98 ラルースはぼやき、真琴は海賊に遭い、遥佳は連れていかれた
ルートフェン国の第一王女カディミアは多忙だ。父王と共に政務を執り行っているのだから。
そういうわけで、彼女が忙しそうな日はルートフェン城の庭にある大きな樹に凭れてのんびりと座り、景色を見ているギバティ王国の王子、ラルースだ。
在ルートフェンのギバティ大使も初めの内は同行していたが、歩いて行ける距離とあって、護衛だけつけておけばいいだろうと思ったらしい。
大体、大使の館の門から城門は一直線で、お互いに叫べば声も届く程の近距離。つまり護衛など同行してくれなくても、互いの門番の視線があれば警備としては事足りる。
というわけで、一人で城までやってくるようになったラルースは、今日もぼんやりと城の中にある林の、その大きな樹の根元で座っているわけで、知らぬ人が見たらうら寂しい感じすら漂っていることだろう。
同じ王子でも、パッパルート王国の王子デューレは、何かとルートフェン国の人達と交流している。
「だからといって、どうして俺は誰から見ても寂しい男な状況をアピールせねばならんのだ」
話してみると、あのパッパルート王弟デューレも、皮肉気な笑みを浮かべてはいるものの嫌がらせなどはしてこないし、配慮も行き届いている。しかし、行き届きすぎていて肩が凝りそうだ。
「仕方ないと思うな。だってデューレ兄様、未婚の男女は節度ある距離を保ち、誰からも誤解されないようにって、いつも口うるさいんだもん」
そんな言葉が上から降ってくる。
「そりゃそうかもしれんが、別に同じ部屋に誰かをいさせればいいだけのことだろう。同じテーブルでの歓談なんて誰もがやっている。あの王子は、王女達に対して過保護が過ぎまいか」
「あー、ダメダメ。同じテーブルだなんて、こっそり皆を遠ざけてけしからんことをするのが男なんだって、だから絶対についていったらいけませんって、兄様言ってた。だからどこかに行った時には神経の小さい王女を装っておくんですよって」
この林がお気に入りの第二王女エルネーは、その葉っぱに隠れるようにして大きな枝に寝転がっているのが日課だったが、最近になってその樹の根元には違う常連ができた、というわけである。
こほんと、ラルースは咳払いをする。
「まあ、それは間違ってないかもしれんが、これでも俺はカディミア王女に求婚中の身。どうして義理の妹になるかもしれん王女に手を出すと思うのだ」
「えー。それは私に魅力がないという意味ですかぁー?」
「そうではなくてなっ」
どうしてそういう指摘をしてくるのかと、逸れかけた話題を力技で戻すラルースだ。
「あまりにも俺が節操なしと言われているかのようで、そこだけは受け入れられん」
男として警戒されないのも悲しいが、最初から警戒されているのもムカつく。
それは男なら誰だって感じることだろう。
「あ。えーっと、ラルース王子・・・」
「なあ、そう思うだろう? 言っておくが、俺は誰に対しても不埒な真似などしたことないぞ」
どこか勢いをなくしたエルネーの口調の変化に気づかぬまま、ラルースは同意を求めた。
カディミア王女と違い、まだデビューしたての第二王女は子供扱いされることも多く、本人もその方がいいとばかりにそれを満喫している。
けっこう長閑なルートフェン国は、第二王女を子供扱いしたところで何というものでもないようだと知り、ラルースとしては全く気張らずにおしゃべりできる相手でもあった。
「ですが、若く可愛らしい王女を前にして枯れ果てたと言われるのも嬉しくないのでは? 私としては婚姻前の王女達に悪い噂が立つのは困ります」
木々の向こう側から、ポットとカップの載ったトレイを持って近づいてきていたデューレが、そこで声をかける。
(あ。まずい。・・・てか言ってくれっ。見えてたんならっ)
ラルースは、さっと口を噤んだ。
「全く、エルネー王女の言葉づかいも順調に良くなってきていたのに、ここ数日は少し停滞しているなと思ったら、私の悪口で盛り上がっていたのですね」
「い、いや、そんなことはないっ。単に今は休憩していただけで・・・」
はははっと、笑ってごまかそうとするラルースだが、デューレはトレイ上のカップにポットの冷茶を注いでから、そのカップを持った手を高く上げる。
「どうぞ、王女殿下。今日はマロウ茶をお持ちいたしました」
「ありがとうございます、デューレお兄様。とても綺麗な色ですわね」
楚々とした口調で受け取るエルネーだ。
カップに注がれた青紫色の冷茶は、きっと自分好みに蜂蜜も足されていることだろう。
「よろしい。・・・枝に腰掛けていなければもっと良かったのですがね」
