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56:アヤカ、家族の元へ向かう

 荷物を持って空中に浮いたアヤカとシュウジを、不意に真っ暗な闇が包み込んだ。


(これは、来た時と同じだ。前は真っ暗な穴をひたすら落ちていたけれど……今回は、上へ行くみたい)


 手に持った荷物と共に、ゆっくりと体が浮上していく。

 シュウジは来る時のように怖がってはいなかった。暗くてよく見えないが、大人しくしている。

 しばらくすると、上からキラキラと光る糸のようなものが降って来た。

 暗闇の中で光り輝くそれは、アヤカとシュウジそれぞれに巻きつく。糸が放つ光で、周囲の景色がよく見えるようになった。

 シュウジの体には、縄のように太い糸が幾重にも巻きついている。糸の先端は、穴の上の方にあるみたいで見えないが。

 アヤカの方には、心もとない細い糸が巻きついていた。


(……今にも切れそうなんですけど。なに、この差別)


 糸は、キリキリとアヤカの体を巻き上げ、上へ登って行く。


(ここから先は、この糸が私を上へと連れて行ってくれるんだな)


 シュウジに巻きついた太い糸は、ものすごいスピードで穴の上へと上がって行く。

 対するアヤカの糸は、のろのろ運転だ。弟との差が、だんだん開いてくる。


「おい、アヤカ。早くしろよ、置いてっちまうぞ!」

「……そうは言われてもなあ。糸を交換してよ」

「はあ? 嫌だね。糸の差は、日頃の行いの差なんじゃねえの?」

「…………だとすれば、納得がいかぬ」


 やがてシュウジの姿は完全に消え、同時に穴の中に懐かしい声が響いた。


『シュウちゃん! シュウちゃん、帰って来たのね! ああ、今までどこへ行っていたの!? 無事でよかった……!』


 あの声は、母だ。


『ああ、シュウジや……心配したんだよ』

『どこも怪我はしていないか? 誰かに連れ去られたのか!?』


 続いて、母方の祖母と祖父の声もした。


『シュウジ、アヤカは一緒じゃなかったのか……?』


 これは、父の声だ。

 アヤカは、普段家族に目もくれなかった彼が、自分の心配をしてくれていることに感動した。


『ああ、アヤカなら、もう直ぐ来るんじゃねえ? あいつトロイからな』

『アヤカも、無事なんだな? それで、今はどこに……』


 そう問いかける父を母が遮る。


『ちょっと、あなた。シュウちゃんは疲れているのよ……せっかく帰って来てくれたばかりなのに、そんなことを聞いたらかわいそうじゃないの。どうせ、アヤカが勝手にシュウちゃんを連れ回したのよ。帰って来たら叱らなくちゃ』


 母の言葉に、祖母が便乗する。


『あの子なら、放って置いても大丈夫だろう? 昔から図太いものね……そうだわ、警察へ連絡入れなくちゃね。まったく、アヤカのせいで恥をかいちゃったじゃないかい』


 いつのまにか、二人の失踪がアヤカのせいにされている……


(なんだ、これは。シュウジも否定してくれればいいのに……)


 こういう時は、役に立たない弟である。

 

『本当に、アヤカは人騒がせな子よね。こんな真似をするような娘、もう戻ってこなくてもいいわ』


 穴の中に母のイライラした声が響き……その声に反応したように、ガクンと体が下に下がった。


(え……? なんなの?)


『だいたい、私は男の子が欲しかっただけなのよ。なのに、あんなオマケがついて来て……』

『こら、やめないか』


 母の言葉を、父が諌めている。


『娘の言う通りだ。女の子供なんて、ろくなもんじゃない。戻ってきたら、高校卒業と同時に嫁にやろう……知り合いの息子に三十六で独身の男がおるんじゃが、嫁を探しておってな』

『ああ、門田さん家の息子さんねえ。嫁に行けば、あの子も多少はマトモになるわよねえ……あそこの家なら、厳しくしつけてくれるはずだわあ』


 祖父と祖母の言葉に、またガクンと体が下がった。

 不安に思って掴んだ糸の上部を見ると、今にもちぎれそうになっている部分がある。


(徐々に体は上に登っているし、もう少しでシュウジと同じく家へ辿り着けそうなのに……)


『どうせ、アヤカはいらないから。嫁にでもなんでもやってちょうだい。あ、シュウちゃんは、ずっと家にいてくれていいからね〜。お嫁さんなんて、もらっちゃダメよ〜』


 トドメとばかりに放たれた母の言葉に、ブツリと音を立てて糸がちぎれた。


(ダメ、今ちぎれたら……!)


 アヤカはまた、真っ逆さまに暗闇を落ちて行く。

 日本に帰るには、最低でも自分のことを強く望む人間が二人いることが必要だ。


(私は、条件を満たせなかった……)


 糸の太さは、自分を必要としてくれている相手の思いの強さだったのだろう。


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