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56 神殿はイスマルクから、ギバティはディリライトから手紙をもらった


 ジンネル大陸の中でも、女神の恩寵(おんちょう)深き国と謳(うた)われたギバティ王国。

 そのギバティ王国に散らばる全ての神殿では、重苦しい空気が漂っていた。

 というのも、一人だけ抜け駆けをして二人の神子姫とドリエータで楽しくウキウキ生活を送っていたことが判明した裏切り者神官イスマルクが、

別名「これさえ押さえておけば完璧! 明日から君も神子姫様好みの男になれる!! 講座」

の最中に、グリフォン及び神官に扮していた神子姫と共に姿を消したのだから。

 その紛れ込んでいた神子姫の目に、あのような講座がどう映ったかを思えば、誰もが恥じ入るしかない上、自分達がこんなにも希求する神子姫が連れて行ったのはイスマルク一人。

 あまりにも情けない結果だった。

 ギバティールにある神殿全てが沈黙するしかない体(てい)たらくである。

 そうして、ギバティールから遠いドリエータにある第9神殿にもまた暗い空気がたちこめていた。


「ただ今戻りました、神殿長。治療院でも、かなり寄付は集まっているそうですが、やはり神子姫様がいなくなったのが痛いようです。畑の実りが一気に変化した為、今後はある程度の畑は維持するとしても、後はもう購入に切り替えるしかないだろうと、諦めているようです」

「そうか。季節が変わればあるいはと思ったが、やはりな」


 第9神殿長は溜め息をついた。

 己の力のなさが口惜しい。

 大神殿に囚われたイスマルクを助けることもできず、嘆願書をいくら送っても大神殿からは梨(なし)の礫(つぶて)だった。

 そんな神殿長に、戻ってきた若い神官達はなるべく明るい口調を心がける。


「ハミトさんも大変らしいですよ。ただでさえ治療院で一緒に働いていた上、神子姫様方がお暮らしになっていたのは、ハミトさんちの二階のお部屋でいらっしゃいましたからね。せめて神子姫様がお使いになっていた物を盗んで家宝にしようと、そんな人間が相次(あいつ)いだそうです。仕方なくハミトさん、神子姫様がお使いになっていた家具や服を全て燃やしたとか」


 今までは治療院の物置に隠していたらしいですけどねと、何とも複雑そうな顔で続けた。


「仕方あるまい。神子姫様がお使いになっていた家具として高値で売り買いされては遅すぎる。苦渋の決断だったろう」


 神殿長が、ハミト達の心を思いやってその目尻の皺を深めた。

 ましてや服などにいたっては、それこそどんな使われ方をするかも分からない。


「そうでございますね」


 本当はそんなことしたくなかっただろうにと、聞いていた神官達も目を伏せる。

 思い返せば、この世界に三人しかいない神子姫でありながら、地下牢から出てきた遥佳は一緒に捕らわれていたハミトやレイノーのことを案じる心優しい娘だったではないか。

 自分達にも、丁寧に礼を伝えてくれた。

 また、港町ドレシアでばったりと出会ってしまった真琴に至っては、もう本気で笑い出すしかないぐらいに明るい、少年のような少女だった。

 今やドリエータの街では、その神子姫達と同じひとときを過ごしていた元患者達が懐かしそうに語り合う姿があちこちで見られるときたものだ。

 ハミトやレイノーが、ぽそりとこぼした言葉が忘れられない。


「そんなお偉い存在じゃなくて良かったのに」

「本当にな。普通の子供で良かったのによ」


 そういう医師達だからこそ、神子姫達もまた傍にいたのだろう。

 彼女達はきっと、ただ普通に生きてみたかったのだと、今になって分かる。


「ですがイスマルク殿はどこに行かれたのか」


 一人の神官が、イスマルクを思って案じる言葉を発した。

 神子に選ばれたという意味では羨ましくもあるが、今となっては全ての神殿が目の色を変えてイスマルクを探し出そうとしている状態だ。これでいつまでも隠れていられるとは思えない。