ラルースにも同じ茶を渡し、しかしラルースにはレモンを一切れつけてきたものだから好みを把握しているとしか言いようがない。
「まさか王子に給仕をさせるだなんてな」
ラルースは苦笑しながら受け取った。
「仕方ありません。ルートフェン王女の悲しい噂を出回らせるわけにはいきませんからね」
「えへっ。・・・だけどほとんどの女官は知ってると思う」
「エルネー?」
「ほとんどの女官は分かっているのではないかと愚考いたしますわ、デューレ兄様」
とばっちりを恐れて無言のラルースが有り難くそのレモンを入れれば、ライラックブルーの茶がピンクに変わる。
デューレはラルースの隣に腰掛けた。
さすがにもう民族衣装など着てはいない。いくら王族といっても特に公式な予定がない限り、身軽な服装だ。
「ところでギバティから連絡は来ましたか?」
「何の連絡が?」
不思議そうにラルースは問い返した。
最初は恋敵かと思って警戒していたが、どうもこのデューレはよく分からない。
二人の王女の兄といった感じにも思えるし、しかし個別に一緒にいる様子を見れば、若い恋人達のようでもあった。
確実に言えることは、どちらの王女に対しても口うるさい教育係であるという事実か。
「新しい神子姫様の噂ですよ。・・・ディリライトに滞在していた神子姫様がいきなりいなくなったというのは?」
「ああ。それは聞いたが、・・・相手さえ分かればどうにかなるだろうが、分かってて攫ったか」
ラルースの胸中を苦いものが通り過ぎる。
あの時、その正体を知っていさえすれば・・・。
行き違いが全てを、悪い方へ悪い方へと転がしていった。
ラルースが何を思い出しているか分かっているのかいないのか、デューレはすぐに話を続ける。
「先日、いきなりドモロール王城の屋根が壊れたらしいのですが、途端にドモロール国王が退位し、宰相も退任したようです。そして王太子が国王となったものの、なぜか国王就任の式典も何も行われなかったとか」
こういう時、エルネーは口を挟まない。そういう躾はきちんとされていた。
「それは、・・・まさか」
「ですが、アクネトス新国王は否定しているそうですよ。我が国に神子姫を拉致した事実はない、とね。とはいえ、幾つか不審なものはあります。あれだけの統率力を誇っていたフェネアテン国王が大人しく退位し、しかもそれを皆が支持したとあっては」
デューレはラルースを見る。
「神子姫ハールカ様とは、そういう密約もこなされる方ですか?」
勿論、ここで馬鹿正直に答える必要はない。自分の手の内を全て曝け出していたら、いいように利用されるだけだ。
同時に、自分の味方となりうる相手に最初から警戒心であたれば見捨てられることだろう。
相手が最初に胸襟を開いた。後は自分次第・・・。
ラルースは即座にそこまで考えると、デューレが問いたい真意を汲んで正直なところを答えた。
「分からん、というのが本音だ。それこそ会ったのは僅かな間だけ。しかもこちらは騙りなのかと疑わざるを得ない状況だった。だが、・・・後で聞き取りを行ったところ、誰に対しても心優しく、大人しく、傷つきやすそうな少女だったということだ」
「そういう噂でしたね。ですが違う一面もあると、そこはお聞きに?」
「ああ。・・・だが、そんなのはどこも当然だ。我が身を守れない人間がどうして国を守れよう。ましてや神子姫が守るのは一国ではない」
キマリー国第二王子ウルティードが求婚したという神子姫ハールカ。
そこで調査に行った者達が、ちょうどウルティードの滞在初期にキマリー国の騎士や兵士が亡くなったことを知ってしまうのは当然だった。
弔いの時には、神官が呼ばれるからだ。
キマリー国の状況を考慮すれば、それらが何を意味したかなどすぐ分かる。
問題は誰が手を下したかだ。
「そうですね」
そこでデューレは立ち上がる。
「追ってギバティからも連絡は入るでしょう。ですがルートフェンもパッパルートもそこまで他国の情報に網を張ってはおりません。最小限のそれで申し訳ありませんが・・・」
「いや、大事なのは速さだ。感謝する」
役に立つとか立たないとかではなく、情報は常に先んじることに意味がある。
デューレがカップを回収して去っていけば、エルネーが不思議そうな声で尋ねてきた。
「何が密約なの?」
「つまり、王太子が即位する為に、神子姫と共謀して自作自演の誘拐劇を仕立て上げ、それを父王のせいにしたんじゃないかってことさ」
「何の為に? 仲、悪かったの?」
「悪くはなかっただろうが、邪魔ではあっただろう。王になりたくない王太子はいない」
