32 優理はファザコンだった
ティネルの市場を管理している男によると、優理はとっくに変な男達によって人生を破壊されていたことになっていた。思うにこの市場でも色々と優理の名を出して乱暴狼藉をやらかしてくれたに違いない。
どこにでもいるありふれた一般市民として生きてきた自分の占い師稼業はめためただ。
そういうことがあったのだ。
だから諸悪の根源に対し、刺々しい対応になっても仕方ないだろう。
「それが客に対する態度か」
「客として認められない奴は、ただの押し売りよっ」
「押し売りも何も、別にお前に買ってもらうもんはないんだがな」
キースヘルムの姿を見るや否や、逆さ箒で「さっさと帰れ」アピールをした優理だ。
しかし、日本なら
「迷惑だ。とっとと帰りやがれ」
の意味を持つ逆さ箒も、ギバティ王国では、
「掃除なら、俺が帰った後にしろ」
と、それだけですまされてしまった。
ふんぞり返って椅子に座るキースヘルムはどこまでも態度がでかい。
「あのグリフォンに乗って飛び去った少女だの、大神殿で神官をおちょくった少年だのの裏付けをとってみたんだがな、・・・お前のここにいた日時とかなり合わないんだが?」
どこか凄味のある態度でキースヘルムは優理を睨んだ。
「へー。そりゃ私、無関係だし」
プンッとそっぽを向く優理はどこまでも不機嫌さを隠さない。
テーブルを挟んで座る二人。だがどう見ても占いを受注しているとは言い難い雰囲気がそこにはあった。
「反対に、三人の幼女を連れて外国へ出たという話を追いかけてみたら、その三人は三つ子にしてはおかしかったという話も出てくる。だから偶然、髪の色が同じだけの子供達なのだろうとは思った。思ったが、・・・その割には巧妙に外国へ出た筈のそれが、さらに他国へ出た形跡もあり、行方を晦ませているときた。どう考えても親子の旅だとか、子供が売られただとか、そういったものにしては念が入りすぎていて、きな臭え」
問題は国外の追跡となれば費用がかかることである。
「へー。そりゃ私、無関係だし」
細かいところまで手を抜かないイスマルクの用意したダミーは、しっかりキースヘルムを引っ掛けていた。
(さすがは私が二人の元へ差し向けた神官ね。有能な人間を見出し、活用することができる人材マネージメント力。私ってばどれだけ有能なのかしら)
優理がそっぽを向いていたら、いつの間にか目の前にキースヘルムの顔がある。
大柄な男にとって、こんな小さなテーブルなど障害物でも何でもないのだろう。少し身を乗り出せばいい。
「な、何なの」
「その反応、どう見ても無関係じゃないよな、お前」
優理の反応からキースヘルムはそれを読み取った。
「無関係よ。そんなことより、ここに来て油売ってるぐらいなら、帰って壊れたおうちの修復でもしたらどう?」
「てめえ・・・」
「自分ちが大変な時ぐらいちゃんと働きなさいよ。ここは無料休憩所じゃないのよ」
説教を垂れてみせる優理は、その壊れた原因の一翼を自分が担っている自覚などない。
「お前な。自分の立場が分かってんのか?」
根城を壊されてとんでもない被害を被ったのはこっちなのに、どうしてそんな対応をされねばならんのかと、キースヘルムもムッとし始めた。
「言っとくがお前を連れ去って皆で嬲った挙句、売り飛ばすのも簡単なことなんだぜ? 気が強いのも結構だが、いい加減に自分の置かれた状況をよく考えろ」
そうなるとムカムカッとくる優理だ。
脅迫など一度屈したら終わりだ。売られた喧嘩は買う。当たり前だろう。
「気に入らないなら来なけりゃいいじゃない。大体ねっ、あんたのおかげでどんな噂が出回っていると思ってんのよっ。私っ、高利貸しにお金を借りて売り飛ばされたことになってたのよっ!」
「へー。そりゃ俺、無関係だし?」
キースヘルムがさっきまでの優理の言葉を真似してみせると、黒衣の占い師の額に青筋が走った。
(大体、私があのムッツリ男と小姑との同居に持ち込まれている元凶はこいつじゃないのっ。あんたが私にちょっかいかけなければっ)
そう思えば余計に怒りが湧き上がる。
「あんたのせいでっ。お嫁に行けなくなったらどうしてくれんのよっ」
「分かった。俺がもらって」
「お断りよっ!!!」
ばぁんっと、優理はテーブルをぶっ叩いた。
