38 真琴は魔物について学んだ
マジュネル大陸では、色々な場所に色々な集落がある。勿論、孤独に暮らす魔物や獣人もいる。
透き通った色の体でできている魔物の集落に来た真琴は、まるで色つきガラスの等身大お人形が動いているかのようで、見た途端から口をあんぐりと開けてしまっていた。
失礼なのかなぁと思ったりはするが、それでも見ているだけで楽しい。
「いらっしゃい。二人一部屋でいいかしら?」
「ああ。何泊するかはまだ決めてないんだが、とりあえず前金で二泊。うちのマーコットは人間の血が強く出ててとても弱いんだ。ついでに世間知らずでね。なるべく気をつけてやってくれると助かる」
「マーコットちゃんっていうのね。私達みたいな魔物は初めて? ふふ、可愛いおめめが落っこちそう」
「うん。ここの人達、とっても綺麗でびっくりした。体そのものが芸術品みたい」
「あら、ありがとうね。マーコットちゃんの肌も可愛いわよ」
あまりにも幻想的すぎて真琴がじーっと見惚れているものだから、カイトと真琴はそこの集落にある宿屋で何日か泊まり続けていた。
「ねーねー、カイト。やっぱりここの村の人達と結婚しているのって、きっとここに来てキラキラしている体が動いているのにびっくりして惚れこんじゃったって奴なのかなぁ。強く触ったら危ないよね?」
「・・・本人に訊け」
髪の毛や睫毛まで体と同じ色合いの透明なものでできているから、ヘタに重い物を持たせたら体がパリンと割れてしまうのではないかと不安になる真琴だ。
「ねえ、ガラスみたいな体ってことは、強く触ったらヒビが入っちゃったりしない? 肩とかポンッて叩くの危険だったりする? バケツとか持ったら手が割れちゃったりしない? どうやって治すの?」
「あらあら。そんなことはないわよ。魔物だもの、人間のマーコットちゃんより丈夫なのよ」
「えー。だけどこんな綺麗なのに壊れちゃったら大変だよ」
「じゃあ触ってみる?」
「・・・うん。だけど強かったら言ってね? うわぁ、あったかい」
「そりゃ生きてるもの」
そう言われても、実際にその手を触らせてもらって普通の肌の触感だと理解しても、それでも食べたご飯がどう見えるのか、服の下すら気になる真琴だ。
けれどもそこまで言ったらセクハラどころではないので、我慢している。
「みんなカラフルだけど、女将さんのオレンジっぽい色の体、夕焼けみたいでとっても綺麗。やっぱり旦那さん、宿に泊まりに来て女将さんに惚れこんでこの村に居ついちゃったの?」
宿屋の女将は夕焼けのような赤みを帯びたオレンジ色の透き通った色合いの体をしている。けれども一緒に宿屋をやっているご主人は、馬の獣人だ。
「ええ、そうなのよ。私が綺麗だからってね、泣いて
『俺と結婚してくれないと死んでやるっ。本気だぞっ』
って言うから仕方なく結婚してあげたの」
「へぇ、絆されちゃったって奴だねっ。旦那さんってば強そうなのに、そこは泣き落としでいったんだ」
「おい、お前。何、大嘘をかましてやがる。マーコットちゃん、信じちゃいけねえ。うちのかみさんはな、俺が馬の姿でここを通り過ぎようとしていたら、
『あら、あなた荷物運びにいいわね。いいわ、私と結婚しなさい』
って、本当はもっと先の村で泊まる予定だった俺を無理矢理ここの宿に引き摺りこんだんだ」
「へえ、捕まっちゃったって奴だねっ。女将さんってば今にも壊れそうな儚さで、そこはたくましい女王様だったんだ」
「あらま、なんて大嘘を言うのかしら」
「それはお前だろ」
結局、どちらの言い分が正しいのかは分からないが、なんにしても二人は仲良しだ。
カイトは真琴にマジュネル大陸を肌で覚えさせようとしているので、その日の夜にはお部屋でごろごろしながらカイトに報告してみる。
「こうして私は、あれ程に仲のいい夫婦でも、二人の馴れ初めが食い違ってしまう事実を知ってしまったのです」
「実は全く違う第三の馴れ初めが真実かもな。馬の獣人は凄かっただろ?」
他の血も入っているがほとんど人間で、マジュネルに来たばかりなのだと言ったおかげで、宿の夫婦は真琴に目を配ってくれるようになった。
『人間の子なのに銀虎の群れの子になって、緑蛇の鱗までもらっちゃったの? 凄いわね』
『うん。船に乗ってたみんな、とっても優しかったんだよ。リリアさんとはね、お喋りしながら日向ぼっこしてたの。だけどマジュネル、びっくりな人がいっぱいだよ。みんなが心配してくれたわけがよく分かっちゃった』
