54 ゲヨネルの民はイスマルクと遥佳におうちを建てた
グリフォンに騙されてゲヨネル大陸へと連れてこられたイスマルクだが、彼は初めて出会った幻獣や妖精達に嫌悪感を示すことはなかった。
基本的に元神官イスマルクは、誠実と良識、そして努力を貴ぶ人間である。
そういう意味でも、匠の小人族とは、とても理解し合える何かを感じていた。
その理解し合える何かとは、「し始めたら自分の感性だけで動いて他人の意見を聞く気などない行動力」だろうか。
他人はそれを、頑固と呼ぶ。
見ていたケンタウロス族だって、いい加減に嫌気がさす程だ。
「あのなあ、元神官さんよ。そこはもう譲ってやれよ。別にいいじゃねえか。肝心のドワーフ族がいいって言ってんだからさぁ」
「そうだよ。うちの長老達だって呆れて帰ってったじゃねえか」
「俺らももう帰りてえよ」
享楽的なケンタウロス族なので、盛り上がったどんちゃん騒ぎが終わったら帰りたい。そうして愛しい恋人と楽しいひとときをいちゃいちゃ過ごしたい。
けれどもジンネル大陸からの客人であるイスマルクだ。こんな何もない場所では暮らしにくかろうと、だからケンタウロス族の集落に連れて帰ってくるようにと、指示されていた。
「そんなわけにはいかないだろうっ。いくらハールカが暮らす家でも、彼らをタダ働きなどさせていい筈がないっ。ちゃんとこれはあの馬鹿グリフォンを叱りつけて、建築依頼として報酬を提示してから取りまとめるものだっ。そんなことと知ったら、どれ程にあのハールカが心を痛めることか・・・っ」
神殿で都合よくこき使われてきた歴史は、イスマルクに人の労力を正当に評価する価値観を育んだ。
使い捨てられるのは自分だけでいい。この悲しい連鎖はどこかで断ち切らねばならないのだと。
「あの可愛くってっ、大人しくってっ、心優しくってっ、誰の目の中に入れても痛くないハールカがしくしくと泣き暮らすようになったらどうしてくれるっ。だからまずは支払いの話をさせてもらいたいんだっ」
イスマルクは拳を握って力説する。
『心を痛めるも何も、神子様が来てくれるならそれこそ十倍以上でかい建物だって建てるだろうがよ』
『言える。俺らにしても「是非来てください」って側だしよ』
『この人間の兄ちゃんも思いこみ激しそうだよなぁ』
離れた場所で、そんなことをこそこそと話すケンタウロス族もいた。
『なあ。だけど別にあのグリフォンに怯えてない神子様なんだろ? いくらグリフォンが猫かぶってたにしてもよ』
『だよな。そこまで怖がりなら、普通、グリフォンなんて見た途端に卒倒すんじゃね? それこそグリフォン見て泣き暮らすと思うんだが』
『グリフォンなんて普通の幻獣ですら尻込みするってのによ』
通常、男女が離れている短い期間は淡い恋心を大きく育て、長い別離期間は恋を破壊するという。
だが、短い別離によってイスマルクの中で大きく育まれたのは、遥佳と真琴に対する兄バカ感情だった。彼の中では、風が吹いただけでも物思いに耽り、雨が降っただけでも心を憂う、とても感性の豊かな儚い存在へと、二人は昇華されている。
一度は獄死もしくは処刑を覚悟したイスマルクだ。
彼の中では永遠に色あせぬ汚れなき純白の神子姫として、実物を遥かにぶっちぎった崇拝化がなされていたわけである。
『なあ。あの元神官の兄ちゃん、そのまま有無を言わさず連れてっちゃ駄目か?』
『んだな。見てる方が嫌になってきた』
『やったもん勝ちで拉致すっか』
少し離れた所でそんな相談もあったが、イスマルクには聞こえていない。
イスマルクは、ゲヨネル大陸で暮らす幻獣や妖精のことを教えてもらったことにより、遥佳にとってはギバティ王国を含めたジンネル大陸よりもゲヨネル大陸で暮らす方が幸せに過ごせるだろうと、そう思うようになっていた。
しかし、である。だからと言って、ヴィゴラスのやらかした匠の小人族への脅迫による強制的な労働をどうして良しとできるだろうか。
「頼むから今までの慰謝料は払わせてくれ。取り掛かっていた作業もまずは停止してほしいんだ」
