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57 ウルティードはキマリー国の愛を疑った

 今、キマリー国に吹く風はあまりにも血腥(ちなまぐさ)く、もの悲しい。

 彼らを処刑台へと向かわせたシンクエンは、己の体に纏わりついたであろう彼らの怨嗟(えんさ)を思う。それでも後悔はない。


(いや。もっと早く彼らを処分できていたなら・・・。ウルティードが狙われることもなかった)


 もしもという言葉を考え始めたら何もできなくなる。

 けれども思うのだ。

 どうしてみすみす我が国の王太子を害させてしまったのかと。

 当時は自分も幼かった。時を戻せても何もできないと分かっている。

 それでもキマリー国の一員として不甲斐なく、惨めさを感じずにはいられない。


「シンクエン様。お戻りになりましたなら顔を出してほしいと、陛下からのご伝言でございます」

「分かった。今から参りますとお返事を」

「かしこまりました」


 ディリライトで出会った首長の姪ハールカ姫とそっくりな顔をしたユーリという娘。

 その協力により、取り逃がしたと思われていた貴族達を確保できたのは僥倖(ぎょうこう)だった。それには王太子妃ラヴィニアの弟であるミンザイル伯爵家の貴公子達も関与していたわけだが。

 そこまで思って傍系王族のシンクエンは、溜め息をついた。


(ウルティード。お前はもうハールカ姫に求婚しているのだろうか)


 元々、第二王子ウルティードを預ける程に、シンクエンの父を信頼してくれていた国王夫妻だ。

 この粛清の先頭に立ったことで、息子であるシンクエンもまた頼りになる人間であると印象づけてある。

 国王夫妻もシンクエンがそこまで推(お)すのなら第二妃ならばいいのではないかと、悪くない感触だった。


(肝心のケイファスト王子の意見は不明だが、あの王子もあの王子でニッコリ笑って何考えてるか分からない奴だからなぁ。・・・だけどウルティード。俺にしてやれるのはここまでだ。それでもお前は愛した姫君を娶ることができるだろう)


 王宮ではシンクエンより実兄であるケイファストと仲良くやってもらいたいのに、あのウルティードはシンクエンの周りを纏わりつくのだから、何度叱って兄離れさせようとしたことか。

 そっけなく廊下に放りだし、庭園に蹴りだしても、所詮は嫌われていないと分かっているのか、全くこっちの気持ちを理解しようとしない馬鹿王子だ。

 けれども・・・。


(それでもお前には幸せになってもらいたいんだ、ウルティード)


 だからお前が本当に望むのならば、その姫と結ばれて欲しい。

 

(あのふざけた理想像を聞いた日には、人生勉強ということで一番ブサイクな姫を探して宛(あ)てがってやろうかとも思ったもんだが・・・)


 それでもお前を大事に思ってる。

 不憫(ふびん)にも両親や実兄の愛も知らずに育った、大切な預かりものの王子。

 お前の為なら、自分はどこまでもこの手を汚すだろう。


(ウルティード。お前だけは健やかに、何一つ欠けることなく幸せになってほしいんだ)


 王太子ケイファストばかりでなく、シンクエンにとっては何よりも可愛がってきたウルティード。彼を殺そうとしたことが、シンクエンの怒りを燃え上がらせたと言っていい。

 残党がウルティードを狙うことなどないようにと、苛烈な処分をシンクエンは命じ続けていた。


『シンクエン! 会いたかったっ。今度はいつまでいてくれるのっ? もう一人はやだよ、今度は僕も連れてってっ』

『ごめんな、ウルティード。お前は危なくて連れて行けないんだ。だけど今度はしばらく一緒にいるよ。その為に試験も先にすませてきた』

『ほんとっ!? どれくらいっ?』

『少なくとも一ヶ月は。さあ、お前の勉強の進み具合を見せてくれ。それから一緒に遊ぼうな。お前の為に土産も沢山持ってきたんだ』

『うんっ』


 今となっては無駄に大きく育ったが、思い出すのはいつも自分に向かって駆けてくる姿だ。

 あの寂しがり屋な男の子の傍にいてやりたくて、だから勉強もさっさと片付けて領地の城へ戻ろうと努力した。


(今となっては鬱陶しいので、外に蹴りだしておきたいのも本音なんだが)


 そんな薄情なことも思いながら、シンクエンは簡単に身なりを整えて部屋を出る。

 国王の所へと向かえば、そこには王妃ネムソフィアや王太子妃ラヴィニアもいた。


「おお、シンクエン。来たか」

「陛下。妃殿下方もおいでとは、どうかなさいましたか? あと少しお待ちいただければ全て片付くと思うのですが・・・」


 今回、王室のイメージ低下になってはならぬということで、シンクエンが先頭に立ってはいるが、その後で国王には民衆の前できっちりとその存在感を示してもらわねばならない。