『じゃあ、今日はもっと驚かせてやろう』
こういう集落の場合、宿屋も要注意な人物が泊まれば情報を流す。真琴には「普通の子と違ってとても壊れ物な子供だからみんなで見守ってあげてください」情報が流された。
だからカイトも安心して真琴を遊ばせることができるのである。
全てが珍しくてたまらない真琴を乗せて、宿の主人は仕入れにも連れて行ってくれたのだ。
「うんっ。普通の馬なんか目じゃないんだよ。凄い力持ちで足も速いのっ。旦那さんってば無敵だよっ。カイトはスルッ、ビュッて移動するのに、なんかガッガッて感じで走ってくんだよっ」
甘え攻めが効いたのか、あれからカイトは顔と首筋と手足を舐めるだけになったので、真琴も普段の調子を取り戻している。
真琴のことはこの集落内に情報として行き渡っているので、無理に連れて行かれることもなかった。
(なんかバカンスとか、高原の避暑地とか、そんな生活に近い感じ? よく分かんないけど)
ガラスみたいな体を持つ魔物の多い集落は、とても平和だ。
聞いたところ、魔物は獣人と違って十秒ごとの運命の愛を連発したりはしないらしい。ガラス細工みたいな魔物の村でお泊まり中の真琴は、魔物についても毎日学習中だ。
「いっただっきまーす」
「はい、召し上がれ。ちゃんとヨーグルトも食べなきゃ駄目よ」
「はぁい」
宿で朝ごはんを出してもらったら、真琴はカイトと一緒にこの村を散歩する。村といっても林の中にあるので、森林浴を楽しむ感じだ。
「あ。なんかお喋りしてる透明じゃない女の人もいる。本当に種族の違いってハードルないんだね。友情もそうなんだ」
「・・・友情じゃあなさそうだが」
その会話は聞こえていたらしい。二人でベンチに座っていた、透き通ったピンクの体をした魔物が声を掛けてきた。
「君、人間のマーコットちゃんだろ? 座ってかない? ここのベンチはね、更に二人が増えても全く問題ない広さだよ」
「あ。女の人だと思ったら男の人だった。・・・ごめんなさい。綺麗な薔薇色だったので女の人だと思っちゃった」
「いいんだよ。よくそう言われる」
おいでおいでと手招かれたので寄っていったら、もう一人は獣人だったらしい。
「人間の子なんて初めて見たわ。あらま、本当に緑蛇のペンダントしてるのね」
薔薇のように柔らかな赤みのある透き通ったピンク色をした魔物の男性と、その恋人の鶏の獣人という組み合わせだった。
「鶏さんなの? 私ね、兎さんの獣人って小さいって思ってたんだけど、私ぐらいの大きさがあったんだよ。お姉さんは小さい普通の鶏さんになるの?」
「ざーんねーんでしたー。私も鶏になったら、背の高さはマーコットちゃんの肩ぐらいあるわよ」
「がぁあーんっ、・・・やっぱり抱っこできないっ」
それは鶏というべきではない気がする真琴だ。
巨大ウサギとか、巨大ニワトリとか、ちゃんと物事は正しく伝えてもらいたい。
「お前なぁ、マコト。それでも可愛かったって喜んでただろ、ピンク兎の集落で」
「だけどあんなに大きいだなんて思わなかったんだもんっ。ピンクのウサギ、抱っこできると思ったら大きくてできなかったんだもんっ」
獣人に比べて魔物は愛情こそ深いが、勝手にうちの子うちの恋人うちの嫁認定して連れて行ったりしないので、カイトはこの村で真琴を遊ばせながら理解を深めさせている。
村のあちこちにあるベンチでは色々な人が座ってお喋りしているし、こういった公園にも友達同士、恋人達、そうして子供達が集い、好き勝手に過ごしていた。
「そうよねぇ。初めて見たならびっくりするかもしれないわね。だけどマーコットちゃんも緑蛇の一族のペンダントをもらえるなんて凄いわね。そんなのを贈られるだなんて、最愛の恋人レベルよ?」
「えっ。だけどリリアさん、女の人だよ? 朝になったらよく分かんないけど搾り取られた男の人達が床の上にバタバタなんだよ」
「じゃあ、よほど可愛がられていたのね」
公園では、誰もが適当に「やあ」と、声を掛けてお喋りする。
真琴もまた、カイトと一緒に「こんにちは」と言って、話を聞いたりしていた。
「うんっ。素敵な人だったの。私もあんな女の人になるんだよっ」
「無理だろ、そりゃ。逆立ちしても、お前にゃ蛇の女が持つ独特の色気は持てん」
カイトが鋭く突っ込むと、蛇の消え入りそうに儚く見えて、それでいて男をくわえこんだら放さない凶悪さを知る誰もがうんうんと頷いた。
