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緋色の煉獄  作者: らぱすてー


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第九話 恐怖のかたち

 頭を抱え、亀のように丸くなった店主の背中を踏みつけたが、ロッソの時のような高揚感は無かった。


 ようやく人を踏みつけにする側に立ったはずが、胸の内に広がるのはただの虚しさだ。

 だが、俺の内心がどうであれ、やることは変わらない。

 

「……いい度胸しているな?」


 容赦なく脇腹を蹴りつけると、床を転がった店主が這うようにして金庫から札束を引っ張り出し、ジミーに押し付けてきた。

 

「か、勘弁してください……!」

「お、おう……次、舐めた真似しやがったら、わかってるな?」


 店主に震え声で釘を刺すと、ジミーは先程よりも多分に媚を含んだ笑顔を俺に向けてきた。


「流石ですぜ、アルトラさん。それと――」


 ジミーが引きつった愛想笑いを浮かべるのを横目に、俺はアキリを見下ろした。

 凄惨な暴力が目の前で行われたというのに、アキリは「えへへ」と照れくさそうに笑い、俺の服の裾を小さな手で握っている。


 ……ただの足手まといかと思っていたが、思っていたよりも使い道がありそうだ。


「悪くない。お前、頭の回転が速いな」

「でしょ?  ぼく、役に立つよ!」


 得意げに薄い胸を張るアキリを見て、俺は小さく鼻を鳴らした。

 俺の足りない部分を補えるコイツは、悪くない拾い物だったのかもしれない。


 その後もジミーと共に数件の店を回り、ショバ代の回収を済ませた。

 アキリの正確すぎる暗算のおかげで、ジミーもスラムの店主たちも一切の誤魔化しができず、俺はきっちりと本来の山分けの金を受け取ることができた。


 懐の札束の重みを確かめながら、俺とアキリはアジトである小屋へと引き返した。

 今日一日の稼ぎとしては悪くない。これで当面の食い扶持には困らないだろう。


 だが、小屋の前に着いた途端、その僅かな安堵は消え去った。


 錆びついた扉の前に立つ、安っぽいスーツを着た男。テレーゼの使いだ。

 男は俺の姿を認めると、感情の読めない事務的な口調で口を開いた。


「テレーゼ様からの伝言です。次の試合のスケジュールが決まりました」


 男は懐から、一枚の黒いカードを取り出して俺に差し出した。


「試合は一週間後。……対戦相手は、以前あなたと揉めた『借金取り』の組織が選出した専属闘士です」


「……なるほどな」


 俺はカードを受け取り、鼻で笑った。

 あの時、テレーゼという巨大な暴力に気圧されて尻尾を巻いて逃げた連中だが、当然腹の虫は収まっていなかったということだ。裏社会の組織が、コケにされたメンツをそのままにしておくはずがない。


 闘技場という「合法的な殺し合い」の場を利用して、確実に俺を殺しにきている。


「伝言は以上です。当日の健闘を祈ります」


 使いの男が踵を返して去っていくのを、俺は無言で見送った。

 

「アルトラ、どうしたの? 」


 背中に隠れるようにしていたアキリが、不安そうに服の裾を引っ張る。俺は無言で銀色の頭にポンと手を乗せると、小屋の扉を押し開けた。


「気にするな。ただの仕事だ」


 ただの仕事ではあるが――俺は自分の手元に視線を落とした。そこにはロッソから奪った安物のナイフが一本。もっと良い武器が必要だ。新しい「力」に見合った牙が必要だった。


「アキリ。留守番を頼む。少し、買い物に出てくる」

「お買い物? ぼくも行く!」

「……まあ、いいだろう」

「やった!」


 アキリは思わぬ所で役立つことがある。単なる買い物のつもりだが、連れて行ってみても面白いかもしれん。

 

 ――


 向かった先は、スラムの深部にある非合法のジャンク市だった。

 

 壊れかけの中古品から、盗難品、違法に改造された品など。まともな店には並ばないものばかりが、薄汚れたブルーシートの上に無造作に並べられている。


 俺は札束の厚みを頼りに、薄汚れたテントを構える武器商人の前に立った。


「……闘技場に出る予定だ。タフな武器が要る」


 商人の男は俺の顔を見ると、ニヤリと黄ばんだ歯を見せた。

 

「おや、最近テレーゼ様の飼い犬になったって噂の坊主じゃねえか。……いいぜ、とっておきを出してやる」


 男が奥から引っ張り出してきたのは、鈍い黒光りをする一振りの大型ナイフ。

 頑丈そうなナックルガードもついており、手の保護だけでなく、殴りつけるのにも使えそうだ。


「とある武闘派組織が壊滅してな、そこから流れてきたもんだ。前の持ち主は”首切り”の二つ名で、ちょっとした有名人だったぜ」

「前のってことは、死んだのか?」

「ああ、なんでも白い男を敵に回したとか。いくら”首切り”でも相手が悪いわな」


 白い男、あいつだ。


「白い男ってのは何者なんだ?」

「……それがなあ。ここ最近現れるようになったとか、昔から居ただとか。人によって言うことが違うんだ」

 

 男はボリボリと頭をかいた。


「どこかの組織と関係しているわけじゃないのか?」

「そこらへんの話は、こっちが聞きたいよ。テレーゼ様から何か聞いてないのかい?」

 

 たしかに、そこら辺はテレーゼに聞いてみるのが確実だ。ただ、白い男の立ち位置がハッキリしないうちは、俺との関わりについては話さないほうがいいだろう。


 「いや、何も聞いていない。……で、これはいくらだ?」


 思考を切り替え、黒光りする大型ナイフを手に取って尋ねる。

 商人はニヤリと笑い、俺の足元を見るような法外な値段を吹っかけてきた。今日集金したショバ代が丸々吹き飛ぶほどの額だ。


「チッ……足元見やがって」

「おっと、テレーゼ様のお気に入りなんだろ? 命の値段だと思えば安いもんさ」


 渋々札束を取り出そうとした、その時だった。


「このワイヤーもセットにしてよ」


 アキリがどこからか、金属製のワイヤーの束を持ってきていた。


「ああ? それも一緒っていうなら値段は……」

()()()()()()()、お客になるよ?」

 

 アキリの意味深な発言に、値上げしようとしていた店主が言葉を飲んだ。

 

 アルトラが戦いを生き延びれば、今後も付き合いは続く。『テレーゼ様のお気に入り』に恩を売っておくのも悪くない――頭の中でそんな計算が巡らされたのか、店主は頷いたのだった。

 

 

 ――


 

 ゴミ処理場跡に建造された闘技場は興奮した観客の喧騒に包まれていた。


「アルトラ、頑張って!」


 アキリに見送られ、俺は闘技場に足を踏み入れた。ザリッとした地面の感触と鉄さびの匂い。まばゆいスポットライトの光が、俺の全身を貫く。

 

 さあ、殺し合いの時間だ。

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