↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/281

37 遥佳は塔に変な人達を入れたくなかった


 ディリライト島の市場は朝早くからやっている。


(自分でお買い物に行くって、とても新鮮だわ。前回、舟が転覆(てんぷく)したとしても助けられるのは私達だけっていうので侍女も怖がってこなかったし、今日ものびのびしたものよね。ハールカ様は黙って協力してくださるけど、侍女の目があったら駄目だもの)


 エルルーカはわくわくした気分で市場に出かけた。

 シンクエンとウルティードも一緒だ。護衛も六人ついている。

 そうして歪んだ真珠を一つのザル分だけ買った。


「買ってくれてありがとう、シンクエン兄様」

「いや。しかし見舞いがそれでいいのか?」

「いいんじゃないかしら。それに間違ってても、ハールカ様、気にしないと思うわ」


 前回、強引に市場から連れてきた際に色々とお喋りしてしまったエルルーカは、遥佳がとてものんびりした性格だということを把握しているのだ。

 今日は元気になっているだろうか。そうしたら遥佳と一緒にその壁飾りみたいなものを作ることもできるかもしれない。


(一緒に手作りのものを作る。それってとても親友っぽいわ)


 そう思ってディリライト邸を訪ねた一行は、塔の方へと案内された。キマリー国王族達の訪問を聞いて、ケイトが案内役に出てくる。


「まあ、ハールカ様はこちらの塔にお暮らしなの?」

「ええ。もしかしたらエルルーカ様がいらっしゃるかもしれないと伝えておいたものですから、朝から市場に花を買いに行っていたみたいですわ。ちゃんと今日は元気ですわよ」

「あら。同じ場所に行っていらしたのね」


 だが、花ぐらい使用人が買いに行くものではないのだろうか。

 そんな気持ちはケイトにも伝わったらしい。


「この塔はハールカの管理下に置かれているので、使用人達も基本的な世話以外はハールカの命令がない限り動けませんの。ハールカは部屋に飾る花を選ぶのも楽しんでいるようですわ」


 その会話を聞いていたシンクエンは、

(使用人を使いこなせないのでは・・・。やはり第二妃であってもかなり教育が必要となるだろう。そうなってはかなりハールカ姫にも辛いことになる。その辺りをきちんと支えられる人間を揃えねばならんか)

と、頭を抱え、ウルティードは、

(わざわざエルルーカの為に花を自分で買いに行くだなんて。病み上がりだというのに、なんて心美しく優しい姫なんだろう)

と、感動した。

 そうして一行が塔に到着すると、塔の入り口が開けられている。


「ハールカ? いるの?」


 塔の中に向かって声をかけたケイトだったが、その返事は背後から掛けられた。


「ええ、いるわ。ごめんなさい、お客様がいらっしゃるからお菓子を焼きに行っていたのよ。塔の中のより、本邸の厨房の方がいいかと思って」


 振り返った一行の目に、大きな皿に出来上がったばかりの焼き菓子を載せて微笑む遥佳が映る。


「いらっしゃいませ、皆様方。どうぞお入りになってください」


 本邸ではなく海側にある塔に暮らしていると聞かされ、実はかなり冷遇されているのだろうかと、シンクエン、ウルティード、エルルーカは、それなりに案じる気持ちがあったりもしたのだが、塔の中に入れば違うものを実感する。


「なんと素晴らしい。見事なタペストリーですね。これらの絵画も」

「ええ。海側にある塔でしょう? 海風で傷(いた)むから勿体ないですって言ったのですけれど、おじさまが気を遣ってくださって・・・。だけどこうして皆様が見てくださったなら掛けてある価値もありました。それは約300年前の出陣前を描いたものです。奥のは200年程前のものですが、戦に赴く前の誓いを描いたものです」

「なんと、それ程昔の絵でしたか。いや、迫力のある絵だ」


 感嘆するシンクエンに、遥佳が簡単に説明を行った。

 その場にいたキマリー国の人間は騎士も含め、それだけ昔の絵画をこんな海辺にある建物の中で飾っていたらすぐに傷んで駄目になってしまうだろうにと、コウヤの正気を疑う。


「まあ、この絵に海風は当たらないのですけれども」

「え?」

「いえ、何でもありません。護衛の方はそちらのお部屋にどうぞ。扉にある小窓を開けておけば、廊下の出入りが分かりますから、部屋から出なくても警護ができます」


 遥佳は六人の騎士達に、入口から手前側にある小部屋を示した。


「あ、いえ。我々は同じ部屋で護衛をさせていただくようにと決められております」

「大丈夫です。応接室の隣にあるそのお部屋は、廊下のみならず、外の様子も見やすいように窓を大きくしています。同じ部屋にいる方が余程護衛としては外の様子も廊下の様子も把握できず、役立たずなことになります」


