53 番外編 馬だけに当て馬
プラネットプラント様からいただいた、
「グリフォンと馬とを掛け合わせれば、ヒポグリフが産まれるんですよ!」
をテーマに番外編です。
※ ヒポグリフというのは、上半身が鷲で下半身が馬ですが、グリフォンと違ってお宝に目の色を変えません。
力強さは変わりません。大地をよく駆けて、空を雄々しく飛びます。
この組み合わせはオスがグリフォン、メスが馬となり、生まれた子がヒポグリフです。
遥佳はとても考えた。
育ての母親として、この可愛いグリフォンに何ができるのかをとても考えたのである。
(可愛くて人懐っこいヴィゴラス。寂しがり屋のあなたは、それでも同じグリフォンだと宝物を奪い合うライバルだと言う。なら、私はあなたに宝物ラブで喧嘩しないガールフレンドをつくってあげたいの。だって、いつかはあなたも親離れする日が来るんだもの)
大鷲の上半身と獅子の下半身を持つ幻獣グリフォン。
けれどもグリフォンは稀に馬との間に子供を作るらしい。その子供はヒポグリフという幻獣になる。
大鷲の上半身と名馬の下半身を持つ幻獣ヒポグリフ。
(そうしてあなたは可愛い馬の奥さんと、可愛い子供ヒポグリフに囲まれて、幸せな家庭を築くのよ。宝物だって取られないわ。ねえ、ヴィゴラス。そうしたらもう寂しくないでしょう?)
自分が拾って育て始めてしまったグリフォンに対する遥佳の目は、濃霧警報レベルで曇っていた。
というわけで、遥佳は色々な里に頼んでとても素晴らしい雌の馬を探してもらったのである。尚、事情を聞いた誰もが、とても穏やかで生ぬるい眼差しになっていたことは言うまでもない。
それでも大切な神子姫様のご要望である。
「なんて素敵なお馬さん。こんな綺麗な子がいたなんて。毛艶だって天使の輪が浮いてるわ」
「いやあ。姫様のご要望ならいくらでも」
彼らは遥佳の希望にあうような馬を手配した。
そうして遥佳はとびっきりの笑顔で、ヴィゴラスに声を掛けたのである。
「来てちょうだい、ヴィゴラス。あなたにガールフレンドと思って見つけてもらったの。ね、素敵なお馬さんでしょう? 美人さんでしょう?」
(・・・そうだな)
目の前にいる黒馬を、キラリーンとした瞳でヴィゴラスが見た。
「ヒ、ヒヒ、・・・ヒーン」
そこは遥佳も外さない。自分の黒髪を、宝物が引き立つとかいって気に入っているヴィゴラスだ。まさに漆黒の毛を持つ雌馬を探してもらったのである。
(ふむ。なんと素晴らしい)
ヴィゴラスも気に入ったようだと、遥佳は微笑んだ。
けれども黒い雌馬は、びくびくっと怯えて逃走態勢に入る。
「そう。良かった」
ヴィゴラスの反応だけを見ていた遥佳は、どこかちょっと変な気配はあったものの、ヴィゴラスが気に入ったような気配を醸し出したので、ほっとしてヴィゴラスに近づいた。
(本当に良かったわ。ヴィゴラス、気に入ってくれたみたいね。ヴィゴラスの美意識もかなりアレだから、どうなることかと思ったけど)
だから遥佳は気づかなかった。
自分の背後にいる雌馬の反応を。
「うふふ。そうなったらあなたにも名前をつけてあげなくちゃ。素敵な名前にしましょうね」
そう言って背後を振り返れば、その場にいた筈の黒馬の姿がいない。
「ああっ。馬子ちゃんっ、どこに行くのぉーっ!? 帰ってきてぇーっ!」
ドドドドドッと土煙をあげて逃走する馬は、既に視界から遠く、はるか彼方へと走り去っていた。
呼びかける遥佳の叫びも届かない。
