↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/281

23 優理はたくらんだ

 

 聖神殿の建っていた聖山に程近い街ティネル。

 そこで女占い師として潜伏していた筈の優理は、女神シアラスティネルの娘としてではなく、気配が気に入ったと、レイスに誘拐されてしまった。

 それでもレイスから、キースヘルム達によって既に荷物は持ち去られていると聞けば、やはり自分が可愛い。近寄りたくない。偽の恋人契約をレイスと結んだ優理だが、なんだか状況はどんどんハードになっていた。


「お前を攫った人間が分かり次第、殺せと命令したそうだ。何が何でもお前を連れ戻せと」

「・・・連れ戻せも何も、私、あの人とは赤の他人ですけど」

「やすやすと連れていかれたお前には、あいつ自らが教育し直すそうだ」

「何をよっ」


 どうして優理にそこまで執着するのか分からないが、キースヘルムの頭の中では情報屋としての優理を連れ去った相手は、とっくに優理の心も体もメロメロにしていることになっているらしい。

 思うに、自分ならそうすると思っているからだろう。人は自分を基準にして考える。


「情報屋の私が必要なだけじゃなかったわけっ!?」

「最愛の女ってのも本気だったんだろ」

「手を繋いだこともないってのにぃっ」

「カイネがお前を見つけたら数十人がかりで奪還するそうだ。手も握らせてない男にそこまでのめりこませるとは、お前もなかなかの凄腕だな」


 レイスは優理へ情報を出し惜しみはしなかった。


「その考え方がおかしいってゆーのよっ。大体、二、三回しか会ったことないのよっ? なんで私なのよっ」

「俺と一緒で、壁にでも飾っておきたかったんじゃないか?」

「じゃあ。じゃあキースヘルム、私に手を出したりは・・・」

「するだろ」

「ですよねー」


 はははと優理は力なく笑う。


「お前を連れ去って身も心もメロメロにしてくれた男は切り刻み、お前にはそいつのことなんて完全に忘れるような念入り教育をしてくれるそうだからな」

「いやあああーっ」

「そいつに染められた全てを塗り替えてくれるそうだ」

「やめてぇええーっ」


 これは何だかかなりヤバイのではないかと思い、優理はかなり考えた。


「だからこれはアレよ。異常者なんて刺激しちゃ駄目なの。そして私を諦(あきら)めてもらわなくちゃ」

「ほう?」

「だからねっ。恋人契約はいいけど、健全な純愛路線を貫きましょうっ」

「別に爛(ただ)れた愛路線でも構わんが」

「けっんっぜっんっ路線でっ」

「分かった」


 優理の主導により二人はプラトニック大作戦でいくことに決定する。

 それでも安全なレイスの隠れ家にいた優理はまだ現実味のない遠い話でもあった。

 そこにエロ絵画を持ったドレイクが忍びこんできて、優理を見つけてしまうまでは。






 ドリエータ領、ひいてはギバティ王国には沢山の人達が暮らしている。

 だから常に一緒だった真琴と違い、イスマルクの心を見つけるのにはとても苦労した遥佳だ。

 やっとドレシアにいたイスマルクの心を見つけた時には、見つけられた喜びよりも、イスマルクの思考があまりにも変な方向に暴発しすぎていて、遥佳はイスマルクの正気を疑わずにはいられなかった。


(イスマルクの中で私達ってどーなってるの? お母さんの娘だから特別なの? イスマルクの中で私と真琴って、・・・既に現実世界に存在しない人になっちゃってない?)


 あまりのことに目覚めてからもショックが大きかった遥佳である。


(イスマルクの中の私達って三才ぐらいのお姫様になってないっ? 大体、ヴィゴラスにシルクリボンを結んでたのも、単に真琴が自分だけ逃げ出す為にヴィゴラスを口先一つで騙した結果じゃないのっ。何が慈愛の権化なのよぉーっ)


 知るべきではなかった秘密を知ってしまった時、人はこうして「見なかったことにしてやり過ごす」選択を取ろうとしてしまうのだろうか。


(いいえ。いいえ、駄目よ。それでなかったことにしたら、イスマルクがどんどんおかしくなっちゃうわ。そうよ、私がちゃんと自分で訂正しなくてどうするというの。あのイスマルクの変な思考回路をまともに修正できるのは、私しかいないわ)


 そこで遥佳ははたっと気づいた。

 ・・・だけど、どうやれば修正できるのだろう?

 ここは誰か詳しい人に相談しなくては。だけど、・・・誰に?

 今、この第7神殿にいるのはヴィゴラスだけだった。

 何でも相談できるけれど、何を相談しても自分ルールに持っていく幻獣である。


(ハルカ? どうしたのだ、心が現実に戻ってきていないのか?)


 そこへ、遥佳が目覚めたというのに自分を撫でてこないものだからちょっと悲しくなったグリフォンが、顎の下のふわふわの毛で遥佳の頭を撫でてきた。


(具合が悪いなら、まだ休んでいた方がいい。イスマルクなんて放っておけば、勝手に戻ってくる)

「大丈夫よ、ヴィゴラス。なんて言うのかしら。あまりのイスマルクの心にびっくりしちゃっただけなの」

(なんだとっ? イスマルクはそんなひどいことを考えていたのかっ。許せんっ)


 きりっと黄緑色の瞳を煌めかせるヴィゴラスは、いつだって遥佳の味方だ。遥佳の為ならば全ての存在を冤罪に落としても気にしないグリフォンである。


「そうじゃなくて。・・・イスマルクの中では私も真琴も美化され過ぎっていうのかしら。なんか私達のこと、繊細で崇高な存在だと思いこんでるのよ。彼の中では私や真琴ってば、絹の薄物に包んでおかないと傷ついちゃうし、人間社会では清らかすぎて生きていけないってことになってたの。おかしいでしょ。イスマルク、あんな真面目な顔の裏で、どこまで妄想を飛ばしてたのかしら」

(ふむ。イスマルクは正常だ。以前からあいつは見る目があると思っていた)


 大鷲の頭をふんふんと上下に動かすヴィゴラスは、さりげなく遥佳の腕にもう一つ腕輪を足した。


「起きていれば飾り立ててもいいわけじゃないのよ? だけどイスマルク、ヴィゴラスのことは、あまり役に立たないとか思ってたみたい」

(前からあいつは見る目のない奴だと思っていたのだ。精神に異常をきたしていることに、俺は気づいていた)


 憂(うれ)いに満ちた表情を作るグリフォンは、腕輪のことは聞かなかったことにしたらしい。


「何故(なぜ)かしら。私、あなたといるだけで、一つ一つの意見に惑わされる必要はないってことを学んでしまった気がするわ、ヴィゴラス」


 真琴もヴィゴラスも、基本的に他人が何を考えていたところで自分に良ければいいといった考え方の持ち主である。


(有り難う、ヴィゴラス。やっぱり私が頑張るしかないってことを気づかせてくれて。イスマルクには私も真琴も普通に生きてる人間なんだって、ちゃんと事あるごとに伝えていかなきゃいけないのよ。そうよ、努力を惜しまずに相互理解への道を目指すの。それが正しい人間関係の在(あ)り方なのよ)


