↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/281

24 遥佳はディリライトへ向かった

 

 

 13の島からなるディリライト諸島。その中でも一番大きな島であり、諸島における中心的な役割を果たすのがディリライト島だ。

 ディリライト島の首長が暮らすディリライト邸の敷地内にある海辺の塔に、ほとんど150年ぶりに光が灯された。


「コウヤ様。あの塔に光が見えたそうですが、誰か人をおやりになりましたか?」


 ディリライト邸の主人であり、ディリライト首長の座にある男性の名はコウヤという。

 長く仕えてくれている男にそう問われ、コウヤは訝(いぶか)しげに読んでいた書物から顔を上げた。その男の後ろには、ぞろぞろとついてきたらしい三人の子供達もいる。


「父上。あの塔は閉鎖されている筈でしょう。さっき、一室で光が動くのが見えたのです。ですが誰も知らないと」


 どうやら長男のタイキがその光を最初に見つけたらしい。まずは使用人に尋ね、知らないというので父に彼と共に尋ねにきたのだろう。


「だーからあんな所、放置しとかなきゃいいんだって。何なら俺が使ってやろうか?」


 次男のカシマは、昔からあの塔をくれとうるさかった。まだ諦めていなかったのかと、コウヤの目が少し細くなる。


「あら。ずるいわ、兄様。なら私が使いたいわよ」


 長女であり、末っ子のケイトは前々から兄二人に比べて部屋が小さいとブーブー文句を言っていたからだろう。しっかり参戦してきた。


「賊でも入りこんだか? いや、まさか・・・」


 その塔は、ディリライト諸島を束ねる首長の屋敷内にあって、ほとんど閉鎖されている。時折の掃除は入るが、基本的にそこは使われていなかった。

 何故なら、その塔の主は不在だからだ。


(だが、それを伝えるのは代々の首長にのみ、だ)


 いずれは長男のタイキにも伝えるのかもしれないが、今まで何度使わせてほしいと言われても、

「曰(いわ)くつきの塔だから駄目だ」

と、言って、歴代首長達は誰にも使わせないまま放置してきていた。

 コウヤの父も、祖父も、曾祖父も、その事実を半信半疑のままに・・・。


「合鍵を作られたか、それとも一番上の窓から入りこんだ・・・というのはさすがにないか」

「あの塔の天辺(てっぺん)からどうやって入りこむんだよ、父上」

「だが、最上階の窓は内鍵ではないのだよ」

「その前に死ぬから。あんな高いとこ、誰も登れねえから」


 次男のカシマがコウヤの呟きに呆れ返る。


「どれ。見に行ってみるか」

「鍵を貸してくだされば俺達が見てきますよ、父上」

「いや、たまには夜の散歩もいい。タイキもついてきなさい」


 屋敷の主であるコウヤは、息子達を連れてその塔に出向くことにした。

 掃除などの場合には渡したりもするが、そこの鍵は首長が管理している。


「おや。たしかに鎧戸(よろいど)が開けられているな」

「掃除の途中だったんじゃない? 昼の内に終わらなかったのかしらね」


 コウヤの指摘に、ケイトが至極当然な成り行きを察してみた。

 だが塔の出入り口となっている扉を開ける前に、その扉が内側から開けられる。


「あ・・・。大丈夫でした? 当たらなかったですか?」


 大きな箒(ほうき)と数本のモップを持っていた少女が、コウヤに向かって心配そうにそう尋ねた。

 エプロンをつけて腕まくりしており、どうやらモップを洗いに行こうとしていたようである。


「う、うむ。ああ、大丈夫だ。当たっていない」


 そう答えながら、コウヤはその少女がつけている大振りな額飾りを見た。


(ふむ。間違いない。性別は違うが、大した問題ではなかろう。だが、あれが失われた・・・)


 やや長めの前髪をその額飾りで横に流すようにして、髪は肩よりも長い程度だ。コウヤの息子達よりも年下だろう。

 それでも初めて実物を見た感動が、コウヤに押し寄せる。


「うちの使用人(もの)ではないな」

「だな。見たことねえ顔だ」

「そうね」


 コウヤは腕の一振りで背後にいる三兄妹の警戒を制した。

 軽くディリライトならではの礼を取って、少女から目を離さぬまま名乗る。


「初めまして。やっとのご帰還、長らくお待ちいたしましたぞ。可愛いお嬢さん。私はコウヤ。今のこの屋敷の主をしている者です」

「まあ」


 すると中から出てきた少女は、慌ててその持っていたモップや箒を横の壁に立てかけようとした。


「あっ、おいっ、それ、きちんと立ててねえって」


 ガシャガシャッ、バッターン、ガラガラッ。

 カシマの声に後ろを振り向いた少女だが、それよりも先に倒れたモップが騒がしい音を立てる。

 きゃっと、肩を竦めているのは身元不明なその少女だけだ。


「えーっと、もう倒れちゃったので・・・。後で拾いますね」


 えへっと笑って、彼女は気にしないことにしたらしい。

 ぱたぱたとエプロンの埃を払い、髪もぱぱぱぱっと手で直した少女は、はにかみながら名乗った。


「初めまして、コウヤさん。私はハールカと申します」


 やっとの帰還とはどういう意味かと、コウヤ以外は誰もが戸惑い中である。

 普段は使用人の振る舞いにも厳しいコウヤだが、この少女の騒がしい行動には笑顔で対応していた。


「ほう。なんとお似合いの優しいお名前でしょう」

「有り難うございます。コウヤさんもきりりとした素敵なお名前です」


 コウヤばかりでなく、その後ろにいる二人の青年と一人の少女、そして年老いた使用人をも見渡して、遥佳は微笑む。

 敵対するつもりはないという意思表示でもあった。


「どうか皆さん。私のことは親しみをこめて、大おばちゃんと呼んでください」


 尚、この六人の中で、遥佳は一番年少だ。全くない胸の膨らみを見ただけで、20才のケイトよりも年下だと一目瞭然である。


「呼べるかぁっ!!」


 カシマが叫んだ。


 