こんな状況を放置していけるかと、正しき報酬と労働条件について話し合う為、彼は熱く語った。
「いや、お若いの。そういうことならばかまわんのじゃ。それどころか、是非やらせてもらいたいのじゃよ。かえって我らを選んでくれたあのグリフォンに感謝しとるぐらいでなぁ」
「そうだそうだっ。それこそよそには譲れるかいっ」
「神官の兄さんよぉ。俺らの為に怒ってくれるのは嬉しいが、それこそ俺達ゃ俺達の腕に誇りがあんだよ。どうかこのままやらしておくんなせぇ」
「全くじゃ。これでよそのドワーフに仕事を持っていかれたのでは泣くに泣けん。どうかやらせておくれ」
匠の小人族が揃って頭を下げれば、イスマルクとて意地悪で言っているわけではない。
心をこめて説明した。
「待ってくれ。誤解しないでほしいんだが、俺は全くあんた達に思うものがあるわけじゃない。それどころか、その作りかけの細工を見るだけでも、その精緻さといい、美しさといい、できることなら俺からもお願いしたいところだ」
「ならばっ」
「だからこそだっ」
イスマルクも、そこは譲れない。
「俺とて全く見る目がないわけじゃない。いくらこれだけの大金を生活費として頂いてきてはいても、まさかそこまでの建物となればこの金額で足りないことは分かるっ。だが・・・っ! こちらとてジンネル大陸に戻らねば資金の調達は難しい上、こんな状況で勝手にハールカへ借金を背負わせるだなんてこと、俺にはできんっ。ハールカとて、そういうことであればと、それこそ俺ができる程度の小さな家で我慢してくださる方なのだからっ」
尚、優理が箱に入れておいてくれた金額であれば、普通の一般家屋は十分に作れる。だからイスマルクはそちらに変更してもらおうとした。
三階建ての家にしてもらえばいい。勿論、最上階は遥佳の部屋だ。二階はイスマルクの部屋と作業部屋、物置を作ってもらおうと思った。一階は水回りやキッチン、そして団欒室兼ヴィゴラス寝室である。
あの生意気なトリ犬がうるさいだろうから玄関扉だけは大きく作ってもらわなくてはと、イスマルクもそこは譲ったが、遥佳や自分の部屋の扉は普通サイズならばヴィゴラスも大人しく団欒室で眠るに違いないという思惑もあった。
全てにおいて、それで十分だったのである。
しかし、そこで異を唱えたのが匠の小人族だ。
『冗談ではないっ。女神様の忘れ形見である姫君が来てくださるというのに、どうしてそんな粗末な家を作れるかっ』
彼らはそう反論した。
それこそヴィゴラスが指示していった通りの神殿レベルの大きさで造らせろ、それだけは譲れないと言い出してきたのである。
「まさか我らが神子様に金を請求するようなドワーフだとでもっ!」
「見くびんじゃねえやっ。俺らの今までの技を結集させようってもんをっ」
「我らが世界を作ってくださった女神様の神子様がお暮らしになるってのに、そこで金を請求するなんざぁジンネル大陸の奴だけだろうがよっ」
尚、通常の人間が使う神殿はともかく、女神が使用していた神殿の建設費用やその辺りの事情については全くイスマルクのあずかり知らぬ時代のことなので、費用がどうなっていたかは不明だ。
勿論、匠の小人達も知らない。
「だからって、そのしわ寄せをあんた達だけに背負わせるだなんて、どうして認められると思うんだっ! ハールカはとってもとっても心優しいお方だというのにっ」
これがヴィゴラスの支払いなら気にしなかったイスマルクだ。しかし、あの宝物にがめついグリフォンが自分の宝を手放して支払いに充てるとはとても思えなかった。
(あのトリ犬に任しといたら、「造らせてやったのだ」で終わらせやがるのがオチだ)
何と言っても、ヴィゴラスは遠慮なくイスマルクに色々と押しつけてくる図々しいグリフォンだ。
どうせ、
(正当な報酬? え、何のこと? 僕、分かんない。だって小鳥だから)
といった感じで小首を傾げてすませるに違いない。
だが、一時はあんなにも悲しみ恨んでいたというのに、どうやら匠の小人達は自分達を選んだという一点により、途端にヴィゴラスの味方となった。
(被害者が加害者に肩入れするなんてアリかーっ!)
