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58:アヤカ、団長の家へ行く

 ユスティンの家はアインハルド騎士団宿舎の近くにあった。

 他の家と同様に、丸いドーム型の建物で、彼が騎士団宿舎に寝泊まりする以前に使っていたものらしい。元貴族の部屋とは思えないほど、簡素な作りだ。


(あの騎士団宿舎で普通に寝泊まりしていたユスティンだし、部屋の豪華さには興味がないんだろうな)


 暖かい家の中へ通されたアヤカは、ユスティンに彼のシャツとズボンを借りた。

 手足の長いユスティンの服は、だいぶ大きい……

 ぶかぶかの服を着たアヤカを見て、ユスティンはなぜか嬉しそうに目を細めている。



 その後――アヤカは、ユスティンの家で初めて彼があの泉にいた理由を知った。

 ブリギッタと共に、最後に見送りに来てくれたことも。


「……未練があって、あの泉がある場所から動けずにいたのです。そうしたら、大きな水音とアヤカらしき人影が見えて。確認したら、本当にアヤカで――」

「ユスティン……ありがとう」


 彼がそこまで自分のことを想ってくれるのは、単純に嬉しい。

 保護してもらった礼として、アヤカはユスティンに夜食を作った。

 いつも騎士団でそうだったように、彼は喜んでアヤカの作った食事を口にする。


「これからのことですが……アヤカがこの国を出ると言うのなら、僕も一緒について行こうと思います」

「それは、良くないと思うよ。ユスティンが騎士団をやめるなんて」

「赤い夜が明けて、これからアインハルド騎士団は再編成されるでしょう。第一と第三は統合され、第四は一般の医療施設での仕事も受け持つことになる。第五は、今まで通りでしょうが」

「……第二騎士団は?」

「主だった仕事はないので、引き続きグリモを使っての訓練を行います。今まで以上に金食い虫扱いされそうですね……もう、胃が痛いです」

「ブラック化が、さらに加速しそうなんだ……?」


 ユスティンと一緒に夜食を口にしながら、アヤカは密かに彼に同情した。


(――もしかして、ユスティンは、騎士団を辞めたいのかな?)


 結構なブラック上司のユスティン自身も、彼なりのに周囲の圧力を感じ取っていたらしい。


(ユスティンの仕事に関する弱音を聞くのは珍しいけれど、限られた資金や厳しい状況の中で、第二騎士団を維持していくのは大変だったんだろうなあ)


