36:神官、肉食職員の罠にかかる
神殿騎士団副団長のハインは、整った顔を青くして戸惑っていた。
これは、一体どういうことなのか。
自分は聖人の婿候補として、アヤカに仕えるためにアインハルド騎士団を訪れたはずだ。
それなのに――
「ちょっとぉ、新人。お皿の洗い方がなっていないじゃないの!」
偉そうにハインに指示を出すのは、銀髪におかっぱ頭の美少女メイドだ。
腰に手を当て、ことあるごとに小言をぶつけてくる。
なぜ、神官である自分がこのような目に遭わなければならないのか。
非常に腹が立つが、聖人であるアヤカがそれを望んでいる。
妻(予定)の神聖な言葉を無視するわけにはいかなかった。
聖人アヤカは、変わった人物である。
男のような格好をしているので、見た目は弟である聖人シュウジとよく似ている。
中身はかけ離れている……というか、正反対なのだが。
正直言って、アヤカはハインの好むタイプではなかった。
聖人でなければ、一生関わることはなかっただろう女性だ。
弟のようにすぐに異性に陥落するかと思いきや、なかなか手強く、三人の夫候補は彼女に頭から拒否されている。
「新人、何をボサッとしているの!? さっさと終わらせて、食堂の掃除に移りなさいよ!!」
メイドの怒号が飛んでくる。
洗った食器を拭き終わったハインは、ふらふらと食堂のテーブル席へ移動した。
騎士達が来るまでに、台拭きでテーブルをきれいにしなければならない。
「もぉ〜、ブリギッタさんってばぁ〜! ハイン様に厳しく当たらないでください〜! かわいそぉじゃないですかぁ〜!」
今にも倒れそうなハインに、救いの手が伸ばされた。
それは、くるくるとカールした長い髪を持つ、おっとりとした女性からの言葉だった。
彼女はミルという名で、騎士団の職員として働いている。
「大丈夫ですかぁ〜、ハイン様〜。ブリギッタさんってば、新人が入る度にいびるんですよぉ〜」
「そ、そうなのか……」
「更年期障害なんじゃないですかぁ〜? クスッ」
どう見ても十代相手に、更年期発言。
女同士のドロドロに慣れていないハインは、ただオロオロするばかりである。
「あ、そぉだぁ〜。ハイン様、後で私の部屋に遊びに来てくださいよ〜」
「え? あ、ああ……」
「やったぁ〜、嬉しい〜」
そう微笑むミルの目が、ギラギラと輝いているのは、きっと気のせいだろう。
夕食時にアヤカが食事を作る手伝いに訪れたが、ハインへの対応はあっさりしたものだった。
しかも、頻繁にここの騎士団長に呼び出されており、彼女とあまり話をする事ができない。
片付けを終えて、ぐったりしたハインの腕をミルが引っ張る。
「約束ですよ〜、私の部屋に来てください〜」
「そうだったな……」
「良いお酒が手に入ったんですよ〜、ぜひ神殿の方に飲んでいただきたくて……」
「そ、そうか。良い心がけだ……」
神官は自由に結婚することは許されていないものの、飲酒はできる。
酒を飲み、身を清めるのは神官として良い行いだとされていた。
(きっと、彼女は、その事を知っていて酒を献上する気なのだろう)
ハインは、言われるがままに、ミルの部屋に足を踏み入れたのだった。
女性関係に疎い真面目な神官は、最後まで肉食職員の陰謀に気がつかない。