 ヴィゴラスに共感してもらうことを早々にして諦めた遥佳は、そこでヴィゴラスにねだられるままに頭を撫でて、頬ずりしてあげた。


「でね、ヴィゴラス。お願いがあるんだけど」

(なんでも言ってくれ、ハルカ)

「イスマルクの所へお手紙を持っていってほしいの。もう真琴は大丈夫だって書くから」

(冗談ではない。もう二度とあんな悲しいことを起こさせないと、俺は誓ったのだ。だから俺はハルカから離れたりなんかしない)

「ヴィゴラス。そこでさりげなく私に首飾りを増やさないで」


 言うと思った。

 ヴィゴラスの考え方と行動はとても分かりやすい。

 だから遥佳はその大鷲の頭を撫でながら、機嫌をとってみた。


「だけどね、イスマルク、私と真琴の為に色々な買い物をしてくれたみたいなの。高そうな服とか小物とか。それをハミトさん達の所に送っておくつもりみたいだけど、私、取りに行けないでしょ? だからそれも引き取ってきてほしいのよ。イスマルクを迎えに行ったついでに。ね、ヴィゴラス?」


 返事がなかったので、遥佳は小机の上にあった葡萄を取って、ヴィゴラスに食べさせる。

 嬉しくなってキュルキュルと咽喉を鳴らし始めたグリフォンに、遥佳は持ちかけた。


「ね、ヴィゴラス。私、あなたがいないならここから出ていけないでしょ? だからあなたが帰ってくるまで待ってるわ。あなたがイスマルクを連れて帰ってきてくれるなら、その間にグリフォンの形をしたクッキーを焼いていられると思うの。だからいい子でお使いしてきてちょうだい」

(・・・仕方がない。ハルカの為だ。イスマルクの所へ行こう。そうしたらハルカは俺の為にお菓子を焼いて、俺に食べさせてくれるのだな?)

「食べさせることまでは約束に入ってないわよ、ヴィゴラス」

(そんな・・・!? そんな悲しいことがあっていいのかっ?)


 黄緑色の瞳が一回り大きくなって、慌てたように遥佳の頭を顎の下の羽毛で撫でてくる。

 せっせ、せっせと撫でているのは心の動揺を抑えるためらしかった。

 仕方がないからお使いのお駄賃だと、遥佳は妥協する。


「分かったわ、ヴィゴラス。あなたにグリフォンクッキーを作って食べさせてあげる。それでいいわね?」

(これから毎日だな?)

「どこまで要求を増やす気なのっ」


 怒られてしゅんとしたヴィゴラスだが、これ以上はさすがにまずいと思ったらしく、遥佳の手紙を持って港町へと飛んで行った。



 

 そんなヴィゴラスだったが、イスマルクはちょうど真琴がマジュネル大陸へと向かう船の出港に出くわした為、遥佳からの手紙を渡す必要はなかったらしい。

 ヴィゴラスは、イスマルクのお土産が詰まった木箱を持ち帰ってきた。


「ねえ、ヴィゴラス? どうしてイスマルクを忘れてきたの?」

(仕方ない。俺の背中はハルカとマコトの為だけにある。男を乗せる背中はないのだ。それに箱が重くて、イスマルクまでは乗せられなかった)

「・・・ヴィゴラス。あなたって子は。箱は忘れてきてもいいから、イスマルクこそを乗せてこなきゃ駄目でしょうっ」


 遥佳と真琴の二人を乗せて飛べるヴィゴラスが、どうしてイスマルク一人を乗せられないというのか。

 遥佳は、ヴィゴラスの自分ルール主義を低く見積もりすぎていた。


(私、あなたの思考だって追いかけてたのよっ。あなた、イスマルクは邪魔だって思って置いてきたでしょっ)


 けれどもヴィゴラスはご機嫌で、木箱の中身をチェックしている。


(いいえ、ここは前向きに考えましょ。真琴の出発を邪魔しようとする兵士達を蹴散らしてくれただけでも立派だったのよ。そうよ、あまり多くを望みすぎてヴィゴラスまで矢で狙われて怪我なんかしたら冗談じゃなかったわ)


 イスマルクとヴィゴラスの為、せっせとご馳走を用意していた遥佳は、そう思って諦めることにした。

 そこへ反省など全くしていないグリフォンが、遥佳が眠っていたのは真琴の心を追いかけていたのだろうと思って話しかけてくる。


(マコトは無事か? 今は、海のどこらへんなのだ? 苛(いじ)められたりしていないか?)

「分からないわ。真琴のことはもう探ってないから」

(何故だ? 心配じゃないのか? 海の上だなんて、マコトが帰ってきたくなっても帰ってこられないのに)

「心配だけど、・・・見ちゃいけないことはあるのよ。私達はもう別々の道を歩き始めたから、だから覗き見なんてしちゃいけないの」


 元気な状態なら、真琴はどんな状況下にあっても生き抜ける能力がある。

 だから大丈夫だと、遥佳はほんのりと白く光っている天井や壁を見上げた。

 第7神殿はとても安全だ。自分達が許さない生き物は入ってこられない。


「ヴィゴラス」

(なんだ? どこか出かけたいのか? どこにでも連れて行くぞ)


 くすっと遥佳は笑った。


「そうね。出ていかなくちゃいけないわね。だけどあと少し私はここにいるわ。安全な場所を見つけるまで」

(安全な場所ならここでいいだろう?)


 人の感情を時に読み取ってしまう為、外ではいつも前髪を垂らして顔を隠している遥佳だ。

 そんな辛い思いをしてまで外に出ていかなくても、ずっとここにいればいいではないかと、ヴィゴラスは心配そうにその大鷲の頭を遥佳の首に擦りつける。


「ええ。だけど私達は外に出ていかなくちゃいけないの。いつまでもここで守られているわけにはいかないのよ」


 あくまで第7神殿は自分達の避難先でしかないのだ。自分達が暮らす場所は自分達で見つけなくてはならない。


(何故だ?)

「大人になる為よ。そうして・・・」

(そうして・・・?)


