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3.毒のくし

 日が暮れて鉱山から帰ってきた小人たちは、物干しざおの下に白雪姫が倒れているのを見つけ、たいへん驚きました。状況からして、王妃様の仕わざにちがいないと悟りました。

 首には真っ赤なリボンがきつく結ばれ、白雪姫の手はそれをひきはがそうとするようなかっこうでのどもとを押さえていました。

 小人たちが慌ててリボンをほどいてやると、白雪姫はごほごほとひどく咳きこみ、息を吹き返しました。死人のように青白かったほおに再び赤みが戻ってきます。


「ああ……わたし……わたし……」


 かすれた声で言い、首をかしげます。


「一度死んだような気がするのだけど、どうして生きているのかしら?」


 すると小人たちは口々に言いました。


「山の神のご加護さ」

「君は死んでいなかったんだよ、死んだふりをしていただけ」

「家事で鍛えてたくましくなったおかげさ」

「王妃様が最後の最後で手を抜いてしまったのかも」

「悪い夢でも見ていたんじゃないの?」

「もしくは、ここが死後の世界ってやつか」

「なんにせよ、助かってよかったじゃないか」


 小人たちの説明は見事にばらばらでしたが、白雪姫はとりあえず生きていることに感謝しました。もちろん、私にはどれが真実かわかっていましたが。


 白雪姫の首にはくっきりと青黒い一本のあざが残りました。もともと色白なだけに、それはとても目立ちました。

 今後見知らぬ訪問者が来た場合には十分注意するよう、小人たちは白雪姫によく言い聞かせました。


 口うるさい人たち……でもこんなことになっては仕方ないわね。それにしても、あれは本当にお母様だったのかしら? だとしたら、なんて醜いお姿だったんでしょう……


 その夜、白雪姫はベッドの中で紫の香水びんを見つめながらそんなことを考え、眠りにつきました。




 さて、翌朝私の前に立った王妃様は、意気揚々と尋ねました。


「鏡よ鏡、この国でいちばん美しいのはだれ?」


 私はできれば口を閉じていたかったのですが、そういうわけにもいきません。


「ここでは王妃様が美しい。しかし、七つの山の向こうの白雪姫はさらに美しい」


 王妃様は軽くよろめき、口をぱくぱくと動かしました。


「なぜ、どうして生きているのよ」


 王妃様はひとりごとのつもりだったのでしょうが、なんにでも答えるのが私の務めです。


「白雪姫は山の精霊とも言える七人の小人とともに暮らしているうちに、大きな生命力と幸運に恵まれる体質に変化したようです」


 王妃様はぎろりと私を睨みました。私に映っている王妃様もまた、同じように睨み返しました。


「こんな……こんなばかみたいなことがあってたまるものですか!」


 王妃様は美しい歯でぎりぎりと爪をかみました。


 そうだ、今度は毒で殺そう。そのほうが確実だし、慣れているもの。


 王妃様は髪飾りやピンやくしをかき集め、その中からもっとも先のとがったくしを選びました。この先端の部分に毒をぬり、突き刺そうと考えたのでした。それから、鍵つきのガラスの化粧棚を開け、色とりどりの美しい香水びんを眺めました。


 なるべく即効性のあるものがいいわね……


 そこで、おや?と首をかしげます。


「ひとつ足りない……」


 本物の香水びんに紛れこませて保管してあった毒のびんが、ひとつなくなっています。


「しまい忘れたのかしら?」


 私はそれがどこにあるのかよく知っていましたが、問われていないことには答えられません。


 まあいいわ。盗んだものがいたとして、使えば死ぬだけだもの。


 王妃様はあまり深く考えずに、黄色い小びんを選んで作業をはじめました。




 二度失敗したことで、王妃様は慎重になっていました。前回の訪問のほとぼりが冷め、白雪姫がすっかり油断するのを待ちました。

 私がようやく時が来たことを告げると、王妃様はいかにも愛想のよさそうな恰幅のいい中年女性に変装し、山のむこうへ向かいました。


 このころ、白雪姫は家事をだいぶ手際よくこなすようになっていました。

 何人か友だちもできました。近くの里のおばさまたちです。はじめはたまに物資の調達で小人たちにくっついて行ったときに会うだけでした。しかしわけありだと察した主婦たちが、こんなかわいい子を放っておくわけにはいかないと、何かと世話を焼きに来るようになったのです。卵をわけてもらったり、女の子用の古着をもらったり、ときには家事も手伝ってくれました。そして、ティータイムには甘いお菓子をつまみながら、生活の知恵やら里のうわさやら亭主の愚痴やらをぺちゃくちゃとしゃべっていくのです。歳は離れていましたが、話し相手ができたことを白雪姫はとてもうれしく思いました。


