第10話 一戦目
対戦相手はあの時、俺を嵌めようとした野郎だった。
確か、ファーガスとか言ったか。
ファーガスが憎しみのこもった目で睨みつけてくる。
だが、憎んでいるのはこっちも同様なんだぜ? 容赦なくぶち殺してやる。
ファーガスは俺の前に立つと、これみよがしに何かを飲んだ。
観客席から『スノウクラッシュだ!』という叫びが聞こえる。
ガタガタと小さく痙攣をはじめ、やがて収まった時には、瞳に怪しい光が宿る。
ファーガスが腰に差した剣を引き抜くと、何か塗られているようで妙なテカり方をしていた。
何の手段もなく対戦の場に出てくるはずはないと予想はしていたが、ここまでやっても運営からのお咎めは無いらしい。ひとつ勉強になった。
ファーガスが剣を構えた瞬間、俺の体は動いていた。
俺の唯一にして最大の武器は超反射。相手の動きが止まって見える、あの感覚が全身に満ちていく。
横薙ぎの一閃を数ミリ単位で躱し、返す刀を内側からナイフで弾く。
ファーガスの体勢が崩れた隙に、首筋をナイフで斬りつける。
普通ならそれで決まる。
だが、ファーガスも常人のソレを超えていた。
「効かねえ」
血が吹き出しているにも関わらず、表情一つ変えない。
スノウクラッシュ。痛みを感じなくなる、という話は本当らしい。
だが、あの出血量では倒れるのも時間の問題――と考えていると、見る間に血が止まり、傷がふさがり始める。
「俺は不死身だあ!」
呆気にとられた俺を、ファーガスの剣戟が襲う。
見えていたのに動きが遅れ、受けに回ってしまった。
さっきの一撃を受け止めた腕がじんじんしている。薬で筋力まで上がっているのか。
厄介だ。俺はナイフを抜きながら距離を取り、ファーガスの動きを見る。
速くはない。ただ止まらない。
剣の軌道も、致命傷を狙う気がない。
超反射には代償があることを知られているのか?
使えば使うほど、後から痛みが返ってくる。体が悲鳴を上げ始めたら、この研ぎ澄まされた感覚も鈍り始める。
ファーガスはどこでそれを知ったのか……。
俺は攻めた。
手加減なしに、全力で。
首、脇腹、膝の裏。ナイフで急所を的確に刻んでいく。
ファーガスは怯まない。それでも傷は積み重なる。あちこちから血が噴いているのに、奴は笑いながら剣を振り回す。
じわり、と何かが広がる感覚。
やばい。
足の裏から突き上げるような痛みが、波になって脊髄を駆け上がる。視界の端がぼやけ始める。
超反射の精度が、目に見えて落ちていくのが自分でもわかった。
次の踏み込みがわずかに遅れ、ファーガスの拳が俺の顎を捉えた。
口の中で血の味がする。
笑ってやがる。この野郎。
俺は歯を食いしばって状況を整理する。体はまだ動くが、痛みが酷くなりつつある。
ナイフで刻み続けるには精度が足りなくなってきた。だが、ファーガスも傷が治っているとは言え、出血は積み重なっている。
――感じていないだけで、体は確実に壊れている。
腰のポーチからワイヤーを引き出す。
ファーガスが踏み込んでくる。
俺は横に跳んでそれを躱し、すれ違いざまにワイヤーを足元へ走らせた。
絡まった前足が止まり、体重が前に崩れる。
追いかけるように体に巻きつけ、両腕ごと締め上げた。
剣が床に落ちた。
地に膝をついたファーガスに、馬乗りになる。
「これで終わりだ」
ファーガスは俺を見上げて、まだ笑っていた。ただ純粋な憎しみだけを顔に張り付けて。
「くたばれ」
ワイヤーを首に回し、体重をかけながらゆっくりと締めていく。
ファーガスの体がやがて動かなくなった。
決着が付き小さく息を吐くと、観客席の騒がしい声が聞こえてきた。
激痛が身体を駆け巡る。しかし、俺は平然を装って立ち上がる。こんな所で弱みは見せられない。
勝ち名乗りを受けつつVIP席に目をやると、テレーゼが満足そうにこちらを見下ろしていた。
あと4勝。