(この俺に、未だかつてこんな邪険な対応した女がいたか? せめて頬を赤く染めてから断りゃ可愛いもんを、ナニ怒り燃え上がらせてんだよ)
微塵たりとも恋愛的なものを考慮しない姿勢に、キースヘルムは何とも言えない気持ちになる。
「わったっしっはっ、結婚するならお父さんみたいな人って決めてるんだからっ!」
「・・・ファザコンか。そんなのより俺の方が余程いい男だと思うがな」
「あんたより父の方が百倍いい男よっ」
「いい男の基準が父親かよ。これだから小娘は」
キースヘルムは馬鹿にしたような顔で、ケッと吐き捨てた。
こんなクソ生意気な小娘を育てた父親だ。さぞなよなよとした優男だったに違いない。
「ところで昨夜はドレイクとレイスがお前の所に泊まったようだな」
「なんで知ってるのよ。まさかあんた、うちを見張ってたわけじゃないでしょうね」
「このギバティールで俺の知らんことはない」
「うわぁ、モテない根暗男のやることよね。女を見張ってウジウジしてるのって」
「・・・きさま」
大風呂敷を広げて鷹揚に言うつもりが、優理はあまりにも可愛くない。
勿論、優理の行動は手下に見張らせてあった。
「夜に男を二人も引っ張りこんで何してやがった」
「ご飯食べてたに決まってるじゃない。馬鹿なの? まともな生活してないから常識も分かんなくなんのよ」
人間として朝昼晩の規則正しい生活は大事なのである。
優理はそれができてない駄目男に、軽蔑を隠さず指導した。
「なるほど。だが、同じ家にいて手も出さんとは。・・・まあ、だからこそ見逃してやるってところじゃあるがな」
「何、物騒なこと言ってんのよ」
「当たり前のことだろうがよ」
ぐいっと、優理よりも遥かに大きく太い手が優理の手首を掴む。気づけば、とっくに立ち上がって優理の横に立っていたキースヘルムだ。
無駄に大柄なくせに、動きは早いのか。
「ちょっ、痛っ」
「あんだけの奴らを動かして、ちょっとグリフォンが来たからってなかったことになるわけねえだろ。俺はお前を手に入れる。何なら今からでもな」
「やっ、何をっ」
自分は椅子に座ったままなのに、屈みこんできている男の吐息が分かる。その近さに、優理は本気でヴィゴラスを里帰りさせたことを悔やんだ。
振りほどこうにも、自分よりも頑丈な手はそれを許さない。
「なあ、悪い話じゃないだろう? 俺の女になりゃ、いい生活が待ってる。贅沢もし放題だ。ん?」
「完全に最悪な話じゃないのっ。いいことなんて一つもないわっ」
冗談ではない。
掴まれた両方の手首が痛かったが、優理は目の前にいる男を見あげるようにして睨んだ。
「レベル低い生活持ち出して、何を偉そうにっ」
ふんっと、皮肉気に鼻で笑ったキースヘルムだ。
「女はいつも最初はそう言う。だが、すぐに俺の与えた生活とこの体に溺れる」
「あんたの使い古しは使い古し同士でやってなさいよっ。私はねっ、他の女でしか自分を語れないようなクズ男に惚れることはないし、あんたの体なんて最初から苦行でしかないわよっ」
「・・・俺には多くの手下がいる。そいつらを従えることもできるんだぞ?」
「チンピラをどれだけ集めても価値ないわよっ。そんなの羨ましがるとでも思ってんのっ」
何と言っても、自分を崇める手下が欲しければ、今の優理達を凌ぐ存在はない。
たかがギバティールの裏組織如き、チリと同じだと言えるのが優理達三人だ。
「贅沢もし放題なんだがな。毎日、美味い物が食える」
「だからデブなのよっ。ご飯ぐらい自分で作んなさいよっ」
「誰がデブだっ」
「こんだけ太い体でどこがデブじゃないのよっ」
「てめえにはここまで筋肉を鍛え上げたっつー意味が分かんねえのかっ」
「脂肪だろうが赤身だろうがっ、暑苦しいだけじゃないのっ」
「美食に溺れてたら脂肪の塊だろうがっ。俺はちゃんと鍛えてんだよっ」
「るっさいわねっ。あんたの食生活なんてどうでもいいわよっ」
何にせよ優理の食生活は、市場帰りに売れ残りのお惣菜を安く買い食いすればお腹も膨れるといったもので十分に満足していた。・・・きっと神子姫に対する幻想を抱く神官達が知ったら、あまりの情けなさでさめざめと涙にくれることだろう。
それはともかく、デブと言われて逆上してしまったキースヘルムは気を取り直す。