「全く、・・・うわぁっ!」


 そこへ窓からザァッと音を立てて突風が入ってきた。

 室内の様々な書類が翻り、バサバサッと床へばらまかれてしまう。


「うわっ、風がっ」

「窓を閉めろっ」

「ちょっ、この書類っ、待てっ、待て待てっ」

「おうおう。すまぬが、拾ってくれぬかの」


 ひらひらと舞いあがる書類などを追いかけて皆がてんやわんやとなった。

 そうして窓を閉め、ばらばらになった書類を拾い上げては集めて、そうして・・・。


「あれ? 神殿長様。こんなところにこんな封筒ありましたっけ?」


 机の上に置かれていた封筒に気づき、一人の神官が怪訝そうな声になる。


「なんじゃ? いや、こんな封筒なぞ・・・」


 自分もまた散らばった書類を追いかけていた神殿長は、机まで戻るとその封筒を手に取った。

 開封もされていない。

 だが、こんな手紙を受け取っていただろうか。


(もう年じゃの。やはりいつまでも老いぼれがおっては仕事も滞るというものよ)


 自嘲しながら、その封を開けて中身を見た神殿長だ。読み進めていく内に、その皺に埋もれたような目を大きく見開いた。


「なんと・・・!」

「どうなさいました、神殿長様?」


 ばらけていた書類をざっと見ながら順番通りにし直していた神官達が不思議そうに神殿長へと目を向ける。

 だが、年老いた第9神殿長は返事もそぞろに、その手紙を見入っていた。






 数日後、第9神殿からギバティ王国内にある全ての神殿へと手紙が出された。

 本来は大神殿にこそ一番に出されるべきものであっただろう。

 だが、第9神殿長はそれをしなかった。まず不便な場所にある僻地神殿に手紙を出した。その数日後には地方にある神殿に、そうして最後に首都ギバティールにある神殿及び大神殿へと出したのである。

 何故か。

 それは大神殿や各地域における有力神殿による口止めがなされないように、だ。

 第9神殿長は、神官全てが知る権利があると思えばこその行動に踏み切った。


(大神殿にはイスマルク殿同様、神官の位を剥奪されるやもしれん)


 けれどもかまわない。

 もう十分に神官として生きてきた。

 ならば最後は大神殿ではなく女神が残した神子にこそ従いたい。

 そう思ったのだ。

 年老いた第9神殿長が出した手紙の内容は、全て同じものだった。複写は第9神殿に属する神官達が行ったものだから、彼らもまたその内容を把握している。

 近くにある第8、10、11といった神殿は、あまりにも近すぎるものだから最後に回したのだが、神官同士で交流のあった者はこっそりと話を聞きにきたりもして・・・。

 イスマルクが、世話になった第9神殿にだけ話を通しておこうと思って認(したた)め、そうして風の妖精(シルフ)によって届けられた手紙は、イスマルクの思いもしない場所で大きな波紋を広げることとなった。






 ギバティ王国内にある全ての神殿に届けられた手紙は、各神殿長宛ではなく、各神殿宛てで第9神殿長より出されていた。

 だからその手紙を一番に開封したのは神殿長の場合もあったが、その補佐や秘書的な神官が一番に目を通したこともあった。

 その為、噂が出回るのはとても早かった。誰にとっても気になる神子についての話だったからだ。


『神官各位


 突然の手紙となりましたが、これは全神官が知るべきことと思い、認(したた)めております。

 かつてこのドリエータ地方におきまして、お二方の神子姫様が遭われた苦難につきましては、誰もがお聞き及びのことでありましょう。

 その渦中にありました元第25神殿長とは、その際に親しく語り合うこととなりましたが、そのご縁により、現在は行方不明となっておられるイスマルク殿よりお手紙を頂戴いたしました。

 その内容は以下の通りで、これは女神シアラスティネル様にお仕えする神官として、

「知らなかった」

ではすまぬ事態と考えております。

 どうぞ今一度、神官として自らの立場を考える一考になれば幸いでございます。



「第9神殿長

  ロムダール様


 ご無沙汰しております。

 いつぞやは、地下牢に閉じ込められていらしたハールカ様救出の為にお力を貸していただきましてありがとうございました。

 また、マーコット様のお見送りにも立ち会っていただきましたこと、神子姫様における神官への印象を上げることとなりましたことは疑うものでなく、それにも御礼申し上げます。