 遥佳はちょっと考えこんだ。


(言ったら、・・・ヴィゴラス、暴動を起こしそうな気がする)


 言うべきか、言わざるべきか。


(宝物のお手入れ係とか言いながら、そんなイスマルクですら私との生活には邪魔だって、わざと忘れてくるヴィゴラスだもの。これで私が配偶者を選ぶ為だなんて知ったら・・・)


 遥佳の脳裏に泣(な)き喚(わめ)いてベッドやクッションを引き千切り、大暴れして、遥佳に一秒たりとも自分から離れず、毎日のキスと大好きの言葉を約束させるまではごねるであろうグリフォンの姿が浮かんだ。


(最初にご飯あげちゃったからよね。刷り込みの雛みたいに懐いてるもの。これでそんなこと言ったら、大好きなママに恋人ができた息子みたいに荒れそう。カイトさんを褒めただけであんなに拗ねるのに)


 ヴィゴラスにとって、遥佳が全てなのだ。

 これはもう大きくなって独り立ちするまで仕方ない。


(だけどこんなに素直で可愛いグリフォンなんだし。いずれゲヨネル大陸に戻してお友達も作ってあげなくちゃ)


 宝石大好きハルカ大好きと言ってはうっとりとしているヴィゴラスだ。

 他の生き物なんて嫌いだとか、孤高の幻獣だとか言ってはいるけれど、こんなに甘えん坊なグリフォンなのだし、本当は人一倍、寂しがり屋に違いない。

 きっと他のグリフォンのお友達を見つけてあげれば、楽しく遊んだりもすることだろう。


「何でもないわ。ね、ヴィゴラス。ゲヨネル大陸の話をして」

(ハルカは何かを隠している。俺には分かった)


 名探偵ヴィゴラスが、その黄緑の瞳で真実を見抜こうとした。


「隠してなんかいないわ。いつも一緒で何でもお話してるじゃない」

(そうなのだ。俺とハルカは仲良しなのだ)


 いつかその秘密を探り出そうと決意しつつも、ヴィゴラスはそれを思考には浮かべない。

 どうせ遥佳は自分と二人きりの楽園にいるのだ。


(なら外に行こう。ハルカは甘い花の香りも大好きだ。俺もハルカがにこにことしているのが大好きだ)

「ヴィゴラスもお外は好きよね」


 ヴィゴラスは遥佳を背中に乗せ、花が咲き乱れる野原へぱたぱたと低空飛行していく。

 横向きに座って、自分の脚の間、腹部に寄りかからせるように遥佳を座らせた。


「いつも思うんだけど、ヴィゴラス、この体勢で苦しくならないの? 私の体重が乗っかっているのよ?」

(全く苦しくならない。別にハルカの体重が5倍になっても問題ない)

「その時は私に問題が発生してると思うわ」


 本当に自分よりも大きな体をして寂しがり屋のグリフォンなんだからと、遥佳がその体を撫でる。


(だけど離れられないのは私の方なんだわ)


 そんなヴィゴラスの感情を利用して、寂しさを埋める為にずっと傍にいさせている自分はとても弱虫だと、遥佳は瞼をそっと伏せた。

 いつかは自分も強くなれるのだろうか。いや、ならなくてはならないのだろう。


「私もヴィゴラスに甘えきってないで、ちゃんと自分で頑張らなきゃいけないのよね」

(何をだ? 俺はもっともっとハルカを甘やかしたいぞっ)

「・・・そ、そうなの」


 美味しいご飯を食べさせて、お風呂でブラッシングしてあげて、ヴィゴラスが喜びそうな色とりどりのガラスや石を与えて甘やかしているのは遥佳の方だ。

 遥佳がヴィゴラスに甘えていると言ったのは、単にヴィゴラスがいてくれるのを当然としてしまっているその甘えきった気持ちの方であって、ヴィゴラスが自分を甘やかしているとかそういう意味ではない。


(あなたの甘やかすってどういう意味なの、ヴィゴラス?)


 遥佳はしばし固まったが、それでもどうにかこうにか礼を言う。


「有り難う。ね、ヴィゴラス?」

(なんだ?)

「真琴だけじゃなく、優理にも力を貸してくれる?」

(勿論だ。ハルカの姉妹にどうして俺が動かない理由があるだろう)


 遥佳は手を伸ばして、その大鷲の頭を撫でた。

 こうして横座りしたグリフォンの脇腹に凭(もた)れているだけで、自分を包んでくる愛情がある。


「あなたの住んでたゲヨネル大陸の話をして、ヴィゴラス」

(・・・ゲヨネルは、幻獣と妖精が多く暮らしている大陸だ。誰もが思い思いに暮らしている。グリフォンはその中でも高い崖の上に自分の縄張りを作るが、それは宝を盗られない為だ)


 ヴィゴラスは遥佳に乞われた通り、話し始めた。






 ギバティ王国の首都ギバティール。そこにある街の一つティネル。

 それは聖山に近い街だ。かといって、住民が聖人君子のように過ごしているわけではない。

 とある建物の最上階にある部屋においても、俗っぽい話が蔓延していた。

 なんということか。一つの集団でありながら、トップであるドレイクの意見をナンバー2であるレイスが却下したのである。


「聞いとらん。聞いとらんで、俺ぁ」


 優理を差し出してキースヘルムから大金を巻き上げてやろうと思っていたドレイクだが、やはりカイネは手強かった。

 しかもレイスまでそちらにまわった。

 何より優理はとても可愛くない少女だった。


「そもそもなしてこんなトコおったんや。レイスッ、そこっ、説明する義務あるやろっ」

「お前が勝手に入ってこなければ何の説明義務も発生しなかったんだが?」

「くぁーっ。なんやこン男っ。何開き直っとんやっ」

「まあまあ。ドレイクさん、そう怒らないで」


 うふふと優理が笑ってみせる。


「ユーリちゃんとは話しとらんわ」


 だが、なんとなく優理には腰が引けてしまうドレイクだ。

 それは優理が、ドレイクがキースヘルムに気を持たれていることを把握していたことにある。


『レイスッ。んなことまで垂れ流したんかっ』

『俺は言ってない。自分に誓ってもいい』


 レイスは言いきった。だから話していない。レイスはそんなつまらない嘘などつかない。

 けれどもそれを知っている人間は限られるのだ。キースヘルムとその側近、そしてドレイクとその中心幹部程度に。

 たとえ発育不良な胸の持ち主であろうとこの小娘には油断すべきではないと、ドレイクの何かが警鐘を鳴らしていた。


「そんなつれないことを言わなくても。あのですね、私達、結婚前提のお付き合いしてるんです」

「そうだな、ユーリ」

「はぁっ!?」

「ちょっ、ユーリちゃん、本気かっ? レイス、俺よりこっち側だぞっ?」


 カイネが、優理の両肩を掴んだ。


「素人(トーシロ)がのめりこむ相手じゃねえっ。流されんなっ、考え直せっ。何があったとしても、人はまたやり直せるんだっ。そこで投げ出すんじゃねえっ」


 小さな両肩をがくがくと揺さぶって、その愚行を止めてくる。

 そこでレイスは椅子から立ち上がって優理の背後に立つと、その後頭部にキスした。


「まだ子供だが、いずれはそれなりの色気も出てくる。気に入ったから口説(くど)いて、今、少しずつ距離を縮めているところなんだ」

「そうなの。だから心配しないで、カイネさん。ちゃんとレイス、私が納得するまで手は出さないって約束してくれてるし」


 つまらなそうに鼻を鳴らすのがドレイクである。


「アホらし。手ぇ出さへんでおいとく女に何の価値あるっちゅーねん」

「お前だって例の神子姫が見つかったら大事に飾っておくって言ってたじゃないか」

「そら神子姫様ならな。何ゆうたかて王女はんより貴重な姫君や。もう床なんて歩かせへんで大事ぃに最上段で飾らせてもらうわ。せやけどなっ」


 そこでドレイクはまっすぐにレイスを見据えた。びしぃっと優理を指差す。


「こんなクソ生意気な子供(ガキ)は別やっ。ええかっレイスッ、ええかげん目ぇ覚ましっ。うちん置いとくよりさっさとキースヘルムに売りつけた方がなんぼかマシってもんやっ」