 六人の騎士達は若く見目もいい若者ばかりだったが、遥佳はにっこりと笑って指摘する。


「普通は兵士を建物の周囲に立たせて外の警戒に当たるものですけど、連れていらっしゃらなかったのですもの。何人かは外に出るか、もしくはそちらのお部屋でどちらに対しても警備に当たるものでしょう? それとも役に立たないお飾りになる為にいらしたのですか?」


 ぴきっと護衛達の顔がひくついたのが分かったウルティードだ。


「どうぞ、そちらのお部屋へ」

「いえ。我らはキマリー国の決まりに従って動いております。申し訳ございませんが、ご理解くださいますよう、ハールカ姫」

「この塔は私が主人です。この塔において私が決めたことが守れないのでしたらさっさと出ておいきなさい」


 シンクエンは人畜無害な表情を浮かべていたその裏で、面白いと感じて遥佳を眺めた。おどおどしているだけの娘に見えて、そうではないのだろうか。

 だが、この護衛の騎士達はシンクエンですら断りきれずに連れてきたメンバーだ。

 キマリー国にも様々な思惑を持つ人達がいて、選抜メンバー内とてシンクエンやウルティードが何でもかんでも好きにできるわけではない。

 護衛ですら様々な人間の息がかかった者達が混在している。

 ケイトも遥佳の様子に少し困惑しているらしいが、静観することにしたようだ。

 ウルティードとエルルーカは、シンクエンが護衛に対して遥佳の言う通りにするよう命じてくれと、目線で伝えてくる。


「ハールカ姫。我々はキマリー国の騎士でございます。ディリライトのあなた様は、我々に命じる権限をお持ちではございません」

「けれどもここは私の塔。従えないのであれば出ていくようにと言っているのです」

「その態度は、ディリライトの首長様にも恥をかかせることになるのではございませんか?」


 聞き分けのない小娘を侮るかのような言い方になったのは、その騎士の若さゆえか。


「頭の悪いこと。あなた方がいると警護の足手纏(あしでまと)いだから出て行けと、私は言っているのですよ」


 遥佳の口調が変わる。


「シンクエン様、ウルティード様、エルルーカ様。私はこの塔に入れる人間は限定することにしているのです。そしてこの塔内において私の言葉に従えない人間は排除いたします。よろしいですね?」

「お前達、出ていくがいい。きちんとハールカ姫は部屋も用意してくださっている。その上で首長殿の名を出してまで礼を失するようなことを言うものではない」


 シンクエンは、即座に騎士達に命じた。


「ですがシンクエン様。か弱い姫君に警護の足手纏いなどと言われては騎士の名折れ。それこそ、どれ程のものができるのか、是非見せていただきたく存じます」

「そうでございます。姫君におかれましては、我らのことを見くびっておいでのようです」

「分かりました。いることができるようならば、いればいいわ」


 遥佳の言葉が終わると同時に、護衛の騎士達の顔色が変わった。いきなり苦しそうな表情になり、愕然としながらもその顔を見られぬようにと足元へ視線を移す。

 しかし遥佳はそこでシンクエンやケイト達に向き直った。


「ごめんなさい、お待たせしました。では、お掛けになって?」


 応接室にあるソファや椅子は、とても重厚な作りだ。


「ぐぅ・・・っ」

「うっ、・・・ぐぅふっ」

「げっ、げふぉっ」

「うっ、ぐぉっ」


 しかし椅子に腰掛けた皆は、護衛の騎士達六人が次々と膝をついていく様子に、さすがに驚かざるを得ない。遥佳は何もしていない。近くに寄ってもいないのだから。


「あの、ハールカ姫。これは一体・・・」

「種明かしは簡単です、シンクエン様。この塔は決められた場所にいないと毒がまわるような造りになっています。ですから私、護衛の方には安全な場所を勧めたのです。逆らった彼らはこのままだと死にますわね」


 苦しさに顔をあげることもできなくなっていた騎士達が、目を見開く。


「え? 毒?」

「ええ、エルルーカ様。同じ部屋でも毒がまわる所とそうじゃない所は分けられているのであなた方は安全です。護衛の方は外に出て綺麗な空気を吸わないと、その内に亡くなります」