 そして、大神殿にて入牢させられました私に対する嘆願書も出してくださり、かなり尽力してくださったと聞き及んではおりました。

 直接お目にかかってお礼を申し上げることはかないませんでしたが、そのご厚意に心より感謝申し上げます。

 それゆえに第9神殿長殿にだけは、このことをお知らせせずにはいられませんでした。

 それは女神シアラスティネル様にお仕えする神官として、今となっては神官の位を剥奪された身なれども、私共は同志であったと思うからでございます。

 

 さて、私、神子姫様により大神殿より助け出していただきましたが、神子姫様と別れて、現在は一人でゲヨネル大陸に来ております。

 そうして人間よりもはるかに長く知恵を伝承し、自然と共に生きる彼らに、

『神官だったくせに、お前ら、全く女神様のことを知らないんだな。そんなんでよく恥ずかしげもなく神殿だの神官だの言えたもんだ』

と、馬鹿にされながら、かつては様々な地域を訪れていたという女神シアラスティネル様のことを聞きました。

 まず、我らは間違っていたのです。

 私はそれで神官だと自負していた自分を恥じずにはいられません。

 どうして神子姫様方が神殿や神官を嫌ってそのお姿を隠したのか、今となっては神殿や神官こそが神子姫様にとっての敵だったのだと理解しております。

 これは、彼らから聞いた女神シアラスティネル様や神官のことでございます。我らが知るそれとは違う認識となりますが、どうか受け入れてお読みください。


 そもそも、我らは神殿や神官とは女神様にお仕えする集団だと認識しておりました。それは間違っておりません。ですが、かつての神官とは、女神様のお傍近くで仕えていた集団であったとのことでございます。

 というのも、女神様はその思いのままにあちらこちらへと出歩き、そうして放浪したり腰を落ち着けたり、また素性を隠して色々なことをなさる為、お守りし、お助けする人間が必要だということで、女神様に惚れこんだ人間が付き従うようになった、それが神官の始まりだということです。

 つまり、女神様とは神殿で大切に崇められ、神官が頭上に戴く存在ではなかったのです。


 勿論、私はそこで問いました。

『しかし、そこまでして女神様は何をなさると?』

と。

 すると馬鹿にされたのは言うまでもありません。

 曰く、

『では、お前達は女神様がどんな存在だと思っているのだ?』

と。

 私は今まで聖神殿こそが女神様のお住まいとして常に存在していたと考えておりました。ですが、それすらもある出来事をきっかけに女神様の外見的な特徴が全世界に知れ渡ってからのことだとか。

 聖神殿が建てられる前、女神様はあちこちへと放浪なさっていたそうです。

 女神様はこの世界を守り導く偉大なる唯一無二のお方。

 その本意を私共が知ることはないにしても、もしかしたら私は神官という本来の意味を知らずにいたのではないかと、思わずにはいられません。

 

 ゲヨネル大陸にて神子姫様方の話をしましたら、逃げられたのは当然だと、そうも言われました。

 というのも、現在は長き眠りにおつきになった女神シアラスティネル様ですが、次の女神様が生まれるまではその息吹がこの世界を守ってくださっているのだとか。

 神子姫様方は、その次の女神様が出現する為の役割を担う存在であるとのことです。


 私はそこで尋ねました。

『役割とはどんな役割を?』

と。

『さあな。それは女神様と神子姫様が知ることであろう。

 だが、神子姫様を利用しようとすれば、次の女神様が生まれた時、その者が属する種族は様々な生き物に利用される生き物に成り下がったりもする。

 では神子姫様を閉じ込めて適当にちやほやしていればよかろうと、それを実行した場合、次の女神様が生まれた時点でその者が属する種族は知能が失せ、悲惨な末路を辿るのだ。

 勿論、神子姫様を脅したりひどい目に遭わせた場合、次の女神様が生まれた後、この世界は老若男女が飢え死にしたり殺し合ったりというのが当然という世界になったこともあると聞く。

