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27 遥佳はディリライトで頑張った

 




 ディリライト邸の中にある八角堂。

 そこではエキゾチックな音楽が奏でられていた。

 かなり広いスペースの中央には円座になるように20程の卓が並べられ、男達はそれぞれの席に着いている。

 ディリライト側が10名、キマリー側が10名。普段はダンスが必須な舞踏会などが多い為、キマリー国側もこういった踊る必要のない宴席を楽しんでいる様子だった。

 キマリー国側は各自が女性を伴ってきていた為、10人程の女性が同席しているが、ディリライト側はこういう宴なら当主の家族だけでいいとばかりに3人だけだ。

 だからのんびりと遥佳もケイトと共に薄絹の向こうの男性達や楽師達を見物しながら、豪勢な料理を食べていた。

 四つの扉の内側それぞれに、会話の邪魔にならない程度の音量で曲を奏でる人達がいる為、スペースでの会話はよそに響きにくい。


「ね、ケイト。これ、なぁに?」

「それはこの揚げたお魚につけて食べるの。つけなくてもいいけど、つけると少しピリッとして美味しいわよ」

 

 薄絹が垂らされている為、女性の様子も分かりにくくなっていた。だからかなり気楽だ。

 ただし、キマリー国側はそうでもないらしい。


「ケイトと私は好きにしてていいけど、あちらは女の人達もエスコートしてる男の人の順位が影響するから、かなり気づまりみたいね」

「そうなの? よく分かるわね、ハールカ」

「何となくだけど。王族の人がエスコートしてきた女性が一番上席になるんだろうけど、何だか身分的には違う女性の方が高かったりするらしくって。ほら、二つのスペースでもどちらも上席っていう区別がないじゃない? だからその二人を分けて、一つのスペースの五人中でも中央にもってきたらしいんだけど、そうなると自分の方が身分の低い人達に囲まれて食べるってのは低く見られていることになるのかとか、言い出してるみたい」

「あらまあ。だけどその二人を一緒にしたら、今度はどこの位置とかが喧嘩になるんでしょうね」

「恐らくね」

 

 そんなことでブーブー文句言うよりもお料理を楽しんだ方がいいのにねと、遥佳が言えば、ケイトもそうよねと同意する。

 肝心の男性陣は上席の区別のない円座で楽しく会話しているが、まさか背後のスペースでそんなバトルが行われているとは思いもしてないことだろう。


「だけどごめんね、ケイト」

「何が?」

「ほんとうはおばさまと一緒の筈だったんでしょ? 私と一緒にいてくれているから、おばさま、一人になっちゃって寂しいんじゃないかしら」

「ああ、そんなことないわよ」


 けらけらとケイトは軽く手を振った。


「お母様、誰かの目があったらどうしても首長夫人として恥ずかしくない振る舞いをしなくちゃいけないじゃない。それこそ一人のんびりと気楽でいいわぁって喜んでるわよ」

「・・・ならいいんだけど」


 母の心子知らずだなぁと、遥佳は思った。

 やはり女あるじとしてあちらの雰囲気を察したのだろう。


(ハールカ様とケイトと私で同じスペースを使えば良かったわ。あちらには三スペースを提供すべきだったのよ。そうすればあちらのお二人にそれぞれ一つずつのスペースを取り巻きの方と、残りの方には一つのスペースを使ってもらえたのに)


 カリンは思いっきり後悔中である。

 だが、ざっくばらんな態度をとっていても、コウヤは常に遥佳を最賓客としてみている。その場合、首長夫人ではなく遥佳を中央に、そしてカリンとケイトがその両脇に位置するような席を設えさせたに違いない。

 見えにくくはあるが、全く見えないわけではない薄絹の仕切りである。

 そうなればキマリー国側に遥佳は一体どういう存在なのかと思われたことだろう。

 だからこれが考え得る最良のスタイルだった。その筈だ。


(なんて面倒臭いのかしら。だけどそこで受け入れたら、次回からの順列に影響するのよね。大変だわ。王侯貴族って)


 そんなことで火花を散らすキマリー国の貴婦人達は愚かなことだと思う。

 けれどもそんなことを思えるのは、遥佳がこの中で一番高い身分を持っているからなのかもしれない。

 遥佳は自分が傲慢な考えを持ってはいないかと、そう己に問いかけた。


(私だってもしも身分的に誰かより低い存在だったなら、だけど争えば勝てるかもしれないと思えるようなら、彼女達と同じように争ったかもしれない。・・・・・・だけど、その為にはまず人と向かい合って喧嘩しなくちゃいけない。うん、駄目。私にはできない。ごめんなさいお父さん。既に私は弱肉強食の世界で負け組人間です)


 いつかそんな自分も強くなれると信じたいけれどと、思った遥佳は、そこでぎゅっと指を握りしめた。


(いいえ、もう私を守ってくれていた優理だって真琴だって、自分なりの道を切り拓いている。どうして私ばかりが甘えていられるかしら。私は強くならなきゃいけないのよ。・・・そう。優理だって絶倫ゴーマン男に目をつけられても戦ってるのよ。私だって・・・!)