 その為の情報操作も含めて、シンクエンは多忙である。

 自邸は門扉を完全に閉めて全てを拒絶している状態だが、シンクエン自身は王宮だったり出先機関で寝泊まりしたりと、寝られればどこでもいいといった状態で動いていた。

 そして今日は王宮に戻ってきたわけである。


「それが、だな。早馬が届いてな。ウルティードの奴、そのハールカ姫・・・様に求婚したはいいが、断られたそうだ」

「そうですか。仕方ありません。子を産めぬ姫君であれば、やはり怖じ気づきもしましょう」


 なんで我が国の王が、ディリライト首長の姪姫に対して、姫どころか姫様呼びなのかと、そこを疑問に思わないでもなかったが、疲れていたシンクエンはそのまま流した。

 ただ、ウルティードの顔を思い浮かべる。


(そうか、可哀想にな。断られたのか、ウルティード)


 けれどもそれは考えられない話でもなかった。あの姫は決して暗愚ではない。

 どんな形であれ、もしかしたら王位を継ぐかもしれない第二王子の妃となることの意味は分かっていただろう。

 塔での振る舞いを見ても、かなり賢く行動力のある姫だった。


「そうじゃないのよ、シンクエン様。ちょっと見てくださいな、この知らせを」

「ネムソフィア妃殿下? どうなさいました? そのサインは王太子殿下のものなので、陛下の許しなく私が読むのは・・・」

「かまわんから読んでくれ、シンクエン」

「では、失礼しまして」


 ケイファスト自身が記したのであろう、文末のサインを素早く確認していたシンクエンは一歩下がりかけたが、国王の許しを得て読み始める。


「はっ!? ハールカ姫の正体が、・・・神子姫様?」

「そうなのよ、どうしましょう。結局、神子姫様はグリフォンに乗って立ち去っておしまいになったそうなんだけれど。・・・神子姫様への求婚を断られたこと自体はなんてことないわ。だって、そうでしょう? だけどあの子ったら、神子姫様から、あの子以外の王族からのプロポーズは聞く価値などないと、そこまで仰(おっしゃ)っていただけたらしいのっ。どうすればいいのかしらっ」


 間違いなく自分が産んだ第二王子でありながら間近で見ることもなく育ってしまったウルティードは、ネムソフィア王妃にとっても距離を測りかねる存在だった。

 けれども母親として、こんなこととなったら取り乱しもする。

 今からでもどんなお礼を差し上げれば失礼にならないのかと、まさにもう手遅れであることも考えつかない有り様だ。


「落ち着け、ネムソフィア」

「そうですわ。落ち着いてくださいませ、ネムソフィア様。さすがは王妃様がお産みになったウルティード様ではありませんか。きっとその場にいたケイファスト様も誇らしく思われたに違いありません」


 先に取り乱されてしまうと、国王と王太子妃の方が王妃を落ち着かせようと声を掛けてしまうわけで、結果として二人の方が冷静にならずにはいられない。

 しかしシンクエンはそのディリライトを訪れていた人間である。


(そうか。ウルティード、・・・不憫な奴。やっぱりお前みたいな騒がしい奴、あの大人しい神子姫様には耐えられなかったんだな)


 脳裏でドラマチックな求婚場面を描いている王妃と違って、シンクエンは神子姫ハールカやディリライト首長一家をも見知っている為、その場面をありありと脳裏に描くことができた。


「いや、誇らしいも何も、それって単に衆人環視の中でフラれただけじゃないかと・・・」


 だから、ぼそっと呟いてしまう。


「んまあっ。だけど神子姫様に求婚できるならどの王国だって即座に全ての独身の王族を縁談で持ち込みますわ。けれどもその中で一人選ばれるか、全員断られるかなのですよ、シンクエン様。それをウルティードは断られたとはいえ、その魂を褒めていただいたとあるではありませんか。・・・ああ、なんて誇らしいこと。しかもウルティードは神子姫様を神子姫様と知らなかったのですよっ。なんて見る目のある、立派な青年に育ったのかしら」

「・・・・・・えー (いや、単にあの大人しく控えめなところにノックアウトされただけでしたけど)」


 そんな美談ではないと、シンクエンだからこそ断言できた。

 それこそ皆の前でお断りされてカシマにはゲラゲラ笑われたのではないかと、あの仲の良さを思い出せば、恐らくその想像は大して外れてはいまい。


(だが、やはり見る目のある姫君だったということか。ディリライト首長の能力を見抜いておられたとは。

 神子姫を迎えていながらそれを妻子にも伝えなかった口の堅さ、同時に振り返ればケイト姫よりも格落ちになる姪姫という立場を用意しながらも決してケイト姫よりも下がらせてはいなかった処理能力。・・・他の王室では、ディリライト首長程の対応はできなかっただろう)


 そのディリライトへ身を寄せることを選択したのは、遥佳ではなく優理の判断だったが、そこまでシンクエンにも分かる筈がない。


(ならば、あの違和感も頷ける。まさか神子姫様がギバティ王国を無視してディリライト諸島に出向かれているとは全く思いもしなかった)

 

 同時に遥佳の為人(ひととなり)を思い出せば、プロポーズを断りながらもそういった特別扱いを残してくれたことに、感謝せずにはいられない。

 これでウルティードを表だって攻撃できる人間はいなくなるだろう。暗殺するのも論外だ。


(あの塔でも彼らを撃退してくれた。・・・いや、まさかっ? その前に海で亡くなっていた彼、いや、彼らは・・・っ!?)


