08 初期症状
ある日、凛が休んだ。
朝の教室。
いつもなら、後ろから当たり前みたいに聞こえてくる声がない。
「おはよう」も、「観察するね」も、今日はない。
その空白が、やけに目立った。
「珍しいな」
誰に言うでもなく、ぽつりと呟く。
窓際の席に座ると、景色はいつもと同じなのに、どこか違って見えた。
春の光、揺れるカーテン、黒板の文字。
全部、変わってないはずなのに――
一つだけ、足りない。
(……別に、ただのクラスメイトだろ)
ノートを開く。
ペンを持つ。
でも、手が止まる。
授業は進んでいく。
先生の声も、周りのざわめきも、ちゃんと聞こえているはずなのに。
どこか、上の空だ。
昼休み。
いつもなら、勝手に隣に座ってくるやつがいない。
パンをかじる。
味が、やけに薄い。
(……なんだこれ)
窓の外を見る。
校庭ではいつも通り、誰かが笑って、走っている。
世界は普通に回っているのに、
自分だけ、少しズレているみたいだった。
ポケットの中で、スマホを取り出す。
画面をつける。
特に通知はない。
消す。
――また、見る。
(……別に、用なんてないだろ)
なのに。
何度も、画面を確認してしまう。
「……なにやってんだ俺」
小さく息をつく。
教室の空気が、いつもより広く感じる。
放課後。
帰り道は、一人。
足音が一つ分しか響かない。
夕焼けも、昨日と同じはずなのに、少しだけ色が薄く感じた。
風が吹く。
でも、隣で髪が揺れる気配はない。
そのとき、ふと気づく。
胸の奥にある、この落ち着かなさ。
理由の分からない違和感。
(ああ、これか)
昨日まで、冗談みたいに聞いていた言葉が、浮かぶ。
「発熱ってやつ」
思わず、苦笑する。
誰もいない帰り道に、その声だけが小さく溶けた。




