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第六話 ある日、爆弾がおちてきて

 剥き出しの殺意が、狭い通路に満ちていた。

 護衛が引き抜いた剣の切っ先が、鈍い光を放ちながら俺の喉元を狙っている。


 力が入らない。それでも俺は、懐の金だけは離さなかった。


「……やってみろよ」


 挑発めいた言葉が漏れた瞬間、借金取りの顔が怒りで赤黒く膨れ上がる。


「死にてえなら望み通りに――」

「下品ね。耳が汚れるわ」


 血なまぐさい空気に似つかわしくない、美しく澄んだ声が通路に響いた。


 全員の動きが止まる。通路の奥から、上質な真紅のドレスを纏った金髪の女が、静かに歩み寄ってくる。


 彼女が通り過ぎるだけで、通路の空気が塗り替わっていくようだった。背後に控える大男は、ただ立っているだけで、周囲の護衛たちが「自分はすでに殺されている」と錯覚するほどの圧倒的な威圧感を放っていた。


「テ、テレーザ……!? なぜ、ここに……」


 偉そうにしていた男が震え声で呟いた、その瞬間。


 テレーザの隣にいた大男が、予備動作もなく踏み込んだ。


 ドン、と空気が爆ぜるような音。

 次の瞬間には、俺を囲んでいた護衛の一人が吹き飛んでいた。何が起きたのか理解する暇すらない。背後の鉄柵が、飴細工のようにぐにゃりと曲がっている。


「……!」


 抜いたばかりの剣を投げ出し、男たちは後ずさる。

 テレーザはそれを一瞥すらせず、優雅に俺の前まで来ると、扇子で口元を隠しながら冷ややかな瞳で俺を見下ろした。


「全額賭けさせてもらったわ。おかげで、今日のランチ代には十分ね」

「……どれだけ高いランチを食うつもりだ」


 俺の言葉に、テレーザは可笑しそうに笑い出した。

 ひとしきり笑うと、男たちに向かって吐き捨てる。


「私のラッキーボーイに無礼を働くなら、次は首から上がなくなるわよ。……分かったら、私の視界から消えなさい」


 その言葉に呼応するように、テレーザの護衛が剣の柄へ手をかけた。


「くそっ! 覚えてろよ!」


 借金取りたちは、ありきたりな捨てぜりふを残して逃げていった。


 嵐のような暴力で場を収めたテレーザは、俺の前に屈み、手袋を嵌めた指先で血に濡れた俺の顎をそっと持ち上げた。


「貴方、名前は?」

「……アルトラだ」

「アルトラ。……いい響きね」


 その名を口にした瞬間、彼女の目がわずかに細められる。

 獲物を見定める猛獣のような眼差しのまま、ゆっくりと微笑んだ。


「気に入ったわ。私の下で働きなさい」

「……俺を飼い慣らせると思っているなら、高い買い物になるぞ」

「いいわ。安い買い物なんて、退屈で死にたくなるもの」


 芳醇な香水の匂いと、背後の男が放つ死の気配。

 俺の意識は、そこでぷつりと途切れた。


 ――


 深い闇の底から意識が浮上する。

 最初に感じたのは、鼻を突く強烈な消毒液の臭いだった。


 重い瞼を押し上げると、無機質なコンクリートの天井と一本の蛍光灯が目に入る。


「……ッ!」


 跳ね起きようとした瞬間、全身の筋肉が悲鳴を上げた。

 バラバラに分解された肉体を、錆びた針金で無理やり繋ぎ合わせたような鈍痛。だが、あの脳髄を焼くような激痛は、今は嵐の後のように静まり返っている。


 咄嗟に、血に汚れた上着の懐へ手を突っ込んだ。


「……あるのか」


 指先に触れたのは、血が乾いて固くなった札束の感触。

 奪われてはいなかった。テレーザは、スラムの住人が一生かかっても触れられないような大金を、ゴミでも見るように放置したのだ。


(……この程度、興味もないってのか)


 命懸けで掴み取った“戦利品”を端金扱いされたような屈辱。

 だが、それ以上に、自分自身への苛立ちが腹の底から湧き上がる。


 闘技場での死闘。毒。そして、あの得体の知れない力の奔流。

 限界だったとはいえ、俺はあそこで、見ず知らずの女に身を完全に委ねた。もしあの女が臓器を売り飛ばすようなクズだったなら、今頃俺は闇医者のゴミ捨て場でバラバラになっていただろう。


(反省しろ。……次はねえぞ)


 奥歯を噛み締め、冷えた汗を拭う。

 周囲を見渡せば、そこは病院というより、高度な医療機器と拷問器具が混在したような“裏の診療所”だった。


「……起きたか。色々と面白い体をしているな」


 低くしゃがれた声。

 部屋の隅で何かを磨り潰していた、死神のように痩せこけた老人がこちらを向いた。


「あんたは?」

「ワシはマシュー。医者だよ、少なくともそう思われている」

「……どれくらい寝ていた」

「丸一日だ。お嬢が連れて来た時には、すぐに死ぬかと思ったんだがな」


 闇医者は、机の上に置かれた一枚のカードを指先で弾いた。

 滑り込んできたのは、上質な紙に金文字で刻印されたアドレス。


「目が覚めたら、そこへ行けとさ。……お前さん、気に入られたらしい。珍しいことだ」


 俺はペットじゃない――胸に不快な熱が宿るが、助けられたのは事実。

 恩は返さなければならない。


 ふらつく足取りでベッドを降り、用意された服に着替える。


 診療所を出ると、そこは中層区だった。

 古い高層建築と、周囲に乱雑に増改築された建物が立ち並び、そこで生きる者たちの活力を感じさせる。


 指定された場所へ向かうと、頑丈な壁に囲まれた大きな四角い建物があった。

 胡散臭そうにこちらを見る門番に、カードを見せると態度が一変する。やはりテレーザは、それなりどころか相当な身分らしい。


 案内された部屋へ入ろうとした、その直前。

 振り下ろされる棒の先端が、視界の端に映った。

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