「・・・レイスをとられたからって悔しがらなくても」


 ぼそっと優理が呟く。ついでに、

「お行儀悪いわよ、人を指差すなんて」

と、その指をパシッと手で弾いてみせた。


「なんやとっ、この女(あま)ぁっ! 別に誰も悔しがってなんかおれへんわっ」

「嘘つきなさいよっ。どうせレイスが一番大事にしてくれてるのは自分だって思いこんでたら、自分にも内緒で私がここで暮らしてたってんで拗(す)ねてるだけのくせにっ」

「拗ねとらんわっ!」

「嘘よっ! 私を見た時から目が笑ってなかったわっ! さっきレイスが私の髪にキスした時なんて、射殺しそうな目だったじゃないっ」

「そりゃ単に、ようも恥ずかしげものうやれるもんやと呆れとっただけやっ!」

「そんな言い訳でごまかされるわけないでしょっ」


 がるるるっ、ぐるるるっと喚き合うドレイクと優理に、カイネが

「はい、どうどう。落ち着いて落ち着いて」

と、割って入る。


「レイス、ちょっとドレイクと話してきてくれ。俺もユーリちゃんと話したいことがあるしな」

「ドレイク来い。何の買い物したんだ。わけわからん請求書がきたぞ」

「そっちン話違(ち)ゃうやろっ」


 ドレイクとレイスが階下の部屋へと降りていく。

 カイネは優理に向き直った。


「ま、無事で良かった」

「ごめんなさい。私を捜してくれてたんでしょ。お金も人もかなり使ったって聞いたの」

「ああ、まあな。そりゃ俺が勝手にしたことだ。だが、ユーリちゃん。もしかしてレイスと何か取り引きでもしたか?」


 優理は押し黙った。


「もしかして口に出さないとか、そういうのもやったか?」


 優理は更に沈黙を続けた。


「なら、違ってる時だけ首を横に振ってくれ。それなら言ったことにはならない。ここには自分からやってきたんだな?」

 

 ぷるぷると優理は首を横に振った。

 カイネが、

「やっぱりか。あの変態」

と、額を押さえる。


「そしてユーリちゃんはレイスと恋に落ちたんだな?」


 ぷるぷると優理は首を横に振った。

「そんなこったろうと思った」

と、カイネは更にげんなりとする。


「レイスにもう襲われたか?」


 そこで優理がぷるぷると首を横に振ったことには安堵したらしいカイネだ。


「とりあえずここは安全だったんだな」

「それは一応。何と言っても私、レイスと真面目に純愛中なので」

「そういうことにしておく取り引きをしたのか?」


 優理は押し黙った。

 なるほどなと、カイネは呟く。


「ごめんね、カイネさん。せめて使わせたお金は弁償するから」

「いや、いい。それにユーリちゃん、今、使えるお金ないだろ。キースヘルムに一切合財(いっさいがっさい)持ってかれたしな」

「あんの身勝手傲慢(ごうまん)サイテー男」


 くっそぉと、口汚く優理が罵る。


「ごめんなさい、カイネさん。もう少し待ってて。ちゃんと返すから」

「まあ、無事で良かったよ」


 レイス達の前ではまさに無頼の徒といった雰囲気のカイネだが、そうやって穏やかに言ってくれる様子はまさに朴訥な農夫か気のいい商人のようで、なんだかなぁと思う優理だった。






 優理が気に食わないドレイクだが、かといってキースヘルムは、優理を連れ去った男を死体にする気満々だとそんな話も伝わってきている。

 レイスを死体にされてしまうわけにはいかない。ドレイク率いる集団は、レイス抜きには語れないのだ。

 何よりドレイクにとって、レイスは自分の片翼だった。

 

「駄目や。あいつ、もうイッてもうとる。この女(あま)と居る男(ヤツ)、殺(バラ)して連れてこい言うとるらしいやん。アタマおかしぃわ。小娘どころか、こぉんな子供(ガキ)やで?」

「らしいな」


 レイスは落ち着いたものだ。キースヘルムがこちらに自分の手駒を入りこませているように、こちらもまたキースヘルムの所に人を送りこんである。

 互いの情報はそれなりに把握し合っていた。


「自分、殺されるかもしれんゆうのに何落ち着いとんのや」

「安心しろ。俺が殺(や)られる前にうちも滅茶苦茶にされるさ。カイネが見つけただけでも兵隊数十人がかりで奪えと言ってるらしいからな。ましてやうちにいると知ったら、ここも焼き打ちされるだろうよ」

「他人事(ひとごと)みたいに言うなやっ。ここはザンガ違うんやでっ。なお悪いわっ」

 

 ドレイクが吼(ほ)える。


(なんか、この二人。構ってほしくて喚き立てる小犬とクールなご主人様って感じよね。だけどこの集団(グループ)の頭はドレイクなんだ。トップが一番偉いわけでもなさそうってのも不思議。だからうまくいってるのかしら)


 大人しく蜂蜜漬けのレモンを齧って見物に徹している優理に、そこでキッとドレイクが視線を向けた。


「そんご当人様もなーに呑気にしとるんや。分かっとるんか? お前(ま)はんのことなんやで」

「分かってますけど、要はうまく終わらせればいいだけですよね」

「なんや。ええ方法でもあるんか」

「そうですね。・・・すみませんが、いい鬘(かつら)屋さん知りません? なるべく足がつかないようなところで」

「鬘を買いたいのか?」


 そこでレイスが問いかける。


「違うわ。私の髪で鬘(かつら)を作ってほしいの」


 今は腰まで伸びた髪だ。自分の髪を示しながら、優理はにっこりと笑ってみせた。


「なら死体剥ぎの奴にさせよう。死体から鬘を作るより簡単だ」

「・・・もう嫌。早く、日の当たる世界に帰りたい」


 レイスはかなり協力的な契約者である。

 けれども全然嬉しくなかった。




 何事も先手必勝である。自分は風にも折れそうな儚くもか弱い乙女かもしれないが、どうして自分の持ち物を奪い取られて、さめざめと泣いて暮らせることだろう。


「いつ、お前が泣き暮らしてたんだ? お前がしていたのは食うことと寝ることだけだろう」

「なあ、図々しいっつー言葉ン意味、知っとる? 乙女っちゅーんはもっと繊細な娘はんに使う言葉や。暴れ牛みたいなガキにゃ使わんの。そんなんも知らんのかい」

「言葉の使い方はともかく、先手必勝どころか乗りこんだ途端に食われんのがオチだ。ユーリちゃん、キースヘルムをなめん方がいい。化粧してなきゃ本気で13の子供って自覚してるか? 俺ぁ、キースヘルムに子供まで手ぇ出すようになってもらいたかないんだが」


