09 回復?
次の日。
朝の教室は、いつも通りのざわめきに包まれていた。
窓から差し込む光は少し強くて、机の表面を白く照らしている。
扉が開く音。
誰かの笑い声。
椅子を引く音。
その中に、ひとつだけ――
聞き慣れた声が混ざる。
「おはよう」
振り向く。
凛が、そこにいた。
昨日と同じ席、同じ距離。
何事もなかったみたいな顔で、当たり前のように立っている。
「……おはよう」
言葉が、自然に出る。
それだけで――
胸の奥にあった引っかかりが、すっとほどけた気がした。
(……なんだよ)
自分でも分かるくらい、力が抜ける。
凛はそんな俺の顔をじっと見て、すぐに口元をゆるめた。
「顔、分かりやすいね」
「うるせえ」
カバンを机に置く音が、やけに軽く響く。
「昨日、寂しかった?」
「……別に」
視線を逸らす。
窓の外では、朝の風が木の葉を揺らしている。
でも――
ほんの一瞬、答えるのが遅れた。
「はい重症」
「決めつけんな」
凛は楽しそうに笑う。
その笑い方も、声のトーンも、全部昨日までと同じなのに――
やけに、安心する。
教室のざわめきが、いつも通りに耳に入ってくる。
黒板に書かれた日付。
誰かの雑談。
全部がちゃんと“戻ってきた”感じがした。
(……回復、ってやつか?)
心の中で、そんなことを思う。
でも――
完全に戻ったわけじゃない。
昨日感じた違和感も、
今のこの安心も、
どっちも消えてはいなかった。
「でさ」
凛が、机に肘をついて言う。
「やっぱり感染してるよ」
「だから違うって」
反射的に返す。
でも、その言葉には前みたいな勢いがない。
凛はそれを見逃さない。
「否定しきれてない顔」
「……」
言い返せない。
(くそ)
窓から入る風が、またカーテンを揺らす。
その動きが、どこか穏やかで――
心の中の揺れと、少しだけ似ていた。
否定したいのに、否定しきれない。
そんな中途半端な感覚。
でも。
それを、完全に嫌だとは思っていない自分もいる。
「ほらね」
凛が、いつもの調子で笑う。
その声を聞きながら――
俺は小さく息をついた。