「何それぇっ。いいもん、いつか私がリリアさんみたいに妖しげな魅力を持つ女の人になってからカイトは私にごめんなさい言うといいよっ。・・・ねえねえ、お姉さん。やっぱりお兄さんを好きになったのって、この綺麗なところが良かったの?」
「・・・女の子にキレイとか言われると複雑なんだけど、まあ、ありがとうな、マーコットちゃん。だけど君達の方が綺麗で可愛いよ」
「うーん、そうねぇ」
恋人と言っても事実婚に近い為、改めて理由を問われると鶏の彼女も考えこむ。
「初めて見た時は、綺麗な色合いだなとしか思わなかったけど、私も獣人が多くいる場所の出身だったのよね。だから魔物には慣れていなかったの」
「へー」
「だから、色合いと同じで優雅な性格だと思いこんでいたのよ。だって薔薇みたいな色じゃない? 顔だって喋らなければ女の人にしか見えないんだもの。おうちに誘われた時も女の子同士のノリだったのよね」
「へ、・・・へー」
そこでぽそりとカイトが、
「鳥は鼻が利かないからな。そして、・・・魔物というものを知らなかった」
と、呟く。
(この先を、私は聞いていいんだろうか。だが、もう後戻りはできない・・・っ)
なんだか聞いてはいけないものを聞き始めているような気がしてきた真琴だ。
「なのにおうちに入った途端、美味しいお茶と甘いお菓子でお喋りどころか、彼は私に眠り薬を・・・っ」
「・・・え」
「しかも眠っている内に、彼は私の両親にまで『お付き合い始めました』のお知らせを・・・っ」
「・・・・・・ぇ」
「そして目覚めた時には花嫁衣装を着た私がいたの。勿論、抵抗しようとしたわ。だけどそこにやってきた家族は、それだけ私が実は結婚したがってると信じ、何を言っても照れ隠しとしか思ってくれなかったの・・・っ」
「・・・・・・・・・ぇーと」
こういう場合どういう相槌を打つのがいいのか、真琴には分からなかった。
助けを求めてカイトを振り返る。
カイトは平然とした顔で、真琴の代わりに相槌を打った。
「魔物は総じて愛情が深い。彼女を諦めたら人生終了だという危機感と情熱が、彼の行動を引き出したんだろう。それだけ求められるとは、魂の片割れだったか」
「分かるかっ? あんた、獣人なのに話が分かるじゃないかっ」
「勿論だとも。俺の里にも魔物はいるが、やはり一途で心変わりをしない素晴らしい伴侶として名高い。うちの集落なら、魔物の家に招かれたならばそれはもう永遠の愛を誓う求婚だって誰もが知ってる」
つまりは、浮気など決して許さないねちっこさがあるということだが、そういうことは言わないカイトだ。
(可哀想だがもう逃げられねえ。魔物の巣に入ってしまった時点でそれは決定事項だ)
彼もまたジンネル大陸で揉まれてきた。要らぬことは言わない。
「ほら、シルバータイガーの彼だってそう言っている。だから君が結婚してくれるまで僕は君を閉じ込めずにはいられないんだ。さすがに今日は、君がいいかげん太陽の光を浴びないと体を壊すと言うから連れて来たけどね」
「結婚なんかしちゃったら、ここ、浮気どころか離婚や再婚も認めないって言うじゃないのぉっ」
真琴は、なんだか不穏なものを感じてしまった。
目の前にいる魔物のお兄さんはとても綺麗なバラ色をした美青年だ。それこそ髪を伸ばしてスカートを穿けば、きつい感じの美女にすら見えるだろう。
そして同じく目の前にいる鶏の獣人のお姉さんは可愛らしいタイプの女性だ。
「まだそんな可愛いことを。どこまで踏ん張れるか、とても楽しみだよ。さ、そろそろ帰ろうか」
「ちょっ、・・・まだ来たばっかりよっ!?」
「そうだったっけ? じゃあ、家まで帰りながら日の光を浴びていればいいだろう?」
「足りないからっ。鶏は太陽がないと死んじゃうからっ」
ぷるぷると首を高速で横に振り続けるお姉さんが必死すぎて、真琴はついていけない。
いや、ついていく勇気がない。
「大丈夫。うちの窓からも太陽は見えるさ。太陽の光を浴びて眠る君はとても綺麗だ」
真琴はカイトを振り返った。
カイトはすかさず違う方向を向いた。
やがて鶏のお姉さんは、綺麗なバラ色の等身大ガラス人形みたいな人に抱えられて帰っていった。
言ってもいいだろうか。
あのお姉さんのおめめも、気力がゼロになっていた、と。
(どんなに女性的でもふらふらとついてっちゃいけない。これ、大事なことです)
真琴はそれを学習した。
マジュネル大陸に国はない。しかし様々な集落があちこちにある。