「おいっ、さっさと出ていけっ」


 シンクエンの怒鳴り声に、護衛の騎士達六人も、這(ほ)う這(ほ)うの体(てい)で外へと転げるようにして出ていく。


「ハールカ、あなたね・・・」

「ごめんなさい、ケイト。この塔に悪意ある人間を入れたくなかったのよ。だってここはディリライトの物見の塔。ディリライトに仇(あだ)なす者が足を踏み入れていい場所じゃないわ」


 遥佳は、寂しそうに目を伏せた。

 本当は毒ではない。ただ、彼らの吸う空気を少し遮断してもらっただけだ。

 同じ部屋の中であんな思考を感じ続けるだなんて耐えられなかったから。


「騎士というのは国を守る為に主に従う者。背後からいつ殺そうかと狙っているのは暗殺者と呼ぶの。あれは護衛なんかじゃないわ」


 その言葉にシンクエン、ウルティード、エルルーカは、びくっと反応するのを止められなかった。


「あ、だけどね。おじさまには迷惑をかけないようにするから」

「馬鹿ね。迷惑なんてかからないわ。丸腰の女性一人に武装した騎士六人が追い払われただなんて、恥ずかしくて誰にも言えないわよ」


 その通りである。

 シンクエンは、遥佳を改めて見直した。

 首長の姪とされる体の弱い姫君。けれどもキマリー国の護衛を追い払った方がいいと判断したのは、彼らの害意を察したからか。


(かなりの掘り出し物なのか? いや、それともこの塔の造りこそを知りたいというべきか?)


 同じ部屋にいても無事な人間がいる一方で、特定の場所にだけ毒物を撒く方法があるというのなら是非知りたいと思わずにはいられない。

 何という画期的(かっきてき)な技術をディリライトは持っているのかと、シンクエンは胃(い)の腑(ふ)が冷たくなる。

 ケイトと共にお茶を淹れて、焼き上がったばかりだというお菓子を出した遥佳は、そこで三人に向き直った。


「ところでウルティード様。どうしてあなたを殺そうとしている人達を、護衛として身近においてらっしゃるのですか?」


 父が暮らしていた塔にあんな薄汚れた思考を持つ人間が入りこんできたというので、実はかなり不機嫌になっていた遥佳だった。






 ウルティードは面倒なことが嫌いだ。

 だからタイキやカシマに相談して、ちょうどいいスポットを教えてもらい、わざと隙を見せて護衛達に自分を襲わせてそこを返り討ちにしようと思っていた。

 それでエルルーカについてきて、途中でこっそりタイキ達に良い場所がないか訊きに行こうと思っていたのだが、思いもかけず遥佳が護衛達を遠ざけてしまったものだから、何とも意外な一面を持っていたのだなと、感心もしていた。

 しかも遥佳に、どうして自分の命を狙っている人間を護衛にしているのか尋ねられたのだから、気持ちいいぐらいのスピードっぷりだ。

 

「ハールカ姫。どうしてあいつらが俺の命を狙ってるって分かったのか訊いてもいいか? あ、いや、お尋ねしてもよろしいか?」

「あの、普通に話してくださって大丈夫です。えっと、どうしてかって言われても、・・・そんな感じよね、ケイト?」

「そうね。出てきたのが兄様じゃなくて私だったから残念って感じだったわね」


 その護衛六人は、塔の外へ出た途端(とたん)に呼吸ができるようになり、ほっとした様子で地面に座りこんでいる。


「すみません。先に塔の出入り口の鍵を閉めてきますね」


 窓から彼らの様子を確認した遥佳は塔の扉を閉めに行った。

 シンクエン、ウルティード、エルルーカの三人に、互いを害する気持ちはないと踏んだからである。

 騎士達もこの部屋に再び入ってくる度胸はないだろうが、最初に遥佳が示した護衛用の部屋に入ってこられたのではたまらない。勿論、その部屋なら会話は聞こえないから問題はないが、やはり父がこの島々を守る為に色々な人達と語り合った塔に、ああいう人達を入れたくはない。


(護衛として後ろを歩きながら、どうやって殺そうかとタイミングを計(はか)ってただなんて)