 ディリライトの首長、コウヤとて、まさか自分の子供達よりも年下の女の子に、「大おばちゃん」と呼ぶ勇気はない。

 こほんと咳払(せきばら)いして時間を稼ぐと、遥佳に微笑みかけた。


「どちらかというと私こそ、おじさまと呼んでもらえると嬉しいのですが? 可愛らしいお顔でハールカ殿はお茶目でいらっしゃる」

「その方がいいですか? ならコウヤさん、・・・おじさまも普通に話してください。大伯母ちゃんじゃないなら、敬語で話してるのって不自然っぽいですよね?」


 きょとんとする遥佳に、コウヤも大きく頷いてみせる。


「ああ。その方が嬉しいな。・・・とりあえずハールカ殿、君は私の姪ということにしよう。邸内ではご自宅のように寛(くつろ)いでもらえたら幸いだ。やっと塔の主人が現れたのだから」

「有り難うございます。実は三つ子なので、私と同じ顔をした姉妹がもう二人いるのですが、ここに来たのは私一人なんです」

「ならば君の顔を覚えておこう。その額飾りは一つしかない」

「有り難うございます」


 そこでコウヤの次男、カシマが喚(わめ)き始める。


「ちょっと待てよっ。父上っ、なんでいきなり知らねえ女の子が父上の姪になんだよっ。その額飾りがどうこうにしても、まずは調べるべきだろっ。誰がどう見ても侵入者だっ」

「馬鹿を言うんじゃない、カシマ。そのみっともない口を閉じるんだ。ハールカ殿の前で、ディリライトの名を受け継ぐ者も愚かになったものよと思われてもいいのか?」


 ぐっとカシマも押し黙る。


「父上。そのハールカ殿の額飾りは、うちで飾られている絵に描かれている物と同じに見えますが?」

「よく気づいたな、タイキ。かつて我がディリライトを受け継ぐ者が身につけていた物。今となっては、その額飾りを持って現れる方をこの塔の主として認める通行手形のようなものとなっているが、まさか私の代でお迎えできるとは光栄なことだ」


 コウヤは笑って遥佳の肩に右手を回して引き寄せた。

 そうして邸の方へと促す。


「明日、塔内を暮らしやすいよう調(ととの)えさせよう。しばらくは邸でお泊まりになるといい。いくらたまに掃除はさせてあったと言っても、さすがに埃っぽい筈だ」

「有り難うございます。一応、お掃除はしていたんですけど」

「そのようだね。いつからおいでに?」

「今日の朝です」

「なるほど。気づかなくて申し訳ない」


 コウヤは使用人の男に命じた。


「すぐに客室、そうだな、月光の間の用意を。それから私の団欒用の部屋に軽い食べ物を用意してくれ」

「かしこまりました、コウヤ様」


 年老いた使用人は、月光の間と聞いて身を震わせる。

 女性用の客室の中で一番良い部屋だからだ。


「ケイト、カリンに言ってハールカ殿の着替えと必要なものを用意してくれ。そしてカシマ。ハールカ殿は我らが同胞、大事な血族であり、賓客だ。塔の戸締りをし、それから暮らしに必要な物を全て書き出し、明日、手配するんだ。勿論、できるな?」

「はい、お父様。ハールカさん、私より少し小さいぐらいね」

「あ、着替えなら持ってきてますから。ただ、私の荷物、一番上のお部屋に置きっぱなしなんです」

「遠慮なさらないで。先に戻って用意しておきますわ。朝からお掃除なさってたのなら、湯あみの用意もしておきますわね」

「一番上の部屋には上がるんじゃないぞ、カシマ。ハールカ殿、どうぞ身一つで邸の方へ。必要な物は何でも揃えさせよう。ケイト、お世話させていただく侍女は最低でも5名つけるように」

「はい、お父様」

「あのぅ、私、一人で何でもできます。それに着替えなら、ケイトさんのお古を貸してくださればそれで十分です。客室も寝台さえあれば、寝るだけですし」


 遥佳の意見は無視された。ディリライト邸においてディリライト首長の言葉は絶対である。


「鍵貸してくれよ、父上。ようこそ、ハールカ殿。そういうことであれば歓迎いたします。ディリライト家のカシマと申します」

「ご丁寧に恐れ入ります。私も家名はディリライトになってしまいますが、ハールカと申します」


 ディリライトの名を継げるのは直系のみだ。カシマは驚いたように眉を跳ね上げたが、何も言わずに軽く一礼するに留めた。

 三人がそれぞれ小走りで立ち去った後を、コウヤに肩を抱かれた遥佳が歩きだす。その後ろをタイキがついていった。


「この額飾りだけで良かったんですか?」

「いや。他にも幾つか伝えられてはいるが、分かりやすくて助かったよ」

「そうなんですか。実は腕輪もあったんですけど、腕輪は私の妹を守ってくれてる人にあげてしまったんです。お父さんの代わりにって思って。だからいつか、その人が私の妹とここを訪れるかもしれませんが、妹が一緒でなければ認めてくださる必要はありません」