「ここの村は魔物と獣人、どっちのどんな種族の人が多いってわけじゃないんだね」
初めてやってきた集落なら、公園みたいな場所に行けば大体の傾向が分かるとカイトに教えてもらった真琴は、公園にいる人達の種族傾向を把握できずに呟いた。
「なんだ、こういう村を見るのは初めてか? ここはな、月夜のダンスを愛する村なんだ。満月の晩には踊り狂う、そういう魔物と獣人生を愛する人が集まってできた村さ」
すると、真琴の言葉を聞いてしまった通りすがりの男が話しかけてくる。髪の毛が黄色ベースに青色や緑色が混じって生えている。そうなるとインコかオウムの獣人なのかもしれない。
「えっと、ごめんね。私達、そういうのじゃないんだけど、そうしたらすぐ立ち去った方がいいんだ?」
こういう時、カイトは真琴に自分から答えを言わない。
様々な人と触れ合うことで学んだ方がいいと思っているのだろう。目は離さないが、手を離して見守っている。そんな感じだ。
だから真琴はその男に尋ねた。
「いや、別に? いいかい、お嬢さん。人には個性がある。それを否定しちゃいけねえよ。ここは満月を愛する生き物の村だが、別に三日月を愛していたからって責められることかい?」
「え? だけど、三日月の晩に踊るわけでもないんだけど」
せっかくだからマジュネル大陸を早く理解したい真琴である。
(満月の晩に踊るのは魔女じゃなかったっけ? いや、あれは魔女の宴会なんだっけ? だけど月が出ているから踊る村とは・・・)
戸惑いつつも、真琴は真面目に答えた。
「チッチッチ。まだまだ駄目だぜ、お嬢さん。頑なな心じゃ真実には辿りつけねえ。大事なのは愛。それだけさ。じゃあな、滞在するなら日中には無料ダンス教室もここで行われてる。フッ、一度参加したらやみつきよ」
彼は手をあげて去っていった。
呆然として、真琴は彼を見送りながら口を開いた。
どうせ振り返らなくても、彼はいつだって自分から目を離さない。
「あのさ、カイト?」
「なんだ?」
思った通り、後ろから慣れ親しんだ声が戻ってきた。
「ここって月夜のダンスを愛する村なわけ? 満月を愛する村なわけ? 結局、どんな月が出ててもいいわけ?」
「細かいことは気にするな。多分、誰も分かってないんだろう。大体、真面目に村の名前を考える奴なんていない」
「・・・・・・そーなんだ」
そうこうしている内に、
「さあ、みんなで手を取り合って踊りましょう」
と、無料ダンス教室とやらが始まってしまう。
「ねぇ、カイト? カイト? ・・・いないっ!?」
振り返った真琴は、今までそこにいた筈のカイトが消えていることに気づいた。
「さあ、黒髪のお嬢さん。お手を拝借」
「えっ? あのっ?」
「大丈夫、恥ずかしがらないで。誰にだって初めてはあるわ。さあ、みんな。このお姉さんにダンスを教えてあげましょうね」
「はーい」「うん」「はいっ」「ふぁーい」
魔物や獣人など、種族もバラバラな子供達が集まってきて、真琴と手を繋いで大きな輪を作ってしまう。
「はい、右足あーげて。左足スキーップ。手を二回叩いて、左足あーげて、右足スキーップ。手を二回叩いて、はい、次の人とこんにちは」
満月の晩に踊り狂うダンスとやらはエロチックなものかと思いきや、それこそ学校の運動会で行われるような健全フォークダンスだった。
(カイトのばかぁっ。ひとでなしぃっ。・・・なぜ、私は子供に囲まれてフォークダンスしているのだ)
巻き込まれたくないあまりにさっさと姿を消した虎の獣人を心の中で罵る真琴だったが、ちゃっかり離れた物陰に姿を隠したカイトは、子供達と手を繋いで踊る真琴に口元が緩みっぱなしだ。
(ああしてると可愛すぎてどうしようもない。体を動かすのが好きな子だし、けっこう合ってるんだな)
様々な種族の子供達と大きな輪の中で踊っている真琴だが、こうなると種族の違いなど誰も気にしない。
尚、ちゃんと大人用は大人用で、シックだったり妖艶だったりハードな動きだったりとあるのだが、真琴はどうしても小柄な印象が強い。だから子供の輪に組みこまれたのだった。
よく分からないまま月夜のダンスとやらに参加してみた真琴だ。けれども空は真っ暗だ。
(新月で 月も見えない 月夜のダンス。・・・此は如何に)
一応、真琴はそれを通りがかった村人に尋ねてみた。
