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10 雨傘 

 

 放課後。


 チャイムが鳴った直後、窓の外から強い音が聞こえてきた。


 ザーッ、と一気に叩きつけるような雨。


「最悪だ」


 昇降口で立ち止まる。

 外はもう、白く煙るくらいの雨脚で、地面を跳ね返る水しぶきが見える。


 空はどんよりと暗くて、さっきまでの明るさが嘘みたいだった。


「傘ないの?」


 横から声。


「忘れた」


「バカだね」


「お前もな」


 そう言って振り向くと――


 凛は、片手にしっかりと傘を持っていた。


「私はある」


(どや顔)


「貸せ」


「やだ」


 即答。


「なんでだよ」


 凛は少しだけ口元を上げる。


「一緒に入るならいいよ」


「……は?」


 言葉の意味を理解するまで、ほんの一瞬遅れる。


 外では、雨音がさらに強くなる。

 屋根に当たる音が、規則的に響いていた。


「ほら、行くよ」


 凛は何のためらいもなく、傘を開く。


 ぱっと広がる、小さめの傘。


 白いビニール越しに、灰色の空がぼんやりと透けて見える。


 仕方なく、その中に入る。


 ――近い。


 肩と肩が、ほとんど触れる距離。

 歩くたびに、ほんの少しだけぶつかる。


 雨の音が、すぐ上で弾ける。


 周りの世界はぼやけているのに、

 この傘の中だけ、妙にはっきりしていた。


「ねえ」


「なに」


 凛の声も、いつもより少し近い。


「ドキドキしてる?」


「してねえ」


 即答。


 でも、声が少しだけ硬い。


「嘘つき」


「してねえって」


 前を向いたまま言い返す。


 けど、視界の端に入る凛の横顔が、やけに意識に残る。


 雨に濡れた空気のせいか、

 いつもより少しだけ体温を感じる。


「でもさ」


 凛の声が、少し変わる。


 からかう感じじゃなくて、

 少しだけやわらかくて、静かで。


 歩く速度が、ほんの少しだけ揃う。


「そのままでいいよ」


「……は?」


 思わず横を見る。


 ビニール越しの光が、凛の表情をやわらかくぼかしていた。


「無理に治さなくていい」


「だから病気じゃねえって」


「ううん」


 凛は、小さく首を振る。


 そして――


 ほんの少しだけ、笑った。


「いい病気だよ」


 雨の音が、すべてを包み込む。


 アスファルトに落ちる音。

 傘を叩く音。

 遠くで走る車の音。


 その全部の中で――


 この距離だけが、妙に静かだった。


 肩が触れるたびに、意識がそっちに引っ張られる。


 少しだけ高い体温。


 すぐ隣にある気配。


 息がかかりそうな距離。


 その全部が――


 やけに、心地よかった。


 雨は、まだやみそうにない。

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