 ゆえに、ゲヨネル大陸に住まう我らは女神様や神子姫様のお気持ちを常に尊重するのだ。我ら幻獣及び妖精は、あの自然界から祝福された存在を決して傷つけてはならぬと知っている』


 そんなこととは存じませんでしたが、神子姫様と初めてお会いした時、私は薬師として治療院で働いてほしいと言われただけでございました。

 それを受け入れ、知らぬこととはいえ、神子姫様のお近くで暮らして働いておりましたが、今となってはそれで良かったのだと、安堵しております。

 我らの勝手な願いではなく、神子姫様のお望みこそを尊重できたのですから。

 恐らく、神子姫様方は我らとは違う視点で世界を見ておられるのでしょう。

 それこそ、我らだけではなく、我らの子、我らの孫、その先まで続く未来を。


 今、どの神子姫様とも遠く離れてはおりますが、こうなった以上、私は本来の神官が担っていたであろう存在として生きていきたいと考えております。

 ただ、あの方々が望む日々をお守りする為に・・・。

 それが次の女神様へと続く未来として、女神シアラスティネル様が一番お望みになることであろうと思うからです。

 

 第9神殿長殿におかれましては、神子姫様のお顔を知るお一人です。

 もしも彼の方々にお会いしたならば、どうか神殿で確保しようとするのではなく、そのお気持ちを尊重する為に動いてくださいますよう伏してお願い申し上げる次第でございます。


 末筆ではございますが、第9神殿の皆様方へも心よりの感謝を申し上げ、今後ますますのご発展をお祈り申し上げます。 イスマルク・ディロージア  」




 本来は姓を捨てるべき神官であるにもかかわらず姓まで記してきたのは、既にイスマルク殿はもう神官ではないと、自分でも思っているからのことでしょう。

 けれども、敢えてお尋ねします。

 彼は、本当に神官ではないのでしょうか、と。

 こんなにも無私の心で神子姫様にお仕えしようとする彼は、では一体、何者でしょうか。

 そして今に至っても神子姫様方から頼られることなき我々は何者でありましょうか。

 

 全ての神官が知るべきと思えばこそ、ギバティ王国内の神殿全てにお伝えいたしました。

 どうぞそのお心に響くものがありましたら、神子姫様をお見かけしてもそのお心を踏みにじるような真似はなさらぬようお願い申し上げます。 第9神殿長 ロムダール  』





 その手紙を幾つも複写し、そうして発送する手配をした第9神殿の神官達は、全てを出し終えてやっと落ち着いた顔になった。

 もう後は、泣いても笑っても結果を待つだけだ。


「ところで神殿長。どうしてギバティ王国内の神殿にだけ出したのですか? 本来はどの神殿も知るべきでしょうに」


 ふと、疑問を感じて一人の神官が尋ねる。

 すると、少し茶目っ気をみせた表情で第9神殿長は答えた。


「そんなこと決まっておる。外国に出したら金がかかるのでな」

「・・・・・・えー」


 理想は理想として、現実問題、神殿の経費は有限である。

 第25神殿程ではなかったが、地方の神殿は懐事情もそこまで豊かではないのだ。

 さすがに周囲にいた神官達も苦笑するしかなかった。






 ジンネル大陸で一番に名のあがるギバティ王国は、かつて女神が暮らす聖神殿を戴く聖なる国とされていた。


 けれどもディリライト島に神子姫が滞在しており、そこで出会ったキマリー国王子が神子姫と知らずに求婚した。

 神子姫はその求婚を断ったものの、キマリー国王子を友人だと言い、その魂の美しさは他国の王族の誰一人として敵(かな)わないだろうと褒め称えたとか。


 その噂は、かなり遅れたもののギバティ王国にも届いた。


「なんということだ。まさかディリライトなどに行かれていたとは」


 がっくりとギバティ国王ブラージュは肩を落とし、その額を片手で覆った。

 あまりにもディリライト諸島は遠い。

 大急ぎで使者を派遣してみれば、ディリライトの首長はもううんざりだと言わんばかりの顔だったという。

 ディリライト首長の客人として滞在し、首長の息子や娘達ともかなり親しく交流していたとなっては、どんなやり方をしたのかと、どの国も問い合わせの使者を出したかららしい。

