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9話。

紫と珊瑚が混ざり合う空を見ていた視線を、悪魔のいる方へと動かす。


楽しそうに歌いながら花を剪定する背中。

大きな羽は小さく折り畳まれ、服の中にしまい込まれているせいで、少しだけ不格好に膨らんでいた。

花を愛でるその爪先は、綺麗に丸く整えられている。


悪魔の真名も教えてくれなかったな、と考えながら、気づけばリティシアの指先はまた自身の羽を弄っていた。


は、と小さく息を漏らし手を離す。

幸い、血が滲むことは無かった。


切り落とされた枝や葉を集め出した悪魔の元へ近付く。

悪魔は微笑みながらこちらを見て、小首を傾げた。


「どうしたの?」


「手伝う」


「良いのに」


ふふ、と笑みを深め「ありがとう」と続ける声を聞き流し、枝を拾う。

地面に視線を落としたまま、ぽつりと呟いた。


「…名前、付けてもいい?」


悪魔の、次の枝に伸ばしかけた指先が震えて固まる。


「聞いてる?」


顔を覗き込み屈んだのを見て、悪魔ははっとしたように瞬きをした。

何処か遠くを見ていた視線が、リティシアに向けられる。


「…聞かないの?」


小さい声。

絞り出したその言葉は、きっとリティシアに真名を教えていないことへの罪悪感から出たものだろう。

リティシアも、悪魔の真名に興味が無いわけではない。

それでも、目の前の悪魔の――心優しい悪魔(かのじょ)の顔が曇るくらいなら、その必要はなかった。


「何が?…名を知らないと不便だし、勝手に付けようと思っただけだ」


つん、と顔を背けながら早口で捲し立てる。

リティシアが恥ずかしい時に見せてしまう癖だ。


それを見た悪魔は、少しだけ笑みを浮かべ、リティシアに合わせるように前へ並ぶ形で屈んだ。


「じゃあ、お願いします?」


膝の上に肘をついて、両手で頬を支えながら悪魔は笑う。

一々あざといのだ。


顔を背けたまま、視線だけを向けていたリティシアは、そんなことを思いながら悪魔につける名を考え始める。

その場にしゃがんだまま、片頬をついて目を伏せた。


――名前を知らない。名前を……名前が無い。


脳内で言葉を羅列する。

しばらく考え込んだ後、はっと伏せていた目を開き、顔を上げた。


「ノナ! お前をノナと呼ぶ」


それは、名前が無い――No Nameの頭を取った愚直な愛称だった。

それでもリティシアは、目の前の存在が“個”になったような感覚に、満足そうに鼻を鳴らした。


悪魔は戸惑ったような表情を浮かべていた。その表情は一瞬、焦りにも見えたが、リティシアはそれに気づいていなかった。


「文句は聞かないぞ」


反応がない悪魔に痺れを切らし、眉間に皺を寄せた顔を向けながら口を尖らせる。名を教えないのが悪いだろ、なんて小さく悪態をついたリティシアに、悪魔はようやく表情を和らげて笑った。


「……ごめん、びっくりしちゃっただけ」


一瞬目を伏せ、微笑みながらそう言った悪魔に、リティシアは小首を傾げる。


「何に」


安直すぎて小馬鹿にされたのかと考え、リティシアは口先をさらに尖らせた。

悪魔は手袋を嵌め直すと、そんなリティシアの口を軽く指先で突つく。


「ありがとう。僕はリティって呼んでもいい?」


はぐらかされた、とすぐに思ったが、口先に触れていた手がそのまま滑り、頬を愛おしそうに撫でながら愛称を呼ぶ許しを求める悪魔の仕草に、その思考はかき消された。


「か、勝手にしろ」


顔がじわじわと熱くなるのを感じながら、リティシアは顔を背けたのだった。

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