57:アヤカ、困惑する
バシャン……!
暗闇から投げ出され、冷たい水に体が打ち付けられる。懐かしい感覚だ。
周囲はもう夜で、当然だが女王達はいない。
赤と紺の混じり合う空には、銀色の星が眩しく光っている。
(……私、必要とされていなかったんだ)
今まで、どこかでそれは違うと思っていたアヤカだが、日本へ帰れないという逃れようのない現実を突きつけられた。
もはや、自分が父以外の家族に愛されていなかったという事実を認めるしかない。
(これから、どうしようか……)
再び異世界に戻って来てしまったが、この世界にとってのアヤカは異物だ。
自分のせいでこの世界に混乱が起こることは避けたい。
(今なら、皆は私が帰ったと思っているはず)
誰にもわからないように、ひっそりとこの国を出て別の場所で暮らす……
それが、最良の選択だろう。
ゆっくりと水の中から立ち上がり、一緒に持って来てしまった大量の宝石類を引きずって歩く。
(これ、どうしよう……私が戻ってきたことがわかってしまうから、ここに置いておくわけにもいかないし。この国の外でちょっとずつ売っていくしかないよね)
最後に少しだけ、ユスティンやブリギッタに会いたかった。
そんなことを考えていると、不意に背後の茂みがガサガサと音を立てて揺れた。
「アヤカ!?」
続いて、背の高い人影が飛び出して来る。それは、アヤカがよく知る人物だった。
「やっぱり、アヤカだ……!」
「ユ、ユスティン!? どうして、ここに? ……泉には来なかったんじゃないの?」
「アヤカこそ……どうして」
そう言いかけて、ユスティンはハッとしたように口を噤んだ。
アヤカがこの場所に再び落ちてきた理由を悟ったのだ。
「はは……、シュウジは戻れたみたいなんだけどね。私は、失敗しちゃった」
説明する声に力が入らない。
予想していたことだが、実際に自分の身に起きてみると、思っていたよりもずっとショックだったらしい。
「こんなことを言ったら、怒られるかもしれませんが……僕はアヤカが戻ってきてくれて嬉しい。アヤカが向こう側へ行けなかったのは、きっと僕がこちらから呼んでしまったからでしょうね」
「ユスティン……?」
「アヤカは何も悪くない。帰ることを望まれていないわけでもないんです。今、あなたがここにいるのは、僕が呼んだから……僕のせいなのです」
ユスティンは、必死の形相でアヤカを見つめる。
(……そんなわけがないのに)
最初にこちらの世界に落ちてきた時、元の世界にいる者の意思は関係なかった。シュウジが一緒に落ちたのが良い例だ。
だから、今回私がこちらに戻ってしまったのは、ユスティンのせいではない。
けれど、アヤカは彼の言い分に優しさを感じた。
「ありがとう、ユスティン……そういうことにしておく」
「アヤカ、戻って来てくれてありがとうございます……よくありませんが、よかった。あなたと離れ離れにならずに済んで」
何を言っているのかよくわからないユスティンは、アヤカを抱きしめたまま動かない。
彼がなぜここに来ていたのかは、結局謎のままだった。
「ユスティン。私、泉に落ちたから水でボトボトなんだ。ユスティンまで濡れちゃうよ?」
「構いません……が、このままではアヤカが風邪をひいてしまいますね。タオルは持っていませんが、これをどうぞ」
そう言って、ユスティンがアヤカに上着をかけた。
「ありがとう……でも、わ、私、行かなきゃ」
「どこへ?」
「この国じゃないどこかに。だって、聖人がこの世界に戻って来たことが皆に知れたら、争いの種になってしまうし……」
「待ってください、アヤカ……泣いているじゃないですか」
ユスティンに言われて、初めてアヤカは自分の頬が濡れていることに気づいた。
涙が止まらないアヤカを、ユスティンは抱きしめ続ける。
「アヤカがどういう選択をしても、僕はあなたの味方でいます……だから、今は我慢せずに泣いてください」
「ユスティン、でも……」
「後のことは、僕がなんとかします。こういう時くらい、頼ってください……とりあえず、僕の住居へ行きましょう」
彼に促されるまま、アヤカはユスティンの家へと向かった。




