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47:アヤカ、役目を終える

 泉の前に待機しているアヤカ達は、緊張に包まれていた。

 凶暴化した幽獣達は大方倒したものの、赤い夜にだけ出現するという強大な幽獣とやらが未だに現れないからである。

 いつ現れても大丈夫なように、ブリギッタの兄が騎士達にアヤカのサポートにつくよう指示を出していた。弟そっくりの容姿を持つ彼は、第一騎士団の団長だったのだ。


「おい、泉の水が引いていくぞ……!」


 一人の騎士が声をあげ、つられてアヤカが泉を覗き込む。

 確かに、泉の水が中央に吸い込まれるようにして引いていく。騎士達は、泉から距離を取り、周囲を警戒した。


「泉の中に、何かいる……」


 アヤカが、小さく呟いた。聖人の力による直感だった。

 ハンマーを構えて、泉の中心を睨む。

 やがて、泉の水が完全に引き、中から巨大なイソギンチャクのようなものが現れた。


「なんだ、これは……」


 茶色くて、不気味にうごめくその物体は、泉の底に埋まっているように見えた。

 今にうちに片付けたほうが良いと判断したアヤカは、ハンマーを振りかぶり、泉井の中央へ向けてジャンプする。その勢いでイソギンチャクの中心に強力な一撃を打ち込んだ。

 イソギンチャクのような幽獣は、不気味な呻き声を上げてしぼんでいく。


(これも、強力な幽獣というやつではないのか……)


 そう思ったアヤカが、その場を離れようとした瞬間、イソギンチャクの中央部が急激に膨らみ、何かをまき散らしながら破裂した。とっさに飛んで爆発を避けたのは、奇跡に近かった。

 幸い、騎士達は泉から離れていたので無事だ。


「なんだ、今の幽獣は……」


 騎士達が動揺していることから、彼らもこの幽獣を知らないのだと推測できる。

 泉の中央部は、大きく陥没していた。イソギンチャク型の幽獣は、爆発とともに吹き飛んだらしく跡形もない。

 しかし、騎士達の元へ戻ろうとしたアヤカの足元が大きく盛り上がった。先ほどのイソギンチャクが飛ばした何かが落ちた場所だ。

 飛び上がって後ろに避けると同時に、下から触手を広げた新たなイソギンチャクが顔を出す。

 アヤカから離れた位置にある地面からも、次々に別のイソギンチャクが顔を出していた。


「一匹じゃないの?」


 そのうちの一匹が、大きく触手を伸ばして弾丸のようなものを飛ばした。

 弾丸が落ちた場所から、別の小さなイソギンチャクが生えてくる……


「こいつら、種を飛ばすぞ! 増殖する前に止めを刺せ! 爆発に巻き込まれないように、矢を使うんだ! 一匹たりとも、神殿の敷地の外には出すな!!」


 ブリギッタの兄が、的確な指示を飛ばす。

 攻撃すれば周囲を巻き込んで爆発する、そのくせ放っておくと種を飛ばす。イソギンチャク型の幽獣は、地味に厄介な相手だった。

 しかも、アヤカなら一撃で倒せるが、騎士達の矢となると簡単にはいかない。

 全員が苦戦している。


「夜明けまで持ち堪えろ! 赤い夜を過ぎれば、幽獣は弱体化するそうだからな!」


 赤い夜が近づくにつれて幽獣は凶暴化していき、人を襲う頻度が増える。しかし、赤い夜を過ぎれば、一気に数が減り弱体化するそうなのだ。

 理由は未だに謎であるが、毎回そうなるらしい。

 倒しても倒しても地中からボコボコと顔を出すイソギンチャク達は、近くに落ちている幽獣や人間の死骸を食べて巨大化していく。地中から騎士達を直接襲うものもいる。

 そして、空に向かって触手を伸ばし、種を吐き出す。

 アヤカは、次々にハンマーでイソギンチャクを叩いていった。まるで、モグラ叩きである。


(私がいるから、モグラ叩きペースで幽獣を潰せるけれど……これ、騎士の矢だけでは、なかなか対処できないよね?)