 あまりにも繊細に人の心を読み取っているから自分は駄目なのだ。ここは鈍感でいられる力を身につけなくては。

 母だって、いつも父の心をシャットアウトしていたではないか。

 ならば自分にもできる筈だ。

 そう遥佳は自分に言い聞かせた。


「ハールカ? そんなに辛かった? 何ならお水飲む?」

「ううん。美味しくて悶絶してただけ。甘辛くてどんどんお腹に入っちゃう」

「そーお? ならいいんだけど」

「うん。タイキもカシマもなんか真面目な顔してお話してるわね。美味しいのに、あまり手をつけてないわ」

「兄様達はどうしても次の首長として試されることが多いもの。気が抜けないんでしょ」

「あら。だけどあっちも若い人が多いわ」


 ほとんどが黒髪に焦げ茶色の瞳と日に焼けた肌を持つディリライト側に対し、キマリー国側は髪の色も瞳の色も、そして肌の色も様々だ。

 あくまで私的な訪問であり、公的なものではない。あちらもディリライト諸島での滞在を楽しんでいるという形をとってはいる。


(だけどあの傍系王族って人、傍系は傍系だけど、その脇でお付きの人のフリしているのが直系王族ってのはどうなのかしらね)


 王子をディリライト島に行かせようとはしたものの、見聞を広めるのならば王子と言わない方がいい。だけど何かあったら困る。

 そういうわけで傍系王族の訪問ということにしてある程度の警護は当たり前といった形をとり、そして王族としての扱いも期待できるようにしたのだろう。

 その脇にいる直系の王子様は、こういうのもなかなか楽しいと、お付きの人になりすました演技にノリノリだが。

 そりゃエスコートしている令嬢が揉めたのは仕方ないところかもしれない。


「ねえ、ケイト」

「ん? どうかした、ハールカ?」

「あの傍系王族って言われている金髪碧眼の若い男の人いるでしょ?」

「うん、いるわね」


 こういう場合、結婚相手を見定める意味合いを持たせることもある。独身である以上、そこは外交的な意味でディリライト家もチェック済みだ。


「あの人は傍系王族だから王位継承権も遠いけど、それは確かなんだけど、本来の直系王族である王子様と年が近いから、あの人の花嫁を探してますって感じを装って、本来の王子様の花嫁候補をチェックしているのよ」

「え」

「だからあなたの顔を見に来たんだと思う。ケイト、ディリライトの姫だから。だけどね、ちょっと耳貸して」

「う、うん」


 そこでケイトが遥佳の方へ顔を近づけると、遥佳は囁いた。


「その隣にいる焦げ茶色の髪に灰色の目をした人が第二王子よ。だから対応には気をつけて。おじさまやおばさま達にも伝えることができるようなら伝えておいた方がいいわ」

「嘘。キマリーにあんな第二王子なんていたの?」

「いたのよ。あまり公の場に出さないから知られてないだけ」

「・・・何でそんなこと知ってるの、ハールカ?」


 そこでケイトに問われて、遥佳は考えこむ。


「えーっと」

「えーっと?」


 遥佳は考えた。

 こういうのも人間づきあいのスキルになる筈だ。自分はこうして人間関係の階段を一つずつクリアしていくのだ。


「私にはひきこもりの神様がついていて、その神様は大事なことを一つだけ教えてくれるのです」

「うん、あり得ないから」


 占いの神様が一つだけお願い事を叶えてくれるのなら、ひきこもりの神様が一つだけ大事なお知らせをしてくれてもおかしくないだろう。

 そう思って遥佳は言ってみたのだが、ケイトの心はあまり感銘を受けてくれなかったようだ。

 即座に却下された。


(おかしいわ、優理。これってちょっと無理があるみたいよ)


 カイネと違って、ケイトはそこで、「うん、そーだね」的対応はしてくれなかった。




 海に浮かぶ真珠の首飾りとも称されるディリライト諸島。

 そのなかでも最大の大きさを持つディリライト島に暮らす首長、ディリライト家のコウヤの顔は一度見たいと思っていた。


(なんだか、思ったよりも普通? これがあの水軍を率いる首長なのかよ)


 キマリー国第二王子のウルティードがそう思ってしまう程に、コウヤは普通にいい人といった感じの男性だった。物静かな感じで、戦うなど考えもしなさそうな様子だ。


(息子達の方はそうでもないのか? どちらも鍛えていそうだな。兄が長髪で弟が短髪ね。しっかし女は布の後ろって顔見られねえじゃねえか)