 なるほどと、コウヤは頷いた。


「その事情は書き加えておこう。認めるのは我が血族のみだからね」


 遥佳もその言葉を了承する。


「君はタイガ殿の何代目の子供になるのかな?」

「タイガは父です」

「・・・なるほど。人としてのそれを外れたというのは嘘ではなかったか」


 感慨深そうにコウヤは月を見上げた。


「コウヤさん・・・いえ、おじさまは何代目ですか?」

「君のお父さんの弟から六代目ぐらいかな」

「そうしたら他人ぐらいに血は遠くなってますね」

「そうかもしれない。けれども大事な血族だと私は思ってるよ、ハールカ殿」

「私も。・・・ご迷惑かとは思ったのですが、一度見ておきたかったんです。父が生まれ育った場所を」

「存分に。他の島々にも船を出させよう。そういえば君は幾つかな?」

「16才です。もうすぐ17才になります」


 真琴がカイトから10才の子供扱いされ、優理はカイネから13,4の子供扱いされたこともある。

 遥佳はここへとやってくる前に、優理に誕生日を計算してもらった。

 ちゃんと自分達は今、16才である。


「そうか。何ならうちの息子と結婚してくれてもいいがね」

「それはちょっと。従兄弟の曾孫(ひまご)よりも下の子と結婚するようなものですよね。旦那様から一族の長老おばあちゃんって呼ばれちゃいます」

「それは大変だ」

 

 二人の会話を聞きながら、タイキは考えこんだ。

 たしかあの額飾りは、かなり前の時代に跡取りだった長男が病死した際、一緒に埋葬された筈だ。

 普通、その娘が16才はあり得ない。自分でさえ24才だ。


(そのタイガという人が、他の種族の血でも入っていて長寿だったのか? だから病死ということにしてよそで暮らすよう手配したのか?)


 だとしたら納得もできる。

 種族が違うと寿命はかなり違ってくる。勿論、互いのいい部分だけが出ればいいのだが、時に短命になってしまったり、どちらの種族よりも弱くなってしまったりすることもある。

 反対に両方の良いところだけが出るケースもある。

 若くして病死したとされたそのタイガは、実は長寿で違う場所に暮らしていたのだろう。

 

「タイガ殿と私は似てるかな?」

「どなたも顔は似てません。だけどさっきのカシマさんは少し中身が似ています」

「へえ、あれがねぇ。どんなところが?」

「まずは自分が出て引き受けようとするところが。私を警戒対象とみて、自分に注意を引きつけようとしたんでしょう。違うと判断したから撤退しただけで、そうでなければ私を攻撃してきたと思います」

「なるほど。あまりにも考えなしな次男で申し訳ない」

「いえ。父も、・・・常に私達を背に庇う人でした」


 ふわりと笑う遥佳の横顔は、とても寂しそうに見えたタイキだ。

 そしてその顔は、古い絵に描かれたその男性に、たしかに似ていた。






 ディリライト家当主の姪として迎えられた遥佳は、海辺にある塔で暮らしているが、食事などは本邸まで行ってディリライト家の人々と一緒にとっている。

 というのも、遥佳一人の為だけに塔で食事を作らせるのも申し訳ないからだ。ついでに侍女もどうにかこうにか辞退した。それでも海辺の塔には掃除や片付けといった世話をする女性が差し向けられてくる。

 遥佳が持ってきた着替えは暑いディリライトでは少し不向きらしく、遥佳にはディリライトの気軽な服が提供されていた。

 こうして海辺の塔が作る日陰に入りながら海を眺めていると、遥佳は自分もディリライト人になったような気になる。

 

(タイキが24才、カシマが22才、ケイトが20才。・・・なんて分かりやすい。きっときっちり家族計画したのね)


 物静かで几帳面なタイプに見える首長コウヤだが、実は戦う人らしい。ディリライト邸の人々を前にして遥佳を姪だと紹介し、塔で暮らすことを伝えた。同時に、遥佳の要望は全て聞き入れるようにとも指示している。

 その際の皆に質問を許さない様子は、物静かなだけではないのだろうと、遥佳に実感させた。


(お父さんが暮らしてた場所。だけど本当にここって首長の権力が凄いのね)


 父が使っていたという最上階の窓からは、遠くまで海が見える。

 コウヤの姪に遥佳のような存在などいないことは誰もが知っている為、その素性を訝(いぶか)しがりながらも当主の言うことは絶対とばかりに従う人々にも、感心する遥佳だ。

 コウヤの妻であるカリンも、遥佳をコウヤの隠し子ではないかと最初は疑っていたが、遥佳がつけている額飾りが代々この家に受け継がれ、そしてかつての跡取り息子と共にこの家から失われたものと知り、ここで素性を云々(うんぬん)する方がよろしくないと考えたらしい。

 血の繋がらない姪として、仲良くしてくれている。

 

(お父さんがディリライトの正装してる絵。優理と真琴にも見せてあげたい)