 しかし、そこがディリライトの首長だ。


「これをお持ち帰りください。どうやって神子姫様に滞在していただいたかは全て明記してありますから。ではお引き取りを」


 ギバティ王国の使者は、ディリライト首長に会って挨拶し、用件を伝えたところ、その文書を渡されて追い払われたとか。

 きっと何十回も同じことを繰り返したくなかったのだろう。

 とても合理的ではある。同時に凄まじい程に投げやりだ。


「  神子姫様に滞在していただく為に


 1.まず、妻子にも決して神子姫様の正体を明かさず、高い身分を用意する。

 2.使用人にも決して神子姫様の正体を明かさず、それでいて賓客として扱わせる。

 3.神子姫様に誰かが失礼なことをしないよう目を光らせ、安全に万全の手配をする。

 4.物々しい警備は気詰まりになるので、息子や娘達を遊び相手兼護衛として差し向ける。

 5.息子や娘達には、大切な妹としてお守りし、お世話をするように言い聞かせる。

 6.人の目を気にせずお好きに暮らしていただけるよう、離れた住まいを用意する。

 7.どんなご要望も聞き入れ、滞在期間や行動や言動に至るまで全てを強要しない。

 8.周囲の雑音は全て遮断し、のびのびと過ごしていただく。

 それができたなら、その地の責任者には正体を明かして滞在してくれることでしょう。

   ディリライト首長 コウヤ・エラ・ディリライト  」


 持ち帰ってきた使者にしても、大量に用意されていた同じ文面らしい文書の一枚をひらりと渡されたのだ。

 封もされていないそれだから読めてしまうわけで、何とも言えない顔になっていた。


「神殿からも使者がディリライトへ行っていたようでございますが、同じ物を渡されて何とも渋い顔をしておりました」

「であろうな」


 はっきり言って、無理だ。

 ディリライトならばともかく、他の王国や神殿ではこの条件を満たせるわけがない。

 神子姫を神子姫と明かさずに丁重に扱った日には、愛人ではないかと勘繰られるからだ。

 そうなると、どんな嫌がらせが行われることか。


「ディリライトでは首長の姪として紹介されていたとあったが・・・」

「はい。そのようでございます。そしてキマリー国一行を迎えた宴席で王子と出会ったとのことでございます」

「だが、ディリライトには姫もいた筈。姪ともなればどうしても下座に位置しただろう」

「それが、・・・どうやらディリライトでは神子姫様が滞在中の宴席は全て円卓といったスタイルを使い、上座や下座がないそれで行ったらしく、また首長ご一家との食事の席では常に神子姫様は最上席にいらしたそうでございます。それにより、使用人達も神子姫様を賓客と判断していたとか」

「・・・やってくれる。さすがは海の覇者を名乗るだけはあるか。よくぞそれで首長夫人も何も言わなかったものだ。通常の王妃ならば、素性も明かさぬ自分よりも年若い娘が最上席とあっては喚き立てたに違いないものを」


 ましてや本当の姪ではないことぐらい、首長の妻子ならば分かっていただろう。なのに、そんな見え見えの嘘を受け入れて丁重に扱ったとは、どこまでディリライト首長の言葉には重みがあるのか。


(恐るべし、さすがはディリライト・・・!)


 尚、コウヤの妻であるカリンが何も言わずにいたのは、遥佳が身につけていた額飾りが正統なディリライトの主となる身であることを意味していたからであって、ヘタにつつこうものならばとんでもないことになると思っていたからである。

 自分の夫が首長を退いて遥佳が首長となりかねないとあっては、それぐらいなら姪として受け入れた方がいいというものだろう。

 そしてカリンは、遥佳の正体を知ってからは、毎日のように夫へブツブツと打ち明けてくれなかったことへの文句を言い続けている。

 曰く、神子姫様だと分かっていたら毎日新しい最上級の宝石や真珠を使った衣服を用意し、塔の部屋は全て花で飾り、毎晩お心を慰めるような楽しく明るい宴を行い、一歩も歩かなくてもすむように丁重なお世話をして差し上げたかったのにと。