 いや、見えはするが、どうしても姿が霞むというのか、滲む感じだ。だから顔立ちがぼやけて分かりにくい。


「シンクエン様」

「何だ?」


 ウルティードは、先王弟の孫息子といった立場で訪れているシンクエンを様付けで呼ぶと、その耳元で囁いた。


「顔が見えねえ。どうにかしてくれ」


 シンクエンは、言われるだろうなと思っていた為、諦めの境地でそっと天井を見上げた。

 さっさとウルティードが花嫁を見つけてくれれば、自分もこんな馬鹿馬鹿しいものに駆り出されなくてすむというのに。

 されど第二王子様のご要望である。仕方がない。

 本物の王子様よりも王子様らしい容姿を持つシンクエンは、コウヤに向かって微笑んだ。


「コウヤ殿。せっかくですからあちらの方々にご挨拶申し上げても?」

「おお。これは申し訳ない。カリン、ケイト、来なさい」


 コウヤはにっこりと笑うと、妻と娘に声を掛けた。形式的にも呼ばれるのは分かっていた為、いつ声をかけられてもいいようにしていたカリンとケイトである。

 即座にしずしずと薄絹の向こうから姿を現わし、コウヤの背後で伏し目がちに腰を屈めてみせた。


「こちらが妻のカリン、そして娘のケイトにございます」

「この度はようこそおいでくださいました、シンクエン様。どうぞごゆっくりお楽しみくださいませ。カリン・イ・ディリライトにございます」

「お初にお目にかかります。ケイト・エル・ディリライトでございます。どうぞ皆様、よろしくお見知りおきくださいませ」

「ご丁寧な挨拶、いたみいります。素晴らしい宴を楽しませてもらっておりますが、このように美しい花を薄絹の向こうに隠されていたとは、何とも残念なことです」


 カリンと違い、第二王子が来ていると聞いていたケイトである。シンクエンではなくウルティードの方へと頭を向けて挨拶してしまったが、そのことにキマリー国一行も気づかぬ筈がなかった。

 しかし、この場でそれを言い立てるわけにもいかない。探られたくない腹はあるのだからして。

 何事もなかったかのように、シンクエンは微笑んで挨拶を受けると、遥佳の方へ顔を向ける。


「あちらの方は?」

「私の姪にあたります。まだまだケイトも未熟な身でございますので傍につけておいたのですよ」


 コウヤがにっこりとして受け流すが、シンクエンも不本意ながら第二王子の隠れ蓑に使われ続けてきた人間である。


「姪御殿ですか。是非、私もご挨拶申し上げたいところですね」


 コウヤは顔に出さないまま、躊躇(ためら)った。

 どうしてたかが他国の傍系王族になど、大事な遥佳を見せられるだろう。


(そっか。そうよね。姪とは言っていても、おじさま、本当のことをご存じだから)


 シンクエンの言葉に、遥佳もコウヤを困らせるのは本意ではない為、自ら薄絹の向こうへと出ていく。そうしてにっこりと笑って挨拶してみせた。

 こういった場合の挨拶は知らないが、手っ取り早く目の前にはキマリー国の王子達がいるのだ。その心を読めば一発でオッケーというものである。

 そういう時、遥佳はプライバシーとかそういうものを即座に忘れる思考を持ち合わせていた。大事なのは初めて会う人のプライバシーではなく、自分に良くしてくれるコウヤの立場だ。


「この度はディリライトへようこそおいでくださいました。コウヤの姪にあたりますハールカ・エリ・ディリライトにございます。ウルティード王子殿下、シンクエン様、エルルーカ姫様、三人のキマリー国王族のお方をお迎えできましたこと、光栄に存じ上げます。どうぞゆっくりと宴をご堪能くださいませ」


 その場に沈黙が満ちた。


(あら・・・?)


 遥佳は相手の心を読めるが、同時にこういった場合のスキルは全くなかった。


(まずかったのかしら?)

 

 三兄妹の視線が痛い。

 何と言っても、自分の住んでいたギバティ王国の国王の名前も知らない辺境の田舎娘である。だからタイキもカシマもケイトも、はらはらしながら遥佳の様子を見守っていた。それこそ、すぐに庇えるようにと。

 そしてコウヤも、本来はあちらこそが遥佳に膝をついてご機嫌伺いする立場だと思っている為、苦々しい思いを隠して遥佳の様子を見ていた。

 だから、遥佳がどの顔へ向けて名を呼んでいたかもきっちり見ていたわけである。


(ばれてる。ばれてるだろ、おい。どーすんだよ、ウルティード)


 その場に、お互いに何とも言い難い空気が流れてしまったのは仕方のないことだった。

 この場で一番身分が高いシンクエンが代表で挨拶を受けるべきところを、先にウルティード王子の名を呼ばれてしまっている。だが、そこでお付きの人のフリをしているウルティードがどうしてのこのこと挨拶に応えられるだろう。


(なるほど。さすがはと言うべきか。人の浅知恵など軽々と超えていかれる)


