが経っていった。
「すまんのぅ。人の姿をとるのはあまりないのでなぁ、どうしても遅いのじゃ」
そんな言葉を呟きながら、そこへ真っ白な長い髪をした顔だけは若い男が入ってくる。
その格好はどこか日本の着物に似ていると、真琴にそれだけの余裕があれば言ったかもしれない。
白い長髪男が、白い着物に白い帯を締めている姿は、誰が見ても幽霊しか連想しないだろう。
「これは我が悪いのですじゃ、マーコット。マーコットが通路を使ってどこかに行ってしまったのは分かったのですがの、カイト殿はマーコットを追うから行き方を教えろと我に詰め寄られましてのぅ。それでお教えせんわけにはいかんかったのですじゃ。あの通路は、女神様と神子様、そしてその方々がお連れする者しか通れんのですじゃと」
「・・・カイト、知っちゃったんだ」
真琴のセピア色の瞳からぽとっと雫が落ちて、その手紙を濡らした。
「3日間、カイト殿は湖を眺めて帰りをお待ちしておったのですじゃ。しかし、その間に色々と考えておられてたんでしょうなぁ。シルフには、マーコットが寂しい思いをしないようにと、その行った先を探して見つけて傍にいてやってくれと、頼まれましてな。そして我には、いい夢を見せてもらったと言って、そうして立ち去ってしまわれましたのじゃ」
「そう、なんだ」
真琴は、自分の周りを飛びまわる風の妖精達に目をやった。
言われてみれば、途中からどんどんと周囲にいるシルフが増えていった。
そうだ。カイトはそういう男だ。
真琴の為なら、目を離さないでくれと皆に頼んで・・・。
「タイガ様の手甲も置いていかれましてのぅ。すぐにシルフに後を追わせましたんじゃが、どこをどう駆けていかれたのか、皆目見当もつきませんのじゃ」
今も探索してもらっておるのですがのうと、困ったような顔になる玄武から、父の形見である手甲を差し出され、真琴はそれをゆっくりした動きで受け取った。
かつて父の腕にあったそれだ。
けれどもいつしか、カイトと共にあるのが当然のように思っていた。
小さな自分を抱き上げる腕にいつもあったそれは、今、同じようでも違う抱き上げ方をする腕にあるのが・・・・・・。
「傍にいるって、・・・言ったのに」
ずっと傍にいてくれると約束したのに。
一緒にいたいのは自分だけだと言ってくれたのに。
たとえ自分が神子でも、ちゃんと隠して独り占めするって・・・。
――― 金は、部屋のクローゼットの中に入っている。元気で。
そんな素っ気ない言葉だけを残して。
自分に家とお金とシルフだけを残して。
切ないだけの約束と思い出だけを残して。
「・・・カイ、ト」
嫌われてはいない。それは今でも分かる。
だけど、どうしてそれなら・・・。
「どう、して・・・」
自分の群れの子だって、大事だよって、ずっと一緒だって・・・。
愛してるって、大好きだって、離さないって・・・。
(なのに、どうしていないの・・・?)
ふらりと、真琴は家の外に出ていった。
豚小屋に、もう豚はいない。
いつも世話をしていた男もいない。
鶏はいるけれど、放し飼いにされていた。
(もしかして、私が・・・、帰ってこないってことも、考えてた・・・?)
ここの山は成長と実りが早いと、いつも首をかしげていた畑にも懐かしい姿は見えない。
「カイト?」
どんなに小さな声でも、呼べばちゃんと気づいてくれていたのに。
いつだって、「どうした?」と、寄ってきてくれた人はもうどこにもいない。
どんな時でも、「本当にお前は甘えん坊だな」と、苦笑してキスして抱きしめてくれた人は。
「カイト、・・・カイトぉ」
なんで自分を置いていったのか。
もう自分を嫌いになってしまったのか。
自分が母の娘だというのが許せなかったのか。
「カイ・・・・・・」
ぺたりと、真琴は地面に座りこんだ。
空はとても澄んでいて、風は普通に流れていて、だけど待ってくれている人がいない。
(私、ちゃんと帰ってきたのに。私がお母さんの子だから捨てたの?)
ぽたぽたぽたと地面が濡れて、その色を変えていく。
なのに、どうして慰めてキスしてくれる人はいないのだろう。
――― 金は、部屋のクローゼットの中に入っている。元気で。
そんなの、いらない。
そんな言葉なんて聞きたくない。
欲しいのは、自分だけを望んでほしい、その気持ちだけなのに。
(やっぱりカイトだって、愛してるって言っても、いなくなるんじゃない)
そうして自分はみんなから捨てられるのだ。
誰もが、自分には何も言わずに・・・。




