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4.アップルパイ

 毒のくしの事件以来、小人たちは1人ずつ交替で留守番をすることにしました。どんな厳重な鍵をかけるより、このほうが確実だという結論にいたったのです。だれかが訪ねてくれば、まずは小人が出て安全を確かめます。また、留守番小人は家事も手伝ったので、白雪姫は大助かりでした。


 空いた時間で白雪姫はお菓子作りの腕をみがき、里でも評判になりました。おかげでティータイムの訪問者は増えましたが、不審な人物は小人が追い出してくれるので安心です。家がにぎやかになったことを、白雪姫はとても喜びました。


 そうして、平穏なまま月日は過ぎました。

 白雪姫はますます美しくなり、見たものはみな感嘆のため息をもらしました。おまけにお菓子作りのうではぴかいちとあって、山の中に住んでいるにもかかわらず名声は広まりつつありました。小人たちはもう王妃様の所業のいっさいを暴露して城に戻ってもいいんじゃないかと言いましたが、白雪姫はかたくなにそれを拒みました。


「わたしはここでの生活が気に入っているの。それとも、あなたたちは私を追い出したいの?」


 白雪姫がそういうと、小人たちは押し黙りました。ただ同然で家事を引き受けてくれるのは有り難いですし、なんといってもたぐいまれな美しさを持つ白雪姫です。本心を言えば、一生ともに暮らしたい存在でした。


 小人たちには言いませんでしたが、白雪姫が城に戻るまいとする本当の理由は王妃様でした。二度殺されたとしても、王妃様を破滅に追いやるのは気が引けました。それにこの年になると、さすがに殺しの動機が香水びんを盗んだことではないだろうとはわかりましたが、本当の理由は不明なままです。自分がなにをしてしまったのか、白雪姫はあまり知りたくありませんでした。




 いつまた王妃様がやってくるかもしれないという不安は、日に日にうすれていきました。


 いまや白雪姫には年の近い友人がたくさんいました。男女を問わず、白雪姫を一目見るとみんなが彼女を好きになってしまうのです。ここは七人の小人の家でしたが、ティータイムだけは若者たちの社交場のようなものになりました。お菓子や飲み物を持ち寄り、わきあいあいとおしゃべりをするのです。


 ある種の少女たちは、特に白雪姫に近づきたがりました。かわいらしい白雪姫と仲よくなることで、自分たちのステータスを上げようとしたのです。彼女たちは服やアクセサリーをおくることで白雪姫の機嫌をとろうとしました。おかげで、白雪姫はなんの苦もなくおしゃれを楽しむことができました。


 もちろん青年たちも白雪姫を放ってはおきませんでした。堂々と告白したり、それとなくアピールするものは大勢いましたが、白雪姫はいつもあいまいにほほ笑むだけでした。だれかひとりを選べばこのお茶会が危うくなることは目に見えていたからです。


 留守番になった小人は、このような状況をあまり面白くは思っていませんでしたが、白雪姫が楽しそうにしているので黙認していました。できることならその美しい笑顔は自分たちだけに向けていてほしいと思いましたが、もう後戻りはできません。いずれは青年たちの中の幸運なひとりが白雪姫を連れて出ていくのだろうと考えていました。そしてそれが、白雪姫にとってはいちばん幸せなことであろうと。




 小人たちが「いずれ」と思っていた未来は、彼らの予想よりもはるかに早くやってきました。白雪姫に気になる異性が現れたのです。


 その青年はすらりとしていて、かなりの美青年でした。一挙手一投足が優雅で、華がありました。お茶会に来ていた乙女たちは、彼がティーカップに口をつけたりはにかんだりするたびに色めきたちました。

 美青年は何度もお茶会に現れていましたが、不思議と彼の素性を知るものはいませんでした。そこで、里の外からやってきた貴族、隣国の王子ではないかといううわさが立ちました。きっと白雪姫の評判を聞きつけて、様子を見にやってきたのだろうと。


 青年にそんなうわさが立ったのには、もうひとつ根拠がありました。彼はよく差し入れを持ってきてふるまっていたのですが、どれも品質がよく、クルミ入りのクッキーや干しぶどう入りのバターケーキなど、見た目は素朴ながらそこはかとない高級感が漂っていました。まるで、隠しきれない魅力があふれ出てしまっているかのように。