 扉を閉めようとした際に、彼らと目が合った。

 普段なら逸らしてしまったであろう遥佳だが、どうウルティードを害しようかと思案を練っていた彼らに、真琴が後ろから矢を射られた時のことを思い出してしまったこともある。

 

「暗殺者に落ちぶれた騎士など、護衛どころか、ただのチンピラね。家名も泣くことでしょうよ。そんな愚か者のおかげで断絶させられるだなんて」


 そう呟きながら、彼らの顔を見渡した。

 反射的に彼らの脳裏に浮かんだものを記憶する。


(ありがとう、優理。こうやって挑発ってするのね)


 離れている間に人生経験を積んでいてくれた三つ子の一人に心の中で感謝する。

 なんだか沸点が低くなったというのか、短気になっていた優理の変化に思うものがないわけではないが、心を通じさせてしまった自分は頑張ってそれを真似してみたのだ。


(クールで素敵なお姉さまって言われてたのに、どうして優理、あんなお茶目な感じになっちゃったのかしら。だけどこうやって人の反応を引き出せるんだから優理は凄いわ)


 反応を引き出したところで遥佳はこうして情報を読み取れるが、優理の場合は挑発するだけで終わっているという事実に、遥佳は気づいていなかった。


「な、何を・・・」

「王子暗殺に失敗した騎士なんて、国王に一族ごと処刑されるか、秘密を守る為に飼い主から殺されるかの二つに一つね」


 笑顔一つ浮かべていない遥佳に何を感じたのか、地面に座りこんでいる六人は臆(おく)したように目を見開く。

 恐らく、どこからどこまで情報が漏れたのか、そして漏れた先によっては自分達が処分されることに思い至ったのだろう。

 何と言ってもウルティードは第二王子だ。誰にも見咎められずに殺してしまい、首尾よくディリライト側に責任を押し付けられたならいいだろうが、それに失敗したどころか、自分達がそれを企んでいた証拠が流出したなら、それこそ自分達の処刑のみならず一家郎党にまで処断が及びかねない。


「あの一人が警告だということも分からない犬など、さっさと飼い主の所へお戻りなさい。そして護衛はきちんと護衛のできる人間を寄越(よこ)すのね」


 精一杯、優理の真似をしてみせながら、遥佳は出入り口の扉を閉めた。後ろ手で鍵まで掛けてから、その場に腰が抜けて座りこんでしまう。


(こ、怖いーっ。何あれ何あれっ、すっごい殺気がきてるっ)


 今、護衛達は、遥佳を殺して口封じができるかどうかを検討しているときたものだ。

 もしも本当に情報が漏れていたなら、遥佳一人を殺してもどうにもならないだろうに。

 あの六人は遥佳を悪者にすることで護衛の責任者に追い払われたと報告し、事態の打開を図(はか)るらしい。


(どうしてそこでやめようとか、反省して心を入れ替えようとか、そういうことを思わないのかしら)


 だから嫌なのだ。

 人はそうして自分の間違いを正当化しようとするのだから。


「ハールカ? ハールカッ、大丈夫っ!?」

「・・・姫っ、どうしたっ!?」


 遥佳の毒の話を真に受けていた四人だが、ケイトは遥佳が心配になったのだろう、扉から顔を出して驚いたように声をあげる。

 それに触発されたウルティードが同じように顔を出し、蹲(うずくま)っている遥佳を認めて駆け寄ってきた。


「あ、いいえ。何でもありません」

「何でもないわけないだろうっ。昨日も具合が悪かったのに、今日はエルルーカの為に花を買いに行ってくれて、更に菓子まで手作りしてくれたなら、倒れるのは当然だっ」

「・・・・・・あ、いえ」

 

 遥佳は己を恥じた。


(すみません。それ、嘘です)


 昨日は舟遊びをサボってヴィゴラスの為に暖簾(のれん)をせっせと作り、今日はエルルーカの為に花を買いに行くと言って花も買ってはきたものの、ちゃっかり本命の歪んだ真珠(バロックパール)を買い足してきた遥佳である。

 ついでに焼き菓子はディリライト邸の厨房にお願いしておいた。

 罪悪感に顔を伏せれば、ウルティードが遥佳を横抱きにして、皆がいる部屋へ戻ろうとする。


「えっ、・・・あのっ、ウルティード様っ」


 慌てて止めようとしたが、ウルティードは王子様の割に力持ちらしい。


「ハールカ姫。その毒があるという場所を教えてくれ。そうじゃないと危険だから」

「あ。それ、嘘です。この塔のどこにもそんな設備なんてありません。・・・あの、大丈夫ですから下ろしてください」

「え? 嘘?」

 