 三人の言葉を聞きながら、優理はフッと静かに唇の端だけを上げてみせた。


「いいえ。いつかは決着をつけなきゃいけなかったのよ。こうして一生、隠れ暮らしているわけにもいかないもの」

「俺は全くかまわんが?」

「るさいわ黙れっ、このド変態っ」

「こらこらユーリちゃん。ああ、もう、だんだん口汚くなってきちゃって」


 レイスを一喝する優理は、もう耐えられなかったのだ。

 レイスの抱き枕だけですまなくなったこの日々に。

 彼は、優理が目を覚まさなくても特に体調を崩しているわけではないと、脈拍や発熱やその後の食欲をチェックすることで把握してしまった。

 おかげで今度は勝手に浴室で洗いあげたり、クルンのすり潰しどころか、様々な食事まで身動きとれない優理に食べさせてくる始末だ。生きているおままごと人形の扱いである。


(そりゃあちこちの情報を探って身動きとれなくなってた私が油断しすぎだったのかもしれないけどっ。このままいったらトイレの世話までされちゃうじゃないのよっ)


 自分の気力とプライドが回復不可能になる前にこの状況を打開する必要があると、優理は決意した。


「なあ。純愛中の恋人や言(ゆ)う割に、お前(まん)ら時々おかしゅうないか?」

「愛が深すぎると、他人には分からん二人だけの会話を言葉にこめるようになるんだ。今のは、

『恥ずかしいから結婚の申し込みは二人きりの時にして。人前じゃ素直になんてなれない。私があなたを大好きなことぐらい知ってるでしょ』

の意味だぞ」

「それホンマか? どうみてもそのまんまの意味やろ、おい」

「レイス。余計にユーリちゃん怒らせるなよ」


 そんな外野の声に耳を傾ける価値はない。


(こっれっいっじょっうっ、この男(レイス)に私を好きにさせてたまるかってのよーっ)


 それもこれも、優理とて身動きがとれない理由があったのである。

 真琴はいい。マジュネル大陸行きの船に乗って出たから、後はもう大丈夫だ。心配しなくても怪我も治った真琴なら、仮に船が転覆したとしても生き残ることができる。遥佳が託した以上、あの真琴を助けた獣人は信じていい。

 しかし、遥佳を守らせる為に第7神殿へと行かせた神官イスマルクが、今度は神殿に身柄を拘束されてしまった。

 

(さすがにここで見捨てるのは良心が痛む。なんかあのイスマルクって人、とっても二人を可愛がってくれてたみたいだし)


 女の子用の衣服を買い求める際にも、いかに自分の妹達が可愛いかを惚気ていたイスマルクだ。それはもう疑う余地がない。


(それにきっと遥佳は女性になるわ。あれだけ大事にされてたから)


 いい人達に囲まれたからだろう。あの治療院でもハミトとレイノーに大事な女の子として扱われ、患者達にも可愛い女の子として愛され、更にイスマルクからも特別な女の子として扱われてきた遥佳は、おそらく女性になる筈だ。

 基本的に女性が男性に襲われることがあっても、その反対はあまりない。だから遥佳は女の子として暮らしていても、土壇場で男性になる可能性があった。

 けれども、あの遥佳を怯えさせない男達に囲まれて暮らしてきた日々。となれば女性として変化する可能性が高い。

 優理にとって、遥佳こそが気がかりだった。

 だからイスマルクの置かれた状態を調べ、更にその決定権を持つ高位の神官達を調べ、・・・優理がへとへとになっていたのは仕方ないことだっただろう。

 そうして指一本動かせない状態に優理は陥った。だからレイスには好き勝手されてしまった。


(見てなさいっ。目には目を、歯には歯を。いつかレイスには手枷足枷(てかせあしかせ)をつけて飢えた女達の所へ売り払ってやるっ。その時に私の気持ちを思い知るといいのよっ。・・・だけどまずは私の自由だわ。何をするにしても私が大手を振って往来を歩けるようにならない内はどうしようもない。あんのキースヘルム(やくびょうがみ)がっ)


 なのにドレイク達三人は、女の言葉とその意味について違う話に持ちこんでいる。


「私のことはいいの、大丈夫よ。とか言ってる時に本気で放っとくとやらかしてくれんだよな」

「せやな。それ違(ち)ゃう男探す宣言や思(おも)てええわ」

「もしくは裏切りに走る」


 何を被害者ぶっているのかと、優理は思った。


(誠意のない男が女に誠意を求めるんじゃないわよ)


 所詮、人は同じレベルで釣り合うもの。こんな男達にはそんな女しか寄ってこないのだろう。

 けれども優理は違う。栄光の未来と最高の男性が自分を待っている。


「見てらっしゃい。鬘(かつら)ができ次第、私は動くわよ」


 誇り高く優理は宣言した。






 愛を説く神殿にあっても、暗い部分は存在する。

 大神殿の地下にある牢に放りこまれたイスマルクは、何日目になるか分からないまま、一筋の光もないその場所で過ごしていた。


(暗闇の中に居続けると狂気が襲ってくるというが、俺はまだ大丈夫なんだな)


 それはこの胸に、今も光が射しているからなのかもしれない。

 多くの神殿と数多の神官達の中で、自分だけが数奇な巡り合いにより、女神の愛娘達と同じ時間を共に過ごすことができた。

 その奇跡が、今もこの胸を明るく照らしている。この漆黒の闇にあっても。


(とっくに俺の取り調べは終わっている。待つのは処刑か、苦役か、はたまたなぶり殺しか。どんな悲惨なことが行われたとしても神官達は沈黙するだろう)


 神子姫の一人をグリフォンに乗せて逃がし、もう一人の神子姫をみすみすマジュネル大陸へと向かわせたイスマルクだ。最後の神子姫は行方知れずで棚上げ状態だが、それこそイスマルクは神殿の頂点に立つ存在を失わせた大罪人に他ならない。

 

『どうやって神子様を見つけた、答えよ』

『疲れ果てて道端に座っておりましたら、少年少女と思しき二人連れから治療院で働かないかと言われたのです。自分には大切な役目があると分かっておりましたが、不思議なことにそのお二方は自分を神官と知り、薬師としての技能もあるとご存じでした』

『その時、神子様と分かっておったのか』

『いいえ、全く分かりませんでした』

『では、いつ神子様と気づいたのだ』

『グリフォンを神子様が手懐(てなず)けた時でございます。あの愛と安らぎをもたらす気配。その時に気づきました。貼り紙と全く違うお姿であろうと、この方々こそ神子様でいらっしゃるのだと』