有り、である。この場合は。
匠の小人族とイスマルクのやり取りは、どちらも退く気がないものだから、ケンタウロス族もうんざりだ。
『なんだかなー』
『こんなんなら、こいつら助けに来なかった方が良かったかぁ?』
『分かった。俺らが助けに来たのはなかったことにしようぜ』
既に若いケンタウロスの幾人かは、ふらふらっと湖の方まで行って、水中をひらひらと泳ぎ回っている水の妖精達に、声をかけているぐらいだ。
「ねえねえ、可愛いね。俺とお喋りしない?」
「そこのべっぴんさん。もう少し顔を見せてよ」
水の妖精達も、面白がって彼らのやり取りを見ていた。
「だから・・・っ! 俺とて一度はギバティ王国に戻れば、他の神官に声を掛けてそれなりの資金も調達できるだろうっ。それからきちんと依頼させてくれっ。絶対にあんた達に頼むって約束するっ。誓ってもいいっ」
「ならば今造ったってかまわんだろうっ」
「そんなこと言って、予算オーバーになられても困るんだっ」
イスマルクとて、女神を敬愛する人間だ。自分が反対の立場で、神子姫が暮らす為の建物を建てるだけの技能を持っていたら、それはもう出来うる限りの最高品で造ろうとすることぐらい分かっていた。
そうなると、どこまでも天井知らずの価格となってしまうだけではないか。
理想は理想として、程々の所で妥協することが人生には必要なのである。
「ちゃんと予算オーバーにはならねえようにしてやるよっ」
「それは金を受け取らないってことだろうがっ」
ケンタウロス達は、今日はちょっと曇りがちな空をやれやれと仰いだ。
あの元神官は、いい奴だ。匠の小人族に対してもきちんと妥当な報酬を支払わねばと思ってくれているのだろう。
それは分かる。匠の小人達だって分かってる筈だ。
けれども、この場合は・・・。
正直、迷惑。
本気で、迷惑。
滅茶苦茶、迷惑。
それが本音だ。
女神シアラスティネルの神子姫がこの地に住んでくれるかどうかの瀬戸際なのだ。どうでもいい正義感を振りかざして邪魔なんぞしてくれていないで、こちらの気がすむようにやらせてくれと言いたい。
「うふふふ。ねえ、人間の元神官さん。そして匠の小人さん達、ちょっといいかしら?」
そこで水の妖精が、声をかけた。
水の妖精は水と同化もできるが、美しい女性の姿を現わすこともできる妖精である。
湖から頭と肩まで出した状態だったが、誰もがその美貌に魂を奪われそうになった。水の色を映した透明な姿だが、ほんのうっすらと色づいているようにも見える。
「あ。あとちょっと体を上にっ」
「そう。せめてあと少しっ」
ケンタウロスの何人かは、小さな声ながらもせめて上半身まで出てきてほしいと、拳を握りしめて注視していた。
だって、見えている部分が多い方が嬉しいから。
だって、服を着ていない美女なのだから。
だって、みんな男の子だから。
「この場所なんだけど、その元神官さんが言う通り、小さな家を建ててあげた方がいいわ。そうしてね、姫様がいらしてから改めてお住まいになる場所に建てさせてもらうように頼んだ方がいいんじゃないかしら」
「ハールカが住む場所って? それはここだろう?」
イスマルクが怪訝そうな声になる。
しかし、水の妖精は首を横に振った。
「あなた達、分かってないのね。シアラスティネル様はご自身の力で人を寄せつけないようになされていたでしょうけど、それ以外にも、様々な場所にあまり人が近づかない聖地があるのよ。そうじゃないと神子様だって、毎日のように皆が遠巻きにして眺めているんじゃ落ち着かないじゃないの。・・・ここにはその小さな家だけ建てさせてもらって、いらしてからその聖地にお住まいを建てさせてもらう許しを得た方がいいんじゃないかしら?」
それこそ十代の乙女にしか見えない水の妖精だが、彼女達はとても長生きだ。だから様々なことを知っている。
「そんな場所があるのか。だが、それはどこに?」
第7神殿のようなものだろうかと考えながら、イスマルクが問いかければ、水の妖精も小さくうふっと笑う。
「キスしてくれたら教えてあげてもいいわ。ハンサムな人間さん」
「・・・いくらあなたが若く美しい乙女でも、そう言われてこれ幸いと戯れのキスを仕掛ける程、恥知らずではないつもりだ。どうか教えていただけないだろうか、ウンディーネのお嬢さん」
周囲のケンタウロスが「止めろ」と言うのを耳に入れる前に、イスマルクが真面目な顔で言えば、周囲にいた他のウンディーネ達もくすくすと笑った。
「あらまあ。本当に頭が固いのね。・・・いいわ。ここから一番近いのは、この湖に流れ込む、真ん中の小川の上流よ。あの山ね」
水の妖精が指し示した山は、普通の山にしか見えない。