「ふっ、まだまだ子供だな。いいかい、お嬢ちゃん。いずれ大きくなったら君にも分かるだろう。愛しい恋人こそ、俺の夜空を明るく照らす月なのだと。・・・さあ、ハニー。待たせたね。一緒に踊りに行こう。そして疲れた君を俺のキノコで休ませたいんだ」
「まあ、うふふ。やあね、あなたったら」
その村人は途中から真琴のことなど見ていなかったし、それとこれとは何かが違うような気もしたが、もうここまで「子供だから分かってないんだな」扱いされると何も言えない。
真琴は流されることを選んだ。
子供達と手を叩いてステップ踏んで、そうして調子に乗って単独でコサックダンスを披露してしまえば喝采も浴びる。
コサックダンスは足さばきに特化した速いテンポのダンスだが、真琴は複雑な跳躍もお手の物だ。
「楽しかったねっ。ねっ、カイト」
「そうだな。マコトのしゃがんだ状態で足を前に出したり引っ込めたりのダンスについてきたのは、ありゃ鳥系の獣人だろう。マコトのおかげで新しいダンスが一つ増えたわけだ」
「えへへっ」
カイトはちゃっかり見物にまわっていた。褒めながら頭を撫でてやれば、嬉しそうに真琴が笑うから、やっぱり体を動かすのが好きなのだなと思う。
(この身軽さは大したもんだな。風の妖精とも仲がいいし、マコトは本当に鳥のような子だ)
そうして宿屋に戻れば、まだ大人達は違う場所で踊っているのか、誰も帰ってきていない。というより、宿屋の人達も留守だ。
「うーん、みんなどこに行っちゃったんだろう」
「だから鍵は持っていっておけって言われたんだな。マコトが参加したのは子供達のダンスだが、大人達はほとんど愛の交歓といったものになる。朝には戻ってくるだろうが」
「へ、へえ・・・」
宿と言っても、敷地内に小さな家が並んでいて、カイトとマコトはその一軒に泊まっている。カイトが手際よく薪を入れて湯を沸かしたものだから、二人は先に脱いだ服を洗ってしまった。
腰に布を巻きつけただけのカイトがそれを所定の位置に干してしまえば、風の妖精達がその周りでくるくると踊る。
「別に明日の夕方までに乾いてくれれば十分だ。急ぐ必要はないぞ。いつも朝には乾いてて有り難いけどな」
真琴だけではなくカイトの言葉にも最近は反応するようになった風の妖精だ。室内の掃き掃除にも役立ってくれるし、便利だなとカイトは思う。
そうして体を洗ってから浴槽に浸かった二人だが、真琴は遠くから聞こえてくる楽の音に耳を澄ませた。
「ああやって一晩中、踊るの?」
「さあな。そういう奴もいるだろうし、途中で恋人とどこかに行ってしまう奴もいるだろ」
「ふぅん」
どうせもうここまで全身を舐められてしまったのだから今更だしと、そんな理由でお風呂も一緒でいいやと割り切ってしまった真琴だが、こういう時間は嫌いじゃない。
いつもは真面目な顔をしているくせに、こういう時のカイトはふにゃっとした表情になるからだ。
「あっちは刺激が強すぎるからな。お前はまだ子供のそれでいい」
「もう大人だもーん」
「はいはい」
目を閉じて湯にほぐれる体を楽しみながら、カイトは真琴の頭にキスしてくる。
(ベッドだとカイト、虎になっちゃうからお喋りできないんだよね)
人前ではどうしても節度ある態度を貫くカイトだが、人の目がなければどこまでも甘え倒して大丈夫なのだ。
獣人なのにカイトはあまり情熱的じゃないなと、真琴はほっとしていた。
「明日は大人の方に行ってみたい」
「駄目」
「どうして。13才の子だって行ってるって言ってたよ」
「お前にはまだ早い」
「ぶー」
不満をアピールすれば、
「明日はハイキングに行こう。食べられないが、色とりどりのキノコが生えている場所があるそうだ。だからそれで我慢しろ。な?」
と、違う予定を提案してくる。
「キノコ?」
「そう。キノコはキノコだが、様々な色でうっすら発光していたりするから、暗い森の中ってんで余計に人気なんだ」
「へえ」
しみじみとカイトは自分に甘いと思う真琴だ。
真琴だって子供ではないのだ。大人のダンスがかなりセクシーだと想像できる。
本当に自分が行こうものなら赤面モノだろう。
(それでも私を大事にするあまり、カイトはそこを説明できずに遊びに連れてくことで誤魔化すのです)
これは愛だと思う。
群れの子としてだけでなく、大切な女の子としても愛されていると思う。
「カイトの髪、濡れると黒っぽくなるんだね」
「そうだな。誰しも濡れると暗い色になる」
「今はちょっとだけお揃いだね」
「そうだな。お前の黒髪は誰よりも綺麗だけどな」