 見つけ出す手段があるなら知りたいというのが神殿上層部の気持ちだ。

 イスマルクなど即座に捻り殺してやりたいと思いながら、それでも神子達の傍近くに居続けた実績が猶予を作ったというべきか。


『そこでどうしたのだ』

『これまでの無礼を謝ろうと膝をついたところ、それだけはするなと命じられました。普通の少年少女として扱うようにと』

『それで従ったのか』

『はい。探索任務の神官として神子様方を裏切るか、それとも治療院の薬師としてお二方にお仕えするか。その選択をお尋ねくださいました』

『どうして隠れてでもこちらに報告しなかった』

『それはしないと神子姫様にお誓いしたからです』

『それが我らの命令に背くことだと分かっていたか?』

『承知の上でございました』

『報告する努力をしようとはしたのか?』

『いいえ』


 第1等神官ばかりか、その背後に控えていた第2等、第3等神官からも罵る声があがる。

 二人の目を盗んで報告する機会は何度でもあった。だが、イスマルクはそれをしなかった。


『たとえ不思議の力をお持ちであろうと、報告する手段はあっただろう。何故、努力しなかった』

『大神殿を裏切ることはできても、神子様方だけは裏切りたくなかったからでございます』


 さすがに殴られたイスマルクだ。

 そこには妬みも混じっていた。


『あのグリフォンの行き先は?』

『存じません。あのグリフォンは常に山頂などで夜を過ごしておりました。神子様方も一緒についていって、共に星を眺めたりして過ごしておられたようですが、私は乗せてもらえませんでした』


 そこで、

「はっ、所詮はその程度であろうよ」

「グリフォンもこんな奴など、どうして乗せようか」

と、嘲笑される。


『そなたが報告した他国への三人連れの幼女というのは?』

『勿論、報告用の目くらまし工作でございます』

『そこまで我らをたばかったか』

『はい』

『悔いる言葉があるならば聞こう』

『ございません』

『そこまでお前はまだ少女にすぎぬ、それこそ判断も未熟な年頃の神子様方の言葉に惑わされたか』

『失格した神官よと誰に嘲られようと、あの方々が口になさる望みを全て実現させていただくことこそ、私にとって最大の喜びにございました』


 腹立ちまぎれに何人かの神官達には蹴られ、殴られた。

 それでも後悔はない。

 こうして毛布も与えられぬまま地下牢に入れられても、まだ拷問がつかないだけマシというものだろう。

 大神殿にも面子(メンツ)がある。

 よりによって女神に仕える神殿及び神官が、女神の神子に嫌われて逃げられたなどとどうして言えようか。


(おそらく俺は、マジュネル大陸の魔物か獣人、そしてゲヨネル大陸の幻獣に、神子様を売り飛ばした恥知らずな神官として処刑されるんだろうな。人間種族の裏切り者として。ドレシアのことも口止めしているに違いない)


 もしもその時に傷跡が目立つようなら拷問による自白強要を疑われるから傷つけないだけだ。

 だが、愚かなことだ。それでどうなるというのか

 神子達はまだ年若い少女。これからその足取りが、そしてやることなすことが全く人々の口の端にのぼらぬことなどあり得ないだろう。


(それこそ今までの矜持をかなぐり捨てて、神子様達が望まれるように努力して差し上げたなら違った結果にもなっただろうに。俺の言葉は届かなかったか)


 イスマルクが持っていた第7神殿の欠片は、第9神殿長達にあげてしまった。ここに持ち込んでも取り上げられるとわかっていたから、聖神殿の欠片だと嘘をついて。

 今のイスマルクには何もない。

 神官としての身分も財産も、全ての権利は剥奪された。

 それでもこの身に残ったものがある。そしてこの牢に入れられてから、イスマルクはずっとそれを練り上げている。

 遥佳は生き物の心に敏く、時には気配を読めるらしい。疲れるからやらないとは言っていたが、その気になればその場所で過去に何が行われたかも読み取れるとか。


(ハールカ、マーコット。せめて君達に、俺の最期がどうか決して知られませんように)


 だからその瞬間には自分の異能の全てを使い果たしてでもその痕跡を消そうと、イスマルクは決意していた。






 朝が来て、夜が来る。そうしてティネルの街は変わりなく過ぎていく。

 キースヘルム集団(いっか)が使っている広い敷地と大きな建物も、いつものように仲間達が集い、散らばり、二十四時間営業といったところだ。

 けれどもその朝は来客があった。

 ドンドンと、キースヘルムが女を連れこむ時に使っている寝室の扉が叩かれる。


「ボスッ、来てくだせえっ」

「お客人ですっ」


 夜の仕事が稼ぎの時間とあって、こんな早朝に叩き起こすなど冗談ではない。

 本来はそんな時間にキースヘルムを叩き起こすことなどあってはならなかった。


「なんだ、慌てて。誰が来たってんだ」


 何事だとボリボリと頭を掻きながら、抱いていた女を押しのけるようにして寝台から起き上がったキースヘルムである。

 だが、扉の向こうではその客とやらと何やら揉めている気配だった。

 

「そっ・・っ。お、お待ち・・・さいっ」

「で・・から応接・・お待ちく・・さいっ」

「うるさ・・ね。この私・・・如きが・・・ていいと思って・・・? ・・なさいよ」

「なに様・・・つもりだっ」

「それ・・・なた達の・・スに訊いたら・・・でしょ」


 まだ女になりきっていない声が扉の外から、かすかに、そして途切れ途切れに聞こえる。

 元気そうな来客は、どうやら遠慮のえの字も知らずにここまで押し入ってきたようだ。


(だが、この部屋はうちの奴らしか知らん。ここの扉は分かりにくい造りになっている)

 

 そう思っていたキースヘルムだが、客人は迷う様子もなくバァンとキースヘルムの部屋の扉を開け放った。


「ボッ、ボスッ、・・・すみませんっ」

「止めましたが・・・っ」


 仁王立ちになった黒髪の少女は真紅のワンピースドレスを身に纏い、生気に溢れている。

 その背後に、少女を止めようにも止められなかった手下達がいた。


「なかなか派手なご登場だな」

「あんたが悪いんでしょ。何を勝手に人の家の扉を壊してうちのもん持ってってくれてるのよ、この泥棒っ。・・・さっさと私の物を全て返却して扉の修理費も大家さんに返すのね。そして私の物を今すぐ返さないのなら、とんでもない目に遭わせてやるわと警告してあげる」


 その元気さに目を瞠(みは)りつつも、楽しさで笑いが漏れるキースヘルムだ。

 どこぞに連れて行かれたと思われていた少女は、よりによってキースヘルムが贈った首飾りをつけ、深紅のワンピースドレスで現れたのだから。

 

「あ、そうだわ。この首飾り、返すから」

「なぜだ」

「ここへの通行手形として使っただけよ。役目は果たしたわ。さ、私の物を返しなさい。それも今すぐ。土下座して謝るなら、お詫びの気持ちとして金貨10枚の上乗せで許してあげてもいいわ」