 そうなるとシンクエンも一気に脳内で様々な思考が駆け巡る。

 ギバティ王国で女神が暮らしていた聖神殿が崩れ、そこにいた幼い三人の姫君が行方知れずという噂は当然聞いていた。

 その内の一人が、ディリライト首長の姪姫だと身分を偽って塔に暮らしていた遥佳となれば、残りの二人こそ・・・・・・。


(あのユーリと名乗っていた娘こそ、もうお二方の内のお一方ではないかっ)


 冗談ではない。そんなことと分かっていたら・・・。

 顔を青ざめさせたシンクエンはエミリールの顔を思い出し、その姉である王太子妃ラヴィニアの顔をじっと見つめた。


「どうなさいましたの、シンクエン様?」

「あ、いいえ。なんでもございません」


 ただでさえ、ディリライト首長の姪だったハールカ姫の正体が神子姫様だったことで混乱中だ。

 まさかここで言えるだろうか。明るく言えば場が和むというものだろうか。

 その場合、自分が言うのか?


『いやあ、困っちゃいますよねえ。三人いる神子姫の内、一人にはウルティード王子がフラれちゃいましたけど、もう一人には女装しているあなたの弟がくっついていきましたよ。もう一人の神子姫様は、貴族を逃がす逃がし屋のトップを罠にはめて金貨200枚ぶったくっていきましたけど』

と。

 そんなこと、持ち出せるものだろうか。

 それこそこのキマリー国は一気にパニックとなってしまう。国王夫妻が寝込んでしまうではないか。


(いいや。それこそあのユーリ、・・・様のご迷惑になるだけだろう)


 どちらの神子姫にしても、きちんとした待遇を望むなら、ただ一言、自分の素性を伝えれば良かっただけなのだから。

 けれども「ディリライトのハールカ姫」の名を出しても、彼女は無関係だと言い張っていた。

 そして「ディリライト首長の姪姫」の本当の素性を明らかになったのは、彼女がその地を飛び立ってからのディリライト首長の発言によるものだという。

 つまり、そういうことなのだ。

 彼女達はそれを望んでいない。それを理解する者だけが打ち明けてもらえるのだ。


(だが、これだけの温情をお二方の神子姫にかけられたとあっては・・・)


 シンクエンは唇を噛みしめた。

 今も、王宮で育ったわけではないウルティードの鄙(ひな)びた言動に眉を顰める貴族や宮廷の役人はいる。

 それでもこの事実を利用すれば、ウルティードの悪口など誰も言い募れなくなるだろう。


(ああ、本当に。あなたがウルティードの傍にいてくれたなら、どんなに良かったことだろう)

 

 けれどもそれは叶わぬ夢だ。

 もしも彼女がウルティードの求婚に頷いてくれていたなら、国王は退位し、ケイファストは王太子を退く必要が出てきただろう。そしてこの国は初の女王を迎えた筈だ。

 神子姫が誰かに頭を下げることなどあってはならないのだから。

 そしてその素性を明らかにしないまま、ディリライト首長の姪姫としてウルティードの妃に迎えたならば、どんな不遇な目に遭わせたことか。


(ウルティードもあれで本当の馬鹿じゃない。分かってはいるだろう)


 だからシンクエンは顔を上げた。


「陛下。どちらにしても、この話、諸外国に隠すことはできません。何と言ってもウルティード王子はドモロール国王陛下の孫にもあたります。ドモロール王国から差し向けられていた騎士達もとっくに本国へと報告しているでしょう。そして未だにウルティード王子を陛下と妃殿下の御子として疑う声があるのも事実」

「うむ」

「ですが、この世界全ての頂点に立つ女神様の神子姫がウルティード王子をそこまで評価してくださったのです。どうしてこれでその血筋を疑う声が出せましょうか。・・・ネムソフィア妃殿下、今まで長らくのご辛抱をいただきましたことをお詫び申し上げます。それでもこれで今回の粛清、本来はもっと敬われるべき王妃様及び王子様方への無礼を正したのだと、その主張に誰もが黙るしかありますまい」


 シンクエンの顔色こそ寝不足がたたったものだったが、その青い瞳に生き生きとした光が宿る。


(いける。それならばウルティードへの危険はもっと減らせる。残党を更に追い詰めることができる)


 ドモロール王国の武力が起こるであろう反乱を物理的に征(せい)するなら、その神子姫とのエピソードが民の心を制(せい)するだろう。


「ネムソフィア様。何もできないとお嘆きになる必要はございません。神子姫様に対する敬意をこめて、王妃様のお名前で何か施設を設置いたしましょう。いつか神子姫様が聞いた時に嬉しく思ってくださるような、そんな施設を。それならばお気持ちは伝わるのではありませんか?」