黒髪の自分程には暗くならないけれど、真琴が言えばカイトも同意する。
カイトの髪に指先を伸ばせば、ある程度を遊ばせてくれた後で、カイトが真琴の指をとって口づけてくる。
そんな時、自分はカイトにとって娘なのか妹なのか恋人なのか、それが分からなくなる。
「そろそろあがるか」
「うん」
蛇のペンダントをつけていることもあり、真琴はカイトの奥さん扱いだが、奥さんではなくお嬢さんと呼ばれてしまうことが多い。
それはそれでいいけれど、獣人とはこんなにも家族間で濃い付き合いをした後で、他の誰かと恋をして結婚するというのが凄すぎると思う真琴だ。
この間、自分の腰ぐらいまでの大きさがある子供猫の家族を見たが、彼らもまた互いの体を舐め合っていたし、からまって寝ていたからそういうものなのだろう。
『おや、可愛い子だ。うちの子と一緒にお昼寝しよう。大丈夫、夕ご飯の前には起こしてあげるよ。さあ、服を脱いで』
『えーっとごめんなさい。私、獣人じゃないから獣の姿になれないの』
『別に大したことじゃない。なら服を着たまま混ざるといい』
人間の体のままでもいいから仲間に入るよう勧められたが、何となくそのまま猫家族の子にされそうだったので遠慮しておいた。
体のあちこちを、よその小父さんや小母さん数人がかりで舐められた日には、さすがに人間として大事な何かを永遠に取り戻せなくなるような気がする。
(おかげでカイトと一緒にお風呂入ることとか、体を舐められる程度では動じなくなった自分がいる。慣れって怖い)
それでもカイトに背中を洗ってもらって、自分もカイトの背中を洗ってあげれば、遥佳がいない寂しさを紛らわせることができた。
「マコト?」
「あ、ううん。何でもない」
あっちを向いて体をふき終わったカイトが、まだバスタオルを羽織ったままで拭いていない真琴に気づき、声を掛けてくる。
「しょうがないな。風邪をひいたらどうするんだ」
頭の上からタオルを掛けられて乾かされ、そして体を拭かれてしまえば、もしかしてカイトには自分が赤ちゃんに思えているのだろうかと、それもそれで真琴は複雑な気分になる。
だけど自分でも大人の女性に見てもらいたいのか、子供として可愛がられたいのか、決めかねていた。
「無理するな。お前は人間で育ってきてるんだし、何でもかんでも合わせる必要はない。たとえ誰かに連れていかれようとも、すぐに取り戻してやる」
真琴が落ちこんでいると思えば、カイトはすぐに真琴のそれをやわらげようと、自分を譲る。
別に今は落ちこんでいたわけではなく、ただ考えこんでいただけだったのだが。
「ううん、平気」
だから真琴は寝台に座っているカイトにどすんと体当たりして押し倒した。
「お前なぁ」
自分の下にいる水色の瞳は、それでも怒ってない。
真琴は、カイトの肩をかぷっと噛んでみた。
「その程度じゃ赤くもならんぞ」
「しょうがないもん。牙なんてないもん」
自分の頭を撫でてくる手は、真琴よりも大きいくせに繊細だ。
真琴が目を閉じれば瞼にキスされて、首を舐められるそれはまるで大切な儀式のようだ。
愛しく思われている。それが伝わってくる。
(だけど私は獣人じゃないから、やっぱり首とか手首とか舐められるのは、冷静になってしまうと恥ずかしすぎる)
彼らにとっては、これは普通のことなのだろう。
けれども自分にとっては違うから。
「舐め方が強かったか?」
「ううん、ヘーキ。ずっと私、カイトといるから」
「ああ」
真琴がいるからカイトは恋人を作れないのかもしれない。
本当は声を掛けられた時に応じたいと思っていたのかもしれない。
それでも・・・。
それでも誰の所にも行かないでくれるのが嬉しい。
(傍にいて。私だけ見てて。他の人なんて見ないで)
世界で一番大事だと、いつまで言ってもらえるのだろう。
「マコト?」
気づけばすやすやと眠っているものだから、何とも言えない気分になってしまったカイトは、小さく声をかけてから首筋を終了ということで舐めた。
(どうしたもんかな。こういう舐めておくのと蛇の鱗がいつまで通じるやら)
獣人の成長は早い。同じ群れに属する家族は男女関係なくこうして体を舐め合うのも当たり前だが、12才になる頃には恋人を見つけてそっちに行ってしまうのだ。
父娘だろうが兄妹だろうが母息子だろうが姉弟だろうが、体を舐め合うのは普通だし、何ということもない。それは事実だ。
同時に16才や17才まで群れに子供が残っていることもない。それも事実だ。