 第二騎士団が空からグリモで応戦してくれているが、矢傷を負った幽獣が空に向けて弾丸のように種を吐き出したりして収拾がつかない状態だ。地上でも同様である。


(せめて、シュウジがモグラ叩きに参加してくれれば楽だったんだけど)


 あの様子では、天幕に引きこもったままだろう……

 潰した端から増殖していく幽獣。まるで、いたちごっこだ。

 だが、なすすべなくイソギンチャクが増殖していったら……一晩で人類の半分が消える事態もあり得るのかもしれない。

 とりあえず、目に付く幽獣は片っぱしから潰しているが、それでも飛ばされた全ての種を退治できているのかといえば追いつかない部分もある。

 知らない場所で、イソギンチャクが人知れず増殖していたらと思うと不安になる。

 でも、今は自分にできることをするしかない……一匹でも多くの幽獣を潰して被害を減らすことが、聖人である自分の役目だとアヤカは思った。

 近くの街に住んでいる人々は、アインハルド騎士団があらかじめ別の場所へと避難させているという。すぐに大きな被害は出ないだろう。いや、出してはいけない。

 自分に関係のない世界のことだけれど、なんの因果か聖人として落ちてきてしまった。

 きっと、アヤカでなければならなかった理由があるのだ。


(それに、アインハルド騎士団の騎士達のことは好きだし。彼らが戦地で命を落とすようなところは、やっぱり見たくない)


 脳裏に、命を落としたダリウスの姿が蘇る。

 もう、あんな状態になった仲間を見たくはなかった。全く犠牲を出さずに済ませることが難しいのはわかっている。

 しかし、自分が手伝うことで仲間の命が少しでも救えるのなら、自分が落ちてきたことにも意味があったということだ。

 日本では、両親に必要とされなかった子供である、オマケのアヤカにも……


(平気なふりをしていたけれど、存外私も傷ついていたんだな……今の今まで、過去を引きずっているくらいには。なんだか、情けない……)


 幽獣に一撃をお見舞いするごとに、嫌な思い出が払拭されていく気がする。

 確かに、アヤカは今、周囲に必要とされているのだ。

 聖人としてだけではない、ただのアヤカとしても……


(あれ、本当にそうなのかな?)


 不意に、そんな疑問が浮かんだ。

 職員とした働いていた時も、それなりに騎士達と仲良くやっていた。ブリギッタともそうだ。学校の友人と仲良く接するように、当たり障りなく。

 けれど……最初にアヤカが怪我をした時、本当なら解雇されるはずだったのだ。

 それを押しとどめたのは、ユスティンで……その理由は、食事のためだと言っていたけれど、今思えばアヤカが聖人である可能性があったからではないのだろうか。

 アヤカは何も考えずに彼に懐き、恋人になったが、ユスティンは恋人らしいことを、何一つアヤカに対してしなかった。


(彼が必要なのは、私自身ではなくて……聖人だった?)


 ユスティンが、アヤカを大切な仲間としてみていることは確かだ。

 けれど、もし自分が聖人でなければ、どうだっただろう?

 もし、ただの人間の職員であったならば、無理を押して騎士団に残しただろうか? 彼にとってのアヤカは、それだけの価値があっただろうか?

 不意に襲ってきた不安に、アヤカの動きが鈍った。

 そのせいで、幽獣に攻撃をした後、爆発を避けるのが遅れてしまう。


(……間に合わない!!)


 為す術のなくなったアヤカは、思わず目をつむった。しかし……


「アヤカ!」


 不意に聞きなれた声が近くに聞こえ、体が宙に持ち上げられた。急激に体が空へと登っていく。

 近くで、大きな羽ばたきの音がする。グリモだ。

 うっすら目を開けると、赤い空になびく金髪が見えた。


「……ユスティン?」

「アヤカ、間に合ってよかった。神殿の敷地外に出た幽獣が、人里へ侵入しないように追っていました。合流が遅くなり、すみません」


 爆発に巻き込まれる瞬間、グリモに乗ったユスティンがアヤカを救い上げたのだった。


「もう、夜が明けますよ」


 彼の言葉を受けて、アヤカは周囲に目をやった。

 地平線の向こうには太陽の光がちらついており、赤かった空が徐々に白みを帯びていく。

 日の光に照らされたイソギンチャク型の幽獣の動きが急激に鈍くなる。鈍くなるというよりは……


「え、死んでいる……?」


 光を受けたイソギンチャク型の幽獣の皮膚が、急激に干からびていき、その動きを止めている。

 どの個体も同じだった。パキパキと音を立て、まるで木のように固まっている。

 種を飛ばすものや、爆発を起こすものは、どこにもいなかった。

 地上にいる騎士団から、戸惑いと安堵のざわめきが広がる。


「終わったの……?」

「ええ、おそらく終わったのですよ。赤い夜は明けました」


 グリモはゆっくりと旋回し、泉の近くに着陸した。


(終わったんだ……)


 赤い夜は過ぎ、聖人の役目も終了した。


(もう、私に価値はなくなったのか)


 史上最悪の赤い夜が経過した後は、幽獣もしばらく穏やかな気性に戻るらしい。

 幽獣による被害件数も、今までよりは減るとのことだ。

 アヤカの出番も、以降はないだろう。

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