「綺麗な服も宝石もより取り見取りだ」
「あんだけの宝石と金貨の仕事任されてたのを見りゃ分かるでしょっ。あんたの慰謝料で渡してきた宝石なんてやっすいレベルだったわっ」
「・・・てめえ」
いっそここまでくると、楽しくなってきたキースヘルムだ。
優理は虚勢ではなく本気で言っているから面白い。
「夜も満足させてやるが?」
「満足して高いびきなのはあんたばかりよっ」
本当は優理から神子姫の行き先について聞き出そうと思っていたキースヘルムだ。
しかし、この反応が面白くてついつい脱線してしまう。
「ならば聞こうか。お前の男の好みってのを。そこまで言うんだ、さぞご立派な理想があるんだろうよ。思うに、現実にはいないおとぎ話の王子様だろうが」
「お生憎様。うちの父は実在しているわよっ」
そこまで父親が好きか、胸だけじゃなくそっちもお子様かよと、キースヘルムの目が泳げば、どこか軽妙な響きを持った声が響いた。
「なーるほど。ならユーリちゃん、そのお父さんの特徴を聞かせてくれるかい? うちも国に帰りゃ多くの奴がいる。理想に近い男を紹介してあげられるかもしれんぞ。可愛いユーリちゃんの為だ、おじさんもそれぐらいの骨折りはしちゃるってもんさ」
「カイネか」
「いや、なんか入りにくい雰囲気なんで見てたんですがね。キースヘルムの旦那もユーリちゃんにはけんもほろろなフラれ方たあ、笑えましたよ。見て見ぬフリをすべきでしたかね?」
「カイネさん。こんにちは」
「よう、ユーリちゃん。天下のキースヘルムの旦那にそこまで言いたい放題ってのもユーリちゃんぐらいだな」
「知らないの? 私、嘘が言えない女の子なのよ」
カイネが来たなら安心だ。
そう思った優理の期待を裏切ることなく、カイネは二人の間に入ってしっかりその手を引き離した。
「まあまあ。キースヘルムの旦那もこんな子供に本気で血迷ってるわけじゃないでしょう。まずはお座りくださいよ。って、俺の店じゃありませんがね」
「そういやお前もこの娘に執着してたな」
「お忘れかもしれませんが、俺の女ですよ? ほら、可愛いもんでしょう。横恋慕はご遠慮くだせえや」
キースヘルムが座り直しながら探るような目になれば、カイネもにやりと笑ってみせる。
優理も椅子に座り直すが、それは浅めに腰掛けた状態で、ひしっとカイネの腰にしがみついた。
「女じゃねえだろ。そもそもそいつ、経験ねえだろが」
「分かっててこんな子供を怯えさせるもんじゃありませんぜ、旦那」
カイネはよしよしと優理の頭を撫でる。
「それに俺ぁいつだって可愛い女の子の味方ですんでね。だが、旦那はユーリちゃんを捨てたって? 今、この子はレイスが口説き中だ。横入りたぁ感心しませんぜ」
「ちょっと待ってよ。誰がいつ捨てられたってのよ」
鼻の頭に皺を寄せた優理だ。
キースヘルムも、今更ここでカイネにそれを持ち出されるとは思わず、黙りこんだ。
いや、本当に自分が優理を捨てたのであれば別にいい。
「やっぱり気が変わった」
とでも言って、もう一度口説いてるんだからお前こそが遠慮しろと、言えばいいのだから。
しかし捨てるどころか、まだモノにしていない状態で、キースヘルムが優理を捨てたと言っていたと、ここで明らかになろうものなら、それこそ優理は、
「いつ私が捨てられたの? ついに妄想族? もしかしてもう痴呆が出てるの?」
ぐらい言ってのけるだろう。恥さらしもいいところだ。
「ユーリちゃんも、あまりキースヘルムに気ぃ持たせるもんじゃねえや。レイスといい仲になってんだろ? あいつ、ユーリちゃん喜ばそうと、豚の丸焼きだの、骨付きハムだの、かなり気ぃ遣ってんだ。少しは考えてやってくれよ」
「・・・・・・そうね」
目の前にいる拉致監禁男と誘拐犯と、どちらがマシかを自分に問いかけた優理は、目の前の危機を避ける方を選んだ。
だが、言わせてほしい。そんな丸焼きだのハムだのを貢がれて口説かれていたのは違う奴だと。
「ちょっと待てっ。本気でお前っ、レイスとそういう仲になってんのかっ」
「痛っ」
テーブルの向こうから手首を強く掴まれ、優理が痛みに呻く。
「何やってんだっ。旦那っ、こんな素人にっ」
慌ててカイネがその手を外させたが、キースヘルムの顔はかなり険しい。