だが、匠の小人達には分かったらしい。
いささか険しい顔になる。
「あそこは誰も近づきたがらん」
「そうだ。あそこには近づいただけでどこか気持ちが悪くなる」
「聖地どころか、とんでもなくおぞましい土地では?」
その言葉は心外だったらしい。
「違うわよ」
「まあ、おぞましいだなんて」
「とても澄んだ土地なのにね」
水の妖精達は口々に否定する。
「私達だって近づいたら気持ちが悪くなるもの。だから近づかない。だけど神子様が許せば近づけると思うわ」
なるほどと、イスマルクは頷いた。
「似たような場所がジンネル大陸にもある。この場合は具合が悪くなるというより、毒ガスに囲まれた場所なんだが、神子姫様と神子姫様が許した人間には無害なばかりか、恵み深い場所なんだ。とても参考になったよ。ありがとう。賢く美しいお嬢さん」
湖に近寄って礼を言えば、氷でできたかのような美しい娘が、そっと頬を桃色に染めて恥じらう。
(今どきなんて奥ゆかしい乙女だろう。男が近づいて話しかけただけで赤くなるとは)
イスマルクは、その純情さに胸をばきゅんっと射抜かれた。
(うん、ハールカにもやはりここで暮らしてもらった方がいいだろう。やはり彼女の生活環境を思えば、こういう恥じらいと慎みのある女性に囲まれて育つ方がいいに違いない)
そんなイスマルクは、子供の頃に男しかいない神殿に入り、女性慣れしていない。つまり、女の嘘や演技を見抜けないタイプだった。
『なあ、どうするよ? 真実を教えてやっとくべきか?』
『何をだよ。ああ見えてすんげえ年寄りだってことか?』
『そうじゃなくてさ。浮気したら男を殺すってことだよ』
『別にキスもしてないしよ。恋愛も始まってないだろ?』
イスマルクの背後にいたケンタウロス達が、ひそひそと囁き合う。
そんなケンタウロス達には、それも特に「年寄り」とか言った男を中心に、いきなりバッシャーンッと、空から大きな水の塊が落とされた。
「うわぁっ!」
「ぅげっ!」
ケンタウロス達は大きな悲鳴をあげ、すぐに押し黙る。
水の妖精を怒らせたら、とんでもない目に遭う。もしもこれから先、水を飲もうとする度に一気に干上がったりしたらたまらない。
「ん? どうした?」
ケンタウロスの悲鳴に気づいて振り返ろうとしたイスマルクだが、その手を水の妖精がそっと握った。
とても綺麗な水の乙女だ。イスマルクとてドキッとして顔を赤くし、つい背後のケンタウロスより目の前にいる美しい娘を見つめてしまう。
「あなたは誠実な人ね、人間の元神官さん」
「イスマルクだ」
「ふふ、私達に名前はないの。だけど、・・・そうね。いつかあなたが素敵な名前をくれるかしら」
くすくすと笑いさざめき、水の妖精達が身を翻せば、すぐに水と同化して分からなくなった。
「なんと、たおやかな。これならハールカにとってもいい環境なのでは」
頬を朱に染めて湖面を見つめるイスマルクである。まさか自分よりも年下にしか見えない彼女達が、自分の祖父母どころか曾祖父母よりも遥かに長生きとは全く気づきもしなかった。
ちなみに匠の小人達は、未熟なケンタウロス達と違って、女性の年齢をどうこう言うことが自分達にとって何一つ利益をもたらさないばかりか不利益を持ちこんでくるだけだと十分に知っている。
――― 知らんというのは素晴らしいことよ。
――― うむ。見た目はうら若き乙女じゃからな。
よって沈黙を守った。
実際、水の妖精は一緒にお喋りするだけならとても美しくて可愛らしい乙女だ。誰だって目の保養は嬉しい。
「あー、お若いの。ならば、ちょっとここはその家を建てさせてもらおうかの」
「そうだな。ちょちょいと家を一つ建てさせてもらって、神子様がいらっしゃるまでは建具などを先に作っておくか」
「だが、それでも神子様が仮住まいなさるのだから少しは・・・」
「いやいや。あまり豪華にしてしまうと、神子様は、もうそれでいいとおっしゃってしまわれるかもしれん。どうもその神官さんの話を聞く限り、そのようなお方らしいではないか」
「聖地における神子様のお住まいにこそ全神経を使わねば」
そんな匠の小人達の意見に、イスマルクも色々と考え直した。
「じゃあ、すまないが、やはりこの金で家を建ててもらいたい。あと、手紙というのはどうすればいいだろうか?」
優理に渡されていた資金の内のある程度を支払いに渡そうとすれば、匠の小人達もまた、小さい家だからこの程度でいいと、更に半額にしてくる。
「いや、それじゃ足りないだろう。いくら何でも」
「そうでもねえよ。気にすんな、兄さん。たかがちょっとした家だろうが」
そこで真打ち登場。匠の小人の族長がよろよろとイスマルクの前まで出てきた。
