15話。
自分の存在を“不要”だと説明しながら、どこか他人事のように話すノナに、リティシアはどうしても釈然としなかった。
眉を顰め、吐き出される言葉に異を唱えようと口を開く。
だが、ノナの言葉は途切れることなく続き、結局リティシアは何も言えないまま口を噤むしかなかった。
「生まれた時から、悪魔としての自覚がないって言うか……」
ぽつり、ぽつりと零す声。
ノナはどこか宙を見つめながら、懐かしむように目を細める。
「……今思えば、ずっと天使みたいに……」
一瞬の沈黙のあと、ふっと笑った。
「天使に、なりたかったんだぁ」
その声音は、どこか呑気で、遠い思い出を語るような軽さだった。
「ま、その時僕はちいちゃかったし、それがおかしい事ってわからなくてね!」
くすくすと笑いながら、続ける。
「皆に言い回ってた。なんで人を傷付けるのって」
「そしたら、おかしいって。気持ち悪いって」
「偉い人に呼び出されて、教育が始まった」
肩をすくめるような仕草。
「無法地帯の魔界でもね、なんか信念みたいなのはあるみたいで」
「悪魔らしくない事すると……叩かれたり、焼かれたり」
まるで他人の話でもするかのように、軽い口調だった。
「でも、何が悪魔らしいかわからなくて」
「ずっと耐えてたら慣れちゃって」
少し慌てたように、付け足す。
「あ、痛みがわかんない訳じゃないよ!」
それから少しだけ視線を落とした。
「……僕は魔力だけはあったから、期待されてたんだと思う」
「名前も……そうなれるように、って」
小さく笑う。
「魔王様と同じなんだって」
そこで一度、言葉が途切れた。
そして、ふと思い出したように顔を上げる。
「……それである日、人間を助けたの」
その瞬間だけ、声色が変わった。
「まだ小さいのにね、病気でもう余命が無いって」
「それでも、ずっと明るくて、元気で……強い子だった」
ノナは本当に嬉しそうに笑った。
「その子に、お茶の時間を教えてもらったんだぁ」
懐かしむような声音。
だが、次の言葉は少しだけ震えていた。
「でも、やっぱり時間が経つとどんどん苦しそうになって……」
「起き上がれなくなっちゃって」
ぐっと拳を握る。
「また、笑って欲しくて」
そして、誇らしげに笑った。
「魂を身体に固定しちゃった」
沈黙。
リティシアは、その言葉の意味を理解するまで数秒かかった。
魂を、身体に固定する。
それは――
死ぬことすら許されないということだ。
輪廻にも還れず、ただそこに縛られ続ける。
それを。
助けた、と。
嬉しそうに語るノナに、リティシアは小さく息を飲んだ。
だが、そんなことには気付かず、ノナは続ける。
「でも、助けちゃダメだったんだって」
困ったように笑う。
「排除対象になっちゃって」
「無我夢中で逃げたの」
「気付いたらここに」
軽く肩をすくめた。
「そこから、ずっとここに居るんだよ」
少しだけ照れたように笑う。
「ただ、食べる物も無限じゃないから、隠れて戻って調達してる」
「でも今日は油断しちゃってたから……」
ノナは苦笑した。
「――こうなっちゃった」
今までずっと宙を見ていた視線が、ふとリティシアを捉える。
困ったように眉を下げ、何も言わない彼女の様子を窺うように、そっと顔を覗き込んだ。
「本当は、家に帰る前に綺麗にしてから戻ろうと思ってたんだけど……リティが、あんな所に居たから」
リティシアは何も言わない。
言えない。
それでも構わないとでも言うように、ノナは無邪気な子供みたいに笑った。
そして、ふいに俯く。
「……リティも」
小さく呟く。
「僕のこと、気持ち悪いって……思う?」
縋る声だった。
その声で、リティシアははっと正気に戻る。
悪魔なのにどこか悪魔らしくない彼女に、どこか自分と同じものを感じていた。
だから、つい思い込んでいた。
――同じだと。
けれど、違った。
ノナは、自分よりもずっと危うい。
真実を知った時。
きっとノナは、壊れてしまう。
だから――
このことは、自分だけが知っていればいい。
胸の奥に浮かんだわずかな恐怖を押さえ込むように、リティシアはぎゅっと自分の羽根を握り締めた。