それを確認してカイネは、
(なんで俺、こんな所に来ちまったんだろう。どいつもこいつも)
と、天井を仰ぐ。
「旦那もちょっと落ち着いてくださいよ。レイスと二人して、こんな子供にどこまでイカレてやがるんですかい。ユーリちゃんなんて、いくら大人ぶってたところで初恋だってすませてるかどうかでしょうがよ。そんな子に、体から始まる大人の色恋沙汰を持ち出すもんじゃありませんや。なあ、ユーリちゃん?」
「そーよそーよ」
カイネに言われて、優理もうんうんと頷く。
「旦那もだからフラれるんでしょうがよ。旦那のアプローチは間違いすぎてて笑えましたぜ。それこそ野原で花を摘んだり、一緒に出掛けて公園で美味しいお菓子を買って食べたり、そういう甘酸っぱいお子様の青春に付き合えねえなら、割り切った大人の女とお付き合いするのが男ってもんだ」
あまりにも正論すぎて、キースヘルムも何も言えない。
そういうカイネこそ、野原で花を摘んだりお菓子を買って食べたりとは無縁だろう。
そこで戸口から違う声が掛けられた。
「なるほどな。なら俺と一緒に花畑にでも出かけるか?」
「まさかと思うけど変なお薬がとれるお花畑じゃないでしょうね?」
やっと来たかという顔になったカイネだが、入口へと視線を向けた優理はそこを指摘する。
「キースヘルム。そこのユーリは俺が口説いてるところだ。横取りは感心しないな?」
「まだ口説いてる途中なら問題はあるまい。決めるのはこいつだ」
相も変わらず陰気な奴だと思いながら、キースヘルムはレイスを挑発的に見遣る。
何がお花畑だ。それこそこいつがそんな場所に行くとしたら、暗殺か薬物採取の為だけだろう。
「ならば言い換えよう。口説き終わって俺とユーリはかなりいい仲なんだが?」
「そうよ。私、レイスと純愛中なんだからっ」
「嘘こけ。いい男の例に父親を持ってくる時点で、お前はまだ男として見られちゃいねえよ」
それは自分も同じことだったが、キースヘルムとてここで引き下がる気はない。
「父親?」
レイスが問いかけるような顔になったものだから、優理もここで引っ込みがつかなくなり胸を張る。
「文句あんの? うちの父は誰よりもいい男よっ」
その場で、三人の男が沈黙してしまったのは仕方ないことだっただろう。
男が最高の女として母親を持ってきたら誰も何も言えないように、女が最高の男として父親を持ってきたら誰も何も言えない。
マザコンもファザコンも、それは言って治るものではないからだ。
「あんたら、こんな親離れしてないお子様を本気かよ・・・?」
優理に対して恋愛感情を抱いていないカイネがキースヘルムとついでにレイスを呆れたような感情を隠さずに見るものだから、キースヘルムは少し視線を逸らした。
「そりゃな、女の子にとっちゃお父さんなんて英雄だよな。なんだ、そんなにいい男なのか、ユーリちゃん?」
「勿論よ、カイネさん。強くて優しくてカッコよくてお茶目で、何よりもねっ」
「何よりも?」
「母を愛してたのよっ」
「・・・そうか。いいご両親なんだな」
そんなまともな家庭で生まれ育った娘さんにあんた達はと、カイネが無言で二人を責める。
三人が三人、親なんてもう顔も覚えていない世界に生きている。それこそ親の顔を問われても、
「目が二つに鼻が一つ、口が一つあったか?」
と、そんなところだろう。
こんなにも嬉しそうに親のことを語ることができる時点で、自分達とは違う世界に生きている証拠だ。
レイスは平然としていたが、キースヘルムはそっぽを向いた。
「ま、要は面白味のないつまらん男だったってことだろ。そんなありふれた男と一緒にされてもな」
キースヘルムがそこで強気に出る。
だが、優理もそこで引き下がる気はなかった。
「失礼ねっ。うちの父は面白味だって溢れてたわよっ」
「そういう意味じゃねえっ。どこにでもいる男だってことだっ」
「父よりいい男なんて見たことないわよっ」
ばしぃっと優理は言いきった。
そこで、あの人を人とも思わない態度を忘れていなかったキースヘルムが持ち出す。
「お前の用心棒をしていた褐色肌の男よりもか?」
「・・・比べるもんじゃないけど、父に比べたら彼は子犬ねっ」
遥佳に纏わりついている様子はまさに子犬なのだから自分は間違っていないと思う優理だ。