「そうじゃよ、お若いの。ここはこの老いぼれに譲ってくだされ。何と言っても、神子様はとても神経が細やかな方なのだろう? 儂達のような小さな人間を見たら悲鳴をあげられてしまうかもしれん。ここはお前さんにきちんと紹介もしてもらわねばならんしの。もうそろそろ勘弁しておくれ」
「・・・そういうことならば。ただし、いずれこの礼はさせてほしい」
イスマルクもあまり強情を張るものでもなかろうと思い、そこで引く。
今にも死にそうな年寄りが出てきたのだ。そこで譲らない程、イスマルクは男になりきれていない人間ではなかった。
やがて、何か珍しい物などを差し入れたりできるようになれば良かろうと、そういう形でおいおいその借りは返していけばいいかと妥協する。
そうして匠の小人達とイスマルクは家の打ち合わせを始めたが、イスマルクの要望は匠の小人達を落胆させるばかりだった。
「譲れないところ? そうだな。一階の玄関はグリフォンが通れるぐらい大きな扉をつけてもらえないか? そうだな。普通に暮らせりゃ後は別に何でもいいと思うんだが」
小さな体の巨匠達だって泣くというものである。
雨風しのげる天井と壁があれば、後はこれだけ自然豊かな場所だし、どうにでもなるだろうと思っているのが濃厚なイスマルクの気配に、匠の小人達も、顔を見合わせた。
「なあ、お若いの。神子様はどんな木材がお好みかのう? 足音の響く堅い板とか、足あたりも柔らかな板とか」
「木材? 別に何でも・・・。まあ、きちんと乾いていれば反りも出ないだろ」
「・・・ならば黒に近い色合いがよかろうかのう? 明るい黄土色に近い色合いがいいかのう。はたまた赤みを帯びた色合いの方が家にも鮮やかさが生まれようが」
「別に色なんてどうでもいい。頑丈なら」
匠の小人達もまた、入れる模様を尋ねる以前の問題だと理解するしかない。
そして疲れきった顔で、ふぅっと厭味ったらしい息を吐いた。
「もうええ。お若いの、あんたには言うても無駄じゃ。猫に小判、豚に真珠とは言うが、まさに価値が分からん人間とは度し難いものよ」
「全くじゃ。我らに依頼しておきながら、こんなにも物の価値が分からん存在がおるとはなんと嘆かわしい。ああ、もうええ。儂らに任せておくれ」
「そうだそうだ。もう話にならん。観音開きだろうが引き戸だろうがどうでもいいって、何だよそりゃ。どんな装飾や模様をつけるか以前の問題だ」
「そう言われても・・・。大体、家なんて暮らせたらそれで十分だろ?」
困り果てたようなイスマルクの顔に、あちこちで、ハッと鼻を鳴らす音が響く。
「こだわりってもんを分かってねえ奴はこれだからやってられん。自分が暮らす家へのビジョンすら持てねえのかよ。なっさけねえ」
「全くもって同感よの。こだわりがないとは、己の内に芯を持たんという意味じゃ。そんなことすら分かっとらんとは」
「・・・・・・・・・えー」
まるで救いようもない人間扱いである。イスマルクも二の句が継げない。
そんな彼が受けた衝撃を自分達もまたそんなこだわりなどないケンタウロス達が察し、慰めるようにイスマルクの肩をぽんっと叩いた。
「ま。匠の小人達に任せときゃ完璧さ。さ、行こうぜ、神官さんよ。素人の口出し程、玄人にとって笑止なもんはねえ」
「ああ。ほら、行くぜ。俺の背中に乗せてやるよ。男を乗せるなんざ最低気分だが、たまにゃいいさ」
「じゃあな。ドワーフの爺っ様よ。後は任した」
決まったとなれば、ケンタウロス達も行動は早い。
「えっ? ちょっと待てっ、まだ俺っ、背中に乗ってなぁーーーーーーーっ」
イスマルクの両腕を、二人のケンタウロスがそれぞれ掴んだものだから、二の腕をそれぞれ持ち上げられて足が宙づりになったイスマルクが、一度下ろしてもらおうとする。
が、ケンタウロス達も面倒なのは嫌いなのである。手間がかかるのもうんざりだ。
もう十分つきあった。
というわけで。
「うわあぁーっ! 速すぎるぅーーーーーっ!! 下ろせぇーーっ!!!」
だだだだだっと走り出したケンタウロス達に連れて行かれた悲鳴の残響だけが、その場に残される。
匠の小人達も、さすがに同情しながら見送った。
「大丈夫かのぅ」
「いくら何でも怪我はさせねえだろうしなぁ。まあ、あの兄ちゃんもいい奴なんだが、いささか頭が固すぎだ」
「そんなことより、今少し大きさというものをだな。これでは三階にお暮らしになる神子様が、階段を上がるのも苦労なさるではないか。やはりもう少し幅を広く取りたいものよ」
「窓も大き目でいいと思うんだがな。なんで玄関以外の扉が普通サイズなんだ」