(仕方がない。俺は、・・・きっと嫌われてしまったのだ。どうせ我らグリフォン。孤独に生きるしかないのだ)
しょんぼりとした顔のヴィゴラスがいじらしくて、遥佳は胸をきゅんとさせてしまった。
「ヴィゴラス。そんなことないわ。あなたは可愛いもの。自信を持って。ね?」
(いいのだ。ハルカさえ俺といてくれれば・・・)
「ヴィゴラス」
どうしてこんなにも可愛くて優しい子なのにと、遥佳がヴィゴラスに手を伸ばせば、大鷲の頭を下げて頬ずりしてくる。
「悲しまないで、ヴィゴラス。もっと素敵なお馬さんを見つけてあげる。大切なあなたの為だもの」
(いや、ハルカが見つけてくれた馬だ。だから俺は今の馬がいい。だって「俺の為」に、ハルカが苦労して見つけてくれた馬だからなっ)
どんな理由であろうと、ポジティブに考えるということを優理から学んできたヴィゴラスは、その一点においてとても機嫌がいい。
逃げられてちょっと項垂れていても、あくまでポーズだけだ。
(あら? だけどあんまりヴィゴラス、落ちこんでないような? まさかね)
そんな疑問が浮かばないわけではなかったが、遥佳も
(仕方ないわ。ヴィゴラス、まだまだ子供だもの。きっとフラれる意味も分かってなかったのね)
と、そんなに落ち込まなかったのだからいいかと、そう思う。
そうして、ヴィゴラスと黒馬のお見合いは失敗した。
一方。
今日は何を着ようかと悩んでいたイスマルクの元へ、ヴィゴラスがやってきた。そして問答無用で連れ出されたものだから、この後は出かける予定だったイスマルクもおかんむりだ。
誰だって出先での作業を考えて服を選ばなくてはならないというのに、相手の予定を考えずにつれ出すとは何事か。
「お前なあっ、ヴィゴラス。説明もせずに人を捕まえて運ぶんじゃないっ。・・・何だ、これは?」
イスマルクは自分の所有物と思っているヴィゴラスだ。問答無用で前脚を使って捕まえ、そのまま空中を飛んできたのである。
木にぶら下げられたその塊を見て、イスマルクは首を傾げた。
「馬か? 何でこんな所に血を抜かれて・・・ってお前だよな、ヴィゴラス?」
「キュイッ」
そこでイスマルクに差し出されたのは優理が書いたレシピである。
そして開けられていたページは・・・。
「なになに? 馬刺しの作り方? 馬肉を生で食べるのか? えーっと、ちょっと待てよ。だが、こんなにも沢山は馬刺しにはしないものらしいぞ。薄切りにしてちょっぴり食べるものらしい。いい部分だけ切り取っていくからな、ヴィゴラス。後は好きにしろ」
「キュイキュイッ」
ある程度の塊を、まずは熟成させて食べごろにまで待つことにして、イスマルクは馬肉を持って帰った。
そうして保存庫に馬肉をしまい、数日後、レシピを見ながら薬味を探すことにする。
「どうした、ヴィゴラス? 何の紙を持ってるんだ? えーっと、
『俺が狩りをしたらハルカが悲しむ。この馬を狩ったのは内緒にしてくれ』
か。そうだな、ハールカは俺達が処理しただなんて聞いたら怖がりそうだな。いいぞ、内緒にしとくぐらい」
「キュッ」
「あっさりしていて美味しいらしいしな。ハールカもきっと喜ぶだろう」
念の為にイスマルクは、ヴィゴラスが馬を吊るしていた場所に戻ってみた。そこには馬の皮だけが残っている。
「よしよし。肉は全部食べたらしいが、これをなめしてハールカの靴を作ってあげよう。小物入れをつけたベルトもいいな。これだけ艶のある黒い皮なんだ。きっと似合うに違いない」