だが、キースヘルムとレイスはヴィゴラスの強さを戦わずとも肌で感じている。さすがに優理の表情を探った。強さはそれだけで価値がある。
次にレイスが尋ねた。
「あいつより強いのか?」
「さすがに強さなら彼の方が強いわ。それは仕方ないわよ。だけど父だって強かったわよ」
「ケッ。俺より強いってこたなかろうよ」
大人げなく、キースヘルムが吐き捨てる。
「失礼ねっ。あんたなんてせいぜい弱い人間を殺したのが数十人ってところでしょっ。どんだけろくでもない人生歩んできてんのよっ。だけどうちの父は武装した人と戦ってあんたよりも多く勝利してきたんだからっ」
職業軍人となれば、騎士か兵士か。
ならば自分達とはまた違うそれだなと判断しつつも、このギバティ王国は百年以上、戦争などしていない。
つまり優理の父親は外国人で、あの男はやはりその父親の関係者なのだろうと、三人は判断する。
話は聞いていても、ヴィゴラスは見ていないカイネだ。
「まあまあ。つまりユーリちゃんは強いお父さんが好きなんだな」
傭兵として生きていたこともあるカイネは、戦いとは個人の強さだけでは語れないと知っていた。だから、とりなすようにまとめる。
「どうかしら。父は強かったけど、私達の前では見せなかったもの。いつだって面白いものを作ってくれたり遊んでくれたりしたのよ。それに母の前ではとっても弱かったわ」
「つまり母ちゃんの尻に敷かれてたってだけだろが。そんな所帯じみた男のどこがいいんだ」
「心温まる家庭を築いてて何が悪いってのよっ」
「家庭的だとか言って、ただのブタになった女に逆らえねえ男のどこがいいんだっ」
「うちの母は誰が見てもとびきりの賢くて上品な美女よっ」
母のことも引き下がる気はない優理は、どこまでもキースヘルムとやり合う気満々だ。
なんでこんなどうでもいいことでやり合えるんだと、内心でげんなりしているカイネがそこで持ち上げる。
「そりゃな。ユーリちゃんのお母さんなら美女だっただろうな。よく似てんのか?」
「ううん。私は父親似なの。母はね、父そっくりの子供が欲しかったのよ」
優理は、長い髪のせいできりっとした印象を与える娘に見られがちだが、顔立ちそのものは中性的だ。なるほど、父親の顔はそれなりに整っていたのだなと、三人それぞれに思う。
「へえ。で、ユーリちゃんはお父さんとお母さんみたいな夫婦を目指してるわけだ」
「そうなの。父はね、母に出会って恋に落ちて、そうして全てを捨てて一緒になったのよ。素敵でしょ?」
「普通、全てを捨てるのは女の方だと思っていたが。そうなると母親もかなりの財産家か」
レイスがそこで首を傾げる。
「父も母もそれぞれの立場があったのよ。だから母は父とは一緒になれないって思って身を引いたけど、そんな母の所へ父は全てを捨てて身一つで追いかけたの。母以外の全てを捨てた父程の人を、私は知らないわ」
何だ、その胸糞悪くなる話はと、キースヘルムが不機嫌な顔になった。
「全てを捨てるったって、大したもんは持ってなかっただろうがよ。少なくとも俺ら程の組織はなかった筈だ」
「失礼ね。父はあなた達より遥かに多くの財産と付き従う人達を持ってたわよ。数十人や百人なんてせいぜい邸の使用人数じゃない」
「つまりもっと多かった女の財産に目が眩んだんだろ」
男は社会的な立場が全てだ。
それを捨てたとなったら、女の方がもっと手に入れる価値のあるものを持っていたからに違いないと、一般論の立場でキースヘルムは一刀両断した。
「ふざけないでよ。母を追いかけたところで、父は母を手に入れられることはないって思ってたわ。それでも傍にいたかったの。そういう不純なそれと、父の純愛とを一緒にしないでちょうだい」
女を侍らせて楽しんでいる安っぽいお前と一緒にするなと、優理までもが不機嫌になる。
「じゃあ、その父親の素性を言ってみろ」
「言うわけないでしょっ。父は全てを捨てた時に自分は死んだことにしたんだからっ」
「言えねえ程度の男なだけだろっ」
「ふざけないでよっ」
正直、優理の言葉は父親を神聖視するあまりの戯言だと思いたくもあるが、それでも優理はこの若さで大金や高価な宝石にも目の色を変えない程の落ち着きを持っているのも事実だ。