「それ、どんな嫌がらせだよ。そもそも宴会なんて好きじゃなかったろ?」

「太らせて食べちゃうの、お母様? フォアグラができちゃうわよ」


 それを聞いたカシマが呟けば、ケイトも呆れた程である。


「しかも普通の王子や王女が護衛の仕事などできる筈もない。それどころか、大抵の王子は素性も明かせぬ娘など、一時の戯れにと手折るだけだろうに」

「ディリライトの跡継ぎ殿と次男殿は、そういった色恋的なものは全くみせず、ケイト姫と共に神子姫様を色々な場所へと案内していたそうでございます。まさにその様子は四人兄妹といった仲睦まじいものだったとか。その感謝のお気持ちからでしょう。神子姫様はご自身の額飾りを男物へと作り変え、ディリライトの跡継ぎ殿にお渡しになったとのことでございます」


 タイキやカシマ、ケイトが遥佳と仲良くやっていたのは、父の姪ではないにしても血縁であることが分かっていたからである。ましてや最初に、「大伯母ちゃんと呼んで」などと言われた日には、気も抜ける。

 けれどもそんな事情まで分かる筈がなかった。


「どこから、我が国は間違えたというのか。聖なる大国として君臨してきた我が国は・・・」


 これ程までに望んでも、神子達はギバティ王国へ背を向け続ける。ましてやディリライトの情報が正しいのであれば、どうしようもない。

 国王とて、自国が揺らいでいる事実を理解するしかなかった。


「王よ、嘆いている暇はありませんぞ。そういうことであれば過ちを正すしかないのですから」

「どういうことだ」


 自分の爺やでもある男だ。

 国王が顔を上げれば、その年老いた顔に疲れも浮かんでいた。恐らく国王とは別の手の者を走らせて、色々と調べていたのだろう。


「幼い姫、もしくは年若い姫君だと思いこみ、我らは丁重にお迎えして見目の良い貴公子をご伴侶にと用意するつもりでおりました。ですが神子姫様はキマリー国王子を最初で最後として、他の求婚の言葉を聞くつもりもないと仰(おっしゃ)ったとか。要は、そういった思惑そのものを毛嫌いなされておられるのでしょう。実際、王弟殿下とて、ドリエータでこっぴどく拒絶されたとのこと」

「む。・・・それは単に、出会いの状況が悪かったからであろう」

「現実に目を背けられてはなりませんぞ、王よ。振り返れば我らは神子姫様のお好みを全く理解しようともせず、通常の姫君が喜ぶようなことだけを考えていたのではありませんか」

「だが、年若い姫君ならそれも当然のことであろう。ドリエータの治療院でも、神子姫様は患者に小さな花などを活けたものを飾って目を和ませてくれたとか」


 だが、臣下である男は首を横に振る。


「キマリー国第二王子の求婚を受けて、神子姫様は、その魂の輝きを褒められたとあります。王よ、魂の輝きとはどういうものを指すとお思いですかな? それはこの姫君を利用して国を富ませようとか、世界に三人しかいない神子姫を手に入れれば国の価値が上がるとか、そういう思考でありましょうか。ましてやキマリーの王子、ただの首長の姪と信じて求婚したという話ではありませんか。・・・それは一国の王子としては愚行にございます」

「む」


 ギバティ国王も厳しい顔になる。


「国を治める者が、富国を考えないのは罪であり怠慢にございます。王よ、王室に取り込むことは諦め、そうして神子姫様がせめて気兼ねなくお暮らしになれるような環境を整えた方がよろしいのではありませぬか。神子姫様を利用しようとした、それこそが我らの間違いだったのでございます」


 しばらくギバティ国王は考えていた。

 やがて力ない声で呟く。


「そなたは、このギバティ王国に、他国の頂点にあったそれから脱落しろと言うのだな」

「御意にございます」


 年老いた男の瞳にも無念の光がある。


「聖神殿を戴く聖なる国、ギバティ。今までの過去を調べさせましたが、女神シアラスティネル様がこの国を散策なさったとか、人々と交流なさったとか、そんな記録はございません。なのに神子姫様はディリライト諸島で市場をお歩きになり、人々に気軽な声をおかけになり、舟遊びも楽しまれていたそうにございます。そもそもこの国は、女神様や神子姫様にとって出歩きたい、暮らしたいと思う国であったのでしょうか。我らは驕(おご)りすぎていたのではありませんか。大事なことを忘れていたのではありませんか。長き日々に胡坐(あぐら)をかいたまま、そもそも信頼などされていないという事実に気づかず」