「放っておいても王様になれるでしょ、王太子様なら」
このルートフェン国だって、王子が産まれていればその王子が国王になった筈だ。第一王女として王太子教育を受けている姉を見ていればこそ、どうして慌てて国王にならなくてはならないのか、エルネーは意味が分からない。
くすっとラルースは笑った。
「あっ。今、私を馬鹿にしたわねっ?」
「違う違う。そうだな、エルネー王女はまだ子供だもんな。そりゃそう思うのは当然だ」
ぷぷっと笑い出しながら言うのだから、全く説得力はない。
「どうせ私は馬鹿よっ。だけど子供じゃないわよっ」
「違うって。そうだな、エルネー王女もあと三十年したら分かるさ」
「何で三十年なのっ」
ぷぅっと頬を膨らませているのが上方を見なくても分かる。
だからラルースは説明した。
「アクネトス王太子は君のお父上よりも年上の方だからだよ。つまり、ルートフェンではとっくに国王となっているお年だ。だが、フェネアテン国王はお元気でまだまだ国王の位を譲る気配はなかった上、そのご気性からも死ぬまで王座にしがみついただろう。しかしアクネトス王太子の息子である王子も君達より年上。・・・場合によっては、アクネトス王太子は王太子のまま、王位に就かない可能性もあったということさ」
「・・・別にいいんじゃないの? だってお父様が国王のお仕事をし続けてくれるんでしょ?」
なるほどなと、ラルースは思った。
そこが男と女の違いなのかもしれない。
「国の頂点に立ちたいって思わないかい? 国王がいる限り、王太子は王太子だ。あくまで二番目さ」
「・・・別に。私なんて三番目だし、お姉様に子供が産まれたらもっと下がるわ。それに、私みたいに誰も期待してなければ、こうやってさぼっててもそこまで怒られないし、みんなが甘やかしてくれるけど、お父様なんて大変。白髪が増えたのは王位に就いたせいだっていっつも言ってるもの。お姉様も、お父様には一日でも長く王位にいてもらわなくちゃって、とぉっても臭くてまずくてえぐみのある強壮剤を毎朝飲ませてたのよ。お父様、こっそり吐きに行ってたぐらいなんだから」
結局、それがばれて、今では飲まされなくなったんだけどと、エルネーが溜め息をつく。
「それでも風邪をひいたりしたらすぐお父様、お姉様に飲まされちゃうの。あのウンウン唸ってるの、病気が原因なのか、口の中に残るえぐみが原因なのか、分からないぐらいなのよ。あれ、お腹の中から咽喉や口にもわぁっとまっずーいゲップが上がってくるもんだから、半日は不愉快な状態におかれるんですって」
「そ、それはまた・・・」
「だけど一日でけろりと治っちゃうんだから、効き目は凄いの」
まさか王位を譲られる日を先送りする為にと、娘に強壮剤を飲まされる国王がいるとは。よその国では考えられない仲の良さだ。
(父と娘だから、なんだろうな)
だけど全く羨ましくないのは何故なのだろう。自分も結婚したら飲まされるんだろうか。そうなると、こっそり吐きに行く方法を教わっておかねばなるまい。
ラルースは遠くの雲を見上げた。
風が心地よく通り過ぎていく。
「カディミア王女はずっと王位の意味を知った上で生きてたんだな」
「だけどうちは小さな国だもの。同じ王位でもギバティとは違うでしょ?」
エルネーとて、国としての格を理解していないわけではない。
「そりゃあ国土の大きさや人口を言い出したら違いはあるさ。だけどそんなのは問題じゃないんだ。どんなに大きな国だろうと、どんなに小さな集団だろうとね」
ラルースは、それでもカディミアを羨ましいと思う。それは、自分には許されぬ生き方だった。
「大事なのは全てを背負う覚悟なのさ」
エルネーは、ラルースが自分に向かって語りかけながらも違うものを見ていることに気づいた。
(どうしてみんな、私には分からない世界を見てるのかな。だけど、思ったよりラルース王子って話が分かる人だよね。デューレ兄様だと、何かと手厳しいだけだけど)
本来は国王ディッパの仕事を半分受け持っているのが王弟デューレだ。その内容が地味すぎるばかりに、あまりその事実が知られておらず、何をやってるのか分からない根暗王子として受け止められている。
けれども兄王と二人三脚で動いているデューレは実はかなり優秀で、その教育を受けているカディミアは疲弊しきって爆睡していることも多い。
デューレの厳しい特訓に何度か付き合わされたルートフェン国王夫妻は、逃げる言い訳を毎日用意しているぐらいだ。
(デューレ兄様もディッパ兄様やラルース王子みたいに気さくにやればいいのに)