 ひょうきんな声になりながら、ウルティードは応接室にあった長椅子に遥佳を下ろした。


「あ、ええ。実は私、朝から市場に行っていたのですけど、そこで皆様をお見かけして、その際、どうも護衛の人達がちょっと・・・と思ったので、遊んでいる男の子達に声を掛けて、体がヒリヒリひんやりする液体を彼らの下半身にすれ違いざま霧吹きでシューッてしてもらったんです。ほら、市場って人が多くて混んでるから、男の子なんて踏まないようにするのがせいぜいで、何やってるか見られてないんですよね」


 シンクエンとウルティードが、何とも言えない顔になる。


「ちょうどここの護衛の人達が立ってた場所って窓からの風が入るでしょう? 多分、それまでは皆様の背後を歩くだけだったから手で押さえたりしてどうにか我慢していたと思うんですけど、ああやって立ち続けているのが多分辛くなったと思うんです。毒じゃないことは分かっていたでしょうけど、まさか王族の方々の前で自分の下半身がヒリヒリすぅすぅするからって押さえるのも・・・。で、あんな感じになったんだと」

「へー。ヒリヒリすぅすぅする感じで、彼らはああなったと」

「そうなんです、ウルティード様。想像してみてください。口にしただけでもヒリヒリするトウガラシとスースーするミントを下半身にシューッてされて、最初は気づかなくても、しばらくしてそれがじわじわと効いてきたらどうなると思います?」

「・・・床に膝をついてモジモジするか、飛びあがって悲鳴をあげるか、水風呂に飛びこむ」


 ウルティードは精一杯考えてみた。


「そうですね。だから彼らはここで呻(うめ)きながら床に膝をつき、そして今は滞在先へと駆けていったわけです。あの状態で海に入ったら飛び上がりますもの」

「不憫(ふびん)な・・・、うん、ざまあみろ」

「乱暴な手段をとって申し訳ありません」


 すみませんと、遥佳が申し訳なさそうに謝る。


「い、いや。俺はそれで助かったし。な、シンクエン?」

「ここは発言に気をつけるべきところですよ、ウルティード王子」


 シンクエンもどうしたものかと、対応に迷う事態だ。

 ウルティードが狙われている可能性は考えていた。だが、その事実をディリライト側の方がとっくに把握しているというのが問題なのだ。

 一国の王族が、護衛の騎士達から命を狙われているだなんて、他国に知られたら笑われるどころではすまないスキャンダルである。国の威信にかかわる。

 たとえそうであったとしても他国に弱みなど見せられない。

 それがキマリー国王族としての立場だ。


「いささか我が国の騎士の目つきが悪かった為、姫君にはご心配をおかけしてしまったようですが、次からはきちんと礼儀正しい護衛を伴うことにいたしましょう」


 シンクエンはにっこりとケイトと遥佳に微笑んでみせた。

 その気持ちが分かるケイトは、肩を僅(わず)かにすくめる。

 おそらくシンクエンは戻り次第、護衛の中から信用できる人間をピックアップして、怪しい人間を遠ざける方法をとるのだろう。

 けれどもそういった立場に生まれ育っていなかった遥佳は、シンクエンを不思議そうに見た。


「私、別にそれでキマリー国を脅す気なんてありません、シンクエン様。それに、本当にウルティード王子様を大切に思うのでしたら、それこそタイキやカシマと交流を深めるとでも言って、こちらの本邸に王子様を預けた方がよほどいいのではありませんか? 人って死んだら終わりだと思うんです」


 エルルーカがそこで身を乗り出した。


「ハールカ様。ね、どうしてそう思われたの? ウルティード王子が狙われてるって」

「見れば分かるでしょう? ね、ケイト?」

「そうね。どちらの島でも、こっそりと暗殺できる角度の場所を探してたわね」

 

 ズバッとケイトに言われ、シンクエン達は鼻白(はなじろ)んだ。

 つまり、あまりにも彼らはお粗末すぎると言われたに等しい。


「あら、ごめんなさい。・・・仕事熱心にも色々な角度から皆様を見ていらっしゃいましたわね」

「ケイト姫、言葉を飾ってくれるのは嬉しいが、俺、最初の方が分かりやすくていいや。そのさっぱり感がクセになりそう。とっても小気味いい感じで」


 ウルティードとて国を代表する立場として、ここで護衛のそれを認めるのはまずいことぐらい分かっている。

 けれども狙われているのは自分の命だ。


(そうだよなあ。死んだら終わりだよ。だから追い払ってくれたのか、ハールカ姫)