 遥佳に気を遣(つか)ってくれたのだろう。

 コウヤは、本邸に飾られていたタイガの絵を遥佳に見せてくれた。


『あの、図々しいお願いなんですけど、この絵、模写してもらうこと出来ますか?』

『勿論だとも。どんな大きさがいいかな。あの塔に飾るのならばかなり大きくできるだろう』

『あ、そうじゃなくて。私達、何かと移動が多いんです』


 コウヤに頼めば持ち運びできる小さいサイズで描き直して渡してくれるとのことだ。

 腕のいい画家に発注してくれるとのことだったので、真琴が取り返してくれたラフスケッチも画家に渡し、五人一緒に描いてもらうようにお願いしている。そして同じ絵を三枚描いてほしいと。


『えーっと、この女性の色彩は銀髪に黄色の瞳なんですね?』

『ええ。銀髪で影になる部分に少し金色を落としてください。子供達はこの絵の男性と同じ色合いで』

『分かりました。ポーズはどうしましょう?』

『五人が仲良くいる感じでお願いします。このスケッチに、あの絵の男性が座って一緒に笑ってる感じがいいです』


 ギバティ王国中の街角に貼られた紙も、こんな遠く離れた島にまでは届かない。画家はその絵を知らなかった為、普通に受注してくれた。

 女神の色彩は知られている為、少しずらしたが、光の加減でどうにでもなる。


(おじさまもちゃっかりしてるわよね。自分の分も追加で一枚注文したもの)


 それでもコウヤは思慮深い男性だ。それを外に出すことはないだろう。自分の妻子にも遥佳の正体を伝えていないのがその証拠だ。


(コウヤおじさま、私がお母さんの子供って分かった上で普通にしてくれている。他の人達は、私の額飾りと昔の絵に描かれたのが同じってことで、様子見に入ったみたいだけど。ここでお父さんの血を継いでるってことが目くらましになっちゃってるのね)


 遥佳にとってディリライト家は決して居心地の悪い場所ではなかった。


(黒髪に焦げ茶色の目。だけどやっぱり海に囲まれているだけあって、日に焼けているから褐色の肌になっちゃうのね。見分けるのが大変。私を見分けてもらった方がいいのよ)


 誰も彼もが同じ色合いなので、額飾りを外せない遥佳だ。

 代々この家に受け継がれ、タイガの額を飾ったそれは女性用に作り直され、タイガからシアラスティネルへ愛の言葉と共に贈られた。

 タイガにとって、それはシアラスティネルへの婚約指輪のようなものだったのだろう。


(だけどお父さん。指輪より大きければもっとアピールできるってもんじゃないと思うの。ついでに付加価値が大きければ大きい程、逃げられないってもんじゃないとも思うの。そのあたりがお父さんよね。お母さんが悪女だったら、ディリライト、とんでもないことになってたんじゃないかしら)


 贈られた母はもういない。だからこの家に返そうと思って持ってきた。

 コウヤはきっと遥佳が持っていればいいと言うだろうが、この家に受け継がれてきたものなのだから、この家に返すのが当たり前なのだ。

 

(だけどあと少しこの額飾りを持っていたい。お父さんがお母さんを好きだった気持ちが伝わってくるから)


 タイガの前にも持っていた人達の情報が読み取れないわけではない。だが、いくら自分のご先祖様とはいえ、見たこともない人なのでさすがにそっちはスルーする遥佳だ。


(あ。誰か来た)


 そうして塔の前にある庭でぼんやりと海を眺めていた遥佳は、草を踏んで近づいてくる気配に振り返った。

 髪を短く切り揃えた彼はこの塔が気に入っているらしく、何かとやってくる。


「ハールカ。今日は海へ出よう。磯(いそ)ばかりじゃつまらないだろ? 兄上も先に用意してる」

「あの、私、やっぱりカヌーはひっくり返ると思うんだけど」

「大丈夫だ。今度はどんなにとろい子でも平気なように大きな舟にしてきたからな」

「・・・有り難う、カシマ。だけど私、そこまでとろくないと思うの」


 タイキもカシマもケイトも、海はまさに庭だ。

 だから舟を操るのも泳ぐのも巧みで、それこそプールと整備された海水浴場しか知らない遥佳ではとてもついていけなかった。いや、ズルをすれば大丈夫だが、それはまずい。


『あら? ハールカ、潜っちゃった? きゃーっ、何流されてるのーっ』

『うわああっ、ハールカッ!?』


 一応、遥佳はちゃんと泳いでいたが、波が自分をおいでおいでと遠くまで連れてってしまっただけなのだ。


『べっ、別に泳げるもの。単に顔よりもっと上に海面があっただけだものっ』

『その前にハールカ。腕と足の動きがあまりにも遅すぎるんだ。カシマ程は必要ないが、ケイトぐらいは動かさないと駄目だぞ?』

『・・・え』


 仕方なく昨日は浜辺で火を熾(おこ)して、彼らが獲ってきてくれたサザエやアワビなどを焼く用意だけしていた遥佳だ。


『うわぁ、まだ生きてる。やっぱりお魚屋さんで買うのとは違うのね』

『そりゃそうだろうが、その前に何を後ずさりしてるんだ?』

『だってカシマ。それ、ピクピクしてる』


 遥佳は十分楽しかったのだが、それではつまらないだろうと、カシマ達は思っているらしい。

 けれども従兄弟(いとこ)の孫息子よりも下の子供達だと思えば、遥佳にもプライドはある。だから頑張ってみようと、ちょっとは思った。


(ううん、ここで頑張らなくっちゃ。お父さんの子供なんだもん、私にだってできる筈よっ)