 それでもコウヤは大人だった。

 コホンと咳払いすると、何ごともなかったかのように振る舞った。


「さ、男同士の宴だ。程々のところで下がりなさい」

「はい。さ、二人ともご挨拶もいたしましたし、そろそろ下がりましょうね」

「はい、お母様」

「はい、おばさま」


 シンクエンに対する態度で相手の値踏みをしてきたウルティードである。

 けれどもその日の宴はいつもと違って、タイキやカシマから、「ふーん」「へーえ」という視線を投げかけられ、とても居心地が悪い思いをすることになった。






 ディリライト島には高級別荘が立ち並ぶ地区がある。大抵、それはディリライト島にやってくる外国の高官達が使うことが多い。

 部屋の中を歩き回りながら、お忍びでディリライト島までやってきたキマリー国第二王子ウルティードは顎に手を当てながらウー、ウーと唸り続けていた。

 綺麗に撫でつけられていた焦げ茶の髪は、既に本人が掻きむしった後とあってボサボサに乱れている。


「お前なぁ、ウルティード。いいかげん、そのうんうん唸(うな)りながら人の部屋で歩き続けるのをやめてくれ。鬱陶しすぎる。いや、もうさっさと部屋に帰れ」

「ひでぇ。お前だって考えてくれたっていいだろ、シンクエン。なんで俺のことがバレてんだ。どいつがばらしやがった」

「知るか、そんなの。それどころか、誰もが驚いてただろうが。自分からばらした奴がいるとは思えん」

「だからおかしいんだろうが。いつ、どこでどうしてばれたんだ」


 ディリライトの首長コウヤが開いてくれた歓迎の宴。

 それは途中から何とも生ぬるいものへと変わっていた。そう、首長コウヤの娘がなぜかシンクエンではなくウルティードの方を向いて挨拶した時から。

 シンクエンがもう一人の存在へと水を向ければ、今度は首長の姪とやらが遠慮なくこちらの王族の名前を言い放ってくれる始末。

 

「最初からばれてたんじゃないのか? 考えてみりゃ、あの上座のない宴もおかしかった。普通は首長と俺とが上座の一番高い位置で会話しながらってスタイルの筈なのに、あんな円座なんてもんをやらかしてくれたんだ。そりゃウルティードのことを分かった上で、あちらは完全に礼を失することなくこちらを泳がしてくれたってことだろ。しかも女性用にあんな席を設えてきた時点で、あの首長、エルルーカが同行していることも把握していた。・・・首長夫人は礼儀正しくこちらのやってることに気づかぬフリをしてくれていたが、娘や姪はそこまで分かっていても知らんぷりをする程のスキルがなかっただけだってことだ」


 ソファにだらしなく腰掛けていたシンクエンが大あくびをしながらそう言えば、ウルティードもそうかと片方の掌にもう片方の拳をポンッと当てて、明るく顔をあげる。


「つまりっ、首長の子供や姪はまだまだ未熟ってことだなっ」

「ど阿呆。分かっていてその首長の掌の上で遊ばれていた俺らが間抜けだってことだ。あそこで首長夫人や令嬢に挨拶をと、いや、姪までもと言い出さねば俺らは気づかんまま、ディリライト首長の品定めをふんぞり返ってここでやってたことになるんだからな」

「う・・・」


 他国の首長に、そんな対等以前の幼児扱いされたことをまず恥じろと言い捨て、シンクエンはただの水が入ったグラスを二本の指でぶらぶらとさせながら、時折それを口に運ぶ。


「しかも首長の息子達はともかく、姪が俺達のことを暴露しても首長は何事もなかったかのように接してきたじゃないか。あの落ち着きっぷりからして最初から見て見ぬふりをするのは決定事項だったんだ。あっちにしてみりゃ、

『子供のうちは色々と悪戯したいもんですからな。分かっておりますよ、ええ』

ってなもんだろ。最初から相手にされてなかったんだよ」


 正直、シンクエンももう休みたいのだ。

 なのに、正体がばれたというのでガッチョーンとばかりにショックを受けているウルティードが、なかなか帰ってくれない。


(あの大人しい、いい人っぽい雰囲気に騙されるなってことか。さすがは海の覇者を名乗るディリライトの首長だけはある)


 恥ずかしい思いはした。同時にこれでディリライト島滞在中は、本来の王子を差し置いてにこにことしていなくてすむ。

 そう思うシンクエンは、ざまあみろとばかりにウルティードへ、

「現実を見ろ。俺らこそが品定めされて笑われてたんだ」

と、現実を突きつけた。


「う。お前、・・・どうしてそこで塩を擦りこんでくるんだ」

「こっちの身にもなれ。俺は全く花嫁なんて見つける気はないのに、お前のおかげで毎回こんな茶番に付き合わされてるんだ。いいかげん、さっさと決めろよ。そうしたら本国もきっちり交渉してくれるさ」

「どうせなら全ての王女を見てから決めたいじゃないか。当たり前だろ」

「ふざけんな、このボケ王子。結果としてどこから漏れたか知らんが、こっちがいい見せもんになってんじゃ話にならんだろ。俺は毎回、そんな傍系王族程度でうちの王女や公爵令嬢を娶れると本気で思っているんですかなって、冷たい視線を浴びまくってんだぞっ」

「問題は本人の資質だ。傍系王族であれば問題外と、最初から全く諸事情を見抜きもせずに判断するような女を娶っても意味がない。愚かな妻など百害あって一利なしだ」


 そこでプイッとそっぽをむく第二王子を、殴ってもいいだろうかと、シンクエンは本気で思った。

 勿論、その気持ちは分かる。だが、その為に釣り餌として使われる自分のメンタルは、いい加減に耐用期限切れだ。

 それに全財産を賭けてもいい。

 口ではそれだけ利口な王女が欲しいのだと言ってはいるが、単にウルティードは自分の好みの姫君を探しているだけで、そんなことは全く考えていない、と。


「とっくに自分が愚かな王子判定されていることをまず受け入れるんだな。さ、そろそろ部屋へ帰って寝ろ。どうせ正体がばれてるんなら俺はもう知らん。後はお前がやれよ。俺はのんびりと過ごさせてもらう」