「・・・なかなか気の強いことだ。ここから帰れるとでも?」


 ゆらりとキースヘルムは立ち上がる。


「服ぐらい着なさいよ。みっともない」


 それでも頬を赤くして目を逸(そ)らすところが、キースヘルムを楽しくさせた。


「何なら今すぐこの体を味あわせてやってもいいんだが?」

「さっきから私は忠告してあげてるわよね? 今すぐ返さないととんでもない目に遭うわよ、と」


 ここはキースヘルムの根城だ。優理は一人でやってきている。しかもその背後にはキースヘルムの手下が既に数十人程集まってきている。


「こんなの、あんたの情婦にでもくれてやるのね」


 優理は首飾りを外し、キースヘルムがいた寝台に放り投げた。一緒にいた女がすかさず手にとる。


「虚勢なら大したもんだが」

「そんなものに頼る理由はないわ。私が口にする以上、それが真実よ。私の物をさっさと返しなさい」

「お前の服から何からをか? どうやって持って帰るんだ?」


 だが、目の前の少女は占いこそ出鱈目だが、それ以外は見事な仕事をしてみせる存在だ。


「服から家財道具まで全て運びなさいよ。あんた達がやったんだからちゃんと同じ場所に戻すのは当たり前でしょ。私が言っているのは、私のお金と宝石よっ」

「・・・たかが占い師の持ちもんじゃなかったな。どこから盗んだ」


 にやりと笑いながらキースヘルムは服を着た。

 さすがにここまで人数が集まってしまうと、一人だけ裸でいても格好がつかない。


「私が何を持ってようが勝手でしょ。私は引き受けた仕事は完璧にこなす占い師よ。それを邪魔してくれたんだから責任はとりなさいよ」


 低く責め詰(なじ)る声に、キースヘルムは何となく嫌な予感がした。


「邪魔?」

「邪魔よ。あんたが私の家から宝石だのお金だのを持っていったおかげでいい迷惑よ。どうしてくれるのっ。あの宝石は仕事遂行の為に預かっていたのにっ」

「ほう? もし、返さないと言ったら?」

「ここが壊滅させられるだけね」


 さすがにこれには黙って聞いていた手下達の方がブチ切れる。


「黙って聞いてりゃ・・・」

「ボスッ、こんな小娘、少しは痛い目に遭わせてやりましょうやっ」

「ちょっとボスに気に入られたからってなんて生意気なっ」


 優理はキースヘルムだけを見据えて、皮肉気に笑ってみせた。

 そこに紛れもない自信をキースヘルムは感じ取る。


「あの宝石とお金をとっくに流したのなら、その責任はあんた達が負うのね。私の家は閉鎖されて誰も入らなかった。そうであれば完璧に終わっていた仕事だったの。それを邪魔した責任はあんたがとるのよ」


 キースヘルムは優理から目を離さずに命じた。


「おい、ロンダル。持ってこい」

「いいんですかい? あれはかなりの逸品だと」

「いいから全部持ってこいっ」

「はいっ」

「急ぐのね。猶予はもうないわ」


 慌ててロンダルが走りだせば、優理はせせら笑って付け加える。


「どうしてそこまで自信たっぷりにここを壊せるというのか根拠を聞こうか」

「これでも仕事に関しては秘密を守るというのが私のやり方なの」


 そこで、グアアアンッと、大きな地響きをたてて建物が大きく揺れた。


 ガンガンガンッ、グァーンッ。

 ドォオーンッ。

 

「何だっ!?」

「見てこいっ、何ごとだっ」

「地震かっ!?」

「どこだっ!? 襲撃かっ」


 平然としているのは優理だけだ。


「だから言ったでしょ。遅過ぎよ」


 優理の呟いた声を聞き咎め、キースヘルムはその腕を引っ掴む。


「痛(いた)っ、離してっ」

「何を知ってるっ」

「あんたが悪いんでしょっ。どうして私の部屋から宝石を盗んだのよっ」


 そこで、手下達の大きな悲鳴が響き渡った。


「グリフォンだぁっ!」

「グリフォンが攻撃してきたっ!」

「ボスッ! グリフォンがっ!」


 キースヘルムも大きくその黄緑色の目を見開く。

 ゲヨネル大陸に棲むという幻獣グリフォン。それは宝石や黄金に目がないといわれるとても凶悪な・・・。


(まさか・・・)


 そこでハッとしたキースヘルムは、優理を見下ろした。

 自分を見上げて責めてくる焦げ茶色の瞳に、キースヘルムは慌てて自分の部屋に置いてあった宝石を幾らか搔き集める。


「それをくれてやるっ。だからグリフォンを鎮(しず)めろっ!」

「悪いけどこれだけじゃ無理よ。私の家にあった宝石と金貨はっ!?」

「すぐに持っていくっ。だからどうにかしろっ!」

「あれがなくてどうにかできるわけないでしょっ! あんたが悪いんじゃないのっ!」

「・・・くそぉっ!」


 キースヘルムはロンダルが走り去った方向へ自分も駆け出した。

 今も連続してドッシーンガッシャーンという音が響き、建物を揺るがしている。

 

(あいつっ、連れ攫われたわけじゃなかったのかっ。そうじゃないっ、グリフォンと契約してまで請け負った仕事・・・っ。そうだ、あれは一介の占い師やなったばかりの情報屋が持てるレベルの宝石じゃなかった!)


 その宝石も仕事を遂行する為のものだったとしたら・・・。

 キースヘルムの脳裏に、優理の依頼人が浮かび上がる。

 あれだけの宝石は、仕事をこなす為の材料にすぎなかった。それ程の仕事を請け負っていた為、優理は黙って家を閉鎖し、姿をくらませていた。


(連れて行かれたわけじゃない。巧妙に姿を消してまであいつは動いていた。しかも宝石が絡むと理性を失うばかりか、どんな生き物とも狎(な)れ合わないとされるグリフォンと組んでまで・・・っ)


 だが、どうやればグリフォンと契約なんてできるのか。

 グリフォンは孤独に生きる幻獣だ。契約などできる筈もない。

 だが・・・。

 このギバティ王国でグリフォンにまつわる噂を先だって自分は聞いていなかったか。


(そう、ドリエータで神子姫が乗って飛び去ったという幻獣だ)