 この日もいつそうした友だちが来てもいいように、テーブルにはお茶とお菓子の用意がしてありました。

 白雪姫がほうきで床を履いていると、こんこんと扉をたたくものがありました。

 小人が防犯のためにつくった玄関の小さなのぞき穴から見てみると、それはやはり、人の好さそうなおばさまでした。しかし、あまり見慣れない顔です。


「どちら様?」


 白雪姫は尋ねました。安易に扉を開く前に誰が来たのかを確認すること。これも、小人たちと決めた約束ごとのひとつです。


「出張床屋よ。肉屋のおかみに言われて、あなたの髪を散髪しに来たの。開けてちょうだいな」


 白雪姫はつい先日、肉屋のおばさんに髪を切りたくなったことを話したのを思い出し、すっかり信用してドアを開けました。


「いらっしゃい、待っていたわ」

「会えてうれしいわ。うわさには聞いていたけれどとてもかわいらしいお嬢さんね」


 白雪姫はほんのりほうを赤くしました。


「今お茶を入れるわね」

「あとでいいわよ。まずはその伸びすぎた髪を切らせてちょうだいな。さっきから手がうずうずしているの」


 床屋の奥さんは白雪姫をいすに座らせ、かばんから商売道具を取りだしました。その中にははさみやくしのほかにも、きらきらした髪飾りが入っており、白雪姫は目を輝かせました。


「そのバラの髪飾り、とてもすてきね」

「切り終わったらつけてあげるわ」

「本当に? いいの?」

「もちろんよ。でもまずは、そのきれいな黒髪にくしをとおさせてちょうだい」


 床屋の奥さんはくしを手に取りました。


 おわかりかと思いますが、この方の正体は王妃様です。

 王妃様は手を振り上げると、とがったくしの先をえいやっと思い切り白雪姫の頭に突き刺しました。


「ぎゃっ」


 白雪姫は鋭い悲鳴を上げると、いすから転げ落ち倒れました。しばらくじたばたと動いていましたが、やがて目の光を失い、静かになりました。最期にその瞳がとらえていたのは、王妃様の氷のような視線でした。

 王妃様は床に転がった白雪姫の腹を靴の先でつつき、死んでいることを確かめました。そして満足げにうなずくと、さきほど白雪姫が欲しがっていたバラの髪飾りを髪にさしてやりました。死んだ娘への、せめてもの弔いです。

 そしてかばんを肩にかけると、小人の家をあとにしました。




 その夜、鉱山から帰ってきた小人たちは、家の中で倒れている白雪姫を見て、大慌てで助け起こしました。頭のてっぺんに突き刺さっていたくしを取り除くと、白雪姫はちいさなうめき声をあげ、目を開けました。


「いたたた……頭がズキズキするわ」


 頭を押さえ、自分をぐるりと囲んでいる小人たちを見ます。


「この感じ、覚えがあるわ。わたしったらまたお母様に殺されてしまったのね」


「まったく、こりない子だよ」

「あれほど注意したのに」

「しかし毒のくしとは恐れいった」

「くしを突き刺すほうが怖いよ」

「君の生命力もなかなかのものだ」

「また防犯を強化しないとな」

「いっそ番犬でも飼おうか?」


 小人たちが防犯対策についてわいわいと話し合っているとき、白雪姫は髪にバラの髪飾りがついているのに気がつきました。手に取ってよく見ると、宝石がちりばめられており、とても高価なものだとわかりました。


 やっぱりあれはお母様だったのね。こんなに憎まれているだなんて……


 このところすっかり田舎での暮らしに慣れてしまいましたが、王妃様の訪問は久しぶりにお城にいたころのことを思い出させました。


 その日から白雪姫の宝物がひとつ増えました。紫の香水びんと、バラの花飾り。毎晩それらを眺めては、故郷のことに思いをはせながら眠りにつくのでした。




 お城に戻った王妃様は、へとへとになりながらも私に問いかけました。


「鏡よ鏡、この国でいちばん美しいのはだれ?」


 そのときには白雪姫はすでに復活していたので、こう答えるしかありません。


「七つの山の向こうの白雪姫でございます」


 王妃様はへなへなとくずれおち、泣き出しました。


 なんだっていうのあの娘は。何度殺してもよみがえってくるだなんて。あと何回殺せばいいのよ。


 王妃様の声は嗚咽にまみれて言葉になっていませんでしたが、洪水のようにうずまきあふれだす感情が、私にはありありと見てとれました。


 気持ちが落ち着いてきたころ、王妃様がぼそりとつぶやきました。


「どうしたらあの子を確実に殺せるのかしら。鏡よ、あなたは知っているの?」

「知っています」


 私は正直に答えました。


「なんで早く言わないのよ!」


 王妃様は私の縁を持って揺さぶりました。景色が小刻みに震えました。


「聞かれなかったからです」


 ああ、反抗的な態度ととられても仕方ありません。しかし、それが私のさがなのです。また、正直なところ、あまりおすすめできる方法でもありません。

 王妃様は恐ろしい剣幕で私を睨みましたが、ため息をついて私から手を離しました。


「まあいいわ。その方法というのを教えて」


 私には拒否する能力がありません。


「白雪姫が生き返るのは、七人の小人がついているからです。彼らを殺し、白雪姫を殺せば、よみがえることはありません」


 王妃様はしばらくぽかんとしていましたが、やがて肩を震わせて笑いだしました。


「そうよね……なぜこんな簡単なことに気づかなかったのかしら?」

「王妃様の御心が純粋だからです」

「おだまり。今のは問いかけではないわ」


 この日の私は王妃様の機嫌をそこねてばかりです。


「そうね……いったいどんなふうに皆殺しにしようかしら?」


 王妃様は生き生きとした表情で策を練りはじめました。

 私の前を行ったり来たりしながら考えているその横顔は、白雪姫には及びませんが、とてもきらきらした美しいものでした。



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