「・・・もうよい」


 ギバティ国王は目を閉じた。

 誰も足を踏み入れることなどできなかった聖なる山。そこに存在する、白く輝く聖神殿。


(ずっと、あの光り輝く神殿を擁していることこそが誇りだった)


 あの時に神殿と競い合うようにして騎士達を差し向けなければ良かったのだろうか。

 神子姫は再び空を駆ける猛き幻獣グリフォン、そして薬師として働いていた元神官だけを連れて行方不明だ。

 その行動力は、どこまでもはかり知れない。


「神子姫探索及び懸賞金を取り下げよ。そうして、ギバティ国内のどの領主であれ、神子姫様がご身分を明らかにしてくださればどんなご要望にも応える用意があることを広く知らしめるのだ」

「かしこまりました」


 がっくりと椅子の背に凭(もた)れたギバティ国王の顔は一気に老(ふ)けたかのようだった。


 数日後、ギバティ国内の街角に、神子姫様を見つけ出した者に対する報奨金の知らせを取り下げる通知が出され、また、神子達に宛てたものとみられるメッセージが発表された。






 同じくギバティ王国内にある大神殿もまた重苦しい空気が漂っていた。

 ディリライト諸島にある神殿からは、

「神子姫様がこちらにおいでになっていたという噂が大きくあるのですが、そちらから届いていた神子姫様の外見的特徴とあまりにも違いますので問い合わせ申し上げます」

といった連絡が来ていたが、それも当然だっただろう。

 ギバティ王国外にある神殿は、最初のギバティ王国が街角に貼りだした、金とも銀ともつかぬ髪の色をして夕焼け色の瞳をした幼女といった情報止まりで、その後の騒ぎは知らなかったのだから。

 しかし、それは問題ではない。

 今、大会議場では、集まることができる神官達が勢揃いしていた。座りきれぬ者は立っている。

 というのも、様々な神殿から大神殿に向かって使者が届いたからだ。

 その中央では、答えの出にくいこの問題に対し、高位の神官達が険しい顔になっていた。


「なんということだ」

「全くでございますな」


 地方にある有力な神殿からも、神殿長が駆けつけてきていた。

 今回の情報は下位の神官にも広がっている。早急に自分達の方向性を決めねばならなかった。


「既に他の神殿にも第9神殿長の手紙が届いているとか」

「神官同士の繋がりもあります。国外であってもギバティ王国内に親しい神官がいる場合は、そちらから話が伝わっているようでございます」


 苦々しげな人間ばかりではない。勿論、諦めを含んだ声もあった。


「これが本当だとしたら、ならば神子姫様が神殿を拒否なさったのも無理からぬこと」


 返す返すもイスマルクの神官の地位を剥奪してしまったことが悔やまれる。

 まだ神官のままであれば、イスマルクとてこんな重大な情報は真っ先に大神殿へと報告しないわけにはいかなかったからだ。


「調べさせたが、女神シアラスティネル様より前の女神様のことなど、全く記録はない」

「では、これは出鱈目(でたらめ)な話であると?」

「それはあるまい。イスマルクは第9神殿長にのみ打ち明けてきたのだからな。いいかげんな話を高齢の神官に吹き込んでどうする」


 誰もがその先を思って重苦しい空気となる。

 一人の第2等神官が、そこで尋ねた。


「ならば今現在、神子姫様に付き従うイスマルク殿により、新しい神殿と神官が発生するということでしょうか? 次の女神様の誕生に係わることができるのは彼と、これから神子姫様に付き従う者達ということになるのでしょうか? では、我らは一体どんな存在となるのでしょう?」