 恐らくケイト達の方が、ウルティード達よりも多くの情報を握っている。少なくともシンクエンやウルティードが気づいていなかった護衛の殺意を、一昨日から把握していたのだから。


「お褒めいただきましてありがとうございます。

 ですが、こちらもキマリー国の護衛に対する中傷だの名誉棄損(めいよきそん)だのと言われては困る立場なのです。

 だから後は適当に距離を置いて、皆様が発つ前の宴の際には違う国の方に同席していただくことでディリライトに降りかかる火の粉を払い、放置しておくつもりだったのですけど」

「・・・ありがとう。俺のことは見殺しにするって、そこまでハッキリ言ってくれるケイト姫の爽やかさに乾杯」


 ウルティードはティーカップを掲(かか)げて一口飲んだ。

 シンクエンにも緊張が走る。


(そういうことか。今日はケイト姫だけ出てきてタイキ殿達が出てこなかったのは、暗殺犯に仕立て上げられるのを避ける為だ。・・・勿論、ディリライトが多くの護衛と共に出てきたならあいつらも何もできなかっただろうが)


 もうディリライトは確信しているのだ。ウルティードが殺されることを。そしてその実行犯にディリライトを仕立てるつもりだということを。

 ディリライトから見れば、自分達を陥れようとしていると分かっているキマリー国の人間など知ったことではないというところか。

 だからもう手は打っているのだろう。きちんと無実を証明できる人達を揃えて。


「その国のことはその国の問題ですもの。勿論、腹を割ったお話し合いと、そしてそれなりの取り引きができるようでしたら話は別ですわ」


 ウルティードはシンクエンと瞳を見交わした。


「悪いけどさ、ハールカ姫。どこか話し合える部屋貸してくれるか?」

「先程の護衛に勧めた部屋か、もしくは外に出れば誰もいません」

「ありがとさん。シンクエン、ちょっと」


 ウルティードはシンクエンと共に、護衛が最初に勧められていた部屋へと行く。


「どうする? やっぱりあいつ、東の無人島に行って俺を殺そうとしていたが潮流に飲まれたってことだよな?」

「そういうことだろうな。だが、・・・どれだけ吹っかけられることか。第二王子が自国の護衛に狙われている恐れがあるからってここの首長の護衛を借りるのか。いい笑い者だ」

「弱みは見せられねえ。それは分かってる。けどよ、・・・そこまで悪い人らか? ハールカ姫だって市場でそんなこと頼んでくれたのも、今だってあいつらを追い出してくれたのも、結局はそういうこったろ? 俺はどっちかってゆーと、こういう人らの方が性に合う」


 シンクエンは大きく溜め息をついた。


(いや、分かっている。たしかにここで意地を張るよりも力を借りた方がいい。俺一人の手に余る事態だ。しかも暗殺者が一人ではないときたなら)


 そうして二人の話し合いが終わって元の部屋に戻ると、遥佳とエルルーカがいなくなっていた。

 ケイト一人が優雅にティーカップを唇に運んでいる。


「エルルーカ姫なら、ハールカに作りかけの壁掛けを見せてもらうということで、居室に行きました」

「そ、そっかぁ」


 残念に思いながらも、いなくなっていてくれて良かったと思うウルティードだ。

 彼女にはこんな血なまぐさい話など聞かせたくない。


「すまないが、そちらの知っている限りの情報を教えてもらいたい。礼については、今すぐは無理だが、帰国してから手配させてもらいたいのだが」


 シンクエンがケイトに話しかける。

 キラリーンと、ケイトの瞳が光ったような気がした。





 

 塔へお客様を迎えた遥佳は、もしかしてエルルーカはこの世界で初めての女友達ではないだろうかと、そんなことを思ってドキドキしていた。

 だから嬉しい。

 それというのも、ヴィゴラスの為に作成中だった暖簾(のれん)をエルルーカに褒められたからだ。


「なんて綺麗なんでしょう。それに一つ一つが違う形だからついじーっと眺めてしまうわ」

「良かった。実は変だったりしたらどうしようって不安だったんです」


 昨日、せっせと頑張った甲斐があったと、遥佳も胸をなでおろした。


(エルルーカ姫、いいものを見慣れているもの。ならヴィゴラスもきっと気に入ってくれる筈だわ)