馬の革を加工してもらうなら、オーグルの里に頼んだ方がいいだろう。
彼らはとても器用だし、牧場も持っている。
イスマルクは、その馬の皮をオーグルの里に持っていった。
『あー、やっぱりな』
『そんな気はしてたさ』
神子姫様のご要望で黒い馬の手配をしたことは、既に近隣の様々な種族の里に伝えられている。
「あー、これな。じゃあ、加工してから持ってくよ、イスマルク。姫様がお使いになるなら、ベルトよりも財布とか鞄とかにした方がいいんじゃないか? あまりベルトはお使いになってないだろう」
「言われてみればそうか。そっちの方がよく分かってそうだ。任すよ」
「ああ」
彼らはわざわざイスマルクに何かを伝えることなく、それを受け取った。
そして、とある日の夕方。
「今日はイスマルクがご飯を作ってくれたの? わぁ、嬉しい。ありがとう」
「いい牛肉と馬肉をもらったからな。たまにはいいだろう?」
その日は牛しゃぶしゃぶと馬刺しだった。野菜と薬味も揃っている。
「レシピによると、こうすると余分な脂も落ちるし、高たんぱくでヘルシーだとあったんだが、・・・合ってるか?」
「勿論よ、イスマルク。とっても懐かしい。あ、ほら、ヴィゴラス。これはこうやってさっと湯がいて食べるのよ」
「キュウ?」
テーブルの上で湯がくしゃぶしゃぶは初めてのヴィゴラスである。
「あっさりしすぎてるかしら? だけどこの柔らかい程度にしか火を通さずに食べると独特の美味しさがあるでしょう?」
「キュイーッ」
「気に入ったの? じゃあ、今度はこういうしゃぶしゃぶ風サラダを作ってあげるわね。豚肉のしゃぶしゃぶサラダも美味しいもの。ヴィゴラス、豚肉大好きでしょ? あ、ほら。馬刺しは生で食べるの。お肉なのに女性にぴったりのヘルシーメニューなのよ」
(男は駄目なのか?)
「勿論、男性にも好かれてるメニューよ。お酒にも合うの。薬味は大丈夫よね。葱も沢山巻いてあげるわ、ヴィゴラス。はい、お口開けて。どう?」
「クルルーッ」
酒に合うと教えられ、イスマルクもゴブリンの月夜酒をちびりちびりと飲みながら食べてみることにした。
たしかに合う。
「あまりそいつを甘やかすな、ハールカ。食べさせてやらなくても、ヴィゴラスはちゃんと自分で取って食べられるぞ」
ヴィゴラスの前脚は、今、かなりの進化を遂げていた。今では遥佳のお手伝いもかなりこなせる前脚である。
(お前がしてもらえないからって妬くな。男の嫉妬は見苦しい)
「・・・えーっと、分かったって言ってるわ、イスマルク」
(言ってないっ)
「拗ねないの、ヴィゴラス。はい、二つ目は自分で食べるのよ。ええ、上手ね」
(俺は器用なのだっ)
邪魔な当て馬を葬り去ったヴィゴラスは、美味しくその馬刺しを食べた。
――― フッ。俺とハルカの間を裂く敵は、全てにおいて殲滅あるのみ。
遥佳もまた、薬味を薄切り肉で包むようにして食べる。
「ヴィゴラスも美味しいって言ってるわ、イスマルク。ヴィゴラスがここまで絶賛するだなんて、よほど気に入ったのね」
「キュイキュイッ」
「なら良かったよ。俺はハールカさえ美味しく食べてくれればそれでいいけどな」
「グルッ!」
尚、あの日、怒涛の勢いで駆け去った雌馬を、遥佳が二度と見ることはなかった。
馬だけに当て馬。
おあとがよろしいようで。Fin.
いかがでしたでしょうか。
え? そんなんじゃない?
そうですね、自分でもそんな気はしたのです。・・・・・・途中から。