「ああ、そうね。そうよ、ならば何がいいかしら」


 ネムソフィアの灰色の瞳にキラリと涙が光る。

 その腕を、ラヴィニアがそっと支えた。


「さあ、それは。ハールカ姫はとても大人しく優しい方でいらっしゃいました。たしか売り物にならない真珠で壁飾りを作ったり、自分でお菓子を焼いたりしていらしたようです。

 ですから、たとえば女性や孤児に何か技能を教えるとか、もしくは南の島を思わせる温室を作って民に開放するとか、そういったものでいいのではないかと思います。華美である必要はないと思いますが、同時にお気持ちが伝わるような何かを考えてはいかがでしょうか。ラヴィニア妃殿下も何かいい案がありましたら・・・」

「まあ、素敵ですわ。なら、王妃様。ディリライト諸島特産の植物を調べまして、とても幻想的な温室か展示館というのはいかがでしょう? 色ガラスや灯り、そして配置を南国ならではの鮮やかなものにしてみては。そして女性は常に無料で入って眺められるようにしますの。男性はちょっとした金額を取りますけど。ロマンチックに愛を語れるような、そんな温室か展示館を作ればいいと思いますわ」

「まあ、ラヴィニア。そうよね、いつか神子様がこっそり訪れて眺めてくださるかもしれないわ」

「そうですとも」


 なんで男だけ有料なんだと、そんなことを思った国王とシンクエンだ。

 王太子妃ラヴィニアは辺境の伯爵家出身である。経済観念はかなりしっかりしている。

 つまりそこでデートしようと思ったら男だけは金を出さなくてはならないわけで、ある意味合理的かもしれない案だった。

 無料で女を口説き放題の施設とされてはたまらない。


(ウルティード、哀れな奴。お前の失恋すら利用することを許せ)


 シンクエンは、そっと王妃と王太子妃から視線を逸らした。

 何だかんだ言っても、肝心のウルティードがフラれた心の傷を考えてもくれない女性というのは、実はけっこう無神経なのかもしれないと、そんなことを考えながら。






 ウルティードは主張したい。

 人に大切なのは、思いやりだと思う。

 人の心の痛みを理解し、それには触れぬようにする。

 それこそが大事なのではないだろうか。


「そして俺だからこそ言う権利があると思うんだ。このキマリー国は、人間として大切なものを見失っているって」


 第二王子ウルティードがぼやくのも無理はない。

 同じ馬車の中にいた王太子ケイファストと第三王子ミファレーンは、同情しながらも何も言えず、ぽりぽりと頬を掻くなり、窓から空を見上げるなりしかできなかった。

 それでもケイファストとミファレーンは、にこにこと笑顔を忘れず馬車の窓から外に向かって手を振るようにしている。それが王子の義務だからだ。

 というのも、既に一行はキマリー国の領土を進んでいた。そんな一行を守っているドモロール王国軍は、本来はキマリー国民に恐れられるものだっただろう。

 なのに周囲の沿道にいる人々は、誰もが一様に明るい顔をしていたのだ。


『そのご身分をお隠しになっていた神子様を見つけ、第二王子様は求婚なさったそうだぞっ』

『神子姫様には断られたものの、それでも第二王子様以外のどの王族の求婚も、今後聞くことはないとおっしゃっていただけたとか』

『その魂の美しさを褒めていただいたと聞いたっ』

『第二王子様は幼少時から、民の心を知る為にと、王宮とは違う場所でお育ちになったとか』

『だから今まで姿をおみせにならなかったのかっ。やはり第一王子様を支える為にと、清く正しく美しいお心でお育ちになられていたに違いないっ』

『神子姫様にも、特別なご友人として認めていただけたとか』

『あのギバティの王族ではなく、我がキマリー国の王子様方こそがお傍近くで親しく交流できたとは、なんという栄誉っ』

『しかも王太子様、第三王子様も、共に食事の席に招かれたとか』

『キマリー国、万歳っ』


 あの時はウルティードも、一行の中にいる口うるさい侍従達に説教されるのは覚悟していた。本国に問い合わせもせずに求婚など、王子がしていいことではないからだ。

 だから、

「なんて無分別なことを!」

と、そう叱られるのは分かった上でのプロポーズだったのだが、蓋を開けたら遥佳の正体が神子姫だったことにより、その説教はないことになった。

 しかし、そうなると今度は、

「どうして求婚を受けてもらえるように努力しなかったのですっ!」

と、責められる始末。

 ふざけんなと思ってケイファストとミファレーンの乗る馬車に逃げて、自分に優しい王太子の背中に隠れて説教をやり過ごして終わらせようとしたら・・・。


「なんで俺の失恋情報が俺より先にキマリー国に届いてて、しかもどうして一日中、一般国民からも傷口をほじくられ続けなきゃならないんだ!?」


 沿道の脇にいる国民からはずっと声高に噂され、食事ということで休憩をとれば、その店主が出てきて王太子に挨拶するばかりではなく、涙ながらに第二王子への慰めと得られた祝福への喜びを語ってくれるのだからやっていられない。

 

(普通さぁっ、求婚してフラれたんだぜっ? そういう男にその話を持ちだす奴がいるかっ!? 何なんだよ、どいつもこいつもっ)


 ウルティードの機嫌は下降しっぱなしだ。

 何より、それをリークしたのはキマリー王宮以外にあり得ないと思うのだが、つまりそれは自分の父親である国王の指示によるものではないのか?