 更にお見舞いということで持ってきてくれた歪んだ真珠(バロックパール)も嬉しい。

 

「なんて素敵。とても豪華なのができそうだわ。本当にいただいてもいいんですか?」

「勿論だわ。こういうのは失礼って言われたらどうしようって思っていたのよ」

「失礼だなんてどうして? こんなに綺麗なのに。どういう角度で穴を通した方が楽しいかしら。エルルーカ様、これならどっちを下にした方がいいと思います?」

「あら、これは悩むわね。色が混じっているし、この不思議な形がまた・・・」


 二人で一つ一つの歪んだ真珠(バロックパール)について相談し合えるのも楽しい。

 けれども他にもお客様がいたことを思い出し、遥佳はちょっと様子を見に行って戻ってきた。


「なんだかシンクエン様達、本気でお話し合いになってしまったみたい。エルルーカ様、どうします?」

「私・・・。できるならここでハールカ様と一緒にいられないかしら」

「そうですよね。あんな怖いお話、聞きたくないですもの」


 だから遥佳はケイトに訊きに行った。


「私達、お部屋で大人しく壁飾りを作っているから、ずっと席を外していてもいい? お客様を放り出しちゃいけないのは分かってるけど・・・」

「いいわよ。なら、私達も場所を移しましょうか。シンクエン様、ウルティード様、邸の方へどうぞ」


 ケイトも了解して、三人はコウヤやタイキ達と話し合う為に本邸の方へと移動していった。

 とっくに護衛達六人は、滞在している貸別荘の方へと戻ったらしく、姿がない。

 

(エルルーカ姫にとってはどの王子も従兄にあたるから、何も言えないのね)


 シンクエンはウルティードの味方と決めている。だから迷いはない。

 けれどもエルルーカは、国王の息子達の誰に味方するなどとは選べない。

 そこに違いが出てしまうのだろう。

 遥佳とて落ち着いてしまえば敵意をぶつけられるのはとても苦手だ。

 あんな渦巻く欲望と下卑た思考には近づきたくないし、任せられるのならばタイキ達に任せたい。


「ねえ、エルルーカ様。みんな邸に行っちゃいましたし、折角ですから一緒にお菓子を作ってみませんか?」

「まあ、お菓子を? 自分で?」

「ええ。楽しそうでしょう?」

「そうねっ」


 菓子作りだなんて、侍女ですらやらない。けれどもここはディリライト。誰の目もない。

 だからエルルーカは大きく頷いた。


「今日は天気もいいですし、暑くなりそう。かき氷が美味しいと思うんです」

「かき氷?」

「ええ」


 塔の中にある厨房へと行き、遥佳はその先にある冷凍用として造っておいた保存室へとエルルーカを案内した。


「何これっ。寒いっ」

「だから氷が溶けないんです」


 そこから氷を取り出した遥佳は、それを持って厨房に戻る。


「さあ、一緒に削りましょう? 氷は冷たいからあまり触らないようにして。この布で掴んでください」

「なんて不思議なんでしょう」


 手を洗い、二人でカンナみたいなものを使って氷を削っていく。それを大きなスプーンでガラスの器に盛りつけて、後は用意してあった果物を飾り、ミルクジャムみたいなものをかける。


「溶ける前に急いでお部屋に戻って食べなくちゃ。ねっ、エルルーカ様」

「ええ。ふふ、手が冷たくて真っ赤」


 残った氷を冷凍室にしまうと、遥佳はエルルーカと一緒に海が見える部屋に行った。

 エルルーカも初めての経験、しかも初めてのかき氷にワクワクしている。

 この塔に遥佳は独りで暮らしているらしいが、なんてここは楽しいのだろう。


「冷たーいっ、甘ーいっ。これ、とっても美味しいわっ」

「やっぱり暑い日にはかき氷よねっ」


 二人はかき氷が溶けていく前に食べようとしながら、それでも急ぎすぎると頭がキィンと痛くなってしまうので、たまに口の中に暑い空気を取り込んでは、それに笑い合った。

 そうして太陽が真上の方向に近くなると、もうすぐお昼なのだが、こうしてだらだらと海を眺めているのもいい。


(不思議ね。普通、こうして会話がないのだなんて、つまらないおもてなしとして軽蔑されるものなのに、私、ほっとしているわ)