本当に第一王女でなくて良かった。自分があんなスパルタ教育を受けるとなったら城出する。
だが、あの口うるさいデューレ王子がラルース王子みたいになったら・・・。
(想像がつかない。デューレ兄様ってデューレ兄様だし)
木の枝に寝そべりながら、エルネーはぶらぶらと足を揺らして根明なデューレを思い浮かべようとした。
「ところでエルネー王女?」
「なぁに?」
「今、上から君のサンダルが落ちてきたんだが?」
「あら。ごめんあそばせ。・・・だけどそういう時は淑女に恥をかかせない為にも気づかないフリをするものなのよ、ラルース王子」
その言い分に、さすがのラルースも笑いを堪える。
「それは知らなかった」
しかし堪えきれずに、くくっと小さく笑ってしまったのは仕方ないだろう。
けれどもここまできたら押し通すしかないと思ったのか、エルネーはおすましして言ってみせた。
「そう? じゃあ私、完璧だって言われるラルース王子よりも礼儀作法が身についてるってことよね?」
「いや、いくら何でもそれは図々しい言い分だろう」
おいおいと、ラルース王子はその落ちてきたサンダルを手に持って立ち上がる。
「お履き物をどうぞ、姫君」
「うむ。苦しゅうない」
当然と言わんばかりに顎をあげて足を差し出す王女は、枝に腰掛けたままだ。
捧げ持つかのようにして頭上の足にサンダルを履かせれば、ラルースもなんだかなぁと思わずにいられない。
「これがまだドレス姿なら役得だったかもしれんが、これじゃなぁ」
「いいでしょう。ディッパ兄様の女官達が考えてくれたのよ。こういうタイプならデューレ兄様も見逃してくれるだろうって」
えっへんと胸を張るエルネーだ。
(木に登らないという選択肢はなかったんだろうか)
ラルースはそこまであのデューレに譲らせたこの王女も凄いもんだと思った。
エルネーが穿いているのは足首までのパンツだ。そのパンツは左右非対称なフレアースタイルで覆われている。斜めに大きな襞が腰から幾重にも足首のところまで縫い付けられており、スカートのようにしか見えない。だが、その実態は木登りしようが何しようが足首より上の肌を露出することはない鉄壁ガードな衣装である。
「王子として生を受けて二十数年。この俺にサンダルを捧げ持たせた姫君は君だけだよ」
「そうなの? ディッパ兄様達なんて私が子供の頃からよく履かせてくれたけど」
走り回るなら、やはり裸足の方が気持ちいい。よく怒られたものだ。
大きくなって城外に出て、やっと裸足は怪我するということを知り、ちゃんと履くようになったエルネーだった。
「いや、そういう子守りの意味ではなくてね・・・」
姉の第一王女とよく似た顔ではあるが、やはりまだまだ子供なんだなと、ラルースは首を横に振りながら、諦めという感情を学び始めている。
ギバティ王国なら17才ともなればとっくに大人びた雰囲気を持つものだが。
けれどもいいではないか。
このルートフェン国は、だからといってエルネー王女を馬鹿にして貶めようとしたり、足を引っ張ろうとしたりする人間がいるわけではないのだから。
(やはり国によるのだな)
けれどもそれを好ましいと、ラルースは思った。
虚飾に満ちた人々よりも。
ドモロール王国からキマリー国へと移動したカイトとルーシー、そして真琴は普通に島へと遊びに行くつもりだった。
発端はカイトがヴィゴラスに、誰にも邪魔されずに滞在できる場所の話をしたという世間話だった。
『あの、カイトさん。その場所の話、こちらにも教えていただいてもよろしいかしら?』
『いいですよ? ラーナ殿も興味ありますか』
『ええ。行方不明になられた時の捜索場所として』
『・・・ヴィゴラス殿は、とても可愛らしい恋人と行くという話でしたが?』
そこで真琴が、ちょんちょんとカイトの袖を引っ張る。
『ねえ、カイト。ヴィゴラスが執着してるの、遥佳だけなんだけど。気づいたらいつも遥佳を自分でぐるぐる巻きにしてるんだよ』
『・・・なるほど。それは知っておいた方がいいかもしれないですね』
というわけで、ラーナやルーシーに、そういった場所の説明をしていたカイトだが、そこである島に話が移った時点で真琴が反応したのだ。
『鍾乳洞の島なんてあるんだっ? 見たいっ』
そうなれば別に何を急ぐものではない。ならば行ってみようとなったわけである。
(だけどなあ。俺の人生、どうなってんだろう)
そしてカイトは思う。
人生に不満はつきものだ。その中から小さな幸せを見つけ出し、そうして不満だけを心に抱かずに生きていけるかどうかが、心豊かな人生をおくれるかどうかを決定するのだろう。
