37:シュウジ、脱走する
シュウジは、将来の妻となる女性達と自室のテラスで戯れていた。
白い柱に囲まれた中庭を眺めながら、たわいもない話に花を咲かせる。
妻達は、シュウジに優しかった。しかし……
(いつからだろうか……彼女達の目に失望が浮かんでいるのを感じ取るようになったのは)
甲斐甲斐しく世話を焼く妻達が、ほんの一瞬冷たさを垣間見せる。
(俺が、化け物退治を断った頃からだ……)
その頃から、神殿関係者はシュウジと距離を置くようになっていた。
両手を上げてシュウジを受け入れたウモウジールでさえも、今はどのようにアヤカを神殿へ呼び戻すかということに頭を悩ませている。
自分には見向きもしない神官達の態度に、シュウジは苛立っていた。
赤い夜は、もうすぐそこまで迫っている。
(自分たちが倒せもしないものを、俺に押し付けるなんてお門違いもいいところなんだよ。それなのに、どうして俺が悪いというような空気になっているんだ!?)
シュウジは、幽獣を恐れていた。
(そもそも、あんなものを倒せるわけがないだろう! 俺は、多少力が強いだけの普通の高校生だぞ!?)
『シュウジはとても良い子なんですよ、それに比べて姉のアヤカは……』
日本にいた頃、母は近所の人間にいつもそう吹聴して回っていた。
いつも悪者はアヤカで、シュウジは褒められてもてはやされる存在でなければならなかった。
それなのに……
(逆転、していないか?)
臆病で繊細なシュウジは、すでに自分の立場の危うさを感じ取っている。
そのタイミングで、若い男性神官達の一団が中庭を通り過ぎた。
少し距離はあるが、会話の内容は聞こえてきた。
「あれだろ、聖人様。いつも周囲に美人をはべらせて、良いご身分だよな」
「違うって、今の聖人様はアヤカ様だろ?」
「ああ、そうだった。あっちの聖人様は赤い夜の役目を放棄したんだってな」
「代わりに、次代の神官を誕生させる役目を負うらしいぜ」
「……それって、ただの種馬だろ!? 敬う必要あんのかよ!」
下品な笑い声を響かせながら、神官達は中庭を通り過ぎていく。シュウジへの悪意を隠しもしない。
(あいつらだって、最初は俺に媚びていたくせに……)
質の低い神官。聖人を敬わない神殿。理不尽な異世界。
紙のように薄っぺらく脆弱なシュウジの神経は、二度目の限界を迎えつつあった。
「そうだ、アヤカだ。あいつも幽獣退治を拒否すれば良いんだ。そうしたら、俺にばっかり非難が来ない」
シュウジは、神殿を抜け出すことにした。
普通に外出許可を求めたところで、ウモウジールがそれを認めるわけがない。
街の地図は、神殿内ですでに入手済みだ。方角も文化も大体理解している。
妻達を解散させて一人になったシュウジは、中庭を通り抜けて神殿の出口へ向かったのだった。