「てかよぉ。それなら二階建てにして、神子様と兄ちゃんの部屋は違う棟にすりゃいいだけじゃねえか」
「そだな」
「ならいっそ、平屋にして神子様のお部屋を一番便利にしといたらどうだ?」
「平屋では神子様も外を通りがかった奴と窓越しに目が合ってしまうだろう。それでは気の休まる時もあるまい」
「じゃあ、二階建てかねぇ」
「いやいや。階段を上がらせるだなどと、そんなこと・・・。ならば外から見えぬ窓の配置にすればよかろう」
「だな。通路で繋がってりゃいいだろ。神子様のお住まいは真ん中にして、そこを囲うようにするとかよ」
「もしくは奥側に持ってくるとかじゃの。土台を高くすればいいだけのことではないか」
「だな。そうすれば覗かれることもないし、目が合うこともねえ」
「あの神官さんが来ると厄介だ。もうケンタウロスに頼んで、できあがるまで近づけさせねえようにしといてもらわんと」
やがてイスマルクの意見は完全に無視された家の設計図ができあがっていく。
所詮、ヴィゴラスの首飾りを作る時にイスマルクが自分の感性で作り上げたのと一緒で、匠の小人達にしても自分達の感性が全てだった。
ゲヨネル大陸は野蛮な未開発国のようにジンネル大陸では思われていた。
けれども全くそんなことはないと実感しているイスマルクは、とても多忙だ。
何故なら学ばなくてはならないことが多いからだ。
「おいおい、大丈夫かぁ、神官さんよ。あまり無理しなさんなよ」
「だが、ハールカが来る前に色々としておかねば」
「そこまで頑張らなくても、おいおいでいいんだって。おいおいで」
そんな外野の声も話半分に、イスマルクはせっせとメモをとっている。
第9神殿長に手紙を書いたら、風の妖精が届けてくれるというので、安心して任せたイスマルクだ。
シルフは風の中に生きているそうで、なかなかその姿を捉えることはできないらしいが、時折は姿を見せたりもする。
だが、彼らは手紙を頼むのも大雑把だった。
イスマルクが書きあげた手紙を持ち、
「おーい、シルフの誰かぁ。これ、ジンネル大陸のギバティ王国にあるドリエータの第9神殿に届けてくれないかぁ? なんでも神子様のことで元神官さんが手紙を届けたいんだってよーっ」
と、ケンタウロスの青年が空に向かって何回か叫んだら、その手紙がひゅるりと空へ舞いあがり、飛んでいったのだから。
(礼をしようにも、シルフは風の中に生きるから意味がないと言われてしまった。どうすればいいんだろう)
こんなのでいいんだろうかと、悩んでしまうが、イスマルクとて考えねばならないのだ。
生活費の稼ぎ方、というものを。
その為にはまず、このゲヨネル大陸の常識や、彼らの生き方や価値観を学ばねばならない。
というわけで、現在はせっせとケンタウロス族の長老や、他の幻獣や妖精などとも交流しつつ、その生態などを教えてもらっている最中だ。
(だが本当に匠の小人達は大丈夫なんだろうか)
なんといっても暮らす人間が誰一人としていない状態で彼らは家の建築に携わっているのである。建てる家の細部などをどうすればいいかと、実は困ったりしているのではないだろうか。
「あぁん? そんなことで困るわきゃねーだろ。匠の小人族ってのは、どんな生き物が使うものであれ作り上げてみせますってのが誇りな奴らだぜ。ましてや、俺達ゃ分からんかったが、設計図もあったろうが。なぁにが困るっつーんだ」
「そうそう。どっちかってぇと、あんたこそが危なっかしいってもんさ。その神子様がいらっしゃるまでにここの常識を身につけとけや、兄ちゃん」
「言える。そんな常識知らずな世話役じゃ、神子様もおちおち安心して寝れもしねえだろうがよ」
「ぐっ・・・」
こんな享楽的で明日のことなど一つも考えていないようなケンタウロス族に、常識知らずなどと言われたくはないが、実際にこのゲヨネル大陸には不案内なイスマルクだ。
「ほれほれ。じゃあ、次は幻獣とただの獣との見分け方じゃの」
そこまでにしてやれと、ゴブリンがそこで割って入り、次の説明に移ろうとする。
「ある程度の幻獣についての知識はあるようじゃが、お前さんはどうも危なっかしい。まあ、まずは声をかけて、自分は神子様の従者だと名乗ってみるがええ。幻獣ならそこでお前さんを襲おうとはすまい。だが、それでも向かってくる奴は獣じゃ」
「・・・なんかとってもざっくりした見分け方すぎないか?」
「しょうがあるまい。実地で教えとる時間がないんじゃから」
神子の一人がやってくるかもしれないというので、イスマルクが身を寄せているケンタウロス族の里には、今、色々な種族が集まってきている。
そうして教えを乞えば丁寧に対応はしてくれるが、肝心の神子がいつやってくるかが不明とあって、誰もが焦っている状態だ。