(いくら離れて育ってるからって、あまりにも息子への愛がなくねえかっ?)


 どこの世界に、自分の息子がフラれたことを大々的に公開する親がいるというのだろう。この国にいる。


「よしっ、分かったっ。・・・兄上、今度から男が女に求婚したら、その結果を貼り出すって法律を作ろうっ。そうしたら皆に俺の気持ちも分かるに違いないっ」


 ふざけんじゃねえと、ウルティードの目がどんどん据(す)わっていく。


「誰も届け出ないと思うから意味がないよ、ウルティード」

「そうですね。諦めましょう、ウルティード兄上。その内に噂も落ち着きます。どちらにしても神子姫様はグリフォンに乗って飛び去っておしまいになりましたし、噂する内容も尽きるでしょう」


 ケイファストとミファレーンも、国民の気持ちは分からないでもないだけに、いささか遠慮がちにしかコメントできない。

 長らく聖神殿があったギバティ王国は、聖なる国として他国に対しても強気で出ていた国だ。しかし聖神殿が崩れ、そこで三人の神子姫が存在するという噂が出回った。

 そうして女神と神子姫達の絵がギバティ王国中に貼り出されたのだが、どんなに人々が捜しまわっても神子姫達は見つからなかったと聞く。


「あまりにも貼り紙とは髪の色も瞳の色も、年齢だって違いましたからね。ですが、そんなでたらめな情報を有り難がっていたギバティ王国を、キマリー国が出し抜いた形になったんです。しばらくは落ち着きませんよ。諦めてください、ウルティード兄上」

「全然嬉しくない」


 神子姫だから好きになったわけじゃない。

 どうしてそんな薄汚れた思考で人の大切な思い出を踏みにじろうとするのか。


「しょうがない。汚れなき聖なる神子姫様は人の手の届かぬ天の星の如き・・・と、そんな感じで噂を抑えるようにしてあげるよ。だからあと少し我慢してくれ、ウルティード」

「ホントに?」

「ああ。大体、こんな噂があまりにも出回りすぎたら、今度はウルティードの縁談がなくなるからね。神子姫様と比べられるとなったら、どんな王女だって尻込みするよ」


 離れて育ったウルティードだ。今までその成長具合の報告を聞くことしかできなかった。

 そんな不憫で可愛い弟の人生を歪めたくはない。

 だからケイファストは、そう微笑む。


「別に縁談なんてどうでもいいけど。だけど約束だかんなっ、兄上っ」

「ああ、勿論」


 そうして一行は首都へと戻ってきたのだが・・・。

 その王宮へと続く街道沿いにある国有地の一角は、柵が設置され、これから何かが建設されるのだと示していた。

 さすがのケイファストも馬車を止めて、その看板をまじまじと見ずにはいられない。

 ウルティードとミファレーンも同様だ。


「何なのさ、これ。ねえ、兄上?」

「な、何なんだろうね」


 呆然と、ウルティードが呟いた。ケイファストも諦めを多分に含んだ声音で同調してあげるしか、もうできない。


「兄上方。現実を見ましょう。誰がどう見ても、神子姫様に献上するとしか書かれていません」


 王妃とは血のつながりなど無い第三王子ミファレーンだけが、事実を指摘した。


『この地に、神子姫ハールカ様へ献上する温室を建築することと決定した。尚、完成後は女性のみ無料で開放されることとなる。いずれ、我が国を神子姫様が訪れてくださった時には美しい姿で献上できるよう、見物人は常に室内を汚さぬよう心がけること。尚、施主は我が国の王妃ネムソフィア様である』


 その看板には、建物の屋内完成イメージが描かれていた。

 まさに南国を思わせる植物、色鮮やかなガラスの装飾品、翻る薄布が天井で波打ち、まさに愛を語らうのにぴったりな二人掛けのベンチが置かれている。


「凄いですね、ケイファスト兄上。これはもうキマリーにやってきた者は、一度は見に行かなくてはと思う施設になるでしょう。この敷地面積から考えても、かなり大がかりだとは思いますが。あのハールカ姫が作っていらした壁飾りも再現するとなっては、神官だって訪れるのではありませんか? エルルーカが再現には協力するとありますが、そんなにもエルルーカは親しくしていたのですか、ウルティード兄上?」


 フッと、ウルティードは皮肉気に笑った。


「なあ、兄上?」

「何かな?」


 腰が引けた感じでケイファストがウルティードから目を逸らす。


「俺、実は母上に憎まれてる?」

「そんなことは・・・」


 そんなケイファストへ一歩一歩と近づき、その上着の襟元をウルティードは握り締めた。


「ひどくねえっ? これ、すっごくひどくねえっ?」

「いや、本当に、あの母上が自分でこんなことを思いつくとはとても思えないんだよ。一体、何があったのか。しかもエルルーカにまで協力要請済みだなんて」


 これでケイファストも王妃ネムソフィアの息子である。

 あの耐えることしか知らない母が、自分からこんな派手なことをやろうと思うだろうか。

 軍事大国ドモロール出身でありながら、ネムソフィアは自分から先手を打って出るタイプではなかった。


(いや、待て。・・・シンクエンか?)