つまり、そういうものを見慣れている。
だからムカついて絡むような言い方になったキースヘルムだったが、さすがにこうなると旗色は悪いなと感じていた。
(敵対している国にそれぞれがいたのか? 何にしてもそういうのが根本にあるのか、こいつ。そりゃ、他の女と競ってまで男に媚びようとは思わんだろうよ。チッ、道理で)
何故なら優理は女が男に傅く家庭に育っていない。母親にも立場と財産があったなら、決して卑屈なものを持ってはいなかっただろう。
だからこんな気の強い、男を立てるという意味を知らん娘ができあがるのかと思いながら、キースヘルム達三人が優理の家庭環境を知ろうとしたのは、そこがある。
娘は母親のような恋愛をすることが多いからだ。
「なるほどな。だからキースヘルムの根城に行ったところで、平然とあの首飾りを捨ててこられたってわけか。教養や礼儀作法も身についてない情婦達なんぞ、名家の侍女どころか小間使いにもなれん。そりゃユーリだって召し使いにもなれんような女と一緒くたにされたくなかろう」
「分かってるじゃない、レイス。そもそも知性も教養も礼儀もない百人は、有能な一人に劣るの。数じゃないわ、質なのよ」
男に利用されては捨てられる母を見慣れていれば、やはり駄目な男に引っ掛かりやすくなる。
夫に甘やかされている母を見慣れていれば、やはり自分に甘い男と結婚する確率が高くなる。
勿論、全く違ったタイプの男を選ぶこともあるが、母親の生き方に娘が大きな影響を受けるのは避けられない。
女を売り買いしていればこそ、三人はそれを知っていた。
「そっかぁ。・・・キースヘルムの旦那、ユーリちゃんは諦めた方がいい。女に苦労してねえ旦那じゃ、ユーリちゃんの潔癖なそれには付き合いきれんでしょうよ。膝をついて愛を告白するところから始められないんじゃ問題外って奴だ」
「当たり前でしょ。なんで自分からランクを下げてかなきゃならないのよ」
カイネの言葉には、優理に本心から惚れてほしければ今のキースヘルムでは無理だと、そういう意味がこめられていた。
地下牢の環境はあまりにもひどすぎるというお気持ちの表れだろうということで、イスマルクは地下牢から普通の牢へと移された。
(言っていいだろうか。地下牢の方が、居心地が良かったと)
そんなことを思うイスマルクだが、文句を言うわけにもいかないのが辛いところだ。
(俺の処遇をどうするか、それが頭の痛いところなんだろう)
今もイスマルクを殺したい筈だ。しかし、あそこまでの奇跡というより、力技を見せつけられてしまうと、次に何が起こるか分からない怖さがある。
神子達は姿を見せずして、それでいて全てを把握していると言わんばかりなのだから。
(神官の位はとっくに剥奪されている。ならば放り出すかと言えば、そこをハールカ達にまた拾われたのでは意味がないと、誰だって考えるだろう)
きっと、第1等神官達は、自分達とは無関係の人間がイスマルクを殺してくれないかと、本気で思っているに違いない。
「これから審議が始まる。体を清めるように」
「・・・はい」
脱走しようとするだけ無駄だと分かっている。
やはり見るに堪えない格好をされては困るからだろう、その前に入浴が許された。
(こういう時だと手早く洗ってすぐに出なくちゃいけないからな。・・・やっぱり地下牢の方が良かった)
そんなことを思いながら、イスマルクは体を洗い始めた。
どうして優理が髪をショートにしてまで鬘を作ったかといえば、イスマルクを助けだす際に真琴に扮するつもりだったからだ。
人というのは髪を短くはできても簡単に長くはできない。だから普段はロングでいる自分は同じ顔でも全く雰囲気も何もかも違うとあって、それだけで変装になるからだ。
何より真琴は一度、大神殿に姿を見せている。
優理は真琴と髪型さえ同じにしてしまえば、同じ顔、同じ背丈、同じ声なのだ。それこそ違いなど誰も見抜けない。
(処刑の予定はいきなり保留にするしっ、人が色々と工夫した地下牢からは出しちゃうしっ、一体何を考えてるのよっ、大神殿っ!)
そこで往生際が悪い優理は、全てにおいて自分が悪いのではないかという思考からは目を逸らす。
何故なら自分のやることにミスなどある筈がないからである。あってはならない。そうではないか?