「なんでだよっ」

「どうしてこれで俺がのこのこと出て行けるってんだっ。俺は基本的に室内でゆっくりと本を読んでいたいんだよっ」

「せっかくのディリライト島なんだぞっ」

「勝手に一人で泳いでこいっ」


 ぽいっと部屋の外へ放り出されたウルティードは、

「ちょっと待てっ。俺への愛が見えないぞっ、こらっ」

と、喚き立てていたが、

「その王子様は酔っ払ってるんだ。丁重に寝台へ放り込んできてくれ」

「かしこまりました。シンクエン様」

と、キマリー国からついてきている護衛兵によって寝室へと連行されることになった。


「ちょっと待てっ。どうして俺の方が偉い筈なのに、お前らシンクエンの命令ばっかりきくんだ、おいっ」

「申し訳ございません、ウルティード様。陛下より、シンクエン様のご命令を優先するようにと命じられております」


 見た目はそれこそ麗しき王子様っぽい容姿のシンクエンだが、その実態は第二王子の花嫁探しの隠れ蓑兼お目付け役でもあった。






 ディリライト島はとても治安がいい。島だけに、何か事件を起こしてもそう簡単には逃げられないからだ。

 勿論、ディリライト諸島の他の島へ逃げるのであれば小さな舟でもできないわけではないが、大陸方面へ行くとなったら舟ではかなり厳しいことになる。

 かなり質のいい真珠が採れるばかりか、貴石も採掘され、食べ物も美味しいディリライト諸島へは貿易関係の商人ばかりか、ゆったりとした島での生活を過ごしたい人々も多く訪れる。

 だから市場や貸別荘が建ち並ぶ辺りに行くと、ディリライト諸島の人間ではないと一目で分かる人も多くいる。


(だからって、どうして私がその貸別荘に連れ込まれているのかしら?)


 遥佳はそう思った。

 自分はただ市場へ散歩に行っただけなのだ。

 何故かといえば、どうして遥佳がキマリー国の王族を知っていたのかと、三兄妹は話し合ったらしい。そういう時、コウヤは子供達に答えを与えるような真似はしない。

 ディリライト首長の教育方針は、「まず自らが考えて動く力を持て」式なのだ。

 それでもタイキは、

「まだ父上が何もハールカのことを語らないうちはね。とりあえず静観するよ」

だったが、カシマは問いただす気満々で、

「さ、着替えたらハールカんトコ行くか。ハールカが歯を磨いて・・・の時間は俺らより長そうだな」

と、朝食後の身支度が終わり次第、押し掛けてくる気だと察してしまったからだ。


(駄目よっ。この塔にいたらカシマが来るっ。膝詰めで審問状態になってしまうわっ。逃げなきゃっ。だけど逃げたと分かったら怒りそう。あ、そうだ。散歩に行ってたことにすればいいのよっ)


 全身を覆うヴェールを羽織ってさっさと逃げ出した遥佳は、市場に向かった。

 ここは自分も少しは見聞を広めておいてもいいかと思ったのだ。


(美味しい何かを見つけて帰れば、きっとヴィゴラスみたいにカシマもごまかされてくれるに違いないわ。単純だもの)


 ところが色々な物が沢山ありすぎて、しかも売り買いしている人達の喧騒も凄いときたものだから、遥佳にとってはそこを歩くだけで疲労困憊状態になる。

 

「あ。綺麗」


 それでも単価が高いせいなのか、比較的に空いているスペースがあり、遥佳はそこで真珠が売られているのを見つけた。


「綺麗だけど色々な形なのね」

「ええ、お嬢さん。綺麗な円形にならなかった真珠だから装身具にはならないけど、なかなか綺麗でしょう。まあ、使い道がないから安いんだけどね」

「こんなに綺麗な光沢なのにね。それに微妙に色が違って楽しいわ」


 ヴィゴラスのことを思い出す。真珠は傷つきやすく、ちょっとしたことで光沢を失ってしまう。だからヴィゴラスも真珠は集めていなかった。

 それでも安いし、それに綺麗なものを眺めるのが好きなヴィゴラスは、ガラスの煌めきすら楽しんでいたではないか。室内で眺めるのなら、問題はないだろう。


「これ、この一番大きなサイズのそれをザル二つ分くださいな。できれば色つきが多い方がいいの」


 純白とは限らず、ピンクがかったもの、黄色みを帯びたもの、青っぽい光沢があるもの、灰色や黒のような筋が入ったものなど、それら一つ一つが違っていて歪んだ形も面白い。自分でさえ見ていても飽きないのだ。ヴィゴラスならもっと喜ぶだろう。


「あらまぁ。そんなに沢山? 何に使うの? かなり高くなりますよ、それだけ沢山だと」

「綺麗な物が好きな子がいるのよ。これでとても素敵な遊び道具を作ってあげようと思って」


 自分の親指の爪よりも大きい歪んだ真珠(バロックパール)をザル二つ分買えば、ついでに教えてもらった店で穴を開ける為の細いヤスリと丈夫な糸とを買う遥佳だ。

 

(これで暖簾(のれん)みたいなものを作ってあげましょ。ヴィゴラスの部屋の入口に垂らしてあげて、・・・あら? だけどあの子、ずっと私の部屋に入り浸っているような?)