 ディリライト諸島を狙っている国は多い。

 だから遥佳のことも血族の末裔(まつえい)になりすまして入りこんだスパイではないのかと疑った人もいたようだ。


『ハールカ殿は、軍船にはご興味など? 良かったら案内しますぞ。ケベリックにはお断りしたところですがな』

『お気持ちは嬉しいんですけど、怖いのって苦手なんです。ケベリックさんは勇気があるんですね』

『ケベリックは国の名前です』

『あら?』


 けれども遥佳がその辺りの事情に疎(うと)すぎるばかりか、あまりにも物知らずなので、疑う気持ちを持ち続けるのも嫌になったらしい。


『えーっと、ハールカ様? 何をなさって・・・』

『なんかこの棒が外れてたから、元に戻してあげようとしたの。だけどこの穴に合うのが見つからなくて』

『それは閂(かんぬき)でも柵(さく)の一部でもなく、有事の時に吹く笛です』

『そうなの。だからここに転がってたのね』


 遥佳とて人の心を読めばそれぐらいはすぐ分かるのだが、どうしても初めて見た物などは何が何だか分からない。

 ディリライト邸で侍女もつけられ、どこに行こうが何をしようが自由で、外出時には案内人と護衛をもつけるとされた遥佳だが、塔が暮らせるようになった途端、さくさくっと逃げてきてしまった。

 こうして塔でのんびりと父に思いを馳せている方が気楽なのだが、タイキやカシマ、ケイトはせっかくだからと遥佳を連れ出しにやってくる。

 そして遥佳の運動神経の鈍(にぶ)さをなめていたと反省したカシマは、かなり気を遣うようになった。

 そして今もこうして舟の用意が出来たからと、誘いに来たわけである。

 遥佳は昨日で十分海を堪能したから、今日は休みでも良かった。


「こっちの塔からいける近道があるんだ。ほら、ここ」


 カシマが崖のようになっている場所を見下ろすようにして指し示す。


「近道どころか、私には人が行ける道なんてどこにも見えないんだけど」

「簡単だろ。ここをひょいひょいと下りていけばいいんだ」


 足元の不安定なその岩の突起に足を掛けて下りていくカシマの姿に、遥佳は視線をそのまま横にずらした。

 かつて地球で父の大河と妹の真琴がボルダリングしていたことを思い出す。

 あれは人間業じゃないと、遥佳は思っていた。


(ヴィゴラス。あなたが懐かしいわ。飛んでいけるってとても素晴らしいことだったのね)


 いつもはそれなりに仕事もしているらしいが、遥佳には連日ディリライト家の三兄妹がつきっきりで面倒をみている。


「分かったわ、カシマ。私、あっちの道を下りてくるから」

「あのなぁ。・・・しょうがない。普通の道、行くか」


 諦めてカシマは戻ってくると、遥佳と一緒に歩き始めた。

 ここは誰もがぴったりしたシャツとキュロットスカートみたいな格好だ。遥佳もそういった服を渡されている。

 勿論、きちんとした格好をするなら別だが、海に行く場合はそんなものだった。


「泳ぎ方もその内に覚えなきゃな。泳げるようになったら楽しいぞ、ハールカ」

「言っておくけど波がこなければ泳げるのよ、私」

「それは泳げるとは言わない。ほら行こう」


 カシマとケイトも警戒心を持っていたらしいが、南国ならではのパンの食べ方も分からないばかりか、出された果実も初めて食べるといった遥佳のそれを見ていたら、気負っていた自分達が馬鹿らしくなったらしい。


