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60・女王、玉座の上で微笑む

 古い城の謁見室の中――

 玉座に肘をついた女王が、背後に控える部下に告げた。


「そうですか……聖人の一人は残りましたか」


 背後に控える女が、面白そうに笑いながら口を開く。


「どうしますかぁ〜? 城に呼んじゃいますぅ〜?」

「……いいえ、放っておきなさい。聖人はいないということにした方が、今は都合が良いです。しかし、監視は常にしておくように」

「はぁ〜い。よかったぁ〜、連れ戻せなんて言われなくて。ブリギッタさんに睨まれるのは、もうこりごりですからぁ〜」


 女は、おどけた調子で女王に告げた。


「ミル・シュッドガルト。此度の任務、よくぞ成し遂げてくれました。聖人の捜索及び監視、神殿関係者の取り込みなど……大変な仕事だったでしょう?」

「いえいえ〜、楽しい任務でしたから〜。好みの旦那様もゲットできましたし〜」

「リーベル一族は、神殿の中でも一、二を争う権力者です。ハイン・リーベルを取り込んだことは、大きく評価しますよ」

「ふふふ、褒められて嬉しいですわぁ。女王陛下、特別手当を出してくださいね〜」


 女王の配下――ミルは、軽やかな足取りで女王の元から去って行く。入れ替わるように、仏頂面のブリギッタが入ってきた。


「女王陛下、ミルにアヤカのことを探らせたね?」

「おや、もうバレましたか?」

「バレているよ。彼女に手を出したら……陛下といえど俺が許さないから」

「ふふふ……私に与すれば、聖人と生涯添わせてあげると言ってもですか?」


 ブリギッタは、女王の言葉を聞いて盛大に顔をしかめた。

 女王は甥の心の内に気づき、からかっているのだ。タチが悪い……


「俺は、アヤカが幸せだったらそれでいい。陛下の力なんて借りなくても、そうしたくなったら自分で動くよ」

「まあ、男前ですね。さすが、私の甥っ子です」


 伯母の生暖かい視線を受け、ブリギッタは居心地が悪くなった。


「とにかく――今後、アヤカの近くでミルを見たら、俺は問答無用で叩き出すからね」

「ふふ……あなたは、ミルを毛嫌いするわねえ」

「そりゃあね……あの女が新人だった頃、部屋で襲われかけたことがあるから。その次に女装姿で会った時は、態度が百八十度変わっていたけれど――」

「あらあら。ミルの行動が、女性に対するトラウマになってしまいました?」

「うるさいなあ、そんなんじゃないよ」


 なんでも見透かすような瞳でブリギッタを見つめる女王。彼女は、ため息をつきつつ本心を述べた。


「さっきミルに言ったことは本当で、私は今の聖人に危害を加えることはありません。彼女がこの国にいる限り、温かく見守りましょう……あなたも、私の行動を予想して、彼女を国内に留め置いたのでしょう?」

「まあね。アヤカが国外へ逃げれば、あなたはあらゆる手段を使って彼女を追うから……そんなこと、俺がさせない」


 そう言い残すと、ブリギッタも謁見室を後にした。



 平和で代わり映えのしない世界に帰ったシュウジは、双子の姉の部屋にいた。

 あの後、アヤカは帰ってこない。途中までは、一緒にあの穴の中を進んでいたというのに。


(母さんや、ばあさん達が拒んだからだろうか……?)


 今日も、姉の部屋はもぬけの空だ。


(あの世界に戻ったのか……?)


 同情する反面、羨ましくもある。

 戻ったこの世界は、相変わらずシュウジにとって居心地の悪い場所だった。


(それが嫌で、あの世界に行った時は喜んでいたというのに)


 シュウジを甘やかし、過度な期待で押しつぶしてくる母は相変わらずだ。

 祖父母は、事あるごとに、「たった一人の跡取りだから」と騒ぎ立てる。

 シュウジはどう見ても一般人で、大した家柄でもないと言うのに。

 高校に再び通い出しても、シュウジの周囲は何も代わり映えがしなかった。

 相変わらず教室では孤立し、授業にはついていけない。

 あちらの世界へ行っていた間に授業内容は先に進んでおり、もはや遅れを取り戻すことは不可能だと思われた。


(嫌だ……!)


 望んで戻ったはずの世界が、急速に色を失っていく。

 あちらの世界では、女王の夫の座につけていたかもしれないのに。


(たとえ、相手が好みではないババアでも……第二の権力者になれたかもしれないのに!)


 こちらでのシュウジは、ただの勉強ができない陰キャラだ……それ以外の何者にもなれない。

 アヤカの部屋の床を見下ろしたシュウジは、小さな声で呟く。


「もう一回、開けよ……俺をあっちの世界に戻せ」


 ドン、と大きく床を踏みつけた。しかし、何も起こらない。

 こちらの世界に戻ってからは、かつての怪力もなくなってしまった。今のシュウジは、特別な聖人ではない。


「穴を出してくれよ。俺は、あっちに戻ってちやほやされたいんだよ……」


 ドン、ドン――と、何度も強く床を踏みつけた。

 驚いた母親が、階下から呼びかけてくる。


「シュウちゃん? どうしたの!?」

「うるせえ!!」


 そう返したシュウジは、床を踏み続けた。


「どうして開かないんだよ。俺は、聖人だぞ!?」


 母が、下から階段を上がってくる足音が聞こえる。


「シュウちゃん、シュウちゃん? 何があったの? 今日のご飯は、シュウちゃんの好きなハンバーグよ?」


 何も理解していない母親の声に、更に苛立ちが募った。


「うるせえっつってんだろ、クソババア!」


 声を荒げてアヤカの部屋の扉を蹴り上げると、驚いた母親が困惑した瞳をシュウジへ向けた。


「シュウ、ちゃん……? どうしちゃったの?」


 息子を見る母親の目には、怯えが混じっている。


「どうもこうもねえよ。俺は、こんな場所に居たくねえ! 向こうへ行く!」


 シュウジは、再び家の床を踏みつけ始めた。


「やめて! 本当に、なんでこんなことをするの? ……ああ、きっと行方不明になっていた間に何かあったのね!?」


 暴れている息子に媚びた声で尋ねる母親は、先日父親と離婚した。

 今は、慰謝料で生活している。


「ああ、シュウちゃん……!」


 やがて、シュウジは高校へ行くことを辞めた。

 かといって働くこともせず、姉の部屋に籠って出てこない。

 働き手を失い、ニートの息子を抱え――父の収入で生きてきたシュウジの母やその祖父母の生活は、その後困窮を極めたという。




 とある小さな国の辺境にはグリモ達の牧場があり、その牧場では仲の良い夫婦が一緒に働いていた。

 夫はグリモ達の調教を、妻はグリモの餌やりと散歩を担当している。

 賢い鳥であるグリモは人の本質を見抜き、気に入らない相手の言うことは聞かない。

 しかし、その夫婦は見事にグリモ達を手なずけていた。

 彼らの元には、女王の身内も頻繁に訪れていたらしい。

 時には、面倒な事件が起こることもあったが、彼らは協力して問題を乗り越え、ずっと幸せに暮らしたそうだ。

本編はこれで終了です。

長い間お付き合いいただき、ありがとうございましたm(_ _)m

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