(体を舐められることが恥ずかしいとか言われると、こっちも恥ずかしくなるんだが)
そうやって意識されると、男として見られているのではないかと期待したくなる。
その潤んだ黒目がちな瞳に、許されているのだと信じたくなる。
(俺は馬鹿だ。お前を子供として愛しているのか、女として愛しているのか、それさえ境界線が分からなくなってきてやがる)
ちゃんと真琴には世界を見せた上で選ばせる、それが公平だと分かっているのに。
『透明ガラスみたいな体もいいなぁ』
そんな呟きを拾ってしまえば、つい、次の村へ行こうと、あの村を離れずにはいられなかった。
(魔物なんて本気で愛情が重苦しい奴らだ。もし、あいつらと恋愛なんてされてみろ。マコトは俺の子だったと言ったところで、血縁がない以上、二度と俺に会わせないって言いかねねえ。いや、やるな絶対)
あんな奴らに惚れて両思いになられてしまってからでは遅すぎると思って焦ったカイトは、真琴が単に自分が変身する体としていいなぁと思っていただけだという事実に気づいていない。
『ねえねえ、カイト、ああいう透明な体ってどう思う?』
『あまり俺は好きじゃないな』
『えっ!? どーしてっ? 綺麗とか思わないっ!?』
『否定はしないが、好みじゃない』
『・・・そうなんだ』
しょぼんとショックを受けていた真琴には可哀想なことをしてしまったが、自分の手元から離れていく時には、世界で最高の男でないと認められない。
けれどもそうして真琴が愛を得て、自分が真琴を失った時、自分には何が残るのだろう。
(だけどマコト、お前には不幸になってほしくないんだ)
早く大人になってほしい。そうして自分を選んでくれたなら最高の夢だ。
ずっと子供でいてほしい。そうすれば愛おしい存在を独占し続けられる。
(こうやって自分が滅茶苦茶な思考に陥るのが恋か。お前は自分がどんな大人になるのかも、まだ知らないというのに)
こんな子供にざまあねえなと、カイトはその額に「おやすみ」と口づけてから、虎の姿に変わった。
月夜のダンスを愛する村で、真琴はカイトと一緒に森のキノコを見に出かけた。
「うわぁ、本当に大きなキノコがぼんやり光ってる」
木々が生い茂り、薄暗い森の中だ。
その中でキノコは、青色だったり赤色だったり橙色だったり黄色だったり、様々な色でぼんやりと光っている。しかもその大きさは途方もなく大きい。直径が3メートルとか4メートルとかのキノコが点在している。勿論、数十センチしかないキノコもある。
予約席ならぬ「予約してます看板」が立てられているキノコもあった。
「ねえ、カイト?」
「なんだ?」
「どうしてみんなキノコの上で寝てるんだろう?」
「クッション性がいいんじゃないか?」
「・・・そうなんだ」
真琴の価値観はガラガラと崩れっ放しである。
キノコは食べるものだ。寝るものじゃない。
(いくら食べられないカラフルシイタケだからって、その上で寝ちゃうもんなの? だけど楽しそうっていうか、面白そうだよね。遥佳だったら絶対喜ぶよ。ヴィゴラスは追突してシイタケ壊しそうだけど)
人が昼寝している姿をじろじろ見るのもどうかと思ったので、真琴はもう少し奥まで歩いていくことにした。
鳥の鳴き声だけじゃなく、どこからか小川のせせらぎも聞こえてくる。
「ねえ、カイト。私もあのキノコの上に乗ってみたい。・・・キノコ、壊れないよね?」
「大丈夫だろ。ほら、乗ってみろ」
ひょいっと真琴の両脇の下に手を差し入れて体を持ち上げると、カイトは真琴を白っぽく光っていたキノコの上に乗せた。
「うわぁ。本当に弾力性がある。ねっ、カイトも乗ってみる?」
「そうだな」
軽やかにカイトはキノコの中心部へと飛び乗る。そうして寝っころがった。
キノコといっても、山高ではなく、平べったい形だから全くもって問題ない。
「ああ、道理で。たしかにこれはいいかもな」
「いいって何が?」
同じようにカイトと並んで寝そべってみれば、何だかウォーターベッドのように張りのある寝心地だ。
真琴はちょっとクセになりそうだと思った。
どうせなら宿のベッドはキノコにすればいいのに。
「カイト?」
自分の体の上にカイトの片腕がまわされたものだから、その腕を捧げ持つかのように、今にも食べますと言わんばかりの姿勢で、真琴は両手で掴んで自分の顎の上に乗せた。
(そういえばこっちの世界ではいつもお父さん、これつけてた気がする)