(この場合でいいことは、まだ俺の恋人扱いになっているルーシー殿が美人ということだろうか)
肝心の本当の恋人は、白い蛇に化けて自分の首に巻きついているけれど。
だからカイトは小さく囁いた。
『絶対に出てくるなよ。状況が分かれば俺とルーシー殿でどうにかするから』
『なら私も人の姿の方がよくない? 今までどこかに隠れてたことにして』
なぜ真琴が白い蛇に化けていたかと言うと、鳥や猫と違って服の下に隠れられるので一緒にいてもばれにくいからだ。
こういう船では客室か雑魚寝の大部屋かを選ぶが、やはり個室や二人部屋はあっても三人部屋はあまりない。家族連れは大部屋を選ぶことが多いからだ。
しかしカイトとルーシーで二人部屋をとってもらえば、三人で仲良く泊まれるというわけである。
尚、カイトは最後まで自分は個室、ルーシーと真琴は二人部屋にしようと主張していた。
ルーシーは、自分が個室で、カイトと真琴が二人部屋でいいのでは? と言っていたが、真琴のおねだりによって、即座にそれをひっこめただけである。
カイトと一緒にいたいけれども、ルーシーに甘やかされるのも大好きな真琴はご機嫌だった。それが起こるまでは。
『駄目だ。どこかに連れていかれてバラバラになるより一緒にいた方がいい。・・・ルーシー殿。あなたも深くフードはかぶっていてください』
『ええ。ですがいつまでそれが通じるでしょうか。恐らく剥ぎ取られると思うのですけど』
問題はこの白蛇をカイトと共にいさせるか、ルーシーと共にいさせるか、だろうか。
今はまだ男女混合で閉じ込められているが、いずれ男女で分けられるだろう。
扉の方へ集まっている人々とは裏腹に、カイトとルーシーは一番奥の場所に陣取り、こそこそと相談していた。
『この場合、いざとなったら飛んで逃げられるルーシー殿と一緒にいた方がいいと思うんですが』
『ですが通常、女はひどい目に遭わされると決まっています。それぐらいならカイトさんと一緒にいてくれた方が安心ですわ』
『いや、人質をとられそうだから状況を見ているだけで、基本的にあなたに何かあるようならば多少の被害が出ようとも制圧した方がいい。何よりマコトだってルーシー殿が傷つけられるだなんて許せない筈だ』
『そうだよ。なんでルーシーがあんな奴らにっ。・・・だけど捕まっちゃったお姫様、可哀想』
そこで、ばんっと大きな音を立てて扉が開いた。どかどかと抜き身の剣や斧を持った男達が入ってくる。
「てめえらっ。この船は俺達がモノにしたっ! 命が惜しけりゃあ言うことをきくんだなっ!!」
「泣いてんじゃねえぞっ。さっさと有り金を出しやがれっ」
「おーっと、女はこっちだ。男はそっちだな。身代金を出せるってんなら許してやるが、そうじゃない奴ぁ売り飛ばすっ」
カイトとルーシーと白蛇の目が力を失って泳ぐ。
『なんて典型的な海賊。あ、だけど身代金を用意しようにも今の私は家なき子』
『これだから人間は醜悪な種族だというのですわ』
『こいつらだけなら逃がさずに殺せるが、かえって乗客がそれを見て騒ぎ出しそうだしな。助けようとした相手に足を引っ張られるんじゃたまらん』
カイトとルーシーなら、別に彼らを叩きのめすことも命を奪うことも簡単だ。丸腰だろうと全く関係ない。
問題は彼らの仲間が多く、そして特別室に泊まっていたお姫様も囚われている様子であることだ。人質を取られるのは困る。しかし、こういう輩は遠慮なく人質を取り、傷つけていく。
相手の反抗する気持ちを挫く為に、わざと誰かに大怪我をさせて悲鳴をあげさせるのだ。
『じゃあさ、こうしようよ。私がお姫様の所に行ってそっちを担当。カイトが男の人達、ルーシーが女の人達を守る。どう?』
『冗談じゃない。お前を危険な場所に行かせるぐらいなら、そんな姫なんぞ殺されようがどうなろうが知ったことか』
『作戦的には妥当でしょうけど、マーコットを一人で行かせるだなんて』
同じ反対でも、ルーシーの方がやや消極的なのは真琴に剣技を教えていたからだ。そうそう負けることはないだろうとも確信している。けれども人間を守る気などさらさらないルーシーには、真琴がそんな危険を冒すこと自体が受け入れがたい。
『んーとね、えっとね、じゃあね・・・、あ、こうしようよ。私が適当にここを抜け出すの。で、そのお姫様の所に行って小鳥に化けるの。可愛い小鳥ならお姫様の近くにいても大丈夫だろうし、まず傷つけられないんじゃないかな。小鳥だから。でね、それなら何が起きても安全だと思うんだ』
『いや、お前、それ全然譲ってないだろ。どっちにしても変わらんだろ。それぐらいならルーシー殿と一緒にいろ。ルーシー殿なら何があろうとお前を最優先してくれる筈だ』
