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38:アヤカ、新カップルを祝福する

 何度目かの幽獣退治から戻ったアヤカは、宿舎の前でうなだれるハインと満面の笑みを浮かべるミルに出迎えられた。

 ハインは青い顔をしており、今にも魂を飛ばしそうである。


「申し訳ございません、アヤカ様!!」


 アヤカは、彼に謝られる意味がわからず首をかしげる。


「どうしたの、ハイン」

「私は、あなた様にこの身を捧げる存在であったのに……」


 今にも泣き出しそうなハインは、整った顔を歪めて俯く。

 彼の代わりに、隣にいたミルが弾んだ声で話し始めた。


「ごめんなさい、アヤカ様! 私……ハイン様のことをお慕いしています!」

「そうなの?」

「はい。それで……昨晩、お酒の勢いもあって彼と関係を持ってしまって……」

「……そうなんだ」


 正直言って、アヤカは二人の関係などどうでもよかった。

 いちいち報告せずに、勝手にやってくれとさえ思っている。


(聖人の夫候補に手を出したことで、気まずい思いをしているのかな……?)


 たしかに、聖人を頂点としたヒエラルキーを持つ世界では、かなりマズイ行動なのだろう。

 しかし、アヤカにとっては、むしろ厄介な夫候補を一人減らしてくれたことがありがたい。


「よかったね、ミル。私のことは気にせず、二人で仲良くしなよ。神殿が何か言ってきたら、撃退してあげるから」


 アヤカがそう言うと、ミルは丸い目をキラキラと潤ませた。


「アヤカ様……」


 反対に、ハインの顔色はさらに悪くなっている。


「じゃあ、私はユスティンに用事があるから」


 アヤカは二人に別れを告げ、団長室へと足を向けた。



 団長室では、ユスティンがアヤカを待っていた。


「アヤカ……ハイン達は、もう大丈夫なのですか?」

「ああ、ユスティンも知っていたの?」

「ブリギッタが騒いでいましたから……」


 ユスティンとアヤカが認めたことにより、ハインとミルの仲は騎士団公認のものとなった。


「そういえば、赤い夜まで一ヶ月を切りましたね」

「予定では、あと半月ほどなんだよね」

「ええ……」


 ユスティンは、眉をしかめて何かを迷っているようなそぶりを見せた。

 しかし、すぐにいつもの穏やかな笑顔に戻る。

 彼とアヤカの関係は、いつまで経っても清い交際のままだ。

 仲良く食事をしたり手をつないだり……その先には進まない。


(けれど、このままの距離感の方が良いよね)


 いずれ、アヤカは日本に帰る。ユスティンは、それを手伝ってくれると言った。

 深く付き合いすぎると、お互いに傷つくことになる。


(きっと、ユスティンにもそれがわかっているんだ)


 その後、アヤカはユスティンから赤い夜についての情報を聞いた。

 当日は、神殿騎士団も同行するらしい。人数は多ければ多いほど良いようだ。

 とはいえ、ぬるま湯騎士団がどこまで実戦に耐えられるかは未知数なので、アインハルド騎士団側はあまり当てにしていないようだが……

 しばらく二人で話をしていると、副団長のマルクが部屋にやってきた。


「おい、アヤカ……外に、お前そっくりのやつがいたんだが」

「へ……?」


 アヤカそっくりな人間と言われて思いつくのは、双子の弟であるシュウジくらいだ。


「それで、アヤカにそっくりな人間をどうしたのですか?」


 ユスティンが、アヤカに変わってマルクに対応する。


「……アヤカの弟が聖人だということは聞いていたから、放っておくのはマズイと思って」


 歯切れの悪いマルクの背後から、黒い頭が覗く。


「まさか……シュウジ!?」


 驚くアヤカの声が室内に響くと同時に、不機嫌な表情のシュウジがマルクの前に歩み出た。


「アヤカ、赤い夜に化け物退治に行くのはやめろ」


 シュウジが力強い口調でそう言った。


(私の身を案じているの?)