『これはどうやって食べるんですか、おじさま?』

『それで突き刺してくるりと・・・ふむ、逃げられてますな』

『きっと食べられたくないのね。だけど突き刺せば・・・えいっ、・・・あら? もっと逃げてるわ』

『スプーンを持ってきてくれ。・・・まあ、その内慣れるだろう』

『私もそう思います』


 今までどこで暮らしていたのかと訊かれたので、ギバティ王国だと話したら、ギバティ王国の話をしてくれとせがまれた。

 しかし遥佳は治療院のことしか知らない。ギバティ国王の名前も知らない。王子や王女がいるのかも、さっぱりだ。貴族の名前も分からない。


『王様は知らないけど、王様には弟がいたわ。20代じゃないかなって思うの。その人なら見たことあるわ。黒い髪に青色の目をしてた』

『普通、王様の弟より王様を見るものじゃないかしら。役所とか公的な建物内にも肖像画とか出回ってるでしょ?』

『そういえば役所って、・・・行ったことない』

『もしかして私達の方が詳しかったりするんじゃないかしら』

『そうかもしれないわ。だって私、ギバティールに行ったこともない、・・・あ、暮らしてたことはあったかも。だけどおうちから出たことなかったから街って見たことないの』

『何をどう言えばいいか分からないけど、本当にハールカってばどうやって生きてきたの』


 この時点で、とても哀れむような視線を向けられた遥佳だ。ちょっと切なかった。


『だ、だけどね、南にあるドリエータのことは知ってるのよ。街道には貸し馬屋さんがあるの。そしてね、治療院では牛と山羊と鶏を飼ってるのよ?』


 しょうがないので治療院のことばかり話していたら、完全にもうこれは駄目だと思われたらしく、それからは手のかかる妹のように扱われている。

 今もカシマが手を差し出してくるのは、少年少女の青春的なものではなかった。


「別に手を繋いで行かなくても大丈夫よ。私、子供じゃないんだから」

「昨日も転びそうになっただろ」

「・・・ぎりぎりで転んでないもの」

「はいはい。・・・って石でもよろけてんじゃねえかっ」


 そうしてぎゅっと手を握られて海辺へ行けば、肩より長い黒髪を後ろで一つに括ったタイキが舟を用意していた。ケイトは何か荷物を舟に積んでいる。

 二人ともやはりぴったりとしたシャツに裾の広がったズボンだが、ケイトは日よけの布をかぶっていた。


「あら、ハールカ。帽子だけじゃ駄目よ。あなた、日焼けに慣れていないでしょ? ほら、その下に布をかぶっておかなきゃ」

「有り難う、ケイト」


 遥佳は帽子をかぶっていたが、ケイトから頭に薄手の布を掛けられる。


「とても大きな舟ね。十人ぐらい乗れそう」

「乗るだけなら可能だが、今日はあっちの岩場に行くからね。これぐらいでいいんだ。カシマ、ハールカを乗せてやれ。ケイト、行くぞ」

「別に私も一人で大丈夫。・・・・・・有り難う、タイキ」


 うんしょと、ケイトに続いて一人で乗りこんでみようとした遥佳だ。けれども舟の位置が高すぎて、片足を船のヘリに掛けたまま乗れない現状を見かねたタイキによって、両脇の下に手を入れられて持ち上げられる。


「いや。本当にひ弱なんだな、ハールカ」

「マジか」


 カシマも遥佳が崖を降りられないばかりか、まさか舟に乗り込むだけの筋力がないことに愕然としたらしい。

 そうして海へと漕ぎ出せば、そこはゆらゆらと浮かび、どこまでも広がる青い世界だ。


「夜は宴会だからな。俺達がいない方が準備の邪魔にもならんだろ。・・・なあ、兄上。ハールカも出るのか?」

「どうだろうな。今日の客はキマリー国だったか」


 タイキとカシマが舟を漕ぎながらそんな話をしていく。


「ねえ、ケイト。キマリー国って、貿易か何かの関係があるの? たしかこことはあまり近くないわよね?」

「そういうのもあるけど、色々と探ってきているのもあるわね。うちは水軍的なものもあるから」

「こんな長閑(のどか)な島なのに気が抜けないのね」


 遥佳がケイトに尋ねれば、どこか緊張感を孕む答えが返ってきた。


「だが、ハールカもその気になればそういう力を持てるだろ? その額飾り、うちに代々伝わってるってことは、その気になったら父上を押しのけてこのディリライト家の頂点に立てるんじゃないか?」

「その理由がないわ、カシマ。それに思ってもないことを言うもんじゃないと思うの」

「どうして俺が思ってもないと思うんだ? 誰だってそれを疑ってる」

「疑うのは現実が見えてない人だけよ。大体、私、人と会うのも話すのも嫌いだもの。どうやって首長のお仕事するの。たとえおじさまが譲ってくれるって言っても、私、頂点に立つ前に失踪するから」


 適性問題なのである。その言葉に納得してしまうタイキ達も失笑せずにはいられない。


『おお、その額飾りは。お初にお目にかかる。私は、このディリライトでは・・・・・・おや?』

『ハールカなら挨拶してる途中であっちへ駆けてったぜ? その顔が怖かったんじゃねぇ?』

『へ?』


 実は遥佳の額飾りを見てお近づきになろうとした人間もいたのだが、遥佳は言葉を交わすのも嫌がって逃げまくったのだ。逃走したと言ってもいい。

 だから現在、三兄妹が遥佳につけられている。


「だが、ハールカは三つ子なんだろう? あとの二人もハールカみたいな感じなのかい?」

「ううん。姉は頭はいいけど気が強い感じかしら。そうね、姉なら首長ぐらいやるって、・・・言わないかも。お金になることは好きだけど、面倒なのは嫌いだもの。妹は素直だけど感情的で運動が得意なタイプね。運動は得意だからディリライトは合うかもしれないけど、財産とか権力には興味ないと思うわ」

「その二人はどうしてここに来なかったの? ハールカだけじゃなく三人で来ればよかったのに。私、そんなにタイプが違う三つ子なら揃っているところを見てみたかったわ」


 遥佳は少し考えた。


「そうなんだけど、姉は今、人生修行とか言って街角で占い師してた挙句、自分に交際を申し込んできた人をぶん殴ろうとして忙しいところなの。妹はマジュネル大陸に行っちゃったわ」


 三人は、聞いた言葉の意味を噛み砕こうとする。

 いささか普通じゃない話を聞いたような気がしたからだ。


「ねえ。どうしてお姉さん、街角で占い師してるの? そんなに日々のお金に困ってたの?」

「それはないけど。ユーリって様式美にこだわるから、こういう時は占い師よねって、面白がってやってただけじゃないかしら。その裏でしっかり荒稼ぎしていたみたいだし」


 ケイトが、どうして怪しげな街角の占い師なのかと問えば、遥佳も複雑そうな顔でそう答える。

 占い師をするのは流れ者が多く、きちんとした家のある人間がやる職業とは思われていない。


「それに、よく分からないけど、交際を申し込んだらぶん殴るって、そんな文化があるの?」

「ないと思うわ。だけどその交際を申し込んできた人、ちょっとおかしい人だったみたいなの」

「おかしい人なの?」

「ええ。何でもユーリを手に入れようとしてユーリが住んでいたおうちの扉を破壊して、家財道具や全ての物を盗んでいったらしいのよ。そしてユーリが他の男と付き合うようなら、その男を殺せって手下達に命令したんですって。普通、人を好きになったら告白してお付き合いから始めると思うんだけど」