 隠し部屋に行けば、ロンダルが別に取り分けておいた優理の宝石と金を持って出てきたところだった。


「い、今さっきの振動はっ!?」

「いいから渡せっ」


 それを引っ掴むと、キースヘルムは今も続いている振動に唇を歪めながらも優理の所へ戻った。


『うわああっ』

『壁がぁっ』

『地下への扉も破壊されたぞっ』

『まずは逃げろぉっ!』


 階下から、手下達の逃げ惑う声が響き、まさにここは戦場かと思える程だ。


「さあっ! お前の宝石と金だっ。さっさとあのグリフォンをどうにかしろっ!」


 今も、ドシーンガッシャーンと、大きな振動が響いてきている。

 ぐらぐらと揺れるものだから、キースヘルム達がいる場所とて、すぐにも床が抜けそうだ。


「私の部屋の家財道具、ちゃんと戻すんでしょうね?」

「戻すっ」

「扉の修理費、ちゃんと大家さんに払ってよ。私、追い出されたくないんだから」

「払うっ」

「さっきの宝石、慰謝料としてもらってもいい?」

「いいからっ。さっさとグリフォンをどうにかしろっ」

「あ、それから・・・」

「まだあるのかっ!」


 その最後が大事なのだ。


「あんた、私にとんでもない懸賞金かけて捜してたんですって?」

「・・・・・・」

「それ、解除されていないのよね?」

「いいからさっさとあのグリフォンをどうにかしろっ」


 優理にとって一番大事なことなのである。だから譲る気などない。


「私、あんたに、懸賞金、掛けられてるのよね?」

「分かった! 取り消すっ」


 さすがのキースヘルムも優理の要求を呑むしかなかった。


「取り消した後でまたやったりするんじゃないの?」

「しないっ! 約束するっ」

「破ったら今度はもっとひどい目に遭わせるわよ」

「分かったからさっさとどうにかしろっ!」


 今も階下からは、手下達の逃げ惑う声が響いてきている。


「あ、だけど・・・」

「まだあるのかっ!」

「どうやって下りればいいと思う?」


 もう黙って優理の体をぐいっと掴(つか)むと、キースヘルムは横抱きにして走り出した。どんな形であれ、自分の根城を壊されたなどいい恥さらしだ。

 一部が破損した階段や揺れをもうまく避け、キースヘルムは優理を抱えて一階まで駆け下りる。


「なんてこった・・・」


 キースヘルムも呆然としてしまう程に、一階は玄関ばかりか様々な部屋がぶち壊されていた。

 そればかりではなく、一階の天井を蹴破る形で二階の部屋も幾つかは破壊されている。

 グリフォンは奥にある豪華な部屋をドッシーンズッシーンと、今も壊し中だ。


「あらあら。全く、だから言ったのに」


 優理は周囲をきょろきょろと見渡しながら、グリフォンが暴れている部屋へと近づいていった。


「さあ、こちらがあなたへの報酬。どうぞ受け取ってくださいな、グリフォンさん」


 優理がそれを見せると、暴れまわっていたグリフォンの攻撃が止まる。

 そして優理は、その場でグリフォンと共に持っていた中身を確認していった。


「あら、嫌だ。三つほど足りないわね。・・・宝石、ちょろまかしたの?」

「グルルルルル」


 離れた場所にいるキースヘルムを振り返った優理だ。


「知らん。持って帰ってきたのはそれだけだ」

「あら、そう。じゃあ、あなたの部下がちょろまかしたのね。ルビーが一つ、サファイアが一つ、そしてエメラルドが一つ足りないわ。ちゃんと取り返しておいてちょうだい。三日後までにね。私の家に届けて。そして家財道具も今日中に戻してもらいましょうか」

「・・・分かった」


 不満そうに唸り声をあげているグリフォンに、これ以上暴れられるのは困る。

 キースヘルムも優理の言い分を飲むしかなかった。


「グリフォンさん。じゃあ、これが前金。だけど足りない三つの宝石は三日後の支払いの際に足して払うわ。さ、持っていって」


 優理がそれを渡すと、グリフォンは腹立ちまぎれにそこにあった部屋の壁を一蹴りして崩した。とっくに壊れていた外壁から飛び去っていく。


「さて、と」


 優理はキースヘルムに向き直った。


「グリフォンは宝に関しては話が通じない幻獣。そっちの部下がちょろまかした宝石は何としてでも取り返してちょうだい。そして私も疲れてるからさっさと休みたいの。私の家財道具もちゃんと戻してね、今すぐ」

「・・・うちのこの状態を見て、自分の心配だけか」

「私だってすっごい仕事をしてきたんだから、さっさと休みたいのよ。帰宅して一眠りしようと思ったら家財道具が全てなくなっていた私の気持ちが分かる?」


 キースヘルムにもらった首飾りはとっくに外してキースヘルムの寝台に叩きつけてきた。慰謝料に幾つかの宝石もせしめたし、まあ、こんなものだろう。


(ふふん。こんなものね。ざまぁみなさい)


 優理が玄関へと向かおうとした時、がしっとキースヘルムの手が優理の腕を掴む。


「痛いわ、離して」

「鬘(かつら)、か」


 もう片方の手で優理の髪を引っ張ったキースヘルムは、長い髪だった鬘が外れた優理の顔をまじまじと見る。

 こうして見れば、少年のようにしか見えない。

 だが、今、そういう噂がありはしなかったか。


「お前、仕事を受けていたと言ったな」

「何のことかしら? 記憶にないわ」

「ドリエータで、とある少女がグリフォンに乗って飛び去ったという噂がある」

「へー」

「そしてこのギバティールの大神殿でも少年の姿にしか見えない少女が現れたと」

「へー」

「それはどういう意味があると思う? 情報屋としてのお前に聞いている」

「報酬は?」

「さっき、宝石を渡しただろう」

「あれは慰謝料でしょ。まあいいわ」


 優理はペシペシと自分の腕を掴んでいるキースヘルムの手を叩いた。

 さっさと離せ、の意味である。

 キースヘルムがその手を外すと、優理はその鬘をかぶりなおした。

 そうしてキースヘルムに向き直る。


「ねえ、とても高貴なお方がちょっと外国に出かけたいわって思った時、だけどそれには邪魔する人が多かったり、追跡してくる人が多かったりするのが鬱陶しくて厄介だって場合、どうすればいいと思う? 特にこの国で一番人数が多くて権力もある集団って何かしら」


 くすくすと笑う優理は、騙される奴が悪いと言わんばかりだ。


「そういう時の囮(おとり)はね、目立たなきゃいけないの。陽動ってのは目立ってナンボよ。しかも今まで思いこんでいたことが全く違ったのかと思えば、人は驚いて思考を停止する。おかしさに気づかなくなるの。たとえば月光の髪を持ち、夕焼け色の瞳をしていると思っていた方々がいたとして、そうではなかったという囮が派手に登場して、しかもあちこちで姿を現したら、それではおかしいってことすら考えられなくなるのね。その囮を追いかけるので手一杯になるから」

「・・・続けろ」

「たしかにグリフォンは気位の高い幻獣。人が話しかけたところで気づかない。だから最初のコンタクトは同じ幻獣を通して契約すればいい。たとえばユニコーンとか、ね。・・・あの狂暴なグリフォンが人を乗せたなんてことがあったら、その乗った人はそれこそとても高貴な人扱いされることもあるわよ。そうして囮に惑わされて皆が右往左往している間に、全ては終わっているの」


 そうしてゆっくりと歩きだした優理は、出ていく直前で振り返った。

 にんまりと笑ってみせる。


「だけどそんなお間抜(まぬ)けなものに、あなたは引っ掛かってないわよね?」


 ホホホホホと笑って立ち去る優理を、キースヘルムはまさに悪魔のような娘だと思った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。