 第7神殿でいる時は常に自分の後をついてくるヴィゴラスは、遥佳の寝室で寝ると主張して、結果としていつも一緒だ。

 ヴィゴラス用の部屋もほとんど使っていないのではなかろうか。


(だけど、・・・そうよ。イスマルクが戻ってきたら、ヴィゴラスも自分の部屋に戻るだろうし)


 ついついねだられるままにお風呂も寝るのも一緒になっていたが、イスマルクはそこらへんがかなりきっちりしている。

 いつまでも甘えて親離れできない子になるんじゃありませんと叱りつけて、ヴィゴラスを自分の部屋へと戻すことだろう。

 きっと寂しがってヴィゴラスもしばらくは荒れるだろうが、それでも綺麗な歪んだ真珠(バロックパール)の暖簾を入り口に取りつけてあげたら機嫌を直してくれるに違いない。


(そういえばヴィゴラス、優理の所では近くの山の上で寝るから大丈夫って言ってたけど。本当に大丈夫なのかしら。あんなに寂しがり屋なのに)


 優理はちゃんとご飯の手配もしてくれているだろうが、あの人懐っこいヴィゴラスだ。毎晩、寂しくて辛い思いをしているのではなかろうか。


(帰ってきたらヴィゴラスの好きな物を沢山作ってあげましょ。そうだわ、こっちで売られている干物とかも買っていってあげればいいわね)


 治安の良さを誇るディリライト島だ。だから遥佳も周囲を警戒していなかった。

 その為、自分をじーっと見ていた人物にも気づかなかったのである。


「あなたっ、・・・あなたって呼んでるでしょっ」


 そこでぐいっと手を引かれて、遥佳は驚いて振り返った。

 けれども自分の腕を掴んでいるのは知らない顔だ。茶色の巻き毛に青い瞳ということは、ディリライト島の人間ではない。

 誰だろう? と、遥佳はその心を探った。


「え、・・・って、エルルーカ姫?」


 キマリー国における王弟の娘にあたるエルルーカ、17才。


「やっぱりっ。あなたっ、昨日紹介されていた方よねっ」

 

 遥佳が深くかぶっていたヴェールに手をやって、エルルーカはその下に隠されていた額飾りを確認する。

 きらりんと、その蒼い瞳が光った。


「ごめんなさい。いきなりあなたのヴェールをめくった非礼はお詫びするわ。だから、お詫びの気持ちをこめてこちらでおもてなしさせてちょうだいっ」

「えっ、えっ、いえっ、お気遣いなくっ。全く非礼なことなんてされていませんからっ」


 お詫びの気持ちなんて大嘘だ。単に彼女は遥佳を引っ張っていきたいだけである。

 遥佳は救いを求めて、エルルーカに付き従っていた人々に助けを求める(ヘルプ・ミー)視線を送った。


「申し訳なさすぎてそういうわけにはいかないのよっ。さあっ、どうぞっ。すぐそこですからっ」


 なのにエルルーカの侍女らしき女性もおろおろするばかり。そして護衛につけられていた騎士達もどうしたものかと、顔を見合わせることしかできないらしい。

 

(ああっ、こういう場合はどうすればいいのーっ。お父さん助けてぇっ)


 そうして遥佳は、キマリー国一行が滞在する幾つかの貸別荘の内の一つ、エルルーカ姫が滞在するそこへ連れ込まれたのだった。




 さて、ここで事態を自分の中で整理しようと、遥佳は思った。

 焦げ茶頭の第二王子ウルティード、21才は王様の息子だ。

 茶色巻き毛のエルルーカ、17才は王弟の娘だ。つまり、ウルティードと従兄妹(いとこ)になる。

 金髪頭のシンクエン、23才は先王弟の孫息子。つまりウルティードやエルルーカの祖父と、シンクエンの祖父は兄弟だったことになる。


(だけどお祖父さん同士が兄弟って、・・・ほとんど他人よね?)

 

 それでも同じ王族という扱いになってしまうのだから、男系とはそういうものなのか。


「あなたも首長の姪にあたるってことは私と同じ立場なのよね。だからお話してみたかったの」

「そうですか。だけど私はエルルーカ様と違い、政略結婚の義務はないのですけど」


 何事も一緒にすませておけと思ったのか、シンクエンの側近に扮しているウルティード第二王子が女性を伴うパーティーの場合にとエルルーカが同行させられているのは、よその王族における王子などを見定める為らしい。

 王弟の娘ということは、キマリー国王の姪ということだ。王女程ではないが、キマリー国にとって使える未婚女性であることには変わりない。


(そっかぁ。あのシンクエンって人、傍系王族として他国訪問をさせられながら、気の毒にも国王の息子と姪の監督役もさせられているのね)


 けれどもエルルーカは他国の王族などに興味ないらしい。

 こればかりは難しい問題だと、遥佳は思った。


「え? だけどディリライトって様々な国が縁組を望んでるでしょ。首長様にはケイト姫しかいないんだから、あなただって私と同じ状況じゃない」

「そうかもしれませんが、私は、・・・他国に出せる娘ではないものですから」

「あら、どうして?」

「体が弱く、子供が産めないのです。ですから今回の宴でも積極的に私を王子様方に紹介しようとしなかったのですけど」

「まあ。ごめんなさい、失礼なことを」

「いいえ、お気になさいませんよう」


 嘘も方便である。

 こう言えば、全く問題はない。遥佳は、自分が少しずつ人と渡り合うスキルを身につけていることを実感した。


「それより、ディリライトはいかがです? キマリー国とはかなり違うことでしょう。ご不便なことなどはございませんか?」

「違っているからこそ楽しいんじゃないかしら? 砂浜は真っ白で綺麗だし、遠浅の海を歩けば綺麗な魚が泳いでいるのよ。とても素敵。それより、その敬語はよしてくださらない? なんだか寂しいわ」