父の腕輪が懐かしすぎて、だけどそれがはめられているのは父の腕ではなくて、それでもこうして自分の傍にあれば安心できる。
「このキノコ、寝心地がいいだろ? だから、『疲れたならキノコの上で休もう』って、ダンスの際に誘うんだとさ」
「へー。じゃあ、キノコが無料休憩所なんだね」
「そうだな。だけど朝まで閉じ込められるから、一緒に休憩する相手は選ばないとまずい」
「へ?」
カイトの顔を見た真琴だが、カイトは目を瞑っている。
「あのさぁ、カイト?」
「なんだ?」
目を閉じたまま、カイトが返事をしてくるものだから、真琴は少しカイトの傍に体をすり寄せた。
「閉じ込められるってどうして?」
「このキノコ、夜に誰かが乗ったりすると閉じちゃうそうだ」
「えっ、キノコが?」
「ああ。朝にはまた開いて平らなキノコに戻るけどな」
どうやって閉じるんだろう。
真琴がびっくりして声を上ずらせると、カイトが面白がるような声になって、いつの間にか水色の瞳は真琴に向けられていた。
「夜になってから来てみるか? 昼はこうして乗っていても何も起こらない。だが、夜だと縁が空へと反り返って屋根のように包み込む。だからたまに、喧嘩中の二人を放りこんだりするそうだ。そうしたら二人で仲直りしたりもするからな。そうしてドームのようになったキノコは、今、下を向いているカサの部分から胞子を飛ばしてキノコを増やすらしい」
「へ、へぇ。そしたら宿に泊まらなくてもここで毎日暮らせそうだね」
単なるキャンプなら面白そうなんだけどと、真琴は思う。
(だけど夜にはこのキノコ街、二人きりになりたい人達で溢れるとなると、・・・近づきたくない)
まさにラブホテル街で誰もが、
「えーっと、あなた達も私達も同じ目的ですね」
な理由で顔を合わせづらいのと同じ状況になりそうだ。
「マコト?」
面白そうに問いかけてくるカイトに、真琴は小さな声で、
「ううん、来なくていいや」
と、言った。
「どうせキノコがあってもなくても、カイトとは一緒だもん」
空気がふっと揺れた気配がした。
「そうだな。一緒だな」
「うん」
キノコが丸まっていなくても、このキノコの上には自分とカイトしかいなくて、そしてカイトの心はいつも自分の上にある。
それが信じられるようになってきている。
だから真琴は目を閉じた。この寝心地を今は二人で楽しんでいたい。
「このキノコ、白いだろ?」
「うん、そうだね」
目を閉じたまま真琴が答える。
色々な色合いがあったのに、どうして白いのを選んだのかなとは思っていた。
白いのも悪くはないけど、どうせなら赤とか青に光ってる方が面白いのにと、ちょっと感じたのは否定しない。
「だから今日この形に開いたばかりのキノコだ。二日目からは色がついていくらしい。このキノコにとって俺達は初めてのお客さんだな」
「へぇ」
目を開ければ、
「色つきのキノコが良かったか?」
と、カイトが囁いてくる。
「ううん。これでいい。というか、これがいい」
他人の使用済みベッドよりは未使用ベッドの方がいい。
やはりそこは譲れない。
「だな」
「だよねーっ」
二人とも、そこは意見が一致してしまうのは何故なのか。
ぷぷぷっと笑いながら顔を見合わせれば、お互いに目を閉じる。
「まるで花嫁の純白のシーツみたいだな」
「そしたらカイトがお嫁さんだねっ」
がくっとカイトの頭が揺れたのが気配で分かって、真琴はちょっと快感を覚えてしまった。
カイトが作り出す空気に飲まれてしまうのが怖い。だけど自分以外の人にはしてもらいたくない。
こうしてはぐらかしても、それでもカイトは自分を求めてくれるのだろうか。
カイトのそれは女の子の背伸びに付き合う子守りではないと、そう信じていいのだろうか。
それともこれすら父が良く言っていた、「いずれお前達も嫁にいくのか」なのだろうか。
「お前って奴はぁ。なら、お前は何なんだ?」
「うーん。何にしよう」
いつも一緒にいるから、目を開けなくてもお互いの顔がどこにあるか分かる。
(自分が保てなくなりそうになる。ぐちゃぐちゃでわけ分かんない。だけど一緒にいたい)
自分を差し出しさえすれば、カイトをずっと独占できるのだろうか。
だけど獣人は古い恋人を捨てて新しい人と運命の恋に落ちたりもするという。
(今、ここでキノコのドームが閉じてくれればいいのに。・・・永遠に)
ゆっくりと重ねられた唇を感じながら、やがて真琴はカイトの背中に指先を伸ばした。