 白雪姫もそのうわさのことは知っていて、まんざらでもありませんでした。もしも本当にいいところの御曹司ならば、嫁ぐのもいいと思いました。来た時に比べれば小人の家での生活はかなりよいものになりましたが、やはり本心を言えば、こんなところで赤の他人の世話を焼いて暮らすより、蝶よ花よと愛されているほうが楽です。


 そんなわけで、ある日の帰りぎわに青年のほうから白雪姫に話しかけてきたとき、白雪姫をふくむその場にいた若者たちは、ついに来たかと思いました。


「今日は楽しかったよ。君が焼いたチーズケーキも、とてもおいしかった」


 美青年は屈託のない笑みを浮かべ、さりげなく白雪姫をほめました。


「わたしなんかまだまだよ。あなたの持ってきてくれる差し入れに比べたらね。今度レシピを教えてほしいわ」

「わかった、聞いてくるよ。うちには腕のいいシェフがいるんだ」


 そう言って、テーブルの上にバスケットをおきます。


「あら、何かしら? お茶会はもう終わったけれど」

「小人さんたちへの差し入れだよ。いつもおじゃまさせてもらってるからね。今晩のデザートにでもしてくれ」

「わたしも食べていいのかしら?」

「もちろん。おいしかったらこれの作り方もシェフに聞いておくよ」


 美青年は片目をつぶってみせます。


「ありがとう……」


 青年は微笑して、不思議な魅力をまとったまま去っていきました。


 そばで見ていた乙女たちが、黄色い悲鳴を上げて白雪姫を取り囲みました。


「やったわね白雪!!」

「とうとう彼をものにしたのよ!」

「いいなあ。ねえ、さっきのウィンクとてもセクシーじゃなかった?」


 わきたつ乙女たちに、白雪姫は肩をすくめてみせました。


「単に気をつかってくれただけかもしれないわ。わたしをどう思っているかなんて、わからないわよ」


「またまた、本当はうれしいくせに」

「あなたたちがくっついたとわかったらみんながっかりするでしょうね。いつかそうなるだろうとは思ってたけど」

「ねえ、彼がくれたお菓子ってなんだったの?」


 白雪姫はバスケットにかけられたナプキンをとりました。


「まあ、なんておいしそうなアップルパイなの!」

「見た目もすてきだけれど、すごくいい匂いね!」

「ねえ、少しくらい味見してもかまわない?」


 乙女は期待をこめて白雪姫の顔をうかがいました。しかし、白雪姫は部屋の隅から留守番小人が視線をよこしているのもわかっていました。


「だめだめ、これは小人さんたちにくれたんだもの。あなたたちはもうお腹いっぱい食べたでしょう?」


 名残惜しそうにしている乙女たちを白雪姫が追い出して、お茶会はお開きになりました。


 その日の夜、夕食後のデザートにアップルパイが出されました。


「お友だちが持ってきてくれたの。いつもおじゃまさせてもらっている感謝の気持ちですって」


「へえ、たまには気の利くやつもいるもんだ」

「実はおいら、あの子たちあんまり好かなかったんだよね」

「同感。人の家で大騒ぎするし、白雪に妙になれなれしいやつもいるし」

「単純に若さに対するうらやましさもあるけどな」

「そのお友だちというのは、白雪にふさわしいやつなのか?」

「悔しいが、文句なしの美青年だよ。素性はわからんがね」

「なんだか、このまま白雪を連れていかれてしまう気がする」


 七人目に発言した小人が、フォークをパイに刺したままぽつりと言いました。それで、一気にしんみりとした雰囲気になってしましました。


「やだ、みんな気が早すぎるわ。わたしはまだ当分ここにいるつもりよ」


 白雪姫は小人たちを元気づけようと、笑顔を作りました。

小人たちはそうかそうかと笑いながら、アップルパイを口にしました。