「・・・ちょっと待って、ハールカッ。何をあなた、そんな悠長なこと言ってるのっ。大変でしょっ、それっ」

「大変だけど、私じゃ何もできないもの」


 そう、遥佳にできるのはヴィゴラスを優理に貸し出すことだけだ。

 遥佳は溜め息をついた。

 自分は弱い。真琴が弓矢で傷つけられても何もできず、優理が変な男に執着されていても心を痛めるだけ。


「いやちょっと待て、ハールカッ。そんな大変な状況ならそれこそここに連れてくるべきだっただろうっ。手下もいる男相手に、しがない占い師が何をできるっ」


 櫂(かい)を放り出したタイキが、がしっと遥佳の両肩を掴む。

 どうして自分達の血族の娘がそんな状況に置かれていて知らぬことと思えるだろう。


「大丈夫よ、タイキ。だってユーリ、根性たくましいから」


 その勢いに目を丸くしながらも、遥佳は小さく手を横に振った。


「大丈夫じゃないだろうっ」

「普通はそうなんだけど、ユーリは大丈夫なの。だって・・・」

「だって?」

「だってユーリ、今とっても機嫌悪いんだもの。マーコットが怪我した後だから。完治したから良かったけど、そうじゃなかったらとんでもないことになってたわ」


 ほうっと遥佳は溜め息をつく。

 いつも一緒にいた自分達。一人でも傷つけられたままなら全てを壊したって構わない。

 それを思えばティネルの悪人集団が痛い目を見るぐらい、どうってことではない。


「さすがに殺しはしないと思うけど、その男の人、かなりの痛手は喰らわされると思うのよね。自分の物を盗られて、ユーリが泣き寝入りする筈ないもの」


 そこでカシマが変な顔になった。


「いや、そのユーリとやらが付き合う男は全て殺すって、その男は言ってるんだろ? どうしてユーリがそいつをぶちのめすって話になるんだ?」

「二度とそんな戯言(たわごと)を言わせない為に叩きのめすつもりなのよ」

「だが、女の子一人で何をできるものでもないよ。ユーリっていう子は、何かしらの男手の当てがあるのかい?」

「そうね。一応、その男の人を襲撃するとして、その場に数十人の手下達がいても圧勝できる程度の男手は持ってるわ。だけど本当に殺しはしない筈よ。だから心配ないの」

「・・・そうか」


 困ったように微笑む遥佳に、タイキもそれならいいかと引き下がる。


「ねえ。さりげなく言ってたけど、どうしてもう一人はマジュネル大陸なんてのに行ってるの、ハールカ?」

「え? えーっと、マーコットったら元気すぎて・・・。ちょっと飛んだり跳ねたりしてたら厄介な人達に目をつけられて、似顔絵まで出回っちゃったものだから、ほとぼりが冷めるまでジンネル大陸を離れたの」


 三兄妹は顔を見合わせた。

 マジュネル大陸は魔物と獣人が暮らす大陸だ。人間ではとても敵わない能力を持つ生き物がいる。

 そんな所へ何を好き好んで・・・。


「厄介な人達って今度はどんな人達なの、ハールカ?」

「えーっと三人共、内緒にしてくれる? おじさまにも内緒よ?」


 コウヤにも内緒と言われ、これはディリライト首長とその子供達の間に何か楔(くさび)を入れる一つの工作かと、今までもよくあったことだけに三人の子供達に警戒が走った。

 けれどもそこで怖じ気づくような自分達ではない。


「父上にもか。しょうがないな。いいけど、何をしたんだ?」


 タイキが話を促した。


「あのね、マーコットね、初めてのギバティールだからって、大神殿に行って観光してたの。そこでバッタリ会ったのが第1等神官だったのね。そこでマーコット、お祈りの仕方なんて覚える気はないって言っちゃったのよ。そうしたらマーコットの似顔絵がギバティール中の神殿に回っちゃって、神官達が目の色を変えて追いかけてるの」


 うふふと笑うしかない遥佳だ。


「だからおじさまには内緒よ? おじさま、優しいからそんなこと知ったら、マーコットの為に何かしてくれちゃったりしそうでしょ? どうせマーコットはマジュネルまで行っちゃったから放っておいていいの」


 三兄妹は一気に脱力する。


「ごめんなさい、ハールカ。あなたはともかく、ちょっと残りの二人は来ないでくれて良かったって、私、思っちゃったわ」

「すまんが俺もそう思った。よりによって第1等神官に口ごたえって、どんな礼儀知らずなことを。しかもよりによって大神殿で。女神様へのお祈りなんて常識だろ。しかもギバティール中の神官達が似顔絵持って追いかけるだなんて、やらかしたのはそれだけじゃねえってこったろ」

「二人とも詳しい事情を知らずにそこまで本当のことをはっきり言うもんじゃない。だが、ハールカ。君はそういうことはないんだな?」


 三つ子の内、二人までがそんな面倒な集団に絡まれていると聞けば、タイキも心配になる。

 遥佳は少し考えた。


「どうなのかしら。多分大丈夫だと思うんだけど、神官には会いたくないかも」

「・・・君は何をやったんだ?」

「何もしてないけど、マーコットと同じ顔だから手配書は回ってるかも? マーコットのしたことのとばっちりで私と他の人達、地下牢にも入れられたのよね。ただ、地下牢から出てくる時、助けに来てくれた人達がお庭とか壊しちゃったの。私は何もしてないけど」