 アヤカは、改めて目の前の騎士団長を見直した。


「さて、アヤカ。さしあたって問題なのは、どの方角へ進むかです」


 地図を広げたユスティンが、今後の進路を考えていると途中、コンコンと彼の家のドアがノックされた。


「……!?」


 思わず固まるアヤカとユスティン。


「ア、アヤカ……! 今すぐ隠れてください!」

「う、うん」


 右往左往していると、アヤカが隠れきる前に家の扉が開いてしまった。


「ユスティン、失礼するよ。眠れそうにないし、今夜は飲み明かそうと思ってお酒を持ってきたんだけれど……って、アヤカ!?」


 現れたのは、男性騎士の格好をしたブリギッタだった。口調も男性のものだ。

 大きな酒瓶を持った彼は、アヤカを凝視しながら扉の前で静止している。


「……本物?」


 相変わらずの長めおかっぱ頭のブリギッタだが、今の彼の格好を見れば普通に男に見える。

 ユスティンはコクコクと首を縦に振った。


「ええ、彼女は本物のアヤカです」


 それを聞いたブリギッタは、アヤカに走り寄り、思い切りその体を抱きしめる。

 男の格好をした彼に抱きしめられ、アヤカはどぎまぎした。 


「ああ、アヤカ……! 会いたかった!」


 もう会えないかと思っていたと、ブリギッタが苦しげに囁く。

 いつまで経っても離れない彼を見て、ユスティンがゴホンと一つ咳払いをした。

 ブリギッタは、「余裕のない男だなあ」と呆れながら、ようやく体を離す。

 それを確認した後、ユスティンが静かな声で言った。


「あの、ブリギッタ。アヤカがこちらへ戻って来てしまったことは、他の人間には秘密にして欲しいのですが……」

「……そうだねえ、女王に知られると、アヤカを利用したがるかもしれないし。けれど、これからどうする気なの?」

「国外へ出ようと思います。僕は騎士団を辞職し、彼女と共に各地を周って……」

「何を言っているの。そんなこと、俺が許すわけがないでしょう?」


 男装ブリギッタの一人称は、「俺」らしい。


「……僕達のことを、女王に報告しますか?」

「しないよ。女王は身内だけど、アヤカを売り渡すような真似はしたくない。それより、彼女に落ち着く先がないのが心配なんだ。一生逃げ回るような放浪生活を、この子にはさせたくない」

「しかし、現実問題……一つの場所に長くい続けるのは難しいです」

「大丈夫。俺に良い考えがあるよ」


 そう言うと、ブリギッタは笑顔でアヤカにウインクした。


「俺が個人で経営しているグリモの牧場が、ここから離れた領地にあるんだ。近々、もう一つ増設する予定なんだけれど、そこで働かない?」

「そういえば、第二騎士団の所有していたグリモは、皆ブリギッタのところの子達ですね……」

「そう。で、今はグリモの調教師を探している。優秀な人材がなかなかいなくてね。だから、うちの牧場で匿ってあげるよ。給料は普通だけれど、騎士団よりはホワイトな職場だ。なんなら、アヤカも一緒に雇っても良い」


 振って湧いたような話だ。

 実際、ブリギッタがアヤカ達のために用意してくれた仕事なのだろう。


「ブリギッタがグリモ好きと言うのは、本当だったんだね」

「そうだよ、俺は国内にグリモ専用の牧場を複数持っている。もともと、グリモ好きが高じたのもあって、第二騎士団に潜り込んでいたんだ。都会でグリモがいるのなんて、第二騎士団くらいだし」


 明るく話す彼の表情は以前のブリギッタと同じだが、男らしい話し方に違和感が拭えない。


「……ブリギッタ。なんだか、その話し方は違和感があるね。男の子みたいで」

「まあ、男だからね……でも、アヤカが意識してくれたのなら嬉しいな。女は嫌いだけど、あんたのことは好きなんだ。いじり甲斐あるし」


 彼にそう言われたアヤカは、複雑な心境になった……

 二人の様子を見ていたユスティンが、アヤカを自分の後ろに隠しつつ横から口を出す。


「たしかに、グリモの牧場があるのは辺境で、女王の目も届きにくいでしょうね」

「そうでしょう? 今なら、家だって用意してあげるよ。もちろん、一人一軒ずつね」


 そう言って、ブリギッタが意味ありげにユスティンを見つめる。


「……そこまでは、していただかなくても大丈夫。僕は、アヤカと同居します」

「冗談でしょ。年頃の男女を同じ家に住まわせて、何かあったらどうするの?」

「いや、僕とアヤカは恋人同士なので、部屋さえ二つあれば問題ないかと……。たしかに、アヤカは一度元の世界へ帰ってしまいました。しかし、彼女が戻って来た今、恋人関係は継続されています」


 そんな彼を見て、ブリギッタは「下心丸出しだ」と呟いた。


「でもね、団長とアヤカが真に愛し合っていれば、彼女は帰ろうだなんて思わなかったと思うの。私も一度は身を引いたし応援もしたけれど、あんた達を見ているとなんか、こう……付け入る余地が多過ぎて諦めがつかないのよ!」


 男の格好をしたブリギッタは、元の女口調に戻って言った。


(どっちが素なんだろう……?)


 ブリギッタの言ったことを半分も理解できていないアヤカは、全然関係のないことを考えつつ、じっと彼らを観察していた。

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