 はっと、そこでケイファストは思い出す。

 そう、このウルティードの為なら外国への妃探しにも同行し、遠慮なく叱り飛ばしながらも甘い対応を見せる王族の顔を。


「何、兄上?」

「いや。こういうことをやりそうな奴がいたなと。お前の安全の為なら、どんなことも強行しそうな奴が。あいつならエルルーカへの協力要請も取りつけるだろう」

「へっ?」


 鳩が豆鉄砲を喰らったような顔になるウルティードだ。

 ケイファストは、金髪に青い瞳をしたその顔を思い返す。

 閉じこもって書物に埋もれているのが好きなくせに、ウルティードを守る為なら、シンクエンは己のポリシーなど平気で投げ打つ男だ。

 その甘い顔を利用して優しげに愛の言葉を振りまき、そうして誑(たら)しこんだ姫君から父親の情報を聞き出していた彼は、色仕掛けもお手の物だ。

 本当に純潔を奪ってはまずいことになるからと、その一歩手前まで体を弄ばれた令嬢がどれだけいることやら。

 末端王族では政略結婚にもならぬと、高位貴族であればこそ父親が反対するであろうことを見越した上で、だから結婚に持ち込まれることはないと見切って、シンクエンはいいように令嬢達を利用していた。

 彼ならば、ウルティード暗殺を阻止する為ならどんな手も使うだろう。

 肝心のウルティードは、あのシンクエンの冷酷な一面を知らない。


(だからってウルティードの失恋すら利用するのか、シンクエンッ。しかも母上まで巻き込んでっ)


 つくづくと不憫な弟である。

 ケイファストは小さく溜め息をついた。

 それでも自分はシンクエンを責められない。


「えっとな、ウルティード」

「何、兄上?」

「王宮に着いたら、何でも好きな物を食べさせてあげるよ。あ、そうだ。ウルティードはシンクエンとの時間が欲しかったんだったね。ならシンクエンも王宮での仕事を増やして、ウルティードの指導に当たってもらうようにするし」

「兄上。俺は別にシンクエンにしごかれたいわけじゃないんだけど」


 ついでに子供じゃないんだけど。

 ウルティードが恨めし気な顔でそこを指摘する。

 ケイファストは、もう何も言えなかった。






 キマリー国王弟の娘であるエルルーカは、現国王に王女がいないことから、キマリー国の王女のような存在である。彼女は邸にやってくる貴族令嬢達の嘆願に耐えかねて、シンクエンの両親が暮らす邸へと身を寄せていた。

 その屋敷は門扉を閉ざし、全ての訪問者を拒絶している。

 だが、その日になってやっと一人息子シンクエンが帰宅した。


「お帰りなさい、シンクエン兄様。やっと、・・・もう、終わったの?」


 その青い瞳に怯えを浮かべながらも、泣き腫らした瞼でエルルーカが出迎える。


「いいや。まだ続くからお前はここにいなさい、エルルーカ。君まで狙われるようになったからね」

「・・・え?」

「君の値打ちが上がったということだよ。今ならどんな貴公子も君を小部屋、いや物陰に引っ張りこんで襲おうとするだろうね。既成事実を作る為に」

「え?」


 茶色い巻き毛に青い瞳をしたエルルーカの頭を、シンクエンは優しく撫でた。


「どういうことだね、シンクエン」

「お帰りなさい、シンクエン。もう終わったのかしら」

「いいえ。一時帰宅しただけです。すぐに出ますが、父上、母上。エルルーカは決してこの邸から出さないようにしてください。ディリライトでエルルーカはウルティードと共に行動していましたが、それが理由でエルルーカを無理に妻としようとする男が大発生することになりました」


 先の王弟の息子夫妻は、何とも言い難い顔になる。

 元々、エルルーカを預かっているのも場合によっては醜聞案件だ。事情が事情だけに保護したし、肝心の一人息子であるシンクエンが不在だからいいかと思っていたが、まだ引き続き預かるとなってはどう思われることか。

 けれども大事なのはエルルーカの保護だ。


「何故かと尋ねたいところだが、それよりもまずはエルルーカ個人への警備を強くしなくてはならんということか。仕方あるまい。ならば暫定的にシンクエンの隣の部屋を使わせよう。仮だがお前の婚約者扱いとなれば、どんな男との面会も不可能だ」