「んなことよりよぉ、その神子様、何がお好きなんだ? 花とか宝石とか」
「あのグリフォンをお傍においてらっしゃるんだろ。なら馬とかもお好きか?」
「酒はお好きでいらっしゃるかのぅ。我らの月夜酒は絶品じゃが、神子様の為ならもっと貴重な星月夜酒をお持ちしたいのじゃ」
「肉は何がお好きかな。魚がいいか?」
イスマルクよりも彼らの方が聞きたいことは沢山あるわけで、教わってる途中から一気に立場がひっくり返ることはざらである。
何故なら遥佳の情報を握っているのはイスマルク一人だからだ。
「花が咲いている野原には行かれるが、花瓶に飾っているのは見たことがないな。単にそんな暇がなかっただけかもしれんが。宝石は、あのグリフォンがいつも飾り立てるもんだから食傷気味だ。馬は嫌いじゃないと思う。たまに乗る練習をしていらした。酒はまだ大人になってらっしゃらないので飲まない。料理には使う。肉や魚は好き嫌いせずにお食べになる。で、幻獣で獣と間違えやすい種族は何だ?」
「ふむふむ。ならば、そのお気持ちを和ませるような花畑を近くに作っておこう」
「グリフォンと一緒にいたなら、花瓶はひっくり返されるだけだよなあ。あいつら、周囲見ねえし」
「馬がお好きなら、ケンタウロスがいるわけだ。別にいいか」
「あっ、ちょっと待てよ。なぁに自分が乗っけてくって話にしてやがるっ」
「肉や魚を好き嫌いなくお食べになるなら、近くに放牧しておくかのぅ」
「それなら処理してからお持ちした方がよくないか?」
だが、イスマルクの質問は無視されてしまう。
それはいつものことだ。
(なんでだろう。俺の人生は諦めと我慢がいつもワンセットだった。だけどこの大陸に来て、・・・そう、俺は、新しい自分と出会えるような気がしたんだ)
だが、それは気のせいだったらしい。
人の話を聞かないというのは第1等神官の専売特許ではなかったのだと、イスマルクはゲヨネル大陸に来て知った。
イスマルクのことには興味をなくしたのか、彼らは遥佳が来た時の為にどこをどうするか、何をどうしようと、そんな話ばかりで盛り上がっている。
(しょうがない。ある程度の話がまとまったら、俺の質問にも答えてくれるだろう)
イスマルクは溜め息をついた。
とりあえずは今までのメモを見直しながら、質問をまとめておこうと考える。
それでも投げやりにならない。そんなイスマルクは地道な努力を貴ぶ人間だった。
いつだって面倒な仕事に一人で放りこまれてきていたイスマルクは、どんな状況下でも真面目に取り組む元神官だ。
そんなイスマルクとて馬鹿ではない。
どうにかこうにか匠の小人族の所へ顔を出した時、自分がいいように騙されていたことには気づいた。
(あいつらぁっ。これを見られまいと俺を足止めしてたんだなっ!)
世話になったことには感謝している。
色々なことを教えてもらった。
けれどもそんな日々が、自分をここに来させない為の足止め工作の一環だと知れば、思うことだってあるのだ。
「って、・・・これのどこが一軒家なんだ」
湖の近くに建てられていたものは、とても可愛らしい二階建ての小さなお城だった。
尚、二階はまるまる遥佳の私室であり、その二階だけでも十分にキッチンや風呂やトイレはついているのだから、全く降りていく必要もなく暮らせる。
しかし一階にはちゃんと玄関、団欒室、厨房、浴室、トイレ、そしてイスマルクの部屋とグリフォンの部屋、そして作業室や物置が設置されていた。
要はイスマルクが考えていたものよりもかなり敷地面積を広げ、そして外観もまた特別感を出して彼らは家を建てたのである。
「ちゃんと言われた通りに一軒家だろ。しかも二階建てと、小ぢんまりしている」
「そうじゃそうじゃ」
「この豪勢な建物を見て、よくもそんなことを・・・」
イスマルクはがっくりと地面に膝をついた。
二階はぐるりとバルコニーが外周で途切れなくついており、遥佳はガラス扉を開けて出ていけば、いつでも外の空気を楽しめるようになっている。
勿論、太陽光が眩しければ鎧戸を閉めればいいだけだ。
その窓や扉につけられたカーテンも、とても精緻な模様が織り込まれた逸品である。
遥佳の私室といっても、広々とした寝台は五人くらいが眠れそうだし、寛ぎやすそうなソファがあちこちにある。テーブルとて椅子こそ四つ程度しか置かれていないが、十人掛け程の大きさときたものだ。
床は寄木細工が美しい文様を描き、ピンクの大理石を使った暖炉は見ているだけでも可愛らしい。
天井にはとても美しい絵が描かれている。煌めくシャンデリアは、全てに灯りをつければ夜でも昼のような明るさとなることだろう。