どうせルーシーが涙にくれて彼らの言いなりになるだなんて筈がない。それぐらいならルーシーに預けておいた方が、真琴は安全だ。ここは海の上。何かあった時には虎よりもドラゴンの方が安全である。
そう考えたカイトは白い蛇を引っ掴んでルーシーに押しつけた。
『くっれっぐっれっもっ、目を離さないでくださいっ』
『信頼されているのか何なのか、・・・困った方ですわね、マーコット』
『カイトの石頭ぁ』
それでも白蛇はするするとルーシーの腕に巻きつき、腕飾りに見えるよう体を真っ黒にしてしまう。
「おらぁっ、女共はこっちだっ。お前もさっさと来いっ」
「・・・痛いわ。放してくださらない?」
海賊に腕をとられたルーシーだ。フードから僅かに見えるその唇が弧を描いたものだから、男はその肌の白さと赤い唇のそれに、一瞬息を呑む。
「心配いらないわ、あなた。どうやら身代金を払えば解放してくださるようですもの」
「・・・そうだな」
カイトに向かって、心配しないでほしいと伝えてくる様子はまさに健気な恋人か夫婦のようだ。
カイトも背中に走った悪寒を隠し、ルーシーに微笑んでみせる。
「ね、そうですわよね?」
「あ、ああ。・・・勿論さ」
ルーシーの流し目を送られて、乱暴に引っ掴んでいこうとしていた男は、鼻の下を伸ばしていきなりその腰に手を回そうとする。
「さあ、こっちだ。俺が案内するぜ」
案内もくそもないだろうにと、カイトは口中で呟いた。
しかし、自分達が押しこまれていたこの船倉には男だけが残った。誰もが不安そうにきょろきょろとしている。
「なあ、あんた。身代金って言ってたけど、払えなきゃどうなるんだろうなぁ」
「払ったところでそのまま売り飛ばされるのがオチだろうな」
あっさりとカイトは答えた。
だが、売り飛ばされるならまだマシだ。被害者であることを訴え出ることさえできれば、役人が動く。
だが、こういう海賊達の奴隷とされてしまえばどうなることか。
そこで、赤ら顔の男が口を開いた。
「け、けどよ。身代金を払えば解放してくれるって言ったじゃねえか。なら大丈夫なんじゃないか? 親が無理でも親戚とかから金を集めてもらえばよ」
「そうだよな」
「あいつらだって金が目的だろうし」
何人かの男達が同調し始める。
それを眺めながら、カイトはやはり真琴はルーシーと共に連れて行かせて良かったと、そんなことを考えていた。
海賊達に乗っ取られた船は、かなり大きかった。それでも波を受ければそれなりに揺れる。
「きゃっ」
いつだって真琴に甘いルーシーは、船の横揺れに驚いた振りで、壁に手をついた。腕輪のサイズから小指程度の大きさになっていた小さな蜥蜴が、するりと壁に移って天井へと消えていく。
「大丈夫かっ」
「え、ええ。・・・ありがとうございます。たのもしいんですのね」
自分に手を貸した海賊の男に流し目で礼を言えば、ぽうっと見惚れるときたものだ。
(いざとなれば魚にもなれるマーコットですから船を沈めたところで問題ありませんけど、カイトさんが溺れるのは困りますわ)
せっかくの真琴の誕生日に合わせた船旅だったのに、とんだケチがついてしまったものだ。
(だけどこの海賊を退治しても、その青い鍾乳洞の島にはもう行かないんじゃないかしら?)
ルーシーは、はっとその事実に気づく。
(こんなことならば最初から私達が運べばよかったわ。そうすればこの船で何が起ころうがどうでもいいことだったのに)
蜥蜴が消えていった先を見つめると、ルーシーはその廊下から示された部屋に、他の女性と共に入っていった。
ゲヨネル大陸からミザンガ王国の首都ザンガまでやってきていたとしても、基本的に遥佳は引きこもり系人間だ。そこまで観光に根性を入れたりはしない。
今日もドレイクやレイス達に朝食を出した後、その屋敷の掃除をしたり、イスマルクやカイネとお喋りしたりしていた。
すると、出ていった筈のドレイクがもう戻ってきたらしい。
「あー、こっちやこっち。本当にお前はん、力持ちやなぁ。うちで就職せぇへん?」
そんなことを言いながら、門の鍵を開けて入ってくる。
ドレイクも大きな箱を一つ持っていたが、それに続いて入ってきたのは、金色の髪をした青い瞳の女性だった。彼女も大きな箱を三つ、持っている。
どれも縄がかけられているので持てるにしても、凄い重さだろう。なんという腕力なのか。
「あ。お客様ですか?」
「あーっ! どうしてこっちにっ!? やだっ、イスマルクもいるぅっ」
いきなり遥佳を認めて驚かれた日には、こっちの方がびっくりだ。
(誰っ!?)