 エルルーカはゆらゆらとする椅子に体を預けながら、そんなことを思った。


(って、ハールカ様っ、寝てるしぃっ)


 ふと横を見れば、同じくロッキングチェアに座っていた遥佳はすぴすぴと居眠りしている。


(信じられない。王族の私を前にして居眠りだなんて)


 だけど、くすっと笑えてしまうのは何故なのだろう。

 エルルーカは自分もまた椅子の背にもたれて目を閉じた。

 心地よく風が吹き抜けていく。遠くで鳴く鳥の声が聞こえた。


「あらあら。・・・ハールカ様、お食事をお持ちいたしましたよ」

「・・・あら? 私、寝てたのね」


 そんな会話が聞こえ、いつしか自分も本格的に眠っていたエルルーカは、やがて人の気配で目を覚ます。

 見れば、遥佳が目を擦りながらぼうっとした顔で受け答えしていた。


「お客様と一緒に摘まめるようなお食事をあちらに用意しております。夕食は本邸の方へお越しくださいとのことでございました」

「分かったわ。ありがとう」


 うーんと大きな伸びをして、欠伸したりするのだから、完全に王族を迎えている人間の態度ではないだろう。


(だけど、なんだか悪くないわ。気のおけないお友達って感じで)


 エルルーカはそう思って、自分も小さくあふっと欠伸してみた。お行儀が悪いが、ここの主人がそうなのだから問題はないだろう。


「エルルーカ様、お昼ご飯ですって。さ、行きましょ?」

「そうね。ディリライトのお食事ってお魚や果物が多くて楽しいわ」

「まあ、嬉しゅうございますわ。姫様のお口に合うといいのですけど、お嫌いなものはご遠慮なく残してくださいましね」

「あら。どれも美味しいわよ」


 使用人もまた、王宮や城で働く人達に比べればフランクだ。

 けれどもそれこそがディリライトという感じがする。


「それじゃご飯を食べたらお昼寝して、それから一緒に続きをやりましょ?」

「ハールカ様。それ、寝すぎじゃないかしら?」

「え? そ、そう? そうかしら?」


 赤くなって両手を頬にあてながら戸惑う遥佳に、エルルーカは声をあげて笑った。

 たしかにケイトの言う通りだ。

 遥佳は放っておいたらずっと塔の中でぽーっとし続けて終わってしまう。


「そうよ。ハールカ様、少しはお外に出た方がいいわ。一番日差しがきつい時間が過ぎたら、一緒に浜辺をお散歩しましょう?」

「あ、はい」


 昼食を終えたら、壁飾りの続きをしよう。そして日差しがさほどきつくなくなったら、二人で浜辺を歩いて綺麗な貝を探したりするのだ。

 エルルーカはそう予定を立てる。


(そうよ。ハールカ様、私が面倒みてあげなきゃっ)


 どうして首長の姪にすぎない遥佳を、タイキ達三人が大事にしているのか分かったような気がするエルルーカだ。

 この放っておいたらどこまでも頼りないところが、どうしようもなさすぎて面倒をみずにはいられなくなるのだろう。


(え? あら? 私、なんだかエルルーカ姫にダメな子認定されているような気がするわ?)


 遥佳は、エルルーカのとても優しく慈しみに満ちた青い瞳に、いつも自分が真琴に向けていたのと似たようなものを感じて、とても不本意な気分になった。


(私がここの塔でぼーっとしていたり寝ていたりするのは、お父さんの生活を感じてるだけなんだけど)


 それはとても断片的なものだ。けれどもかつて父がここで友人達と騒いだり、悩み苦しんだり、家族と喧嘩したり、また仲直りしたり、喜び悲しみ、そうして前を向いてきたそれを感じ取ることができる。

 だから一人じゃないのだと、その時の父は自分のことを全く知らないけれど、それでも自分の知っている父に近づいていく過程が感じられるからほっとする。

 怖い思いをしても、辛くなっても、若かった日の父が自分を包んでくれるから怖さを忘れられる。

 辛いことも、もっと辛いことを耐え抜いてきた父が励ましてくれる。

 だからここの塔にいれば安らげるのだ。


「さあ、お食事にしましょうっ。ハールカ様、沢山食べて元気になるのよっ」

「あ、はい」


 ごめんなさい、体は完全な健康体です。

 それでも遥佳は、押しに弱い人間だ。

 色々と思うことはあったが、エルルーカの勢いに流され、頷いた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。