「そうしてください。いいね、エルルーカ?」

「え。あの、・・・はい」


 わけが分からないまま、エルルーカは頬を赤く染めて頷いた。


「皆を休ませてあげてくれ」

「かしこまりました、シンクエン様」


 護衛達に休息と食事などを与えるよう使用人に命じるシンクエンだが、本当に休息が必要なのは彼自身だっただろう。

 目の下の隈(くま)も凄い状態だ。


「お前も休んだ方がいい、シンクエン」

「いえ、父上。お話せねばならぬことがあります。エルルーカもおいで」


 人払いをした一室に入ると、シンクエンは両親のいる前でエルルーカに持ってきた荷物を見せる。


「エルルーカ。君の邸に行って、君が買い求めた歪んだ真珠を全て預かってきた。たしかハールカ姫様と同じ壁飾りを作りたいからって、買ってきていたものだね?」

「あ。ええ。・・・だって親友になったんですもの。同じ物を作ってみたかったの。ただ、金の粒は売ってなかったから、違うもので代用しようとは思ってるんですけど。あと、ヴィゴラスって名前はハールカ様の小鳥の名前だから、私もその内に何か動物を飼おうとは思ってるんですけど。お父様はそれを聞いて、お父様の名前で作ってお父様の部屋に飾ってもいいとは仰ってましたけど」


 親友という言葉の響きに心臓を打ち抜かれてしまったエルルーカである。

 何かとディリライト首長夫人カリンが遥佳と色違いなお揃いの服を着せてくれたこともあって、お揃いの壁飾りを作りたくなって歪んだ真珠(バロックパール)を買いこんできていたのだ。

 けれども遥佳が使っていた金の粒は市場で売られていなかったので、似たような何かを使って作ってみようと思っている。


「それなんだけど、エルルーカ。金の粒はこちらで手配するから、同じようにヴィゴラスという名前を入れた壁飾りを作ってくれないか? だって再現できるのはこの国でエルルーカしかいないだろう? ミリエラはずっと貸別荘にいてハールカ姫様とは全く会話してないし、塔であの壁飾りも見せてもらってもいない。作り方まで教わっているのはエルルーカだけなんだ」

「え? そりゃ私しか見てないかもしれませんけど、ウルティード兄様も見ている筈ですわ」

「あいつが作れるわけないだろ?」

「それもそうですわね」


 息子と預かり物の姫君の会話を、シンクエンの両親はお茶を飲みながら聞いていた。

 若い者はいいなぁと、そんなものである。

 同行していた伯爵令嬢ミリエラも、シンクエンとは母親同士が従姉妹なのだが、どうやらミリエラでは役に立たないらしい。

 はてさて、一体その壁飾りとは何があったのか。


「実はあのハールカ姫様は、本当はディリライト首長とは他人で、もっと高貴な姫君だということが分かったんだ。エルルーカは気づいてたかい?」

「え? 嘘。もっと高貴な姫君って、・・・だってハールカ様、私と一緒にお菓子を作ったり、居眠りしたりしていたのよ? あんな王女様はまずいないと思うわ。どんな王女でもあれは怒られちゃうわよ。あり得ないわ」

「そうなんだが、そのハールカ姫様に、ウルティードはディリライトを離れる前に求婚して断られた」

「それは、・・・仕方ないわ」

「ああ。だが、ウルティードの求婚を断ってハールカ姫様がディリライトを離れた後、ディリライト首長がウルティードに告げたんだ。

 彼女はキマリー国随員が思っているような価値のない姫君ではなく、とても高貴な姫君だったのだと。そうとも知らなかったのに真価を見抜いて求婚したとは、かなり見る目のある王子だと感じいったとね。つまり、彼女は女神シアラスティネル様の姫君だったんだ」

「・・・え」


 エルルーカだけではなく、皆の動きが止まった。


「よく聞いてくれ、エルルーカ。王妃ネムソフィア様は、求婚こそ断られてしまったものの、ウルティードの魂の在り方を美しいと褒めて祝福してくださった神子姫ハールカ様への感謝をこめて、記念の展示館を建立することにした。そしてそこにエルルーカが作った、神子姫様がお作りになっていたという壁飾りの模造品を飾りたいとも思っている。

 あの壁飾りを再現できる姫君は、この世界にディリライトのケイト姫と、キマリーにいるエルルーカしかいないんだ。分かるかい?」

「え、ええ」


 戸惑いながら頷くエルルーカの瞳を、シンクエンは覗きこんだ。


「ハールカ姫様は政略結婚の役に立たないディリライト首長の姪姫を装いながら、あの塔で静かに過ごしておられた。そこを訪れることを許されたのはディリライトの若君と姫君、そしてウルティードとエルルーカだけだ。それが世界に知られるのも時間の問題。だけどそんな理由で求められても不幸になるだけだ。分かってるね? 今はしばらく身を隠しているといい、エルルーカ。で、その壁飾りを作ってくれ」

「わ、分かったわ」

「なんならネムソフィア様の宮で保護するから、ラヴィニア妃と共に暮らしてくれてもいいとは言われているんだが、・・・あの二人に質問攻めにされたらエルルーカも辛いだろう? だが、いつでも来てくれとは言っておられた」

「いえ、私、ここでいいです」


 あまりの驚きに、エルルーカだってそれしか言えない。


「では、母上。エルルーカをよろしくお願いします。残念なことにミリエラはディリライトの舟遊びは野蛮だと避けていたので、全く神子姫様とは交流していなかったのです。とはいえ、そのあたりを知らぬ者達が、神子姫様を利用してうまい汁を吸おうとばかりに近づいてくることも考えられますので、伯爵家にも一足先に注意して差し上げた方がいいかもしれません」