遥佳は慌てて相手の情報を読み取った。
(・・・ペガサス。金髪に染めたペガサス)
だが、イスマルクには分からない。
「えーっと? どちらでお会いしましたかね?」
目を丸くしていたものだから、遥佳はイスマルクのシャツをつんつんと引っ張り、その耳元で囁いた。
『マーコットを送っていってくれた一人よ。青紫色じゃなくて、白い方のね』
実はけっこうカイネ達も耳はいいのだ。これなら意味は分からないだろう。
イスマルクもそれでペガサスの方だと気づいたらしい。
「なんでここに・・・」
「それはこっちのセリフなんだけど。あ、だけどちょうど良かったわ。ハールカ様へのお土産もあるから。この箱がそれね。あ、ドレイクとかいうお兄さん。その箱はユーリのだから、割れないように保管しておいてちょうだい」
「へいへい。なぁにをあいつはまた買いこんどんのや」
「それよりこの荷物、どこに置けばいいの?」
「せやな。そこん食事室の隅に置いとき。ユーリん部屋に持ってったら、今度は下ろしてくんのが大変やろしな」
にこやかに食事室の隅へ下ろされた箱はとても重そうだ。遥佳は、慌てて常備してある菓子を棚から取り出した。
「あ、あの・・・。とりあえずお茶を出すから座って? あと、様はいらないから」
「えっ? いいのっ? 嬉しーっ。まさかこちらにいらっしゃるとは思わなかったわぁ。そうと知ってたら絶対にヴィゴラス、こっちに戻ってきたのにね。あ、そうだ。初めまして、ハールカ様、じゃなくてハールカ。私、サフィルスと申します」
「いや、普通、自己紹介て会ったその場でするもんやろ。ちょい遅うないか?」
「そこは言わないお約束でしょ」
「ま、そりゃそうや」
ドレイクは、全てを笑って終わらせるサフィルスがどうやら気に入ったようだった。
カイネもその箱を持ち上げてみて、改めてサフィルスの腕力に驚いたらしい。
「凄いな。細身に見えてなんて力持ちだ」
「いやぁん。女の子に力持ちだなんて禁句よ、禁句」
パシーンと、カイネは肩を軽く叩かれた。
「ははっ、悪い悪い」
そのノリについていけない遥佳は、まずは冷茶を渡してから湯を沸かし、それからジュースを作り始める。
「お菓子もあるけど、まずは軽く食べてね。あ、ドレイクさん達もどうぞ」
そしてちょうどあったパンに色々な野菜やハムを挟んで出してみた。なるべく野菜多めで。
「美味しい。ああ、お腹空いてたのよね」
「あんだけ荷物持ってきたら、せやろな。ま、遠慮なく食べ。俺が作ったんやないけど」
次々と出来上がったそれをドレイクやサフィルスが食べていく。
カイネは茶を淹れるのを、そしてイスマルクは野菜を切るのを手伝ってくれた。
「えーっと、ヴィゴラスとユーリってば暇潰しに出かけたのはいいんだけど、買い物が多くなっちゃったみたいで。私達、あっちで偶然にばったり出会ったから、なら先に荷物を持っていってあげるわねって引き受けてきたの。ドレイクさん達にもお土産買ってたけど、どれが誰のか分からないから、そこの箱は開けずにユーリが戻ってくるのを待ってあげてね」
「まあ、そんなんを勝手に開ける程お子様やないけどな」
「そう憎まれ口を叩くな。ユーリちゃんが選んでくれた土産なんだろう? 面白そうじゃないか」
ドレイクとカイネの言葉に、サフィルスはちょっと考える。
「えーっと、たしか刃物とか革砥とか言ってたわよ? きっと気に入ってもらえる筈だって豪語してたもの。あら、言わない方が良かったかしら?」
「大丈夫さ、青い瞳のお嬢さん。君から聞いたなんて絶対に言わない。何だろうなって思いながら帰りを待つさ」
「うんうん、やっぱりそれが男の包容力ってものよねー」
「カイネだ」
「サフィルスよ」
しかし遥佳に対しては、箱を指差して中身を詳しく説明するサフィルスだった。
「あのね、そこの箱の中に入っている服が、幾つかはユーリが袖を通してはいるけれど、可愛いからって着てねって。ハールカへのお土産なの。それでね、その服の間に入っているティーセットがね、ヴィゴラスが選んだお土産なの。初めてお土産っていうのを選んだみたいだから、気に入らなくても使ってあげて?」
「ティーセットなら喜んで使わせてもらうけど、・・・あの子達、一体いつ帰ってくるの?」
家出している小鳥は、なぜかお土産ツアーを満喫中である。
そうと知ってしまった遥佳は、何をどう言えばいいかが分からない。
その質問に、サフィルスも小首を傾げた。
「さあ。これで金属製品と陶磁器と精油は買いこんだから、今頃はガラス製品を買ってるんじゃないかしら。よく分からないけれど、仕入価格と売上価格との差がどうとか、どの色が珍しいとか、この形が違うのよとか、なんか色々と言ってたわ。だけどそろそろお金も尽きると思うし、帰ってくるんじゃないかしら。あなたがいらしていると知ったら、ヴィゴラス、すぐに戻ってきそうだけど」