「ハールカ。助けに来てくれたというが、つまり脱獄したんだな? 君はその仲間とやらと共に」


 大人しそうに見えて三姉妹とも火種持ちかと、タイキが大きな溜め息をつく。牢に入れられた事情はともかく、そうなると脱獄の方が罪としては大きくなるのだ。


「え? だ、だけど脱獄なんかじゃないわ。それに地下牢に入れた人達、最後には怒ってなかったもの。謝ってくれようとしたもの。だから脱獄とは言わないと思うの」

「ふっ。すげえな、ハールカ。武力で押し通し、それで怒ってないから脱獄じゃねえと平然と言ってのける根性。さすがはディリライトの一員だぜ」


 カシマが、その意気やよしとばかりに頷いた。


「なんにしても目を離すなという父上の言葉の意味がよく分かったよ。一人で来たから大丈夫だとは思うけど、ちゃんと俺達と一緒にいようね、ハールカ」


 タイキがにこにこと遥佳の頭を撫でてくる。


(そうだな。可哀想な三つ子なんだ。変な奴らに囲まれて常識を知らずに育ったんだから)


 それでも見捨てるわけにはいかない。何と言っても遥佳はディリライト敷地内にある塔の主人であり、紛れもなくディリライト直系の娘なのだから。


(警戒してるのがアホらし過ぎる。三つ子はどれもただの馬鹿娘だ)


 正直、遥佳としてはとても不本意な評価だった。






 ディリライト邸の主人であるコウヤは、宴の用意の指揮を執っていた。

 人見知りが激しい遥佳が受け入れるのは、まだ自分と同じ血が流れているディリライト家の人間に限られている。それ以外は面倒なことになるからと、誰に話しかけられても逃げていた。

 隠居(いんきょ)したコウヤの父の所へも挨拶ということで行ってくれたようだが、彼もまた感涙に咽(むせ)んでいたらしい。


『まさかあの額飾りの本物を目にすることが出来ようとは。あれがかつて贈られたという・・・』

『それ以上は口にしてはなりません、父上』

『そうだな。ああ、なんということだ』


 わざわざディリライト邸にやってきて、その感動をコウヤと分かち合おうとした程に。

 人というのは不思議だ。血の繋がりがあるというだけで特別な気持ちを抱ける。

 だから三人の子供達を遥佳のもてなし役につけていたのだが、仲良くやっているようだ。

 どうやら三兄妹には遥佳が出来の悪い妹にも思えてきたらしく、あれこれと面倒を見始めているのだから。


(やれやれ。本当は私達こそが彼女の前に頭を下げなくてはならんのだがな)


 自分達が暮らしていた国の国王すら知らないとはどれだけ辺境に暮らしていたのかと、子供達は頭を抱えていたが、それも仕方ないことだろう。

 彼女達にとってそんな国王の名前など、気に留める価値もなかったに違いないのだから。国王でさえ自分達に頭を下げてご機嫌伺いをしてくる人間の一人にすぎないのだ。どうして覚えておいてやらねばならないのかと、そう言い放っても許される存在だ。

 

(その高貴なる存在は、知らない人と会うのは嫌だし、変な野心もまっぴらだと、塔に引きこもってばかりだが、何ともお可愛らしいことだ。まさか大伯母ちゃんと呼べと言われるとはな)


 とはいえ、今夜はキマリー国の傍系王族や貴族を交えての宴会だ。遥佳にも出席してもらい、楽しんでもらおうとコウヤは考えていた。


(問題はハールカ姫を最上席に座らせたら素性をどうこうと言われてしまうことだ。ふむ、ならば上席などのない円座にしておこう)


 ディリライト諸島は独自の文化を持ち、更に様々な地域との交易を通して色々な文化をも吸収している。その為、各地の事情にも通じ、同時に独立独歩を貫いている特異な地域だ。

 宴会であっても、様々なタイプで行うことができた。


(そうだな。女性は内側で控えてもらっておくか。そしてハールカ姫にはケイトをつけておけばいい)


 四方に扉のある八角堂がある。そこは扉と扉の間に、四つのスペースがあるが、基本的に完全な仕切りのない平屋状態の広い空間だ。

 四つの壁際スペースそれぞれに薄絹を垂らしておき、そこは女性や子供専用とする。

 男性は中央の広間で円形になるようそれぞれの席を設(しつら)えておき、会話を楽しむ。

 女性はそれぞれのスペースで思い思いにご馳走を楽しんでもらうのだ。キマリー国側に二つ、ディリライト側にも二つ。

 キマリー国側の貴婦人達にとっても気楽に過ごせる宴となることだろう。

 ディリライト側は、自分の妻であるカリンが一つを使い、未婚女性であるハールカとケイトが一つを使えばいい。


「くれぐれも粗相(そそう)のないようにな。特にハールカ殿の席には最高の馳走を用意せよ」

「はい」

「カリンにハールカ殿の衣装も用意するように伝えておいてくれ。目立たせる必要はないが、上質なものをと」

「かしこまりました」


 遥佳を姪だと言い、遥佳もコウヤをおじさまと呼んではいる。家族同様に扱うということで、普段の生活も特に変わらぬまま、食卓を共にしてはいる。

 だが、自分達の子供三人を遊び相手に差し向け、そうして他国傍系王族よりも重要視するコウヤの姿勢に、使用人達も遥佳に対しては自然と敬意をはらうようになっていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。