では遥佳の生活スペース以外が全て詰めこまれた一階が狭いのかといえば、そうではない。
イスマルクの部屋とて二人で眠れそうな広い寝台が置かれているし、机や本棚などもかなりの大きさだ。クローゼットも普通より三倍の収納力があるだろう。
グリフォンの部屋も扉は大きく、窓も大きい。
厨房はそれこそ六人ぐらいが一緒に立ち動くことができる広さで、団欒室とてグリフォンが数頭いても問題ない広さがある。浴室の設備も立派なものだった。
「そりゃ綺麗だよ。とっても可愛らしいし、あのハールカにぴったりの部屋だよ。お城の割には小さいけれど、一目でそこらの城よりもはるかに手がこんでいるって分かる。だけど、こんな・・・」
バルコニーですら花をモチーフにした柵がつけられていて、ベンチを出せばそこで開放的な気分になれるだろう。
まさにお姫様の為の特別な隠れ家だ。
それだけにどれだけの値がつくことか。
「まあまあ。そこまで言ってもらえるならば、我らも頑張った価値があるというもの」
「うむ。依頼主を満足させてこその匠の小人族」
「満足じゃない。値段的に満足じゃない。もうこれで完璧すぎてどうしようもない」
ああ、どうして自分は無理にでもここへ様子を見に来なかったのだろう。
そうして止めてさえいれば・・・。
そう己を責めるイスマルクだったが、その肩をポンと叩いた存在があった。
「お前は一人で抱えこみすぎだな、元神官の男よ」
振り返れば、そこには山羊の足をもった男が立っている。その頭には少しいびつな角があった。
そう、酒と美女と音楽を愛する幻獣、サテュロスだ。
彼らは人の姿に近く、二本足で歩きはするが、その足は山羊だからなかなかの健脚だ。そして頭の両脇からのぞいているねじれた角は山羊のもので、まさに男くさい魅力があった。
「神官を辞めて今となってはただの人間だろう、お前も。なのに神子様にお仕えしようとする自分だけが特別だと思っているのか? だとしたらそれは傲慢にすぎよう。我らとて神子様の力になりたいのだ。ドワーフとて自分達の技能で、神子様に暮らしやすい環境を提供できるならばと張りきるし、我らとてそれを手伝う。それは当たり前だ。それとも何か? お前は自分だけが神子様にお仕えする権利を有すると思っているのか?」
「・・・そういうわけでは」
糾弾されてしまうと、イスマルクも己の立ち位置に惑う。
己に任じた使命を思い、イスマルクは視線をずらした。
「そこは受け入れるがいい。我らは自然と共に在り、女神様と神子様は世界と共に在る。お前は何かと我らにすまないとか、報酬がどうとか、そう真面目に考えるが、我らは心のままに世界への感謝を表しているだけなのだ」
「だが、匠の小人だけにその労力をはらわせるのは間違ってる・・・」
「別に気にすることでもないだろう。たしかにこれはドワーフが建てたが、石を切り出したのはガーゴイル、運んだのはユニコーンやハーピー、屋根や配管はサイクロプス、真珠を集めたのはマーマンやマーメイド、刺繍や織物は様々な種族の女達、花壇はノームと、皆が協力して作り上げたものだ。それとも神子様の全てにお前が関与しないと気がすまないのか?」
「・・・そういうわけでは」
「勿論、ゲヨネル大陸に暮らす我らを下賤な者と神子様に見なされているのならば、諦めもするが」
「そんなことはないっ」
「ならばかまわんだろう」
ぐうの音も出なくなったイスマルクである。
(けどなあっ、鏡にすら真珠や水晶の飾りがついてるんだぞっ。どこまで豪華に作りやがった・・・!)
皆が協力して作り上げるというのは、もっとささやかなものだと思うイスマルクだ。
「そもそも普通の人に紛れて治療院の手伝いをなさっておられたお方。奢侈に溺れる姫君ではないんだが・・・」
「なんの。そういうお方だからこそ、我らとて心をこめてお迎えするのだ。その気持ち、分からぬとは言わぬだろう?」
「そりゃあ・・・」
近くには畑もあるし、雑草は抜かれ、綺麗な庭園ができていた。とても暮らしやすい環境が整えられていると断言できる。
(しょうがないか。神子様だもんな)
そう思ってイスマルクは受け入れた。
というより、出来上がったものは仕方がないのだ。受け入れる以外に何ができたというのだろう。
(これでハールカが来なかったらどうなるんだろう。俺、袋叩きに遭うんじゃねえか?)
ちょっと怖い想像に、ぷるぷるぷるっと首を横に振る。
肝心のヴィゴラスはあれから戻ってこないが、きっと誰の邪魔も入らないというので第7神殿で遥佳に甘えまくっているに違いない。
(あのやりたい放題したい放題の大馬鹿トリ犬がっ!!)
そう思わずにはいられないイスマルクだった。