「おや、白雪は食べないのかい?」


 小人の一人が不思議そうに、大皿に一切れ残ったパイを見ました。


「わたしはいいの。りんごって苦手だから。七等分は難しいから一切れあまってしまったけれど、だれかほしい人にあげるわ」


 小人たちのあいだに緊張が走りました。食器は7組、いすは7脚、ベッドは7つ、留守の当番は7日に一度。いつだって平等にわけあってきたのです。


 小人たちは、最後の一切れを白雪姫のほうに押し出します。

 りんごの香りがふわりと鼻をかすめました。

 すると、白雪姫の頭の中に、幼き日のトラウマがよみがえりました。

 うねる細長い体躯、無数の肢、ひくひくと開閉する口……


「嫌なものは嫌なの!!」


 白雪姫が思わず手で振り払うと、アップルパイは皿ごと宙をとび、べちゃりと床に落ちました。皿は真っ二つに割れてしまい、もう使えそうにありません。


 家の中がしんと静まりかえります。


「ごめんなさい。片づけるわ」


 白雪姫はひとりで散らかった床を掃除しはじめました。


 小人たちは一様に残念そうな顔をしていましたが、どこかほっとしてもいました。これで七人とも平等になったのです。


 片付けが終わってそれぞれが床につくまで、小人の家は静かなままでした。

 そしてそれは、翌朝になっても変わらなかったのです。




 だれよりも早く起きた白雪姫は、いつものように朝ごはんとお昼の弁当をつくりました。

 ところが、小人がだれひとり起きてきません。


「このままじゃせっかくつくったスープが冷めるわ」


 頭にきた白雪姫は、ベッドでしぶとく寝静まっている小人たちに呼びかけました。


「おはよう、もうすっかり朝よ! 早く起きてちょうだい!」


 しかし、小人たちはぴくりとも反応しません。まったく、不自然なほど静かです。


 まさか息もしていないんじゃないでしょうね?


 白雪姫は半分冗談のつもりで、のこり半分はどろりとした不安感を持って、ひとりの小人の腕を揺すりました。そして、「きゃっ」と悲鳴をあげました。その腕は、まるで死人のように冷たかったのです。


 七人とも調べましたが、みな似たようなありさまでした。

 1人は舌をだらりと垂らし、1人は顔じゅうにぶつぶつがあり、1人は目をむいて下腹をおさえ、1人は首をかきむしった跡があり、1人は枕を吐しゃ物で汚し、1人はベッドの縁と額に血の跡をつくり、1人は何かに驚いたように天井を凝視していました。


白雪姫は吐き気をおぼえ、家の外に飛び出しました。


 何が起こったの? どうしてみんな死んでいるの?……


 混乱する頭で必死に考えます。


 あの感じ……毒を盛られているようだったわ。でも、わたしは決してそんなことしていない。それに、夕食だって同じものを食べて……


 そこで、アップルパイのことを思い出しました。あれはもらったものだし、白雪姫だけ口にしていなかったものです。


 ……お母様の仕わざだわ!


 白雪姫はようやく真相を悟りました。


 ――なんてことかしら、まだあきらめていなかったなんて!


 しかし、振り返ってみれば、いろいろと思い当たるふしはありました。完璧な変装、女性のようにしなやかで優雅な立ち振る舞い、謎だらけの素性、そしてなにより、あのアップルパイ……王妃様がむかし、白雪姫につくってくれたものとよく似ていました。


 どうしてもっと早く気づかなかったのかしら!


 白雪姫はひどく後悔しましたが、今はそれよりも気がかりなことがありました。


 これがお母様のやったことなら、きっとうまくいったか確かめに来るはず。もしも私が生きていると知られたら、何をされるかわかったものじゃないわ。あと10回くらい殺されるかも……!