だから自分にミスはない以上、大神殿の神官達が悪い。そうに違いない。
そういう結論に達するのである。
かくして。
「本当に人生は不条理なことだらけだわ」
アンニュイな雰囲気を漂わせて、優理はそう呟いてみた。
「お前はんこそが不条理を通しとるっちゅーんや。なんや偉そうに。言っとくがレイスを雇うん思たらそれなりの銭払えっちゅうんねん」
「雇った覚えはないわね」
自分は子豚の丸焼き五つで売られたのだ。雇う以前の問題である。
だから優理は誇り高く却下してみせた。
「っかぁーっ。なんや、その態度っ。あんだけ値ぇ張るレイスを用心棒なんぞに使いくさっといてからその言い草かいっ」
「うるさいのよ、このタダ飯食らいっ」
「何ぬかしとんねんっ。レイスの雇い賃で釣りが出るどころか、お前こそ金払えやっ」
それでもドレイクがやってくるのはレイスがいるからというのもあるが、優理の手料理が気に入ったこともある。
というのも、優理はちゃっかり酒屋に行って酒の種類を調べ、これはと思う醸造所から麹菌を入手していた。そして取り組んだのが、味噌と醤油と味醂の作成である。麹の種類が思ったものとは違ったならば風味が異なったりもするだろうが、似たようなものができそうだと踏み、それなりに仕込んだ。だが、できあがるまで一年はかかる。
というわけで、それらは地下で保管していた。
そうしてまだ熟成期間中ながらも、せっかくだからと熟成中の醤油や味醂を使った照り焼きなどをヴィゴラスに食べさせてみた。
なかなか好評だったが、考えてみればグリフォンは生でも美味しく食べる生き物である。あまりその味覚は信用できない。
というわけで、レイスとドレイクにそれを使った鶏の照り焼きを食べさせてみたところ、かなり気に入ったらしい。
味噌を味醂などでのばしたものにスティック野菜を添えて出したら、「こういうディップ、初めて食べたな」などと言いながら、面白そうに食べた。ちなみにそれは、日本でいうところの「もろきゅう」をイメージしてある。
(これで遥佳にも分けてあげられるわ。やっぱり失敗作はあげられないもの)
味噌汁は魚の干物やキノコや野菜でとったダシで代用しているが、いずれ昆布や煮干しも自作してしまえば、更に遥佳は喜ぶだろう。
昆布は海でとって干せばいい。小魚を塩水で煮て天日干しすれば煮干しができる。さすがに昆布を取りに行くのは遠すぎるが、いずれはそれも考えたっていい。
(ふっ、やっと私に時代が追いついてきたのね)
今回の醤油は更に多めに仕込んでおこう。できれば違う麹も手に入れて試したい。
(後はもうちょっと舌の肥えた人間に食べさせながら反応を見ないと)
そこで優理はちらりとドレイクを見た。
こんなサボリのトップがいる為、現在レイスは見回り中である。
「なんや、俺に惚れたんか?」
「違うわよ。もう少し良いものを食べ慣れている人間が欲しいなぁと思っただけ」
こういう時、自分に阿って、美味しくなくても美味しいと言ってくれる人間では意味がないのだ。
ドレイクは自分に対して阿ったりはしないが、贅沢な舌を持っているわけでもない。
(そうよ。醤油とは奥の深い調味料)
常に高みを目指そうとする優理は、自分自身はそこまで和食にこだわらない事実を忘れきっている。
実際、ヴィゴラスが来たから、そういえばと思い出しただけで、優理自身は洋食の生活だけでも満足できる人間だった。
会議は紛糾していた。審議されるイスマルクを置いてけぼりにして。
(俺、この場にいる意味あるんだろうか)
皆の注目を一人で浴びるイスマルクは、正直、第1等神官の傍若無人さを下位の神官がここぞとばかりに叩こうとしているようにしか思えなかった。
実際、第1等神官には権力が集まりすぎている。
神子姫の名を出すことでそれを抑止できるのであればと、思う神官もいただろう。
「この際です。本来の手続きを全く踏まずにイスマルク殿が地下牢に入れられた理由をお伺いしたく存じます。こうやって嘆願書が集まらねば、それこそ彼はどんなことになっていたというのでしょうか」
「理由については、表に出せぬ様々な理由がある。それについては口出しすることではない。控えよ」
だが、誰もが知っている。第1等神官の命令に背いて神子達についたことで、イスマルクが投獄されたことを。