 弟にしては珍しすぎる発言を受けて、アヤカは咄嗟に言葉を返せなかった。

 心のどこかで、不覚にも嬉しいと感じている自分がいる。


「こんなに訳のわからない場所で、化け物に殺される必要はない」

「シュウジ……」

「一度、俺と一緒に神殿へ来てくれ。神官長に訴えよう!」

「え、でも……」


 アヤカは幽獣退治を拒否しているわけではない。

 アインハルド騎士団の騎士達とも仲良くなった今、彼らの犠牲を少しでも減らしたいと思っている。この騎士団に所属している騎士達は、前線へ送られることが確定しているからだ。


「俺もアヤカも日本人だ。この世界の人間じゃないのに、化け物の前に引きずり出されるなんて、どう考えてもおかしいだろう!」

「それは……」


 うまく反論できないのは、アヤカも最初そう思っていたからだ。

 騎士団の人間達と親しくなっていなければ、きっとシュウジと同じ考えになっていた。


「そういえば、シュウジ。どうしてアインハルド騎士団に来たの? よく神官達が外へ出してくれたね」


 アヤカは神殿へ出かけた時のことを思い出した。

 色々理屈を並べたウモウジールは、なかなかアヤカをアインハルド騎士団へ戻したがらなかったのである。神殿の人間は、厳重に聖人を囲っていたいらしい。


「無断で抜け出してきた」

「無断でって……大丈夫? なにか、嫌なことでもあったの?」


 神殿側がシュウジを害している可能性を思い浮かべ、アヤカは複雑な気分になった。


「あの時、シュウジのことをお願いしておいたのに。神殿を追い出されたのなら、ここに来る? 職員か騎士として働かなきゃならないけど……」

「追い出されてなんかいねーよ! 今日は、お前を諭しに来ただけだ」


 ユスティンとマルクは、戸惑った様子でアヤカとシュウジを見ている。


「私は騎士をやめないよ、仲良くなった友人達が大勢死ぬのは嫌だし」

「この、お人好しの馬鹿アヤカ!」


 確かに、お人好しと言われても仕方がない馬鹿な行為だと思う。

 けれど、ここの騎士団人間達は、アヤカを受け入れてくれた。


(友人……いや、もう家族のようなものだな)


 現実の家族に恵まれなかったアヤカにとって、このアインハルド騎士団は居心地がよかったのである。設備と労働環境が最悪のブラック職場ということを差し引いても。


(家族を守りたいと思うのは、おかしなことじゃないよね)


 アヤカは、すでに決意を固めていた。


「シュウジ、神殿まで送るよ。途中で幽獣が出たら危ないし」

「……ああ」


 不満そうな顔をしながらも、シュウジは大人しくアヤカの言葉に従った。


「ユスティン、夕食準備の時間までには戻るから。シュウジを送ってくる」

「わかりました、気をつけてくださいね……やっぱり、僕も行きます」


 そういって歩き出したユスティンを、マルクが止める。


「団長……仕事が残っているぞ」


 マルクの大柄な体で抑え込まれた彼は、その場で捕獲されてしまう。

 仕事ならば仕方がない。アヤカは、一人でシュウジを送ることにした。



 街の中心にまっすぐ伸びている石畳の大通りを進み、神殿へと向かう。

 神殿付近に来ると、シュウジの捜索に出ていたのであろう、神官の一団に出会った。


「聖人様!!」


 駆け寄ってきた神官達の中には、アヤカの夫候補として紹介された二人も混じっている。


「どこへ行っていらしたのですか。お一人で神殿の外に出かけるなど……」


 見つかって一番にお説教をされたシュウジは、彼らに向かって言い返す。


「別に何もなかったんだから、細かいこと言うなよ。あと、アヤカを連れてきてやったんだから、感謝されてもいいくらいだぞ?」


 シュウジの言葉に、アヤカが慌てて言葉を添える。


「私は、シュウジを引き渡したら騎士団に帰るつもりだよ? というわけで、もう帰るね」


 踵を返す私に、シュウジが声を荒げる。


「待てよ、アヤカ! せめて……神殿まで付いてきてくれ」

「もしかして、心細いの?」

「……そ、そうだ。神殿まででいいから来いよ」

「わかった。神殿に送り届けたら、私は帰るからね」


 そう言いおいて、アヤカはシュウジに同行した。


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