「そうね。分かったわ」

「エルルーカも他国に嫁ぐならそれもまた一つの箔がつくとは思いますが、・・・いかんせん、今、キマリーはそういった慶事を考えられる状態ではありません。変な高位の神官に襲われることも考えられますので、くれぐれもエルルーカを一人にはしないようにお願いします」

「ええ。エルルーカ様には今以上の侍女をつけましょう。あなたの未来の奥様には悪いけれど、とりあえずあなたの婚約者として隣の部屋を使っていただくことで、更に目を光らせておくわ」

「お願いします。この話が広まったら、エルルーカは本気で邸に帰れなくなる程、外国から求婚が舞いこむでしょうからね」


 勿論、エルルーカもシンクエンとは長い付き合いだ。

 この甘く優しげな顔をしたシンクエンの中身がとても合理的なことしか考えず、全くロマンを無視した性格であることぐらいは分かっている。

 シンクエンの妻の部屋を使わせてくれるというのも、警備の心構えを強化する為だけだと。


(だ、だけど・・・。シンクエン兄様の婚約者としてって、それって若奥様ってことよね? え? だって、だって、だけどそれっていいのかしら)


 シンクエンがエルルーカを大事にするのは、同じ王族として保護しているだけだ。

 王族としての価値はシンクエンよりもエルルーカの方が高いのだから。

 分かっている。だけど・・・。


(ああ、ハールカ様っ。私達って本当に親友ですわ。お手紙を出していいかお尋ねした時には、いつまでここにいられるか分からないからって言葉に、やはり冷遇されているんじゃないかって案じられてしまいましたけど。・・・こういう意味でしたのねっ)


 ディリライトの島で、何かとシンクエンとエルルーカに一緒の時間を取り持とうとしてくれていた遥佳。

 それらは全くシンクエンに通じていなかったけれど、やはり彼女は素晴らしい人だったと、エルルーカの胸は高鳴った。


「では母上。神子姫様のことをエルルーカから聞くのはいいですが、程々に。そして壁飾りは、手先の器用な侍女達にも手伝わせてください。エルルーカはかなり材料を買いこんできていたので、同じ物が幾つか作れるかもしれませんが、展示用の一つができたら、後は小さなサイズでお土産用として作ってくれればいいです。そうしたら高く売れますからね。他の国も有り難がってくれるでしょう」

「あのねえ、シンクエン。その前にエルルーカ様に言うことがあるのではないかしら? 曲がりなりにもあなたの奥方になるお部屋を使わせてまで保護しようとしているのですよ? あなたは殿方としての責任や様々なことをちゃんと考えているの?」


 するとシンクエンも片眉を上げて考えたらしい。エルルーカに向かってにっこりと微笑んだ。


「エルルーカ、安心していいよ。取り上げるような真似はしない。作業代金は払ってあげよう」

「・・・シンクエン兄様。私、まだそんなお金のことは言ってないのですけど。それにもっと違うことを考えなきゃいけないような気がするんですけど」


 分かっていた、こういう人だと。

 エルルーカだって分かっていたのだ。シンクエンはこういう人なのだと。

 違う。何かが違う。

 エルルーカが欲しい言葉はそういうものではない。


「ああ。ディリライトにも追加で歪んだ真珠は買いに行かせてある。君の荷物は勝手に見せてもらったから、同じヤスリとかも買ってきてくれるだろう」

「シンクエン兄様。その前にウルティード兄様は求婚を断られたのですわよね? なのに追加って、そこまでやりますの?」


 シンクエンの両親ばかりか、エルルーカだって本当は言いたい。


(鬼ですのっ。あなたは鬼ですのっ、シンクエン兄様っ)


 失恋ですら国の為に利用されてしまうウルティードが哀れすぎた。


「当たり前だろう? ウルティードの命を狙った奴は死んでた者ばかりじゃない。この際だ。遠慮なくやらせてもらおう。あの時、キマリー国王族は受け入れられたが、護衛だったキマリー国の騎士達は塔から追い出された。そして次の日から流れ着いていた遺体。この意味は分かるね?」

「え。・・・まさかっ」

「そういうことだ。これから追い詰めさせてもらうさ。そうすれば密告も相次ぐだろう。根絶やしにしてやる。じゃあ頼んだよ、エルルーカ」


 置いていかれた歪んだ真珠(バロックパール)とヤスリと糸。

 取り残された三人は、どうしようとばかりに瞳で語り合ってしまった。

 シンクエンはもう止まらない。


「とりあえずエルルーカ。そういうことだ。まずはおじ様じゃなく、お父様と呼ぶことから始めてみるかい?」

「おじ様。私、おうちのお父様が、今頃はもうぺしゃんこになってるんじゃないかしらって案じられてならないのですけど。この荷物を取りに行った時点でお父様とお母様、この話を聞かされていますわよね? 今頃は卒倒してるんじゃないかと」

「尊い犠牲だった」


 所詮はシンクエンの父親である。

 先王弟の息子は、うんうんと頷いてみせた。



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