「聖神殿が崩れ、神子姫様方がこうして外に出ていらしたというのに、未だに我らがおりますどの神殿へもいらしていただけないのです。その神子姫様が唯一お傍においたといわれるイスマルク殿の話を聞きたくない神官がおりましょうか。この際、全てを明らかにすべきと考えます」
「それらはこちらで聞くべきこと。その発表を待てばよい」
「その発表が怪しいと申し上げておりますっ」
「第1等神官を愚弄するかっ」
紛れもなくイスマルクは当事者だ。しかし、決定権はない。ついでにイスマルクの意見など誰も求めてはいない。
「港町ドレシアで、神子姫様は彼を含む神官達に世界への愛を説いたと聞いておりますっ。どうしてそんな彼から神官の位を剥奪なさろうというのでしょうかっ」
「その神子姫様を我々の目から隠し、そうして歪んだ価値観を植えつけたことこそが罪だというのだっ」
「ですが神官の位を剥奪しては示しがつきますまいっ」
「どんな集団であろうとも、上位と下位の区別はつけねばその集団こそが破綻しようっ。その罪は罪として裁かれねばならぬっ」
「ですがここは神殿っ。上位とおっしゃるのであれば、女神様、そして神子姫様に並ぶ上位の神官など存在しませんっ」
「そんなことは分かっておるっ。その上でその神子姫様を誑かしたことこそが罪だと言っておるのだっ」
「では彼はどう誑かしたというのですっ」
そこで大神殿ばかりか様々な神殿から駆けつけた神官達を含む、大勢の目がイスマルクに集中する。
さすがにイスマルクも何か言わねばならないのかと思い、口を開いた。
「誑かすも何も、こう申しては失礼ながら、まだまだ神子姫様方はお子様でいらっしゃいました。何より、私も神子姫様から薬師として貧しき人々の治療にあたるようにと言われておりましたのでそちらに忙しく、あまりご一緒できる時間はなかったものですから」
「ならば二人きり、三人きりの時間を持ったことはないと申すのだなっ」
「それはないとは申せません」
すぐにばれる嘘を言っても仕方がないので、イスマルクはそれを否定した。
「神子姫様がいらした治療院は貧しく、私も薬草を手に入れる為、山に入らねばなりませんでした。その際、神子姫様が同行なさってくださって二人きりだったことはございます。ですがその時点における私は、彼の方々が神子姫様であるという事実を把握しておりませんでした」
「それ以外にはどうなのだっ」
「治療院の裏には畑がありまして、神子姫様はそこで患者に食べさせる為の野菜を作っておいでになりました。その手伝いをした際に、やはり二人きりや三人だけになったことはございます」
「その他はっ」
「厨房で神子姫様がお料理なさる手伝いをさせていただいたことでしたらございます」
「他にはっ」
「買い物や、もしくは配膳の手伝いでしたら。私も治療院の中に寝泊まりする部屋をもらっておりましたので、神子姫様方がお住まいになっていたという部屋にも行ったことはございません」
どれもが治療院絡みの為、聞いていた神官達にもこういうことで糾弾しようとする自分達が汚れているかのような気になった。
ドリエータ地方からやってきた神官が、そこで口を開く。
「神官の末端に属する私が発言するのをお許しください。我々も神子姫様が神子姫様とは気づいておりませんでしたが、たしかにイスマルク殿は神子姫様方のお守りをしながらも薬師として熱心に働いておりました。誑かすも何も、治療院にいる患者や、神子姫様方や神子姫様に懐いていたグリフォンの世話をするのに駆けずりまわっていらしたこと、ここで申し上げさせていただきます」
ちょっとイスマルクは涙が出そうになった。
そう、苦労した。苦労していた。誰かがこうして見ていてくれたと思うだけで、ちょっと涙が滲みそうになる。
「それこそが神子姫様に取り入る手段でなかったとどうして言えるのですっ」
「そうですぞっ。至高の存在である方々にそんな作業をさせておくぐらいなら、どうして彼はさっさと神殿に連絡をとり、神子姫様の手伝いをさせる神官を増員させなかったのかっ。それこそがおかしいことではないかっ」
「神子姫様がそれを拒否なさったなら致し方ありませんでしょうっ」
「人数は多い方がいい。人手が足りない治療院だったと聞くっ。それをさせずに神子姫様を働かせ続けたことこそ、彼が神子姫様をないがしろにしていた証拠ではないかっ」
イスマルクは思わずにいられなかった。
(これ、今日一日で終わらない気がする)
その予感は見事に的中した。




