第1話 もし、願いが叶うのなら
才能という名の残酷な天秤について、僕は中学生のころに嫌というほど思い知らされた。
天は二物を与えず、なんて言葉は、持たざる者を慰めるためのただの気休めでしかない。
最初からすべてを持っている人間は確かに存在し、持っていない人間はどれだけ必死に手を伸ばしても、冷たい空を空しく掴むことしかできないのだ。
どれだけ努力をして技術を磨いても、生まれ持った『閃き』や『感性』という目に見えない巨大な壁が立ちはだかる。
努力でどうにかなる領域なんて、たかが知れている。
その先の、どうしようもない壁の向こう側にいる一握りの人間だけが、『天才』という称号を名乗ることを許される。
中学生のころ、僕は自分の限界と才能のなさを痛感した。
幼い頃からピアノを習い、寝る間も惜しんで鍵盤に向かっていた僕は、頭の中に鳴り響く旋律をパソコンの打ち込みソフトで形にしていく作業にのめり込んでいた。
いつか、僕の音楽が世界中を感動させる。
そんな無邪気で浅はかな夢を抱き、僕は『アルタ』という名義で、ネットの動画プラットフォームにオリジナルの楽曲を投稿し始めたのだ。
顔の見えない世界なら、僕の音も誰かに届くかもしれない。
そんな淡い期待は、残酷な現実によってすぐに打ち砕かれた。
最初は少しずつ再生回数が伸びて、コメントがつくのが嬉しかった。
一つひとつの評価に一喜一憂し、次の曲を作る原動力にしていた。
しかし、ある日突然、圧倒的な才能を持つ同年代のクリエイターの作品が話題になり、不運にも僕の曲はそれと比較される対象になってしまったのだ。
僕の動画のコメント欄は、瞬く間に心ない言葉で埋め尽くされていった。
『量産型の曲だな』
『メロディが平坦すぎる。耳に残らない』
『なんというか、心がない凡作だよね。才能ないんじゃない?』
顔も見えない誰かからの無責任な言葉は、鋭い刃となって僕の脆い自尊心を粉々に打ち砕いた。
自分が心血を注いで作った曲が、誰かにとってはただの『凡作』でしかないという事実。
夜遅くまでパソコンの画面と睨めっこして、何度も何度も直した旋律が、たった数秒でゴミのように切り捨てられる恐怖。
そして何より僕にとって一番つらかったのは、中学生の妹が僕の曲のファンでいてくれたことだった。
僕が新しい曲を作ると、妹はいつも一番に聴きたがり、「お兄ちゃんの曲、すっごく好きだよ!」と満面の笑みで言ってくれていた。
純粋な目で僕の才能を信じてくれていた妹に、あんな誹謗中傷で溢れかえったコメント欄を見せるわけにはいかなかった。
才能のない兄の惨めな姿を知ったら、妹はどれほど悲しむだろうか。それが怖かった。
耐えきれなくなった僕は、すべての楽曲データをゴミ箱に入れ、完全に消去した。
アカウントも削除し、ネットの世界から逃げ出した。
音楽への情熱はすっかり灰になってしまったのだ。
だから、凡人である僕は、音楽を捨てたのだ。
カクヨムでも同作品を先行して投稿しております。
先が気になった方はそちらもご覧ください。