「じゃあ、失礼して。エルルーカ姫もこちらのタイキやカシマの顔を見に来たんでしょう? 非公式でざっくばらんな感じの個別時間をとった方がいいなら手配するけど?」

「そうね。だけどそれなら私じゃなくてうちのウルティード王子とそのタイキ様、カシマ様との時間をとってほしいわ。ウルティード王子ってば、こっちの舟に自分も乗ってみたいとか言い出して、だけど危ないからって止められてブーブー文句言ってるんだもの。うるさいのよ」

「ああ、それならタイキやカシマが面倒みてくれると思うわ。伝えておくわね」


 昼食だけではなく、わざわざ持参しているキマリー国のお茶を出してもらいながら、遥佳とエルルーカは他愛ないお喋りを楽しむ。


(政略結婚もできないってんで安全な人認定されちゃったのね、私)


 同じ立場と思えばこそ、友達になれるかもと思ったらしいエルルーカだが、今度はそういった役にも立たない娘と知って、自分こそがお友達になってあげねばと思ったようだ。

 強引だが悪い人ではないのだ。

 そこへ、コンコンとノックの音が響く。


「エルルーカ様。シンクエン様が、ハールカ様がいらしたことをお知りになりまして、是非ご挨拶にと」

「お通ししてちょうだい」


 しばらくしてから、金髪に青い瞳をしたまさに王子様っぽいシンクエンがやってきた。


「ようこそおいでくださいました、ハールカ姫。エルルーカ姫が無理を通したようで申し訳ございません」

「あ、いいえ。とても楽しい時間を過ごさせていただいております。今、この歪んだ真珠で作ることのできるカーテン飾りなどの相談もしていたところです」

「おや、なかなか面白いものを。・・・ところでお供もつけずに歩いていらしたとか? エルルーカ姫が強引に連れてきたと知りまして、お預かりしている旨、お邸の方へ使いを出そうかと思ったのですが、内緒で出ていらしたなら知らせない方がよいのではとも迷いまして、お伺いに参りました」


 なんだか苦労人らしいと、遥佳は思った。

 きっとウルティードやエルルーカの世話係として全ての報告が彼に行われ、それらについての指示を下す立場にあるのだろう。

 シンクエンは違う建物に滞在しているようだが、ハールカが来ている報告を受けてやってきたらしい。


「そうですね。知らせを受けた途端、すぐに迎えを寄越すと思いますので、そろそろ自分で戻ります。私も市場で散歩していただけですし、思いがけずエルルーカ姫様と楽しい時間を過ごさせていただきました。・・・聞けば、ウルティード王子様は、こちらの舟に興味がおありとか。私もタイキ達に舟に乗せてもらったりしているのですが、よかったら今度ご一緒にいかがでしょう?」


 ウルティードとエルルーカのことはまずシンクエンに話を通した方がいいのだろうと考え、遥佳は分かりやすいようにそれを持ち出した。


「それは喜びそうです。では、お邸まで私が馬でお送りしましょう」

「いえ、馬に乗る程の距離でもありませんし、王族の方にそんなことをさせては、私が叱られてしまいます。それに沢山のお茶菓子も出していただきましたし、腹ごなしがてらのんびりと戻りたいと思うのです」

「王族といっても末端ですよ。それに私も散歩がしたいところだったのです。どうぞ送らせてください」


 軽くウィンクしてくるシンクエンは、まさに本物よりも洗練されている。

 困ったなぁと思った遥佳は、そこでエルルーカに声を掛けた。


「あの、・・・でしたらエルルーカ様もお散歩ということでご一緒にいかがでしょう? いえ、姫様に私を送らせるだなんて申し訳なさすぎますので、シンクエン様とエルルーカ様の散歩途中で私が別れるといった形で。実は、ディリライト邸よりも少し行った先には、とても綺麗な夕焼けが見える場所があるのです。海に沈む太陽を中心に他の島が脇に添えられる形で見える為、そこで愛を誓う恋人同士も多いのですけど」

「まあっ、ぜひ見てみたいわっ」


 一気に表情を輝かせるエルルーカだ。


「帰りはそのまま道なりに行けば戻ってこられるんですけど、その途中で色々な露店もあるので、軽食を買って二人で分け合って食べたり、可愛らしいものを買ってあげたり、王族の方にはちょっと雑に見えるでしょうけど、そんな恋人達の様子を見るだけでも微笑ましく思えるのではないでしょうか」


 ちゃんと観光案内もしてみる遥佳だ。


(うん、これで夕焼けを見て、そのまま庶民っぽい軽食を二人で買ったり食べたりして楽しめる筈よ。完璧じゃないっ)


 自分はなんて人間づきあいの達人になったのだろうと、そう胸を撫でおろしながら遥佳はシンクエン、エルルーカと共に帰ることにした。

 背後に護衛の人達はいるが、それはもう考えるまい。自分は二人のデートプランナーなのだ。


(見てちょうだい、お父さんっ。私はここまで成長したのよっ)