 恐怖にかられた白雪姫は、小人の家を出ていくことにしました。宝物の紫の香水びんや、バラの髪飾りなど、手早く荷物をまとめます。どのみち、ここにいてももとの生活には戻れないのです。それどころか、小人殺しの犯人と疑われるかもしれません。


 ところが、いざ出ていこうというときになって、玄関の戸をたたくものがありました。


「こんにちは。だれかいるかい?」


 白雪姫は縮みあがりました。それはあの青年の声でした。つまり、王妃様の声です。

 あいにく、さきほど外に飛び出したので、玄関のかぎは開いたままになっています。

 白雪姫はとっさにまとめた荷物を小人のベッドの下に放りこみ、床に倒れました。

 がちゃり、とドアが開けられます。


 美しい青年が何食わぬ顔で入ってきて、家じゅうを見渡しました。そして、ベッドの上で思い思いに伸びている小人たちに目を止めます。


「さすがにこれは、壮観だなあ……」


 そして、床に横たわっている白雪姫のもとにしゃがみこみました。


 白雪姫は息を止め、少しも動きませんでした。もう二度も死んだ経験があるのですから、死んだふりもお手のものです。揺さぶられても、髪を引っ張られても、お腹を蹴られても反応せず、ただされるがままになっていました。


 青年はやがて満足げにうなずくと、静かに去っていきました。


 しばらくして、白雪姫はゆっくりと目を開けました。


 ああ怖かった……死ぬかと思ったわ。けれども、これでしばらくは安全なはず。


 そして、今度こそ家を出ていこうと、ベッドの下に放りこんだ荷物を探っていると、なにやら四角い箱が出てきました。鍵がかけられていましたが、白雪姫はヘアピンを使って難なく開錠しました。


 箱の中にはずらりと茶色の小びんが並んでいました。きらきらの金貨や宝石を期待していた白雪姫は少しがっかりしましたが、小びんを手に取り眺めました。


「これは何かしら?」


 びんにはラベルがついており、「小人の長命薬」と書かれています。ほかにもこまごまとした字で説明書きがありましたが、あまりにもびっしりと書かれているので読む気をなくしました。


 なるほど、小人は長生きだと自慢していたけれど、本当はこんな秘薬を隠し持っていたのね!


 もしかしたらこれを飲ませれば小人たちは息を吹き返すかもしれないと白雪姫は思いましたが、まずは自分で試してみることにしました。これを飲めば、永遠の若さを手に入れられるかもしれないのです。


 白雪姫は天に向かってごくりと小びんをあおりました。

 一口飲むと、体が芯から温まりました。

 二口飲むと、顔がかあっとほてり、いい気分になりました。

 三口飲むと、全身の血管が脈打ち、思考がうまく働かなくなりました。


 白雪姫はふらふらとおぼつかない足取りで踊り出しました。

 気がつけばびんは空になっています。


 もう少し、あとひと口だけ、あとひとびんだけ……


 そのうち、猛烈な眠気におそわれ、ばたりと床に倒れました。

 急速に体が冷えていきました。呼吸が浅くなり、脈は弱くなり、肌と唇は青ざめていきます。白雪姫は目を閉じて、死ととなりあった深い深い眠りに落ちていきました。




 城へ戻った王妃様は、緊張した面持ちでおそるおそる私に尋ねました。


「鏡よ鏡、この国でいちばん美しいのはだれ?」


 私は迷わず答えました。


「王妃様、あなたがいちばん美しい」


 王妃様は喜びのあまり歓声を上げ、涙を流しました。


「ついに、ついにやり遂げたのね! ああ、ここまで長かった!」


 私がその答えを返したのは、実に10年ぶりのことです。そのあいだに王妃様の目じりのしわは増え、気苦労から少しやつれてしまいましたが、それでも、今この国じゅうでもっとも美しいのは王妃様でした。


 その日、王妃様はひとり静かに祝杯をあげました。




 同じころ、七人の小人の家では、いつものようにお茶会を楽しもうとやってきた若者たちが白雪姫と小人たちの惨劇をまのあたりにし、大変な騒ぎになっていました。いったいだれがこんなひどいことをしたのか? 里の人たちは王妃様のことなど知りません。しかしどうやら、あの美青年が怪しいのではないかということになりました。前日、青年がアップルパイを差し入れするのを見たと、乙女たちが証言したからです。


 里の人たちは協力して小人の遺体を山に埋葬しました。

 しかし白雪姫の遺体はあまりに美しいので土に埋めるのに忍びなく、ガラスの棺に寝かせて家の中におきました。そして、まだ若く美しいさかりだった白雪を失ったことを悲しみ、弔いました。



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