「・・・・・・」


 誰もが沈黙するしかない。

 女神を戴いてこその神殿であり、神官だ。

 その女神の誕生を担う神子に拒否されていて、どうして次の女神が自分達の所へと来てくれるだろう。

 だが、そうなると。


「で、出鱈目(でたらめ)だ・・・!」


 一人の第1等神官が、苦しげに吐き出した。


「出鱈目に決まっているっ。ならば我らに今更、神子姫様の放浪に付き従う無頼の徒になれというのかっ!? 神殿にいてこそ人々に敬意を捧げられる神官なのだっ。それを手放して、小娘といった年齢の神子姫にいいように使われろというのかっ? 何の為に・・・っ!」

「そ、そうですともっ。もしも神子姫様に放浪の旅が必要だというのであれば、神殿を拠点にしてくださり、神官が交代で付き従えばいいことではありませんかっ。どうして数多くある神殿を全て打ち捨ててお供をするということになるのでしょうっ。それでは神子姫様にとっても意味はありますまいっ」


 追従する第2等神官の声が響き渡る。


「しかし、それをどうやって神子姫様にご理解していただくのです? そういった提案をするも何も、神子姫様はどなたも行方知れずのままでいらっしゃいます」


 疲れた声で第3等神官の一人が指摘する。

 第1等や第2等の神官は命令だけしていればいいが、動くのは第4から以降の神官なのだ。間を取り持つ第3等の身にもなってもらいたい。実現不可能な指示をされても困る。

 神子姫もイスマルクがいるゲヨネル大陸にいるのかもしれないが、そのイスマルクとてゲヨネル大陸のどこにいるかも分からず、そしてジンネル大陸ではない場所で神官という肩書きがどれ程の役に立つのか。

 この地であればこそ、「神官様」と誰もが敬意を示し、頼みを伝えれば誰もが喜んで役に立とうとするが、ゲヨネル大陸の幻獣や妖精が、自分達に恐れ入ってくれるとはとても思えない。

 なぜならば、大陸間を繋ぐ船はあるが、その船でやってくる幻獣や妖精が、神官に対して敬意を表したことなどないからだ。


「神殿全てに貼りだしてみてはいかがでしょう。神子姫様とてお一方はマジュネル大陸に行かれたとのことでしたが、そのお方こそが元第25神殿長イスマルク殿をグリフォンと共に連れ出したとも聞いております。元第25神殿長がゲヨネル大陸にいらっしゃるとしても、もうお一方はディリライト諸島にて滞在なされていたとか。全くそのお目に留まらないということはありますまい」


 場合によってはマジュネル大陸、ゲヨネル大陸にも看板を出させてもらってはどうかと、第3等神官の一人がそう提案する。


「しかし、どんな貼り紙を? 読んだ民衆が不安になるのでは意味がなかろう」

「そこが難しいところではございますが・・・。ですが何もしなければ、我らは女神様の名を借りているだけの有名無実な団体と成り果ててしまいます」

「その通りです。これではイスマルク殿だけが新しい女神様の第一の神官となってしまわれるではありませんか」


 その言葉に、大会議場にいた神官達がどよめく。


『ということは、神子姫様についていけば新しい女神様の第1等神官になるのも夢じゃない?』

『かえってその方が出世できるということか?』

『そうだよな。このままじゃいいとこ、第5等になれるかどうかだけどさ』


 ひそひそとした会話すら末席では交わされていた。


「冗談ではないっ。イスマルクをっ、あの男を召喚するのだっ!」

「落ち着いてくださいませっ。イスマルク殿は既に神官の位を剥奪された身。その命令に従う理由もありませんっ」


 激高した第1等神官を、側近の第2等神官が宥めようとする。


「ならば剥奪しなかったことにせよっ」

「それをイスマルク殿に伝える術がございませんっ」


 もう一人の第1等神官が怒鳴りつけた。


「それをどうにかせよっ。このままでは神殿こそが神子姫様と物別れになってしまうではないかっ」

「ならばどうしてイスマルク殿を・・・っ!」


 女神の神子と袂(たもと)を分かって何が神官だというのか。

 大会議場に渦巻く様々な思惑。そこはまさに怒号が飛(と)び交(か)い始めていた。



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