頼むからドレイクの前で自分がヴィゴラスにとって特別な存在だと言わんばかりの発言はやめてほしい遥佳だ。
「そうかしら。ヴィゴラス、ユーリのこと大好きだから」
だから遥佳は、婉曲的に自分よりも優理の方がヴィゴラスと仲がいいのだと、修正を図った。
しかし、サフィルスはその空気を読んでくれないペガサスだった。
「そうねぇ。ハールカがいないもんだから毎晩ユーリを抱きしめて眠ろうとするの。だけどユーリも言いたいことは言うでしょ? だからやっぱりハールカがいいって、うだうだぼやいてたわ。ホント、我が儘よねぇ」
「・・・・・・えっと」
駄目だ。ヘタな小細工はかえって己の首を絞めるだけだ。
遥佳はそれを知った。
「そんな我が儘なんぞ蹴り飛ばしておけばいいんだ。それよりもしもできるなら、さっさと戻って来いと伝えてもらえないだろうか。ユーリに会いに来たのに、ヴィゴラスと一緒にお出かけとはどういうことなのか、全く訳が分からない。一体、あいつは何をやってるんだ」
「え? まともな人間感覚を磨く為の修行みたいよ?」
サフィルスの言葉に、そこにいた人達は全員、一瞬、言葉を失った。
「いや、ヴィゴラスてあん男やろ。あの常識ガン無視男やろ。あいつがまともな人間感覚ぅ? 二十年遅いわ」
「そもそもユーリちゃん自身にまともな感覚がないのに、どうやって磨けるんだ?」
ドレイクとカイネの感想を受け、ここは一人だけでも神子姫の味方をしてやらねばと決意したイスマルクである。
「大切なのは努力する気持ちだ。それこそが尊いものなのだから」
真面目にそう語ってみた。しかし内心では、
(あのトリ犬が? するだけ無駄だろ)と、思っている。
「さぁて、ご馳走様でしたっ。まさかご飯とお茶菓子まで出てくると思わなかったわ。じゃあ、いらしてることは伝えるわね」
「良かったらこのお菓子、持っていって途中で食べて」
遥佳は手早くクッキーを包んだ。
「ありがとう」
サフィルスは笑顔で受け取る。
そうして遥佳の耳元で、
『マーコットも元気ですよ。カイトさんと合流もした筈ですし』と、囁いた。
(え? 合流って・・・?)
しかし、それを尋ねようにもサフィルスは行動が早い。
「じゃあ、まったねー」
瞬く間に、そう手を振って去っていた。
「相変わらずええ動きや。キレがあるっちゅーんか?」
ドレイクがぼそりと呟く。そうして遥佳に向き直った。
「なあ、ユーリちゃん。ヴィゴラスってぇ男とやっぱり仲良さそうやの」
「え? いえ、そんな・・・」
あははと、笑ってごまかそうとする遥佳だ。
しかし、そこへまだ鍵をかけていなかった門を勝手にバンッと開けて男が、曳いた馬ごと勝手に入ってくる。
何事かと身構えたが、カイネとイスマルクはその正体を知り、すぐに力を抜いた。
遅れて気づいた遥佳も声をかける。
「え? あら。またいらしたんですね。お髭はどこに落っことしてきたんです?」
「良かったっ。いたなっ」
そんな遥佳の嫌味を無視し、今日はどこか身なりもきちんとしているゲオナルドはずかずかずかと、庭を突っ切って、馬の手綱を離すとそのバルコニーから食事室へと入ってきた。
あの不精髭もきちんと剃られているものだから、すっきりして見える。
この屋敷は、玄関を使って入ってくるよりも、庭から入ってくる人の方が多いと、思わずにいられない遥佳だ。
自分も玄関はあまり使わないけれど。
とりあえず庭でどうしていいか分からずにご主人様を見ている馬に人参をあげるべきだろうか。
「ユーリ、お前っ、結婚してないなっ!?」
「え? してませんけど?」
「ならいいっ。たとえ占い師だろうが、何だろうが、俺の相手ならそういう奴の方がもっともらしいだろうっ。いいかっ? 今からお前は俺の婚約者だっ。ただし、俺の結婚話が壊れるまでのなっ!」
「・・・え?」
意味が分からずに戸惑う遥佳を、ゲオナルドはひょいっと小脇に抱える。
「借りてくぞっ。用事がすんだら返すっ。こんな色気もない小娘、何があろうと手をつけたりはせんから安心しろっ」
そう言って馬に乗ると、ゲオナルドは開けっ放しの門から出て行ってしまった。
「はっ!? ちょっと待てぇっ」
慌ててイスマルクが追いかけるが、土煙を上げて駆け去ったゲオナルドの馬はもうはるか先だ。
ドレイクがカイネを見た。
「どーゆーこっちゃ」
「さあ」
相手がこの国の第三王子ともなると、真っ向から逆らえないものなのだ。
用事が終わったら返すと言っていたし、まあ、大丈夫だろう。
「なんや、ほんま拉致されてばかりの姉妹やの」
「簀巻きにされないだけ、彼女の方がとろいようだが。まあ、ちょくちょく食べに来てたし、王子だと分かっていてもあの素っ気ない対応だったところを買われちまったか」
ドレイクとカイネは、そういえば第三王子が離婚したのはいつだったかなと、そんなことを考え始めた。
きっと第三王子は、自分に結婚を迫らなそうな遥佳なら後腐れがないと、そんなことを思って連れていったに違いない。