 そんな遥佳は、書き置き一つで出かけた遥佳などどこぞで迷子になっているに違いないと、カシマ達が捜していることは、全く考えもしていなかった。






 遥佳が市場で買った歪んだ真珠は不出来な製品ということになるが、きちんと真円だったり半円だったりする真珠も売られている。


「ですから、道端で売られているそれを女性に買ってあげる男性も多いんです。ピンクがかっている真珠はあなたのことを大事に思っていますとか、黄色がかっている真珠はあなたがお金に苦労しないようにとか、真っ白な真珠はあなたを思う気持ちは純粋なものですとか、黒みがかったものはあなたの眠りを私の愛で包んであげたいとか、そういった感じらしいですけど、そういうのは関係なく綺麗だからと選ぶ人も多いみたいですね。このディリライトを訪れたお土産に買う人も多いとか」


 ケイトから教わったことを思い出しながら、せっせと遥佳は説明してみた。

 恋人達のデートスポットの一つだけあって、その夕焼け絶景スポットの近くでは、そういう露店も多く出ているのだ。


「まあ、なんてロマンチック」

「なるほど。ですが私の目には、今、二つの真珠が映っていますよ。年頃の姫に勝る輝きを持つものなどどこにありましょうか」

「うふふ、シンクエン兄様ったら」

「・・・・・・うわぁ」


 さすがは第二王子の隠れ蓑として様々な場所へ行かされているだけはある。


(その気のない相手に口説き文句を言い慣れているところに、この人の苦労人生が透けて見えるわ)


 ほろりと落ちた心の涙を拭う遥佳だ。

 そんな一行は、ディリライト邸が近づいてきたところで、何か慌ただしい様子に気づいた。

 

(何かあったのかしら。だけど外国人であるシンクエン様達に知られたくない方がいいなら、うまく遠ざけなくちゃ)


 そう思った遥佳が様子を探ろうとした途端、門から出てきた使用人と目が合う。


「ああーっ、良かったっ、ハールカ様っ。よくぞご無事でっ」

「えっ!?」

「皆様にもお伝えしてまいりますっ」

「・・・え?」


 その使用人が引っ込んだかと思うと、すぐにタイキ達が飛び出てくる。


「ハールカッ、・・・え? シンクエン様?」

「えっと、・・・申し訳ございません、タイキ様。やはりご連絡申し上げておくべきでした。ご心配をおかけしましたこと、お詫び申し上げます」


 シンクエンがエルルーカを庇う為、前に出ていく。

 彼も日中は散策に出ていた為、報告を受けるのが遅れていたのだ。


「実は私とエルルーカ姫が市場を散策しておりましたら、そこでハールカ姫にばったり出会いまして、せっかくですからと図々しくもお招きしてしまったのです。申し訳ございません。とても楽しいお話を披露してくださったものですから、連絡を入れることも失念してしまいまして・・・。こちらの手落ちでございました」

「あ、いいえ。そういうことでしたら、こちらこそ楽しい時間を過ごさせていただきましたことをお礼申し上げます。ましてやシンクエン様、エルルーカ姫にまで送っていただいたとは、こちらこそ申し訳ないことを」

「いえ、こちらが考えなしでございました」

「そんなことは全くございません。こちらもハールカに供の者をつけていなかったばかりに・・・」

「それこそ安全な証拠でございましょう。さすがは海に浮かぶ真珠と名高きディリライト島と、感服いたしております」

「過分なお言葉です」


 さすがに宴とはいかないが、そういうことならば是非夕食を共にと、タイキが言い出した。


「実はこちらの夕焼けが美しいとハールカ姫に教えられて見に参るところなのです」

「そうでしたか。では、ご案内申し上げましょう」


 その会話を聞いていたカシマも、兄の目配せで賓客を迎える夕食の用意を手配しに行く。


(お、おかしいわ。私はシンクエン様とエルルーカ姫のデートをセッティングした筈なのに、どうしてダブルデートになっているの?)


 しかも立場上、遥佳をシンクエンがエスコートし、エルルーカをタイキがエスコートすることになってしまった。何故なら、それが外交だからだ。

 

(ごめんなさい、お父さん。私はやっぱりまだまだみたいです)


 自分に仲人の才能はないようだと、遥佳の目に赤い夕焼けが眩しすぎる。


(ごめんなさい、エルルーカ姫。シンクエン様と二人きりで見たかったわよね)


 泣きたかったのは夕日が赤すぎたからに違いない。




 その夜、お忍びでディリライト島を訪れているウルティードは、自分が海で拾ってきた貝や捕まえてきた魚を見せてやろうと思っていたのに、その相手がいないことで唇を尖らせた。


「なんで夕食の時間なのにシンクエンがいないんだ?」

「シンクエン様でしたら、ディリライト邸の夕食にお招きいただいたとのことでございます」

「どうして俺の海には付き合わねえくせに、よそには行ってんだっ」


 癇癪(かんしゃく)を起こしても、いないものはいない。

 ロンリーに黄昏(たそがれ)ながら、ウルティードは一人ぼっちご飯をもそもそと食べるしかなかった。

 泣きたかったのは塩気がきつすぎたからに違いない。


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